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第3章「精神の危機的状況」2 発達に伴うライフサイクルの中での危機(3)老年期

増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第3章 精神の危機的状況

2 発達に伴うライフサイクルの中での危機

(3)老年期

 最初に考えておかなければいけないのは、単に老年期が問題となっているのではなく、これまでにない急速な高齢化社会の中での老年期だということです。65歳以上の人口比率が7%から14%に上昇するのに、45年(イギリス、ドイツ)から180年(フランス)という諸外国に比べて、日本は25年という速さで達成しているのです。そのような超高齢化社会の中での老年期の問題であることを、認識しておかなければいけません。つまり、だれにでも老年期があるといった認識では対応できない社会的現象なのです。
 何歳からを老年期と呼ぶかについてもいろいろな説があります。会社でも60歳を定年とすることが見直されてきています。現在、だいたい65歳ぐらいを老年期の始まりと考える傾向にあります。しかし、実際には個人差が大きく、年齢だけで判断することには無理があります。あくまでも、統計上のものと考えておく必要があるでしょう。

①老化の兆候

 老化とは、身体の諸器官の老化にともなう機能の低下です。皮膚のしわが増え、髪の毛が白くなり、歯が抜け、老眼となるなどです。精神の面では脳の機能の低下となります。脳の神経細胞が死滅し、数が減少し、脳の萎縮が始まります。もっとも、脳の老化は20歳を過ぎると始まっていると言います。神経細胞の数が少なくなるのはいらないものが整理されるのであり、脳の働きを示す神経細胞のネットワークはまだ形成されていく過程にあると言えますから、そんなに悲観することはありませんが、記銘力、学習能力、分析力や運動、知的作業の速度などの能力は確実に衰えていくでしょう。また、予備的な力が弱くなり、急激な変化への適応が悪くなります。無理をした運動などの後の回復力も弱くなります。持続的に運動をしている人はかなりのことができますが、突然思い立って運動を始めると、思わぬ障害にぶつかることにもなります。
 大脳の新皮質の機能から衰えが始まるので、感情や食欲、睡眠などの基本的な欲求は、新皮質のコントロールを受けにくくなります。その結果として、新皮質が十分に発達していない幼児や学童と同様に、心身の関連が強くなり、精神的なものにより身体症状を引き起こしたり、身体的な変化が感情と結びつきやすくもなります。

②老いの心理

 年をとると円熟するのか、それとも頑固になるのか、それぞれに当てはまる人が周囲にはいると思います。円熟する人は、大脳の働きが衰えず、これまでの経験が生かされている人で、エリクソンがライフサイクルの最後の課題としている「統合」がなされた人でしょう。それに対して、老化が大脳の新皮質から始まりますので、これまでカバーしてきたコントロール機能が弱くなり、生活の中で使い慣れているパターンが強化されてきます。本来頑固な人がより頑固になるのが目立つのも、そのためです。また、老化にともなう精神機能の衰えが、残っている機能にしがみつかざるを得なくさせ、頑固という状態を作ることにもなります。関心の幅が狭くなり、できないことも増えてくるので、身近なもの、特に自分の身体への関心が強くなり、心気的になったり、うつ状態を作りやすくなります。関心が少なくなるために、感情が鈍く見えることもあるし、逆に、コントロール機能が弱まり、ちょっとしたことに感情が揺さぶられることにもなるでしょう。感情失禁と呼ばれる涙もろさも出てきます。
 死への恐怖は若い時よりも弱くなり、むしろ、病気による苦しみ、寝たきりになった時の周囲への配慮、といったことへの心配が強くなります。自分が思うように動けなくなり、周囲の人に依存せざるを得ないという状況が、耐えがたいことになるのです。

③社会的状況

 社会的には、これまで保っていた役職から解放されることになります。このことは、役職に生きがいを感じていた人、仕事依存の人にとっては危機となるでしょう。また、生活の幅が狭く、仕事だけの付き合いしかない人にも同じことが言えます。それだけでなく、人の役に立てないことに悩む人もいます。高齢者にふさわしい役割、民生委員であるとか横町のご隠居さん的な役割などを見いだして活躍できる人もいます。女性の場合には、年をとってもやれることがたくさんあるし、それも連続的な日常生活の中にあるために比較的安定していますが、男性の場合には深刻な事態になることもあります。
 仕事、役割がいつまでもあるわけではなく、若い人に譲ることも重要なことです。役職にいつまでもしがみついているよりも、年齢にふさわしい人生の楽しみを、ほかの役割の中に見いだしていくことが望ましいと言えます。老齢年金などの充実があれば、それによって旅行や趣味などの楽しみを開発していくこともできるでしょう。公民館などでの高齢者を対象とした自己啓発セミナーが活発なのは、それだけその必要性が求められているからでしょう。

