精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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リーフレットできました

 盛岡ハートネット(盛岡精神障害者家族会連合会)が2007年10月に結成されてから8カ月。ようやく、リーフレットが完成しました。
 もっと早くに作るべきなんでしょうが、そもそも、ハートネットが加盟している岩家連(岩手県精神障害者家族会連合会)もリーフレットがなかったものですから、私たちは、まずはそっちのリーフレットを作っていたのです。
 さて、その岩家連もこの春、ようやくリーフレットが完成。私たちもほっとひと息…つく間もなく、じゃあハートネットのリーフレットを作ろう、と、絵心ある女性、パソコン猛特訓中の女性と共に、準備を進めていました。
 リーフレットは、手にとってもらわなければ意味がない。「顔」であり、一番大事な表紙のデザインは、その女性に「ポップでクールに」とお願いしていました(いつもながら、具体性を欠くもの言いではあります)。そのデザインを見せてもらったとき、「あっ、これで決まりだ」と、ピンと来ました。
 …そよかな風が吹いている。
 私たちがこれからやらなければならないことが、図らずもイマジナティブに提示されたかのような。
 デザインしていただいた女性は「絶対匿名!」ということで、名前を出せないのが残念ですが、本当にありがとうございました。魅力的な女性です。全体のレイアウトも、無理難題に的確に対処していただき、大変お疲れさまでした。
 リーフはA4三つ折り。まずは1ページずつ、ご覧下さい。 

1ページ(表紙)
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2ページ(中面・左)
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3ページ(中面・中)
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4ページ(中面・右)
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5ページ(外面・右)
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6ページ(裏表紙)
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あれ、1ページずつ見ると、なんだか読みづらい。でも、ページ同士を組み合わせてみよう。表紙を開くと…
見開きで「よくある質問コーナー」が登場します
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次に、隣のページを開いてみると…
ハートネットの活動が一目瞭然。
ちなみに、例会はこれまで5回開いており、その5回目が一番参加者が多かったのですが、スペースと時間的都合で4回までしか入らず…もりここの上田先生・高橋先生、すいません。
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最後に、内側ページを全部開いてみると…
上の部分がずーっと続いて読めますね。
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 というわけで、開く楽しみ。いかがでしょうか。
 さて、リーフレットはこれから、いろんな機会に、各方面にばらまきたいと思います。必要な方は事務局まで申しつけ下さい。なお、シックなモノクロバージョンもありますよ。

 ともあれ、リーフレットはそれ自体が目的ではなく、あくまで手段。手にとっていただいて、参加していただいて、勉強して、おしゃべりして、その輪がちょっとずつ広がって。
 みんなが、表紙の絵みたいな気分になる日、いつか来るといいですね。
by open-to-love | 2008-06-28 18:25 | 盛岡ハートネット | Trackback | Comments(0)

保護義務問題

滝沢武久著『こころの病いと家族のこころ』(中央法規、1993年)

