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統合失調症と老化

Ⅲ. 統合失調症と老化

 わが国は現在高齢化社会へと急激に変化しつつあり、統合失調症患者もまた例外ではありえない。しかし統合失調症は若年期に発症する病ゆえか、老年期に達した患者について、その精神病理をはじめとして多角的に検討されることは少なかったといえる。さて、本項では大きく3つの観点から検討したい。第一に、老年期に至り統合失調症はどのような転帰を示しているか、長期経過に関する資料に基づく論考を行う。第二に、近年の英語圏において主流となっている計量精神医学の方法に基づいた、陽性・陰性症状および認知障害に関する文献的な検討を行う。第三はライフサイクルともからむ心理・社会的観点からの考察であり、晩期軽快や老年期特有の精神病理学的事象に対する言及がここに含まれる。

a.長期経過研究から
 統合失調症の長期経過に関する研究では、まず1972年に発表されたBleuler(1)の報告が名高い。その概要は、最低20円以上経過した208名の転帰調査で、22%が治癒に至り、22%が不良な転帰とされた。Bleulerの強調する点は、患者の少なからぬ者が長期経過後の晩年に至って改善傾向を示したことであり、22%でそのような経過が認められたという。Bleulerに続いて1975年にはHuberら(2)も502名の22年以上の長期予後研究を発表し、対象者の61・5%が「社会的に回復」していたという。老化に焦点を当てた古典的研究としては1976年のCiompiら(3)による通称ローザンヌ大学病院精神科に入院した1642名の統合失調症患者(調査開始時の1964年に65歳を超えている)のうち25%が生存を確認され、さらに18%、289名が半構造面接により調査された。彼らの平均年齢は74歳であり、その90%強が安定した状態にあって、初回入院時に認められた症状の61・5%が消失し、不変ないし悪化したものは20%であったという。ただし加齢による中等度以上の器質性の症状(失見当識を伴う思考と記名力の障害)は25%に認められ、Ciompiらはこの数字が当時の同年代の一般人口に比して高いことを指摘し、また器質性の症状は統合失調症の転帰が不良な例に多く観察されたと述べている。ところで長期経過研究では採用される診断基準が結果に影響を与えると考えられる。Angstら(4)は、ヨーロッパの古典的な経過研究では統合失調症の診断基準を主としてSchneiderの一級症状に拠っておりDSM-Ⅲよりも診断基準が広く、そのことと「転帰良好」群が多くの研究で25%以上あることが関係すると示唆している。
 英語圏の経過研究の中で老年期患者が対象に含まれるものとしては、1975年のアイオワ500と名づけられた研究(5)が知られている。そこでは1934〜1944年にアイオワ州立精神病院に初回入院した患者で厳格な診断基準に当てはまった統合失調症患者200名が抽出され、うち95%が調査可能であった。被調査者の平均年齢は64歳で、その20%で精神病症状が認められなかったとされる。この調査で採用された診断基準は厳しすぎるという批判(6)があるが、そのことは逆にいわゆる中核群からも転帰良好群が生じていることを示しているといえよう。またバーモント州立病院では1987年に、レトロスペクティブにDSM-Ⅲの統合失調症に該当する平均年齢61歳の患者82名の20ないし25年の経過における転帰調査を発表した(7)。それによると心理・社会的機能に関するいずれの観点でも、1/2〜2/3の患者が良好な転帰を示したという。ただし同院では1950年代半ばから密度の濃い社会復帰運動が行われており、。これに参加する患者が研究対象となっているため、対象に偏りが生じている可能性がある。McGlashan(6)は北米の経過研究を概観し、経過は一生にわたって変動するが、多くの研究で発症後5〜10年を経て安定した状態に至ることが記述されているとした。しかしMcGlashanは、治療への反応性が多様である統合失調症において、長期経過研究が治療的示唆を与えていないことも指摘している。
 わが国では1980年代以降に限っても、湯浅(8)、宮ら(9)、一宮ら(10)など多くの報告がある。これらの経過研究の中で、宮らは追跡開始時には状態の変動していた患者が、発症後十数年を経てから「自立」と「入院」に二極化し収斂していく事実を見つけ、これを「鋏現象」(11)と名づけた。高木ら(12)は1995年に一宮らの対象群に対しさらに追跡調査を行い、平均年齢61・4歳の129例について平均38年の転帰を報告している。その中で、一宮らの調査後8年で11例が転帰の悪化を認める一方で、前回は転帰不良群とされたもののうち4例で転帰の改善をみており、老年期に至ってなお状態に変動がみられる現象が示された。さらに45例の治療中断群についても言及され、転帰良好群と転帰不良群がそれぞれ40%認められたとしている。高木らは、「鋏現象」や自殺などを防ぐためには同一治療者群が継続的にかかわり続けることが重要であると主張している。

