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入院治療開始まで

第3章 経過に沿った再適応への援助

1 入院治療開始まで

さまざまな診察依頼
 精神科救急への診療依頼は、大きく分けると、①本人・家族からの診察依頼、②医療機関からの診察依頼、③第三者(警察、救急隊、保健所、福祉機関など)による診察依頼、である。
 また精神科救急の診察の依頼は、それぞれの地域のニーズによっても異なる。都会ではハードな精神科救急(行政的な介入)が大半を占め、精神保健福祉法による強制的な加入に至ることが多く、地方ではもともと地元の病院に通院している患者の再発や再燃に伴うソフトな精神科救急(一般的な救急)での診察依頼が多くなる傾向であろう。
 ここではさまざまな診察依頼について、実際の事例を挿入しながら記述する。

警察からの診察依頼
 警察からの診察依頼は、ハードなケースである場合が多い。本人が暴れていたり暴力をふるうために、家族が警察を要請する場合もあるが、大半は警察の保護によるケースである。警察からの依頼傾向として、保護したときに訳のわからない人は精神科に連れてくれば何とかなると考えられていると思われる状況があるため、診察依頼してくるケースに関する取り決めを地元の警察と結んでおくことが必要である。たとえば、酩酊状態の診察はしない、覚醒剤がらみの場合は、採尿は必ず警察で行うことを前提に診察する、などである。

事例1

 診察までの経過:隣家に「集金した金を返せ」とナイフを持って上がりこみ、家人の手首に裂傷を負わせた女性を保護した。住所・名前を聞いても会話が成り立たず、妄想的発言や独り言もある。家族がいるということだが、連絡がとれない状況である。診察を依頼したいとのこと。精神保健福祉法(以下、法)第24条(保健所への警察官通報)に当たる可能性があり、来院指示とした。
 診察状況:診察に対しては拒否的。会話は脈絡なく、妄想的発言著明。警察に保護された状況から「被害的内容による他害」の事実もあることから、法第24条(警察官通報)による緊急鑑定を1名の指定医で実施し、法第29条の2 都道府県知事命令による「緊急措置入院」となる。入院して48時間後(緊急措置入院の期間は72時間を超えることはできない)に2名の指定医による措置観察(法第29条の2)が行われ、法第29条 都道府県知事命令による「措置入院」となる。

事例2
 診察までの経過:高速道路インター付近の路上でボーッと立っている20歳代くらいの女性を通りがあkりの人が見つけ、110番通報し、警察が保護した。全く口をきかず、名前・身元不明。警察署に連れてきたが、倒れてしまい、救急車にて一般病院を受診した。しかし身体的な問題なく、精神科領域の問題であろうといわれ、椅子に座らせようとすると悲鳴をあげて抵抗する状態。診察依頼、来院指示。
 診察状況:警察官2名と来院し、独歩で診察室に入る。顔立ちは整い、自分の状況がわからず困惑した表情。問いかけに対しては無言。氏名、年齢、住所等について時折断片的な発語や微笑を浮かべるのがみられるのみ。行動を促すが、力なく抵抗するだけで暴れたりしない。衣服は清潔。状態像:混迷状態、緘黙。入院の必要あるが、身元不明のため「応急入院」となる。翌日身元判明し、「医療保護入院」に変更となる。

救急隊からの診察依頼
 救急隊からの診察依頼は、ほとんどが救急隊を要請した人の診察依頼であることから、どのような状況なのかは、救急隊を要請した人に直接電話に出てもらい、確認し、精神科受診が必要な状況であると判断したうえで診察依頼を受ける。身体的な状態が優先するようなケースでは、一般科への搬送をお願いし、その後必要があれば精神科の診察を行う。
 救急隊は、要請があれば救急車を出動させなければならない。また、救急車に乗せてしまえば病院に搬送する義務がある。したがって、リピーター的なケースへの対応に対してどのようにするのか考えておく必要がある。救急隊要請のリピーターは救急隊でも把握しているので、そのときの状態によって救急車に乗せずに病院への連絡をしてもらうようにすることもできる。

事例3
 診察までの経過:長い期間自宅に引きこもり、昼夜逆転の生活をしていた20歳代の男性。前夜一睡もせず、自分の頭を叩いたり、意味不明の言動が出現し、夜間に入って両親が救急隊を要請。救急車で来院した。
 診察状況:発語はあるものの断片的でまとまらず、身体をぶるぶるふるわせ続ける状態。診察の結果、入院治療が必要で「医療保護入院となる。」


保健所からの診察依頼
 保健所からの診察依頼は、精神保健福祉法がらみのケースに関する依頼が多い。精神鑑定の結果「措置入院」が決定したケース、「移送」となったケース、などである。

移送(法第34条):家族からの依頼や警察官の通報により、指定医が診察した結果、精神疾患のために入院させないと支障があると診断されたときに、患者を病院に運ぶことができる制度。

