精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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「クリニック」における看護−地域生活を支える役割+救急医療を使わずにすむような予防的役割
(もりおか心のクリニック 高橋政代)

はじめに

当クリニックは
■2006年5月に開設した岩手県初の小規模デイケア併設の精神科クリニック
■患者さんの真の自立をめざした支援
  適切な薬物療法
  精神療法
  リハビリテーション

■1.クリニックには、どういう患者さんがどういう思いを持ってきているのか
■2.入院治療から地域へという精神医療の流れで…
  ◎どのようにして早期退院した後の患者さんの地域生活を支えていくのか
  ◎どのようにして救急医療を使わなくてもすむような〝予防〟をするのか

精神科の最初の入り口として期待されるクリニックの役割

当クリニックを選んだ理由
■「ネットで検索して」
 「院長の講演を聞いて」
 「看板を見ていて、いつか行きたいとずっと思っていた」
■とくに多いのは、受診している患者さんからの口コミ
■治療を受けている患者さんの評価
■病院よりもクリニックの方が敷居も低い
■土曜日や午後も遅くまで診療しているので、働いている人も行きやすい

受診される患者さんは
■ずっと苦しんでいながらも精神科に罹る病気ではないかもしれない、そうはなりたくないと否定する一方、助けて欲しい、専門医に相談したいと自分の中で葛藤を繰り返したあげくのやっとの受診
■いくら病院より敷居が低いとはいえ、やはり精神科は、まだまだ偏見の大きい科

デイケア希望の理由
■デイケアのないところの精神科クリニックからの紹介
■精神科病院からの紹介も多い
■「患者さんの希望」という理由が多い

病院デイケアにくらべると
■患者層としては
 統合失調症の方が少ない
 若い患者さんが多い
■活動としては
 外プログラムが多い
 メンバーさんの提案で、さまざまなプログラムが出来ていく
 病院のように、いろんな設備がないことも、外に出てリアルなSSTを行うきっかけになっている
■入院施設がなく、医療施設らしくない開放的な雰囲気

低年齢化
■外来では、ひきこもり、いじめなどの不登校をはじめとする12〜13歳からの受診も目立ってきた
■中高校生の適応障害、摂食障害、自傷、入院には至らないが、経過が長くなかなか改善しない
■治療とカウンセリングと併用してもらうケースも
■「先生に本人の気持ちを引き出して欲しい」という親に連れられてきて、本人は話さず、心理検査時も話したがらない
■何を思っているのかはっきりせず、時間が経過し、治療による改善がいまいちで、「受験まで間に合わない」「そんなに待っていられない。時間がない」と、特に親の焦燥感が強い場合が多い

精神科は特に、
■患者、家族としては、どちらかというと病院よりクリニックの方が仰々しくなくて行きやすい
■即、入院が必要な未治療の重症患者さんでも、家族が、「とりあえず連れてきた」「なんとか治してほしい」とクリニックでの治療を希望
■クリニックは、精神科の最初の入り口としての役割が期待されている場所
■以前の入院によるトラウマで、入院施設がないのがホッとする患者さんもいる

精神科医療が地域で行われることがメインになってきた今、クリニックが担う予防と対策は何か

■クリニックの場合は、長期入院後の退院患者さんはあまり受診しない
■退院先の病院で地域生活を支援することが多い
■特に長期にわたって入院生活を強いられてきた患者さんは温室ともいえる状態からの急な地域生活
■長期入院のほとんどが統合失調症の方が多い
 ストレスへの脆弱性を特徴とするので、段階を経た支援が必要
 それには、その人を知り尽くしているなじみの関係を持つスタッフが最適。
 (困った時に相談しやすい状況が大切)
 調子を崩したときのサインも、なじみのスタッフだからこそ早期に察知できる場合も多く、再入院も速やかにできる

クリニックから紹介入院した場合は
■短期入院、早期退院という経過を経て、紹介元にすぐ帰ってきて、また治療を続ける
 クリニックの場合、紹介者の長期にわたる入院はほとんどないので早期退院はあまり違和感はない
 どちらかというと、地域がメインで、生活しながら治療し、調子が崩れた時にちょっと落ち着くまでの間だけ入院し、すぐにまた生活と治療に戻るという感覚
■一昔前には考えられないことが今では普通になってきた
■薬物療法の進歩はここまで人間の一生を変える

当院の患者が時間外の精神科救急外来を訪れる一般的傾向として
■不安障害(パニック発作、過換気症状など)
■傷の深いリストカットをはじめとする様々な自傷
■自殺未遂、大量服薬
■特に夜間、休日に多いのも特徴で、盆、正月、連休など、かかりつけの医療機関が休診の時は特に不安が大きくなるようである

■統合失調症の方の救急が少ないこと
■不安・パニック障害、人格障害や、うつ病を含む全ての疾患のうつ状態による自殺未遂などが多くなっていること
■統合失調症、妄想性障害、双極性気分障害、アルコール依存症の急性期の場合などは、病状悪化が目に見えてわかるので、周囲が動いて、比較的日中に医療保護入院になる場合が多いためと思われる
■このような傾向からも、救急患者も外来患者も患者層が一昔前と大きく変わってきている

しかし医療者サイドの理解はまだ変わっていない
■精神科医がいる救急センターや大学病院に搬送または受診した場合は理解が得られるが
■受診先の当直医が他科の医師であればまだまだ精神障害に対して偏見や思い込みが強く「どうせ精神科の患者」という意識が、傷付いていった患者をさらに傷つける場合も多い
■「夜間救急に行って、心の傷にとどめを刺されたような気持ちだった」という患者もいる

救急の考え方として、私が疑問に思うこと
■生命の危険のみが救急か?
■自殺未遂や自傷他害だけが救急か?
■患者が感じる救急と医療者が考える救急はズレがある
■患者個人の意識のなかの危険度も救急の範疇であると思う
■パニック症状は、患者にとってはこのまま死ぬかもしれないという切実な問題であり、死にたくないという切実な思いがある

■自殺企図も「自分は死んだ方がいいのだ」「自分がいなければ」「死にたい」という願望
■裏返せば「生きたいのに死ななければいけない」「できれば生きたいけど消えたほうがましなくらいつらい」という生命への執着が本当は強い人も多い
■だからこそ、介入し、治療につなげ、正常な状態に戻し、また、前向きに生きる気持ちに戻すことが大切

自殺したAさん
■「このまま生きていてもしょうがないので死にます。でも、本当は生きていたい、死にたくないという気持ちが99.9%、死にたいという気持が0.1%だけど、今の自分にはその0.1%しか選択できない、今までありがとう」というメールを送って亡くなった
■0.1%も妥協できない世界を生きるAさんの病気をあらためて理解し、それを支える家族の苦労や愛情を認識した
■一般的でないその人その人の病気を深く理解しなければ、本人が、家族が、何故そうしているのかがわからないものである

