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ひきこもり本人への対応についてー統合失調症とひきこもり
(東洋大学教授 白石弘巳)

1.ひきこもりは突然おこってくること
 統合失調症では、幻覚や妄想が活発な急性期に引続いて、元気がなくなる消耗期、その後徐々に活動の質や量が元に戻ってくる回復期に区別されます。この時期には、多くの人が、睡眠時間1日10時間以上、起きた後も自分の好きなことしかせず、外出は2週間に一度の通院や近所の買物だけ、話をするのは家族と主治医だけ、といった状況になります。こうした状況が「ひきこもり」といわれる状況です。
 統合失調症から回復するまでの間に、ひきこもりがちになる時期があることは避けられません。しかも、この状態は、薬を服用してもすぐには回復しないことが多く、人によって違いますが、数カ月から場合によっては数年続くことがあります。従って、気をつけていないと、この時期にご本人が無理をして再発したり、生活習慣が乱れたり、心配する家族との間で関係がうまくいかなくなってしまうといったことが起きてきます。
 ですから問題は、ひきこもりがよくないのではなくて、ひきこもりの時期を乗り切る前に別の問題が発生してくることにあります。ご本人やご家族の早くよくなりたいという気持ちは当然ですが、ひきこもりを乗り切る基本は「今以上に悪くしない」ということです。つまり、意外に思われるかもしれませんが、悪くしなければいつかよくなると信じて、回復までの間、安心してひきこもれる生活環境を整えることが大切なのです。

2.安心してひきこもるために
 それではご本人やご家族が安心して回復を待っていていいのは、どういう状態のときでしょうか?それは、「できること、やるべきことをしっかりやっている」とみんなが思える状態です。この時期には、病気のためにできないことがたくさんあります。でも、わたしは、以下のような点について、できることを見つけてほしいとお願いしています。
①家の中で役割をもちましょう
 病気の療養中でもお世話になるばかりの存在ではいけません。家族が毎日「ありがとう」と声をかけられる機会をまず一つ作るようにしましょう。たとえば食器洗いをする、犬の散歩をさせる、など何でもいいのです。要は、家の中で本人の仕事を決めて、それを続けてもらうことです。いろいろな家事ができるようになることが目標ではないので、矢継ぎ早に仕事を増やす必要はありません。
②起きる時間を決めましょう
 療養生活をする上で、生活習慣はとても大事です。特に、昼夜逆転の生活にならないように注意が必要です。そのためには起床時間を一定にすることを目標にしましょう。人によって起床時間はいろいろでしょうが、遅くとも午前10時くらいまでには起きて、朝ご飯を食べることで生活をスタートさせましょう。眠気が残るときは、カーテンを開けて部屋に光を入れたり、熱いシャワーを浴びたりすると、しゃきっとします。
③楽しく話ができる人を増やしましょう
 この時期、家族ともなかなか話さない人が少なくありません。家族は、率先して本人に挨拶の言葉をかけ、短時間でも楽しく話ができる時間をもちましょう。機会をみつけて外食やカラオケなどに誘ってみてください。最初は断られても、そのうち付き合ってくれるようになることが多いと思います。それから大切なのは、家族以外に話せる人がいることです。いつも家族と一緒だと、誰かと話す機会が生まれません。外来などで話し相手ができることを期待して、一人で通院できるようになることをめざすといいと思います。
④月に一度でも定期的に外出できる場所を作りましょう
 家の中にいて、外来通院以外は外出する機会がない人が少なくないと思いますが、月に一度くらい外出は必要です。本人が本当は行きたいところがあればそこに行きます。ある人にとってはそれはプラモデル屋さんでした。ある人は、月一度保健所のデイケアで料理教室のプログラムがあるときだけ出かけています。一人で行けなければ最初は家族などが付き添ってあげましょう。


3.できることからあせらずに
 今まで述べてきたことを全部できているという人はむしろ少ないかもしれません。でも、それはある意味で当然です。こうしたことを目安にして、できていることを一つでも増やしていくことが大切です。大切なことは、できないことに挑戦すると考えるのではなく、何なら今できるか、と考えることです。できることを確実に行っていくことが回復への道です。ご本人とじっくりお話をしたり、今後の生活についての約束をしたりすることがなかなかできない場合もあるでしょう。そのような場合は、通院先の職員や地域で相談にのってくれる人にも同席してもらったらいいのではないかと思います。

4.変化を受け入れることで生活が変わります
 以上のような生活を続けていると、いつかいつもと違うことが起こります。それは偶然のこともあるでしょう。たとえば、ある人は意を決して運転免許の更新に出かけることができた後、一人で留守番ができるようになり、外に出る機会も増えていきました。
 ただ待っているだけではなく、家族自身が楽になるような方向の依頼をご本人にいろいろしてみたらいかがでしょうか?たとえば、旅行に行きたいから留守番をしているか、一緒に旅行に行くか、どちらか考えてもらいたいとお願いすると、ご本人がどちらを選んだとしても、本人にとっては小さな変化を受け入れることになります。
 こうした小さな変化を経験するうちに、ひきこもっていた人は、再び一歩を踏み出すようになります。あることを機に、急に元気になる人もいますし、一進一退をくり返しながらという人もいますが、いずれにせよ、いずれは変化を楽しむことができるようになって、社会参加の機会が増えていくはずです。家族自身は生活を楽しむゆとりをもって、その変化を待っていればいいのです。

(月刊「みんなねっと」2007年10月号 今月のテーマ「ひきこもり」)
by open-to-love | 2007-10-31 20:32 | ひきこもり | Trackback | Comments(0)
家族のための相談コーナー 今月のテーマ「ひきこもり」

目先を変え、家族が外とつながることがきっかけに…
(「みんなねっと」編集委員 高村裕子)

病状は安定しているが家から出ない
Q統合失調症の27歳の息子のことで相談よろしいですか。今通院していますが、大学時代からひきこもっていて、家から出ない日が続いています。
Aそうでしたか。お母さんとしては、この先が心配になりますね。学校に行けなかった理由を、息子さんは何かおっしゃっていましたか。
Qもともとあまり自分のことを話す子どもではないので…。でも、どうにか卒業することはできました。そのあと、友達に嫌がらせを受けているとか、警察に見張られているなどと言い始めて、私達家族もびっくりして、慌てて病院に行きました。
Aそれは息子さんもご家族も大変な状況でしたね。今のご病気の状態はいかがですか。
Qはい、おかげさまで薬が合ったのか、安定していると思います。でも、月2回の通院は私が付き添っていますし、薬も私が用意して、ようやく飲むといった状況です。
Aそうなると、かなりお母さんの負担が大きいですね。
Qそうなんです。私も以前はパートで働いていたのですが、今は息子の通院の付き添いや食事の支度などに時間をとられてしまうので、結局辞めてしまいました。
Aそれではお母さんも息が詰まりますね。息子さんは一日どんな風に過ごしておられますか?
Qそうですね、横になってテレビを見ていたり、自分の部屋でパソコンをしているようです。父親とはほとんど会話はなくて、私にも「うん」「あぁ」とあいづちを打つくらいです。それから、たまに近くのコンビニに行って、タバコやジュースくらいは買いに出ています。

病院のデイケアにも行きたがらない
Aそうなると、なかなかご家族以外の方と話す機会がありませんね。服薬で病状が少し落ち着いてきているようですから、徐々に外に目を向けられるようになると、生活にも幅が出てきそうですね。お住まいの地域で本人が活動できる場所をご存じですか。
Qデイケアは病院にポスターが貼ってありました。息子にも勧めてみましたけれど、「そんなところはばかばかしくて行きたくない」と言われてしまいました。でも、ずっと家にいてばかりいると、この先何もできなくなるんじゃないかと心配です。
Aお気持ちよく分かります。お母さんと同じように心配されて相談される方も多いですよ。家族のほうが焦ってしまいますね。本人に病気の自覚がなかったり、あまり病状が重くない場合、息子さんのようにリハビリには行きたくない、かといって学校や仕事も難しい。そんな状況でひきこもってしまう方が多いようです。少し息子さんのプライドも邪魔をしているかもしれませんね。そんな時家族としては、もうちょっと頑張れるんじゃないかと期待して、あれこれ言いたくなってしまいますが、家族が説得すればするほど、本人は反抗しがちになることがあります。
Qウチだけかと想っていましたが、息子と同じような人が多いと聞いて、少しほっとしました。これからどのように息子に対応していったらいいのでしょうか。
Aなかなかお母さんの言うことは聞いてくれないものですね。むしろ家族以外の人で、例えば主治医の先生や病院のソーシャルワーカーさん、あるいは病気を理解してくれている友達などから働き掛けてもらうと、案外すんなり受け入れられることもありますよ。毎日通うことが難しい時には、本人の行ける時にちょっと立ち寄れる、地域生活支援センターという場所もあります。見学もできると思いますから、どんな活動をしているのか一度見てみるのも方法の一つです。

本人の体調に合わせてゆっくりすすめる
Q息子はパソコンをしているので、パソコンを使っているところに行ってもらえたらいいのですが。
Aそうですね。息子さんが希望していれば働き掛けてみることも必要ですね。ただ、外に出て行くことだけが必ずしも良い結果になるとも限らないんですよ。本人が外へ出たがらないのは、対人関係の苦手さや不安感があって、人ごみは怖いという方もいます。
Q息子は調子のいい時もあるのですが、病気になってからは、私と一緒にいても何となくソワソワして落ち着きがなかったり、学生の頃のように友達と会ってお茶を飲むこともしなくなりました。
A通院の時にお母さんに付き添ってもらうのも、息子さんに一人で外出する心配があるのかもしれませんね。ずいぶん良くなったように見えても、本人自身はまだ回復途中で、積極的に行動するのが難しいということもあります。特に統合失調症の方は、心配のあまりなかなか行動に移せなかったり、疲れやすい状態にもありますので、本人のゆっくりしたペースを理解してあげることが大切ですね。

まずはお母さんが外に目をむけることで
Q疲れやすいのは、この病気の特徴なんですね。知りませんでした。
A最初は誰でもそうですよ。息子さんの今後については、主治医の先生ともよく相談しながら、体調に合わせて進めてみてください。それと、お母さんが家族会などに出て、リフレッシュすることが必要かもしれませんね。
 以前、同じようにひきこもっていた息子さんの話を聞いたことがあります。その息子さんは、ほとんど家から出ることはなかったそうですが、お母さんは家族会に入って講演を聞いたり、作業所でバザーをやったりと、家族会につながっていろいろな活動をされていたそうです。そこでの話をいつも息子さんにしているうちに、最初は興味を示さなかった息子さんが、ある日、「俺も作業所に行こうかな」と言って通い始めたそうです。以前にデイケアや作業所を勧めた時は「そんなところに行く必要がない」と言っていたのに、お母さんもびっくりされたそうです。家族自身が外に出ていろんな人とのつながりを持つことや活動に加わることが、本人の気持ちを変えるきっかけになることもある例です。
Qそうなんですね。私も毎日息子のことばかり考えてしまっているんですけど、家族会に入っていろいろな方のお話しを聞いて参考にしてみようと思います。
Aまずはお母さんが病気の知識や情報を得るところから始めてみましょう。その中で、少しずつ息子さんの気持ちの変化を信じて見守りましょう。
(月刊「みんなねっと」2007年10月号 今月のテーマ「ひきこもり」)
by open-to-love | 2007-10-31 16:49 | ひきこもり | Trackback | Comments(0)
知っておきたい精神保健福祉の動き