本人・家族からの診察依頼
 特に初発でる場合、患者本人からのアプローチで精神科診察につながることはなかなか困難であることが多い。
 家族からの診察依頼では、本人への精神科診察の説明や説得ができず、保健所に相談したり、病院から迎えにきてくれないかなどの相談が入ったりする。
 今後の本人の継続医療を考えると、本人が精神科受診に対して納得することができて受診という形がよいわけだが、受診に関しては困難が伴うのが精神科受診である。家族が本人を結果的には騙して受診に至ることもあるし、親戚を集めて強制的に受診に至るということもある。

事例4
 診察までの経過:40歳代の女性。もともと食品、水にこだわりがある人であったが、次第にエスカレートし、食べ物に毒が入っているといいだしたり、こどもが危険なので学校に行かせないなどの行動が出現する。困り果てた夫は保健所に相談するが、家族が説得して病院に連れていくようにといわれた。しかし本人を説得することは困難で、「自分は病気ではない」といい張る。問題がこどもにまで及んでいることもあり、夫は親戚に協力しってもらうことにした。嫌がる本人を数人で押さえ、ガムテープや紐でふるぐる巻にして、ワゴン車の後ろに乗せて病院を受診することになってしまった。騙すというより強制的な受診である。
 診察状況:来院時、本人の手や足は紫色になっていた。診察の結果、入院が必要と本人に告げると、自ら歩いて病棟に入る。しかし退職後、本人が積極的に外来通院ができるようになるまでには、数年の期間を必要とした。

地域精神医療の充実、障害者の「ノーマライゼーション」が推進されている状況では、治療経過のなかでj生じるさまざまな治療上のトラブルや治療中断・再発などにより、患者本人・家族からの、夜間・休日・クリニックの長期休診時などの診察要請は増加する傾向にあると思われる。

ノーマライゼーション:心身にハンディキャップがあっても、社会の一員としてふつう(ノーマル)に生活する権利とそのための法定化による具体的施策を目的にした言葉。1990年代以降、社会福祉領域のとりわけ障害者福祉における基本理念として世界的に定着してきた。
 社会的なハンディキャップをハンディキャップとしない社会作り、障害者・高齢者の本来の自立性、主体性、自由といった生き方を尊重する方向にあることをケアの基本理念としてもたなければならない。

搬送時の対応
 患者の搬送については、診療依頼と同じようにさまざまな搬送形態がある。警察の車両で多くの警察官が同行したり、救急車での搬送であったり、家族が何とかして乗用車に乗せて受診に至るといった状況である。ほとんどの患者は、自分がどうして精神科の病院に来なければならなかったのかを了解していない。このようなところから精神科の医療は始まる。
 看護のかかわりとしては、まず搬送前にどのような患者がどのような状況におかれているのかの情報によって患者を受け入れる準備を行う。救急患者の場合は入院となることが多い。病棟の空床状況の確認と病棟リーダーへの連絡をしておく必要がある。また、興奮状態が強いというような情報があれば人手を要請することも必要となる。
 上述したように、患者は今どうして自分がここにいるのかを了解できていないことが多い。患者が搬送されてきたときに必要なことは、患者がどのような状態であれ、まず「ここは病院」であること、そして「あなたの味方であり、あなたを助けたいと思っている」ということをきちんと伝えることである。
 搬送されてくる患者は、落ち着きがなかったり、怒りっぽかったり、何をきいても無反応であったりする。また生活自体が破綻をきたしていることが多いため、外見上も頭髪、服装、皮膚、爪の汚れや乱れが多くみられ、時には外傷を伴うこともある。このような状況のなかで患者が搬送されてきたときの看護の役割は、①安全確保、②十分な身体チェック、③患者の人権を尊重した看護、を行うことである。

安全の確保
 患者はもとより救急の場に居合わせる医師、看護者、家族などの安全を確保する。患者は不安、緊張、混乱状態、興奮状態にあり、自傷行為や周囲の人々への暴力、あるいは物を破壊する行為に及ぶこともある。一見落ち着いて問題がないように見える患者がいきなり暴力をふるうということがある。幻覚・妄想状態が活発である場合は、特に幻聴に左右されることが考えられる。また興奮状態・混乱状態が激しい患者の場合には、診察不可能状態となるため、抑制帯を使用することがあるが、その場合必ず患者には身体拘束を行うことを伝えることが必要である。
 救急患者が搬送されてくる診察室はシンプルにしておく必要がある。包交車、点滴台、処置台などは構造的には別のスペースを確保し、患者の目に付くようなところには置かないことである。
 患者は診察時どのような対応をされたか、そして自分がどのような行動をとったかは覚えているものであるから、病気とはいえ回復後に自分の行動に対して患者が自責的にならないためにも、予測がつくことで防止できることはしておく配慮が必要である。

