精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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きょうされんホームページに、こんな文章が載ってました。なるほど。指摘の通り、会員には何の説明もありませんね。

「全家連の破産・解散に思う 厚労省と元全家連役員は説明責任を果たせ」

■はじめに
 「全家連問題」が大きく報道された(「全家連」の正式な名称は、全国精神障害者家族会連合会)。うわさにはなっていたが、とうとうこの日が来たという感じだ。それにしてもひどいものである。同時に、言いようのない怒りがこみ上げてくる。関係者が口にしているように、まさに「偽装解散」ということになろう。それだけではない。全家連役員と厚労省の結託による「一大税金操作劇」なのだ。「偽装解散」などというのは、むろん障害分野では前代未聞であり、わが国の社会福祉の歴史上、重大な禍根を残すことになろう。

■全家連問題の経緯
 本件の概要を掻い摘んで述べておこう。表向きは、旧厚生省が端緒を開いたことになっている。1990年代の最初の頃に、旧厚生省より全家連に対してこんな構想が持ちかけられている。「温泉地で保養所をつくれないか」というものだった。これを受ける形で、全家連は「ハートピアきつれ川構想」を打ち上げた(授産施設制度を活用しての保養所)。多額の借入金を主財源としながら、形のうえでは必要額の20億円余を揃えたのである。しかし、年間4,000万円にも及ぶ返済計画は(しかも20年間続くことになる)、余りに無謀だった。実際に、事業開始直後にして、既に赤信号がともっていたのである。独立採算的な事業をねらった「ハートピアきつれ川」であったが、返済に窮するとなれば、その母体である全家連に影響が及ぶのは必然である。苦しまぎれに打った手が、全家連に交付されていた各種補助金(厚労省による補助金が最も多かった)を返済金に充てようというものだった。禁じ手を放ったのである。このことが報道機関に漏れるところとなり、「補助金目的外流用事件」として新聞沙汰となった(最初の新聞報道は2002年11月、読売新聞)。
  以上の経緯にあって、とにかく驚くのが全体金額の大きさだ。補助金の不正流用分として返済を求められている金額5億3,900万円(このうち延滞金などの加算分は、1億5,400万円)それに「ハートピアきつれ川」の残債分が5億4,600万円、全家連が負う借財の総計は10億8,500万円というものだった。全家連役員と厚労省、時として自民党の国会議員も入って「妙案」づくりを考えたという(全家連役員の話)。曲折を経て、たどり着いたのが今回の報道で記されている「ウルトラC」なのである。


■ひねり出された「偽装解散」の道
 つまり、補助金不正流用分の返済金に加えて、これに「ハートピアきつれ川」の残債を合わせ、借金のすべてを全家連に集結し、その上で借金で膨らんだ全家連を破産させるという筋書きである。妙案づくりで勘案しなければならなかったのが、1.「ハートピアきつれ川」を継続させなければならないこと(多額の国費が投じられているのであり、継続させることは厚労省の至上課題)、2.全国の家族会をつなぐ中央組織体を残さなければならないこと、3.全家連の財産をできる限り残すこととされている。
  さすがに破産の申し立てともなれば、3の財産をつなぎ止めておくことは叶わなかった。財団法人全家連の最大の財産である、「全家連ビル」(東京都台東区、地上7階地下1階)は手放さなければならなくなったのである。国を中心とした債権者に譲渡されるのだろう。残る二つのポイントがどうなるのかということであったが、「ハートピアきつれ川」については全家連と切り離した上で、全国精神障害者社会復帰施設協会が受け皿となった。全国をつなぐ中央組織体については、全家連を解散した上で、「NPO法人全国精神障害者保健福祉会連合会」として新たな組織体に生まれ変わることになった。既に、昨年末に東京都より認証が下りているというのだから、なかなかの手回しである。
  あらためてまとめると、財産は没収されるものの莫大な借金はチャラになり、その上で、「ハートピアきつれ川」を継続し、中央組織体についても再スタートを切るというのである。


■きちんとした説明責任を
 立場によっては、最善の道という見方になるのかもしれないが、普通の感覚からすればとんでもない話だ。冒頭に述べたとおり、憤りがこみ上げてくる。少なくとも、次にあげる疑問や問題点については、全家連役員(今となっては元全家連役員と言うべきかも)ならびに厚労省は説明責任を果たすべきである。新聞報道にあるように「厚労省所管の全家連」であり、とくに厚労省の責任は重く、事の本質を詳らかにすべきだ。また、この問題は国会でも取り上げられた経緯があり、立法府としても問題の全容と真相、そして背景を徹底的に解明してほしい。さらには、マスコミにも注文を付けたい。一言で言えば、報道の内容が浅薄であり、「事件」ではなく、まるで「関係者の見通しの甘さ」を主因とする避けられなかったアクシデントのような印象を受けかねない。もっと闇の向こうに迫ってほしい。
  そこで、疑問や問題点ということになるが、とりあえずは次の5点をあげておこう。厚労省と元全家連役員は誠実に答えるべきである。