第2章 こころの病の対応

8 保護義務問題

 患者と家族の関係は加害者と被害者の関係ではありません。まして本来は互いに反発し合うものでもありません。昭和62年の精神衛生法改正から精神保健法成立までの間、明かに検討を要する問題と言われながら一切手を触れられなかったテーマがあります。それは家族らの保護義務制度問題でした。
 この保護義務制度については、家族法、民法そして刑法などの側面から法的にはいろいろ論議のあるところです。それにしても現実は家族が期待されている身内の精神障害者に対する物心両面における保護を有効に果しえていないことは周知の事実であり、その建前と現実の矛盾がむしろ日本の精神医療の長期在院化などの構造的問題点をなしているという皮肉な現象を呈しているのです。入院前・退院後の、日常生活における症状出現にしても、あるいは家族関係から生じる症状の出現や力動的な対人関係においても、親子、兄弟姉妹という間柄ゆえにほとんど適切にコントロールしたり「保護」する機能を果すことができないことは明らかなのです。その上、ほとんどの家族、とりわけ両親は高齢化し身体的にも経済的にも、そして精神的エネルギー面でも明かに下り勾配状態にあり、これらの面でも十分には「保護」機能を果たし得ません。このことは、すでに家族会の実態調査で実証しました。たとえば精神症状の出現に伴い、ごく初期には双方に不安定状況が出てきますが、それでも少し社会的バランス感覚をもつ家族側は「とにかく尋常ではない」「これではうまくないのではないか」という認識を容易にもつに至ります。しかし往々にして、本人や家族の精神病(症状、障害)についてのイメージは現代精神医学における症状診断のそれと著しく異なったものとなります。精神病(障害)とは「すべてが支離滅裂」「形相ただならず放言異態」「全く周囲に危険な言動」等々最悪の状態の集合であるかのような想像が独り歩きします。しかも病状出現が間歇的であることも加わり、不可視的で客観視できないため多くの家族は問題解決を欲しながらしばしば袋小路に陥り、かえって混乱した状態を呈します。困ったあげくにやむなく精神科受診(多くが入院)させようと決意します。ここに至っても日ごろの精神病院イメージ(暗く、鍵や鉄格子があって一度入ったら出られないという不安、事故、事件のときのニュース報道)が影響して、もちろん本人にはまったく受診の意思はありません。
 そして現行法上の、というより正確にはずっと引き続いてきた家族らの同意による医療保護入院に至るわけです。こうして家族は嫌がる本人の首に鈴をつける役割を果たさざるを得ず(同意手続き)、精神病院構造も含めて何も知らないままといった状態で、ひたすら問題解決を願う一心から専門関係者に唯々諾々と従います。こうしてかえって本人と家族との関係は感情的対立(入院させるとき家族は加害者で、その反動で家族に反発すると、今度は本人が加害者のごとく)を際立たせる役割を負うのです。家族がいわゆる保護義務者としてです。
 先述したように、親権を行うような20歳未満の場合のみならず、患者本人が20歳から50歳代に至るまでも、親子兄弟姉妹の関係は狭い島国の我が国で終始問われ続けてしまうのです。先に近代国家として発展を遂げた西欧先進諸国には一定の成人年齢に至れば保護義務は言うに及ばず、扶養義務も課せられてはいません。いわんや、両親が65歳すぎ、老人福祉の対象になってまで、それをも返上して扶養保護義務を担おうとする姿は哀れですらあります。可能なことを相互に支え合うのは家族の自然な心理ですが、不可能な現象、例えば家族内感情といった的確に客観化されにくい精神症状を呈する患者本人と家族との関係は、当事者たちだけでは実質的に調整が著しく困難、もしくは不可能な現象であって、すでに支え合いの限界を超えています。この場合、むしろ部外者が冷静、客観的な整理のため介入、支援するのが近代精神医学であり、心理学であり、かつその他社会政策といった類いのものではないでしょうか。同胞を思いやる自然の発露を的確に効果的ならしめるためのかかわりや治療、支援システムを常時確立していくことこそが近代医療であり、あるいはまた福祉の論理や技術と言えるのです。

※今から15年前の本での指摘です。著者の先見の明に敬意を表します。かつ、家族の立場から一方的にもの申すのではなく、その思いを一般化し、論理化する姿勢に、私たちは学ばなければなりません。そして、私たちは、この指摘は今なお有効であることに、すなわち、著者の指摘がこの世の中にそれほど活かされていないという現実に、心して向き合わなければならない、とも思います。(黒)
by open-to-love | 2008-06-26 23:12 | 保護者制度 | Trackback | Comments(0)

桑児元個展 Gray Point

桑児元個展 Gray Point

2008年7月16日(水)~7月28日(月)/火曜定休
10:00~19:00

喫茶 六分儀
〒020-0871 盛岡市中ノ橋通1-4-15
電話 019-651-1987
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by open-to-love | 2008-06-26 09:39 | 心の病とアート | Trackback | Comments(0)
現在の地に引っ越してきて 14年目
今年初めて【班長】なる役に つきまして・・(;一_一)
ようやく 5軒先の方の お名前を知るべく・・
おっと!本筋から 外れました(^_^;)
お隣さんから 立派な 〖うるい〗を
いただきまして さっそく 今日のゆったりに(^^)v

では≪第34回・ゆったり☆ごはん≫参ります*

  《うるいの酢みそあえ》
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*材料:うるい約10本(写真より 多くなってますm(__)m) 
   味噌大2 砂糖大2 料理酒大2
   みりん大3 酢大4 醤油大1  
*うるいは 流水で よく洗い
 熱湯に入れ サッと ゆがいて ザルにとっておきます
*鍋に 調味料を全部入れ 煮たたせて
 アルコール分は しっかりと とばします
*湯切りをした うるいを
 食べやすい大きさに 切ります
*いくぶん冷めた酢みそを うるいにからめます
*器に盛り付け 出来上がり◎
*あったかいうちの 酢みそで いただいても(^^♪
 冷蔵庫で冷やしての 酢みそで いただいても!(^^)!