■教育現場における疾病理解プログラムの開発と実施

 「精神障害へのアンチスティグマ研究会」(代表世話人 佐藤光源東北福祉大学大学院教授)では、平成19年度の事業計画として標記を掲げ、実施検討委員会をたちあげ、有識者、現場の教師、家族等が参加しています。本会から川崎理事長と真壁理事が家族の立場で委員となっており、委員会はすでに2回(5月と9月)が開催され、プログラムの概要が決められました。
 プログラムの狙いは①精神的な病気(特に統合失調症)の理解を深める②統合失調症の人とのコミュニケーションのとりかた、③精神障がいのある人もふつうにくらせる社会を考える。このために90分(45分×2コマ)の授業を実施します。対象は中学生で、映像を主とした内容となります。社会参加へ向けて努力している当事者を取材し、統合失調症の人の生の声を聞いたり、専門家による病気の話など視覚的な情報から理解できるように工夫してあります。これからは委員会内部による模擬授業並びに私立校2校によるパイロット授業(試験的)を実施する予定です。公立校での実施に向けては、文部科学省のカリキュラムにしばられますが、私立校での実績を積み、現状認識のデータなどを提示し、働き掛けていくことが必要と思われます。あわせて他の国の状況なども参考にして、若年から病気を理解し、偏見のない社会づくりに向けての情報として発信していきます。
(月刊「みんなねっと」2007年10月号)
by open-to-love | 2007-10-31 16:35 | 教育 | Trackback | Comments(0)
2007「全国精神障がい者家族会大会」岡山大会にいってきましたぁ~その1

NPO法人 岩手県精神障害者家族会連合会 八重樫正美

 岡山県まで、片道、新幹線乗り継ぎで約7時間の旅に出かけた私です。
 往復14時間、指定された席(約50cm×70cm)に乗り続けると体中が不思議な感覚になるもんですね。帰宅してからも、まだ新幹線に乗っている按配、ずいぶんもうけた気分になりました。(かなり、無理な表現であります。むむ~っ)
 とは、言いましても岡山では、知りたいこと、よい出会いがたくさんありましたのでブログご覧の皆様にお土産といたします。

 Q なぜ、第○○回となっていないのか?
 A それは、大変残念なことでありますが、今年4月の全家連自己破産により、「第○○回 全国精神障害者家族会連合会 ○○大会」となり得ないのです。これで、連番がないことをご理解いただけると思います。

 Q 今後の“国政への窓口”はどうなるの?
 A 既にご存知の方も多いと思いますが、国政への窓口としては“全福連”通称“みんなねっと”が動き出しています。どうか、ご安心ください。全国の家族の思いを結集した運動体であり、岩家連も加入しております。機関誌“みんなねっと”は近々に郵送力が安くなる「低料第3種」が取得できそうで、購読数は既に一万部を突破しております。ぜひ、ご購読をお勧めします。

 Q 「障がい者」この標記、ワープロの間違い?
A まだ、公式文書などに用いられているかは分りませんが、最近、ずいぶん使われはじめております。市町村や関係団体、精神医療関係さまざま学会などでもよく見かけられます。

 さて、岡山大会・・・・・・・
 開催日:平成19年10月25日(木)~26日(金)
 会 場:岡山シンフォニーホール 岡山駅東側
     岡山コンベンションセンター(岡山駅西側)
 主 催:NPO法人 岡山県精神障害者家族会連合会
 共 催:NPO法人 全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)
 参加数、地元紙「山陽新聞」(10/26日付)では1,200人と報じられました。関係者に聞いたところ地元から500人参加されていたそうです。半分以上700人は全国から集ったわけです。全家連問題があり、たいへん危ぶまれた家族大会ではありましたが、北から南から、遠路はるばる参加した方々、ご高齢の方々も多く、この大会にかける全国の家族の熱気を感じました。リュックサックを背負って、私の両親ぐらいの方、当事者の参加もたくさん来ておりました。あの、おばあちゃんは、午後後半の閉会式のあと長旅たいへんだろうな~、いや、きっと前泊・後泊されるのだろうな~と勝手に思いを巡らしました。

 初日の記念講演はジェームズ三木さん「ドラマと人間」でした。間違いだらけの脚本づくり、舞台裏のNG場面や裏話、あることないことetc・・・・・笑いのひと時をいただき、気が抜けました。後半の基調講演は予定していた大谷藤郎先生が残念にも急遽都合できず、東京の精神保健福祉センター伊勢田先生からご講演をいただきました。諸外国との精神医療の遅れは20年、30年、半世紀というものではなく一世紀はあると述べられ、取り組みの遅れというよりも価値観の違いによるものではないかとありました。また、今後は、いろいろな思い・希望・願いを出来るか出来ないか手法で考えるのではなく、それをビジョンに落とし運動の戦略にのせるべきであると、熱っぽく語られました。
 “思い・希望・願い”を出来るだろうか議論もあるでしょうが、そのまま私達の活動の戦略にのせることは本当に大事だ!
 夜の懇親会では、各県の懐かしい馴染みの方々にお会いしにぎやかに懇談しました。全福連の川崎理事長さん、吉田さんとも熱くお話しできました。内々のこととして、2月の岩家連“いきいき交流会”には、全福連みんなねっとを岩手にお呼びしたいとばかり、次の研修会イメージを温めてきました。

 翌日は、午前⇒分科会「就労支援の実際」、午後はシンポジウム「家族会活動についてー活性化とその目標ー」に参加しました。その中で、強烈に印象に残った場面がありました。発表者の勢いと会場の積極的な発言、終了時間が迫る中で「家族には力があるんだ!作業所は誰がつくった?医者か?看護師か?ケースワーカーか?私たち家族が作業所をつくったのではないか!」とありました。どうか、どうか、誤解くださいますな、決して、医療や関係者を責めているものではありませんでした。
 大事なのは、全国1300家族会が、ほとんどの、たくさんの、たくさんの作業所をつくってきた事実です。そこから、いろいろな大切なものを見出し、様々な社会資源が有効なこと、その必要を社会に知らしめたのです。

 まだまだ、お伝えしたいことが沢山あります。
 続編を、おまちくださいませ、、、、、

※気持ちのこもった、素晴らしいルポです。続編、乞うご期待(黒)
by open-to-love | 2007-10-30 23:28 | 全福連(みんなねっと) | Trackback | Comments(0)

人権の歴史ー女性問題

人権の歴史ー女性問題

古代
 すでに家父長制を成立させていた中国の国家の仕組みと法を取り入れた、日本の律令制国家の成立は、当然、家父長思想の取り入れとその実施を女性にもたらすものであり、男性優位の意識を人々に植え付けるものでもあった。
 しかし男性が戸主とされるなど、国家とかかわる場では肩を並べることができなかった古代女性も、経済的に対等であることを基礎として、村の生活での政治的・社会的な対等は保障されていた。当時の豪族層では、夫と妻からなる家長(いえぎみ)と家室(いえとじ)が共同で経営を行っていたことは、9世紀初めに成立した仏教説話集『日本霊異記』にみられる。また夫と妻が自分のわずかな財産を持ち寄ってつくる当時の一般農民層の家族は、所有・経営権をつかさどる家長に統率された、自立できる経済的単位には程遠い不安定なものであり、複合大家族であったと考えるのが一般的であろう。
 一方、9世紀後半から、仏教的女性差別観はまず貴族社会で受容され、その後尼寺の衰退や女人結界が問題になる。そして女性罪業観は一層広範に社会をおおっていった。
 他方、遊女(あそび)たちは、性を売る女性ではあったが、芸能民ともいうべき質の高い芸を身につけていた。また妻に貞操観念の強制はみられない。
 さらに『蜻蛉(かげろう)日記』(1020年頃)からは、当時の貴族女性が夫(男性)にとって役立つ(出産できる)か否かで評価されているのがわかる。しかし筆者の道綱の妻が夫に対し自己主張する姿も見逃せない。そして家に取り込まれた女性は男性に従属はしたが、受領の妻のように任国(にんごく)で家政全般を管理分担する役割を担い、夫とともに家を盛り立てていくことを受け持った女性たちもいた。いずれにせよ、家父長制家族は萌芽的段階にあったといえる。

中世
 11世紀後半には古代的共同社会がくずれ、家は新しい社会的単位となった。多くの従者や下人を統括する権限を持った家長が女性や子供も従わせる、家父長制家族としての家である。そしてわが国に今日でも影響を及ぼしている家の成立を、ここにみることとなる。
 家父長制の成立は、仏教的女性差別観に現実的基盤を与え、12世紀前半に成立した『今昔物語集』では、女性を単に仏道修行上の悲器(ひき)としてだけでなく、人間的に劣悪な存在として語っている。そして女性の存在価値は、家父長の後継者を産む母性機能に限定されるようになっていった。とはいうものの、家父長に従うようになっても、家のなかのことは家父長の妻が取りしきり、強い権限を持っていた。いわゆる主婦権の成立である。また主婦権を持つ妻は、いろりの中央に座ることができた。つまり同じく家父長制家族といっても、明治期のそれとは大幅に異なっていた。
 さらに新しく台頭してきた商品経済活動(振売=ふりうり)を担ったのは女性であり、将軍家、公家の家政においても、経済力を背景に女性(妻)たちの積極的な対応がみられる。また女性にも一応の相続権、財産権があり、後家は家父長権を受け継ぎ、子へ伝える仲立ちをしている。しかし庶民クラスでは、女性は主人(雇主)の家父長権と夫の家父長権の二重支配のなかにあった。
 他方、鎌倉期にはおおらかな性関係の認容という面も残されていた。処女性などの観念は弱く、婚姻例などにみられるように、支配者層の女性(妻)へも貞操観は強要されていない。しかし、しだいに遊女たちは定住し始め、それとともに賤視される存在となっていった。
 また庶民層では、堕胎や間引きも行われており、そうしなければ自らが生きていけない状況があったといえる。