b.計量精神医学の立場から
 老年期に達した分裂病者における認知機能の低下はすでにCiompiらが指摘しているが、1990年代に入って陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)や陽性症状評価尺度および陰性症状評価尺度(SAPS・SANS)などの精神症状評価尺度やMini Mental State Examination(MMSE)をはじめとする認知機能評価尺度を用いて、老化現象に焦点を当てて統合失調症患者の精神症状と認知機能を評価する研究が盛んとなった。
 陽性・陰性症状という視点で精神症状を観察した場合、幻覚妄想などの陽性症状が中年期以降加齢とともに軽減することは多くの研究で一致している(13)。陰性症状については改善しないという報告が多い(7、14、16)が、老年期においても退院後に改善がみられたとするもの(17)もある。Davidsonら(15)は393例の入院中の統合失調症患者について年齢群で区分けして比較するcloss-sectional法で精神症状(PANSS)と認知機能(MMSE)を評価し、陽性症状は65歳以降着実に減少し、陰性症状は若干増悪し、認知機能は65歳以降急激に悪化することと、陰性症状と認知障害は各年齢を通してよく相関することを示した。ただしこの研究では対象者がすべて長期入院中であるという制約がある。SAPS・SANSを用いた研究ではSchultzら(16)により、加齢とともに幻覚、妄想、奇妙な行動、不自然な感情は減少したが思考形式の障害と陰性症状には加齢の好ましい影響は認められなかったとの報告がある。
 認知障害は発症初期からすでに存在している(18)が、老年期に入って急速に進行することが強く示唆されている。Harveyら(19)は、入院中の65歳以上の統合失調症患者を30カ月追跡調査したところ、新たに27・6%で認知障害が出現したことを示した。認知機能が低下する危険因子として、高齢、教育期間が短いこと、陽性症状が強いこと、が挙げられた。認知障害についてはインスリンショック療法や電気けいれん療法など各種の身体療法や長期間の薬物療法の影響がないことが示されている(15、20)、認知障害の進行はアルツハイマー病などの変性疾患に比べると寛徐であり(15)、神経病理学的にも、認知機能の障害が大きかった患者の死後脳でもアルツハイマー病に匹敵する量のプラークは認められず(21)、血管性痴呆とも区別されることから、統合失調症過程そのものの反映であるとの見解がある(22)。認知障害はたとえ陰性症状が改善しても変化することなく(23)、高齢の患者が地域に適応するのに陽性症状や陰性症状より妨げになる(19)とされ、晩期軽快の効果を帳消しにしてしまうことから、統合失調症患者の老化を論じる際に特に重要である。
 なお、高齢化した統合失調症患者を対象とした画像研究をみると、大森ら(24)は高齢の患者における脳表萎縮の進行度は健常高齢者を上回ることを示した。またDavisら(25)は初老期の患者の頭部MRIを5年間経過追跡し、転帰不良群では経過中に側脳室の開大が認められたことを報告した。これらは高齢の患者における認知障害の進行という事実と合致する所見である。DeLisi(26)は経過研究の手法が用いられた最近の画像研究を概観し、統合失調症は脳の神経発達における静的な障害なのではなく、一生を通してみられる脳の可塑性の変化として定義できると考察している。

