精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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家族会と当事者会の歴史が地域での暮らしを支える

特集:精神障害者の地域生活支援-当事者をいかにエンパワメントするか

○家族会と当事者会の歴史が地域での暮らしを支える○
積極的な町づくりを目指して

インタビュー 紫波町生活部福祉課上席保健師 八重嶋幸子さん
(取材・文 編集部)

 岩手県紫波郡紫波町は、盛岡市から約20キロメートル南の距離にある盛岡市のベッドタウン。人口約3万4000人(平成19年8月31日)を擁し、そのうち自立支援医療受給者は235人に上っている。
 平成15年には、循環・共生・参加まちづくり表彰(環境大臣賞)を受け、「福祉と環境の町」として発展を遂げてきた。精神保健福祉活動においては、約35年前から保健所や精神保健福祉センターなどが連携し、精神障害者の「家族会」や「当事者会」を設立。精神障害者に住みやすい町づくりを推進している。その活動内容を紫波町生活部福祉課上席保健師の八重嶋幸子さんに伺いながら、紫波町が独自に地域支援体制を作り上げていった方策やその歴史に迫る。

○紫波町の概要○
 ○人口動態
   人口   34456人
   世帯数 10613人
   高齢化率 22・2%
   出生     250人
   死亡     350人
 ○障害者数
   自立支援医療受給者数  235人
   精神障害者保健福祉手帳  96人
 ○主な社会資源
   単科精神病院     1カ所
   就労継続支援事業所 1カ所(20人)
 ○社会資源の利用状況
   グループホーム      3人
   ホームヘルパー      9世帯(10人)
   就労継続支援事業所  20人
   地域福祉権利擁護制度  7人
   社会適応訓練事業     1人

保健師の地道な努力が家族会の結成へ
 紫波町では多年にわたり、活発な精神保健福祉活動が繰り広げられてきた。その活動の中心となるのは、精神障害者の家族会と当事者会の運営であり、その起源は昭和30年代にさかのぼる。
 当時、保健師は健診や訪問で、当事者やその家族から病気や生活について、悩みを相談されることが多かった。そのような中で、「同じ悩みを持つ家族同士が気軽に集える場を設けてほしい」という意見が上がっていた。そんなとき町の保健師たちは、研修で宮城県のある町を視察。積極的に保健所と連携しながら精神保健福祉活動を展開している様子を見た紫波町の保健師たちは刺激され、紫波町でも何か活動できないかと模索し始めたのである。まずは国保のレセプトをもとに精神障害者の把握から始めた。当時は、全国的にも家族会の存在が珍しい状況にあったが、盛岡保健所の指導のもと、家庭訪問をし、家族会の結成を呼び掛けたのである。そして昭和48年2月に精神障害者の家族交流を目的に家族会が結成された。グループ名は「紫幸会」。紫波町に住んでいるすべての人が幸せであるように願いを込めてつけた名前である。結成当時、60人の会員が集まり、1年に5回の活動が行われた。
 「会員がこんなに集まったのは、私の先輩保健師の方々が住民から厚い信頼を得ていたからだと思います。当時、紫波町の家庭訪問率は県内でも非常に高く、保健師が家の中に気軽に入れた状況にありました。自宅に伺い、住民と親しくなると『実はうちの子どものことで~』と相談を受けることが多かったんです。そういった家庭訪問の中で、家族会への参加を1人ずつ呼び掛けて会員が集まったのだと思います」と生活福祉課上席保健師の八重嶋さんは当時を振り返る。

共感し合える仲間ができる
 現在の活動内容は、1年に2回の勉強会と春と秋のお楽しみ会、1カ月に1回のおしゃべり会などがある。勉強会では、保健所の医師や保健師、精神保健福祉士などが病気や薬について講義をし、お楽しみ会では。、お花見や温泉日帰り旅行などを実施。おしゃべり会は、家族だけで集まり、日ごろの悩みを打ち明けたり、相談し合ったりして情報交換を行っている。
 「家族会に参加する方々は、『自分と同じ悩みを持っている人が自分以外にもいる』『私だけが苦しんでいるわけでない』という気持ちから、安心感を得られるんだと思います。それと仲間同士が互いに自分の経験を話すことで共感したり、自分たち同士で解決できたりすることもあります。例えば子どもの状態が悪くなったときの対処法や医師への相談のタイミングなど。もちろん、内容によっては保健師や精神保健福祉士などが相談にのることもあります。会のメンバーは、誰に相談するべきかを自分たちで振り分けることもできるのです」と八重嶋さんは語る。