クリニックの「メリット」と「デメリット」
メリット
■入院施設ではないので、来院にあたって敷居が低い
■同じ医師が継続して対応できる
■なじみの関係になる。相談しやすい
■午後の遅い時間や土曜日も診療するので融通がきく
デメリット
■ベッドがない
 入院できない
■医師が1人の所が多い
 相性が合わないこともある
■医療スタッフの数が少ない
■診療時間のみの診療
 夜間、休日は対応できない

■このように、クリニックには、マンパワー的にも設備的にも限界はあるが、きめこまやかな関係づくりができるというメリットは大きい

精神科救急の予防と対策として
精神科クリニックの看護師としてできることは何か

大したことはできませんが…強いていえば
☆他施設・他職種・関係機関との連携とネットワーク作り
☆何よりも、「まごころ」を持って接する
☆地道に「自立の支援」を続ける
 (外来とデイケアにおける支援とリハビリテーション)
が、予防と対策のポイントだと考えている

具体的には…
外来看護師としての関わりは予防的介入に直結する
■常に不安が大きい患者
■ささいなきっかけでパニック発作を起こしやすい患者
■治療的環境が良好でない患者
■最近の状態が不安定な患者
■SOSを伝えてくれる患者
■すぐ泣き出す患者(感情失禁も含む)
■自分で調整し薬をためている患者
■入退院の頻度が高い患者
■いつもと違う感じを受ける時(妙に明るい、焦点が合わない、へらへらしている、口数が少ない、反応が変など)

このような患者さんに対して
■声かけ、心配しているというメッセージ、タッチング
■状態によっては「ちょっとお話しましょうね」とか、医師に報告するなど
 薬は今のあなたに合っているか、食事はとれているか、睡眠はどうか、家族との関係はどうか…など。
■ほんの少しの声かけでも、自分のことを気にかけてくれていると患者さんが感じられれば、大きな支えになったりするものである
■患者さんにとって私たちが「SOS発信できるような相手」であることが限りなく大事

急性期の患者の入院をスムーズにするためのクリニックの役割
■急性期の患者の受診や入院は地域の保健師や相談員、入院先の病院のPSW、SWとの連携が重要
■いかにスムーズに、受診、入院させることができるか、「タイミング」が最大のポイント
■「タイミング」がズレると全てがうまくいかず、患者、家族、関わる医療従事者との信頼関係もおかしくなる
■特に、入院設備がないクリニックから、受診者をどのようにして入院につなげるかは、その都度、四苦八苦している

■病院であれば、そのまま入院となるところでも、受診したがらない患者さんをやっと説得してあるいは半強制的に、家族や親族に連れてこられる
■双極性障害の躁状態が激しい患者、未治療の統合失調症で何年も妄想に左右されて本人も患者も苦しんできて、もう限界という患者さんも、とりあえずクリニックに診てもらいにきてみたとか
■しかし、とても外来で治療できる状態ではない

そのような場合は…
■問診時、家族から情報収集し、診察前に医師に相談しておく
■診察時本人と家族の了承を得て、空床のある病院を探し、紹介する
■そのような患者さんは、問診時からできるだけ関わり、患者さんの苦しみを楽にしたい気持ちを表し、丁寧に接する
■診察後も、家族への入院のための受診のタイミングの説明、できるだけ刺激を避け、早く治療につなげ、早く苦しい状態から解放されるようにしましょう、必ず良くなるから安心してと前向きに説明する
■そのようなことだけでも、安心していただけることが多い

■移動中に患者さんが携帯から電話をかけてきて、「不安だ」「行きたくない」「助けて」というときもある
■「大丈夫だから。良くなったらすぐ退院できるから。そしたらまたここにきてね。待ってるから頑張って治療してね。」と頑張れコールを送ると、「頑張る」といとも簡単に納得することも多い。

■精神科に入院すると、一生退院できないとか、檻のある独房に入れられるというイメージが強い人も多いので(確かにその通りのこともあるが)治療より恐怖が先に立つようである
■状態が悪ければ悪いほど、認知機能や思考力が低下するので、説得よりも納得
■暖かく前向きな声かけは「なんかいいような気がする。もしかして大丈夫なのかな」というような、恐怖から納得に変わる
■こちらも、なんかちぐはぐなことを言っているような感じもするが、騙したりしない。納得してくれた時は気持ちが伝わったと思っている

■病院に行く前に情報を送り、医療相談員や外来看護師に電話で事情を説明し、入院する体制をとっていてもらう
■電話で相談を受けたケースは、はじめからベッドのあるところの受診、そして事前に医療相談員や外来に相談し、空床を確認の上で、受診したらスムーズに入院できる体制を整えてから連れて行くようにとアドバイスしている

クリニックが休診の時、夜間救急に通う人達
(入院は必要ないが、常に不安な患者)
■明かに注射や点滴に依存している感じでも、無理やり自覚させようとして説得したり、やめさせようとしたりしなくてもいい。一生続くわけではない
■本人が自分で何かに納得すれば、ある日突然、点滴に来なくなる
 久々の受診時、何かがふっきれたようにさわやかになっている。あのドロドロの表情はどこに?という感じになる
■特に根掘り葉掘り追及する必要もない。良くなればそれでいい
■一緒に笑顔で喜べば嬉しい気持ちになる

北風と太陽の話のように
■旅人のマントは無理にはがそうとすればするほど、ますますマントを強くはおって離さないが、暖かく包むと、「あったかいなあ」と自分からマントを脱ぐ話と似ている。
■人の気持ちは、全ての病気においてそんなものなのかもしれないと常々思っている
■太陽のようなあったかい関わり、あなたがこの苦しみから楽になれますようにとメッセージを送ることが安心感を与え、早期の回復へと導くと考えている

■院内においても、他職種の応援は重要である
■急性期の場合はいち早く、それぞれの得意分野を発揮してもらい、それぞれ持っているネットワークを活用し、スピーディな解決を行うことが、患者、家族のストレスや苦痛を最小限にとどめることができる
■相談して一緒に考えると、最良の解決策が得られる
■そのためにも、クリニックで井の中の蛙にならず、クリニックこそ、診療所と病院、診療所と診療所、診療所と地域の関係機関のネットワークを密にして常に患者が困らないような体制を作っていなければならない

症状の安定、回復、救急受診予防に役立つデイケアの役割
■デイケア効果は大きい
■頻回に入退院を繰り返していた人
■休日や夜間救急の常連さんだった人
■デイケアに通うようになってから、徐々に救急に行かなくなり、パニックやヒステリーなどの発作も少なくなってくる

