精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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「実効性ある連携への諸課題」…④

シンポジウム「こころとお金の悩み解決」資料 「実効性ある連携への諸課題―建前と良心」…④(第7章、結語)

第7章

社会を変える連携

 先に「連携のメリット」として、「社会を変えることができる」「自殺を減らすことができる」という2項目を挙げました。
 「自殺を減らす」と「社会を変える」とは、同時並行でなければなりません。実効性ある連携により、複合的な悩みを抱えた当事者を支援し課題を解決に導く、持続可能な連携相談システムを組み上げることにより、自殺を減らす。でも、それは個々の事案に対処しているだけで、根本の社会を変えないことには、相談支援の現場がいくら頑張っても、自殺は減らず、予備軍はどんどん相談窓口に訪れるからです。
 社会を変えるとはどういうことか。もとより「みんなが安心して生き生き暮らせる社会をつくりましょう」的な、バラ色の、しかしながらまるで現実味を欠いた建前論議をする気は、さらさらありません。私が思い描くのは、あんまりパッとしませんが「税金が、最も必要とされているところに適正に配分される社会」です。
 そのためには、まずは「格差社会の現実、相談支援の現場はこんなに大変なんだ」というコンセンサスを得るところから始まります。それがないことには、現場の実態に見合った人員態勢や予算配分には決してつながりません。コンセンサスを得るためには、社会に実態を知らしめなければならない。実態を知らしめるためには、当事者が声を上げるのが一番。でも、当事者はさまざまな事情で声を上げられないことが多い。
 だからこそ、声を上げられぬ当事者に代わって、当事者の苦しみを一番理解している人、すなわち、相談員が声を上げていく必要があるのです。現実を見ている人の言葉こそ、説得力があります(と、かつて私は岩手日報のコラムに書きましたが、裏でずいぶん批判もされました…)。でも、相談員の個性はさまざま。上司ににらまれ組織内で孤立してもノホホンとしてる「出る釘」タイプもいれば、和をもって尊しとなすを信条とする「気配り」タイプもいる。みんながみんな一匹狼になって声を上げ、わざわざ孤立し、打たれることはない。ならばどうするか。そう、一人じゃなく、みんなで“連携して”声を上げればいいのです。みんなで話せば恐くない。だから、「連携すれば社会を変えることができる」。それでもなお相談員が声を上げられぬのであれば、次善策として、上司が代弁して声を上げてもいいですね。むろん、当事者や家族も声を上げましょうね。

 社会を変えるつながりをつくり出す端緒は相談員です。窓口を訪れる人を単なる「お客さん」と見なさず、問題解決したらそれでおしまい、さよならと考えず、その「お客さん」がゆくゆくは力強い「ピア・サポーター」として、自分たちフォーマルな専門家と連携して自殺を防止し、社会を変えていく担い手になるのだという大きなビジョンを持つところから始まる。相談員がこうしたビジョンを共有し、当事者や家族を連携して支援し、「相談員/お客さん」という1対1の個別的関係を、「フォーマル/インフォーマル」という大きな世界へ広げていく努力を続けていけば、必ずや、社会は変わることでしょう。
 「自殺防止」はもとより、「格差防止」のために、立場を越えみんなで連携しましょう。
 そもそも社会、ましてや格差社会とは、各相談現場から見える個別的現実の総体です。可視とするためには連携しなければならないですから、その全貌はいまだ不可視、思ってるよりひどいかもしれない。連携して全貌を顕在化し、連携して社会を変えていくか。それとも、建前だけの連携と無作為の隠蔽が続くのか。相談員のスタンスが問われます。


結 語

みなさんの〝ハートネット〟を

 本シンポジウムのテーマは「精神医療」と「多重債務問題」の連携ですが、連携が必要なのはこの分野だけではないことに、留意して下さい。むしろ、あらゆる分野において、連携が必要のない支援とはあり得ない、と考えた方が早いでしょう。
 究極的に、連携が必要な困難な事案が起きているから、「連携」が必要なのではないのです。そもそも人間は多面的な存在であるがゆえ、当事者には多様なニーズがあります。そのニーズに対応するために多様な支援機関があるのです。だから、何のために法があり、制度があり、それらに基づき自らが属する組織があるのかを、何のため自分が「相談員」という肩書で仕事をしているのかを考えてみれば、連携して支援するのは当たり前。
 さらに、当事者心理からして、相談に来ること自体が大きな負担です。問題がこじれてグチャグチャになる前にどうして相談してくれなかったの…相談員の方は、こんな思いを感じたことがしばしばあると思います。私たち家族に寄せられる相談だって、簡単明瞭に解決できる事案なぞ、ほとんどないといっていいでしょう。当事者はずっとずっと耐えている。そして、当初は小さかった問題がどんどん大きくなってきて、複合的にからみあい手に負えなくなってきて、いよいよ切羽詰まった段階で、初めて相談するのです。
 つまり、人間の本源としての多面性ゆえに、また、当事者が意を決して相談するに至る心理的状況からしても、連携した支援が必要だし、望まれるのです。
 例えば、先に挙げた多重債務で抑うつ状態の女性の事例を、もう一度読み返して下さい。この件は、決して消費生活相談員が多重債務解決の相談に乗り、精神科医がSSRI(うつ病治療に使われる選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と睡眠薬を処方することで解決する案件とは限りません。少なくとも、多重債務と精神医療的な問題以外の潜在的な問題が2つ3つ見え隠れしてますよ、と言うか、見え隠れするように書いてます。潜在的問題とは何か、素人の私が指摘するまでもなく、お分かりですよね。

