精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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カテゴリ:池田小学校事件( 8 )

〈特集〉精神障害者の犯罪は防げるか

■宅間容疑者に騙された精神科医、警察、司法■

滝沢武久(ソーシャルワーカー、全国精神障害者家族会連合会参与)

「精神障害者による特異な犯罪」というレッテル張りを行うことで満足するという愚挙が繰り返されている

■マスコミこそ問題だ

 まず人の子の親として犠牲者の冥福を祈ります。
 「精神障害者による重大犯罪が繰り返された」「彼らを野放しにするのは、問題だ」―。
 事件の翌日から、新聞、テレビ、週刊誌などのマスコミ報道は、ほぼこの論調に塗りつくされた。「保安処分」論議に対する慎重論も含めて、私に言わせれば誤解と偏見にもとづく不正確きわまりない報道と論議がまた繰り返されているのである。
 いやしくも報道機関であるならば、まず歴史の知恵を加えた「事実」に目を向けてほしい。こうした「速報」時点ではもちろん、本稿に取り組んでいる6月下旬の現在に至ってもなお、事件と精神障害という病気との因果関係はなにひとつ、明かになっていない。宅間守が精神障害者であるかどうかでさえ、分かってはいないのだ。
 にもかかわらず、「精神障害者が、また異常な事件を起こした」と断定し、それに関連づけて「新たな司法制度の導入は障害者の人権を侵害する」などと抗議するのも、早計に過ぎる。最初からボタンを掛け違っているのだ。
 今回のマスコミ報道が、近年よくあるように根本的な事実の認識というイロハのイを欠いたままで事件の断片を垂れ流しし、結果的に世論を「誘導」する、そして一部の政治家がそれに載る。その危うさをまず指摘したいのである。事実、精神障害かどうか不祥のままであるが「精神障害者の入院・通院処分」が検討され始めた。
 「異常な人間による犯罪」という定式化は、「そういう人間をマークし隔離すれば、事件の再発は防げる」という結論しか導かないであろう。こうした考え方の「最右翼」が、約20年前の刑法改正による保安処分制度の導入といえる。
 だが、本当に話はそう単純なものなのだろうか。実は、精神科医の著にもあるが、日本は世界に冠たる「精神障害者収容所列島」である。精神障害者がこれほど収容・隔離されている国は、ほかにはないのである。
 ところで、精神病患者の隔離を徹底することで、「事件」は減っているのだろうか。この点を冷静にみると、患者を今以上に隔離しても問題解決にはならないであろうことは明らかだ。
 今回の児童殺傷事件は現在の精神科医療、司法、警察、マスコミといった、この問題に何らかの形で関与する制度、組織の抱える問題点を、見事なまでに露呈して見せた。端的に言うと、〝みんな宅間守に騙された〟のである。
 事件を起こした直接の原因は、当初の「精神安定剤の大量摂取」から、わずか数日で「薬は服薬していなかった」に変わる。病名は「精神分裂」あるいは「妄想性人格障害」、かと思えば「精神障害を装っていた」…。過去の余罪についても、ことごとく裁判さえ開かれずに罪を免れ(不起訴処分)、措置入院も早々に解除されていた事実が明らかになった。
 医療現場も司法も行政も、彼の前では無力だった。そして、マスコミは付け焼き刃の知識の記者が、報道する権利とばかりに「精神障害者の特異な犯罪」というレッテル張りを行うことで満足し、大量取材班が厖大な情報提供を行い、結果的に世論をミスリードする。
 今回の事件報道によって、「精神障害者は危険な存在だ」という偏見(明かに偏見なのである)は、一層強まった。精神障害者を持つ家族の全国組織には、事件後毎日のように障害者本人やその家族から、次のような電話、手紙が寄せられている。
 「近所の人から危険人物だと思われているのではと、外に出られない」
 「落ち込んで、どうしてよいか分からない」
 「(障害者である)子供の具合が悪くなるので、テレビも新聞も見せられない」
 最近は、同種の事件が起ると被害者の家族や関係者に対する「心のケア」の重要性がしきりに強調される。一方、マスコミは自らの行為によって「ケア」が必要な人たちを生み出していることに、気が付いているのだろうか。被害者の家族以外に全国に200万人以上いる精神障害者とその家族や縁者は、本当に身の縮む思いを強いられている。これはもう、立派な報道被害である。

■精神医学のふりまく「幻想」

 「ノイローゼ」「精神障害」「精神分裂病」「人格障害」―。
 専門家でない限り、この違いを理解するのは困難であろう。だが、その病の当人たちや家族にとって、「どの病気にかかっているのか」は、大きな意味を持っている。事件報道でも、決して欠いてはならない視点なのである。
 ごく簡単に説明すると、現在の精神医学の教科書でいう「精神障害」とは、精神分裂病、躁鬱病、てんかん、知的障害(精神薄弱)、神経症、アルコールや合法的な薬物などへの依存症、そして人格障害、行為障害、精神病質(性格異常)の〝総称〟である。
 大別すれば精神病、神経症として診断が可能な「病気」に対して、人格障害、行為障害、精神病質はこれらに当てはまらない「障害」といえる。乱暴な言い方をすると「病気ではないが、行動などが普通とは違っている人たち」だ。医学というより、社会的診断まで入っている。当り前のことだが、それぞれの病で事件への関与の度合いは異なる。犯罪に結びつきやすい病気もあれば、ほとんど関係のないのもある。
 一般的に言って、躁鬱病、神経症などは「非社会的行動」を、人格障害などの障害や薬物依存は「反社会的行動」を引き起こしやすい。たとえば鬱病であれば、他者を傷つけるより自殺の原因になるケースのほうが、多いのだ。十把ひとからげに「精神障害者による犯罪」と見出しに打つことで、見えなくなってしまっている事実がある。
 〝一律報道〟は別の観点からも精神障害者に対する偏見を増殖させている。「合法的な薬物による依存症」と書いたが、世の中には「違法な薬物」が引き起こす重大犯罪が多い。覚醒剤や麻薬などの常用による「心神喪失」が問題となるケースである。昭和55年8月に発生した「新宿駅西口バス放火事件」などがこれに当る。こうした「反社会的な、凶暴な者の犯罪」というイメージが、「精神障害者による事件」報道全体に、色濃く投影されてはいないだろうか。
 個々の事例においては、禁止薬物に手を出した事情に同情の余地があるかもしれない。しかし、自らの意志とは無関係に、思春期などに発病した患者を持つ家族から見たとき、違法行為がもとで人を殺した人間と「仲間扱い」されることに耐え難い思いを感じるのも、また事実なのである。
 精神障害と犯罪とのかかわりは最低限、次のパターンに分類して考察を加え、「再発予防策」を検討すべきだ。すなわち①人格障害、性格異常、精神病質に起因するもの②精神分裂症などに起因するもの③違法行為による中毒が引き金になっているもの―の三つである。マスコミにはまず、精神病も違法薬物使用も同じ「心神喪失」でくくるような無神経さを早急に改めてほしいと思う。精神医学が「何でも分類」するべきではない。
 マスコミによる事件報道の誤りは単なる「勉強不足」だけではなく、現在の精神医療に対する過度の「信頼」に基づいている面もある。今回の被疑者について「精神分裂」「人格障害」というまったく異なる「診断」が下されていながら、疑問も持たずそのまま活字にしてしまうところにも、それが表れている。
 結論から申し上げる。精神医学は精神病、なかでも犯罪との関連性が強く指摘される精神分裂病の原因を突き止めていない。心の病などと柔らかく表現するが、実際精神の病については分かっていないことのほうが、圧倒的に多いのだ。
 現場の医療はもちろんのこと、司法も、行政も、報道も、まずこの点を再認識すべきである。「医学の神格化」が、かつてハンセン病患者に絶対的隔離を強いた悲劇のもとになったことを真剣に考えてほしいのである。
 精神医学は他の領域とは異なり、生物学的、身体医学的な検索技術(たとえば血液検査、レントゲン検査、解剖学的所見)をほとんど持たない。にもかかわらず、「平然と」診断が下され、治療が行われている。精神科医は、人の心を読みとる「エキスパート」とされる。
 だがしかし、本当にそうなのだろうか。ならばなぜ、同一人物にまったく概念の異なる診断が下されたり、別々の精神鑑定結果が提出されたりするのだろうか。
 精神医学はひとつの「人間学」であると言い換えて差し支えないだろう。心という、目に見えない人間の複雑怪奇な内面を相手にするのである。そういう点で、精神科医は哲学者や宗教家と変わらない。違うのは、近代科学と称して法的に「診断(鑑定)し、治療する」権限が認められていることである。哲学や宗教が人間の精神を解放することに、全面的に成功してはいないのと同様、精神医学もまたオールマイティーではない。非力であり、多くの限界を内包しているのである。なのに、安易に心の問題を引き受けすぎている―。これが私の精神医学とそれに基づく医療に感じる根元的な疑問である。
 司法の側は、判断を下さなければならない微妙なところを精神医学に「丸投げ」して安心する。医師法という規制によって心の診断や治療に関する「職業独占」を果した医療の側は、司法判断への影響力を強めるとともに、医療現場でも治療を超えた社会的な「懲罰的強制入院」等の機能まで担う。こうした現実に疑問を抱かないマスコミによって、現状が追認され、「これが当然なのだ」という世論が醸成される。
 もちろん、治療が無意味だとか、精神科医はみんな魔術師だとか言うつもりはない。だが、「できないものはやるべきではない」ことを明確にすべきである。そのうえで、精神治療以外の関与をすべきだというのが、私の考えである。
 さきほど、精神障害と犯罪の関係は三つに分類して考えるべきだと書いた。このうち、①の人格障害などの「障害」事例は、基本的に医療の対象に位置づけるのが困難なのである。重大事件を起こした場合は、司法が明確に対応すべきではないか。刑務所にも、懲罰とともに教育・更生の機能がある。
 後者を重視しつつ、必要に応じて心理的・精神的治療措置も講じていく体制が築ければ、「犯した罪を償わせる」ことは十分可能だし、同種事件の再発防止、被害者の心情を汲むという観点からも、意義は大きいと思われる。

