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自傷行為から立ち直るには?

質問コーナー おこまりですか?では他の人に聞いてみましょう! Vol.10

Q 私は42歳の主婦です。子どもはいません。「神経症」と診断されましたが、うつ状態でもあるとのことでした。そのうつ状態がひどかったころに、自傷行為をしました。
 手首から30センチほど刃物で自分で自分の左腕を何本も切りました。「リストカット」というより「アームカット」という感じです。
 血が出てくるのをじっと見ていました。そのときの心理状態は今でもよく思い出せません。
 でも日が過ぎて少し冷静さを取り戻したとき、その傷跡は私の心の重い負担となりました。今もそのたくさんの傷あとを見るたびに気分が滅入ってしまいます。こんなみにくい傷をもっている私にはもう友だちができないんじゃないか、とか、生きている価値がないんじゃないかとか、死にたい気持ちにもなります。
 それ以来、自分をとりまく世界が変わってしまったように思えます。
 他にもこのような自傷行為をされた方がおられましたら、その方たちの気持ちや、またどうやって立ち直っていかれたのかを知りたいです。よろしくお願いいたします。

○生きがいを見つける○
 私が統合失調症で2回目に入院したのは、自傷行為をやめられないから、という理由でした。現在では自傷行為をすることはありません。
 当時は自分がこんな病気になったのは自分が悪いからだと自分を責め続けていました。自傷行為が親に見つかるたびに病院へ行っていました。
 主治医からは、自傷行為は後で絶対後悔すると言われていました。ずっと家にいると余計に死ぬことばかり考えるから病院のデイケアに通いなさいということも言われました。
 私のうつ状態による自傷行為を改善し、デイケアに通えるようになるということを目標に3カ月入院しましたが、結局デイケアに通うという目標を果す前に退院することになりました。
 家にいるとまた自傷行為を始めるのではないかと自分に自信がなくなりそうなときもありました。そしてあるとき私はデイケアは合わなかったけれど自分に合うものが他にあるのではないかと思い、私の家から通えそうな所にある作業所を探して回りました。そして現在、自分に合った作業所を見つけ、ときどき通っています。
 今では気持ちを外に向けることができるようになり、作業所で仲間と話をしたり一緒にご飯を食べたり、週一回図書館に通ったり、田舎の祖母にお手紙を書いたり、サイクリングしたり、たまに昼ご飯をつくったりなどしています。
 私が思う大切なこととは、病院と自分の家以外に自分が安心できる場所や生きがいを見つけることではないかと思います。

○傷とつきあって生きる○
 私も38歳で子どもがいません。私も自傷行為をしますが、壁に頭を打ち付けたり顔を叩いたりするので傷は残りません。
 昨年子宮筋腫と肺の腫瘍の手術をして体に2本大きな傷があります。最初は近所の温泉に行くとみんなに見られてるみたいな気がして苦痛でした。彼に気持ち悪がられて抱いてもらえないとか女性として魅力がなくなったのではと落ち込みました。
 しかし、この傷のおかげで死ななかったのだし、彼はなんと傷が「かわいい」と言って、いやがるどころかやさしくいつもなでてくれます。
 傷があっても私は私で、何も失わなかった。むしろ命の大切さ、彼の思いやりに気付かされて、今は傷と一生つきあっていこうと思っています。
 傷を見たら自分を責めるのではなく、あの時はつらかったのだなあ、自分は生かされているのだなあと感じれたらラクになるかと思います。

○恥じることはない○
 私もうつを発症したときに、リストカットやアームカットをするようになりました。
 きっかけは仕事が続けられなくなって退職したことと失恋が重なったことから。自分が生きている理由がわからず、死んだ方がマシだと泣き続けていて、切ることで自分が生きている証を見出していました。
 切る痛みより、心の痛みの方が何百倍も痛かったのです。傷の深さは深くなり、数もどんどん増え、どうしてよいかわかりませんでした。それでも、切ることで生きていることをつないでいたような気がします。
 切ることで、死ぬことを回避できていたように思います。死にたい気持ちは消すことはできないし、切ることを無理にやめようとするよそれがまたストレスになってしまいかねません。死にたい気持ちがあっても、切っていても、あなたは生きている価値があります。
 私は、切るのをやめたいと思うようになり、切るなら1日5本、次の日は4本というように数を決めて切るようにしました。それも、なるべく深くならないように、気をつけるようにして。今では切らなくてもお薬だけで安定が保てるようになりました。
 そうなるまでに3年かかりました。傷跡は今でも消えません。でも、私はバカなことをしたとは思っていません。だって、あの時の自分は切ることで精一杯生きようとしていたのだから。だから、何も恥じることはありませんよ。