近世
 江戸期には、幕府を頂点として武士・農民それぞれの身分のものが、幕府に役(やく)を負担することを義務付けられていた。役を負担する単位が家でり、その家を代表するものが家長であったが、武士の家では軍役(ぐんやく)を勤められる男性のみがその地位を認められ、農民においても男性が村の一人前の成員である「本百姓」として位置付けられた。そして家長として認められない女性たちには「女大学」の道徳律が理想のあり方として求められた。
 しかし下層の人々(日々の暮らしに追われる水呑百姓や都市の借家住まいの人々)においては、女性が専業で手工業・商業に従事したり、他家に雇われて賃金を得たりしており、一人の労働者としての姿が見出される。「女大学」はこういった女性たちを、家父長制下の女性=貞淑といった規範に閉じ込める役割も果している。
 また女性が一人前には扱えない性とみなされていたとはいえ、上中層町家の女性たちは幼児期から読み・書きを習い相当の教育を受け、武家や公家の娘の結婚には一期分(いちごぶん)ではあるものの化粧料(土地)が与えられ、裕福な町家では動産(金銀、衣類)が分与され、家族と旅に出ることもあった。
 天保の改革(1841=天保12年頃)による男女間の身分秩序固守のための強圧政策は効果があがらず、秩序が動揺するなか、農村では場合によっては女性(母親)の相続人が出現し、幕末には政治活動に従事する女性もみられるようになり、多様な女性の姿が浮びあがってくる。
 他方、町共同体の掟により排除されつつあった遊女は、江戸幕府により遊廓に隔離され(公娼)、法的にも制度化された(公娼制)。それは茶屋女・飯盛女付旅籠屋(めしもりおんなつきはたごや)・辻売女といった私娼を取り込み、肥大化し、諸芸を兼ね備えた遊びから、売春を主体とする性格のものへと質的変化を余儀なくされていったといえる。

近代
 明治維新(1868年)による外国文化との接触から、暮らしは少しづつ変化していったが、戸籍法(1871年)の制定は「家」を単位として国民を把握しようとしたものであり、また妾の存在が公認されていた。
 明治民法は「戸主権」「男性長子相続」などの規定により、女性を無能力者扱いにし、一夫一婦制を建前としながら、実質的には一夫多妻制を容認していた。こうした「家」制度のもたらす悲劇は、広く文学の題材となり数多くの作品が生み出されてもいる。
 1872(明治5)年の「芸娼妓(げいしょうぎ)解放令」にもかかわらず、貸座敷制度(「本人真意にもとづく」のであれば許可する)として公認された近代の公娼制度は、国家による性管理の側面を持っていた。そして、そこには娘を娼妓に売らざるを得ないほど貧しい農民や労働者がいた。日本基督教夫人矯風会など、キリスト者を中心とする多くの人々によって廃娼運動は粘り強く闘われたが、ついに廃娼は実現せず、戦時下には大量の従軍慰安婦まで生み出すこととなった。
 一方、教育の面では、1872(明治5)年の学制発布により「男女の別なく小学に従事」することが説かれたが、実際には小守りなどの理由による女子の不就学が多くみられた。そのため1879(明治12)年の「教育令」では、女子のために裁縫科を設け、義務教育の振興を促そうとした。また自由民権思想の蔓延を恐れた政府は、翌1880(明治32)年の「高等女学校令」により、良妻賢母主義に基づく女子中等教育が制度的に確立し、中間層の主婦専業層が増加していったが、主婦の家事・育児に関する労働は、夫または家父長の管理の枠内であり、家父長的家族秩序は強化された。
 さらに女子高等教育については、女子大必要論も出されてはいたが、1918(大正7)年の臨時教育会議において、女子の高等教育は時期尚早であるとされ、高等女学校に専攻科・高等科を設置するにとどまった。
 他方、女性には参政権が認められていなかった。婦人参政権の必要が主張されるなか、全関西婦人連合会(全婦)は、1927(昭和2)年から1932(昭和7)年にかけて西日本で大規模な婦選請願書名運動を組織し、関東の婦選団体と共同戦線を張り、婦選運動の最高揚期を現出した。全婦の活動は中間層の女性たち、とりわけ地方の女性たちが社会に眼差しを向け、社会改良、女子教育の向上や婦選運動に参加していく水路となった。
 さらに女性に新しい職業がもたらされ、それらは社会的労働として評価されるものであった。明治後期(1890〜1910年頃)には女事務員・女店員も出現し、大正から昭和初期には女性の職業分野拡大による社会的経験の拡大、雑誌など大衆文化の盛行とともに「新しい女」現象を生んだ。しかし、女子工場労働者のほとんどは貧農の娘たちで、前借金を背負いながら過酷な労働・生活を送っていた。
 15年戦争期(1931〜1945年)には、男性の仕事を女性が代替しなければならず、仕事につく女性もいたが、総動員体制のなかで女性たちは、銃後の務め・護りを要求された。
 1940(昭和15)年、婦選獲得同盟は解散となり、1942(昭和17)年には婦人団体を統合した大日本婦人会が結成され、女性たちを戦争協力に駆り立てた。早婚、多子出産が期待され、子の養成が課題となり、母性は国家的母性として賛美の対象となった。

現代
 敗戦直後、なによりも早く占領軍向けの性的慰安施設が設置された事実は衝撃的である。さらに翌年には赤線(集娼地域)が生まれ、それは1958(昭和33)年売春防止法前面施行まで続く。新憲法は「家」制度や妻の無能力規定を廃止し、婦人参政権を実現し、女子に高等教育機関を開放した。しかし夫婦が法的平等に基づいて築く家庭とはいえ、「夫は仕事、妻は家庭」という性別役割分業を基礎にした社会構造は続いている。
 政治・経済体制が整った1955(昭和30)年には、主婦の生き方をめぐって主婦論争が起こされ、母親大会から「母親運動」という言葉も生まれた。さらに高度経済成長期である1960(昭和35)年代に入ると、家庭電化製品の普及、大規模団地の出現、家族形態の多様化などが起こり、「家」の実態や意識はくずれ始めた。経済発展は女性(母親)の再就職を促し、家庭と仕事を両立させる課題をもたらしたが、政府や経済界は女性の家庭での役割を強調した。
 1970(昭和45)年代に入ると、アメリカの女性解放運動がウーマン・リブとして日本にも紹介された。
 戦後の女性たちの活動が、母親や女性労働者として、小児マヒから子供を守る運動、平和運動、保育所づくり、労働条件の改善、さらには若年定年制・結婚退職への異議といったものであったのに対し、ウーマン・リブは「女」の解放をめざすものであった。
 1972(昭和47)年には、優生保護法が経済的理由による中絶を認めないことへの動きを阻止し、経口避妊薬の解禁を要求した。しかしウーマン・リブは、運動として短命に終った。
 このような流れのなかで女性たちは、1974(昭和49)年に文相に家庭科の男女共修を要望し、翌年の国際婦人年をきっかけとして、性別役割分担を克服できるような両性の関係を求める動きを一段と活発にした。1986(昭和61)年には男女雇用機会均等法が施行され、1994(平成6)年には高校家庭科男女共修が開始された。男性たちの意識も変化しつつあり、法体制の不備な点の改正や検討も行われている。またそれとともに、女性学・女性史の学習が地域のなかや学問研究の場で盛んになってきている。
 制度的な男女間の不平等はしだいに解消され、目に見える形での女性差別は減少してきたものの、出産・育児・老人介護などは、慣習のなかで女性が責任を負わせられがちなこと、子供の教育機会がその子供の能力や個性によってではなく、性別によって制限されがちなことなど、現状に矛盾を感じながらもこれらを受容する、現実の営みがある。女性の人権の向上には両性相互の意識の変化が重要であろう。

(財団法人世界人権問題研究センター(代表・上田正昭)編『人権歴史年表』2004年、山川出版社)

執筆者一覧(2004年9月現在)
編集責任 秋定嘉和
執筆者
 異域・民族問題 菅沢庸子 仲尾宏 水野直樹
 同和問題 山本尚友
 障害者問題 村上則夫 田中和男
 社会福祉関係 田中和男
 女性問題 小林善帆
 世界の人権 竹本正幸
by open-to-love | 2007-10-27 09:51 | 考古学・歴史 | Trackback | Comments(0)

カテゴリー案内

カテゴリー案内

 このブログは、テーマ別に「1群」から「16群」までカテゴリーを分けています。まずはこの「カテゴリー案内」から、関心あるカテゴリーを探し、読みたい記事を探してくださいね。

管理人より
カテゴリー案内 1~16群
1群:心の病入門
2群:盛岡ハートネット
3群:盛岡ハートネット事務局
4群・東日本大震災
5群:精神保健福祉とジェンダー
6群:自傷/自殺未遂/自殺
7群:当事者
8群:家族
9群:精神保健医療
10群:精神障害福祉
11群:社会資源
12群:歴史/事件/差別
13群:精神疾患
14群:治療法
15群:条約&憲法&法律&条例
16群:所蔵書籍一覧

管理人より

※管理人は、黒田大介と申します。盛岡ハートネット事務局の3人のうちの1人です。このブログは、精神保健医療福祉の情報を網羅することを目指しており、はなから日記じゃないので、「管理人より」は、あまり記事がありません。新年のごあいさつ、とか、アクセス数が節目の大台に載ったりしたら、ときどき書きますが、ときどき忘れてます。

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 ☆みなさんお元気ですか?
 ☆ブログアクセス15万件突破
 ☆東日本大震災から1周年に際して…2012年3月11日
 ☆ブログ「Open, to Love」PC訪問者20万人突破
 ☆宗教と震災をめぐって…2012年8月15日
 ☆遠くで鳴る鐘…2013年に際して
 ☆鯨缶はもうないけれど…ブログ「Open, to Love」PC訪問者数25万人突破に際して
 ☆岩手県精神保健福祉連合会への加入についての相談です
 ☆岩家連に加入したいと思います
 ☆阪神大震災から、東日本大震災へ
 ☆深まる秋(2014年10月9日)
 ☆ピンバッジ…2015年に際して
 ☆東日本大震災4年
 ☆「恐怖の味噌汁」…ブログ訪問者数40万人突破に際して
 ☆パソコン更新につき、お急ぎの方は…(2015年8月16日)
 ☆謹賀新年2016(2016年1月7日)
 ☆震災5年…祈りの灯火2016(2016年3月11日)
 ☆熊本地震に際して(2016年4月17日)
 ☆東日本大震災、そして台風10号(2016年9月11日)
 ☆2018年に際して(1月9日)
 ☆東日本大震災7年に際して(2018年3月11日)
 ☆東日本大震災7年に際して…石巻、盛岡(2018年3月11日)
 ☆2019年に際して
 ☆カンパの使い道…盛岡ハートネットのみなさま(2019年4月)

●●●●●1群:心の病入門●●●●●

※1群は、入門的な知識や、心の病を身近に感じてもらえるような情報を集めています。なお、このブログは、みんなのブログ。ハートネットに参加されている当事者の方のアート作品、ご家族の花の写真なども紹介しています。いろんな投稿、お待ちしております。