■被害者の7割は家族

 私の実兄も神経衰弱から精神分裂症などのほかに三つの病名をつけられた患者だった。旧制中学を出た、世間的にみればエリートの部類だったが、就職して父の死後、発病し精神病院への入退院を繰り返した。原因は、今もって謎である。家族は次々と変わる五つの病名に混乱した。最後は「非定型性精神病」というわけのわからない診断名であった。
 分裂病の患者には、もともとは素直ないい子で、勉強もできたというタイプが少なくない。青年期になって、急に閉じこもるようになり、幻聴や幻覚、妄想、自閉といった症状が現れるのである。
 親族は、驚きあわてる。発症が青年期だと、親は体力的にきつくなる時期だ。経済的負担も、のしかかる。事件報道のたびに、「世間に怯え」なければならない。
 99年1年間に、精神障害者が起こした殺人事件で亡くなった人は、101人、このうち被害者の7割は、家族なのである。15%が知人その他。まったくの第三者は残りの15%だ。この数字を見て「家族なのだから、仕方がないじゃないか」とは言えまい。貧困で「遅れた」医療や福祉政策のもとで、日本の精神障害者の家族は、実は患者が成人になっても保護者という法的義務とともに命の危険も含めた、忍従を強いられ続けている。
 前述したように、欧州各国を中心とする先進諸国が70年前後には精神障害者の脱入院化・非収容化、地域医療、リハビリテーション、社会参加の重視へシフトしていくなかで、わが国は基本的に従来の「収容」中心の精神医療に傾斜したままである。精神病院の平均在院日数は、諸外国の大半が50日にも満たないのに対して、日本は300日以上と明かに突出した存在なのだ。しかも33万床のうち過半が閉鎖病棟である。

■「裁き」を求める患者

 だれが見ても、強制収容施設にしか思えない鉄格子の世界。罪を犯してもいないのに、そこに同意入院を−医療保護入院といっても―「強制入院」させる大義名分は、患者に「病識や病感がない」、つまり、何も「自覚」していないという見方が前提になっている。
 だが、この点も先入観抜きに検証する必要があるように思われる。
 兄の場合も、家に帰ってきた折りに「なぜ俺を、あんなところに入れたんだ」と怒ることがあった。自覚はある(回復する)のだ。私自身、後にソーシャルワーカーとして患者や家族の方の話を聞くなかで、かなり重症だと思われる人でも「心的葛藤」「不眠」などの病感を訴えることが分かった。はっきりと病感を認識しながら医療機関に足を運ばなかった人も多い。「病院に入れられたら、一生出られなくなる」という恐怖が、そうした行動をとらせるのである。
 さて、犯罪の話に戻ろう。
 精神障害者が事故を犯しながら不起訴処分になることが多いのは、言うまでもなく刑法第39条「心神喪失、心神耗弱」の規定による。障害者が「罪を免れる」錦の御旗のように言われ、事実、法廷戦術としか思えない持ち出され方をすることもあるのだが、事件を起こした患者の側から見れば、これは「裁判を受ける権利と義務」の侵害にほかならない。
 重ねて、誤解を解いていただきたいのだが、精神障害者にも「自覚」「病識」はある。たとえ妄想や幻覚などが直接的な原因で事件を起こした患者でも、当時、心神喪失であっても事後に自らの行為を認識し悔悟、贖罪の気持ちを持つことは、少なくないのだ。
 「司法の裁きを受けたい」「犯した罪を償いたい」と明確な意思表示をする患者は、増えている。「精神医療は終りなき不定期刑であるが、刑法は刑期がある」とは、入院患者の声である。簡易精神鑑定などの結果、不起訴処分とされることで精神的なダメージを受けるのは、被害者の家族だけではないのである。
 与えられた紙数が尽きたので、最後に精神保健・医療・福祉制度の改革に向けた私なりの提言を概略、述べておきたい。
 何よりも、後れをとった精神医療の国際水準レベルへの底上げに向けて、①身近なクリニック、地域作業所や患者会と②手厚く居心地の良い入院医療などが、重層的に整備されなければならない。精神科こそ人間接触を重視した治療スタッフが何より必要であり、他科より医師数が少なくて(3分の1)よいとする医療法特例などとんでもない。また、可能最大限に鉄格子を外し、明るい治療環境を確保するところから始めてはどうだろう。
 同時に、こうした施設や制度では対応しきれない、事件を再犯する患者の存在にも、きちんと対応しなければならない。
 私は、現行の拘置所や医療刑務所の精神医療の充実を図るとともに、③濃厚治療を施せるスタッフを配置した「ユニット」を設け、入所を受け入れる体制づくりを検討すべきだと思う。また、観察通・入院システムも必要である。こうした対応のあり方については、欧州諸国などの先進例に学ぶべきだと考える。

滝沢武久氏 1942年群馬県生まれ。64年日本社会事業大学卒業後、民間精神病院、保健所、精神科リハビリセンターなどに勤務。この間、欧米の精神医療およびリハビリテーションを扱った映画製作に携わる。96年からは、八代英太衆院議員国会事務所の政策秘書として、精神医療および福祉の充実に取り組んでいる。
(『中央公論』2001年8月号)
by open-to-love | 2008-06-22 23:27 | 池田小学校事件 | Trackback | Comments(0)
精神障害と犯罪の問題にどう対処するか

ジャッキー・シャノン NAMI理事・前会長・名誉委員
カーラ・ヤコブス NAMI理事・財務担当

 精神障害は大脳に起因する生物学的な病気です。合理的な思考や感情に影響を及ぼす病気であり、治療が適切に行われないと、一つの悲劇がさらに広がる可能性をはらんでいます。精神障害においては、ある時は善悪の区別がついても、また別のある時には、決断を誤るということがあるのです。
 大阪池田小事件の悲劇は、精神障害がらみで犯罪行為に及んだ人をどう扱うかの問題を提起する結果となりました。