 《ワンポイント・アドバイス》

*うるいの前は ふきを いただきまして
 日本人に 生まれてきて 良かったと思う
 この時期(^◇^)
 旬のものは 旬に。。。
 ほんの 少しでも いただきましょう◎

久しぶりに 友人に 会いまして♪
たくさんの 四つ葉のクローバーを いただきました◎
鮮やかなピンク色の 花が 朝方咲くとのこと(#^.^#)
明朝が 楽しみです*
クローバーを見て 息子が一言。。。
「幸せは お返ししなきゃだよね」(*^_^*)
息子そのものが『四つ葉のクローバー』。。。
そんな 親ナントカの 私でした^m^

  では。。また。。。☆
by open-to-love | 2008-06-26 01:05 | ゆったりごはん | Trackback | Comments(0)
盛岡ハートネットのみなさまへ

この度は、DPI日本会議全国集会in岩手への、後援、ご参加、ボランティアのご協力ありがとうございました。
まさか当日の朝に地震という天災がやってくるとは予想もしておらず、主催事務局としましては飽和状態でおりましたが、
大変な状況の中を、みなさま駆けつけてくださり、ほんとうに感謝申し上げます。
各分科会では、障害種別を越えて、現状での思いや課題が出され、そこに集まった皆さまと共有できたものと思われます。
発表された方々の言葉はほんの一部でしかありませんが、個々の思いに留まらず、この大会で共有できた思いや課題を、
今後の共生社会のまた一歩へ、繋げていけたらと思います。
本当にありがとうございました。
--
CILもりおか 川畑

※CIL(自立生活センター)もりおか代表の川畑昌子さんより、メッセージをいただきました。さて。これからですね。(黒)
by open-to-love | 2008-06-24 23:17 | CILもりおか | Trackback | Comments(0)
日本評論社『こころの科学』139号(2008年5月)
特別企画:数字で知るこころの問題

■境界性パーソナリティ障害■

■はじめに

「数字」を使った記述には、格別の説得力、情報伝達力がある。精神疾患の性質を把握するために、その特徴を数字で表現することは、ごく有用な方法である。そしてこのような数字による特徴記述は、精神保健にかかわる専門家の日々の業務だけでなく、患者やその家族などの関係者への心理教育的アプローチでも活かすことができる。
 本稿において筆者は、境界性パーソナリティ障害(Borderline personality disorder: 以下BPDと略)の特徴を示す数字を提示することによって、その理解を深める一助とすることを目指したいと思う。
 しかし、問題がこころにまつわるものである場合には、数値化が困難なことが多いのも事実である。パーソナリティ障害といった微妙な病態レベルのものでは、なおさらである。幸い、本稿のテーマであるBPDは、従来から積み重ねられている実証的研究のお陰で、比較的多く「数字」が示されるようになっている障害であるが、それは、あくまでも大枠の把握であり、不確かなものが多いことを忘れてはならない。本稿では、その確実性はともかく、臨床的に重要なものということで「数字」を選択していることをご理解いただきたい。
 なお、本稿での引用文献は多数にのぼるので、筆頭著者と雑誌名、年号のみを示すことにする。Index Medicus以外に使用した雑誌名の略称は、AJP:American Journal of Psychiatry, AGP: Archives of General Psychiatry, BJP: British Journal of Psychiatry, JNMD: Journal of Nervous and Mental Diseaseである。

■診断基準の成り立ち

 BPDの研究においてその特徴が数値化されるようになったのには、米国精神医学会の策定した診断基準(診断と統計のためのマニュアル:DSM)の第3版(1980年)以降、操作的診断方法が規定されたことが大きな契機となっている。さらにこのDSM-Ⅲ〜Ⅳの方法は、世界保健機関の診断基準ICD-10 RDCにも引き継がれ、BPDに相当するものとして、情緒不安定性パーソナリティ障害境界型が収載されている。
 図1には、サニスロウら(AJP,2002)によるDSM-Ⅳの診断基準に記述された症状(パーソナリティ障害特徴)の確証的因子分析の結果が示されている。これによると、診断基準のBPD症状は、対人関係の障害、行動コントロールの障害、感情コントロールの障害の3種に分類することができる。

■疫学-発生頻度

■合併診断

■生育期の外傷体験

■自己破壊的行動

■治療効果

■経過・予後
by open-to-love | 2008-06-24 10:23 | パーソナリティ障害 | Trackback | Comments(0)
〈特集〉精神障害者の犯罪は防げるか

■宅間容疑者に騙された精神科医、警察、司法■

滝沢武久(ソーシャルワーカー、全国精神障害者家族会連合会参与)