■デイでは内容は違っても、みんな同じような苦しみを抱えている
■苦しいのは自分だけではないんだという気づきとホッとする安心感が生まれる
■そうしているうちにいつの間にか落ち着いていき、疲れればまた、調子を崩し、なじみの場所、なじみの人がいるところで癒されて帰る
■デイのメンバーが「一人で背負い込んで苦しんでいたのが、人に助けを求め、分かち合うことができるようになった」「病気はつらいけど、俺には仲間がいる」と話してくれた。

■原因が解決されなくても、調子がくずれても、それを支えてくれる仲間と場所があれば、人は回復できる
■全部が全部そうとは限らないが、そんな地味な一つ一つの小さな支えが、大きな回復と予防につながる関わりであると信じている

ご清聴ありがとうございました。
(2008年6月4日 第5回ハートネット例会講演資料)
by open-to-love | 2008-05-31 23:18 | もりおか心のクリニック | Trackback | Comments(0)
質問コーナー おこまりですか? では他の人に聞いてみましょう! Vol.14

Q.私の夫は32歳の公務員で、躁うつ病です。病院には、約1年前に何回か行ったきりで、「自分は病気ではないから」と言って行かなくなってしまいました。職場にも行ったり行かなかったりです。電話の様子からして、職場も対応には困っているようです。職場を休んでいるときは、ボーッとして何もしません。「俺は役に立たない人間だから、役所をやめる」とか、「遺書を書くからメモをしてくれないか」と何度も言われました。
 躁状態のときには、ビデオで同じ映画を何回も繰り返し観たり、自分の好きな写真家の写真集を観ながらうなったりしています。そうしたときは困らないのですが、電話魔になり、友人や私の母親と2時間以上は電話でしゃべりっぱなしです。必要のない間に生命保険にも入ったりして、お金のやりくりにはいつも困ってしまいます。
 お伺いしたいのは、躁うつの人は、何を考えているのか、ということです。私は夫がどんな気持ちなのか、どんな思いでいるのかを知りたいのです。そして、治療を拒否していますが、やはり治療は必要なのでしょうか。皆さまのご意見をお聞かせいただければと存じます。よろしくお願いいたします。

A.外来とカウンセリング

 私は、47歳で躁うつ病の当事者です。最近2度目の躁転(急に躁状態になること)を経験し、母をとてもつらい目にあわせてしまいました。それを反省し、これからの人生を見直す意味でも、私がどんな気持ちになったかをカミングアウト(病状表明)したいと思います。
 私の場合、躁状態になると頭の回転がとても速くなり、インスピレーションにあふれ、行動的になります。それがともすると対人関係において他罰的になり、相手に対して自分の主張ばかり押し付つけるようになります。同時に、買い物も歯止めがきかなくなり、多額の買い物をしたりしてしまいます。しかし、本人はいたって爽快な気分で、購入後の支払計画などまったく考えていないので注意が必要です。
 私は、1度目の躁転で妻と離婚することになりました。そして、今回の躁転で母の信用を失うところでした。しかし、正気に戻った今では、当時のことを反省し、母や元妻の助言により、健康を回復しつつあります。
 躁うつ病には、治療は欠かせないと考えています。私の場合、精神科の外来とカウンセラー、そして会社のカウンセラーに隔週1回の間隔で受診し、自分の状況をチェックしてもらっています。もしあなたが配偶者を愛しているのなら、つらいときには離れて暮らすなど自分の精神状態にも十分配慮し、地道にご本人が自分の精神疾患について理解を深めていくことが大切だと思います。

A.きちんと薬をのむこと

 私は躁うつ病の当事者です。現在は薬によって落ち着いているので、躁うつ病患者を抱える家族の大変さがよくわかります。
 「うつ」のときには本人にもすぐわかるので、薬をのんでじっとしています。ところがハイテンションになると、自覚症状がなくなります。毎日がバラ色で、世界が美しくみえてくるのです。毎日が楽しく、自分の空想の世界に入ってしまうのです。一日中動き回り、じっとしていられなくなります。私はヘアスタイルをいろいろと変えてみたくなり、ウィッグをかぶればいいのだ、という考えに取りつかれ坊主頭にしたこともあります。
 強気(傲慢)になり、世の中に怖いものがなくなります。社交的になり、電話もかけまくります。行動には何の脈絡もないように見えますが、本人にとって大真面目なのです。
 でも、薬を服用していくうちに徐々に現実に引き戻され、躁状態のときに自分がしたことを後悔するようになっていきます。何をしたか、何があったか、全部覚えているのです。
 一番落ち込むのは大切な友人を失うことです。でも躁状態のときには、客観的に物事を見ることができません。こうしてシーソーゲームのように、上がった分だけうつとなって下がっていくのです。
 躁状態のときに自分の異常に気づかないときは、薬をのまずに動き回っています。薬をきちんと服用するよう、家族が話した方がよいと思います。

A.周囲も強い意志を持って

 私は躁うつ病歴約20年の者です。一貫して病識と治療意欲を持って取り組んできたかいあって、おかげさまで約2年前から安定し、寛解(薬をのみながら普通の生活ができること)への自信がついてきたところです。
 さて、ご質問への回答ですが、うつのときの「考え・気持ち」のありようは把握されていると拝察しますので、躁のときの「考え・気持ち」について述べます。
 これは、普通の健康な方からするときわめて特異なもので、正確に把握するにはDSM-Ⅳというアメリカの診断基準書を読まれるのがよいと思いますが、私の体験から感覚的に述べますと、自分の意志で統御可能な「考え・気持ち」とはまったく異質のもので、まったく自己統制がとれない脳内の異常であり、「脳の中の嵐」ともいえる状態です。
 治療についてですが、断乎治療されることをおすすめします。そうしないと、本人の最悪の事態もあり得ないことではなく、またそこまでいかなくても、社会的に非常に不利益を受ける結果となります。周囲の人々や社会にも計り知れない迷惑を与えます。
 本人が希望しなくても、家族の意思と医師の認定があれば、「医療保護入院」ができます。できれば入院治療で自己を見つめ直し、治療を続けていくことがよろしいかと思います。