■国民に説明を
 まずは、国民にきちんとした説明を行なうべきである。たとえ「破産」が合法的であったにせよ、11億円近い税金が不問に付されるという事態について、国民はどう思うのだろう。額が額だけに、「最初の見通しが甘かったため」などでは済まされまい。「自己破産」と「借金のチャラ」の抱き合わせは、企業界では時おり見聞するが、きわめて操作的で悪知恵を連想させる。それでも企業破産の場合は、「借金チャラ」が私金ということになろう。全家連の場合は違う。公金が無駄になるのであり、国民の血税が誤った使われ方をするのである。恐ろしいのは、明確に意識するかどうかは別として、障害分野に対する胡散臭(うさんくさ)感やネガティブイメージが国民のあいだに増幅することである。障害分野全体としても大きな痛手になる。とにかく納税者である国民に対して、ていねいな説明をしてほしい。


■厚労省の責任は
 全家連と言えば、厚労省の認可団体である。新聞報道などで「厚労省所管」とあるように、官製団体と言ってよかろう。当然のように厚労省より多額の補助金が交付され(報道にあるように年間10億円程度)、金のつながりが強い。それだけに監査体制を中心に、公金の行方を見守るしっかりとした仕組みが必要となろうが、この点がどうなっていたのだろう。補助金適正化法に違反する「目的外流用」に直接関与した全家連役員は言うに及ばず、事実上放置してきた、あるいは見逃してきた厚労省も同罪である。新聞沙汰になった後の、のらりくらりとした対応も釈然としない。そこには何かがあるに決っているというのは、必ずしもうがった見方とは言えまい。当事者団体の一部からは、「ハートピアきつれ川構想が持ち上がった当時の全家連専務理事がそのあと自民党代議士の秘書となっていたが、厚労省の曖昧な対応と関係があるのか」などの疑問が出されている。また報道に触れた家族からも「そう言えば、ハートピアきつれ川の開設時の責任者に元厚生省課長補佐が就任していたが、今回の報道には複雑な裏がありそうだ」などの感想が述べられている。全家連については、過去にも理事長や理事の引責辞任が行われているが、肝心の所管行政である厚労省ではその気配はまったくない。このままでは「トカゲの尻尾きり」と揶揄されても仕方がなかろう。蔓延しつつある「あらぬうわさ」や疑問に答えるためにも、厚労省としての説明責任を果たすことであり、並行して社会に通用するけじめをつけるべきである。


■「うちも借金チャラにできないか」にどう答えるのか
 今回のような「借金チャラ」がまかり通るとすれば、大変なことになろう。障害関連の社会福祉事業を経営している民間法人の多くは(高齢分野や保育分野も同じ)、「ハートピアきつれ川」同様に公的融資団体である独立行政法人福祉医療機構(旧福祉医療事業団)から借入金を起こしている。厚労省主導で行なわれた「借金チャラ術」が本当に可能だとしたら、「うちも考えてもらいたい」という法人が出てくるに決まっている。これに厚労省はどんな回答を準備しているのだろう。ざっと考えただけでも、福祉医療機構に融資を申請する時点で提出が義務付けられている「寄附申し込み者」(万が一返済が滞った場合に、融資の元利を寄附で埋め合わせをするという確約の仕組み)の責任履行はどうなっているのか、最高責任機関となる財団法人(全家連)の理事長ならびに理事の民法上の負担責任はどうなっているのか等々、疑問は尽きない。
 不良法人であればいざ知らず、範を垂れるべき「厚労省所管」の財団法人とのあいだで行なわれた「借金チャラ術」である。よほど納得のゆく説明がない限り、関係者の理解が得られないのではなかろうか。モラルハザードが広がることがあってはならない。


■個々の会員、支援者に説明を
 全家連の中枢にいた面々は、事の一部始終を包み隠さず話すべきである。厚労省の圧力もあったせいか、この間、確たる情報は伝えられてこなかった。そして、いきない「破産」だの「解散」などと言われても、何がなんだかさっぱり分からないというのが家族会会員の多くであり、支援者の多くであろう。おそらくは、寝耳に水と言うのが一般的な印象だと思う。会員はもちろんのこと、支援者にあっても情報を得る権利があったはずだ。なぜならば、全家連のために何回となく身銭を切ってきたからである。少なくとも、1.中村友保・千恵子夫妻の土地の寄贈を基にしての「全家連ビル」の建設時、2.「ハートピアきつれ川」の建設時、3.「補助金流用事件」発覚後の再度の支援募金時、これらについては、それこそ全国をあげて募金運動がくり広げられたのである。募金に応じた人、募金集めに駆けずり回った人、募金運動の発起人になった人、募金運動を報じてくれたマスコミ関係者等々、こうした人々に対して、知りうる情報の全てを吐露し、心の底から謝罪すべきである。この段に及んでなお会員にではなく、厚労省の方を向いているというのが全家連中枢から受ける印象だ。月刊「ぜんかれん」最終号(2007年3月号)にも何の説明もなく、この間の電話には誰も応じない(4月20日より、「東京地方裁判所より破産手続き開始決定に入っており、事業の清算手続きを行なっています……」の録音テープが流れるのみ)。人間性を疑いたくなるような対処ぶりである。遅きに失した感は否めないが、それでも言わないよりはずっとましだ。今からでもいいから、本当のところを語ってほしい。