「精神障害者による特異な犯罪」というレッテル張りを行うことで満足するという愚挙が繰り返されている

■マスコミこそ問題だ

 まず人の子の親として犠牲者の冥福を祈ります。
 「精神障害者による重大犯罪が繰り返された」「彼らを野放しにするのは、問題だ」―。
 事件の翌日から、新聞、テレビ、週刊誌などのマスコミ報道は、ほぼこの論調に塗りつくされた。「保安処分」論議に対する慎重論も含めて、私に言わせれば誤解と偏見にもとづく不正確きわまりない報道と論議がまた繰り返されているのである。
 いやしくも報道機関であるならば、まず歴史の知恵を加えた「事実」に目を向けてほしい。こうした「速報」時点ではもちろん、本稿に取り組んでいる6月下旬の現在に至ってもなお、事件と精神障害という病気との因果関係はなにひとつ、明かになっていない。宅間守が精神障害者であるかどうかでさえ、分かってはいないのだ。
 にもかかわらず、「精神障害者が、また異常な事件を起こした」と断定し、それに関連づけて「新たな司法制度の導入は障害者の人権を侵害する」などと抗議するのも、早計に過ぎる。最初からボタンを掛け違っているのだ。
 今回のマスコミ報道が、近年よくあるように根本的な事実の認識というイロハのイを欠いたままで事件の断片を垂れ流しし、結果的に世論を「誘導」する、そして一部の政治家がそれに載る。その危うさをまず指摘したいのである。事実、精神障害かどうか不祥のままであるが「精神障害者の入院・通院処分」が検討され始めた。
 「異常な人間による犯罪」という定式化は、「そういう人間をマークし隔離すれば、事件の再発は防げる」という結論しか導かないであろう。こうした考え方の「最右翼」が、約20年前の刑法改正による保安処分制度の導入といえる。
 だが、本当に話はそう単純なものなのだろうか。実は、精神科医の著にもあるが、日本は世界に冠たる「精神障害者収容所列島」である。精神障害者がこれほど収容・隔離されている国は、ほかにはないのである。
 ところで、精神病患者の隔離を徹底することで、「事件」は減っているのだろうか。この点を冷静にみると、患者を今以上に隔離しても問題解決にはならないであろうことは明らかだ。
 今回の児童殺傷事件は現在の精神科医療、司法、警察、マスコミといった、この問題に何らかの形で関与する制度、組織の抱える問題点を、見事なまでに露呈して見せた。端的に言うと、〝みんな宅間守に騙された〟のである。
 事件を起こした直接の原因は、当初の「精神安定剤の大量摂取」から、わずか数日で「薬は服薬していなかった」に変わる。病名は「精神分裂」あるいは「妄想性人格障害」、かと思えば「精神障害を装っていた」…。過去の余罪についても、ことごとく裁判さえ開かれずに罪を免れ(不起訴処分)、措置入院も早々に解除されていた事実が明らかになった。
 医療現場も司法も行政も、彼の前では無力だった。そして、マスコミは付け焼き刃の知識の記者が、報道する権利とばかりに「精神障害者の特異な犯罪」というレッテル張りを行うことで満足し、大量取材班が厖大な情報提供を行い、結果的に世論をミスリードする。
 今回の事件報道によって、「精神障害者は危険な存在だ」という偏見(明かに偏見なのである)は、一層強まった。精神障害者を持つ家族の全国組織には、事件後毎日のように障害者本人やその家族から、次のような電話、手紙が寄せられている。
 「近所の人から危険人物だと思われているのではと、外に出られない」
 「落ち込んで、どうしてよいか分からない」
 「(障害者である)子供の具合が悪くなるので、テレビも新聞も見せられない」
 最近は、同種の事件が起ると被害者の家族や関係者に対する「心のケア」の重要性がしきりに強調される。一方、マスコミは自らの行為によって「ケア」が必要な人たちを生み出していることに、気が付いているのだろうか。被害者の家族以外に全国に200万人以上いる精神障害者とその家族や縁者は、本当に身の縮む思いを強いられている。これはもう、立派な報道被害である。