A.重症になる前に受診を
(回答者 益子雅苗さん 精神科医・内科医)
 躁うつ病とは、簡単に言うと「エネルギーが低下して、気分の低下が続く」うつ状態と、その反対に「エネルギーに満ちあふれ、気分の高揚が続く」躁状態という、「気分の極端な波」が現れる状態です。昔は「循環病」と言われていたように、一生のうちに気分の変化が何回か訪れる場合が多く、気分の波がないときはいたって普通の状態であることが特徴です。
 家族など大切な人を亡くしたり失恋した後は、気分が落ち込み(抑うつ気分)、やる気が出ず(意欲の低下)、まわりに興味が持てない(興味の喪失)といったうつ状態になります。また宝くじが大当たりした後には気分が高揚して気前がよくなる、といった躁状態になるなど、気分の波はどんな人でも多かれ少なかれあります。
 病気でない場合は、治療をしなくても元に戻ることが多いのですが、躁うつ病ではうつ状態や躁状態の程度や期間が「病気のために」「極端に」なっているため、気分の波がないときには決してやらないことだろうといった行動を繰り返し起こすことになります。
 うつ状態における行動の代表例が、「自分は取るに足りないものだと悲観して自殺してしまうこと」であることが最近はよく知られるようになっています。
 逆に躁状態になると、愉快で陽気な気分からほとんど制御できない興奮に至るまで、さまざまな程度の爽快な気分が少なくとも数日間以上続き、「寝なくても大丈夫、寝るのも惜しい」とあまり睡眠をとらなくなり(睡眠欲求の減少)、注意力や集中力を保持できないために落ち着きがなく、頭の中ではいくつもの考えがまとまりなくどんどん浮かんでくる(観念奔逸)ため、多弁で話題をコロコロと変えながら話し続け(談話心迫)ます。
 このようなときは気が大きくなっていて(誇大的)、自分にはすごい能力があって何でもできると思い込んでいるために(自尊心の肥大)、実現不可能な途方もない計画に熱中したり、浪費したり、好色になったりします。とても活発で社交的となりますが、まわりの人の能力がないように思えて見下すために傲慢な態度をとる、イライラして怒りっぽく、ときに疑い深くなり攻撃的になる、などによりトラブルを起こすこともみられます。
 このように重度となると、自己制御はできなくなり、日常生活や仕事・社会的活動性に支障をきたすようになりますが、症状改善後には「われに返り」、悩み苦しむことになるものの、取り返しのつかないことになっていることも少なくありません。そのようなことを避けるためには、やはり治療が必要です。
 気分障害は、薬物治療やその他の治療によって改善が見込める病気なのですが、治療へつなげるためには、症状があるときと症状が消えているときの二つの工夫が必要です。
 症状があるときは病気によって思考力や判断力が低下し、病気であることが認識できなくなるために、この方のように医療機関の受診をしたがらなくなりますから、重症化する前に受診をすすめることが重要となります。
 気分の変化だけではなく、心身ともに多くの症状が起こるため、身体の病気を治療する目的で受診をすすめてみるのもよいでしょう。治療は休養と気分安定薬を主体とした薬物療法を行い、これらによって睡眠や誇大的な気持ちなどの症状は改善します。
 それでも重症化してしまう場合は入院による治療もためらってはなりません。一方、症状が落ち着いてきたら、「治った」と思って治療をやめるのではなく、気分障害という病気と治療について勉強し、さまざまな方法(認知行動療法やストレスマネジメント、元気回復プランの作成など)を用いて、次回に症状が出現したときに、早めに対処するコツを学んでおくことが重要になります。周囲の人も、症状に気付いたら様子を見るのではなく、早めに「いつもと違う」旨を本人に伝え、受診をすすめることが重要です。
(コンボ『メンタルヘルスマガジン こころの元気+』14号 2008年4月)
by open-to-love | 2008-05-30 22:55 | うつ病・躁うつ病(気分障害) | Trackback | Comments(0)

自助グループ誕生の物語

特集4 どん底体験があって、今がある

自助グループ誕生の物語が私たちに贈るメッセージーどん底を分かちあえるのは仲間だけ

(マロニエ医療福祉専門学校作業療法科 とちぎセルフヘルプ情報支援センター 渡辺厚司)

仲間との出会い

 今から70年ほど前、アメリカはオハイオ州アクロンという町でのある出会いの物語です。
 出会ったのは、ビルという株式仲買人とボブという外科医でした。2人がそこに至るまでには、数多くの苦難(度重なる病院への入退院や周囲の人たちとのトラブル等)がありました。
 そう、2人には、共通する悩みがあったのです。それは、「お酒をやめることができない(アルコール依存症)」ことと、「家庭が崩壊寸前の状態」だったことです。
 当時、お酒にまつわる問題を抱える人は、意志薄弱な道徳的欠陥者と見なされていました。病気の症状に揺れ、とまどっているのに、まわりにいる人たちにそのことを理解してもらえない。そして、誰にも助けてもらえない。まさに、四面楚歌の状況にあったのです。「生きることに行きづまっていた」と言っても大袈裟ではありません。
 出会いの日、互いに自分のこれまでの体験を夜遅くまで分かちあいました。いや、行き詰まっていた故に、正直に分ちあわざるを得なかったのです。この分かちあいは双方に、今まで経験したことのない「深く心地よい感覚」をもたらしたようです。
 このことを機会に、ビルとボブは、新しい生き方を始めます。このときの「出会い」と「分かちあい」と「つながり」が、自助(当事者)グループの原点と言われるAA(アルコホリック・アノニマス)の誕生とされています。

新たな生き方

 ビルとボブの出会いの物語が語りかけていることは何なのでしょうか。
 病気の症状に悩みもがいているとき、心は痛みにうずきます。うずく痛みに耐えようとするがために、孤独感をより強く抱くようになります。「がんばればがんばる程うまくいかない」との悪循環に陥ってしまうのです。
 「まわりの人に理解してもらえない、助けてもらえない」
 という体験を一度でも味わっていたならばなおさらです。
 私たちは他者との関わりのなかで、うまくいかなかったできごとや、怒り・悲しみ・いらだちなど陰性の気持ちを表現することは好ましくなく避けるべきものとの空気の中で暮らしています。そのため、「どん底」にまつわるできごとや気持ちを体験すること自体、恥ずべきものと捉えがちです。
 この恥の感覚は、他者と自分自身に対する根源的な信頼を削いでいきます。さらには、不信感を増大させていきます。
 ビルとボブが分かちあいの中で互いに受け取った「深く心地よい感覚(つながりの感覚)」。きっと、日増しに削がれ増大していた世界や他者や自分自身に対する信頼を巡る心深いところの揺らぎが止まり、一筋の柔らかな陽射しを受け取ったような感覚だったのではないでしょうか。
 どん底という危機の葛藤をめぐり、「ひとりでがんばるやり方(生き方)」を捨て、同じ経験を持つ仲間と勇気と希望を分かちあう「新たな生き方(やり方)」を選択したとき、信頼というかけがえのない絆の芽が(再び)育みを始めたのだと思います。
 I can't We Can. ーこの言葉こそ、世界中の当事者たちに贈られた、ビルとボブからのメッセージだと考えています。
(コンボ 『メンタルヘルスマガジン こころの元気+』11号 2008年1月)
by open-to-love | 2008-05-30 21:25 | 当事者として | Trackback | Comments(0)

