精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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「岩家連は従来通り活動」 全家連解散問題 理事会で会長強調

 全国精神障害者家族会連合会(全家連、東京都)解散問題で、特定非営利活動法人(NPO法人)岩手県精神障害者家族会連合会(岩家連(がんかれん)、会員千七十六人)は二十三日、盛岡市三本柳のふれあいランド岩手で緊急理事会を開催。荒木田次郎会長は、全家連に代わる新たな全国組織の動きに触れ「国への窓口が閉ざされたわけではない。岩家連は従来通り活動していく」と強調した。
 理事ら十人が出席。荒木田会長が、新組織のNPO法人「全国精神保健福祉会連合会」(全福連、東京都)を紹介。「家族と家族会を支援し、医療や福祉制度充実を図るため国や行政に働き掛けを行う」として、五月から機関誌発行など活動を本格化するという。
 全福連から岩家連に加盟呼び掛けが来ており、出席者から「県単独では微力。国との窓口が必要」「全家連解散の反省を踏まえ自主独立の組織に育てなければならない」などの意見が出た。岩家連は近く総会を開き、加盟するかどうか決定する。
 また別の動きとして、NPO法人「地域精神保健福祉機構・コンボ」(千葉県)が「当事者の視点を活動の中心に、科学的根拠に基づく精神保健医療福祉サービス普及活動を進める」として活動開始。岩家連事務局によると、両団体とも全家連元職員らがメンバーになっているという。
(2007年4月24日付岩手日報 県内総合面)

なお、全家連は、「ぜんかれん誌」4月号を発行し、そこで一連の自己破産、解散問題について説明(釈明?)するそうです。
# by open-to-love | 2007-04-25 20:24 | 岩家連 | Trackback | Comments(0)

NPO法人 岩家連

岩手県精神障害者家族会連合会(盛岡市)

苦難乗り越え念願の法人格

 今年で三十周年を迎えた岩手県精神障害者家族会連合会(岩家連、荒木田次郎会長)は、県内五十五家族会を取りまとめ、当事者とその家族の福祉増進に寄与している。昨年末、念願の法人格を取得した。
 会員千百四十七人。県内最大の精神障害者団体として、長い歴史を持ちながら、これまで法人格を取得できず任意団体だった。このことが物語る組織のぜい弱性の背景には、精神障害者の処遇をめぐる辛酸の歴史がある。
 精神疾患を抱えた人は、医療の枠組みの中で「患者」として扱われ、福祉の枠外に放置されてきた。一九九三年の障害者基本法でようやく福祉の対象になったが、身体・知的の二障害に比べ施策も設備も立ち遅れている。社会の偏見が根強いため、自ら精神障害者であることを公言する人も少ない。ゆえに、社会の理解も深まらない。
 岩家連は設立から長らく、盛岡市本町通三丁目の県精神保健福祉センターに事務局があった。ようやく“自立”できたのは二〇〇〇年一月。ふれあいランド岩手内に事務局を設置、自前の専従を配置した。
 〇六年春から障害者自立支援法が施行。精神障害者にとって悲願の「三障害平等」が実現した。ところが、新法で福祉サービスの主体が県から市町村に移ったため、県レベルの組織である岩家連には、障害者の社会参加促進事業費として県から支給されていた家族教室等開催委託料四十五万円が打ち切られた。〇七年度の予算は約四百万円。厳しい台所事情を、献身的なボランティアが何とか支えている。
 岩家連最大の事業は、年一回各地で開催している家族大会。当初は参加者三百人程度だったが、家族会に入会せず家に引きこもっている当事者と家族に「仲間として苦しみを分かち合おう」と呼び掛け、参加人数を徐々に増やしてきた。一関市で昨年七月開かれた第二十九回大会は、一般市民含め千百二十五人が参加。この人数は、岩家連の歴史の結晶だ。
 今年は第三十回記念大会として、七月十二日に盛岡市のキャラホールで開催する。
 事務局長の新里耕一さん(80)は「社会の信用度の面からも、早く法人格を取りたかった。社会福祉法人格などを目指していたが、力も金もない。会員の高齢化など課題は山積だが、みんなで力を合わせ頑張るほかない」と語る。