関係者が一致団結して当事者会と作業所を設立
 「紫幸会」の活動が展開されていく中で、保護者から「うちの子どもは、病院以外にどこにも行かないので、家族会に連れてきてもいいですか?」という申し出があった。そこで行政側が当事者の参加を呼び掛けたところ、昭和52年4月に実施されたお花見に多数の参加者が集まった。それ以降、当事者同士の交流が始まり、翌年には県内初となる精神障害者当事者会「さくら会」が結成。22人の会員が集まり、1カ月に1回の活動が開始された。その後、家族から「当事者の働く場所がほしい」、当事者からは「月に1回の活動だけでなく、自分たちも集まる場所がほしい」という意見が寄せられるようになった。そこで「さくら会」と「紫幸会」会員、保健師が小規模作業所の設立に一丸となって動き出した。県内の作業所への見学や勉強会の実施、指導員の募集、作業内容の検討、町内の協力業者への依頼、紫波郡内の精神科医関係者への協力依頼など、作業所設立の準備を進めていったのである。そしてついに平成2年11月、岩手県職場適応訓練委託事業として「さくら製作所」が設立された。

メンバーが気軽に相談できる関係の構築
 「さくら製作所」の作業内容は、町内の業者の協力を得て、エプロン縫製後の糸の始末や弁当などに入っているしょうゆのキャップ閉め、コピー機の部品組み立てなどの軽作業が中心となる。平成10年からは、精神保健ボランティア講座修了者による「ゆいっこの会」メンバーが参加するようになった。作業のほかに宿泊施設や交流行事の実施、12年度には作業所送迎サービスを開始し、通所者の利便性を図っている。
 入会して16年になる女性は「今は週に5日通っており、毎日楽しく過ごしています。家にいると、ストレスがたまるんですよ。作業をしていると勉強にもなりますし、仲間と一緒にいろいろ話したり、笑ったりして本当に楽しいです。でも以前、一人暮らしをしていて落ち込んだときもありました。そのときは、指導員や保健師の方に相談したんです。体の悩みなど、女同士でないと分かってもらえないこともあるので、相談しやすかったです。こういうケアがなかったら、16年間続けられなかったと思います」と今までの生活状況を話してくれた。

活動プログラムは各職種が連携して作成
 「さくら会」の活動内容は、保健師や「さくら製作所」の指導員、精神保健福祉士が一緒に年間のテーマを決めてプログラムを立て決めていく。今年は、生活技能訓練(SST)を取り入れた活動を中心に、ボーリングやカラオケ、イベントへの参加など、当事者からの希望も盛り込み、1カ月に2回程度の行事を実施している。八重嶋さんは、プログラム内容を考える上で、参加者全員が生活技能を向上させるための工夫をしているという。
 「SSTの一環として行っている活動の一つに調理実習があります。4〜5年前までは、会員全員で実習をしていました。でもそうすると、何もしない人が必ず出てきます。得意な人がどんどん料理を作り、やりたくない人はいつの間にかその場から出ているんです。そういう状況をなくすために、最近は3人くらいの単位で実習をすることにしています。どんな人でも最低限、ご飯を炊いて、みそ汁を作り、魚を焼き、サラダを作れるようにする。これが自立に向けた目標の一つなんです」と語る八重嶋さん。結果として、彼女を喜ばせたこんなエピソードがあった。
 「中学校の家庭科の授業以来、包丁を持ったことがなかった人がいました。だからその人のお母さんは、子どもは料理ができないと思っていたんです。でもある日突然、お母さんが帰宅をすると、一人で料理を一品作っておいてくれるようになったそうです」

長期的な視点で就労を支援
 昨年からさくら製作所では、就労支援を始めた。就職を希望する人には、ハローワークなどで実施している就労相談会や面接会に指導員を同行させ、就労先との意思疎通を図っている。しかし就労先の開拓や、当事者の就労意欲などの問題もあるという。さくら製作所施設長の成海鋭昭さんは就労支援の現況をこう語る。
 「多くの当事者は、さくら製作所に初めて来たときに、『何もできない』と言います。しかし指導員は『まず、やってみよう』と説得し、少しでもできたことを評価し、自信をつけさせていくんです。その上で日常生活のリズムを整え、生活訓練をさせ、就労の意欲を持たせていく。そして就職希望者を募り、主治医の許可が出た段階で、障害の状態を考慮して就労先をコーディネートします。前年度の実績として、パートですが1名の就職者を出すことができました」
 一方、町の福祉課に直接相談に来る人には、八重嶋さんが対応している。
 「私は就職のあっせんは行いませんが、ハローワークや盛岡市にある障害者雇用支援センターの担当者を紹介します。また、就労できるかどうかを本人に自覚させるために、県の職業センターを紹介することもあります。精神障害者は病気になる前のイメージが残っているので、元気だったころと同じように仕事ができると思っている方が多くいます。そのため、就労ワーカーや私の対応について『就職させてくれなかった』と苦情を言ってくる人がいます。そのときは怒って帰ってしまいますが、大抵は数年後に戻ってきます。精神障害者の場合、健常者の1カ月を1年としてとらえ、長い目で見守っていかなければなりません。要するに愚痴をこぼしたり、文句を言ったりするはけ口がほしいのです。家族はもう長く聞き続けて、聞きたくないでしょうからね。やはり第二の家族が必要なのです」と語る八重嶋さん。日々の相談業務の中で、精神障害者の心の支えとして大きな役割を担っている存在なのであろう。