米国の例から
 テキサス州で以下のような事件がありました。アンドレア・イェーツという若い母親が激しい妄想のなかで、彼女の5人の子どもを溺死させてしまいました。犯行当時、数週間も彼女は適切な治療を受けていませんでした。
 ところが、拘置され、その後、陪審までの数カ月間に治療を受けた結果、陪審では「殺人罪での裁判に耐え得る」とみなされました。陪審の見解は、彼女が「自分の責任を認識できるかどうか」、「裁判において弁護士に協力できるかどうか」に基づくものだったのです。今、彼女は、もし有罪となれば死刑を免れない状況におかれています。これは、精神障害の悲劇に他なりません。うつ病の症状悪化の後遺症という事件の背景はまぎれもなく明らかだからです。
 さらにこれは、犯罪刑罰システムのもう一つの悲劇が重なっています。これはテキサス州に限らず、全米の、さらには世界中いたるところの精神障害がらみの犯罪に対する悪しき対処の問題なのです。

対処のむずかしさ
 テキサス州をはじめ多くの州の法律では、担当弁護人は本人(犯人)が精神病患者であり、かつ犯行時点で善悪の判断がつかなかったことを証明しなければなりません。これは法的無能力の規定(insanity defence)といわれています。これは周知の規定であるにもかかわらず、米国では適応されることは稀れであり、また一応適用されても功を奏することは稀です。
 たとえ、精神障害をもつ人が基本的な善悪を認識し得たとしても、幻聴や妄想を含む非合理性や精神病の複雑さによって善悪を取り違え、普通では考えられない行為に走らされることがあり得るのです。論理に会わないことですが、そのこと自体が病気の特性でもあります。
 善悪の認識ができるということで次に法的問題がでてきます。残念ながら法的問題においては「大脳のなかで生じる生物学的な機能障害の残酷ともいえる非合理性」は理解されず考慮に入れられません。

NAMIの思い
 治療がうまくいかず悲劇が起きるたびに、我々は次のことを明かにしたい欲求にかられます。すなわち、精神科医の診断は正しかったのか、適切な薬が用いられていたのか、もっと長い間入院治療をするべきではなかったのか、支援のシステムはうまく機能していたのか、家族の対応は適切だったのか、本人は行為を思いとどまり、もっと早く助けを求めることはできなかったのだろうか、等々。どの項目も重要です。しかし、そのどれもが精神障害者の犯罪を扱う上での中心的問題からは外されているのです。
 NAMI(全米精神障害者家族会連合会)は、犯罪を犯した重症の精神障害者に対する極刑には反対です。むしろ、そのような場合には、必要な治療をしつつ拘置する司法手続きを展開するほうがよいと考えています。
 例えば、オレゴン州の法律では「精神異常を除いては有罪」と規定されています。さらに重要なことは、もし本人(犯人)が将来回復し地域に復帰した場合には、常時モニターに付されます。これは再犯防止に非常に役立っているとの調査報告があります。こちらのほうが、前出の子どもを溺死させた事例への対処よりは、よりよい方法を示すものといえます。
 アリストテレスの昔に遡りますが、国家は精神障害をもつ人の強制的治療において2つの権力を認められてきました。すなわち、1つは父権的力である後見人あるいは保護者としての地位であり、もう1つは社会の安寧を保持するための警察的権力です。この2つの力は、しばしば重大な犯罪を犯した精神障害者の最良の処遇を決定する上で衝突するのです。

示唆に富む試み

●PACT
 精神障害をもつ大多数の人々は決して暴力的ではありません。しかし今回の池田小学校事件の容疑者は犯歴をもっていました。暴行の犯歴は将来の犯行を予想する場合に最大の要因として重視されるものです。日本の現行制度では、精神病院も司法システムも退院後の患者をフォローする責任を持っていないと聞いています。
 このジレンマに対処する上で、刑罰システムに偏ることなく本人と社会の双方に利点がある中間的な方法があります。つまり、本人が回復でき、かつ安定を保てるよう継続的な治療を供給しつつ、社会をその暴力的行為から守る方法です。この方法は患者をその危険性がなくなるまで入院治療し、退院時には裁判所の命令で当分の間治療の管理下におかれるという制度です。
 これは「積極的コミュニティケアプログラム(PACT)」(亀島・神澤訳)とよばれているシステムの一環として行われています。PACTは、多職種のスタッフが24時間態勢で、利用者の地域生活に必要なさまざまな支援をするプログラムです。比較的、障害が重いといわれる人々への支援も積極的に行っています。しかし、この制度では、管理する専門家は、もし病状が悪化したり本人が治療を怠ったりした場合には、病院に戻すだけの能力を要求されます。
(参考:亀島信也/神澤創監訳『PACTモデル』メディカ出版)

●CONREP
 条件付きの退院プログラムは、合衆国では再犯を防ぐ上で効を奏してきています。例えば、カリフォルニアにおける「刑余者条件付退院プログラム(CONREP)」においては、精神障害のために裁判で無罪とされた人のうち、退院後1年以内に再犯となった人はわずか5%であり、さらにその内の5%だけが暴力犯であることが報告されています。このような効果が生まれたのは、CONREPが、包括的な地域ケアシステムを評価し、治療や指導監督の諸サービスを実践するために、堅固な地域プログラムや特別の社会資源にしっかりと投資してきたからに他なりません。

●香港の例
 新聞報道によれば、香港でも「条件付き退院(所)プログラム」を活用しているとのことです。香港では暴行犯に及んだ精神障害者は、一般に不定期刑を科され特別の施設に収容されます。そのようなケースは自動的に精神保健審査裁判所の審査下におかれます。この裁判所は、精神科以外の医師、精神科医、裁判官、臨床心理士、ソーシャルワーカー、市民等で構成され、退院の可否やその時期を決定します。退所と同時に本人は、治療とリハビリを受けるための精神病院に移されます。精神病院の専門家が地域で生活できると判断すれば、通常、本人は条件付き退院のためのハーフウェイハウスに付託されます。香港の精神科医やソーシャルワーカーあるいは法律家の意見では、前歴のある精神障害者を処遇するこのようなシステムは日本における現行システムよりは優れているとのことで、日本でも必要なのではないか、とその新聞では解説しています。

おわりに
 世界中の政府が、暴力行為に及んだ精神障害者の処遇について模索しています。従来の刑務所制度では答えになりません。司法制度は多くの点で精神障害者の処遇には貧困です。特別な法的入院(入所)や地域への条件付き退院、あるいは観察(フォロー)システムなどのプログラムは、重篤な精神障害をかかえる人に現行の治療を供給しつつ正義を実現する、より人間性豊かな実践の最前線であると思います。
(訳:中井和代)

池田小事件における対応への感想およびカナダとの比較

 ステファン・M・サルツバーグ カナダ/ブリティッシュ・コロンビア大学

 大阪の池田小学校で6月に起きた衝撃的な事件は世界中で報道されました。私は日本に住み、学んでいたことがあるので、この事件は日本社会に深刻な影響を与えるだろうと思いました。深刻な影響が生じることは、避けられない当然のことでした。国中の人が、社会の安全信仰の基本を揺るがす一つの出来事に注目させられたのです。簡単には消し去ることのできない不安が日本中で引き起こったと思われます。

マスコミと政治家の対応
 私はこの事件が起きたときに日本にいませんでしたし、事件以降も訪れていません。ですから、私は事件報道の氾濫とその余波についてよく知っているわけではありません。日本の新聞をいくつか読む機会があっただけです。したがって、報道全般に関して結論づける根拠が私にはありません。しかし、私が読んできたことからすると、報道は精神障害そのものと精神障害に苦しんでいる人々に対する偏見と誤解を強化しただけでなく、恐らくより悪化させたように思います。
 社会が張りつめた不安でいっぱいのとき、その社会は責任を押し付けられる代わりの人や物を見つけようとします。〝精神障害者〟がしばしば危険や社会の脅威と結びつけられているような社会では、事件を起こしたわけではない一般の精神障害者を非難する人々がいたとしても不思議ではありません。日本のメディアはこのような傾向、あるいはそれが根差す深い固定観念に対抗するような努力はほとんどしていなかったようです。
 ニュース記事の内容に関して一番気になることは、日本の政治家、特に政府高官の反応です。彼らは、専門家や関係団体に相談することなく政策を突然打ち出しました。彼らは、扱おうとする問題の本質、あるいは効果的な対応を検討すらしていません。
 急いで〝解決策〟を見つけることの恐ろしさの一つは、念入りな調査や幅広い意見収集が行われないことです。その代わりに、「精神障害とそれに苦しむ人々イコール社会の秩序と安全を脅かすもの」という方程式に基づいた、条件反射が生じるようです。その考えが広まると、精神障害に関わる問題が医療や社会問題としてではなく、警察や司法の問題として扱われる危険性が出てきます。このような方法は、政府の政策である精神保健福祉法でうたわれていることに逆行するものでしょう.日本の精神障害者につきまとうひどい偏見を不当に利用し、より一層固定化する、まさに後退の一歩となり得るでしょう。