【メモ】岩手県精神障害者家族会連合会(岩家連) 2006年12月、NPO法人認証取得。事務局は盛岡市三本柳8の1の3、ふれあいランド岩手内(019・637・7600、ファクス019・637・7626)。年会費は正会員(家族)、賛助会員とも1000円。県家族大会開催時に作製するパンフレットへの協賛広告も随時募集している。(2007年2月18日付岩手日報日曜広場「岩手のNPO」174回)
# by open-to-love | 2007-04-25 19:52 | 岩家連 | Trackback | Comments(0)
「DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の分類と診断の手引新訂版」(医学書院、2006年)より引用します。

第6章 気分障害 Mood Disorders

気分エピソード Mood Episodes

大うつ病エピソード Major Depressive Episode
躁病エピソード Manic Episode
混合性エピソード Mixed Episode
軽躁病エピソード Hypomanic Episode

うつ病性障害 Depressive Episode
296.2x 大うつ病性障害、単一エピソード
    Major Depressive Disorder,Single Episode
296.3x 大うつ病性障害、反復性
    Major Depressive Disorder,Recurrent
300.4 気分変調性障害
    Dysthymic Disorder
311  特定不能のうつ病性障害
    Depressive Disorder Not Otherwise Specified
  
双極性障害 Bipolar Disorders

双極1型障害 Bipolar 1 Disorder

双極1型障害には別々の6組の基準がある。すなわち、単一躁病エピソード、最も新しいエピソードが軽躁病、最も新しいエピソードが躁病、最も新しいエピソードが混合性、最も新しいエピソードがうつ病、および最も新しいエピソードが特定不能、である。「双極1型障害、単一躁病エピソード」は、躁病の初回のエピソードだけをもっている者を記述するのに用いられる。残りの基準は、反復性の気分エピソードをもつ者の現在の(または最も新しい)エピソードの性質を特定するのに用いられる。

296.0x 双極1型障害、単一躁病エピソード
     Bipolar 1 Disorder,Single Manic Episode
A.1回のみの躁病エピソードが存在し、以前に大うつ病エピソードが存在しないこと
注:反復とは、抑うつからの極性の変化か、または少なくとも2カ月間、躁病の症状がない間欠期として定義される。

B.躁病エピソードは失調性感情障害ではうまく説明されないし、統合失調症、統合失調症様障害、妄想性障害、または特定不能の精神病性障害に重畳していない。

296.40 双極1型障害、最も新しいエピソードが軽躁病
     Bipolar 1 Disorder,Most Recent Episode Hypomatic
A.現在(またはもっとも最近は)軽躁病エピソードにある
B.以前に少なくとも1回、躁病エピソードまたは混合性エピソードが存在した
C.気分の症状が、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている
D.基準AとBの気分のエピソードは失調感情障害ではうまく説明されないし、統合失調症、統合失調症様障害、妄想性障害、または特定不能の精神病性障害に重畳していない

296.4x 双極1型障害、最も新しいエピソードが躁病
     Bipolar 1 Disorder,Most Recent Episode Manic
A.現在(または最も最近は)躁病エピソードにある
B.以前に少なくとも1回、大うつ病エピソード、躁病エピソード、または混合性エピソードが存在した
C.基準AとBの気分のエピソードは失調感情障害ではうまく説明されないし、統合失調症、統合失調症様障害、妄想性障害、または特定不能の精神病性障害に重畳していない

296.6x 双極1型障害、最も新しいエピソードが混合性
     Bipolar 1 Disorder,Most Recent Episode Mixed
A.現在(または最も最近は)混合性エピソードにある
B.以前に少なくとも1回、大うつ病エピソード、躁病エピソード、または混合性エピソードが存在した
C.基準AとBの気分のエピソードは失調感情障害ではうまく説明されないし、統合失調症、統合失調症様障害、妄想性障害、または特定不能の精神病性障害に重畳していない

296.5x 双極1型障害、最も新しいエピソードがうつ病
     Bipolar 1 Disorder,Most Recent Episode Depressed
A.現在(または最も最近は)大うつ病エピソードにある
B.以前に少なくとも1回、躁病エピソードまたは混合性エピソードが存在した
C.基準AとBの気分のエピソードは失調感情障害ではうまく説明されないし、統合失調症、統合失調症様障害、妄想性障害、または特定不能の精神病性障害に重畳していない