心の病入門編
心の病と映画
映画『精神』
心の病とアート
るんびにい美術館
アートギャラリー
心の病と文学
心の病とマンガ
心の病と能・舞台
心の病と音楽
花の写真ギャラリー
投稿写真ギャラリー
作ろう『こころの病入門』

●●●●●2群:盛岡ハートネット●●●●●

※盛岡ハートネットとは、精神障害当事者と、家族と、関係機関(保健師、行政の福祉課職員ら)と、市民のネットワーク。心の病の薬、カウンセリング、自殺問題などをテーマに、定期的に例会を開いています。結成以来の歴史については、「盛岡ハートネットの軌跡」をご覧ください。なお、講師資料、収支報告、アンケート集計などは各例会ごとにまとめています。

●●●その1(2007年〜2013年)●●●

盛岡ハートネット
盛岡ハートネットの軌跡
第1回例会:盛岡の精神保健福祉
第2回例会:SSCM
第3回例会:紫波の精神保健福祉
第4回例会:家族SST
第5回例会:多剤大量処方
第6回例会:心とお金シンポ
第7回例会:奥家連と交流
第8回例会:キララin盛岡
第9回例会:カウンセリング
第10回例会:増野先生
第11回例会:もりここ
第12回例会:自殺予防
第13回例会:心とお金セミナー
映画『精神』盛岡上映会(第14回例会)
第15回例会:薬と行動認知療法
第16回例会:ACTを学ぼう
第17回例会:働くために
第18回例会:リカバリー
第19回例会:リカバリー…福島と共に
お茶っこの会2011
お茶っこの会2012
お茶っこの会2013
盛岡ハートネット刊行物
盛岡ハートネットニュース

●●●その2(2014年〜)●●●
お茶っこの会2014
お茶っこの会2015
お茶っこの会2016
お茶っこの会2017

●●●●●3群:盛岡ハートネット事務局●●●●●

※盛岡ハートネットは、家族3人を事務局に発足しました。そもそも代表を置いていませんし、事務局も誰が一番偉いということはないです。3人でハートネットを始めてから、県内各地でそれぞれ講演や研修会講師などに呼ばれるようになりました。というわけで、それぞれの個性が伺える講演録などを、このコーナーに一括収録しています。「ゆったりごはん」は、本ブログ随一の人気連載で、100回続いたところで一休み中のお料理レシピです。

ハートネット事務局
ハートネット事務局
ゆったりごはん
家族会長会議講演
キララシンポ発表
自殺対策連携シンポ
八幡平講演
二戸地域生活セミナー講演
ヘルパー研修講義
民生委員協議会講演
盛岡大講義
盛岡社会福祉専門学校講義
社会福祉士会フォーラム
岩手大学術講演会
みんなねっと岩手大会
メディア文化論
PS養成講座
リカバリーフォーラム2011
宮古地区家族懇談会
心のケアと報道
岩泉町家族懇談会
盛岡圏域家族交流会
山田町家族懇談会
県立大精神保健福祉援助実習
日精看県支部・市民講座

●●●●●4群・東日本大震災●●●●●

※2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災。ここでは、関連するトピック、書籍、ハートネットが加盟している「もりおか復興支援ネットワーク」、コンボが主催しハートネットが協力団体としてかかわった「PNPP(ピア・ネットワーク・プロモーション・プロジェクト)」などを紹介しています。

●●●その1●●●
東日本大震災トピック
東日本大震災関連書籍
もりおか復興支援ネットワーク
震災とリカバリー

●●●その2●●●
応援してます久慈市
応援してます野田村
応援してます宮古市
応援してます山田町
応援してます大槌町
応援してます釜石市
応援してます大船渡市
応援してます陸前高田市
応援してます気仙沼市
応援してます南三陸町
応援してます石巻
福島県相双地区の精神保健医療福祉新生
応援してます福島県

●●●●●5群:精神保健福祉とジェンダー●●●●●

※ここでは、精神保健福祉や障害問題とジェンダー(社会的性差)」を扱っています。障害問題と女性問題は密接にかかわっています。例えば…

 障害者介護の担い手は、大半が女性です。
 保護者制度は、それが母親である場合、より深刻です。
 優生思想に苦しむのは、主に女性です。
 障害問題と女性問題の極端な現れが、DVです。
 DV被害者の大半は、女性です。
 DVの極端な、あるいは見過ごされがちな現れが、精神疾患です。
 自殺者の7割が男性であるのに対し、自殺未遂者の7割が女性です。

 …障害福祉の問題はその多くの部分が女性問題と重なり、それが解決しないと、こっちだって解決しない。逆に、障害福祉分野だけで凝り固まってしまったって、問題解決には全然つながらない、ということです。多くの方が、このコーナーに関心を持たれることを期待します。

障害福祉と女性問題
優生思想
保護者制度
DV(IPV)
モラルハラスメント
パターナリズム
恋愛・結婚・離婚
セクシュアリティー
チャイルドラインいわて
インクルいわて

☆当初は「精神保健福祉と女性問題」という名称でしたが、「女性」に限らないので、「精神保健福祉とジェンダー」にしました。ジェンダーとは、セックス(生物学的性差)に対する社会的性差のこと。例えば、「男なんだから働きなさい」とか、「女なんだから仕事やめて介護しなさい」みたいなのです。

●●●●●6群:自傷/自殺未遂/自殺●●●●●

※ここでは、自殺問題について取り上げました。自殺と多重債務は密接な関係があるため、全国的にもその活躍が注目されている盛岡市消費生活センターからのご案内もここで紹介しています。

リストカット
自殺
岩手県精神保健福祉センター
岩手県自殺予防情報センターニュースレター
さん・Sunねっと
いのちの電話
金銭管理・多重債務
盛岡市消費生活センター
いわて生活者サポートセンター
これからのくらし仕事支援室(これくら)
湯浅誠

●●●●●7群:当事者●●●●●

※ここでは、当事者に関する情報を網羅しています。(その1、2)

当事者として
キララ
べてるの家
コンボ
全精連
CILもりおか
DPI日本会議
リカバリー
地域生活
欠格条項
『当事者主権』
ピアサポート

●●●●●8群:家族●●●●●

※ここでは、一昔前まで精神障害者運動の主たる担い手だった、精神障害者家族にまつわる情報を網羅しています。

家族として
家族会ネットワーク構想
全家連
全福連
岩家連
家族会
奥家連
家族のスキルアップ
高森信子先生の家族SST
『こころの病と家族のこころ』

●●●●●9群:精神保健医療●●●●●

※ここでは、精神保健医療に関するトピックを紹介しています。近年、とかく「福祉」の重要性が叫ばれていますが、精神の場合「保健」の視点が極めて重要です。精神保健医療福祉のトピックとしては、主にコンボ「こころの元気+」の「ココプラ」コーナー、全福連「みんなねっと」の「知っておきたい精神保健福祉の動き」を収録しています。なお、精神疾患、治療法については、後段をご覧下さい。

精神保健福祉トピックス
世界のトピック
精神障害予防・教育
救急・急性期
相談機関
精神科病院
入院
ひきこもり
リハビリテーション
多剤大量処方
ACT
社会的入院
災害
児童虐待・虐待

●●●●●10群:精神障害福祉●●●●●

※ここでは、精神保健福祉サービスに関する情報を収録しています。9群:精神保健医療と重複する領域です。強いて分けるのであれば、9群は主に精神保健福祉法(地域から医療へ)、10群は主に障害者自立支援法にかかわる領域(病院から地域へ)って感じです。

精神保健福祉サービス
障害年金
特別障害給付金
生活保護
障害者手帳
手当制度
雇用・労災保険制度
医療保険制度
自立支援医療
ホームヘルプ
グループホーム
ショートステイ
就労

●●●●●11群:社会資源●●●●●

※ここには、作業所、就労継続支援事業所、ボランティアサークル、専門職の集まりなど、精神保健医療福祉、あるいは障害福祉にかかわるさまざまな団体の情報を網羅しています。

精神の関係団体
日精看県支部
就労支援事業所
地域活動支援センターetc
三田記念病院
喫茶ひだまり
My夢
スローキュアナチュラルハウス
さまざまな団体・居場所
重症心身障害児者を守る会
すまいる倶楽部

●●●●●12群:歴史/事件/差別●●●●●

※心の病に対する偏見、差別は、とっても根深いものがあります。それは、長い歴史の中で形成されてきました。ここでは、精神に関してより深く広い知見を求める方のための、どちらかと言えば暗くて小難しい話を収録していきます。

事件
池田小学校事件
やまゆり園事件
考古学・歴史
差別 偏見 スティグマ
マスコミ報道
呉秀三
クラーク報告
犯罪と精神医療
狂気の歴史

●●●●●13群:精神疾患●●●●●

※「ICD-10」「DSM-Ⅳ-TR」に基づいた、さまざまな精神疾患の解説。

ICD-10
DSM-Ⅳ-TR
統合失調症
うつ病・躁うつ病(気分障害)
パーソナリティ障害
解離性障害
ADHD
依存症
パニック障害
摂食障害
発達障害
認知症

●●●●●14群:治療法●●●●●

※薬物療法と非薬物療法(心理療法など)を紹介しています。

薬物療法
抗精神病薬
抗パーキンソン薬
睡眠薬(眠剤)
副作用
抗躁薬
抗不安薬
抗てんかん薬
抗うつ薬
抗酒薬
心理療法・精神療法
カウンセリング
増野肇
ストレス対処法
精神分析

●●●●●15群:条約&憲法&法律&条例●●●●●

※ここでは、精神保健福祉や障害福祉に関係するさまざまな法律や条例などを収録しています。法は、日常生活では縁遠いかもしれませんが、実はとっても大事なんです。

日本国憲法
国連障害者権利条約
障害者基本法
精神保健福祉法
障害者自立支援法
心神喪失者等医療観察法
障害者差別をなくす条例

●●●●●3群:盛岡ハートネット事務局(の続き)●●●●●

「自立支援の名の下に」
「共生社会へ」
「伸ばそう遊び力」
「プリズム」「展望台」
「直言」

●●●●●16群:所蔵書籍一覧●●●●●

所蔵書籍一覧

●●●●●○○○○○とは?●●●●●

※ブログは「日記風サイト」と呼ばれる通り、記事はテーマ別ではなく、入力した順に並んでしまいます。同じテーマの話でも、テーマ別に並ばず、入力順に分類されてしまう特性があるのです。「日記」であればそれでいいんですが、私はそういう使い方をしていません。よって、記事が増えれば増えるほどゴチャゴチャしてしまうので、テーマ別に1群から16群までジャンル分けしています。
 このブログのカテゴリー欄には、いっぱい「○○○○○」という項目が入っています。これはなにかというと、これから記事を入れるため、あらかじめ入れた空白のカテゴリーなんです。クリックしても、何も出て来ません。なぜこんな空欄があちこちにあるのか? それは、例えば、私が新たな記事を入力して、それが既存のカテゴリーに分類されず、新たにカテゴリーを設けてそこに入れるべき記事と考えたとします。で、新たなカテゴリーを設けました。ところが、新たなカテゴリーというのは、システム上、必ず一番下になってしまうのです…。しかも、そこからしかるべき位置にカテゴリーを移動させるためには、いちいち、一つずつ上がって行かなければならないのです。それは、結構手間が掛かるのです。まさに、ブログが「日記風サイト」であるがゆえの弊害です。
 よって、今後新たなカテゴリーを作成するとき、いちいち一つずつカテゴリーを移動させる手間をはぶくため、あらかじめ「○○○○○」という空欄を、各カテゴリーの下に準備しているのです。悪しからず。

by open-to-love | 2007-10-27 00:56 | カテゴリー案内 1~16群 | Trackback | Comments(0)
カテゴリー一覧・8群:家族