④精神症状ー痴呆

 老年期の精神症状として、もっとも重要なものは痴呆です。痴呆は、70歳代ぐらいから少しずつ増え始め、85歳では4分の1以上に見られるようになります。痴呆は、神経細胞の萎縮や障害にともなう知的機能の衰えですが、大きく分けると、アルツハイマー型痴呆(老年痴呆)と脳血管性の痴呆とに分けられます。女性では前者が、男性では後者が多く、欧米では前者が多くなっています。我が国では後者が多いのですが、徐々に欧米型に近づいています。脳血管型は、脳梗塞や出血などによるものであり、これらの病気の予防が痴呆の予防にも役立ちます。脳血管障害による痴呆が、一見しただけでは障害が感じられないことも多いのに対して、アルツハイマー型では、全体的な人格の変化が顕著です。今のところ原因は不明ですが、21番目の染色体との関係など、かなりのことが判明しつつあり、治療法の開発が待たれるところです。最近のことを忘れることが多くなり、自覚する年齢がだんたん若くなっていったりする間違いもありますが、それを指摘するのではなく、本人の世界に合わせて付き合うことが必要となります。ぼけの中には、周囲の人がそのように扱うことによって、2次的に生じてくるぼけ状態もあります。周囲の人が、一人の人間として認めていくことが大切となります。
 痴呆以外にも、うつ病、神経症などの精神の病気が多く見られます。そのために、ぼけているように見られることもありますが、この場合には、適切な治療で回復するので見誤らないようにしないといけません。

⑤高齢者の精神保健

 高齢者における精神保健は、急激な高齢化社会を迎え、ただ長生きをするだけでなく、その質(QOL:Quality of life)が問題となっている現在、そしてその医療費をはじめとする介護体制が国の重大問題になってきている現在、ますます重要な課題になりつつあります。
 人間は、健康、お金(経済)、そして生きがいといったものに支えられて生きています。若い時には、これらのどれかひとつがあればやっていけるものです。ところが、高齢になると、この中の二つが必要になってきます。そして、健康と生きがいとは、両者ともに心の健康が関連してくるのです。後で述べるような、精神保健対策を常に考えておく必要があるでしょう。急激な変化を避けること、習慣化した運動、年齢にふさわしい刺激と休息のバランス、一人でも楽しめる趣味と、親しい人間関係、感受性を豊かに保つ日常生活ー。これらのことに気を配れる生活をするとなると、それは、40歳代、50歳代のころから用意しておかなければならないでしょう。しかし、高齢化と呼ばれる現在、老いが目の前に現れる60歳代になってからでも遅くはありません。そのようなことを計画し自分なりの老年期と死を迎えられるように、学習できる場を作っていければよいのではないでしょうか。
 死の準備ということを考えると、宗教も重要な課題となります。無宗教による葬儀を望む人も増えていますが、死を含めて、自分の人生が何であったのかを考える機会を持つたけには、宗教的なかかわりがやはり必要ではないかと思います。それによって、自分の人生の総まとめ「統合」ができた時に、満足した死を迎えられるのではないでしょうか。

【参考文献】
・近藤亨他訳、キャプラン著『地域ぐるみの精神衛生』星和書店、1979年
・山本和郎『コミュニティ心理学』東京大学出版会、1986年
・本田『先天異常の医学』中央公論社、1982年
・小此木啓吾『対象喪失』中央公論社、1979年
・小此木啓吾訳、エリクソン著『自我同一性』誠信書房、1973年
・増野肇『森田式カウンセリングの実際』白楊社、1988年
・増野肇『不思議の国のアリサ』白楊社、1996年
・池見酉次郎監訳、スティーブン・ロック著『内なる治癒力』創元社、1990年
by open-to-love | 2011-01-14 20:34 | 増野肇『精神保健とは何か』 | Trackback | Comments(0)