知識が父を変えた

特集1 なまけてるって思わないで! 私はなまけてるんじゃないんです

知識が父を変えた(北海道 女性)

 うつ病になってから18年がたちました。現在38歳です。うつ病になったのは、大学生のときでした。
 私は、大学時代はソフトボール部のキャプテンをしていました。父は昔から野球が好きで、女の私がソフトボールの道を選んだことをとても喜んでいました。
 性格も活発だった私でしたが、キャプテンになってしばらくしてから、気持ちがどんどん不安になっていきました。チームの人間関係のこと、試合までの調整のこと、チームをどのように強くするのか、などが頭から離れないのです。
 早朝に目が覚めるようになりましたが、そのときには必ず、それらのことが頭に浮かんできていました。だから、たぶん、寝ているときも、ソフトボールのことばかりを考えていたのだと思います。
 そんなことが続いて、こんどはなぜ自分がキャプテンをしているのだろうか、と思い始めて、それから、大学には行くことができなくなっていきました。
 大学の保健センターの先生とは仲がよかったのですが、その先生のすすめもあって、精神科を受診して、入院することになりました。かなり重いうつ病だったのです。
 1カ月の入院後、大学を休学して、実家に戻りました。退院をしたとはいっても、何もする気力がなくて、とにかく、疲れていたので、寝ていました。
 そんな私に、父親は、「そんなふうに育てた覚えはない」「しっかりしろ」「根性をきたえなおせ」と言い続けました。私も本当にそのとおりだと思いました。
 「私はなんてなさけないのだろうか」
 「苦労して大学に入れてくれた両親に申し訳がたたない」
 と自分を責めてばかりいました。それでも私は気力をなくし、空気が抜けた風船のように、ぐったりとしているしかありませんでした。
 結局、大学は中退することになり、そのことも私にとってはとてもつらいできごととなりました。両親の関係も悪くなり、自分のせいで、家族がこわれていくような気持ちでした。
 それでも、薬のせいなのか、寝ていたせいなのか、少し気力が出てきましたが、そんなある日、私は自宅近くの踏切にふらふらと飛び込もうとしました。近くにいた人がぐいっと引き止めてくれたので、命に別状はありませんでした。
 それがきっかけで再び入院をしました。両親は、私の自殺未遂がきっかけで、病気のことを勉強し始めたようでした。私の発病から5年がたっていました。
 一番大きく変わったのは父親でした。根性の人でもあり、義理人情の人でもあった父親は、病気のことを学び、私に対して、しみじみと、「悪かったぁ」と言いました。家族3人で泣きました。
 なまけているわけじゃないのに、なまけているように見えてしまう。とてもいやなことです。私自身も、家族もみんなつらい思いをしました。
 私は、私を責め続けた父親のことを憎いと思っていません。でも、とても言葉では言い表せないぐらい、つらくて悲しかったです。なぜなら、私自身が、そんな自分がいやだったし、もっとしっかりしろよ、と自分に対して思っていたからです。その気持ちを両親が分かってくれていない、ということがつらくて悲しかったのです。
 父親が変わったのは、知識のおかげです。こうした病気は疲れやすい、という非常にシンプルなことを学んだからです。いま、エイズのことを学校で学ぶようになっていますが、精神科の病気のことも学校で教えるような時代になると、ずいぶんと社会も変わるのではないかと、私の体験から感じております。
(コンボ『メンタルヘルスマガジン こころの元気+』6号 2007年8月) 
by open-to-love | 2008-05-30 20:53 | 教育 | Trackback | Comments(0)
※市内在住の統合失調症の女性から、私宛に手紙をいただきました。とってもいい内容なんで、本人の承諾を得て、ブログに紹介させていただきます。(黒)

ハートネット交流会に参加して

 初めての手紙で、しかも突然の事で、さぞかし驚いてしまうと思います。
 私は2月12日のハートネット交流会に参加した者です。統合失調症で、30歳台です。発病したのは23歳のときでした。盛岡市内の精神科病院に半年入院し、退院後はデイケアに1年間通い、社会復帰し就職もしました。転々と仕事を変えましたが、一番長かったのは市内のレストランで、6年間勤めました(現在はお店がなくなってしまいました)。
 ハートネット交流会では、ご家族の方々とお話をする機会があり、大変良い体験をさせていただきました。ありがとうございます。ただ、私の参加していた班では、一人一人の自己紹介だけで終わってしまったので、もう少し時間がほしかったです。
 みなさん、切羽詰まっていたようで、自己紹介の中で、いろいろ苦しい胸の内を語られていました。
 私の思ったことの中で、あまり参考にもならず、あてにもならない話なのですが、みなさんの様子をうかがっていて、一つ気になったことがあります。長くなりますが…。
 私は現在、市内の精神科病院に通っていますが、通院当初は別の病院の外来に通っていました。その頃は状態が一番良くない時期で、「死んじゃいたいけど勇気がない」と毎日、苦しみながら泣いていました。
 私の両親も、交流会に参加していた方々同様、いたく私のことを心配しながらも、昼間は私を親戚の家にあずけ、二人とも仕事をしていました。
 当初から、その病院の精神科医は私を入院させるよう両親に勧めていたそうです。入院が決まったのは、医師が私に直接「入院して治療をするのは嫌かい?」と訊ねてきたので、私は即決で「入院します」と言ったので、入院することになりました。
 何故、入院を決めたかというと、苦しい状況の中で、私を必死で支えようとしてくれていた両親の心配する気持ちが、私にとっては「うっとおしい」と感じていたからです。私は、両親と、距離を置きたかったから、入院することを決めたのです。
 状態も良くなり、いろいろなご家族や当事者の方達と出会いました。患者さん本人が「自分でやるからいいよ!!」と言っているにもかかわらず、ヒゲを剃ってあげようと電動カミソリを手に持ち「よしよし、オレが剃ってやるよ」とお父さんらしき人がしきりに、その男性の世話を焼きたがっていました。男性は一言、「うるさい!!」と嫌がっていましたが、私は、その男性患者の気持ちもよく分かりましたが、お父さんの気持ちも、私の父を見ていてよく分かりました。
 別の例で言えば、患者さんのお母さんでも、「私の子供です。私の子供なのに、私が心配して、あれこれ指図するのは、当たり前の事じゃないですか!!」と先生にくってかかるお母さんもいました。
 言いたい事は一つです。
 当事者からすれば、家族の過度な心配は、かえって患者さん(当事者)の状態をさらにひどいものにしてしまうのです。私はそれを身を以て理解しています。
 だからと言って、放っておいていいという事ではないのですが、心配しながらも、家族は家族で「もっとイキイキしなくっちゃ!!」という事を言いたいのです。その為のハートネット交流会であってほしいと思います。…というような事を、もっと時間があったら交流会で会ったご家族のみなさんに伝えたかったし、交流会の本質を、もっと、黒田さんやスタッフの方達に考えてほしいと思います。
 家族のイキイキしている姿は、患者さんの一番の薬だし、励ましにもなるのです。
 ナマイキな意見でしたが、思った事を黒田さんにも伝えたかったので。失礼しました。気を悪くしたなら、申し訳ありませんでした。
 今後は、当事者と老いていく両親(家族)の関係についても、何か参考になる話があったら、聞きたいです。親と子の立場(家族と当事者)が逆転していく場合に、私たち当事者と家族が、どの様に、関係を築いていけばいいのか、何かヒントになる事はないかと。
 私の両親も70歳近くになっているのに、今だに自立できていない私の行く末を心配しながらも、自分達の体の心配もしなくてはならない状況にあるのです。私の立場と同じ人も、数多くいると思います。そして悩んでいる人も、いると思います。
 黒田さんなら(スタッフの方達も)、何か、ヒントを与えてくれる様な気がして、交流会以来考えていたことを、思い付くまま、手紙にした次第です
 あまり、よく知りもしない私からの突然の手紙と、ご無礼をして、申し訳ありませんでした。また、ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。
by open-to-love | 2008-05-30 13:43 | 当事者として | Trackback | Comments(0)
 ※LGBT(レズ、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)についての話題を、本ブログで取り上げることに異論ある方があるかもしれません。あと、「性同一性障害」と訳されることがある「トランスジェンダー」を、精神疾患のカテゴリーに加えていいものかについても、論議が分かれるところです。私としては、映画祭実行委員長の成田さんがとっても一生懸命な方だということと、この映画祭がとってもいい試みだというのと、精神だってLGBTだって同じマイノリティ同士、それぞれの立場を理解し合わなくちゃだめじゃん、ということで、紹介させていただきます。(黒)