■自立支援法の「成立促進」の動きとの関係は
 疑問が尽きない全家連の解散であるが、もう一つ晴れないのがどうして解散の間際に障害者自立支援法案の成立促進にあれほどまでに熱心だったのかということである。全国津々浦々の精神障害当事者が苦しんでいる障害者自立支援法であり、本来であれば反抗の先頭に立つべきだった。ところが全家連がとった行動は、これとは反対だった。それどころか、厚労省の先棒かつぎ役を決め込み、いわゆる「やらせ要望書」を与党議員に持参して回り、同じく「やらせパンフレット」(厚労省作成の成立促進グッズの一環)に団体名を連ねたのである。その理由を全家連役員に問いただしてもはっきりとはしない。法案の内容面で成立促進というのであれば、これはこれで一つの理屈になる。たしかに「3障害統合政策」を歓迎した向きがあるが、どうみても後追い的な賛成理由である。要するに、「厚労省が言うのであれば仕方がないのでは」、このへんが正直なところではなかったのか。どうもすっきりしない。そんな中で、はっきりしていることが一つあった。それは、「全家連問題」処理の最終段階が、ちょうど障害者自立支援法案の成立と山場が重なっていたことだ。是が非でも成立させたかった厚労省であり、他方、全家連はこれに貢献すれば新たな活路が開けるのではとの思惑を強めたとされている。「最後のかけ」だったのかもしれない。思惑が外れたことは言うまでもない。しかし、成立促進に回った理由がそんなことであったとしたら、大問題である。これについても、きちんとした説明をすべきである。厚労省からも真相を聞きたいところだ。
 以上、質問事項を5点掲げてきた。「解散してしまったのだから答えなくても」、間違ってもそんなふうには言ってほしくない。厚労省ならびに全家連の役員だった面々は真摯に応じてほしい。それが、リーダーを信じながら老体に鞭打って家族会運動に身を捧げてきた人びとへの、そしてそれを支援してきた人びとへの、せめてもの救いということになるのではなかろうか。

■意味のある「たら」「れば」であれば
 こんな川柳を目にしたことがある。「どうなった あのとき出会って いなければ」「{たら}{れば}を 肴にきょうも 赤ちょうちん」。「たら」「れば」を織り込んだ面白い作品である。日常的に多く用いられる「たら」「れば」であるが、これが歴史学という学問では事情が一変する。歴史学にあっては、この「たら」「れば」は、禁句になっているそうだ。
 たしかに、「関が原の合戦で家康が負けていたら」「太平洋戦争に突入していなければ」などと、「たら」「れば」をいくらくり返したところでどうにかなるわけではない。文学の世界では興味をそそるかもしれないが、ひたすら史実を問題とする歴史学からすればいたずらに混乱を招くだけになるのである。
 ひるがえって、わが障害分野をみた場合にどうだろう。同様に「たら」「れば」というのは禁句ということになるはずである。しかし、本当にそうなのかと問い直すと、少なくとも感情のレベルではすっきりとしないものが残る。遅れに遅れをとった障害分野であり、ついつい「あの時、あんなふうにしていたら」を言いたくなるのだ。たとえば、精神障害関連施策のこの20年間だけをみても、いくつかの好機や分岐点があったが、ことごとく逃し続けてきたと言ってよかろう。
 居直るわけではないが、こと障害分野に関しては、「たら」「れば」を連発していいのでは、そんな気持ちになってしまう。もちろん愚痴に終わるだけではいけない。「未来への回想」という視点を堅持し、同じ轍を踏まないとする決意の証としての「たら」「れば」であれば、許されるように思う。この際、意味のある「たら」「れば」を言い合うのもいいではないか。

■影をひそめた統合賛成論
 そうは言うものの、将来の時点で悔やまれるような「たら」「れば」は少ないほうがいいに決っている。ここで気になるのが、やはり障害者自立支援法だ。既に、「たら」「れば」を言いたい人は少なくなかろう。共通する「たら」「れば」としては、「そもそも介護保険との統合賛成が混乱の始まりであり、あんな軽薄な言動がなかったら」「どうして民間団体の一部が法案の成立促進に走ったのだろう。あれがなければ」があげられよう。しかし、今だったら、まだ「たら」「れば」を薄められるかもしれない。昨年末の補正予算による補修策もその一つであり、今後の頑張りによってはもう一段と薄められるような気がする。いや、そうしなければならないのである。
 その点で、注目すべき動きがあった。それは、あらためて「障害保健福祉施策と介護保険制度との統合問題」についての公式な意見交換であった。実質的な主催者は厚労省老健局(具体的には「第5回介護保険制度の被保険者・受給者範囲に関する有識者会議」、07年2月5日)、応じたのは例の障害関連8団体であった(JD、日身連、育成会など)。特筆すべきは、いわゆる統合について賛意を表明した団体は一つもなかったということである。もう少し正確に言うと、「結論が出ていない」とか「保留」というのはいくつかあったが、かつてのような賛成論調はみられなかったのだ。加えて、「自立支援法の施行直後の混乱状態にあって、統合問題など論議できる環境にない」などの意見も共通に出されていた。
 傍聴していたある報道関係者の口から、「昨年末の補正予算関連の特別対策と合わせみれば、統合の可能性はなくなったとみていいのでは」、こんな感想が述べられていた。一つの見方だと思う。もし、この見方が妥当だとすれば、「2007年2月5日」というのは、歴史を動かした日、そして「たら」「れば」を少しばかり薄めた日、そんな日になるのかもしれない。
(TOMO太郎)

