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統合失調症患者の自殺

 統合失調症の患者では自殺の危険を予測するのが難しく、突然、自殺が起きて驚いたという経験を持つ精神科医は少なくないはずである。Krepelinも20世紀の初頭に、統合失調症患者の自殺はまれではないが、明白な原因が見当たらない場合がしばしばあると指摘している。確かに、うつ病では、その重症度が自殺の危険と比較的密接に関連するのとは対照的に、統合失調症では必ずしもこの関係は明らかではないというのが現実である。単に急性期の幻覚妄想状態だけが自殺の危険と結び付くばかりでなく、発病から長期間経過した後の残遺状態にあって、現実の問題と直面して自殺を図る統合失調症患者も存在する。また、本来、生と死の境界が、健常者ほど明瞭でない患者もいる。このような複雑な事情が、統合失調症患者の自殺の予測をいっそう難しくしている。
a.統合失調症と自殺に関する一般的な事実
 統合失調症における自殺率と標準化死亡比(SMR)を挙げておく。De Hertらの総説によると、統合失調症患者の約10%が自殺している。統合失調症患者の自殺率は人口10万人当たり350〜650という報告が多く、一般人口の自殺率よりも30〜40倍高い。

※一般的な自殺の危険因子※
1)自殺未遂歴:自殺未遂の状況、方法、意図、周囲からの反応などを検討
2)精神疾患の既往:気分障害、統合失調症、人格障害、アルコール・薬物乱用
3)援助組織の欠如:未婚者、離婚者、配偶者との離別、近親者の死亡を最近経験
4)性別:自殺既遂者:男>女 自殺未遂者:女>男
5)年齢:年齢が高くなるとともに、自殺率も上昇
6)喪失体験:経済的損失、地位の失墜、病気や外傷、近親者の死亡、訴訟
7)自殺の家族歴:近親者に自殺者が存在するか?
8)事故傾性:事故を防ぐのに必要な措置を不注意にも取らない、。慢性疾患に対する予防あるいは医学的な助言を無視する。

 なお、統合失調症患者の場合、一般的な自殺の危険因子と異なる特徴もあるので、その点を中心に解説する。
 従来の報告によれば、統合失調症患者においても、男性、無職、自殺未遂歴、最近経験した重要なライフイベント、これまでにも衝動的・攻撃的行動に及んだことがある。治療に非協力的な態度をとる、慢性の身体疾患の合併などが自殺の危険因子として挙げられている。さらに、急性の幻覚妄想状態、抑うつ症状や薬物乱用の合併も、自殺の危険を高める。また、他の精神障害と比較して、統合失調症患者は致死性の高い方法を用いる傾向や、より若年で自殺しているとの指摘もある。
 さらに、頻回の再燃やそれに伴う入院も自殺の危険因子とされている。なお,海外ではわが国と比較して平均在院期間が短い傾向にあるので、海外の知見を直ちにわが国に当てはめることは難しいかもしれないが、退院直後の時期に自殺の危険が高まるという報告も少なくない。さらに、病前の社会適応能力が高く、学歴や知能指数が高い患者のほうが、自殺の危険が高いという報告もある。統合失調症のサブタイプとしては、解体型よりも妄想型のほうが自殺率が高い。
 なお、従来の研究はその方法論の欠陥がしばしば指摘されてきた。例えば、標準化された診断基準が用いられていない、対象数が乏しい、比較的高齢の入院患者に偏っている、長期的な追跡調査がない、対照群が設定されていないなどである。しかし、最近になってコントロール研究も少しずつではあるが報告されるようになってきている。それらの報告によっても、従来から指摘されてきた点がほぼ確認されるといってよい。

b.臨床像の特徴
 統合失調症患者の自殺に関してエビデンスに基づいた報告はむしろ少ないが、それでも臨床家は患者の自殺の危険を判断していかなければならない。統合失調症に特異的な自殺の危険に関連していると考えられる特徴を挙げておきたい。

1)急性の精神症状に支配された行動
 従来から、「屋上から飛び降りろ」「手首を切れ」といった命令性の幻聴などの活発な精神症状が自殺に密接に関連していると指摘する報告は多かった。当然、発病初期や再燃期に病的な症状に支配されて、それが直接自殺に結びつく可能性を高めてしまう。
 命令性の幻聴ばかりでなく、妄想に取り込まれた希死念慮もしばしば認められる。被害関係妄想が自殺の危険を増している症例もまれではない。自尊心の低下や無価値感の強い自責的な妄想のある患者に、「生きている資格はない」「家族に迷惑をかけるばかりだ」「早く死んでしまえ」などといった幻聴が存在し、それが妄想を強化したり、直接、自殺行動に結びつくこともある。