『第3回青森インターナショナルLGBTフィルムフェスティバル』のお知らせ

The Third Aomori international LGBT Film Festival
- 多様な性を考える映画祭 -
日程:2008年7月27日(日)13:00~(18:00終了予定)
会場:青森駅前 アウガ5F カダール AV多機能ホール
主催:青森インターナショナルLGBTフィルムフェスティバル実行委員会
ウェブサイト: http://aomori-lgbtff.org/
チケットは通し券のみです。(前売り券\2,000、当日券\2,500)

上映プログラム:
《13:00-13:55 プログラム1》
nakedyouth
■ 監督:宍戸幸次郎 ■製作国:日本 ■製作年:2006年 ■上映時間:10分 ※セリフがない作品です。
 真夏の高校生たちを、完成度の高いリアルな3DCGを背景に、アニメで匂い立つ程に描き切った作品。第12回学生CGコンテスト最優秀賞・第10回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品・トリノ国際GLBT映画祭(2008.4.17~25)でも上映。

虹の心/Rainbow Heart
■監督: 安藤佳寿哉 ■製作国:日本 ■製作年:2006年 ■上映時間:8分 ※英語字幕あり
 いまだ性同一性への理解は混沌としている。団体、教育者、国会議員、札幌市長らのスペクトルなコメントを通して、境界線上で苦しみ揺れ動く者へ越境する希望の虹は何処にあるのか問いかける。レインボーマーチ札幌のある北海道からの鋭い社会派ドキュメント。高校生による作品です。

A Tulip of Violet
■ 監督:安藤優美 ■製作国:日本 ■製作年:2007年 ■上映時間:26分 ※英語字幕あり
 一組の男女(?)の片思いと、高校生の九年間のふたつの物語を、相対性理論まで飛び出させて描くときめきラブストーリー。

《14:10-15:15 プログラム2》
デンジャラス・リビング/Dangerous Living : Coming Out in the Developing
World
■ 監督:ジョン・スカリオッティ ■製作国:USA ■製作年:2005年 ■上映時間:60分 ※日本語字幕あり
 2001年、エジプトのカイロで、パーティーに出席していた52人のゲイが、突如警察に逮捕され、懲役刑を受けたことをきっかけに制作された。なぜ彼らは刑を受けなければならなかったのか? この事件を核に、先進国以外の地域でのLGBTの暮らしぶりについて、様々な角度から描いた珠玉のドキュメンタリーである。

《15:30-16:15 プログラム3》
五色/Itsuiro
■ 監督:山沖亜矢 ■製作国:日本 ■製作年:2004年 ■上映時間:19分  ※英語字幕あり
 気になっていた男性がゲイだと知ってしまった女子大生がヒロイン。自身も学生である監督によって若々しく映し出された、主人公たちの等身大の学生生活に注目。

仲直り/Reconciliation
■監督: 小田 学 ■製作国:日本  ■製作年:2004年 ■上映時間:9分 ※英語字幕あり
 大好きな幼なじみに会うために孤軍奮闘する主人公が可笑しくてかわいい作品。

セレブ寿司/More Celebrity Sushi
■ 監督:小林でび  ■製作国:日本 ■製作年:2007年 ■上映時間:17分※英語字幕あり
 寿司を握ることで愛の告白をしようとした、男の物語。

《16:30-18:00 プログラム4》
ハーヴェイ・ミルク/The Times of Harvey Milk
■ 監督:ロバート・エプスタイン ■製作国:USA ■製作年:1984年 ■上映時間:87分 ※日本語字幕あり
 米国で初めて自らゲイであることを公表し市政執行委員に当選後、凶弾に倒れたハーヴェイ・ミルク。彼の活動と暗殺事件、その裁判を通して米国社会の本質をとらえたドキュメンタリー映画史上不朽の名作。アカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー賞受賞。現在アメリカではハーヴェイの人生を描いた映画「ミルク」が、ガス・ヴァン・サント監督、ショーン・ペン主演で製作されている。

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『スペシャルイベント 1』
特別上映会「Silk(シルク)」
■監督/下倉功 ■製作国/日本 ■製作年/2006年 ■上映時間/112分
 30歳を目前にして不倫がバレ、会社を辞めることになった由衣は、ふとしたきっかけでゲイの直也と出会う。自分らしく生きるために家族を捨てた直也だったが、もう一度息子に会いたいと願う。由衣、由衣を慕う新入社員・一心(いっしん)を巻き込んで、直也の息子探しの旅が始まった。旅を通じて3人の心に少しずつ変化が現れていく。
日程:2008年6月21日(土)16:00~(18:00終了予定)
会場:Heart Beat(ハートビート) 
    青森市本町5-3-40 Tel: 017-721-4129
主催:青森インターナショナルLGBTフィルムフェスティバル実行委員会
ウエブサイト: http://www.aomori-lgbtff.org/special-events.html#special1
料金:\1,200(ワンドリンク付き)、先着40名様