ちなみに、きょうされん(旧称:共同作業所全国連絡会)は、自立支援法の応益負担に一貫して反対している、とてもまともな団体です。
〒164-0011 東京都中野区中央5-41-18-5F
TEL:03(5385)2223  FAX:03(5385)2299
# by open-to-love | 2007-04-21 09:21 | 全家連 | Trackback | Comments(0)
2007年4月18日付岩手日報、第2社会面掲載の記事です。1面に共同通信配信の本記が掲載されています。

「福祉向上の訴えどこへ 全家連解散 本県関係者に衝撃」

 「精神障害者の福祉向上を国に要望する窓口がなくなった」「寝耳に水。全国組織が消えたら、県組織はどうなる」―。全国精神障害者家族会連合会(全家連)の突然の解散発表に、県精神障害者家族会連合会(岩家連、荒木田次郎会長)の関係者は大きな衝撃を受けている。
 新里耕一事務局長は「えっ解散? 何も聞いていない」と驚く。「岩家連も高齢化が進み、財政基盤もぜい弱だ。これからいったいどうなるのか」と不安を募らす。
 精神障害は長らく医療の枠組みの中で「患者」として位置付けられ、福祉サービスや施設整備は身体・知的の二障害に比べ乏しい。社会の差別や偏見も根強いのが現実。そのため、都道府県家族会連合会の意見を集約し、国に対し福祉向上を要望してきたのが全家連だった。
 障害者自立支援法により、精神障害者の地域移行が進む中、差別や偏見を払しょくしていくためその役割が大きくなるさなかの解散に、関係者の衝撃は大きい。
 盛岡市内の家族会の会長は「末端の家族会には、解散発表まで全家連から何の情報提供もなかったこと自体、組織のぜい弱さを物語っている。ようやく新法で三障害が平等になったこの時期に、解散とは情けない。精神障害者の支援のため、わたしたち一人一人が意識を高めていくしかない」と語る。
 荒木田会長は「全家連本部にかつて勤務していた職員を中心に、全家連に代わる新組織を立ち上げるという話があるので、そちらに期待したい」と会員の不安払しょくに努める。
 県障害保健福祉課の朽木正彦主幹兼療育精神担当課長は「詳細は把握していないが、県精神障害者家族会連合会への悪影響がなければと心配している。何かあれば県としても対応し、引き続き家族会への支援を続けていきたい」としている。

 あと、全国の動きですが、NPO法人地域精神保健福祉機構(コンボ、千葉県市川市)が「当事者の視点を活動の中心に据え、科学的根拠に基づく精神保健医療福祉サービス普及を進める」として2月に発足。共同代表は大島巌(日本社会事業大学教授)、伊藤順一郎(国立精神・神経センター医師)、宇田川健(日米精神障害者交流事業代表)。メンタルヘルスマガジン「こころの元気」が3月10日に創刊しました。岩手保養院のロビーにあったので、おそらく医療機関等に配布されているのでしょう。「うつ病、統合失調症などの精神疾患をかかえるご本人むけの初めての雑誌」とうたっています。毎月1回発行、定期購読料5400円(12カ月、送料込み)。賛助会員になれば年間5000円で済みます。
千葉県市川市新田5の9の19、グリーンサイドビル2F
電話047ー322ー1360。

 また、NPO法人全国精神保健福祉会連合会(全福連、東京都)が「家族と家族会を支援し、医療制度や福祉制度充実を図るために国や行政に請願や陳情、政策提言などを行う」として、近く活動を本格化するそうです。メンバーは不明。5月から「みんなねっと」という機関誌を創刊。
東京都豊島区東池袋1の46の13、ホリグチビル306
電話03ー6907ー9211

両団体の関連は、よく分りません。ともあれ、仲良くやってくれればいいですね。
全家連が消えた以上、機関誌「ぜんかれん」も当然ながら消滅だと思われます。会員に何のお知らせもないまま…。冗談じゃないよ!です。われわれが欲しいのは情報。この分だと、両方の機関誌を購読することになるんでしょうか?
# by open-to-love | 2007-04-20 22:40 | 岩家連 | Trackback | Comments(0)
「DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の分類と診断の手引新訂版」(医学書院、2006年)より引用します。

第5章 統合失調症および他の精神病性障害
Schizophrenia and Other Psychotic Disorders

統合失調症

A:特徴的症状 以下のうち2つ(またはそれ以上)、おのおのは、1カ月の期間(治療が成功した場合はより短い)ほとんどいつも存在:
(1)妄想
(2)幻覚
(3)まとまりのない会話(例:頻繁な脱線または滅裂)
(4)ひどくまとまりのないまたは緊張病性の行動
(5)陰性症状、すなわち感情の平板化、思考の貧困、または意欲の欠如

注:妄想が奇異なものであったり、幻聴がその者の行動や思考を逐一説明するか、または2つ以上の声が互いに会話しているものであるときには、基準Aの症状を1つ満たすだけでよい。

B:社会的または職業的機能の低下:障害の始まり以降の期間の大部分で、仕事、対人関係、自己管理などの面で1つ以上の機能が病前に獲得していた水準より著しく低下している(または、小児期や青年期の発症の場合、期待される対人的、学業的、職業的水準にまで達しない)

C:期間:障害の持続的な徴候が少なくとも6カ月間存在する。この6カ月の期間には、基準Aを満たす各症状(すなわち、活動期の症状)は少なくとも1カ月(または、治療が成功した場合はより短い)存在しなければならないが、前駆期または残遺期の症状の存在する期間を含んでもよい。これらの前駆期または残遺期の期間では、障害の徴候は陰性症状のみか、もしくは基準Aにあげられた症状の2つまたはそれ以上が弱められた形(例:風変わりな信念、異常な知覚体験)で表されることがある。