十分な身体チェック
 救急で搬送されてくる患者は、精神科受診に至るまでの数日間から数週間に及ぶ睡眠障害や摂食不良があり、何らかの身体的リスクが潜在している可能性が高い。来院前に身体疾患の既往や併存が明らかな患者はもとより、そのような事前情報がない患者についても身体チェックは重要である。全体的に多い身体的な状況は、脱水症状である。
 バイタルサインチェック、清拭を行ったり、病衣に着替えさせるときの身体チェックは看護として重要である(身体に着衣のときには見えない傷があったり、異常を発見することがある)、また覚醒剤使用者、身元が明らかでなく病歴が判明しないという患者の場合は、肝炎やHIV感染への防禦対策として医療用手袋を使用することをルーティンとしておくことも必要である。
 患者の身体的状況によっては、専門科への転送やコンサルテーションが必要となる患者もある。

患者の人権を尊重した看護
 上述のように、患者の安全と安心を提供できるアメニティと対応を行うことが大切である。特に患者・家族への対応は無機的ではなく、診察あるいは処置、時には身体拘束などについてきちんと相手に伝えることである。
 こんな事例がある。
 医療を中断してしまい幻覚・妄想状態が出現し、絶えず周囲に対して恐怖心をもつようになり、護身のために患者はナイフを所持していた。家族が説得して受診となった。医師との診察が終了したとき男性の看護師2名がいきなり患者の腕をもって入院させる状況になった。患者はかなり抵抗し、持っていたナイフをとりだして暴れ、看護師を傷つけてしまった。
 この事例は、患者に一言の説明もなくいきなり両腕をつかまれたことによる恐怖心が、もともと周囲に対して抱いていた恐怖心と相まって増強し、患者をこのような状況に追い込んでしまった。警察が呼ばれ、他病院に「措置入院」となったが、このとききちんとした説明や本人が安心できるような対応をしていれば、本人も納得し「任意入院」できたであろうにと悔やまれる。
 患者は幻覚・妄想状態であり、周囲に対する恐怖心が強く、安心できる状況ではなかかった。救急で来院する患者の多くは、周囲を皆敵と感じるくらいの恐怖心をもっていたり、不信感を抱いている。このような状況の患者に対して、何の説明もなく無表情・無言の対応をしてはかえって恐怖心を煽り、患者にとって不本意な結果となってしまう。このような状況であるからこそ、患者のおかれている状況を理解し、丁寧で細やかな対応が必要である。
 同時に、同伴した家族への対応も忘れてはならない。特に初診の場合は、家族も長いあいだ悩み苦しんだ末に精神科受診となることがある。家族へのねぎらいや今後についてのきちんとした対応が重要である。

行動制限について
 入院中の患者の「行動制限」については、精神保健福祉法第36条(処遇)に、精神病院の管理者は、一定の条件(第3項で指定医が必要と認める場合)のもとに入院患者に行動制限を加えることができるという規定がある。この行動制限、特に「隔離・拘束」については精神科の現場では、さまざまな問題を包含している。
 ここでは、まだ精神科の受診をしていない人の行動制限について記述しなければならない。もともと他者に対して、行動制限を加えることは人権を侵害する行為である。なぜなら、行動の制限は基本的人権に制限を加えることだからである。
 しかしこの行動制限、特に拘束については、精神科救急状態にあるケースでは、やむをえず行われなければならない状況が生ずる。
 拘束といっても病院のようにベッドに抑制帯を装着するということはできないため、さまざまな方法で拘束という形をとってくる。搬送中の車中で興奮状態であったりすると、警察の場合は、今では病院でも使用することがない拘束衣を使用したり患者の両腕を抑えたりして搬送されてきたり、救急隊の搬送時は、手足を縛ったうえストレッチャーに乗せ、その上をバンドで抑えてきたり、事例でも記述したように、家族が患者を簀巻き状態にして搬送してくる、というような拘束もみられる。
 精神科救急における搬送時の行動制限については、搬送する側からすると何とか病院に受診させなければという思いのほうが強いため、行動の制限をしているという意識は少ないと思われる。それは、今まで記述したケースの診察依頼状況・搬送時の対応からもわかるように、精神運動性興奮状態であったり混乱状態であったりすると、拘束以外には危険を回避できない状況であると判断し、精神科への通報あるいは救急隊による搬送という形での受診となる。

 以上、①さまざまな診察依頼、②搬送時の対応、③行動の制限について記述したが、この3点は連続的な事象である。
 精神科救急という場面は、本人にとっては不本意で屈辱的であると感じているところから精神科の「医療」が開始されることが多い。したがって精神科受診時、入院時こそ彼らの尊厳を重視した医療・看護を提供していくことが彼らのこれから先を決定づけるものであるといえるし、家族に対しても同様のことがいえる。(太田知子)

文献:計見一雄編著『スタンダード精神科救急医療』(メジカルフレンド社、1999年)

(坂田三允総編集 精神看護エクスペール6「救急・急性期1 統合失調症」(2004年、中山書店)
by open-to-love | 2007-09-03 20:06 | 救急・急性期 | Trackback | Comments(0)