精神科のクスリ
2007年 05月 06日
精神科のクスリ(ぜんかれんHP)
【第1回】総論~種類・歴史~
(1) 種類はどのくらい?
いま日本で使われている精神科関係のクスリは約90種類あります。同じ成分のクスリを複数の製薬会社がつくることがあり、それぞれ別の名前で販売しているので、薬品名では280ぐらいになります。
内訳としては、大まかに以下のように区分できます。
意欲の減退や周囲に対して関係を閉ざしがち、幻覚や妄想、何かに操られている感じなど、狭い意味での精神症状に対して 「抗精神病薬」
気分が著しく沈んだときに 「抗うつ薬」
不安発作や著しい焦燥感などに 「抗不安薬」
睡眠障害に 「睡眠薬」
てんかん発作の抑止に 「抗てんかん薬」
繰り返し起こる気分の波や感情の高揚し過ぎを押さえるために 「気分安定薬」
抗精神病薬の副作用としての手の震え(薬剤性パーキンソン症候群)などを軽くするために 「抗パーキンソン病薬」
以上のうち、抗てんかん薬を精神科のクスリに入れるのは異論もあるかもしれませんが(国際分類ではてんかんは精神疾患に含まれない)、ここでは便宜上含めることにしました。
これらのクスリは、もちろん精神科だけで使われるのではなく、抗不安薬、睡眠薬はほぼ全科の医師が使っています。抗うつ薬についても各科の医師の約半数が使い、抗精神病薬と抗てんかん薬に関しても3分の1以上が使用しています。時代とともにだんだんとポピュラーなものになりつつあると感じます。90種類のクスリのうち第二次大戦前につくられたものは、5,6種、多くのクスリは1960年前後以降、とりわけ現在主流になりつつある抗精神病薬と抗うつ薬の中のいわゆる新型薬に限っていえば1990年前後以降(日本ではここ10年以内)に使用されるようになったものです。種類はまだまだ不足ですが、ようやく選択肢も増えてきたところです。
(2)簡単な歴史
戦前からあったものの代表はフェノバルビタールというクスリです。これは睡眠薬であり、同時に不安を軽くするクスリとして使われましたが、何よりもてんかんの発作を押さえるクスリとして大きな価値をもっていました。
精神科の病気の代表格の1つである統合失調症に効く薬が登場したのは、第二次大戦後の1950年代の初めです。これがクロールプロマジンというクスリで、貧しかった日本でほんの少々使えるようになったのは1955年頃のことでした。だがこのクスリの登場が、精神科の治療を変える大きなきっかけとなったのです。
クロールプロマジンは、外科手術の前の鎮静薬として誕生したのがその始まりでした。本格派の抗うつ薬の一番バッターで今日でもよくつかわれるイミプラミン(1958年登場)は、そもそも統合失調症のためのクスリとしてつくられたものといわれます。気分安定薬として有効なリチウム(1960年代に評価が定まる)は、その前に多くの病気に効く民間薬として長い歴史があったといわれます。抗精神病薬として広くつかわれているスルピリドはもともとは胃十二指腸潰瘍のクスリとして生まれたものです。
”クスリは思わぬところで効いたことからしばしば発展する”そんなことと関係があると思いますが、戦前からの抗てんかん薬であるヒダントインや先述のイミプラミンや他の抗うつ薬が原因不詳の頑固な神経痛の状態に効いたり、胃十二指腸潰瘍薬であり抗精神病薬でもあるスルピリドが難治の慢性頭痛に効いたりなどということもあります。
抗てんかん薬として登場したカルバマゼピンやバルプロ酸は、前記のリチウムと並んで今や気分安定薬の中核でもありますし、同じく抗てんかん薬として登場したクロナゼパムやいくつかの抗うつ薬がパニック発作の治療薬としてもとても有効であることもよく知られていることです。
偶然の機会とそれに出合った人の強い開拓への意思、そして経験の蓄積が、ほかの分野と同じように精神科の薬物療法の世界をだんだんと形づくってきました。
(3)抗精神病薬、抗うつ薬・感情調整薬、抗不安薬は何に対して効いているのか
ご承知のように私たちは人類として、さらにさかのぼれば生物として生き残った一人一人です。気の遠くなるような長い時間、私たちは、例えば身にとって危険な状況をいち早く察知する能力や、必要に応じアクセルを踏んだり逆にブレーキをかけたり行動を調節する能力、あるいは逃げるべき状況が生まれたとき間髪を入れず退避準備を完了させる能力を身に備えるようになりました。危険を右によけ左に避けながらつくってきたそれらは、それはそれは精巧な装置です。それゆえにこそ、それらの機能が時として大きく損なわれることがあります。