D:失調感情障害と気分障害の除外:失調感情障害と「気分障害、精神病性の特徴を伴うもの」が以下の理由で除外されていること
(1)活動期の症状と同時に、大うつ病、躁病、または混合性のエピソードが発症していない
(2)活動期の症状中に気分のエピソードが発症していた場合、その持続期間の合計は、活動期および残遺期の持続期間の合計に比べて短い

E:物質や一般身体疾患の除外:障害は、物質(例:乱用薬物、投薬)または一般身体疾患の直接的な生理学的作用によるものではない

F:公汎性発達障害との関係:自閉性障害や他の公汎性発達障害の既往歴があれば、統合失調症の追加診断は、顕著な幻覚や妄想が少なくとも1カ月(または、治療が成功した場合は、より短い)存在する場合にのみ与えられる

統合失調症の病型 Schizophrenia Subtypes

統合失調症の病型は、評価時点での優勢な症状によって定義される。

295.30 妄想型 Paranoid Type
以下の各基準を満たす統合失調症の一病型
A:1つ、またはそれ以上の妄想、または頻繁に起こる幻聴にとらわれていること
B:以下のどれでも顕著ではない:まとまりのない会話、まとまりのないまたは緊張病性の行動、平板化したまたは不適切な表情

295.10 解体型 Disorganized Type
以下の各基準を満たす統合失調症の一病型
A:以下のすべてが顕著にみられる
(1)まとまりのない会話
(2)まとまりのない行動
(3)平板化したまたは不適切な感情
B:緊張型の基準を満たさない

295.20 緊張型 Catatonic Type
以下の少なくとも2つが優勢である臨床像をもつ統合失調症の一病型
(1)カタレプシー(蠟屈症を含む)または昏迷として示される無動症
(2)過度の運動活動性(明かに無目的で外的刺激に影響されないもの)
(3)極度の拒絶症(あらゆる指示に対する明かに動機のない抵抗、あるいは動かそうとする試みに対する硬直した姿勢の保持)あるいは無言症
(4)姿勢(意図的に不適切なまたは奇異な姿勢をとること)、常同運動、顕著な衒奇症、顕著なしかめ面などとして示される自発運動の奇妙さ
(5)反響言語または反響動作

295.90 鑑別不能型 Undifferentiated Type
基準Aを満たす症状が存在するが、妄想型、解体型、緊張型の基準は満たさない統合失調症の一病型

 ちなみに、「295.30 妄想型 Paranoid Type」は、WHOの分類(ICD)だとF20.0に相当します。
 ともあれ、医者の言語には愛がないですね。
# by open-to-love | 2007-04-19 23:56 | DSM-Ⅳ-TR | Trackback | Comments(0)

全家連が破産、解散

2007年4月18日付岩手日報1面掲載、共同通信の配信記事です。なお、この記事に関連した岩家連の反応については「岩家連」のカテゴリーに掲載しています。

「全家連が破産、解散 精神障害者家族組織 負債総額9億6600万円」

 全国の精神障害者の家族でつくる厚生労働省所管の財団法人「全国精神障害者家族会連合会」(全家連、東京都台東区、小松正泰理事長)は十七日、東京地裁に破産を申し立て、同日付で組織を解散したと発表した。
 記者会見した小松理事長は「栃木県での福祉施設建設に伴う借入金の返済や、国などから求められた補助金返還のめどが立たず組織を維持できなくなった」と説明した。
 負債総額は約九億六千六百万円で、うち約三億八千万円は厚労省と独立行政法人福祉医療機構、日本財団に対する未返還補助金。各都道府県に計約千六百ある傘下の「家族会」はそれぞれ独自に運営されており、従来通り維持される。全家連は精神障害者の家族で組織する唯一の全国組織。国が所管する公益法人の破産は異例という。小松理事長は「債権者や会員家族の皆さまに誠に申し訳なく思う」と陳謝した。
 全家連によると、財務悪化の原因は一九九六年に開設した精神保健福祉施設「ハートピアきつれ川」(栃木県さくら市)。精神障害者がスタッフを務める温泉宿泊施設で、総工費二十億五千万円のうち八億円は企業からの寄付を当て込んだが、バブル経済崩壊後の不況で頓挫。代わりに福祉医療機構と民間銀行から借り入れたが赤字経営が続き、返済が苦しくなった。
 このため全家連は国などから研修会開催などのため交付された補助金を不正流用し返済に充当。この事実が二〇〇二年発覚、計約五億四千万円の返還命令を受けた。以降、補助金を受けられず事業運営が行き詰まった。
 破産申し立ては十七日午前の理事会で全会一致で決議し評議員会に報告。東京地裁は申し立てを受理、破産管財人に多比羅誠弁護士を選任した。

「県内は55団体1147人」

 県内には精神障害者の家族会が五十五団体あり、会員は千百四十七人。特定非営利活動法人(NPO法人)岩手県精神障害者家族会連合会(岩家連、荒木田次郎会長)が取りまとめている。精神障害者の組織では県内最大だ。
 全家連の破産、解散を受け、岩家連は近く緊急に理事会を開き、対応を協議する方針だ。荒木田会長は「解散は残念でならないが、県組織はこれまでと全く変わらず、精神障害者とその家族のために活動していく」と話している。