カナダでの事件の対応
 もちろん、同じ問題に対して異なる取り組みも可能です。カナダの最も人口の多い州であるオンタリオでの取り組みについて紹介し、どうして日本と異なる対応ができたのかを簡単に説明します。
 カナダの人口はそれほど多くありません。3100万の人々が広大な土地に散らばって住んでいます。アメリカ合衆国と比べて、犯罪率はたいへん低いです。また、メディアも集中して存在しています。そのため、暴力的犯罪、特に殺人については、国内でたいへん目立って報道されます、
 近年、精神障害者と関係する暴力的事件がいくつかありました。例えば、1995年には精神科に通院していた人が、カナダの首相官邸に押し入り、首相とその夫人をナイフで脅したという事件がありました。幸いなことに、負傷者はありませんでした。
 しかし、このように運のよい事件ばかりではありません。同じ1995年に、オンタリオ州ハミルトンで有名なスポーツキャスターであったブライアン・スミス氏が仕事から戻る途中の駐車場で、妄想状態にあった精神科の外来患者に撃ち殺されました。この事件はカナダ中の注目をあびました。
 この事件の際のメディアのほとんどの報道は事実に則したものでした。殺人犯が精神障害者であったという事実は報道されましたが、国民全般が精神障害者の危険にさらされているというような、ましてや同じような犯罪が繰り返されるであろうなどという示唆はありませんでした。大阪での事件の後に、信頼できる日本のメディアのいくつかが示していたように、カナダの新聞も精神障害者の犯罪率は一般市民に比べてたいへん低いということを述べていました。
 それでもなお、政府は精神障害をもつ人々による犯罪が起きる恐れを少なくするために、本質的かつ注意深い方法で何かやらなければと感じていました。1997年にトロントで起きた事件―地域のハーフウェイハウスに住む精神障害をもつ男性に、若い女性が地下鉄の線路に突き落とされ電車に轢かれて死ぬという事件ーを含め、その後、続いたいくつかの事件によってその意識は強化されました。

必要なときにサポートが受けられることが重要
 報道機関と政府は、扱うべき基本的な問題があるということで見解が一致していました。それは、報道機関が指摘したように、犯罪の犠牲になった人と罪を犯した精神障害者はどちらも犠牲者であるということです。両者とも、精神保健ケアシステム、特に地域ケアシステムの欠陥による犠牲者なのです。報道機関は、地域に住む精神障害をもつ人々に必要な支援が与えられ、そして必要な時にきちんとした治療が地域あるいは病院で受けられることを最大限可能にすべきである、と述べています。支援および適切な治療に欠けることこそが、精神障害をもつ人々が罪を犯す主要な原因で、精神障害に伴うことのある暴力的傾向が犯罪の原因ではないとしています。
 オンタリオ州政府は、5年間の熟考と、関係組織や家族、患者、医療、人権、およびその他の団体など精神保健政策と実践に関心を持つ幅広い領域を代表する人々からの念入りな意見聴取の後に、殺されたスポーツキャスター、ブライアン・スミス氏の名前をとった、〝ブライアン法〟を可決しました。この法律には、オンタリオ精神保健法の改正が含まれており、2000年12月に制定されました。詳細はここで述べられませんが、主要な2つの改正点を述べます。その双方に、精神障害をもつ人々の犯罪の問題は、主に医療的および社会的なものであるという観点が含まれています。精神障害をもつ人々にとって効果的でかつ適切な医療および社会的支援の提供に取り組む必要性が重視されているのです。
 最初の改正点は、任意以外の入院の基準として、地域に住む精神障害をもつ人々の精神的あるいは身体的症状の悪化を含めるように基準を広げたことです。この改正によって、生活のなかで問題が大きくなってきているというシグナルがあるときに、入院をより容易に、かつ時を得て行えるようになりました。2つ目の改正点は、〝地域治療命令〟(CTO's)を提供するシステムを導入したことです。このCTO'sの下では、過去に地域生活に困難を感じていた精神障害をもつ人々で、入院歴のある人は、退院時に個別の治療計画に従うことに任意で同意します。その上で、もし地域生活をしているときに治療計画に従わなければ、再入院となる可能性もあります。
 これらの改正は、精神障害をもつ人、もたない人すべての地域住民の保護を目指しています。地域防衛の権利と精神障害をもつ個々の人々の権利とのつり合いを取ることを試みているのです。しかし、すべての人がこれらに同意しているわけではありません。特に、患者団体のなかには、この改正を社会的強制であるという批判的な見方もあります。
 それでも、この法には今後3年間にわたるCTO'sの使用と効果に関しての全体的な見直しが義務づけられており、さらなる法の改正も可能です。
 また、一番の解決策は地域のソーシャルサポートを強化するということであるという態度を明かにするために、オンタリオ州政府は、新しい法律の制定に期を合わせて、地域精神保健ケアの予算の大幅な増額を発表しました。

誰もが精神障害をもつ可能性がある
 このオンタリオでの取り組みを、日本のものと比較して、どう説明できるでしょうか? まず、カナダ社会は危険の許容度がより高いということです。人々は、危険が起こる可能性を低めることはできるが、完全に無くすことはできないことを知っています。次に、何年にもわたる民間団体だけでなく政府による教育のおかげで、国民は精神障害をもつ人々が世間一般への脅威とはなり得ないこと、そしてほとんどの〝普通の〟人々よりも社会に与える危険性が低いことを理解しているのです。人々は、誰でも、またどんな家族でも精神障害を患う可能性があることを知っています。
 精神障害を取り巻く問題を解決するには、精神障害をもつ人々を、地域で普通の生活を送るために必要な支援を受ける権利を持つ市民の1人として扱い、その目的を達成するために必要な公的資源を提供するよう公約することが最良であると私は思っています。(オンタリオの)報道機関は、感心にも、このようなコンセンサスが生まれる上で大きな役割を演じていたということを最後につけ加えたいと思います。
(季刊『REVIEW』2002 No.38 特集「池田小学校事件」)
by open-to-love | 2007-10-03 22:41 | 池田小学校事件 | Trackback | Comments(0)

緊急アンケート 家族編

池田小事件緊急アンケート 家族・その他編

岡山県在住・女性・60歳・家族・当事者:通院中・同居・相談相手有
 連日報道される精神障害者というひびきが耳に入るたび胸をゆさぶられる思いがしていました。TVからも新聞からもいやおうなしに入ってくる言葉、子どもはどんな気持ちで聞いているのだろうと、やりきれない思いでした。
 精神的な病についてもう少し世間一般に正しく伝え、理解をはかる努力が必要と思われてなりません。現在、身体障害者の方がかなり現実面で社会に受け入れられているのを思うと、病状の性格上むずかしいこともあるかとは思いますが、継続的に公共機関等へも働きかけ、協力を得ることが必要でしょう。
 本人自身が精神病院に入院したことを汚点と思い、隠して仕事を継続し始めたところですが、本人自身が乗り越えるのは時間が必要と思われます。この事件のことをどう思うかと聞いたら、「また忘れられてしまうよ。以前の宮崎勤の事件もそうだろう」との言葉が返ってきました。親自身も世間に公表できない状態で生活しています。

愛媛県在住・女性・84歳・家族・当事者:入院中・相談相手有
 障害者の事件が起るたび近所の方たちとお会いするのがとてもつらいです。特にこのたびの池田小学校事件はとてもショックでした。今息子は措置入院中ですが、入院前、長い間の暴力また人様への迷惑に何度も足を運んでお詫びに歩き回りました。本当に必死の思いで入院させてもらい、もう私が倒れそうになりました。
 昨年の西鉄バスジャック、そしてまたこの事件、人様があまりの惨劇にいわれる言葉はよくわかります。私の経験から申しますと、息子は病院の先生の前ではとても都合よく言っております。私が病院の先生に家庭での息子の様子をお話しますと、驚いておられました。息子は何度も入退院の繰り返しで、退院したいため、薬は飲みます、そしてとても都合よくつくろっています。
 退院後の「カウンセリング」を深く望みます。事件を起こさぬためにもお願いします。

