精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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生活の危機を支援するソテリアとはースイス・ベルンでの取り組み

ワールドリンク35…スイス

■生活の危機を支援するソテリアとはースイス・ベルンでの取り組み

野口博文(特定非営利活動法人 東京ソテリア)
久永文恵(特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構)

○はじめに

 スイス連邦は、人口750万人のヨーロッパの小国で、ドイツ語・フランス語、イタリア語・ロマンシュ語(山岳地域の言葉)の4カ国語を公用語とし、さまざまな文化が交わっています。また、世界保健機関(WHO)をはじめ、多くの国際機関の本部が置かれ、世界中の人たちが訪れます。アルプスの自然の豊かなところは、ハイジとクララの物語でも知られていることでしょう。
 一昨年の冬、この国で研究の仕事をしていました。僕(野口)に与えられた課題は、「精神障がい者の正しい理解をはかる取り組み」に関してでした。そのなかで、「精神障がいへの偏見をもっているのは、いったい誰か」という調査にかかりました。
 その結果によると、スイスにおいては、医師や看護師といった病棟で勤務する専門職になればなるほど、偏見は高まっていくということが示されました。
 その通りだとすると、精神科の病棟に入院しても気持ちは休まらないのではと思い、2人の研究者に相談してみました。
 「もし、あなたたちが統合失調症にかかったら、どの施設で治療を受けたいの?」
 彼らは2人とも、
 「私は、ソテリアハウスで生活をおくりたい」
 と答えたのです。

○ソテリアとは

 ソテリア(ラテン語で治癒・回復という意味)とは、今から40年前にアメリカ・サンフランシスコで始められた、精神障がい者への地域医療のプロジェクトです。
 創始者のモシャー医師によると、
▽小さい家庭的な環境のなかで支援する
▽支援を行う者は寛容な態度で接する
▽1日24時間、利用者個人に対応する
 といった生活上の工夫によって、抗精神病薬(副作用の問題が大きかった)を使用しないか、わずかの使用で、統合失調症から回復をめざすことができるといわれています。
 ソテリアハウスと呼ばれる障がい者グループホームのなかで、スタッフは権威的・威圧的なふるまいをせず、障がい者の回復に応じた助言や、時に緊急の介入を心がけてきました。このようなかかわりによって、薬の使用量や医療費をおさえることができ、感情の安定や社会性の向上、家族との関係を助けることに成功しています。
 プロジェクト自体は、1980年代の半ばに終了しましたが、その支援の方法は、北米、ヨーロッパ、オーストリアなど、保健福祉の制度の異なる国にも受け継がれています。

○ソテリアを見学することはできない

 ソテリアの試みについて、文献や講演などで名前を見聞きすることはありましたが、その実態をほとんど知らなかったので、スイス・ベルン市にあるソテリアハウスに見学を申し込みました。その返事は、
 「ソテリアを見学することはできません」
 ということでした。
 その理由は、居住者の家庭的な生活をもっとも大切にしており、一般の市民にとっての日常と変わらない環境をつくっているからというものでした。
 確かに、僕自身の部屋に見学者があがりこんでくることはありません。後日、ソテリアハウスを日本に持ちかえることを前提に、全体の外観について、マネジャーのホフマン先生に案内してもらうことができました。
 スイスでのソテリアは、治療共同体として運営されています。治療共同体とは、医療従事者は患者(居住者)にピア(対等)な関係で接し、生活上のルール決めや地域とのかかわりに、居住者も共同の責任を担う治療の場のことです。
 また、ここの職員(看護師・社会福祉士・学校教員など)は、病棟での勤務の経験のない者を中心に雇われています。精神科の入院病棟での治療関係(医療従事者と患者との関係)を引きずって、一方的なものに陥ってしまうと考えているからのようです。彼らは、専門的な支援を行う者としてだけでなく、居住者とともに時間を過ごす者として、特に夜間には2人体制で宿直していることで、密度の濃い友好的な関係を生みだすことができています。
 このような人たちで、日常から切り離されてしまう入院治療にかわり、統合失調症の症状や困難を、地域の「家」のなかで支えようとしているのです。