■精神医学のふりまく「幻想」

 「ノイローゼ」「精神障害」「精神分裂病」「人格障害」―。
 専門家でない限り、この違いを理解するのは困難であろう。だが、その病の当人たちや家族にとって、「どの病気にかかっているのか」は、大きな意味を持っている。事件報道でも、決して欠いてはならない視点なのである。
 ごく簡単に説明すると、現在の精神医学の教科書でいう「精神障害」とは、精神分裂病、躁鬱病、てんかん、知的障害(精神薄弱)、神経症、アルコールや合法的な薬物などへの依存症、そして人格障害、行為障害、精神病質(性格異常)の〝総称〟である。
 大別すれば精神病、神経症として診断が可能な「病気」に対して、人格障害、行為障害、精神病質はこれらに当てはまらない「障害」といえる。乱暴な言い方をすると「病気ではないが、行動などが普通とは違っている人たち」だ。医学というより、社会的診断まで入っている。当り前のことだが、それぞれの病で事件への関与の度合いは異なる。犯罪に結びつきやすい病気もあれば、ほとんど関係のないのもある。
 一般的に言って、躁鬱病、神経症などは「非社会的行動」を、人格障害などの障害や薬物依存は「反社会的行動」を引き起こしやすい。たとえば鬱病であれば、他者を傷つけるより自殺の原因になるケースのほうが、多いのだ。十把ひとからげに「精神障害者による犯罪」と見出しに打つことで、見えなくなってしまっている事実がある。
 〝一律報道〟は別の観点からも精神障害者に対する偏見を増殖させている。「合法的な薬物による依存症」と書いたが、世の中には「違法な薬物」が引き起こす重大犯罪が多い。覚醒剤や麻薬などの常用による「心神喪失」が問題となるケースである。昭和55年8月に発生した「新宿駅西口バス放火事件」などがこれに当る。こうした「反社会的な、凶暴な者の犯罪」というイメージが、「精神障害者による事件」報道全体に、色濃く投影されてはいないだろうか。
 個々の事例においては、禁止薬物に手を出した事情に同情の余地があるかもしれない。しかし、自らの意志とは無関係に、思春期などに発病した患者を持つ家族から見たとき、違法行為がもとで人を殺した人間と「仲間扱い」されることに耐え難い思いを感じるのも、また事実なのである。
 精神障害と犯罪とのかかわりは最低限、次のパターンに分類して考察を加え、「再発予防策」を検討すべきだ。すなわち①人格障害、性格異常、精神病質に起因するもの②精神分裂症などに起因するもの③違法行為による中毒が引き金になっているもの―の三つである。マスコミにはまず、精神病も違法薬物使用も同じ「心神喪失」でくくるような無神経さを早急に改めてほしいと思う。精神医学が「何でも分類」するべきではない。
 マスコミによる事件報道の誤りは単なる「勉強不足」だけではなく、現在の精神医療に対する過度の「信頼」に基づいている面もある。今回の被疑者について「精神分裂」「人格障害」というまったく異なる「診断」が下されていながら、疑問も持たずそのまま活字にしてしまうところにも、それが表れている。
 結論から申し上げる。精神医学は精神病、なかでも犯罪との関連性が強く指摘される精神分裂病の原因を突き止めていない。心の病などと柔らかく表現するが、実際精神の病については分かっていないことのほうが、圧倒的に多いのだ。
 現場の医療はもちろんのこと、司法も、行政も、報道も、まずこの点を再認識すべきである。「医学の神格化」が、かつてハンセン病患者に絶対的隔離を強いた悲劇のもとになったことを真剣に考えてほしいのである。
 精神医学は他の領域とは異なり、生物学的、身体医学的な検索技術(たとえば血液検査、レントゲン検査、解剖学的所見)をほとんど持たない。にもかかわらず、「平然と」診断が下され、治療が行われている。精神科医は、人の心を読みとる「エキスパート」とされる。
 だがしかし、本当にそうなのだろうか。ならばなぜ、同一人物にまったく概念の異なる診断が下されたり、別々の精神鑑定結果が提出されたりするのだろうか。
 精神医学はひとつの「人間学」であると言い換えて差し支えないだろう。心という、目に見えない人間の複雑怪奇な内面を相手にするのである。そういう点で、精神科医は哲学者や宗教家と変わらない。違うのは、近代科学と称して法的に「診断(鑑定)し、治療する」権限が認められていることである。哲学や宗教が人間の精神を解放することに、全面的に成功してはいないのと同様、精神医学もまたオールマイティーではない。非力であり、多くの限界を内包しているのである。なのに、安易に心の問題を引き受けすぎている―。これが私の精神医学とそれに基づく医療に感じる根元的な疑問である。
 司法の側は、判断を下さなければならない微妙なところを精神医学に「丸投げ」して安心する。医師法という規制によって心の診断や治療に関する「職業独占」を果した医療の側は、司法判断への影響力を強めるとともに、医療現場でも治療を超えた社会的な「懲罰的強制入院」等の機能まで担う。こうした現実に疑問を抱かないマスコミによって、現状が追認され、「これが当然なのだ」という世論が醸成される。
 もちろん、治療が無意味だとか、精神科医はみんな魔術師だとか言うつもりはない。だが、「できないものはやるべきではない」ことを明確にすべきである。そのうえで、精神治療以外の関与をすべきだというのが、私の考えである。
 さきほど、精神障害と犯罪の関係は三つに分類して考えるべきだと書いた。このうち、①の人格障害などの「障害」事例は、基本的に医療の対象に位置づけるのが困難なのである。重大事件を起こした場合は、司法が明確に対応すべきではないか。刑務所にも、懲罰とともに教育・更生の機能がある。
 後者を重視しつつ、必要に応じて心理的・精神的治療措置も講じていく体制が築ければ、「犯した罪を償わせる」ことは十分可能だし、同種事件の再発防止、被害者の心情を汲むという観点からも、意義は大きいと思われる。