296.7 双極1型障害、最も新しいエピソードが特定不能
     Bipolar 1 Disorder,Most Recent Episode Unspecified
A.期間を除けば、現在(または最も最近)、躁病、軽躁病、混合性、または大うつ病エピソードの基準を満たす
B.以前に少なくとも1回躁病エピソードまたは混合性エピソードが存在した
C.気分の症状が、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている
D.基準AとBの気分の症状は失調感情障害ではうまく説明されないし、統合失調症、統合失調症様障害、妄想性障害、または特定不能の精神病性障害に重畳していない
E.基準AとBの気分の症状は、物質(例:乱用薬物、投薬、または他の治療)や、一般身体疾患(例:甲状腺機能亢進症)の直接的な生理学的作用によるものではない

296.89 双極Ⅱ型障害(軽躁病エピソードを伴う反復性大うつ病エピソード)
     Bipolar Ⅱ Disorder
(Recurrent Major Depressive Episodes with Hypomanic Episodes)
A.1回またはそれ以上の大うつ病エピソードの存在(または既往歴)
B.少なくとも1回の軽い躁病エピソードの存在(または既往歴)
C.躁病エピソードまたは混合性エピソードが存在したことがない
D.基準AとBの気分症状は失調感情障害ではうまく説明されないし、統合失調症、統合失調症様障害、妄想性障害、または特定不能の精神病性障害に重畳するものではない
E.その症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている

301.13 気分循環性障害 
     Cyclothymic Disorder
A.少なくとも2年間にわたり、軽躁病症状を伴う多数の期間と、抑うつ症状を伴うが大うつ病エピソードの基準は満たさない多数の期間の存在
注:小児期および青年期においては、期間は少なくとも1年間はなければならない
B.上記2年の期間中(小児や青年の場合は1年)、一度に2カ月を超える期間、基準Aの症状がなかったことがない
C.この障害の最初の2年間に、大うつ病エピソードや躁病エピソード、または混合性エピソードが存在したことはない
注:気分循環性障害の最初の2年(小児または青年の場合は1年)の後で、躁病または混合性エピソードが重畳すること(この場合、双極1型障害と気分循環性障害の両方の診断が下される)がある
D.基準Aの症状は失調感情障害ではうまく説明されないし、統合失調症、統合失調症様障害、妄想性障害、または特定不能の精神病性障害には重畳していない
E.症状は、物質(例:乱用薬物、投薬)の直接的な生理学的作用、または一般身体疾患(例:甲状腺機能亢進症)によるものではない
F.症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている

296.80 特定不能の双極性障害
     Bipolar Disorder Not Otherwise Specified
 特定不能の双極性障害のカテゴリーには、双極性の特徴をもつ疾患で、どの特定の双極性障害の基準も満たさないものが含まれる。例をあげると
1.躁病症状とうつ病症状との間の、非常に急速な交代(数日)で、躁病、軽躁病、または大うつ病エピソードの症状閾値の基準は満たすが最小持続期間の基準を満たさないもの
2.軽躁病エピソードの反復で、エピソード間にうつ病症状を伴わないもの
3.妄想性障害、残遺型の統合失調症、または特定不能の精神病性障害に重畳する躁病または混合性エピソード
4.慢性のうつ病症状とともに軽躁病エピソードがあるが、それぞれの出現がきわめてまれで、気分循環性障害の診断に至らないもの
5.双極性障害は存在するが、それが原発性か、一般身体疾患によるものか、物質に起因するものか、臨床家が決めることができなかった場合

293.83 …[一般身体疾患を示すこと]…による気分障害
     Mood Disorder Due to … [Indicate the General Medical Condition]

     物質誘発性気分障害
     Substance-Induced Mood Disorder

296.90 特定不能の気分障害
     Mood Disorder Not Otherwise Specified
# by open-to-love | 2007-04-24 00:02 | DSM-Ⅳ-TR | Trackback | Comments(0)
全家連自己破産、解散から5日。ぜんかれんのホームページを毎日チェックしているが、以下の記載以上の情報がない。このまま会員に説明なく終わりか?