神奈川県在住・女性・76歳・家族・当事者:通院中・同居・相談相手有
 私は娘の病気のことを皆に知られるのがいやで隠していましたが、自分の生活が不便で心苦しいので、よし思い切って言ってしまおうと決心したときにこの事件が発生し、やっぱり言えない、前よりもっとひたかくしにするようになり、つらい日々です。私の中に根の深い偏見があります。犯人だって普通ならあのようなことはできないと思います。病気だからと思います。真実が知りたいです。

広島県在住・女性・70歳・家族・当事者:通院中・同居・相談相手有
 池田小事件のことにつきましては、大変申し訳ない残念なことだと思います。
 このことについて私はこう考えます。相手の命を奪うことはたとえ障害者であろうと何であろうと許されることではありません。ひとりの命がなくなった代償としてはひとりの命で償うべきで、一罰百戒、相手も殺した犯人の命も重さは同じです。「判断ができない状態だったから」といって大目に見てくれはしないと思います。社会を、人の命を軽くみてはいけません。こうした根本をふまえた上での試行錯誤であってほしいと思います。

長崎県在住・女性・50歳・家族・相談相手有
 池田小事件では、本当に心が痛みました。障害者であろうとなかろうと、犯した罪を償うのは当り前だと以前から思っていましたが、今回の報道を聞くたびにその思いを強くしました。
 医療刑務所のようなところで罪を償うようになると、「精神障害者だから何をしても罪を問われない。だからおそろしい」という世間一般の考えも変えられるし、精神障害者をよそおっての犯罪も減るのではないかと思います。
 重大事件を起こしても、他の病者と同じ病院で同じ治療をして社会復帰する現状はいかがなものでしょうか。精神障害者だから罪に問われないというのは逆差別のような気がします。

広島県在住・女性・60歳・家族・当事者:通院中・施設通所・同居・相談相手有
 あれだけの事件を起こしているのだから、当然刑事責任能力はあり、精神障害者とて健常者と同じように刑事処分は受けるべきだ。精神障害者は責任能力無く、無罪で実名報道しないとなると、この種の事件が再度起こる可能性もあり、早急に「刑法改正」をしてもらいたい。いかなる者も罪は罪として法の裁きを受けるべきである。報道のほうは仕方ないと思う。
 かつて私も我が子に殺されるかもしれないという恐怖のなかで過ごした日々を思い出すと精神病の急性期の恐さがよく理解できる。18年経った今、作業所に元気に通えるようになっている。今回の事件は相当ショックだったようだが、自分なりにそれを乗り越えることができるようになった。よって報道もありのままの事実を伝えて、社会が精神障害者の現況を分析してもらいたい。

北海道在住・男性・55歳・家族・当事者:通院中・同居・相談相手有
 今回の池田小事件報道により、日々いわれない苦しみを負わされている毎日です。
 そんななかで、障害のある息子は事件後、就職活動を続けていましたが、たまたま私の会社で準社員求人募集を見かけ、すぐさま面接に行きました。障害者として通知しました。その後、運よく採用されました。今思えば、今回の事件直後だっただけに、よく採用されたものだと思うとともに、会社の障害者への理解と配慮に感謝しております。

宮城県在住・女性・68歳・家族・当事者:通院中・施設通所・相談相手有
 息子は26歳の時、職場における過労とストレスとが原因となり発病いたしました。その後の生活を考えると胸が痛みます。デイケア、職親、今は作業所といろいろと社会資源のお世話になってまいりましたが、まだ就労に結びつく状況は与えられておりません。
 今回の事件をテレビで知ったとき、幼い子どもと両親の悲しみを思い、我が事のように悲しくて悲しくてなりませんでした。ちょうどその頃、息子は障害者就労支援センターに就労の意思を伝えに行く予定でした。私自身ショックは大きく、もう息子の将来は絶望と思いました。本人はその問題と事件にはなるべくふれないよう冷静に対処しておりました。たぶん心の中は大きく揺れていたことと思います。
 やっと精神障害者にも他の障害者と同じく明るい陽ざしが見えてきたと感じておりましたので、これでまた暗闇のなかに落ち込んでいくように感じておりますこの頃です。息子のお友達も我が家によく遊びに来てくれます。みんな心やさしい礼儀正しい青年たちです。どうか再び陽ざしが差し込むような世界になってくれるよう祈ってます。

千葉県在住・男性・68歳・家族
 とくに閉鎖的で偏見の強い当地域では、報道被害と断定はできかねますが、年老いた祖母と脳梗塞で倒れた父親の面倒を見ながらデイケアに通っていた若い男性が自殺、同じく当地域で7月17日に起きた29歳の障害をもつ娘を殺害した事件も報道被害が少なからず影響していることはまちがいない現実と考えられます。また懸命にサポートしてくださっていた保健所職員のショックも見るに忍びないものがあります。

兵庫県在住・男性・61歳・家族・当事者:通院中・同居・相談相手有
 親が事件に過敏に反応し、本人に干渉してしまった。その結果、本人は余計な興奮や苦しみを味わい、不安定な状態(大呼吸し顔を抱え、ばたばたしながら苦しそうに興奮・もう死んでる霊柩車を呼んでくれ、薬を全部渡してくれと言う、など)となった。親は寝不足と疲れが残って体調不良を来した。その後、主治医の新たな治療の効果が現れ、安定に向かいホッとしている。
 過剰反応には次のような訳があった。眠前薬を飲み、外出して路上で寝てしまいパトカーの世話になって帰宅した・自転車に乗り交通事故にあった・1週間分の薬を一気にのんだ・夜間外出が頻繁になっていた、など病状に変化があって、その対応に苦慮していた。幸いにも一大事件にはならなかったがこんな時期に当事件が発生した。警察の調書等では、住所・氏名・電話番号など身につけさせてください(財布やカバンはすでに盗まれていた)、信号の意味はわかるんでしょうね、などの指導や質問があった。他にもため息の出ることがあった。
 事件報道のなかで精神科への入退院、精神安定剤10回分服用、事件歴等、可愛い子どもをあやめた悲惨さが一つひとつ精神を患う子をもつ親の心に鋭く突き刺さり寿命の縮む思いをしている。

愛知県在住・男性・54歳・家族・相談相手有
 私の長男(26歳)はあの報道で、いやだなあ、近所の人に何と言われるか、また何と思っているだろうと不安を感じている毎日です。
 現在、地域で作業所を作ろうとしています。訴える力が半減しています。近所の理解している人でも、「あなたの子どももあんなことをする可能性があるのか」と質問が返ってきます。当事者の仲間でも、また家族の方も近所の作業所に行くのはいやだという意見もございます。

神奈川県在住・女性・63歳・当事者:通院中・施設通所・同居・相談相手有
 ほんとうに悲しい事件でした。当事者・家族はもちろん、一般社会、各方面に衝撃を与え、多くの哀しみ、苦しみ、嘆き、無知、無理解、欠陥、差別をあらわにしたと思います。
 我が家の当事者は、今まで何回もあったこの類の報道のときと違い、病状も安定していたからでしょうか、「自分はあんなことしない。関係ない。あの人は悪いことしなければ何でも自分でできるのに、20年もの間、誰か話を聞いてくれる人に出会わなかったのかな」と残念そうでした。
 彼(宅間守)は精神病とされないとしても、〝心の病〟があることに違いないでしょう。多くの幼い命がうばわれ、傷つけられる前に、また200万人以上の当事者や家族・関係者のために、このような事件が起きないように、またこのような恐ろしくも哀れな犯罪者を出さないような社会システムにしたいものです。

東京都在住・女性・51歳・家族・当事者:同居・相談相手有
 精神科に通う息子が2人いますが、それぞれに一生懸命治療し、それをサポートする家族も一生懸命生きています。それを「精神科なら殺人しても許される」はひどすぎます。精神病のハンディキャップを負った人々への社会的差別・偏見は大変です。彼らの人権、家族の人権のため、人間の尊厳のためにも闘いたいです。