○頼れるのは家族○
 もうじき30歳を迎える男性です。私も自殺行為を2度行ったことがあります。うつ病ということで医者から処方してもらった薬を多量に、しかもアルコールと一緒に服用したため、数日間は記憶も何もなかった状態でした。
 その頃は、私も、「なぜ自分はこんなに不幸なんだろう」と思っていました。親戚友人みんなが幸せなのがうらやましかったです。
 しばらくの間はそんな重たい気持ちでいっぱいでしたが、私が今のように、うつ病を抱えながらも、それなりに生きていられたのは、家族や友人の支えがあったからです。
 ときには親から「遊び人」などとののしられたこともありましたが、私の気持ちを受け止めてくれたのが幸いしたのだと思います。
 ご質問の方は主婦ということで、家族の方がいらっしゃるだろうと思います。もしかすると、家族の方はそうそう簡単に理解してくれないかもしれませんが、やはり、いちばん頼れるのは家族です。自分の気持ちを隠さずに、家族と向き合い、理解してもらえるようにお話なさってはいかがでしょうか?必ず理解してくれると思います。
 おそらく自分一人だけだったら、今の私はいなかったと思います。その点では、家族はありがたい存在です。また、自分を取り巻く世界が変わってしまったのでは、という点に関しては私も同じような気持ちになりました。
 しかし、それも支えてくれる人がいれば、必ず変わります。世界は誰も独りぼっちにはしません。必ずあなたを必要とする人がいるはずです。それを忘れずに、今はきっとつらい時期かもしれませんが、精一杯生きてください。

○考え方次第で変わること○
 私は、28歳の女性。5年くらい前まで腕に傷をつけていました。毎日がつらくて、いやだった。まわりの人のこともすごくいやでした。
 その当時、最初は手首に傷をつけていたけど、そのうち、手首から内側のひじにかけて傷をつけるようになりました。
 私はうつ病ですが、病院でカウンセリングを受けたり、薬をのんだりしているうちに、病気も改善されてきました。それとともに、自傷行為が徐々になくなっていきました。同じ病院で知り合った同世代の女性は、手首に輪ゴムをつけておいて、リストカットをしたくなったら、バッチンするんだ、と言っていました。
 今では細い線がいくつも傷跡として残っています。でも、これは、仕方ないな、と思います。ちょっと後悔する気持ちもあるけれど、大切な気持ちもあるのです。今はあんなにいやだったまわりの人にも感謝する気持ちがたくさんあります。そしていやな気持ちになったときには、その傷跡を見ます。そうすると、昔のいやだった時間にくらべるとなんでもないような気持ちになれるのです。
 これから何か苦しいことがあっても、「あ、きたきた」と感じることができるかもしれない。そして、もう少し時間がたてば、「振り返れば何でもないときが来る」と思えるような気がするのです。
 いまは、ドーナツ屋さんでバイトしています。私より若い人のほうが多い職場です。半袖なので、みんな傷に気がついていると思うけど、詮索したりしないし、普通に接してくれます。バイト先だから、そんなに深いことまで話し合う友だちというわけじゃないけど、私には、深い人間関係よりも、表面的なあっさりしたつきあいの方が今は楽です。
 きっと物事は考え方次第なんだと思います。傷も、いやな思い出と考えると、消し去ってしまいたいでしょう。でも、あのときをよく乗り越えたなあ、と思うと、なんだか傷跡までも戦友のような、いとおしい気持ちが湧いてきます。でも過去だけは変えられない。そのことは誰にも共通することです。

(コンボ「こころの元気+」2007年12月号 第10号)
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by open-to-love | 2007-12-25 00:19 | 自傷 | Trackback | Comments(0)