家族の思い
 ☆母親→「共生社会へ」→「障害福祉と女性問題」
 ☆精神障害者と家族―ある家族の15年→「障害福祉と女性問題」
 ☆「訪問」がつなぐもの〜体験談→「救急・急性期」
 ☆入院したがらなかった兄の死→「救急・急性期」
 ☆ある家族の思い…緊急時の連携を→「救急・急性期」「副作用」
 ☆コンボお知らせメール便:6/5(火)NHK-Eテレ『ハートネットTV』に注目!~精神疾患の親と暮らす子供たち
 ☆コンボお知らせメール便:「親なき後に備える」アンケート協力のお願い

全家連(破産)
 ☆全家連の概要
 ☆全家連が破産・解散(新聞報道)
 ☆破産・解散について、全家連HPでの報告
 ☆全家連の活動の報告(全家連評議員会資料)
 ☆ぜんかれんのHP
 ☆全家連の活動の報告(ぜんかれん最終号「全国の皆様へ」)=(前半・後半)
 ☆全家連の破産・解散に思う(きょうされんHP)
 ☆月刊「ぜんかれん」バックナンバー
 ☆家族会運動の展開その1〜その4→「名著案内」
   滝沢武久著『こころの病いと家族のこころ』
   第3章 家族のこころ—第2節 家族会運動の展開
   ☆その1………
    1 精神障害者とその家族の生活実態
    2 日本の家族(会)
   ☆その2………
    3 戦後日本の精神医療形成の背景
    4 家族会の誕生の土壌
    5 病院家族会成立の経過
    6 地域家族会成立の経過
   ☆その3………
    7 全国家族会の成立
    8 昭和50年代の全家連運動
    9 法改正運動における家族(会)の存在
   ☆その4………
   10 家族(会)組織の全体的推移と問題点
   11 社会復帰実践を担う家族(会)
   12 全国の家族(会)の現状と今後の展望
   13 家族(会)は圧力団体たりうるか
 ☆ハートピアのホテル部門閉鎖

全福連(みんなねっと)
 ☆全福連「みんなねっと」創刊号
 ☆全福連「みんなねっと」通巻2号
 ☆精神保健福祉の動向と家族会のこれから(「みんなねっと」通巻4号)
 ☆全国精神障がい者家族大会岡山大会に行ってきました~その1
 ☆全国精神障がい者家族大会岡山大会に行ってきました~その2
 ☆全国精神障がい者家族大会岡山大会に行ってきました~その3
 ☆精神保健福祉の動向と家族会のこれから−後編(「みんなねっと」通巻5号)
 ☆長期入院の弟に退院の話が…(「みんなねっと」通巻5号)→「社会的入院」
 ☆退院促進支援事業とはどんな事業?(「みんなねっと」5号)→「社会的入院」
 ☆24条通報(「みんなねっと」12号)→「救急・急性期」
 ☆第1回全国精神保健福祉家族大会(報告)…第1日目
 ☆第1回全国精神保健福祉家族大会(報告)…第2日目
 ☆第2回全国精神保健福祉家族大会(みんなねっと長崎大会)報告
 ☆全福連 平成21年度「家族支援に関する調査研究」報告
 ☆全福連 平成21年度「家族支援に関する調査研究」基本属性と「7つの提言」
 ☆第4回全国精神保健福祉家族大会高松大会 (報告)
 ☆みんなねっとメールマガジン vol.77(2018.12.03)
 ☆みんなねっとメールマガジン(2019.1.4 vol.78)
 ☆「みんなねっとフォーラム2018」
 ☆みんなねっとメールマガジン2019年3月22日号(vol79)
 ☆みんなねっとメールマガジン【2019.4.25 vol.80】
 ☆みんなねっとメールマガジン【2019.5.27vol.81】
 ☆みんなねっとメールマガジン【2019.6.19 vol.82】
 ☆みんなねっとメールマガジン【2019.7.31 vol.84】
 ☆みんなねっとメールマガジン【2019.9.3 vol.85】

『みんなねっと』
 ☆「みんなねっと」とは
 ☆月刊「みんなねっと」バックナンバー

みんなねっと岩手大会
 ☆みんなねっと岩手大会パンフレット…①(表紙〜日程)
 ☆みんなねっと岩手大会パンフレット…②(全体会プログラム)
 ☆みんなねっと岩手大会パンフレット…③(分科会プログラム〜後援団体)
 ☆みんなねっと岩手大会パンフレット…④(大会参加・宿泊のご案内〜裏表紙)
 ☆10月6、7日いよいよ「 みんなねっと岩手大会」
 ☆みんなねっと岩手大会全体会:基調公演:キララ
 ☆みんなねっと岩手大会全体会:基調講演:高木俊介さん
 ☆高木俊介先生講演録…全福連「みんなねっと」特集:みんなねっと岩手大会より
 ☆みんなねっと岩手大会分科会第1分科会:趣旨説明&講師一覧
 ☆みんなねっと岩手大会第2分科会:趣旨説明&講師一覧
 ☆みんなねっと岩手大会第3分科会:趣旨説明&講師一覧
 ☆「バス運賃割引について話そう!!」のご案内
 ☆みんなねっと岩手大会第4分科会:趣旨説明&講師一覧
 ☆みんなねっと岩手大会第5分科会:趣旨説明&講師一覧

岩家連
 ☆NPO法人「岩家連」
 ☆岩家連プロフィール
 ☆岩家連の歩みと精神保健福祉の歴史
 ☆第28回家族大会(2005年)
 ☆第29回家族大会 浅野前知事講演(2006年)
 ☆いきいき交流会 うつ病元患者講演(2006年)
 ☆全家連破産、解散で岩家連に衝撃(2007年)
 ☆全家連解散で岩家連が緊急理事会(2007年)
 ☆べてるの家の川村先生講演会実施要項→べてるの家
 ☆第30回精神障害者家族大会お知らせ&協賛広告募集中
 ☆第30回県精神障害者家族大会
 ☆第30回県精神障害者家族大会第5回実行委(反省会)
 ☆秋季当事者支援研修会開催要綱
 ☆「みんなねっと」いよいよ発送→「全福連」
 ☆平成19年度いきいき交流会開催要綱
 ☆岩家連機関誌「イーハトーブネットがんかれん」第1号
 ☆家族会活動報告(2007年度岩家連家族会長会議資料)
 ☆岩家連機関誌「イーハトーブネットがんかれん」第2号
 ☆緊急アンケートご協力願い
  (NPO法人全国精神障害者ネットワーク協議会調査研究会)
 ☆岩家連リーフレットできました
 ☆で、これが自家製リーフレットでした
 ☆第31回がんかれん大会のご案内
 ☆「リリー賞」のご案内
 ☆岩家連秋季当事者支援研修会のご案内
 ☆秋季当事者支援研修会 講演レジュメ…滝沢武久さん
 ☆秋季当事者支援研修会プログラム(最終版)
 ☆小坂さん講演レジュメ
 ☆行政説明レジュメ
 ☆平成20年度いきいき交流会お知らせ
 ☆いきいき交流会プログラム(確定版)
 ☆岩手県精神保健福祉審議会委員を公募中
 ☆CIL→岩家連「第3回 バスはぼくらにとってもスニーカー 意見交換会」当事者及び支援者の出席のお願い
 ☆岩家連ブログ開設
 ☆2009年度北海道東北ブロック家族会精神保健福祉促進研修会・第32回県精神障がい者家族大会のご案内
 ☆第4分科会(当事者活動推進)・川畑さんレジュメ
 ☆第4分科会(当事者活動推進)・川畑さんレジュメ追加
 ☆第4分科会(当事者活動推進)・川畑さん感想
 ☆第4分科会(当事者活動推進)・レジュメ
 ☆第4分科会(当事者活動推進)・レジュメ追加
 ☆第4分科会(当事者活動推進)・感想
 ☆第4分科会(当事者活動推進)・発表
 ☆2009年度岩家連いきいき交流会のご案内
 ☆コンボって何だろう?
 ☆コンボ「こころの元気+」って何だろう?
 ☆平成21年度いきいき交流会(報告)
 ☆「イーハトーヴネットがんかれん」第9号(平成22年3月発行)
 ☆2011年度岩福連大会は中止だそうです
 ☆家族相談研修会(2009年3月15日、アイーナ)
 ☆2007年岩家連&精神保健福祉関係カレンダー
 ☆2008年岩家連&精神保健福祉関係カレンダー
 ☆盛岡地域精神保健福祉交流会

家族会
 ☆家族会の歴史
 ☆心理教育プログラム(基礎編)家族相談会の開き方
 ☆助支安の会(盛岡市)
 ☆花のギャラリーby助支安の会員撮影→「花のギャラリー」
 ☆県内の精神障害者家族会一覧
 ☆家族会をご存じですか?
 ☆自立支援法の施行による家族会への波紋
 ☆全国の家族会の惨憺たる状況
 ☆精神保健福祉の動向と家族会のこれから→「全福連」
 ☆精神保健福祉の動向と家族会のこれから−後編→「全福連」

奥家連
 ☆奥州市精神障害者家族会連合会(奥家連)
 ☆奥家連合同交流会のご案内

家族のスキルアップ
 ☆勇気を出して相談してみましょう→「相談機関」
 ☆「初めての入院における家族ケアの大切さについて」
 ☆借金を繰り返す息子にどう対処したらいいのでしょうか→「金銭管理」
 ☆暴力はふれあい
 ☆家族会の集まりを楽しくするには?
 ☆講演「回復を目指しわが子と歩む」→岩家連
 ☆夫が躁うつ病です。どうしたらよいでしょう?→「うつ病(気分障害)」
 ☆統合失調症の暴力・暴言について考える→「統合失調症」
 ☆家族である私にとってのリカバリーとは
 ☆統合失調症ABC 回復を促す〝家族の接し方〟
 ☆コンボお知らせメール便:「つっちー」こと土屋徹さんの研修会があります
 ☆全福連『家族相談ハンドブック』
 ☆コンボお知らせメール便:障害を抱えた親と生きていく~こんぼ亭月例会のお知らせ
 ☆コンボお知らせメール便:こんぼ亭第16回月例会もうすぐ事前申込締切り&第15回月例会の続報(研究協力へのお願い)
 ☆コンボお知らせメール便:秋のこんぼ亭月例会~10/27は「親なき後」
 ☆コンボお知らせメール便:家族心理教育のための「じょうずな対処今日から明日へ」全面改訂