 全国精神障害者家族会連合会(全家連)とは 精神障害者の社会復帰を促進する目的で1965年に設立、67年に財団法人となった。会員は約12万人。精神障害者の家族でつくる全国約1600の「家族会」をとりまとめており、94年には精神保健福祉法に基づく国内唯一の「精神障害者社会復帰促進センター」に指定された。主な活動は会員の相互交流、病気やリハビリ、福祉制度についての研修会開催、社会復帰施設や小規模作業所の運営、社会の偏見をなくすための啓発、相談など。

なお、同内容ですが、毎日新聞の17日付夕刊に掲載された記事も紹介します。読み比べると面白い。これから解散を発表する、という段階で書かれた記事です。17日付朝刊2面に朝日新聞が全家連の窮状について特集のような記事を掲載。それを見て驚いた全国紙各紙が、あわてて取材を開始したのでしょう。ちなみに、全国紙の夕刊があるのは首都圏のみで、岩手に届くのは朝刊だけ。
なお、17日夕方の破産・解散発表から程なく、長崎市長が選挙期間中に暴力団の男に銃撃され死ぬという前代未聞の大事件が発生しました。この事件がなかったら、全家連解散は、18日付朝刊各紙でもっと大きな扱いになったことでしょう。各紙とも、さらっとした報道で、岩手の地において忸怩たる思いです。

 精神障害者を持つ家族の全国組織「全国精神障害者家族会連合会」(全家連、東京都)が、多額の借入金を返済するめどが立たず、破産する見通しになった。17日に臨時の評議員会を開いて破産と解散を決議、同日午後に正式発表する。厚生労働省所管の財団法人で、精神障害関連の中核団体が破たんするという異例の事態になる。負債総額は約9億円とみられる。
 全家連などによると、破産の最大の原因は、全家連が所有・運営していた精神保健福祉施設「ハートピアきつれ川」(栃木県さくら市)の多額の建設費。20億円を投じ、96年にオープン。精神障害者を雇用して社会復帰を促す授産機能を併せ持ったユニークな宿泊施設として注目を集めた。
 建設資金のうち約12億円は国などからの補助金や寄付で、実質的な借入額は厚労省所管の「福祉医療機構」と大手銀行の計約8億円。しかし、全家連は主な収入を月刊機関誌の販売代金(年間約1億円)に頼っており、毎年5000万円に上る建設費の返済は、当初から全家連本体の運営を圧迫した。
 このため全家連は、厚労省などから受け取っていた補助金や委託費について、出張旅費や人件費の領収書を偽造するなどして目的通りに使ったように見せかけ、浮いた金をハートピアの建設資金返済などにあてていた。
 しかし、02年に補助金目的外流用を巡る不祥事が発覚。同省や日本財団が03年、加算金も含め5億円余りの返還を求めたため、全家連の運営は危機的状況に陥った。全国の家族会や、精神医療関係者が寄付金を募ったが、思うようには集まらなかった。全家連によると、ハートピア建設費の返済残高が5億4600万円、補助金の未返還額も約3億8000万円に上るなど、資金繰りが悪化。国などからの補助金もストップされたままで、これ以上の事業の継続は困難と判断した。
 各都道府県にも家族会が組織されているが、全家連とは別の組織構成になっており、破産の影響を直接的には受けない見通し。また、ハートピア事業は今月1日から、別の障害者団体に無償譲渡、全家連本部が直営していた通所授産施設なども他の団体に譲渡され、それぞれ運営を続けている。
 【ことば】全国精神障害者家族会連合会 精神障害者の医療・福祉の充実、精神障害に対する差別や偏見をなくすことを目的に1965年に設立され、67年に財団法人になった。傘下には各都道府県単位の連合会があり、全国で約6万世帯計12万人が活動している。会員向けの機関誌「月刊ぜんかれん」などの書籍を発行しているほか、精神障害に関する各種研修事業にも取り組んでいる。

4月18日付読売新聞には、次のように報じられています。

「全家連が解散 精神障害者家族の団体 負債9億超 破産申し立て受理」
 厚生労働省所管の財団法人「全国精神障害者家族会連合会」(全家連、東京都台東区、小松正泰理事長)は17日、破産手続きの開始を東京地裁に申し立てた。申し立ては受理され、全国1600の家族会をとりまとめ、会員数は12万人に上る全家連は解散した。
 全家連によると、債務総額は、約9億6000万円。1996年に温泉ホテルと授産施設を併設した「ハートピアきつれ川」を建設した際の借入金と、その返済のために不正流用した補助金の未返還分が大半を占める。
厚労省内で記者会見した小松理事長は、つまずきの原因として「ハートピア建設時、寄付で集めるはずだった8億円が集まらないなど、見通しの甘さがあった」と説明。解散の影響については、「全国の精神障害者の意思を代表して、国や関係団体と折衝する機能が失われる」と述べた。

 寺谷隆子・日本社会事業大客員教授(精神保健福祉)の話 「精神障害者の自立に大きな役割を果たしてきたことは事実で、解散は非常に残念。精神疾患は誰もがかかる可能性のあるもので、本来、みんなで取り組むべき自立支援を、家族の人たちがやってきた。設立当初と比べ、大きな組織になり、経営のプロでない人が運営するには、負担が重すぎたということだろう」