 以上の認識を踏まえ、結論を述べます。回りくどくてすいません。
 自殺防止のため、関係機関は、社会との諸関係において、実効性ある連携を進めなければならない。実効性ある連携とは▽相談員個人の専門性、やる気、したたかさ(第3章)だけで実現されるものではなく、少なくとも▽自らが属する機関の意識改革(第4、5章)、▽社会のコンセンサス(第7章)、▽適正な人員・予算配分(第4、5、6、7章)、▽フォーマルとインフォーマルの連携と役割分担(第6章)-という要素に規定され、漸進的に実現されると考えるのが現実的ゆえ、すぐには進まないが、進めなければならない。
 本日お集まりのみなさんには、講師のお二人の話を、この場限りで「勉強になりました」と終わらせず、自らの立場と重ね合わせ主体的に読み解き、ならば今後自分はどうしたたかに連携を進めていくのかを考え、一歩一歩、実践していただきたいと思います。そうであれば、このシンポジウムには実効性があったのだし、そうでなければ、このシンポジウムもしょせん建前の集まりだったということにならざるを得ません。
 手前味噌で恐縮ですが、相談員のみなさんが、それぞれの立場を超え、みなさん同士の人と人、心と心のつながり、すなわち“ハートネット”の輪を少しずつ広げていかれますことを、そしていつの日か、相談員同士や相談機関同士の実効性ある連携の輪の構築とともに、フォーマルとインフォーマルの実効性ある連携が実現される日が来ることを、このシンポジウムがその一契機となることを、心より願います。
 本論の辛辣な表現の数々、お許し下さい。私としては、これ以上身の回りの人が死んだり倒れたりするのはもう勘弁してほしいのです。「連携」があれば、おそらくは死なずに済んだであろう人たち…。

 ≪参 考≫
 盛岡ハートネットは、盛岡市で2007年夏に開かれた第30回岩手県精神障害者家族大会を機に、それまで横のつながりが希薄だった家族会の有志が「当事者、家族、関係者、市民の交流を深めよう」と同年10月に結成しました。代表はあえて選んでませんし、会則も年会費もないです。事務局は私含め3人。2カ月に1回ペースでこれまで5回例会を開き、ゲストに精神保健福祉の専門家を招いてお話いただくほか、参加者同士の交流会も開いています。正式名称は一応「盛岡精神障害者家族会連合会」なのですが、実態としては、家族限定の集まりではなく「誰が来てもいいですよ」ということでやってます。
 詳しくは、配付資料中のリーフレットやニュース(1~5号)、ブログ「Open, To Love」を参照下さい。さらに、本県精神障害者家族会の現状と課題については、ブログ収録の「家族会ネットワークをつくろう!-『盛岡ハートネット』の活動を通じて」(2007年度家族会長会議配付資料、2008年5月再編)をご覧下さい。

○自殺統計について、詳しくは…
警察庁生活安全局地域課『平成19年中における自殺の概要資料』(平成20年6月)

○精神疾患と自殺について、詳しくは…
 高橋祥友著『自殺の危険 臨床的評価と危機介入』(金剛出版、2006年)
 『こころの科学』139号「数字で知るこころの問題」(日本評論社、2008年)

○相談の諸形態について、詳しくは…
乾吉佑・氏原寛他編『心理療法ハンドブック』(創元社、2005年)

○精神障害と社会の諸問題について、深く考えるなら…
呉秀三『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』(2007年、「新樹会」復刻)
デービッド・H・クラーク『日本における地域精神衛生-WHOへの報告』
(野田正彰著『犯罪と精神医療』岩波現代文庫、2002年、などに所収)
ミシェル・フーコー著、田村俶訳『狂気の歴史』(新潮社、1975年)

 ※私の立場からすると、本論は「フォーマルとインフォーマルの連携」に向けた家族からのアプローチともいえます。上記はじめさまざまな参考文献に依拠し、盛岡ハートネット事務局としての実感にも基づいています。とりたてて私の独創的見解があるとは思えませんが、文責は私にあります。本論は無断転載自由です。
(2008年8月26日、シンポジウム「こころとお金の悩み解決!」資料)


※ではみなさま、というわけで、会場でお会いしましょう(黒)
by open-to-love | 2008-08-26 00:48 | 黒田:自殺対策連携シンポ | Trackback | Comments(0)