「2007年4月17日
破産手続き開始のお知らせ

 当会は平成19年4月17日に東京地方裁判所より破産手続きの開始決定を受け、事業の精算手続きを行っております。皆様にはご迷惑をおかけすることとなり、大変申し訳ございません。なお、お客様の個人情報は管理保護されておりますので、ご安心下さい。
 お問い合わせやご意見がございましたら、下記の宛先までお手紙、FAX、E-mail等にてお願いいたします。
○お問い合わせ先
(財)全国精神障害者家族会連合会
〒110-0004 東京都台東区下谷1-4-5
FAX.03-3845-5974
E-mail:zenkaren@zenkaren.or.jp」

だそうです。
# by open-to-love | 2007-04-21 23:56 | 全家連 | Trackback | Comments(0)
きょうされんホームページに、こんな文章が載ってました。なるほど。指摘の通り、会員には何の説明もありませんね。

「全家連の破産・解散に思う 厚労省と元全家連役員は説明責任を果たせ」

■はじめに
 「全家連問題」が大きく報道された(「全家連」の正式な名称は、全国精神障害者家族会連合会)。うわさにはなっていたが、とうとうこの日が来たという感じだ。それにしてもひどいものである。同時に、言いようのない怒りがこみ上げてくる。関係者が口にしているように、まさに「偽装解散」ということになろう。それだけではない。全家連役員と厚労省の結託による「一大税金操作劇」なのだ。「偽装解散」などというのは、むろん障害分野では前代未聞であり、わが国の社会福祉の歴史上、重大な禍根を残すことになろう。

■全家連問題の経緯
 本件の概要を掻い摘んで述べておこう。表向きは、旧厚生省が端緒を開いたことになっている。1990年代の最初の頃に、旧厚生省より全家連に対してこんな構想が持ちかけられている。「温泉地で保養所をつくれないか」というものだった。これを受ける形で、全家連は「ハートピアきつれ川構想」を打ち上げた(授産施設制度を活用しての保養所)。多額の借入金を主財源としながら、形のうえでは必要額の20億円余を揃えたのである。しかし、年間4,000万円にも及ぶ返済計画は(しかも20年間続くことになる)、余りに無謀だった。実際に、事業開始直後にして、既に赤信号がともっていたのである。独立採算的な事業をねらった「ハートピアきつれ川」であったが、返済に窮するとなれば、その母体である全家連に影響が及ぶのは必然である。苦しまぎれに打った手が、全家連に交付されていた各種補助金(厚労省による補助金が最も多かった)を返済金に充てようというものだった。禁じ手を放ったのである。このことが報道機関に漏れるところとなり、「補助金目的外流用事件」として新聞沙汰となった(最初の新聞報道は2002年11月、読売新聞)。
  以上の経緯にあって、とにかく驚くのが全体金額の大きさだ。補助金の不正流用分として返済を求められている金額5億3,900万円(このうち延滞金などの加算分は、1億5,400万円)それに「ハートピアきつれ川」の残債分が5億4,600万円、全家連が負う借財の総計は10億8,500万円というものだった。全家連役員と厚労省、時として自民党の国会議員も入って「妙案」づくりを考えたという(全家連役員の話)。曲折を経て、たどり着いたのが今回の報道で記されている「ウルトラC」なのである。


■ひねり出された「偽装解散」の道
 つまり、補助金不正流用分の返済金に加えて、これに「ハートピアきつれ川」の残債を合わせ、借金のすべてを全家連に集結し、その上で借金で膨らんだ全家連を破産させるという筋書きである。妙案づくりで勘案しなければならなかったのが、1.「ハートピアきつれ川」を継続させなければならないこと(多額の国費が投じられているのであり、継続させることは厚労省の至上課題)、2.全国の家族会をつなぐ中央組織体を残さなければならないこと、3.全家連の財産をできる限り残すこととされている。
  さすがに破産の申し立てともなれば、3の財産をつなぎ止めておくことは叶わなかった。財団法人全家連の最大の財産である、「全家連ビル」(東京都台東区、地上7階地下1階)は手放さなければならなくなったのである。国を中心とした債権者に譲渡されるのだろう。残る二つのポイントがどうなるのかということであったが、「ハートピアきつれ川」については全家連と切り離した上で、全国精神障害者社会復帰施設協会が受け皿となった。全国をつなぐ中央組織体については、全家連を解散した上で、「NPO法人全国精神障害者保健福祉会連合会」として新たな組織体に生まれ変わることになった。既に、昨年末に東京都より認証が下りているというのだから、なかなかの手回しである。
  あらためてまとめると、財産は没収されるものの莫大な借金はチャラになり、その上で、「ハートピアきつれ川」を継続し、中央組織体についても再スタートを切るというのである。


