精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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盛岡ハートネットニュース第1号「私たちの味方ですか?」

盛岡ハートネットニュース第1号(創刊号)

「私たちの味方ですか?」 盛岡ハートネット結成=第1回例会
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(盛岡ハートネット第1回交流会で、盛岡市の精神保健福祉サービスについて話す講師のみなさん)


 盛岡精神障害者家族会連合会「盛岡ハートネット」第1回交流会は2007年10月9日、盛岡市若園町の市総合福祉センター老人教養室で開かれました。初めての試みであり、参加者数はまったく予想付かず「まあ、多くても20人ぐらいかなあ」と軽く考えていたら、開場の午後1時半から来るわ来るわ、実に60人。机もお菓子も資料も足りず、事務局は大慌てでしたが、みなさんが自主的に手伝ってくれたおかげで、何とか予定通り午後2時の開会に間に合いました。参加者は、市内を中心に滝沢村、岩手町などから家族会員、当事者、福祉関係者ら、30代から80代までの多彩な顔ぶれ。充実の2時間半となりました。
 開会の辞として、ハートネット事務局の黒田が「みなさん楽しくやりましょう」と実にそっけないあいさつ。第1部は話題提供として「分かりやすい盛岡市の精神保健福祉サービス」をテーマに、講師の盛岡市障害福祉課課長補佐の佐藤政敏さん、保健主査の小川睦子さん、市保健センター保健主査の石井里美さんにお話いただきました。
 まずは、佐藤さんが「盛岡は、地域活動支援センター(小規模作業所)など日中活動の場が不足しているのが現状。相談態勢もまだこれから。みんなで課題をきちっと押さえて、みんなで話し合い解決するため、こういう交流会を非常に大事にしたい」と意欲をみなぎらせました。
 次に小川さんが自己紹介。見た目は若いですが「保健師歴二十数年」の小川さん、元々は旧都南村の保健師。合併で盛岡市の保健師となり、市保健センターに勤務しました。「人口規模が大きくて、他の市町村と同じレベルでは考えられない。連携の部分も難しい」と実感したそうです。
 精神保健福祉の事務はもっぱら県(盛岡の場合は盛岡保健所)が担っていましたが、2002年から、その窓口(事務)が市町村に移管されました。その担当は、小川さんが勤務していた市保健センターとなりました。2006年4月から障害者自立支援法が施行され、小川さんは本庁舎の障害福祉課に異動し、その事務を担っています。
 支援法について国の考えは「これまでは施設に対してお金が下りていたが、それを人(利用者)に使っていこうとする、利用者本位の法律。サービス支給決定の透明化、明確化も図られた。これまで33もあり非常に複雑だったサービス体系が、6つに再編され、分かりやすくなった」などと解説。精神障害が身体・知的障害の福祉サービスと一元化されたことについては「同じ土俵で、身体・知的との比較ができるようになった。精神はこんな部分が足りないとか、並べてみると分かる。その点は良かったのではないか」と語りました。
 「サービス支給決定の透明化」は、障害程度区分認定が導入されたことです。例えば、精神障害がある本人や家族から「ホームヘルプを利用したい」とかいう希望があった際、小川さんらがその本人に会い、全国一律の106項目にわたる聞き取り調査をして、それを基に審査会を開いて障害程度を認定し、サービス支給量を決めるということです。認定審査会は、盛岡市の場合は医師、施設職員、学識経験者ら15人が3班に分かれ、月に3回開き、1回につき5人ずつが審査しているそうです。
 支援法施行に伴い、保健センターから障害福祉課に異動になった小川さん。「精神だけではなく、身体・知的との重複障害を持っている人がたくさんいることを実感した。また『家族の高齢化で、自分が死んだらどうしたらいいだろう』という相談も多い」「支援法以前は、精神障害者手帳がないとサービスを受けられなかった。ヘルパーさんに来てもらいたいといっても、まず障害者手帳の申請から始まった。門前払いは、担当者としても辛かった。でも、支援法の今は、障害者手帳がなくても、自立支援医療受給者証(精神通院、いわゆる黄色い手帳)があれば、サービスが支給出来る。以前より出しやすくなった」などと、担当者としての思いを率直に語ったのが好感を持てました。
 さて、県内では支援法に基づき、市町村や圏域ごとに、各地で自立支援協議会が立ち上がっています。それは、地域全体で障害者の自立を支えていくため、各関係者が知恵を結集する組織。盛岡の場合は、盛岡広域圏で昨年9月に発足。協議会の中には、就労支援部会が立ち上がり、近く地域移行部会も始まるのだそうです。なんだか総花的で、役所によくある「なんとか審議会」みたいな、偉い人が集まる組織とどこが違うのかよく分からない印象がある自立支援協議会ですが、就労支援部会とか地域移行部会とか、目的が明確な小さな組織には、期待できそうな気がしますね。
 次に、市保健センターの役割について、石井さんが話しました。「治療や社会復帰以前の、心の相談に乗る場所。例えば『すごく落ち込んでいるんだけど、どうしよう』とか、障害があるのかそうでないのか、はっきりしないところからの相談窓口。市民への普及啓発にも取り組んでいる」と紹介。つまり、本庁の障害福祉課は、すでに医師に「統合失調症」などの診断名をもらっていたり、手帳を取得している人を支援する場所であるのに対し、保健センターはそれ以前、障害かどうか分からないけどなんだかおかしいけれどどうしたらよいのか分からない…という、非常に微妙な、ある意味本人も家族も最も困難な時期にお世話になる場所、という位置づけのようです。
 盛岡市は来年度から中核市になり、県からさまざまな事務が移管されます。競馬会館跡地には、盛岡市保健所が出来ます。そこで何をするのかが、私たち家族の関心の的ですが、詳しい事はこれから、とのこと。今の時点で決まっているのは「相談支援窓口、緊急対応、入院までの支援に、市保健所がかかわっていくことになる」のだそうです。「県でも力を入れている自殺防止にも取り組む。保健師、看護師の窓口相談に加え、月に1回、精神科医師による相談日も設ける」と展望を語りました。市保健所が何をしていくのか、詳しいことが決っていないからこそ、こうした交流会の場で寄せられたさまざまな現場の声を盛岡市の担当者が制度設計に反映させ、「困ったらあそこに行けば何とかなる」という、精神保健福祉の拠点に育っていくことを願ってやみません。