大分県在住・男性・83歳・グループホーム世話人
 私たちのグループホームは商店街のなかにあります。まわりの人々はみな事件に関係なくつきあってくれます。入所者には大変ショックだったのですが、近所の人々がじっと見守ってくれたので、安心して職場に通っています。地域の方々が前向きに応援してくれるので、大変ありがたく感謝しています。

長野県在住・女性・56歳・社協勤務保健婦
 当町でも当事者が子どもを連れた若い母親から避けて通られたということがあり、本人はとてもショックだったと当事者の会で話されておりました。
 今回の事件は非常に悲しい事件でした。しかし事件そのものを冷静に受け止め、当事者自身が学習する必要があります。地域の人たちがどのように受けとめているかを知って、両者がどのような合意のもとに地域での理解を深めていくことが必要かを話し合うことがぜひとも必要です。そのことを地道に繰り返していくしかないものと思います。
 当町では、その学習を事件後に行い、当事者から事件に屈せずこれからも学習を続けたいとのメッセージを伝えました。学習を地道に続けていくことで、少しずつ地域の理解を深めていくことが今いちばん必要と思われます。

神奈川県在住・女性・62歳・相談相手有
 私の長男は今、浦河赤十字病院に入院中、浦河べてるで有名な川村先生の治療を受けています。今度の事件で、私自身、精神障害福祉が後退するのではと不安を受けました。でも、この事件をきっかけに負の部分だけ見るのではなく、プラスの部分があったはずです。いろいろな意見が出て、あらためて精神障害者を知ってもらった、勉強したという人たちもいたと思います。このままうやむやにせず、たとえば、退院後のケアこそ大事と思いますので、そのケアをする人たちの確保など、前へ前へと進んでいきたいものです。
(季刊『Review』2002 No.38 特集「池田小学校事件」)
by open-to-love | 2007-09-24 19:40 | 池田小学校事件 | Trackback | Comments(0)
池田小事件緊急アンケート 当事者編

岩手県在住・通院中・女性・26歳・家族と同居・相談相手有
 すごくイヤな気持ちになった。デイケアに通っているが、みんなで「これでまたうちらが変な目で見られるね」と話し合った。実際そういう目にあった人もいた。
 私ももともと対人恐怖症ぎみだが、一番子どもの視線が怖くなった。子どもは正直だから。近所の公園の近くを通るのが怖い。こういう事件は本当に迷惑だと思った。二度と起こらないでほしいし、偏見を持つ人たちが増えないでほしいと思った。

新潟県在住・男性・44歳・入院中・相談相手有
 宅間某を絶対に死刑にしてはいけないと思います。罪を憎んで人を憎まず、です。彼には重い十字架を背負い、生きていってほしいと思います。それが事件の再発防止につながるのではないでしょうか。人間、誰でも過ちを犯す。過ちを犯すから人間なのではないでしょうか。罪は償ってもらいましょう。罰はいさぎよく受けてもらいましょう。宅間某は37歳といいます。亡くなられた子どもたちの親と同世代です。人間の弱さとは人を憎む心であり、人間の強さとは人を赦す心である。再び言いますが、宅間某を死刑にしてはいけない。我々はこの事件を教訓に人生について考えたい。たぶん人生とはどんな人にも素晴らしいものであっていいはずだ。

大阪府在住・女性・34歳・通院中・家族と同居・相談相手有
 自分もこんな風になったらどうしようと不安になった。調子が悪くなって、社会的王訓練で働いている先の人が病気の人はいやだと言うような気がして制服が着れなくなった。Tシャツで過ごした。でも実際はそんなことを直接言ってくるような人はいなかったので、1週間くらいたったら制服が着れた。
 だからといって安心しているわけではありません。健常者のさじ加減一つで私たちの立場はどうにでもなるから、これからどうなるのかおびえている状態です。
 絶対に病気で人に迷惑はかけたくない。でも私は社会で自立したい。そのために理解者・支援者がほしいので、このような事件は本当に困ります。
 でも本当の精神障害者のことを知らない人はすごく心配なのでしょうね。だから私たちのことを知ってもらうということがこれからは大切になってくると思います。全家連などで一般の人の病気に対する理解が深まるような活動をこれからも続けてください。お願いします。

長野県在住・男性・36歳・通院中・家族と同居・相談相手少ないがいる
 事件の第一報を聞いたとき、精神障害がらみと直感的に思った。精神障害の当事者もこれから、自分にできるだけは社会のルールをしっかり守り、他者に迷惑をかけたり不快な思いをさせないように努めなければならない。障害を理由に甘えてはいけない。その上で、社会に人間の尊厳を訴えたい。
 特にマスコミ関係にはよく精神障害について理解してもらいたい。一部の過激な意見に対しては、公平な立場で説明不足なところを建設的にフォローしてほしい。

東京都在住・男性・57歳・通院中・家族と同居・相談相手有
 私はいっぱいに目を広げて毎日何度もニュース(テレビ)を見ていました。犯人は、精神病者であったとしても、判断がつかなくなっていたとしても、正常者と同様の罪を受ければいいのです。正常者と対等になるべきです。それが平等というものです。死刑には反対ですが…。何もおそれることはありません。

青森県在住・男性・29歳・家族と同居・施設に入所・相談相手有
 自分は、福祉工場で働いている当事者です。1994(平成6)年、自殺未遂をきかっけに入院。宅間容疑者と同じ措置入院でした。
 不況のせいでフリーターをやめて今の職場に入社して2年目に入ろうとしています。今の現実をみても、夜間暴走している若者と今回の当事者の区別をぜひ誰かに聞いてみたいものです。同じ病歴のある人たちがみんなが同じだと思ってはいけない。自分は自分と思ってがんばっていきましょう。負けたら自分が負けです。胸をはって仕事していきませんか。仕事っていいですよ。

神奈川県在住・女性・36歳・通院中・家族と同居・施設に通所・相談相手有
 たいへん衝撃的でした。食欲不振になり1キロやせました。自分も悪いことをしてしまうのではという不安があった。一般の人が犯罪を起こす割合よりも精神障害者が犯罪を犯す割合が少ないということを必ず言ってほしい。事件を起こした精神障害者が医療を受けるだけではなく罪をつぐなうということもしてほしいと思います。病院のあり方で基準の医師数や看護にあたる人数を増やしてほしいです。

愛知県在住・男性・30歳・通院中・家族と同居・相談相手有
 今までは就職活動などを行う時、胸をはって「分裂病です」と言おうと思っていた。News23などで分裂病の人たちの報道があり、何となく言えるんじゃないかと思っていた。が、今回の事件が起こり、世間があの事件を忘れない限り、自分は「分裂病です」などと胸をはって言えないじゃないか、門前払いされるんじゃないかと思う。
 池田小の事件は、確かに分裂病患者の急性期なら起きる可能性はある。しかし宅間容疑者にそんな様子はみられなかった。
 ただ気になったのは、最初は分裂病と報道されていたが、その病名が途中から変わったことだ。報道関係者が全家連の働きかけなどで分裂病の人に配慮して病名を変えたんじゃないかと考えてしまう。もしそうなら真実を報道すべきではないのか、別にそれによって分裂病患者のすべてが危険だと見られたとしても、それは知識不足によるものだから恐れることではないと思う。

山口県在住・男性・45歳・通院中・精神障害者夫婦・相談相手無
 テレビを見て具合が悪くなったという声はよく聞きました。私は自宅にテレビがないのでNHKラジオと新聞(地方紙)、女性週刊誌などで情報を得ました。たいへん心が重くなり、夜の寝つきが悪くなりました。団地内には「無差別殺傷事件発生」との貼り紙が今もあり、とても精神障害者夫婦と公言できません。アルバイト先の民間会社では、普通に接してくださり、大変うれしかったです。会社は1995(平成7)年11月2日から今日まで働かせていただいていますが、精神障害者として隠すことなく就職していたのがよかったのだと思います。事件後にNHKラジオを聞いていたら全家連のことも報道されていてとても勇気づけられました。全家連の存在が神様のようにありがたく、患者会活動も続けられました。山口県内では、「精神障害」に対する関心が広がりました。