家族のための家族学習会
 ☆コンボお知らせメール便「「家族による家族学習会」普及啓発セミナーのお知らせ」
 ☆コンボお知らせメール便「統合失調症の方の『きょうだい』対象 家族による家族学習会」
 ☆家族による家族学習会
 ☆家族による家族学習会in盛岡(2012年12月9日、マリオス)
 ☆「家族による家族学習会in盛岡」正式チラシ完成
 ☆家族交流会のご案内(2013年2月3日)
 ☆改訂新版『じょうずな対処・今日から明日へ 病気・くすり・くらし』
 ☆「家族のための家族学習会」2013年度担当者研修会のご案内
 ☆コンボお知らせメール便:「きょうだい家族学習会」の参加者募集
 ☆コンボお知らせメール便「「ピア」サポート:家族の場合 《セミナーのお知らせ》」
 ☆コンボお知らせメール便:家族だってピアサポート!家族による家族学習会を紹介する本ができました
 ☆コンボお知らせメール便:「きょうだい」対象・家族による家族学習会参加者募集中
 ☆コンボお知らせメール便:コンボ後援イベントのご案内~名古屋&東京
☆コンボお知らせメール便:家族だってピアサポート!~家族による家族学習会セミナー&学習会
☆コンボお知らせメール便:「家族による家族学習会」世界に発信!&コンボの精神科医療「見える化」プロジェクト予告

親が精神疾患の子の支援
 ☆コンボお知らせメール便:家族による家族学習会セミナー~精神障害を持つ親に育てられた方のための
 ☆コンボお知らせメール便:子どもの立場の方のための家族による家族学習会セミナー&質問促進パンフレット
 ☆コンボお知らせメール便:「こころの元気+」7月号のご紹介~特集は「私の親は病気です」
 ☆コンボお知らせメール便:こんぼ亭@大阪明日!&「ピアサポート」系イベントふたつ
 ☆コンボお知らせメール便:リリー賞の受賞者を詳しくご紹介!&NHKのEテレで「子どもの立場」がテーマに
 ☆コンボお知らせメール便:名古屋で統合失調症フォーラム&精神疾患を持つ親に育てられた方のつどい
 ☆コンボ「家族まるごと支援と家族のリカバリーin 仙台(2017年12月)
 ☆横山恵子、蔭山正子編著『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り――困難の理解とリカバリーへの支援』
 ☆家族まるごと支援と家族のリカバリーin盛岡(2018年12月1日)


配偶者・パートナー支援
 ☆第2回「精神に障がいがある人の配偶者・パートナーのつどい」(函館市)
 ☆第3回精神に障がいがあるひとの配偶者・パートナーのつどい
 ☆第5回精神に障がいがあるひとの配偶者・パートナーのつどい
 ☆第6回「精神に障がいがあるひとの配偶者・パートナーのつどい」@函館
 ☆コンボお知らせメール便:リカバリ―フォーラム分科会、札幌&名古屋へ!
 ☆コンボお知らせメール便:家族まるごと支援!in盛岡~12/1事前申込受付中
 ☆家族による家族学習会《配偶者版》セミナー@池袋(2019年9月7日)

家族支援
 ☆『こころの科学』155号 特別企画:家族を支援する
 ☆後藤雅博著『家族心理教育から地域精神保健福祉まで』
 ☆日本精神保健福祉士協会『精神保健福祉』89号 特集「家族支援を考える」
 ☆コンボお知らせメール便「心理教育のツールキットができました」
 ☆コンボお知らせメール便「標準版家族心理教育研修会in市川のお知らせ」
 ☆コンボお知らせメール便:一緒に「これからの家族支援」を考えませんか?~12月のこんぼ亭月例会
 ☆コンボお知らせメール便:4月のこんぼ亭でとりあげる「暴力」とは?&「こころの元気+」4月号早読み!
 ☆コンボお知らせメール便:第14回リリー賞募集開始&家族まるごと支援研修会in大阪
 ☆コンボお知らせメール便:コンボの新刊『親なき後に備える』予約受付スタート
 ☆コンボお知らせメール便:4月のこんぼ亭は大阪で!テーマは「家族支援」
 ☆コンボお知らせメール便:こんぼ亭in大阪「家族支援」~事前申込締切延長!
 ☆コンボお知らせメール便:今週末は大阪!~こんぼ亭「家族支援」当日参加できます
 ☆コンボお知らせメール便:家族を手助けするアプリ「みまもメイト」ぜひご利用ください

高森信子先生の家族SST
 ☆聞き上手になるための条件とは?
 ☆会話の練習(虎の巻シート)
 ☆ピープルファイル SSTリーダー高森信子さん
 ☆高森先生の家族SST参加者募集(盛岡ハートネット主催)→「ハートネット」
 ☆平成19年度家族SST研修会案内(岩家連主催)→「岩家連」
 ☆平成19年度家族SST研修会ビラ(岩家連主催)→「岩家連」
 ☆高森信子『あなたの力が家族を変える』(チラシ)
 ☆高森信子著『あなたの力が家族を変える』
 ☆コンボお知らせメール便:年内最後のこんぼ亭!12/17~信頼できるお医者さんと出会うには?
 ☆コンボお知らせメール便:次回こんぼ亭「高森マジック」をたっぷりと!
 ☆コンボお知らせメール便:2/25のこんぼ亭、事前申込の締切を延長します!
 ☆コンボお知らせメール便:こんぼ亭DVDで「高森マジック」を体験!~新刊のご案内



滝沢武久

 ☆滝沢武久さん「日本の「20万人精神医学難民・棄民政策」解決への政策提言」①~⑤
 ☆『こころの病いと家族のこころ』………その1
(1993年、中央法規)
目次
はじめに…………………………………………………その2
第一章 家族の述懐……………………………………その3
第一節 「こころ」の旅
一 精神障害者を家族にもって
二 兄の発病……………………………………………その4
三 貧乏と葛藤の時期…………………………………その5
四 面会と逃避の繰り返し……………………………その6
五 生きる力……………………………………………その7
六 青春の放浪の旅を終えて…………………………その8
七 他の家族は…………………………………………その9
第二節 ソーシャルワーカーのころ………………その10
一 精神分析を受けながら
二 保健所での家族会の結成………………………その11
三 社会復帰医療センターと民間団体活動………その12
第三節 ヨーロッパの精神医療と福祉活動………その13
一 イギリスのコミュニティケア
二 英国精神分裂病友好協会訪問…………………その14
三 フルボーン精神病院、レンプロイ公社訪問…その15
四 ベルギーのファミリーケア……………………その16
第二章 こころの病いの対応………………………その17
第一節 病気について知っておきたいこと
一 精神障害のイメージはどうつくられるか
二 精神病-その発現と治療まで…………………その18
三 精神(分裂)病の病前性格………………………その19
四 診断および治療…………………………………その20
五 精神病となってからも……………………………その21
六 再発、再燃による再入院…………………………その22
七 長期在院と慢性化…………………………………その23
八 遺伝説に対して無防備な家族……………………その24
九 危険説に揺れる家族………………………………その25
一〇 分裂病(精神病)家族論・家族成因論…………その26
一一 不治説に絶望する家族…………………………その27
一二 精神病の障害に対して…………………………その28
一三 精神障害による日常生活の困難性……………その29
第二節 精神科医療の限界……………………………その30
一 精神科医療と市民誤解の悪循環
二 一市民としての家族………………………………その31
三 精神科医療と家族…………………………………その32
四 人権感覚、権利意識の幅…………………………その33
五 家族が担った役割…………………………………その34
六 家族の限界と専門家の役割………………………その35
七 精神医学・医療の限界……………………………その36
八 精神科医療における保護義務……………………その37
九 精神鑑定の難しさ…………………………………その38
一〇 医療、福祉、行政専門家の役割………………その39
一一 有力な社会復帰活動の担い手となる家族(会)…その40
第三節 入院と法の制度………………………………その41
一 病識欠如論と医療保護入院手続き
二 行動制限と通信面会の自由………………………その42
三 任意入院について…………………………………その43
四 医療保護入院について……………………………その44
五 家族は何を考えているのか………………………その45
六 新しい精神医療機能が大前提……………………その46
七 家族の引き取りについて考える…………………その47
八 保護義務問題………………………………………その48
九 精神障害者の地域福祉システム確立のために…その49
一〇 リハビリテーション施策と人権擁護…………その50
一一 障害者の完全参加と平等をめざして…………その51
第四節 精神障害者の組織化と回復者クラブ……………その52
一 患者会、回復者クラブを考える前に
二 先行した脳性麻痺者の自立運動………………………その53
三 我が国の精神障害者の状況……………………………その54
四 回復者クラブ活動について……………………………その55
五 アメリカの自立運動から学ぶこと……………………その56
六 自立に対応する市民社会のあり方……………………その57
七 患者クラブと障害者の組織化…………………………その58
第三章 家族のこころ-解決すべき問題点………………その59
第一節 家族の治療的役割
一 家族は治療のキーパーソン
二 全精神病院で病棟懇談会や家族教室、家族会を!…その60
三 家族への働きかけを考える……………………………その61
四 専門家へのお願い………………………………………その62
第二節 家族会運動の展開…………………………………その63
一 精神障害者とその家族の生活実態
二 日本の家族(会)…………………………………………その64
三 戦後日本の精神医療形成の背景………………………その65
四 家族会の誕生の土壤……………………………………その66
五 病院家族会成立の経過…………………………………その67
六 地域家族会成立の経過…………………………………その68
七 全国家族会の成立………………………………………その69
八 昭和五〇年代の全家連運動……………………………その70
九 法改正運動における家族(会)の存在…………………その71
一〇 家族(会)組織の全体的推移と問題点………………その72
一一 社会復帰実践を担う家族(会)………………………その73
一二 全国の家族(会)の現状と今後の展望………………その74
一三 家族(会)は圧力団体たりうるか……………………その75
あとがき

☆滝沢武久著『家族という視点 精神障害者と医療・福祉の間から』

by open-to-love | 2007-10-27 00:47 | 8群:家族 | Trackback | Comments(0)
2007「全国精神障がい者家族大会」岡山大会