啓蒙活動に力を入れて偏見の少ない社会を目指す
 作業所を設立して2年が経過した平成4年ごろ、さくら製作所の通所者より「自分たちの病気や障害を町の人たちに理解してもらいたい」という意見が出されるようになった。そのため5年より、作業所で作った押し花や革細工の展示販売をする際、製作所のパンフレットを置いて、住民への理解に努めている。9年からは町民を対象に、障害者に関する正しい知識の普及と啓蒙のため、ふれあいコンサートを開催。「さくら会」のメンバーはそのコンサートに出演するため、日々練習に励んでおり、毎年総勢800人を超える参加者が集まっている。
 このような活動が効を奏し、八重嶋さんが「さくら会」や「紫幸会」の活動をしていく中で偏見を抱かれたことはないという。
 「作業所は設立当初、保健センター2階にあり、16年に移転しました。そのとき、近所の方々が寂しくなると声をかけてくださったほどです。また、5〜6年前から『さくら会』のメンバーが町役場のホールや街の駅でTシャツや食料品などの販売を始めています。こういうときは、指導員をつけないといけない市町村が多いのですが、紫波町では、指導員は必要ないと言われます。さらに老人クラブとゲートボールを一緒に行っており、今年からは老人クラブの運動会にも参加するようになりました。こういった『さくら会』の活動の歴史が、偏見の少ない町を作っているのだと思います」と八重嶋さんは語る。

関係者全員が支援し合える体制づくり
 当事者や家族にかかわるスタッフ全員が問題を共有するために、平成12年度から社会福祉協議会所属のホームヘルパーを対象に、医師や精神保健福祉士を講師とした勉強会を開催している。
 また、保健師や指導員、主治医、ケースワーカーなどの連携を深めるため、18年10月より紫波郡障害者ネットワーク会議を開催。紫波郡矢巾町、紫波町の社会福祉協議会、精神病院、福祉施設、福祉課などの関係機関が集まり、勉強会や新しいサービスの情報交換、当事者の1人を事例として取り上げたケース検討会を行っている。
 さらに個別では18年より当事者や家族、親類、民生委員を含めた小さなケア会議を開催。当事者の希望を聞き、家族の役割を確認し、主治医からアドバイスを受けながら支援をしている。このように医師や保健師、ケースワーカー、ヘルパーなど関係者全員がお互いに支援し合える体制づくりを進めている。

本人の意識改革を進めることが今後の課題
 八重嶋さんは、当事者と家族、主治医との間で意思疎通がうまくいかないとき、個別のケア会議で家族と主治医との間に入って調整役を務めているという。
 「当事者は先生の前で、自分の状態を現状より軽めに話してしまうことがあるんです。でも状態が悪いときに大変な思いをするのは、当事者に付き添っている家族です。だから先生に正確な情報を伝えるために、家族から当事者の日常生活の状況を話す機会を作っているんです。家族が先生と接触するのを嫌がる当事者の場合は、『私が家族から相談を受けて心配だったので、私から先生に伝えたのよ』と当事者に話しています。私のところに相談に来る人は、当事者も家族も知っている人なので,信頼関係ができているからこそできることなんです」
 当事者が地域で生活するためには、症状の安定と、体調が悪いときのすみやかな対応が必要である。八重嶋さんは、地域の保健師が自ら病院に行ったり、家族と一緒に同行したりして医師に情報提供をして、正しい医療を受けるための支援をすることの大切さを強調している。
 また、紫波町で精神障害者がより生活しやすくなるためには、家族や当事者の意識改革が必要だという。
 「精神障害に対する偏見は、家族や当事者、医師も含めた関係者にあると言われています。そのためには、精神障害に対する正しい知識を得るために、ピアカウンセリングのように当事者がほかの当事者や家族の話を聞く機会を作り、病気や対応について学ぶ必要があります。そして自らが学ぶことで、偏見をなくし、『〜をしてもらう』から『自らがする』方向へ意識を変える。そうしていくために私は、当事者から常に自分や家族、医師の考えを聞き、どう行動するべきかを当事者に確認するように心がけています。本人が分からない場合は、こちら側でいくつかのやり方を提案し、本人ができる方法を選択してもらい、なるべく本人の考えを引き出す。私たち関係者のこうした後押しをしていくことが、紫波町のこれからの課題だと思っています」
 紫波町には「紫幸会」や「さくら会」の活動、ケア会議の開催、一人ひとりに対応した丁寧な相談事業など精神保健福祉活動を行ってきた歴史がある。これらの活動の中で、当事者や家族との信頼関係が構築され、地域に根ざしたネットワークづくりへと結びついていった。当事者や家族への教育や意識改革でさらなる精神保健福祉活動への展開が期待される。
(月刊「地域保健」2007年10月号)
(第3回ハートネット交流会資料)
by open-to-love | 2008-02-02 17:00 | 第3回例会:紫波の精神保健福祉 | Trackback | Comments(0)