千葉県在住・男性・30歳・通院中・家族と同居・相談相手有
 今回の事件と報道は、私たち精神障害者や社会が抱えている問題を皆で考えるために今の時代ではどうしても避けて通れなかったのではないかと思います。
 私の印象では、精神障害者といえども普通の人で、善い人もいれば悪い人もいる。匿名にしたり免責にすること自体、歴史的に残されてきた偏見だと感じます。障害者や社会がそういった甘えや偏見を取り除いて自分のすることに責任を持つことと差別がなくなることとは同時進行だと思います。
 何よりも一人ひとりが神を畏れて正しい生活をするならば、すべてのことが善きに働き、そうしないならば障害者であろうとなかろうとすべてが悪く働くことを聖書を通して日々教えられています。

東京都在住・男性・32歳・通院中・一人暮らし・アルバイト・相談相手有
 僕は今、アルバイトをしています。そこで僕は病気のことを明かして働いています。職場で働いている人に「やさしい精神分裂病ハンドブック」(埼玉県精神保健福祉協会発行)を読んでもらっています。また、「今回の事件は特異な精神障害者が起こした」という旨の僕が通っている病院の院長先生の文章も読んでもらいました。やはり本人が直接言うと、説得力が違うようです。この事件を機にまた一つみんなに病気のことを知ってもらえました。「マスコミ」より「口コミ!」です。

大阪府在住・男性・39歳・通院中・施設通所・相談相手有
 今回の事件の翌日に映画にいく予定をしていた。私はいつも手帳を使用し、安い値段で映画に行っている。しかし、私と犯人が同一視されるのが怖くて、手帳を使用する勇気が無く、その日の映画は断念した。なんだかせっかく取得した手帳に嫌悪感が湧いた。

広島県在住・男性・35歳・通院中・家族と同居・スーパー勤務・相談相手有
 今回の事件のあった日にちょうど当事者の会がありました。帰宅後この事件を知り、たいへんびっくりしました。まず犠牲者が子どもだったということで二重のショックでした。同時にご家族の方その他大勢の人のケアが大切なのではと思います。
 私自身は精神分裂病の当事者です。私は今、社会適応訓練事業でスーパーで普通に勤めていますが、まったく問題なく過ごしています。というのも、私がこの病気のことを隠すのが嫌いで、同じ職場で働いている人たちにもこの病気になっていることを話しています。また私の仕事ぶりを見て、認めてくれるのではないかと思います。
 隠さない生き方や、こういった事件のことをもっと多くの人たちと(当事者も含めて)話し合いたいし、そういう話をどこに持っていけばよい方向へ向くのだろうかと思います。これは自分だけが特別ということではなく、障害を障害と思わずに生きていくことのほうが大事なのではと思うのです。
 といっても実際に行動を起こしてはいないのですが、当事者がもっと関心を持って、ハンセン病の人たちが行動したように動けばいいのですが難しいです。広島市のある区で今、生活支援センターをつくるという話が出ているのですが、近所の方の猛烈な反対運動が起きています。何とか生活支援センターをつくって、流れを変えていきたいものです。

東京都在住・男性・33歳・通院中・家族と同居・相談相手無
 精神障害者=危険分子というレッテルは私のまわりでも大きな存在で、アルバイトを断られたり、私が障害者ということで旧友が去ったりした。
 私は視線恐怖が主たる症状なので、外出が前以上にむずかしくなった感じがする。10代のとき、トロいところをつつかれて、それがいじめとなっていった過去のことが夢に出て、事件以降それが頻繁になって苦しんでいる。精神的に衰弱して居たたまれないのが今の私だ。一人で居ることは慣れているが、白眼視されている気分に耐えられない。昔から「おまえは○○だから」とカテゴリーに入れられ、いわれのない〝制裁〟を受けてきたので、「開き直られたらどんなにいいか」と考えてします。でもできない。世論を席巻したマスコミに対して、この損失を補って償ってほしいと思うのは悪いことだろうか。

神奈川県在住・男性・39歳・通院中・家族と同居・相談相手有
 精神科医を名乗るマスコミでの言動が、精神障害者がいかに健常者と異質なのかを煽動している。犯罪を犯した人は罰せられるのは当然である。しかしこれらの精神科医は、一度も会ったことのない人間に対して、社会防衛的な見地に立って〝断定〟に等しい〝診断〟を行っている。これらが「医者」として、分裂病・うつ病・非定型精神病に対する偏見を煽動しているのは明白な事実である。精神神経学会もこれらの医師に対して、何らかの措置を取るっように働きかけるべきだ。

滋賀県在住・男性・46歳・通院中・家族と同居・施設通所・相談相手有
 精神障害者が事件を起こすと、いつも大きく報道され問題にされますが、事件を起こすのは、精神障害者ばかりではないということです。精神障害者は何をするかわからない、というのは偏見だと思います。何をするかわからないから病院に収容というのは人権無視の一般的な考え方ですね。
 一般の人は罪を犯すと刑罰を受けますね。精神障害者の場合は無罪ということですが、精神病の症状が軽くなったとき、または、なくなったとき、正しく事件の責任を取れるようになったときに、一般の人と同じ様に刑罰を受けるべきだと思います。そうでないと平等にならないでしょう。一般の人の場合、罪を犯せば刑罰があるのに、精神障害者の場合、症状が軽くなった、または、なくなったのち責任がとれる状態になったのに無罪のままだと、精神障害になったほうが刑罰を受けないので得ということになり、一般の犯罪者と不平等になり、社会の秩序が保てなくなるのでは、と思います。
 刑罰のなかで死刑は重い、だから精神障害にしたら罪は軽くなる、だから罪を軽くしなければならない、と弁護士さんは考えるようです。弁護士さんの立場になって考えると、確かに罪は軽くなるのがよいのですが、罪を軽くすると弁護士さんはお金をたくさんもらえて儲かるとか、多くの人の罪を軽くしたことで実績が上がり人気が高くなる、弁護士さんの株が上がるということも見逃せないことの一つではないでしょうか。
 また精神病院で精神症状がよくなった場合、当事者が社会に出て、また罪を犯すかどうかという未来のことは精神科の医者に判断はつかないでしょう。そこを無理に責任を押し付けると、障害者は病院から出られなくなるでしょう。
 精神病=犯罪=無罪という考え方を捨てなければだめでしょう。一般の人も罪を犯すことがあり、精神障害者は罪を犯しても無罪か、ええなあ〜、と精神障害者を心から排除するように考える対象とせず、世の中に精神障害者をつくらないようにするにはどうしたらいいのかをまじめに考える必要があると思います。

静岡県在住・男性・30歳・通院中・家族と同居・相談相手無
 今回の宅間守が起こした事件で他の精神障害者が迷惑した。障害者に対し、社会の偏見がさらに強くなってしまった。障害者に対し、社会の偏見がさらに強くなってしまった。障害者は病気を隠し続けるしかない。ノーマライゼーションどころではなくなってしまったと私は思う。病気があるとわかっただけでリストラされた経験があるので就労もきびしくなりました。くやしい気持ちでいっぱいです。

北海道在住・男性・33歳・通院中・家族と同居・相談相手無
 不安になりました。精神障害者はいらないモノのように思えました。人を人として見てほしいと思います。

香川県在住・男性・43歳・通院中
 精神障害者の生活の実態や、どのような状態で発病しているのかなどを広く新聞などに知らせる必要があると思います。ホームヘルプサービス、親なき後の後見人の問題等、一般の人が考えるより精神障害者の生活の実態は厳しいものがあり、国の保護の下にあるとはいえ、生活は困窮していることを知らしめる必要があると思います。

鹿児島県在住・男性・46歳・通院中・家族と同居・施設通所・相談相手無
 ただでさえマスコミ報道におびえているのに、大胆な事件が起きて、日本国中の仲間は職場復帰を考えて地道に行動をしているのに、今回のことで、隠れて過ごすしかないように思います。どうしたらよいでしょうか?皆が罪をかぶらないといけない。

千葉県在住・男性・46歳・通院中・施設通所・一人暮らし・相談相手有
 第一報を聞いたときはたいへん大きな衝撃を受けました。次の日「作業所」を休んでしまいました。落ち着いてくると、これでまた差別・偏見がいっそう激しくなるのではないかと懸念しました。
 一方、作業所では、私が休んだ日のミーティングで取り上げられたかどうかは不明ですが、この事件についてタブー視せず徹底的に議論してほしいと思います。