 2007「全国精神障がい者家族大会」岡山大会(特定非営利活動法人岡山県精神障害者家族会連合会主催、特定非営利活動法人全国精神保健福祉会連合会など共催、厚生労働省、岡山県、岡山市など後援)は10月25、26の両日、岡山シンフォニーホール・岡山コンベンションセンターを会場に開かれました。
 大会テーマは「地域で精神障がい者があたりまえの生活を!〜障害者自立支援法から1年〜」。全国の精神障がい者とその家族、行政関係者、医療・保健・福祉関係者、施設の運営・指導者、ボランティア、学生ら定員2000人の大会で、岩家連からは事業企画推進部長の八重樫正美さんが参加。たった今、写真を送ってくれましたので、さっそくアップします。なお、近々、道中記を寄せてくれることになっております。しばしお待ちを。
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第1日目
基調講演 ジェームズ三木「ドラマと人間」
記念講演 大谷藤郎「これからの家族会活動」

第2日目
分科会
①地域におけえる生活支援の実際
②就労支援の実際
③親亡き後の生活の実際
④精神科医療の実際
⑤ひとりひとりが自分らしい暮らしを〜さあ、共に歩もうよ!〜
シンポジウム
①障害者自立支援法から1年〜在宅支援の立場から〜
②家族会活動について〜活性化とその課題〜
by open-to-love | 2007-10-26 22:59 | 全福連(みんなねっと) | Trackback | Comments(0)

人権の歴史ー障害者問題

人権の歴史ー障害者問題

古代
 北海道西南部の縄文時代後期と考えられる遺跡、入江貝塚から四肢の萎縮が著しい、おそらくは10年以上寝たきりの状態であったとみられる人骨が出土した。狩猟採集を生活の基盤としていた頃は、すべての人々が非常に厳しい環境のなかでの生活をしており、そのために共同体の内部で相互の協力、役割分担が自然に行われていたのであろう。そのようななかで障害者や病人が必ずしもそのなかから排除されていたわけではなかったことがうかがわれる。
 しかしその後、弥生時代を経て、中国を手本として、天皇を中心とした中央集権的な国家、律令国家が成立した頃にはいささか障害者や病気をとりまく環境は変化していた。『古事記』や律令国家によって編まれた正史『日本書紀』にみえる神話のなかでイザナギ・イザナミは、2人の間に最初に生まれた子供が3歳になっても足の立たない蛭のような子「蛭児」だったので、葦の船に乗せて海に流し捨てたという。ここからは障害児を遺棄することの行われていた可能性も否定できないであろう。また、病気のなかでも後には業病として恐れられる癩病があるが、これも渡来した人物で作庭の名人に白い斑点があったため、白癩と疑われ島に遺棄されそうになる事件があった。ここで彼は白い斑点のある馬には乗らないのかと反論し事なきを得るのであるが、ここでも病気の者の遺棄をうかがわせる。
 後に律令が制定されてからは、そのなかで厳密に障害については等級が定められ、それに応じた救済が規定されている。しかし、平安時代には京都の都市化に伴いさまざまな新しい問題が出てくる。人口の増加と衛生の不良から疫病が流行し、それに合わせて穢れを激しく忌避するようになってゆく。
 また、この頃から障害・病気の理由を仏教の因果応報思想によって説明されることがなされ始め、その後の障害者観に大きな影響を与えていくことになる。

中世
 それまでは国家によってまがりなりにも一定の保護を受けることのできた障害者や病気の者にとって、中世は厳しい時代であった。自力で生活する事の困難な癩病者や障害者たちは、貧困によって共同体から排除を受けた他の「非人」と呼ばれる人々とともに、都市周縁や街道沿いに成立した「非人宿」に収容され、「宿の長吏」による管理・支配の下で、物乞いをせねばならなかった。『今昔物語』には白癩にかかり「非人宿」に行かざるを得なくなった僧侶の説話が載っている。その僧侶は、病気にかかって以後は「親と契りし乳母も、穢れなむとて寄らしめず」という有様なので、京都の清水坂にあった非人宿に行くのであるが、そこでも「さる片輪者のなかにもにくまれて」死亡するのである。癩病者や障害者にとって、中世という時代はこのようなものであった。
 このようななかで盛んに障害者・癩病者などの救済に当ったのが律宗の叡尊・忍性をはじめとする僧たちであった。叡尊・忍性はさまざまな慈善事業につとめ、生涯にわたって各地の非人宿で生活する人々に食物・衣服を与え、戒律を授ける行いを続けた。しかし、施行の場では非人を菩薩の化身として崇めながらも、一方で非人を囲い込むような彼らの行為には一定の歴史的な限界があった。その他に、障害者・癩病者に積極的にかかわった僧に時宗の一遍もいる。一遍は「浄不浄」を差別せず念仏による布教を勧めたので、遊行する彼の後には多くの非人が付き従った。しかし、このような仏教者がいる一方で、従来の仏教の教えによって病気や障害を信仰の不足、前世の業として否定した仏教者も少なからずいたことは看過できないであろう。
 このほかに、中世の目立った動きとしては盲人の組織化があげられる。古代にも史料にはみえていた盲人であるが、中世になり平家物語を語るようになると、しばしば公家などの日記などに登場するようになる。彼らは盲人による組織をつくり、公家の久我家を本所として活動をし始め、その他の障害者に比べて盲人が史料に現れることが非常に多くなる。

近世
 中世の末期から近世にかけての障害者たちに対する大きな動きに、戦国期からしだいに日本に定着し始めたキリスト教の影響がある。布教を目的に日本を訪れた宣教師たちは、その活動のなかで積極的な慈善事業を行った。従来の仏教に救いを見出すことのできない障害者や癩病者たちは、新しい宗教に希望を見出した。その後、政権を掌握した江戸幕府はキリスト教を禁止し、宣教師や信者を国外へ追放するなどの弾圧をしていった。
 そして幕府も、法会の際などに障害者たちに施しを与えたり、疫病が流行した際に薬を配布するなどの行為はしたが、決して十分なものではなかった。そのようななかで、とくに大きく取り上げなければならない幕府の政策は、1722(享保7)年に町医の小川笙船(しょうせん)の建議によって設立された小石川養生所であろう。これは看病人のいない極貧の病人を対象とした医療施設で、すべて無料で診察・治療が行われた。この養生所の設立によって、江戸では個人の奉仕によらない公的機関による恒常的な医療が保障されたのである。
 このような近世の病人を取り巻く状況に比べ、一部の盲人を除けば障害者の置かれた環境は未だ厳しいものであった。近世の盲人は当道座という強固な組織をつくり、その管理の下で芸能や医療・金融などの活動を行った。そのなかでは検校をはじめとする上下関係があり、昇進するには多額の金銭の上納が必要であった。そのため、上層の盲人のなかには非常に裕福になったものもいた。しかし、それ以外の障害者は見せ物とされたり、あるいは路上で物乞いをすることによってかろうじて生きていくことができたような状態であった。このような障害者は、因果応報の証拠として「親の因果が子に祟り」といった言葉で、しばしば芝居や読本のなかに引き合いに出されていくのである。

近代
 明治に入ると、恤救(じゅつきゅう)規則が制定されて、障害者や病者をめぐる様相は一変する。これには、「人民相互の情誼」による窮民・病人の救済が要請されてはいる。しかし町・村というこれまでの地域共同体は解体に向かい、障害者や病者に対する共同体の保護は機能しなくなっていた。また「身分」として盲人に保障された按摩などの職業、普化(ふげ)宗の虚無僧の尺八演奏の特権は奪い取られ、江戸の町人の運営した町会所による窮民・病人救済も江戸町民の自主的な運営を外されて、東京府養育院として行政機関に編成替えされた。勿論、こうした障害者や病者の共同体・身分からの解放は、人間としての解放を意味したわけではない。国民を心身の健康の面で「正常と異常」に分けたなかの、「異常な」いわば「二級国民」として、悪くすると「非国民」としてランク付けされて、別な場所に囲い込まれ監視と排除を受けるようになったことを意味した。
 国民皆学をスローガンとする学制は、1872(明治5)年に制定された。障害者や病人に対しても一応の扉は開かれていた。授業料の払えない貧民に対しては簡易科を設けたり、授業料の減免を行って、とりあえず文明国の証である就学率の上昇がめざされた。障害者に対しても中等の「廃人教育」の制度化をかかげていた。しかし、ここでまずめざされたのは、一般の普通教育とは別のコースの設置であった。すでに前年に工学頭山尾庸三が「盲学校・聾学校設立の建議」を行っており、東京では中村正直らの楽善会によって調盲院(1875年)、京都では盲唖院(1878年)が設立された。
 病気を治す医療については、早々と西洋医学が正統なものとされる「医制」が制定された。新しい医療や服薬を妨害するマジナイ・お祓いは禁止された。漢方や鍼灸はグレーゾーンに位置付けられた。帝国大学や各県に設置された医学校で医師が時には速成的に養成された。選ばれた優秀なものはドイツ医学を学びに留学して、帝国大学教授や軍医となり、他の多くのものは地方の開業医となり、同業組合である医師会を結成して、地方名士としての名望を保つとともに、実費診療運動や健康保険の制度化に対しては、業界の利益を守るための団体行動を行った。
 病気の治療は公衆衛生の点からも注目された。すでに江戸時代後期から種痘館などが幕府の手で設置されたが、開国以降の外国交際の緊密化による伝染病の侵入に対して、検疫などの防疫施設だけではなく、種々の予防接種が施行された。種痘規則(1874年)・天然痘予防仮規則(1875年)、コレラ病予防規則(1877年)などがある。西洋医学における細菌学の発展に影響されて、病気の原因を細菌とする思想が一般化した。福沢諭吉ら啓蒙思想家を会員とする大日本私立衛生学会の付属機関として「伝染病研究所」が開設され、所長の北里柴三郎の下に志賀潔や野口英世が研究を行った。のちの文部省移管問題では、北里らが対立し北里研究所を設置することになる。
 細菌学の流行は社会問題の見方にも影響を与え、犯罪の発生や貧民の堕落についてもパチルス、ミヤズマなどの害毒で説明するものも現れた。細菌学の流行が与えたのはこれだけではない。病原たる細菌を封じ込める隔離の考えを広めさせた。同時期に広まった生物学の学説である遺伝学と重なって、精神病者やハンセン病(らい病)の患者に対する隔離の思想を正当化することにもなったと思われる。
 精神病者に対しては、座敷牢などの私宅監置が江戸時代においても行われていた。維新以後も、警視庁が私宅監置については警察の許可を得るように命じている(1878年)。私的監視を強めながらも、それに一定の歯止めをかけようとするものであった。公的施設として京都南禅寺に癩狂院(1875年)、東京府養育院に癩狂室(1879年)が認可される。1884(明治17)年には、大名であった相馬家での当主に対する私宅監置が、側近による相馬家乗っ取り計画だとする相馬事件が世間を騒がした。政府は改めて、看護義務者による精神病者の「監置」と、行政官庁による監督を定めた精神病者監護法を制定した(1900年)。こうした動きに対して、東京府養育院癩狂室を継承した巣鴨病院院長を兼ねる東京帝大教授・呉秀三は精神病者の処遇改善のための慈善音楽会などを行う精神病者慈善救治会を組織して、政府要人や知識人に精神病者の人権を訴えた。大正期には精神病院の設置と入院についての精神病院法が制定される(1919年)などしたが、隔離主義は終ったわけではなく、呉たちは私宅監置の非人道性を訴え続けた。
 天刑病として差別されたらい病=ハンセン病は、19世紀には伝染性の弱い伝染病だということは証明されていた。にもかかわらず、前述の細菌学と遺伝学の流行を背景として、不当な処遇が繰り返されていた。明治初期から宗教者たち、ハンナ=リデルが熊本に回春病院(1890年)、カトリック神父テストウィドが静岡に神山復生病院(1889年)などを設立したが、これらの宗教者たちもハンセン病者は罪人であるという偏見から自由ではなかった。政府もようやく1900(明治33)年に患者の調査を行い3万人という数を把握するとともに、公立療養所の設立によって、患者を隔離しようとした(らい予防に関する法律、1907年)。この考えは優生学の思想と混ざって、民族の浄化をはかるためのハンセン病(患者)の絶滅施策に転回した。東京全生病院では、光田健輔を責任者として患者に対する断種術が施された(1915年)。勿論、ハンセン病が遺伝病とするのは根拠のない言説であった。政府はらい予防法に関する法律を改正して、療養所長の懲戒検束権を強化した。政府首脳がハンセン病者の断種を是認したかはともあれ、「らい根絶20カ年計画」が立てられたり、内務省部内でハンセン病者や精神病者の去勢が構想されたことを示唆する事実も報告されている。