■被害者の7割は家族

 私の実兄も神経衰弱から精神分裂症などのほかに三つの病名をつけられた患者だった。旧制中学を出た、世間的にみればエリートの部類だったが、就職して父の死後、発病し精神病院への入退院を繰り返した。原因は、今もって謎である。家族は次々と変わる五つの病名に混乱した。最後は「非定型性精神病」というわけのわからない診断名であった。
 分裂病の患者には、もともとは素直ないい子で、勉強もできたというタイプが少なくない。青年期になって、急に閉じこもるようになり、幻聴や幻覚、妄想、自閉といった症状が現れるのである。
 親族は、驚きあわてる。発症が青年期だと、親は体力的にきつくなる時期だ。経済的負担も、のしかかる。事件報道のたびに、「世間に怯え」なければならない。
 99年1年間に、精神障害者が起こした殺人事件で亡くなった人は、101人、このうち被害者の7割は、家族なのである。15%が知人その他。まったくの第三者は残りの15%だ。この数字を見て「家族なのだから、仕方がないじゃないか」とは言えまい。貧困で「遅れた」医療や福祉政策のもとで、日本の精神障害者の家族は、実は患者が成人になっても保護者という法的義務とともに命の危険も含めた、忍従を強いられ続けている。
 前述したように、欧州各国を中心とする先進諸国が70年前後には精神障害者の脱入院化・非収容化、地域医療、リハビリテーション、社会参加の重視へシフトしていくなかで、わが国は基本的に従来の「収容」中心の精神医療に傾斜したままである。精神病院の平均在院日数は、諸外国の大半が50日にも満たないのに対して、日本は300日以上と明かに突出した存在なのだ。しかも33万床のうち過半が閉鎖病棟である。

■「裁き」を求める患者

 だれが見ても、強制収容施設にしか思えない鉄格子の世界。罪を犯してもいないのに、そこに同意入院を−医療保護入院といっても―「強制入院」させる大義名分は、患者に「病識や病感がない」、つまり、何も「自覚」していないという見方が前提になっている。
 だが、この点も先入観抜きに検証する必要があるように思われる。
 兄の場合も、家に帰ってきた折りに「なぜ俺を、あんなところに入れたんだ」と怒ることがあった。自覚はある(回復する)のだ。私自身、後にソーシャルワーカーとして患者や家族の方の話を聞くなかで、かなり重症だと思われる人でも「心的葛藤」「不眠」などの病感を訴えることが分かった。はっきりと病感を認識しながら医療機関に足を運ばなかった人も多い。「病院に入れられたら、一生出られなくなる」という恐怖が、そうした行動をとらせるのである。
 さて、犯罪の話に戻ろう。
 精神障害者が事故を犯しながら不起訴処分になることが多いのは、言うまでもなく刑法第39条「心神喪失、心神耗弱」の規定による。障害者が「罪を免れる」錦の御旗のように言われ、事実、法廷戦術としか思えない持ち出され方をすることもあるのだが、事件を起こした患者の側から見れば、これは「裁判を受ける権利と義務」の侵害にほかならない。
 重ねて、誤解を解いていただきたいのだが、精神障害者にも「自覚」「病識」はある。たとえ妄想や幻覚などが直接的な原因で事件を起こした患者でも、当時、心神喪失であっても事後に自らの行為を認識し悔悟、贖罪の気持ちを持つことは、少なくないのだ。
 「司法の裁きを受けたい」「犯した罪を償いたい」と明確な意思表示をする患者は、増えている。「精神医療は終りなき不定期刑であるが、刑法は刑期がある」とは、入院患者の声である。簡易精神鑑定などの結果、不起訴処分とされることで精神的なダメージを受けるのは、被害者の家族だけではないのである。
 与えられた紙数が尽きたので、最後に精神保健・医療・福祉制度の改革に向けた私なりの提言を概略、述べておきたい。
 何よりも、後れをとった精神医療の国際水準レベルへの底上げに向けて、①身近なクリニック、地域作業所や患者会と②手厚く居心地の良い入院医療などが、重層的に整備されなければならない。精神科こそ人間接触を重視した治療スタッフが何より必要であり、他科より医師数が少なくて(3分の1)よいとする医療法特例などとんでもない。また、可能最大限に鉄格子を外し、明るい治療環境を確保するところから始めてはどうだろう。
 同時に、こうした施設や制度では対応しきれない、事件を再犯する患者の存在にも、きちんと対応しなければならない。
 私は、現行の拘置所や医療刑務所の精神医療の充実を図るとともに、③濃厚治療を施せるスタッフを配置した「ユニット」を設け、入所を受け入れる体制づくりを検討すべきだと思う。また、観察通・入院システムも必要である。こうした対応のあり方については、欧州諸国などの先進例に学ぶべきだと考える。