■きちんとした説明責任を
 立場によっては、最善の道という見方になるのかもしれないが、普通の感覚からすればとんでもない話だ。冒頭に述べたとおり、憤りがこみ上げてくる。少なくとも、次にあげる疑問や問題点については、全家連役員(今となっては元全家連役員と言うべきかも)ならびに厚労省は説明責任を果たすべきである。新聞報道にあるように「厚労省所管の全家連」であり、とくに厚労省の責任は重く、事の本質を詳らかにすべきだ。また、この問題は国会でも取り上げられた経緯があり、立法府としても問題の全容と真相、そして背景を徹底的に解明してほしい。さらには、マスコミにも注文を付けたい。一言で言えば、報道の内容が浅薄であり、「事件」ではなく、まるで「関係者の見通しの甘さ」を主因とする避けられなかったアクシデントのような印象を受けかねない。もっと闇の向こうに迫ってほしい。
  そこで、疑問や問題点ということになるが、とりあえずは次の5点をあげておこう。厚労省と元全家連役員は誠実に答えるべきである。


■国民に説明を
 まずは、国民にきちんとした説明を行なうべきである。たとえ「破産」が合法的であったにせよ、11億円近い税金が不問に付されるという事態について、国民はどう思うのだろう。額が額だけに、「最初の見通しが甘かったため」などでは済まされまい。「自己破産」と「借金のチャラ」の抱き合わせは、企業界では時おり見聞するが、きわめて操作的で悪知恵を連想させる。それでも企業破産の場合は、「借金チャラ」が私金ということになろう。全家連の場合は違う。公金が無駄になるのであり、国民の血税が誤った使われ方をするのである。恐ろしいのは、明確に意識するかどうかは別として、障害分野に対する胡散臭(うさんくさ)感やネガティブイメージが国民のあいだに増幅することである。障害分野全体としても大きな痛手になる。とにかく納税者である国民に対して、ていねいな説明をしてほしい。


■厚労省の責任は
 全家連と言えば、厚労省の認可団体である。新聞報道などで「厚労省所管」とあるように、官製団体と言ってよかろう。当然のように厚労省より多額の補助金が交付され(報道にあるように年間10億円程度)、金のつながりが強い。それだけに監査体制を中心に、公金の行方を見守るしっかりとした仕組みが必要となろうが、この点がどうなっていたのだろう。補助金適正化法に違反する「目的外流用」に直接関与した全家連役員は言うに及ばず、事実上放置してきた、あるいは見逃してきた厚労省も同罪である。新聞沙汰になった後の、のらりくらりとした対応も釈然としない。そこには何かがあるに決っているというのは、必ずしもうがった見方とは言えまい。当事者団体の一部からは、「ハートピアきつれ川構想が持ち上がった当時の全家連専務理事がそのあと自民党代議士の秘書となっていたが、厚労省の曖昧な対応と関係があるのか」などの疑問が出されている。また報道に触れた家族からも「そう言えば、ハートピアきつれ川の開設時の責任者に元厚生省課長補佐が就任していたが、今回の報道には複雑な裏がありそうだ」などの感想が述べられている。全家連については、過去にも理事長や理事の引責辞任が行われているが、肝心の所管行政である厚労省ではその気配はまったくない。このままでは「トカゲの尻尾きり」と揶揄されても仕方がなかろう。蔓延しつつある「あらぬうわさ」や疑問に答えるためにも、厚労省としての説明責任を果たすことであり、並行して社会に通用するけじめをつけるべきである。