現代
 精神病者に対する私宅監置にしても精神病院での公の監視にしても、ハンセン病者に対する隔離や根絶にしても、患者とみなされた個人の生活や権利を社会生活から切り離してしまうことにおいては同じ質の処遇といえた。そして、この近代前期の歴史は、戦後の新憲法の下においても、基本的には変化しなかった。らい予防法を廃止する法律が制定されたのは、ようやく1996(平成8)年のことであったし、予防法廃止後も隔離施設は残さざるを得なかった。しかし、最近ではようやく新しい試みが芽生えてきた。ノーマライゼーションの思想もその一つである。リハビリテーションは病気や障害を人間にとって必要である機能の欠如ととらえ、失った機能を取り戻すことを主眼に置くのに対して、ノーマライゼーションは病気や障害の状態を普通だ(ノーマル)と受け入れて、それを社会の生活にも拡げていくことを意味するといってもよいであろう。障害者や病者にふさわしい町や建物の構造、人間関係でのつきあい方が要請されることになろう。健常者ではないものに基準を合わせていく以上、健常者を基準とした現代の文明に対する何らかの規制が必要となるに違いない。障害者の自己決定権を最大限に認めた上での社会への参加と支援を併せ持つ制度と思想が求められている。

(財団法人世界人権問題研究センター(代表・上田正昭)編『人権歴史年表』2004年、山川出版社)

執筆者一覧(2004年9月現在)
編集責任 秋定嘉和
執筆者
 異域・民族問題 菅沢庸子 仲尾宏 水野直樹
 同和問題 山本尚友
 障害者問題 村上則夫 田中和男
 社会福祉関係 田中和男
 女性問題 小林善帆
 世界の人権 竹本正幸
by open-to-love | 2007-10-26 22:44 | 考古学・歴史 | Trackback | Comments(0)
World Link7 香港「世界精神保健連盟香港大会 世界の当事者奮闘記!」

日米精神障害者交流事業代表 宇田川健

イースト・ミーツ・ウエスト
 僕は、8月19日から23日まで香港で開催された世界精神保健連盟2007香港大会(World Federation for Mental Health 2007 Hong Kong biennial congress)に参加しました。そのときの模様を報告します。
 今回のWFMH大会では、アジアではいかに当事者が下に見られているかを痛感しました。当事者の力をアジアは知りません。アジアはアメリカ、ヨーロッパ、オセアニアより遅れているというより、そういう古き悪しき上下関係を持ち続けている場所なのだと思います。
 今回の香港大会のテーマはイースト・ミーツ・ウエスト(東洋と西洋の出会い)でした。古い東と新しい西が出会うというコンセプトでした。

当事者の場がない?
 8月19日。大会初日です。大会のチェックインを済ませた後のこと。
 「当事者決議を決めるための部屋はどこですか」
 と受付で聞きました。
 「おっしゃっていることの意味がわかりません」
 という返事にとてもショックを受けました。2〜3人にたらいまわしにされ受付で忙しそうにしていた責任者らしき人が出てきました。
 「これまで、WFMHの大会に何度も参加しているのですが、毎回当事者たちが話し合って、当事者決議を提出していました。今回はそのための部屋は用意していないのですか」
 「ごめんなさい、今回は用意していないです。すみませんでした」
 「全世界から当事者が集まるのに、何の準備もしていないのですか!」
 「今回はそういうことはありません」
 といった回答しか得られません。とても悔しかったです。僕には怒りがありました。そして悲しみもありました。香港では、当事者は重要視されていないのだと、思いました。
 WFMHも当事者を重要視していないのかと、絶望しました。
 ジャネット・メアはオーストラリアの当事者で、統合失調症です。彼女はWHMHの名誉役員をしています。メッセージボードがあったので、ジャネット宛にメッセージを残しました。
 「ジャネット・メア様。当事者決議を決めるための部屋はどこですか。どこに当事者が集まれる部屋がありますか。ケン」

当事者決議をみんなで作成
 8月20日。シンポジウムが終った後に、ジャネットが、
 「ケン、メッセージ読んだわ。今回の実行委員会にその時間が確保できるか、確認してみるから」
 「ありがとう」と言って別れました。
 その2日後の22日。メトロポリスホテルに宿泊しているジャネットの部屋に、8人の当事者が集まりました。閉会セレモニーで当事者決議を発表しよう、という計画です。
 新しくWFMH代表になった、ジョンさんが閉会セレモニーでのプレゼンテーションを短く切り上げて、5分間の時間を僕たち当事者にくれることになったのです。
 ジャネットが時間を確保できるように、ジョンに働きかけてくれたのです。
 当事者決議の内容は、以下の通りとしました。

 当事者同士が集まれる場所が必要であることを、忘れないでほしい。
 誰が当事者か、わかるようにしてほしい。
 これから、多くの当事者に大会に参加してもらうために、各国の国規模の当事者団体をWFMHに対して、投票権のある団体会員として認めることを推奨してほしい。
 リカバリーは世界のどんな場所でも可能であるというメッセージを当事者からも、専門家からも発信できるようにしてほしい。

 という内容です。みんなで楽しく話し合い、アジアからの参加者が前に出て発表することが望ましいという意見がありました。
 そして、僕と台湾からの当事者スカオさんの2人が明日の閉会セレモニーで発表することになりました。僕たちが発表することをみんながとても喜んでいました。

アジアは保守的だ!
 8月23日。昼食で当事者のミーティングを行いました。スカオさんは、台湾に帰る飛行機の時間の都合で閉会セレモニーには参加できないことがわかりました。
 当事者ランチミーティングでは、20人くらいの当事者が集まりました。スカオさんが発表できなくなったので、香港のオルフェスさんという男性の当事者に尋ねました。
 「決議を一緒に読みませんか」
 「僕が所属している団体からお金を出してもらって、スタッフとして参加しているので、僕が当事者として前に出ると問題が発生するかもしれません。やりたい気持ちはありますが、僕はどうだかわからないのです」
 ああ、アジアよ!何でこんなに保守的なんだ!と思いました。
 当事者ランチミーティングでは当事者決議案を読むリハーサルをしました。結局オルフェスさんはリハーサルに参加しませんでした。
 オーストラリアの当事者ジャネット・メアと私の2人でみんなの前で原稿を読み上げました。

分科会での発表
 ランチミーティングが終わり、午後2時からは当事者分科会に参加しました。
 香港からの当事者のアリスさん、オーストラリアの2人の当事者に続き、最後に僕の発表となりました。
 「専門家はリカバリーを提供できない。専門家が何もしないときにリカバリーは始まる。必要なのは当事者に対して信頼を持つこと。責任を委譲すること。仕事を与えること」
 という内容の経験のストーリーを話しました。
 分科会が終わり、閉会セレモニーの会場に行きました。
 実は、分科会が始まる前にオルフェスがやってきて、こう言ったのです。
 「当事者決議の原稿だけど、僕はどこを読めばいいんだい?」
 そこで、彼には僕の担当する部分の後半3分の1を読んでもらうことになったのです。

リカバリーは可能だ!
 閉会セレモニーの会場に行くと、アメリカの当事者のアンさんがこう言うのです。
 「当事者決議について、5分の時間は確保できたけど、壇上にはあがれないの。フロアからの発言しかできないということよ」
 僕とオルフェスとジャネットはまたもや憤慨していました。
 閉会セレモニーが始まりました。新しい会長のジョンさんのプレゼンテーションが始まりました。ジャネットが
 「アーユーレディ?」
 と聞いてきました。いよいよだなと思いました。
 いよいよ僕たちの番になりました。前に出ると、会場にいる当事者の人は全員立ってくださいとジャネットが言ってくれて、数人が立ち上がりました。
 当事者決議をジャネット・宇田川・オルフェスの順で読み上げました。
 与えられた時間はもともと5分しかないのに、「のこり5分です」「時間切れです」とパネルで会場係が出してきました。とてもいやでした。
 3人で読み上げて、会場の当事者と一緒に、最後に大声で
 「リカバリー イズ ポシブル!(リカバリーは可能だ!)」
 と叫んで、終りました。
 ジャネットは、
 「みんなすばらしいわ!チューしたいくらいよ」
 と言っていました。閉会セレモニーが終った後に、3人で抱き合って、健闘をたたえました。
 WFMHの新会長のジョンさんも握手しに来てくれました。
 「ジャネット。僕はもう疲れすぎたから、ホテルに帰るよ」
 「ケン、あなたのメッセージのおかげで、こういうことができたわ。あなたが言い出さなければ、これはできなかったわ。ありがとう」
 と言われました。オルフェスにも
 「君はこれからのWFMHの当事者の次の世代を担っていくことになるんだよ。一緒にやっていこう。連絡を取り合おう」
 と言いました。これで終りました。とても疲れました。
 でも最後には友達ができました。

(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ メンタルヘルスマガジン「こころの元気+」第8号 2007年10月 特集「再発してもだいじょうぶ」)

※宇田川さんは、11月16日、八幡平市安比高原の安比リゾートセンターで開かれる岩家連研修会の講師として来県されます。楽しみですね(黒)
by open-to-love | 2007-10-25 20:44 | 当事者として | Trackback | Comments(0)