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『スペシャルイベント 2』
伊奈久喜 x 土井香苗トークショー 
~世界中の人びとの人権を守るには~
日程:2008年7月26日(土)18:30~(20:00終了予定)
会場:青森市民ホール 1F会議室(旧ぱるるプラザ青森、青森駅隣り)
青森市柳川1-2-14 Tel: 017-722-3770
主催:青森インターナショナルLGBTフィルムフェスティバル実行委員会
ウェブサイト: http://www.aomori-lgbtff.org/special-events.html#special2
入場無料

内容:
「世界の紛争と人権侵害:日本外交はどうすべきか
~難民、クラスター爆弾など」

 紛争・独裁下の国を中心に80ヵ国の人権状況を監視する国際人権NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ。映像をまじなえつつ、紛争下で苦しむ市民たち~なかでも難民やクラスター爆弾などの非人道的兵器の被害者~の現状をお知らせします。世界中の人びとのかけがえのない人権を守るため、日本外交は何をすべきか?
 外交担当の日本経済新聞社論説副委員長 伊奈久喜氏と新進気鋭ヒューマン・ライツ・ウォッチの土井香苗弁護士のトークショー!世界のために、私たちができることを考えよう。
by open-to-love | 2008-05-29 11:36 | セクシュアリティー | Trackback | Comments(0)
今日 店で聞かれました。。。
「山口さん (大人になったら)なんになりたかったですか?」
「お嫁さんとか!?(●^o^●)」
「う〜ん・・・全然!それって なかった^_^;」
3人で 大笑い\(^o^)/
なんだか〖夢〗を聞かれるのって 
くすぐったくって◎おもはゆくって◎なつかしくって◎
ほんの少しの間 時が さかのぼって
頬づえを ついたりしてました(#^.^#)

では≪第30回・ゆったり☆ごはん≫参ります*

 《きゅうりとハムのごま油和え》〜約3人分〜
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*材料:きゅうり1本 ハム3枚 えのき1/2 ごま油大2
   醤油大2 塩小1/3 
*きゅうりは水で サッと洗い 塩(分量外)小1をふり
 さらに よく洗います
*3等分に切り分け それぞれを千切りにしてボールに入れて
 塩3ふりを入れて かるくもんで おきます
*ハムは 細切りにしておきます
*えのきは 熱湯でサッとゆがき
 ザルにあけ 水気を切っておきます
*ボールに ごま油・醤油・塩を入れて泡立て器でよく混ぜます
*きゅうりの 塩けを 水で洗い流し
 水気をよく切り(手絞りOK) ボールに入れます
*ハム・えのきも入れ よく和えて 出来上がり
*器に 盛り付け ミニトマトを添えて 召し上がれ

  《ワンポイント・アドバイス》
*うす焼き卵を作り やはり細切りにして入れても
 なお 美味しく召し上がれますよ(^^♪

思い描いた夢には ほど遠く・・・
現実は かなり厳しく・・・
ですが今 気持ちは毎日充実(^v^)
私の人生 私のもの♪ 私の夢は 私のもの(*^^)v 
自分の在り方ひとつで 未来は作られていきます☆
『あなたの夢は なんですか?』(創刊号「こころの元気+(プラス)より)

では。。また。。。☆

※ちなみに、オレの夢は、古本屋でした。本いっぱいあるし、不況に強いし。(黒)
by open-to-love | 2008-05-28 23:30 | ゆったりごはん | Trackback | Comments(0)

プルタブと車いす

※盛岡市の就労継続支援事業所「You-Meゆいっこ」が発行している「You-Meゆいっこ便」第63号に、下記の文章が載ってました。なるほどです。紹介します。

プルタブと車いす

 E-mail で「プルタブ」を寄付したいが・・・という案内が入った。 このメールを「寄付して欲しい」と勘違いして早速TEL・・逆に「寄付したい」にとまどいを感じたが、ある福祉の施設は「お金に換えてくれたらもらう・・・」というあまりにも頂くことが当たり前という麻痺した言葉に、同じ福祉の中にいる者として少々腹立たしくもあり、中間にたっているNPOの方に申し訳なさもあって、それを預かることにした。
 それは高校生の純粋なボランティアの心(?)を何とか形にしなければという心があってのことでもあった。
 かねがね、この「プルタブと車いす」に少なからず疑問(なんとなくの疑問)?を感じていた精もあって、プルタブと車いすの関係は何なのかハッキリさせたくて、ブログを開くことになった。

■■■表1 車いすはプルタブ何個で買える?■■■
車いす1台の交換に必要な個数・・・・600キログラム・・・
1個0.5グラムだから120万個・・・
ドラム缶6~7本らしい・・・
*この量のカンジュースを買うと1億4000万円かかるのだそうで
*ちなみに 車いす1台・・・3~5万円
*アルミ缶は1キログラム100円くらいで取引されている*(缶全体だとプルタブ44個)
*車いす1台を回収業者は3000円くらいで引き取る*