■「うちも借金チャラにできないか」にどう答えるのか
 今回のような「借金チャラ」がまかり通るとすれば、大変なことになろう。障害関連の社会福祉事業を経営している民間法人の多くは(高齢分野や保育分野も同じ)、「ハートピアきつれ川」同様に公的融資団体である独立行政法人福祉医療機構(旧福祉医療事業団)から借入金を起こしている。厚労省主導で行なわれた「借金チャラ術」が本当に可能だとしたら、「うちも考えてもらいたい」という法人が出てくるに決まっている。これに厚労省はどんな回答を準備しているのだろう。ざっと考えただけでも、福祉医療機構に融資を申請する時点で提出が義務付けられている「寄附申し込み者」(万が一返済が滞った場合に、融資の元利を寄附で埋め合わせをするという確約の仕組み)の責任履行はどうなっているのか、最高責任機関となる財団法人(全家連)の理事長ならびに理事の民法上の負担責任はどうなっているのか等々、疑問は尽きない。
 不良法人であればいざ知らず、範を垂れるべき「厚労省所管」の財団法人とのあいだで行なわれた「借金チャラ術」である。よほど納得のゆく説明がない限り、関係者の理解が得られないのではなかろうか。モラルハザードが広がることがあってはならない。


■個々の会員、支援者に説明を
 全家連の中枢にいた面々は、事の一部始終を包み隠さず話すべきである。厚労省の圧力もあったせいか、この間、確たる情報は伝えられてこなかった。そして、いきない「破産」だの「解散」などと言われても、何がなんだかさっぱり分からないというのが家族会会員の多くであり、支援者の多くであろう。おそらくは、寝耳に水と言うのが一般的な印象だと思う。会員はもちろんのこと、支援者にあっても情報を得る権利があったはずだ。なぜならば、全家連のために何回となく身銭を切ってきたからである。少なくとも、1.中村友保・千恵子夫妻の土地の寄贈を基にしての「全家連ビル」の建設時、2.「ハートピアきつれ川」の建設時、3.「補助金流用事件」発覚後の再度の支援募金時、これらについては、それこそ全国をあげて募金運動がくり広げられたのである。募金に応じた人、募金集めに駆けずり回った人、募金運動の発起人になった人、募金運動を報じてくれたマスコミ関係者等々、こうした人々に対して、知りうる情報の全てを吐露し、心の底から謝罪すべきである。この段に及んでなお会員にではなく、厚労省の方を向いているというのが全家連中枢から受ける印象だ。月刊「ぜんかれん」最終号(2007年3月号)にも何の説明もなく、この間の電話には誰も応じない(4月20日より、「東京地方裁判所より破産手続き開始決定に入っており、事業の清算手続きを行なっています……」の録音テープが流れるのみ)。人間性を疑いたくなるような対処ぶりである。遅きに失した感は否めないが、それでも言わないよりはずっとましだ。今からでもいいから、本当のところを語ってほしい。


■自立支援法の「成立促進」の動きとの関係は
 疑問が尽きない全家連の解散であるが、もう一つ晴れないのがどうして解散の間際に障害者自立支援法案の成立促進にあれほどまでに熱心だったのかということである。全国津々浦々の精神障害当事者が苦しんでいる障害者自立支援法であり、本来であれば反抗の先頭に立つべきだった。ところが全家連がとった行動は、これとは反対だった。それどころか、厚労省の先棒かつぎ役を決め込み、いわゆる「やらせ要望書」を与党議員に持参して回り、同じく「やらせパンフレット」(厚労省作成の成立促進グッズの一環)に団体名を連ねたのである。その理由を全家連役員に問いただしてもはっきりとはしない。法案の内容面で成立促進というのであれば、これはこれで一つの理屈になる。たしかに「3障害統合政策」を歓迎した向きがあるが、どうみても後追い的な賛成理由である。要するに、「厚労省が言うのであれば仕方がないのでは」、このへんが正直なところではなかったのか。どうもすっきりしない。そんな中で、はっきりしていることが一つあった。それは、「全家連問題」処理の最終段階が、ちょうど障害者自立支援法案の成立と山場が重なっていたことだ。是が非でも成立させたかった厚労省であり、他方、全家連はこれに貢献すれば新たな活路が開けるのではとの思惑を強めたとされている。「最後のかけ」だったのかもしれない。思惑が外れたことは言うまでもない。しかし、成立促進に回った理由がそんなことであったとしたら、大問題である。これについても、きちんとした説明をすべきである。厚労省からも真相を聞きたいところだ。
 以上、質問事項を5点掲げてきた。「解散してしまったのだから答えなくても」、間違ってもそんなふうには言ってほしくない。厚労省ならびに全家連の役員だった面々は真摯に応じてほしい。それが、リーダーを信じながら老体に鞭打って家族会運動に身を捧げてきた人びとへの、そしてそれを支援してきた人びとへの、せめてもの救いということになるのではなかろうか。