2)急性症状の消退直後
 急性症状が活発な時期に自殺の危険が高いのは当然であり、治療者も十分な注意を払う。ところが、ひとたび急性症状がおさまり治療者も家族も安心した段階で、しばしば患者は急性症状以上に危険な状態に直面している。
 梶谷によると、統合失調症の自殺の中にも、清明な意識、希死念慮、死の見通しの備わっている自殺があり、病者には健全な病識があることが多く、病気によってもたらされた自己価値の頽落に目覚めることによって自殺を企図する例があるという。急性の幻覚妄想状態が改善したものの、明確な病識が戻ってきた統合失調症患者においてはそれらが自殺の予告兆候の一種であり、心理的に支えていくことを怠ってはならない。
 統合失調症の病識の欠如は、「背後に無意識の葛藤を隠している防衛であるという積極的な意味をもっている」と土居も指摘している。統合失調症においては、「病識が出始めたときに、内心非常に深刻な衝撃を受けるものであり」、「患者としては、自分の行動は異常であり、しかもそのことを今まで知らなかったことに気づくことは、その全存在を侵害されるような事件である。それは、病的体験そのものよりももっと苦痛であり、統合失調症患者にとって、最大の心理的危機であると考えられている」とも述べている。
 病識は病を直視するだけではなく、現実に直面することも患者に強いる。松浪は「病識は、病者をしてその頽落存在としての自己を認識させるというだけではなく、病者の現実に対する耐性を弱化する」と述べ、病識が出現してきた患者では、特に家族や医療者からの支持が重要であると説いている。このように、単に急性症状が消退しただけでは治療が完結したことにはならず、患者の脆弱性はまさにこの時点で最高潮に達していることさえある。

3)慢性経過をたどる患者
 統合失調症の自殺の大多数が、明らかな精神病症状がないか、あるいは非常に少ない状態で生じているという報告も少なくない。
 Yardenは、統合失調症患者の自殺のうち65%が寛解期に生じたと報告した。患者の多くは、いわゆる慢性欠陥状態を呈していた。感情鈍麻、会話の貧困化、引きこもりなどの統合失調症の陰性症状を持続的に認めた。西山も、自殺は統合失調症の経過の後期ないし慢性期にも、また幻覚・妄想などの症状の認められないときにもしばしば起こることを指摘している。
 以前の研究と最近の研究の知見の相違点は、向精神病薬の出現に関連する可能性がある。従来の研究では、おもに慢性の入院患者を対象としていた。最近の研究では、対象患者は、入院患者ばかりでなく外来患者も多く、向精神病薬を投与されており、以前に比べて表面に現れた症状は軽い傾向がある。過去の研究では、自殺の動機は精神症状の重症度に関連していたが、最近の統合失調症患者では、慢性疾患を抱えながら生きていくうえで直面する多くの問題のために自殺する例も少なくない。統合失調症患者は、しばしば、社会生活のうえでも孤立し、慢性疾患のために将来に絶望していることも多く、それが自殺につながる危険を増している可能性がある。

4)抑うつ症状
 慢性の統合失調症患者にもしばしば抑うつ症状の合併を認める。Falloonらは1年間に彼らの診療所を受診した統合失調症患者の38%が重症の抑うつ状態を呈したと報告した。慢性の統合失調症患者の30〜60%が重症の抑うつ状態となり、抗うつ薬による治療や入院が必要だったとの報告もある。
 統合失調症の自殺においても抑うつ症状が重要な役割を果している。自殺直前に精神科を受診した患者の診療録を検討すると、抑うつ症状が高率に認められる。自殺した統合失調症患者の65%が、自殺前の数カ月間に治療者に絶望感を訴えたとの報告もある。統合失調症患者の自殺に関する研究を総説すると、26〜100%(平均67%)の患者で自殺直前の時点で何らかの抑うつ症状を認め、自殺しなかった統合失調症患者に比べて高率に抑うつ症状の合併を認めている。

5)生と死の境界が不分明な患者
 1)〜4)の分類以外にまさにこのような描写するしかない患者が存在することもまた臨床的な現実である。生と死の境界自体が健常者に比べて明瞭ではなく、統合失調症のサブタイプとしては解体型(破瓜型)の患者が多い。
 治療も比較的効果を上げていて、周囲の人々との関係も良好であり、特別な社会的な問題も認めない。そのような統合失調症の患者が突然、自殺に及び、担当医や家族にはその理由がまったく理解できないことがある。漠然とした圧倒されるような不安が患者の自殺につながった可能性や、担当医に語られていなかった患者の社会的な問題が完全には排除できないが、生と死の境界自体が本来健常者とは異なるとしか表現できない患者が存在するというのは臨床的な経験からの実感といってもよいだろう。

6)医原性の自殺
 これは治療者の側の責任で引き起こされた自殺というべきものである。毎回一応は規則的に外来に通院し、慌ただしい外来の診察室で特に病状を訴えることもない慢性患者では、医師も漫然と処方だけをして、それ以上情報を集めることもしない。家族から話を聞くこともなく、患者が服薬を規則的にしているかどうかも十分に確認できない。また、表面上は落ち着いて見えるために、病状を徹底的に確認しないで、不必要に薬を減らして、急性症状を再燃させ、自殺行動を引き起こしてしまうといった例も、この医原性の自殺の例に当てはまる。
 なお、アカシジアやジストニアなどは抗精神病薬を用いていると、まれな副作用ではなく、対策も立てられる。ところが、患者は病状の悪化やさらに新たな奇妙な病状が出現したと思い込み、自殺に至った症例の報告もある。

 統合失調症患者の自殺の危険を予測することは極めて難しいのは事実である。しかし、本項で解説したような特徴を十分に認識したうえで、自殺の危険が高いと判断された患者に対して、適切な精神科医療を徹底させるとともに、周囲の人々との絆を再構築させていくように、治療計画を立てる必要がある。また、緊急の自殺の危険に備えて、外来と入院の間で緊密な連係がとれる場で治療を進めていくといった工夫も必要とされる。
(精神医学講座担当者会議監修「統合失調症治療ガイドライン」医学書院、2005年)
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by open-to-love | 2007-07-09 17:04 | 自殺未遂/自殺 | Trackback | Comments(0)