 
# by open-to-love | 2007-04-18 00:39 | 全家連 | Trackback | Comments(0)

家族会の歴史

 さて、みなさま。そもそも家族会とはなんでしょうか。その役割は、参加したことのある方にとってはいまさら言うまでもありません。発病によって本人も、家族も、親族もしっちゃかめっちゃかになっているとき、その辛さがわかる人たちが寄り添い合って、辛さや悩みを語り合い、ともに支え合う場ですよね。
 その歴史的経緯については、あまり知られていません。ここに、最も客観的であると思われる記述を紹介します。家族向けというより、精神科医を目指す医学生向けの本です。4935円もします。医学コーナーの本、なんでこんなに高いんでしょうね。
精神医学講座担当者会議監修、佐藤光源、井上新平編「統合失調症治療ガイドライン」(医学書院)の第3章「治療法の解説」Ⅲ法的事項、社会制度、社会資源/D自助グループ a.患者会、家族会の歴史、組織、活動からの引用です。

a)家族会の歴史とその特徴

(1)歴史の概要 わが国の精神障害者家族会(主要な構成員は統合失調症の患者をもつ家族)は、1960年前後に誕生した。一部は病院から生まれ、一部は病院外の地域で生まれた。病院から生まれたものは、医療スタッフ主導で取り組まれたものが主流であったが、地域で取り組まれたものは病院。保健所、市町村役場、家族の合作であった。これらの誕生から間もなくの1964年、偶発した統合失調症を患うとされた少年による駐日米国大使刺傷事件(注・いわゆる「ライシャワー事件」)を契機に、管理的手続きを強めようとする政治的圧力に抵抗するために、精神科医と精神障害者の家族による全国組織結成の機運が高まり、1965年、全国精神障害者家族会連合会(全家連)が発足した。その形成過程は、極めて早急、かつ、上部から下部への組織化であったが、その後、主には保健所の活動と平行して、当初は病院家族会が、次いで地域家族会(多くは保健所か市町村役場を基盤とするもの)がしだいに増え、近年は家族会自身の力も加わって今日の数になった。

(2) 特徴 家族のグループには、自主的な家族会以外に、家族教室、社会復帰教室などとよばれる医療施設や保健所、市町村がバックアップする専門家主導の期間を限っての活動もあるが、多くの家族会は単位家族会、連合組織を問わず、一部に要求団体としての機能を持ち、一部で知る・共同して力を蓄えるなどの内部的な機能を備えている。出発点で海外にモデルがなかったこともあり、わが国の伝統的な患者組織の流れを受けている。そのうえで、極めて重要なこととして、患者である家族の病状の不安定さからくるストレス状態からの解放を模索する場ということが加わる。この点は、家族会を考えるうえで忘れてはならない点となっている。

b)家族会の組織と活動
 2002年3月現在、病院家族会188カ所、地域家族会1672カ所を数えるに至っている(精神障害者社会復帰センター:社会資源名簿2002)。1965年の全家連結成当時、家族会はわが国固有の産物という認識が強く、見比べるのは国内の他の当事者活動であった。しかし、その後、アメリカで精神障害者家族、精神障害者本人、ボランティアなどを含むNAMI(the National Alliance for the Mentally Ⅲ、1979)、イギリス、カナダで、親、きょうだいその他の家族、障害者本人、友人らで構成されたNSF(National Schizophrenia Fellowship、1972)、CFOS(Canadian Friends of Schizophrenics、1978)がつくられ、急速に発展してそれぞれ政府に強い影響を及ぼすようになり、全家連も大きな影響を受けるようになった。すなわち、組織として運動の強化とともに、家族のための統合失調症ハンドブックや家族講座シリーズの発刊、機関誌での薬の解説など病気を知る努力に力を注ぐようになった。全家連独自の展開としては、精神障害者本人と家族に関する全国レベルのニーズ調査を繰り返し行っていることなどがある。(285~287ページ)

ポイントは、政治的圧力、極めて早急、上部から下部への組織化、でしょうね。
全国レベルのニーズ調査を繰り返しているとのことですが、この1年はそういう話を聞きません。会員の高齢化とともに組織が形骸化し、なかなかできなくなってるんじゃないでしょうか。
岩手県内のニーズ調査、やらなければならないと思います。こんなに困っていると主情的に訴えるだけじゃダメで、その思いは、やっぱり統計的に裏付けられたものでなければ説得力がない。
# by open-to-love | 2007-04-14 13:05 | 家族会 | Trackback | Comments(0)
 北海道浦河町に「べてるの家」という、精神障害で町おこし(地域との共生)をしているというところがあります。女房の通院間もなく、その存在を知り、ネットで調べていました。「偏見差別大歓迎 幻聴幻覚大会」とか、わけ分かんない項目がずらり並んでいて、あまりのあっけらかんさに、びっくりした覚えがあります。
 川村敏明先生というのは、そこの浦河赤十字病院の医師です。自分は統合失調症を直せない医者だと公言しています。むろん、腕が悪いとかいうんじゃない。(だいたい、原因が分かってない統合失調症を直せる医者は、この世にいません。)むしろ、治るって何なんだ、という積極的な問いかけであると思います。
 仮に治るとは、統合失調症の主要な症状である幻聴幻覚が治まるということであるとします。でも、それは医学的な見方でしかないですよね。家族にとって治るとは、当事者が発病以前のように、快活に笑い、涙し、学校や会社に通い、食卓を囲み…という、以前の日常が戻ることでしょう。でも、この病気が、足の骨折ったとか盲腸切ったとかと違うのは、その当事者が戻る日常とは、以前と同じようであっても、どこか決定的に違う、という点だと思います。急性期にともなう家族間、親族間のさまざまな軋轢、自分の暮らす地域社会との軋轢、病院まで連れて行くまでのすったもんだ、そんなこんな、いわゆる二次障害というのが付き物です。だから、一家離散したり、離婚したり、疎遠になったり、再入院したり…いろいろある。誰にでも起こりうる病気だ、という地域の理解がなくっちゃ、結局また再発の可能性が高まり、医療のお世話になるわけで、医療的なアプローチだけで治る治らないを論じた所で、意味がない。