滝沢武久氏 1942年群馬県生まれ。64年日本社会事業大学卒業後、民間精神病院、保健所、精神科リハビリセンターなどに勤務。この間、欧米の精神医療およびリハビリテーションを扱った映画製作に携わる。96年からは、八代英太衆院議員国会事務所の政策秘書として、精神医療および福祉の充実に取り組んでいる。
(『中央公論』2001年8月号)
by open-to-love | 2008-06-22 23:27 | 池田小学校事件 | Trackback | Comments(0)
DPI女性障害者ネットワーク『活動報告&資料集2007』
2008年5月 編集発行 DPI女性障害者ネットワーク
頒価/1000円(送料込み。点字版、テキストデータ版も同じ頒価)
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 このパンフレットは、2007年度に取り組んだことを中心に、報告記事と各企画のために用意した資料を、一冊にまとめたものです。新たに、これまでの経過をまとめた記事、年表、本や映像資料のリストを編集しました。
ぜひご活用ください。

もくじより
・DPI女性障害者ネットワークとその周辺の活動のこれまで,年表
・2007年度の活動報告と資料
   韓国の障害女性たちとの交流、DPI世界会議韓国大会の女性分科会、
   韓国大会報告集会とワークショップ、障害女性地域会議at香港
・2008年現在おこなっていること
・付録
   権利条約、インタビュー記事、本や映像資料のリスト
・メッセージ

ご注文方法は、
メールの標題を「報告書2007注文」として、
下記のメールアドレスまで、
冊数とお名前とをお知らせください。

視覚障害があり活字印刷の形では利用できない方に、
点字版、テキストデータ版を「個人利用、複製不可」の条件で
提供しています。
点字版、テキストデータ版ご希望はその旨をお書きください。

ご注文メールを受けとりましたら、
確認を兼ねて、こちらからメールで連絡をさしあげます。


DPI女性障害者ネットワーク
dpiwomen_net@infoseek.jp

※いい本です。買って読もう!(黒)
by open-to-love | 2008-06-22 21:00 | DPI日本会議 | Trackback | Comments(0)
滝沢武久著『こころの病いと家族のこころ』
(中央法規、1993年)

全国学校図書館協議会選定図書 藤本義一氏、大谷藤郎氏推薦

土の下にも空がある…藤本義一
 10歳の時、父を交通事故で失い、12歳の時、兄の精神障害に立合った筆者は高卒と同時に上京し、自らの精神との葛藤の末に、現在のソーシャルワーカーの道を歩む。体験・経験を基に吐き出す滝沢武久氏の言葉は、彼に会った時に感じた〝土の下にも空がある〟そのものだ。

著者の行動軌跡は感動的…大谷藤郎氏(元厚生省医療局長、レオンベルナール賞受賞者)
 著者は自ら家族の立場にありながら、一方で私の見るところ日本の精神保健のすぐれた理論的指導者であり実践家である。精神障害者解放が進んだこの30年間の著者の行動軌跡は本書に詳らかでまことに感動的である。

目次

はじめに
第1章 家族の述懐
 第1節 「こころ」の旅
  1 精神障害者を家族にもって
  2 兄の発病
  3 貧乏と葛藤の時期
  4 面会と逃避の繰り返し
  5 生きる力
  6 青春の放浪の旅を終えて
  7 他の家族は…

 第2節 ソーシャルワーカーのころ
  1 精神分析を受けながら
  2 保健所での家族会の結成
  3 社会復帰医療センターと民間団体活動

 第3節 ヨーロッパの精神医療と福祉活動
  1 イギリスのコミュニティケア
  2 英国精神分裂病友好協会訪問
  3 フルボーン精神病院、レンブロイ公社訪問
  4 ベルギーのファミリーケア

第2章 こころの病いの対応
 第1節 病気について知っておきたいこと
  1 精神障害のイメージはどうつくられるか
  2 精神病ーその発現と治療まで
  3 精神(分裂)病の病前性格
  4 診断および治療
  5 精神病となってからも
  6 再発、再燃による再入院
  7 長期在院と慢性化
  8 遺伝説に対して無防備な家族
  9 危険説に揺れる家族
  10 分裂病(精神病)家族論・家族成因論
  11 不治説に絶望する家族
  12 精神病の障害に対して
  13 精神障害による日常生活の困難性