■意味のある「たら」「れば」であれば
 こんな川柳を目にしたことがある。「どうなった あのとき出会って いなければ」「{たら}{れば}を 肴にきょうも 赤ちょうちん」。「たら」「れば」を織り込んだ面白い作品である。日常的に多く用いられる「たら」「れば」であるが、これが歴史学という学問では事情が一変する。歴史学にあっては、この「たら」「れば」は、禁句になっているそうだ。
 たしかに、「関が原の合戦で家康が負けていたら」「太平洋戦争に突入していなければ」などと、「たら」「れば」をいくらくり返したところでどうにかなるわけではない。文学の世界では興味をそそるかもしれないが、ひたすら史実を問題とする歴史学からすればいたずらに混乱を招くだけになるのである。
 ひるがえって、わが障害分野をみた場合にどうだろう。同様に「たら」「れば」というのは禁句ということになるはずである。しかし、本当にそうなのかと問い直すと、少なくとも感情のレベルではすっきりとしないものが残る。遅れに遅れをとった障害分野であり、ついつい「あの時、あんなふうにしていたら」を言いたくなるのだ。たとえば、精神障害関連施策のこの20年間だけをみても、いくつかの好機や分岐点があったが、ことごとく逃し続けてきたと言ってよかろう。
 居直るわけではないが、こと障害分野に関しては、「たら」「れば」を連発していいのでは、そんな気持ちになってしまう。もちろん愚痴に終わるだけではいけない。「未来への回想」という視点を堅持し、同じ轍を踏まないとする決意の証としての「たら」「れば」であれば、許されるように思う。この際、意味のある「たら」「れば」を言い合うのもいいではないか。

■影をひそめた統合賛成論
 そうは言うものの、将来の時点で悔やまれるような「たら」「れば」は少ないほうがいいに決っている。ここで気になるのが、やはり障害者自立支援法だ。既に、「たら」「れば」を言いたい人は少なくなかろう。共通する「たら」「れば」としては、「そもそも介護保険との統合賛成が混乱の始まりであり、あんな軽薄な言動がなかったら」「どうして民間団体の一部が法案の成立促進に走ったのだろう。あれがなければ」があげられよう。しかし、今だったら、まだ「たら」「れば」を薄められるかもしれない。昨年末の補正予算による補修策もその一つであり、今後の頑張りによってはもう一段と薄められるような気がする。いや、そうしなければならないのである。
 その点で、注目すべき動きがあった。それは、あらためて「障害保健福祉施策と介護保険制度との統合問題」についての公式な意見交換であった。実質的な主催者は厚労省老健局(具体的には「第5回介護保険制度の被保険者・受給者範囲に関する有識者会議」、07年2月5日)、応じたのは例の障害関連8団体であった(JD、日身連、育成会など)。特筆すべきは、いわゆる統合について賛意を表明した団体は一つもなかったということである。もう少し正確に言うと、「結論が出ていない」とか「保留」というのはいくつかあったが、かつてのような賛成論調はみられなかったのだ。加えて、「自立支援法の施行直後の混乱状態にあって、統合問題など論議できる環境にない」などの意見も共通に出されていた。
 傍聴していたある報道関係者の口から、「昨年末の補正予算関連の特別対策と合わせみれば、統合の可能性はなくなったとみていいのでは」、こんな感想が述べられていた。一つの見方だと思う。もし、この見方が妥当だとすれば、「2007年2月5日」というのは、歴史を動かした日、そして「たら」「れば」を少しばかり薄めた日、そんな日になるのかもしれない。
(TOMO太郎)

ちなみに、きょうされん(旧称:共同作業所全国連絡会)は、自立支援法の応益負担に一貫して反対している、とてもまともな団体です。
〒164-0011 東京都中野区中央5-41-18-5F
TEL:03(5385)2223  FAX:03(5385)2299
# by open-to-love | 2007-04-21 09:21 | 全家連 | Trackback | Comments(0)