 で、障害に対する地域の理解って、何でしょうか。抽象的な美辞麗句はうんざりですね。
例えば、統合失調症で入院した○○さんが退院した。それで、お母さんが○○さんを連れて近所にあいさつする。「うちの○○が、統合失調症が治って帰って来ました。まだ、ときどき幻覚幻聴でるんですけどね」。近所の人「まず、○○さん退院できてよかった」と何気なく応える。こんな日常会話が交されること、だと思います。

そんな日を目指して、日夜あんまり頑張らないくせに結果的に頑張っている、べてるの家を支える川村先生が、5月26日、盛岡市のふれあいランド岩手で講演します。当事者も2人来るそうです。時間、演題はまだ未定です。

なお、昨年はべてるラッシュの一年でした。当事者で法人理事の荻野さん、それからつい先月、川村先生とともにべてる創立を支えたソーシャルワーカー向谷地生良さんが講演に来ました。ちなみに、いずれの講演も、岩手日報が大きく報じています。いい新聞です。そして、ついに川村先生の登場です。日報の記者さんも取材に行くと思いますよ。

春子さん、ぜひ会場でお会いしましょう。絶対面白いですよ。最近日本じゃ、異質な人や文化を面白おかしく戯画化してあげつらって笑う、いわゆる排除の論理に基づいた笑いが主流ですが、べてるの講演の面白さは違う。そこには、まあ、いいんじゃないか、という肯定の論理が流れています。
# by open-to-love | 2007-04-09 23:28 | べてるの家 | Trackback | Comments(0)

ブログ開設にあたって

 精神に障害がある当事者、家族のみなさま

 岩手県精神障害者家族会連合会(岩家連)会員の黒田大介と申します。会員となって間もなく1年です。

 さて、身体、知的、精神の3障害平等と、障害者の施設から地域への移行をうたった障害者自立支援法が施行され、1年が経過しました。
 統合失調症など精神疾患を抱えた人は、長らく福祉の枠外に置かれてきました。医療の枠組みの中で「患者」として扱われ、障害者の仲間入りを果したのは1993年の障害者基本法からです。身体、知的と比べ、福祉施策ははるかに遅れています。障害者手帳を取得しても、正直、メリットはとぼしい。新法により、悲願の3障害平等とはなりましたが、その名の下に、先行する2障害との格差の固定化が懸念されます。

 地域移行とはいっても、精神障害に対する地域の偏見は根強い。実は、急性期を過ぎてきちんと薬を飲み続ければ、症状は安定しているのですが…。

 当事者とその家族の福祉増進に寄与し、今年で結成30周年を迎えた岩家連は、会員1147人を数え、県内最大の精神障害者団体です。でも、内実は大変です。会員の高齢化が進み、財政状況も厳しく、2007年度の年間予算はわずか400万円。障害福祉が大きな転換点を迎えているいま、この時期に、情報発信ができる体制にはない。岩家連でホームページを立ち上げるなり、定期的に会報を発行するなりできればいいのですが、そんな人的余裕も財政的余裕もないのです。よって、情報がなかなか回らず、広がらず、病院、市町村、家族会など小さな単位で滞留し、いつしか消えていく。

 よって、岩家連としてではなく、個人的にブログを始めることにしました。
 以下の情報を中心に、随時紹介していきます。

★全国精神障害者家族会連合会(全家連)のお知らせ
★岩家連のお知らせ
★家族会のお知らせ
★小規模作業所(地域生活支援センター)など精神保健福祉の社会資源情報
★県や市町村の家族教室などのお知らせ
★薬や副作用情報
★症状への対処法
★支援法関係の情報
★精神に限らず身体、知的、軽度発達障害関係の情報

 一人の力はちっぽけです。私が個人的に知り得る情報は限られているし、この分野の専門家でもありません。「こんなイベントありますよ」「こころの調子が悪いとき、こうしてリラックスしてます」など、情報や体験談、お寄せ下さい。多くの方々のご協力を得られれば幸いです。

 念のため。このブログはあくまで私が個人的に開設しているのであり、岩家連の公式サイトではありません。他者のプライバシーを侵害したり、誹謗中傷を主眼とするような書き込みは、私の責任において削除します。なお、右翼の方、左翼の方はご遠慮下さい。特定の政治傾向からは、一線を画させていただきます。

 最後に、タイトルの紹介をします。Paul Bley「Open, to Love」(1972年、ECM)から。静謐感ただようソロピアノアルバムです。

 独り辛いとき、つながることで、ちょっとでも心安らぐ場所に。
# by open-to-love | 2007-04-09 00:11 | 管理人より | Trackback | Comments(0)