 第2節 精神科医療の限界
  1 精神科医療と市民誤解の悪循環
  2 一市民としての家族
  3 精神科医療と家族
  4 人権感覚、権利意識の幅
  5 家族が担った役割
  6 家族の限界と専門家の役割
  7 精神医学・医療の限界
  8 精神科医療における保護義務
  9 精神鑑定の難しさ
  10 医療、福祉、行政専門家の役割
  11 有力な社会復帰活動の担い手となる家族(会)

 第3節 入院と法の制度
  1 病識欠如論と医療保護入院手続き
  2 行動制限と通信面会の自由
  3 任意入院について
  4 医療保護入院について
  5 家族は何を考えているのか
  6 新しい精神医療機能が大前提
  7 家族の引き取りについて考える
  8 保護義務問題→「保護者制度」に収録
  9 精神障害者の地域福祉システム確立のために
  10 リハビリテーション施策と人権擁護
  11 障害者の完全参加と平等をめざして

 第4節 精神障害者の組織化と回復者クラブ
  1 患者会、回復者クラブを考える前に
  2 先行した脳性麻痺者の自立運動
  3 我が国の精神障害者の状況
  4 回復者クラブ活動について
  5 アメリカの自立運動から学ぶこと
  6 自立に対応する市民社会のあり方
  7 患者クラブと障害者の組織化

第3章 家族のこころ—解決すべき問題点
 第1節 家族の治療的役割
  1 家族は治療のキーパーソン
  2 全精神病院で病棟懇談会や家族教室、家族会を!
  3 家族への働きかけを考える
  4 専門家へのお願い

 第2節 家族会運動の展開 →「全家連」に収録
  1 精神障害者とその家族の生活実態
  2 日本の家族(会)
  3 戦後日本の精神医療形成の背景
  4 家族会の誕生の土壌
  5 病院家族会成立の経過
  6 地域家族会成立の経過
  7 全国家族会の成立
  8 昭和50年代の全家連運動
  9 法改正運動における家族(会)の存在
  10 家族(会)組織の全体的推移と問題点
  11 社会復帰実践を担う家族(会)
  12 全国の家族(会)の現状と今後の展望
  13 家族(会)は圧力団体たりうるか
by open-to-love | 2008-06-22 20:13 | 滝沢武久 | Trackback | Comments(0)
自殺者、10年連続で3万人超

 警察庁まとめによると、2007年1年間の全国の自殺者は一昨年より2・9%多い3万3093人で、10年連続で3万人を上回りました。1978年に統計を始めて以来、過去最悪だった2003年に次ぎ、2番目。このうち60歳以上と30歳代の自殺者は過去最多。今回の統計から動機が複数回答となり、「多重債務」は1973人でした。
 昨年の自殺者を年齢別でみると、60歳以上が一昨年比8・9%増の1万2107人と最多で、全体の36・6%。50歳代は2・8%減の7046人、40歳代は1・8%増の5096人、30歳代は6%増の4767人。働き盛りの30〜40歳代だけで全体の29・8%。
 20歳代は2・5%減の3309人、19歳以下は12%減の548人で、小学生は8人、中学生は51人、高校生は215人。男女別では男が2万3478人、女が9615人。
 警察庁が遺書やインターネット上の書き込みなどから動機を特定できたのは、このうち2万3209人。自殺には複数の動機が絡むケースが多く、今回からは動機の項目に「仕事疲れ」や「子育ての悩み」「いじめ」などを加えたうえで、動機が複数ある場合はすべて挙げることにした。その結果、動機別では〈1〉病気の悩みなどの「健康」1万4684人〈2〉借金などの「経済」7318人〈3〉家族の不和など「家庭」3751人〈4〉職場が原因の「勤務」2207人〈5〉「男女問題」949人〈6〉「学校」338人−の順。
 自殺者が過去最多となった60歳以上では「健康」が6735人と最も多かったが、「孤独感」が277人、「介護・看病疲れ」も153人いた。
 「経済」を動機とした自殺では、「多重債務」が1973人で、「その他の負債」が1656人、「生活苦」が1137人。「勤務」では「仕事疲れ」が672人と最も多かった。「学校」のうち「いじめ」自殺は14人だった。
 全国の自殺者は1998年に初めて3万人を突破してから3万人を1度も割り込むことなく、過去最多の2003年は3万4427人。
by open-to-love | 2008-06-19 22:24 | 自殺未遂/自殺 | Trackback | Comments(0)