 昔、リングプル(プルタブ)は缶を開けると缶から外れてしまうタイプのものであった。リングプルは缶を開けたあと飛散し、「家畜や野生動物が食べて死ぬ」「砂丘などで踏んでケガをする」などの事故がたびたび起きていた。そこで、環境・美化運動の一環としてリングプル拾いをしたのが最初の活動だったと聞く。 せっかく集めたものを何かに使えないかということでアルミ資源として換金し、そのお金で車いすでも・・・が最初であった様だ。あくまでも環境保護が第一目的であり、換金して何かに換えるはオマケだった。
 ・・・・現在のリングプルは全て缶から外れないステイオンタブのみになり、缶ごと回収できる今ではリングプルを拾う必要は全くない。・・・・・環境を考えて缶から外れないように開発されたステイオンタブをわざわざちぎって集めるより、缶のままリサイクルにまわす方がいかに効率がよいか論を待たない。ちなみに、今やリサイクル率は80%を超えているという。
 つまり、リサイクルや環境保護的に逆行しているのではないのか。
 しかし、いつの間にか「リングプルを集めると車いすになる」が「割り箸の袋を集めると車いすになる」や「タバコの銀紙・・・・」と言うデマと同じように、一人歩きしてしまった。 しかし、あくまでもボランティアする側の“要望”が非常に多いために本当のデマ通り「リングプルを集めて車いすにする仕組み」を作ってしまったというのが本当である。今はある意味デマではなく真実ではあるのでだが・・。
 「リングプルをどこに送れば車いすがもらえるの?」・・小学生の何気ないこの一言の夢を叶えてあげようと思ったのが収集のきっかけだった・・・・・・環境浄化から集めて車いすにする、という目的に代わってしまった。
 そもそも何で車いすなのか・・・?
・最初の活動で換金して買ったのが車いすだったこと がそのまま形骸化 したに過ぎない?
・リングプルが車いすに換えられるわけではないので一旦換金する必要がある→別に車いすでなくても良い?
・車いすはそんなに不足しているのか?→実際は余っている・・・体験用とか貸し出し用に使用されている・・身体障がい者が必要とする車いすはオーダーメイドでなければ彼らの足にはなり得ない・・・(オーダーメイドの車いすは20 万円超える・・・→ドラム缶40 本超のプルタブになる)
 車いすを与えれば喜ばれるというのは、事情を知らない健常者の勝手な思いこみではないのか・・・・・・??つまり、誰のためのボランティアなのか・・・相手のいない・目標のないボランティアは達成感は大いにあるだろうが、しかし単なる自己満足的活動にすぎないと言われる危険性がないだろうか・・・?!
 「小さいことをこつこつと」・・・いかにもボランティア心をくすぐられる活動だが、実際にはリサイクル的にも意味がなく目的もハッキリせず効率が悪い。・・・・高校生の純粋な気持ちに対しては、否定するべきではなくむしろこれが彼らのボランティアの入り口的役目を果たしてくれることを期待さえしている。 これから「ボランティアとは」なんて事を理屈で聞かせるより良いのかも知れないが、しかしこのボランティアのあり方には教師を始めとして大人がもう少し配慮していく必要があったのではないだろうかと思う。
 全てに於いて、人に差し伸べる手は、成長や経験と共に一歩一歩、歩むように広がるというのは心理学的にも言えること・・・子供達の周りに居る何かを考えるべき人間が、もっと認識を持ち、子供達がプルタブを無理にはずそうとするその手を、他のことに向けさせるべきではないのか??と このことについては、「プルタブ集めはもうやめましょうよ」・・・が結論ではないか!!と、ブログの主は結んでおります。
*ボランティア(volunteer)=志願兵なのです、やりたくなければやらなくて良いのです。

「You-Meゆいっこ便」第63 号(2008年4月15日発行)

You-Me ゆいっこ(代表 上中 雅文)
〒020-0851 岩手県盛岡市向中野字八日市場45 番9号
TEL/FAX 019-635-3828
E-mail mail@yuikko.org
by open-to-love | 2008-05-28 14:18 | 就労支援事業所 | Trackback | Comments(0)

私の孤独感

COMHBOリンク
 このコーナーは読者の皆さんからのお便りを掲載いたします。

「私の孤独感」(神奈川県 女性)

 私は幼児虐待の被害者で、生まれたときから18歳まで、実家の親と祖母に肉体的・精神的虐待を受け続け、精神科では複雑性PTSDと言われ、強いうつ症状が出ています。
 4回ほど自殺未遂をして、解離性障害、パニック発作など、さまざまな症状が出ています。
 機能不全の家族で育ったためか、2人の子どもたちに、どう接してよいかわからず、うまく家族関係が持てずにきました。自分がやられていやだったことだけは絶対にやらず、虐待の連鎖は断ち切りました。
 結婚をしても、夫は仕事ばかりで、子どもが小さいときに脳内出血で20日間意識不明となり、私はしゅうとにどなられ続けました。夫はその後回復して、また仕事です。
 ずっとセックスレスで、子どもは、頼んでつくってもらいました。家族ができたら変わるかと期待していましたが、変わりませんでした。
 今は夫は人工透析を受けていて、1級障害者です。私は精神の2級障害。子どもたちは家を出て、一人暮らしをしているため、私はただただ孤独です。夫は友人もいない人です。18歳で家を出て明るく暮らしていた私はこの10年ほど自傷と自殺を繰り返し、誰も助けてくれません。苦しいです。

(コンボ メンタルヘルスマガジン『こころの元気+』10号 2007年12月)
by open-to-love | 2008-05-27 20:22 | 児童虐待・虐待 | Trackback | Comments(0)
第4回奥州市精神障害者家族会連合会合同交流会
(奥家連合同交流会のご案内)
1 目的
  精神障害者を持つ奥州市・金ヶ崎町の家族が一同に参加し、当事者や家族の持っている悩みや、不安を出し合い意見交換を行う。又、各地区の作業所及び授産施設を見学して視野を広める。

2 実施主体など
(1)実施主体 奥州市精神障害者家族会連合会(奥家連)        
奥州市各総合支所 健康増進課
(2)協力機関 金ヶ崎町 健康福祉課
           地域活動支援センター
3 開催日時及び開催地
(1)開催日時・場所
平成20年6月18日(水) 13:30~16:00
衣川星空クラブ(衣川区古戸453-1「52」4811)  作業所見学
衣川保健福祉センター(衣川区古戸53-1「52」3800)交流会場所
(2)日程
13:30 衣川星空クラブ集合  授産施設見学
14:00 衣川保健福祉センター移動
      講話「奥州市の精神障害者施策について・障害者自立支援法の今後(仮称)」             
      講師「 奥州市健康福祉部長 井内 努」
14:40 交流会 当事者の年齢別に班編成をし(1班5~6名)班毎に意見交換等を行い交流します。進行は役員で進めます。
15:30 全体会 班別に内容をまとめて報告をします。
15:45 奥家連総会
16:00 終了・解散
4 参加費  無料
5 送 迎  無料バスを用意します。但し、前沢地区、金ヶ崎地区の方は下記集合場所
       若しくは、直接衣川星空クラブまでお願いします。

6 バス運行予定  (帰りは、16:00から逆コースで送ります)
      時 間    集合場所
       12:20  江刺ヒロノ福祉パーク玄関
       12:40  水沢駅西口(表口)
       12:50  水沢保健センター
       13:10  コスモスの家
       13:30  衣川星空クラブ

7 申し込み 6月10日までに別紙用紙に記入の上郵送・メール及びFAXにて奥家連事務局まで申し込みください。
       〒023-0053
        奥州市水沢区大手町4-3 (有)伊達武道具店内  
        TEL/FAX 0197(24)9645
        E-MEIL date1983@catv-mic.ne.jp

8 その他  実名を希望しない方はABCアルファベットで記入申請OKです。
by open-to-love | 2008-05-27 10:11 | 奥家連 | Trackback | Comments(0)