荒天下で暗夜にヨットで単独航海した時とか、同様の事態で単独登山した時に幻視や幻聴が起きるなどはその一例です。これらは異常な環境の中で、危険察知能力が異常に高まって、周りで起きていることに必要以上に意味を与えてしまうことから生まれます。当然、無事に航海や登山が終われば解消しますが、同じ精神状態が脳の機能の変化として起きることがあります。これが精神病状態で、脳内のネットワーク活動を支えるある種の神経細胞の分泌物(脳内ホルモンとか神経伝達物質と呼ばれる)の作用が強くなり過ぎるために起こる機能昂進状態と考えられています。抗精神病薬はその過剰作用を制御するものといわれます。
また私たちの体は、生き抜くために心身の活動性を高めたりきつくブレーキを踏んだりしても、必要がなくなれば元に戻るようにできているのですが、時としてその復元機能がうまく働かなくなることがあります。この中のブレーキ踏み続け状態(うつ病の状態)では、前記とは別の神経細胞の分泌物が、せっかく分泌されたものの再吸収され過ぎてしまったためがために起きるものともいわれます。その再吸収を防いで神経間の情報伝達のスピードを回復させる(ブレーキを解除する)のが抗うつ薬ということになります。
さらに、自然界では強い生物に出合ったとき、どの動物もとる反応はそこから逃げ出すことです。逃げるためには筋肉に十分な酸素を補給しなければなりません。そのために体が反射的に行うのは、血圧を上げ心臓の収縮を頻回にすることです。ところが目の前に強い生物がいなくても、同じことが起こることがあります。これがパニック発作です。ある種の神経細胞の分泌物が、上記の反応をふだんは制御しているのですが、それがうまく行かなくなったときにその機能を補強し神経細胞の行き過ぎた活動を抑えるのが抗不安薬ともいわれます。
キメはまだまだ荒いのですが、以上は、経験だけでなく、想像でもなく、目で確かめることで得られた結果です。このように精神症状を引き起こす脳内の機能の変化とクスリとの関係がわかってきたのが、今と10年前、20年前と違うところです。脳科学の確実な発展から、きっともっとよく効くクスリをつくることができると、世界の多くの科学者が考えています。
【第1回】総論~種類・歴史~
(1) 種類はどのくらい?
いま日本で使われている精神科関係のクスリは約90種類あります。同じ成分のクスリを複数の製薬会社がつくることがあり、それぞれ別の名前で販売しているので、薬品名では280ぐらいになります。
内訳としては、大まかに以下のように区分できます。
意欲の減退や周囲に対して関係を閉ざしがち、幻覚や妄想、何かに操られている感じなど、狭い意味での精神症状に対して 「抗精神病薬」
気分が著しく沈んだときに 「抗うつ薬」
不安発作や著しい焦燥感などに 「抗不安薬」
睡眠障害に 「睡眠薬」
てんかん発作の抑止に 「抗てんかん薬」
繰り返し起こる気分の波や感情の高揚し過ぎを押さえるために 「気分安定薬」
抗精神病薬の副作用としての手の震え(薬剤性パーキンソン症候群)などを軽くするために 「抗パーキンソン病薬」
以上のうち、抗てんかん薬を精神科のクスリに入れるのは異論もあるかもしれませんが(国際分類ではてんかんは精神疾患に含まれない)、ここでは便宜上含めることにしました。
これらのクスリは、もちろん精神科だけで使われるのではなく、抗不安薬、睡眠薬はほぼ全科の医師が使っています。抗うつ薬についても各科の医師の約半数が使い、抗精神病薬と抗てんかん薬に関しても3分の1以上が使用しています。時代とともにだんだんとポピュラーなものになりつつあると感じます。90種類のクスリのうち第二次大戦前につくられたものは、5,6種、多くのクスリは1960年前後以降、とりわけ現在主流になりつつある抗精神病薬と抗うつ薬の中のいわゆる新型薬に限っていえば1990年前後以降(日本ではここ10年以内)に使用されるようになったものです。種類はまだまだ不足ですが、ようやく選択肢も増えてきたところです。
(2)簡単な歴史
戦前からあったものの代表はフェノバルビタールというクスリです。これは睡眠薬であり、同時に不安を軽くするクスリとして使われましたが、何よりもてんかんの発作を押さえるクスリとして大きな価値をもっていました。
精神科の病気の代表格の1つである統合失調症に効く薬が登場したのは、第二次大戦後の1950年代の初めです。これがクロールプロマジンというクスリで、貧しかった日本でほんの少々使えるようになったのは1955年頃のことでした。だがこのクスリの登場が、精神科の治療を変える大きなきっかけとなったのです。