○ベルン市でのソテリア生活

 現在、ベルン市では3カ所のソテリアハウスが運営されています。1カ所は郊外の住宅地に戸建てで、もう2カ所は市街地のアパートメントの一部を利用しています。
 建物は、周囲の景観に溶け込んでおり、近隣の住民には、これらの施設の存在を知らせていません。居室はそれぞれ7〜9室あります。共用のキッチンやリビングルームには、一般家庭にある家具と同じようなものを備えています。
 居住者の生活は、次のような段階で営まれていきます。
 ①まず、支援者との関係をつくること。入居後しばらくの間、居住者が居室にひきこもることもあります。支援者に受け入れてもらうことで、精神障がいによる生活への不安を少なくします。
 ②続いて、回復のプロセス。ここでは、家事の分担や施設内での役割(調理の補助・職員への連絡など)が与えられるほか、ハウス内の運営ミーティングへの出席も求められます。
 ③そのあとに、地域への参加。さまざまなグループ活動(デイケアやレクリエーション)に参加したり、雇用プログラムを利用し、働きにでることもすすめられます。その際、少々の失敗はつきもののようですが、帰宅後に他の居住者と経験をわかちあうことでクリアにされるようです。
 ④最後に、社会の一般的な生活に移っていくこと。退居後の住環境や就業、生活の目標をはっきりさせ、それに向け、医療や保健福祉、雇用支援の資源、家族や友だちとの関係を調整していきます。

○「疾患への治療」ではなく「生活の危機への対処」

 実は、ソテリアハウスでの支援は、統合失調症の急性期を主な対象としています。その人たちに対する、精神科での閉鎖的な入院のシステムや強制的な薬物療法にかわるケアのあり方を、家庭的な環境と対人関係のなかで見いだしています。
 それは、精神障がいの問題の解決を、「疾患への治療」のみでなく「生活の危機への対処」としてとらえているからです。たとえば、幻覚や妄想などの症状に関しても、その感覚はそのとき実際に起きていることを共感したうえで、その人にとって生活をおくりやすくなる工夫を一緒に考えています。
 興奮のはげしいような状況では、居住者は刺激の少ない部屋(ソフトルーム)に移り、支援者と一対一で時間を過ごすことになります。ここでも、精神療法といった専門的な技法を用いることはなく、日常的な会話のなかで、どの家庭にもある道具(例 ソファに座らせる・毛布でくるむ)を使用し、症状の去るのを一緒に待ちます。
 また、居住者の家族のもつ不安や、家族自身の生活の危機に際しても、同様に24時間で相談を行っています。
 これらは、統合失調症の症状を、基準量の薬と、環境と対人関係への支援によって、地域のなかで持続的に乗り越えようとする取り組みなのです。

○日本でのはじまり

 スイスから戻ったのち、僕たちは、このソテリアの計画を、東京都江戸川区で実施することにしました。昨年の11月に、障害者自立支援法下での共同生活介護(ケアホーム)の指定を受け、事業を開始したところです。
 スイス・ベルンでの取り組みのような人員の配慮には及びませんが、ソテリアの理念に共感する多くのボランティアにも囲まれはじめました。
 ご存知のように、この国では、世界に類を見ない精神科での長期の入院や、抗精神病薬の多剤大量の処方が課題になっています。
 医療従事者と障がい者との対等な関係のなかで、当事者自身で治療の方法を選び、抗精神病薬のみに依存しない回復をめざしていく枠組みに、ソテリアはなるものと信じています。
(東京ソテリア www.soteria.jp)

コンボ「こころの元気+」36号(2010年2月)
by open-to-love | 2010-05-16 20:35 | 世界のトピック | Trackback | Comments(0)