 以下、質疑応答の一部を紹介します。
 参加者「自殺未遂者のケアの具体的な方策が見えてこない。未遂者は、さいわい助かったとしても、繰り返す。家族を含めて支援していく必要がある」
 市「自殺防止対策は、まだまだ足りない。警察からは盛岡保健所(県)に連絡が行き、そちらが主体になって動く。その人が退院後のフォローも大切だが、市はいつその人が退院したのかも分からない。民生委員を含め、みんなでフォローしていきたい」
 参加者「20年間今のところに住んでいるが、民生委員を見たことも、相談に行ったこともない。子どもが病気で、どこにどうやって聞けばいいか、保健所や市役所にじゃんじゃん電話を掛けたが、はっきりとした答えはなかった。本人は今、せっぱつまって電話している。自分も疲れて入院しそうになった」
 市「民生委員は、地域で困っている人の相談に乗るのが仕事で、行政とのパイプ役。だが、どこまで活動するかは難しい。プライバシーの問題もあり、あまりやりすぎると嫌がられる。障害への関わり方は非常に微妙で、例えばある家に障害がある人がいるらしいと分かって訪問したら、家人に『誰から聞いた!』と言われてしまうことだってあるだろう。でも、一方で、家族の力だけではどうすることもできず、密かに助けてもらいたい人もいる。ともあれ、保健センターでも障害福祉課でも、困ったときは遠慮なく相談してほしい」
 参加者「あらゆるところに相談に行った。親の力では、子を病院には連れて行けない。どうすればいいのか」
 市「…難しい質問です。保健所でも保健センターでも、手を引っ張って連れていくことはできない。家族だけが連れて行ける。保健師としてできることは、おうちにお邪魔して、本人とお話しし、説得すること。警察の力を借りるのが一番早いが、でも、そうならないうちに、という気持ちも分かる。…とても難しい問題です」
 上記のような、極めて切実なやり取りが、予定時間をはるかに超えて続きました。親の高齢化、病院への移送の問題、とても、この短時間で対応策が見出せる問題ではありません。私の個人的な意見としては、精神保健福祉法に定められた「保護者」規定が撤廃されない限り、そして、精神障害に対する社会の理解が深まらない限り根本的な解決にはならないと思います。ともあれ、今後、あらためてこうしたテーマで語り合いましょう。

 第2部はおしゃべり交流会。参加者はお茶とお菓子を楽しみながら、小グループに分かれ、撤収時間の午後4時半まで交流。佐藤さん、小川さん、石井さんにもそれぞれ入ってもらい、互いに親睦を深めました。なお、こちらのやりとりについては、クローズとします。ニュースには取り上げません。