クロールプロマジンは、外科手術の前の鎮静薬として誕生したのがその始まりでした。本格派の抗うつ薬の一番バッターで今日でもよくつかわれるイミプラミン(1958年登場)は、そもそも統合失調症のためのクスリとしてつくられたものといわれます。気分安定薬として有効なリチウム(1960年代に評価が定まる)は、その前に多くの病気に効く民間薬として長い歴史があったといわれます。抗精神病薬として広くつかわれているスルピリドはもともとは胃十二指腸潰瘍のクスリとして生まれたものです。
”クスリは思わぬところで効いたことからしばしば発展する”そんなことと関係があると思いますが、戦前からの抗てんかん薬であるヒダントインや先述のイミプラミンや他の抗うつ薬が原因不詳の頑固な神経痛の状態に効いたり、胃十二指腸潰瘍薬であり抗精神病薬でもあるスルピリドが難治の慢性頭痛に効いたりなどということもあります。
抗てんかん薬として登場したカルバマゼピンやバルプロ酸は、前記のリチウムと並んで今や気分安定薬の中核でもありますし、同じく抗てんかん薬として登場したクロナゼパムやいくつかの抗うつ薬がパニック発作の治療薬としてもとても有効であることもよく知られていることです。
偶然の機会とそれに出合った人の強い開拓への意思、そして経験の蓄積が、ほかの分野と同じように精神科の薬物療法の世界をだんだんと形づくってきました。
(3)抗精神病薬、抗うつ薬・感情調整薬、抗不安薬は何に対して効いているのか
ご承知のように私たちは人類として、さらにさかのぼれば生物として生き残った一人一人です。気の遠くなるような長い時間、私たちは、例えば身にとって危険な状況をいち早く察知する能力や、必要に応じアクセルを踏んだり逆にブレーキをかけたり行動を調節する能力、あるいは逃げるべき状況が生まれたとき間髪を入れず退避準備を完了させる能力を身に備えるようになりました。危険を右によけ左に避けながらつくってきたそれらは、それはそれは精巧な装置です。それゆえにこそ、それらの機能が時として大きく損なわれることがあります。
荒天下で暗夜にヨットで単独航海した時とか、同様の事態で単独登山した時に幻視や幻聴が起きるなどはその一例です。これらは異常な環境の中で、危険察知能力が異常に高まって、周りで起きていることに必要以上に意味を与えてしまうことから生まれます。当然、無事に航海や登山が終われば解消しますが、同じ精神状態が脳の機能の変化として起きることがあります。これが精神病状態で、脳内のネットワーク活動を支えるある種の神経細胞の分泌物(脳内ホルモンとか神経伝達物質と呼ばれる)の作用が強くなり過ぎるために起こる機能昂進状態と考えられています。抗精神病薬はその過剰作用を制御するものといわれます。
また私たちの体は、生き抜くために心身の活動性を高めたりきつくブレーキを踏んだりしても、必要がなくなれば元に戻るようにできているのですが、時としてその復元機能がうまく働かなくなることがあります。この中のブレーキ踏み続け状態(うつ病の状態)では、前記とは別の神経細胞の分泌物が、せっかく分泌されたものの再吸収され過ぎてしまったためがために起きるものともいわれます。その再吸収を防いで神経間の情報伝達のスピードを回復させる(ブレーキを解除する)のが抗うつ薬ということになります。
さらに、自然界では強い生物に出合ったとき、どの動物もとる反応はそこから逃げ出すことです。逃げるためには筋肉に十分な酸素を補給しなければなりません。そのために体が反射的に行うのは、血圧を上げ心臓の収縮を頻回にすることです。ところが目の前に強い生物がいなくても、同じことが起こることがあります。これがパニック発作です。ある種の神経細胞の分泌物が、上記の反応をふだんは制御しているのですが、それがうまく行かなくなったときにその機能を補強し神経細胞の行き過ぎた活動を抑えるのが抗不安薬ともいわれます。
キメはまだまだ荒いのですが、以上は、経験だけでなく、想像でもなく、目で確かめることで得られた結果です。このように精神症状を引き起こす脳内の機能の変化とクスリとの関係がわかってきたのが、今と10年前、20年前と違うところです。脳科学の確実な発展から、きっともっとよく効くクスリをつくることができると、世界の多くの科学者が考えています。
by open-to-love
| 2007-05-06 13:06
| 心の病入門編
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