c.精神病理学的研究から
 これについては大森(27)、永田(28)などの総説がある。統合失調症過程の加齢による変化、症状の変遷などの論述は古くからあり、例えば1928年の記述であるJaserによれば「老化過程は妄想世界の戸を閉じ、現実への戸を開く」といい、またRumkeは老齢者は「妄想世界の中で(in Wahnwelt)生きる」のではなく「妄想世界とともに(mit Wahnwelt)生きる」と述べた(28)。近年に至っては、前述したCipmpiらの業績によれば、高齢者では緊張病近縁の症状はほとんどみられず、Benos(29)の報告によれば、加齢により妄想内容は変化し、切迫した攻撃的なものは減少し、拡散的な傾向あるいは抑うつ的な内容をもつ誇大妄想が増加しするという。総じて老化とともに妄想は「空洞化」(笠原(30))していくことに異論は出ていない。その他、心気妄想や体感幻覚の出現頻度が高くなるという指摘もある(28)。幻聴についても、ほぼ妄想と同じような運命をたどることが多い(27)。前項で述べた陰性症状についての直接的な論述は少ないが、Janzarik(31)は統合失調症患者も60歳を過ぎれば、早期からあった力動喪失(Adynamie)は多少回復し、身体的老化に心身が同期するという「再同期化」論を提出している。これらの論述の延長線にいわゆる晩期寛解のテーマがある。先のBleulerの報告にも47名の晩期軽快例が挙げられ、その要因として、①生物学的に大脳の老化がロイコトミーと同じ効果をもたらした可能性、②心理学的に老人の英知、あきらめ、よるべなさ、などの老年期心性が他者への再参入の欲求をもたらした可能性を指摘している。詳細な症例記述に基づく論述は笠原、永田(32)の報告があり、これらを集約すればJanzarikの心身の「再同期化」論に加え、家族・医療者などとの「再同期化」をみてとれる。別の観点からCohenは地域に住む統合失調症患者は自らの生活に満足していることを実証し、高望みしない現実感覚の獲得が寛解の維持に好ましい影響を与えていることを示唆している。
 さて、Sternbergら(34)は潜伏統合失調症患者の病後歴を検討し、更年期には妄想様観念が出現しやすく、危機的な時期であるという。潜伏患者でさえ危機を迎えるこの時期に、社会的自立を果していない慢性患者にとっては生活の場そのものが問われてくる。ここでは統合失調症患者の「故郷性」が主題となり、その様態は広沢ら(35)、山科(36)の論述に詳しい。以上のように精神病理学的な見地からの結語は、老化過程は患者の内面的回復と、親族の喪失などの外的条件の悪化の畳重する時期を招来させるといえる。
 老化過程において統合失調症それ自体の病勢は減弱しても、新たに認知障害が増悪したり、かつ患者を支える家族の余力はますます低下するなど、統合失調症治療は別の極面に突き当たる。この事態を打破する治療論は今のところ皆無に等しい。また福祉に目を転じても、米国でも高齢の統合失調症患者を包括的にケアするシステムは存在しないという(44)。宮らのいう「鋏」の「支点」の詳細な研究、新たに開発された治療技法の成果に期待がかかろう。

文献(日本語のみ記載)
(8)湯浅修一:分裂病の長期予後 「臨床精神医学13」1984
(9)宮真人、他:精神分裂病者の長期社会適応経過(精神分裂病の長期経過研究第1報)「精神経誌86」1984
(10)一宮祐子、他:精神分裂病の転帰 定型分裂病129例の20年以上継続観察Ⅰ「精神経誌92」1990
(12)高木一郎、他:精神分裂病の転帰 定型分裂病129例の30年以上経過観察Ⅲ 平均38年転帰を中心として「精神経誌97」1995
(24)大森昌夫、他:高齢精神分裂病者の頭部CT所見 健常高齢者および精神外科被術分裂病者との比較「精神医学34」1992
(27)大森健一:老年期 横井晋、他編「精神分裂病」医学書院、1975
(28)永田俊彦:中年期・老年期と精神分裂病 木村敏、他編「精神分裂病 基礎と臨床」朝倉書店、1990
(30)笠原嘉:初老期に入った分裂病について 村上靖彦編「分裂病の精神病理12」東京大学出版会、1983
(32)永田俊彦:分裂病の晩期寛解についてー三例の自験例から 飯田真編「分裂病の精神病理13」東京大学出版会、1984
(35)広沢正孝、他:長期入院分裂病者の老化と妄想テーマの変化ー出立から故郷回帰へ 市橋秀夫編「分裂病の精神病理と治療7」星和書店、1996
(36)山科満:「自分には家庭がある」という妄想について―晩期の分裂病者にみられる「家庭保有妄想」「精神病理20」2000

(精神医学講座担当者会議監修、佐藤光源・井上新平編『統合失調症治療ガイドライン』医学書院、2004年)
by open-to-love | 2008-02-01 17:40 | 統合失調症 | Trackback | Comments(0)