 最後に、交流会開催に至る経緯について、簡単に触れることにします。
 盛岡市内には8家族会、葛巻町から紫波町までの広大な盛岡圏域には計15家族会があるのですが、相互の連携が乏しく、それぞれ細々と独自に活動してきました。私が家族会にかかわったのは昨年の6月、家族の発病からです。たかだか1年半の経験しかありませんが、岩家連の集まりなので見聞きしたり、あちこちの家族会に参加した限り、その多くが、会員の高齢化と新規会員の減少に伴う、会員の固定化と活動内容のマンネリ化に悩んでいました。なかでも、県都・盛岡市内は、一番家族会が多く、社会資源もまた集中しているにもかかわらず、相互の連携はまったくと言っていいほど乏しかった。同じ市内、同じ圏域内、いわば隣近所同士なのに、互いの顔を合わせるのは、岩家連大会など全県的な集まりの機会に限られているのです。都南村から盛岡市に来た小川さんの「人口規模が大きくて、他の市町村と同じレベルでは考えられない。連携の部分も難しい」という実感は、まさにその通りだと思います。ちなみに、当時の私の率直な実感を一言で言えば「よくぞここまで放置されてきたな」でした。各家族会の惨憺たる状況を見るにつけ、自分の辛さなぞ、どこかに吹き飛んでしまいました。
 さる7月12日、盛岡市で第30回記念県精神障害者家族大会が開かれました。その準備のため、15家族会も力を結集。一人一人の頑張りで、予想をはるかに超える広告収入を得た上、本番も大成功でした。大会準備を通じ、これまでほとんど連携のなかった家族会員同士が互いの顔を見知ったという点でも、非常に有意義でした。実行委の反省会では「大会で培った家族会同士の連携を大切にしよう」「大会は終わったけれど、つながりまで終わらせちゃもったいない」「定期的に集まりを持とう」と前向きに話が盛り上がりました。
 そこで、実行委に参加した家族会員有志がゴニョゴニョと準備を進め、今回の盛岡精神障害者家族会連合会「盛岡ハートネット」第1回交流会を開催することになったのです。集まった人同士でお茶を飲みながらおしゃべりして親ぼくを深め、他の家族会のユニークな活動に刺激を受けたり、精神医療福祉制度や社会資源の耳よりな情報を仕入れることで、参加者個々が所属する家族会活動に生かしてもらおう、と願っています。
 そんな願いを込めた第1回の交流会は、大成功だったと思っています。とりわけ印象深いのは、質疑応答で、あるご高齢の参加者が市の3人に向かって「「以前は保健所の人がよく作業所に来てくれ、応援してくれた。昔は保健婦さんは身近な存在だった…(3人は)私たちの味方ですか?」と発言したことでした。そのシビアな問い掛けの背景には、精神障害者もその家族も、長らく周囲の無理解と福祉制度の枠外に置かれ、幾多の哀しみに耐え続けてきたことがあったのではないでしょうか。こんな質問が出ること自体が、これまで、家族会と行政の間にものすごく深い溝があったことを物語ってはいないでしょうか。
 そして、その問い掛けに対し、佐藤さんがニッコリ笑顔で「味方です」と答えました。御名答。こうした率直なやり取りの積み重ねこそが、盛岡、ひいては岩手の精神障害者福祉の課題の所在を明らかにし、課題解決への一歩となり、関係者が手を取り合って、共生社会へと発展していくことにつながると思います。
 参加された皆様の感想と、それに基づく事務局の反省点については、別途「アンケートまとめと考察」をご覧下さい。
 では皆さん、またお会いしましょう。楽しくおしゃべりしましょう。次回は12月を予定しています。

(当日配布の資料中で「盛岡近郊の施設一覧」に一箇所間違いがありました。グループホームの「フレンドピュア」の利用は「男性」になっていましたが「女性のみ」です)

♡盛岡ハートネットのルール♡
 ♡代表は選びません。参加された皆さん一人ひとりが主役です
 ♡参加費の領収書は出しません。払うか払わないかは任意です
 ♡安心して楽しくおしゃべりをしましょう。プライバシーは厳守です
 ♡大事なことはみんなで決めましょう。みんなのハートネットです
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by open-to-love | 2007-10-13 21:29 | 盛岡ハートネットニュース | Trackback | Comments(0)