秋田県在住・女性・37歳・通院中・家族と同居・相談相手有
 私は病気もありますが、普通の人と同じように仕事もしています。精神病者の犯罪は普通では考えられない異常な内容です。考えられない非道な犯罪を犯した犯人は病気だから責任能力を問われないこともあります。やはり、精神病者の存在は社会にマイナスの面があることが否めません。犯罪を犯したら、責任を取らせ罰することも必要だと思います。それ以上に防止のため、精神病者の病気の回復を願っています。

女性・34歳・通院中・家族と同居・相談相手有
 小学生は傷ついてしまった。心のケアが必要だといわれるが、子どもたちに夏休みを利用して精神病院へ合宿するなどということは不可能だろうか。精神障害者はこわい人ではないことがわかると思うし、言葉や理屈ではなく、患者さんとのふれあいは、心のケアというか、心の教育になると思う。

東京都在住・男性・24歳・通院中・家族と同居
 今回はとてもショックで不安がとれず今も続いています。どうか今回の事件でのいろいろな人からのバッシング・裏切り・偏見・差別をなくしてほしい。今回みたいな事件は二度とニュース報道してほしくない。本当に今も心が痛いし、動揺しています。あまりにもひどい事件なので、今も心が苦しい。今回の事件はもうたくさん。

宮城県在住・男性・42歳・通院中・家族と同居・相談相手有
 池田小事件の一報を聞いたとき驚いてしまった。閉鎖病棟にいる仲間が心配です。どんなに回復していても、過去の負の遺産のために泣かされるのは事件に関係のない障害者です。もっと全家連が精神障害者のイメージアップをテレビのCMで放送するか、チラシをもっと市町村の福祉協議会を通じ全戸配布するとかせねば、社会向上はあり得なくなってしまう。私も当事者の一員として何か活動に参加したいものです。

福島県在住・女性・40歳・通院中・家族と同居・相談相手有
 連日のマスコミ報道で本当に私はたいへんな病気なんだと将来に対する不安、まわりの偏見に怒りさえ感じます。ああいう事件が報道されるたび、自分が人として正当に扱われないような気がして人間不信になっています。
 例えば、実家に行くと、私にわからないよう勝手にかばんの中を見たり、知人と電話で話していても本気で話を聞いてもらえなかったり、手紙を出してもほとんど返事はもどってきません。心の病がこれほど差別・偏見を受けることに対してマスコミの人たちはどれだけ病気のことを理解しているのでしょう? 人の心の痛みも考えず土足で入ってきて、心を乱しておいて、具合が悪くなってトラブルを起こすと病気のせいにされ、私たちにも人権があるはずです。全家連にもっとそういった活動にも力をいれてほしいです。
 ハンセン病勝訴を喜んでいたときにこの事件で、もう生きているのも嫌になっています。

大阪府在住・女性・31歳・通院中・家族と同居・相談相手無
 池田小の事件はとてもショックで、まるで悪夢のようでした。精神病を装っていたらしいですが、本当に病気の人ならあんなにひどいことを堂々とできないと思います。被害にあわれた人たちはみんな小さな命だったのに、本当に気の毒です。私の場合、とくに事件以後変わったことはないのですが、本当に病人だったのか、犯人の動機が知りたいです。
(続く)

(季刊『Review』2002 No.38 特集「池田小事件」)
by open-to-love | 2007-09-22 18:26 | 池田小学校事件 | Trackback | Comments(0)

一臨床医の本音

一臨床医の本音 大学病院精神科医・匿名希望

 はじめに、私の立場を明かにしたいと思います。現在、精神科医5年目で、大学病院に勤務しております。大学に戻る前には、地域の単科精神病院に勤めていました。生物学的分野や積極的な地域性新医療分野、精神分析的分野や司法精神医療等に特に長けているわけではありませんが、どの分野も平均的に学んでいる精神科医だと自分では思っています。
 大阪・池田小事件が起った時に、その悲惨さやマスコミ報道の影響に対する不安等により受けた衝撃は、今でも残っています。ただ事件そのものに対しては、私は直接の関係者ではないので意見等を言うことはできません。また、マスコミ報道等に関しても意見はありますが、今回は身近で起こったことや一精神科医としての現場での本音を話す機会だと思いますので、そのようにしたいと思います。

患者や家族に拡がる不安
 事件後、私のまわりにもいろいろな影響がありました。担当患者さんのなかには、「この病気のための薬を飲むとあんなことをしてしまうのか」と服薬を拒否して症状が悪化した方や、「ああはなりたくない」と将来を悲観して自殺未遂をした方もいました。患者さんの家族からも、事件についての説明を何度も求められ、社会の偏見・差別が強まるのではないかという不安が、患者さんやその家族に拡がっていることを強く感じました。この事件で彼らの多くが苦しんでいることを、まず伝えたいと思います。
 次に、一臨床医の本音というか感覚を述べたいと思います。今回の事件が起ったときに、容疑者の担当医に対して、まず最初に感じたのは「ツイテないな」という同情の気持ちでした。それは自分がその人の担当でなくて「ツイテたな」という気持ちでした。なぜこのような運、不運の感覚が芽生えるかを考えてみると、精神科医療の実際の現場では、一臨床医として「対応してはいけないこと」、「対応できないこと」に対応せざるを得ないときが多々あるからだと思いました。そういう矛盾が運、不運の感覚を起こしているのだと思います。

精神科医は社会的防衛問題の責任はとれない
 精神科医は、医学的判断のみに基づいて入退院の判断を行うべきであり、今回の事件に関してもそうであったのならば批判されるべきではないと思います。基本的に医療は、医学的に必要だと判断されるサービスを患者さんに与えることだと思いますから、社会的防衛問題に関する責任は取りたくないし、取ってはいけないと思っています。あらゆる状況における事件の予測をすることは不可能ですし、してはいけないと思います。そんなことをしていたらあらゆる人を隔離することになり、医療にはなりません。
 しかし、実際にはそのような要求は社会に存在します。今回の事件により、社会防衛的な観点が一層強調され、一般化されれば、精神科医が抱える矛盾はより大きくなるのではと心配しています。一方で、社会防衛的見地を抜きにして、純粋に医療的対応を要する患者さんも存在するわけですが、現在の精神科医療の枠内で対応するには絶対的にマンパワー不足だと感じられます。特に外来でのフォローアップ体制は未だ不十分だと思います。
 また、このような事件が患者さんやその家族に大きな影響を与えてしまった原因の一つに、精神科医療(特に入院治療)の対象に対するあいまいさがあると思います。精神科医療自体が、まだまだ未熟であることも当然問題視されるべきですが、実際に臨床現場では、ある種の社会防衛的要素や人権的要素の影響を受けて、現在の精神科医療では対応困難、あるいは部分的援助しかできないか、精神科医療よりも別の観点が必要と思われる人たちを、対象とせざるを得ないことがあります。
 さきほども述べたとおり、今回の事件に関して私は直接の関係者ではないのでわかりませんが、いわゆる反社会的人格障害等の診断を受けるような方に対しては、そのように言える部分があるのではないかと思います。人格障害の診断の使用には注意が必要ですが、そのように診断せざるを得ない方は存在します。思うに、精神科医療の対象者が事件を起こすのではなく、事件を起こす人が精神科医療の対象者になるという状況があるのです。精神科医療の対象があいまいで拡がっていることによって、本当に確実に医療が必要な方まで事件の際に同一視されることが起こっていると思います。
 そのように考えると、今回の事件後の波紋も、ある部分予想できたことです。社会で対応すべき問題を、精神科医療という狭い世界をある種スケープゴートにして対応している部分があるのです。このような歪みを正し、精神科医療を含めた社会全体で対応していく環境づくりが必要だと思います。精神科医もそのなかでどんな役割がとれるかを考える必要があることは確かです。今回の事件が抱える問題は当然大きく、複雑で微妙なものです。社会全体で冷静に考えていく必要があると思います。
(季刊「Review」2002 No.38 特集「池田小学校事件」)
by open-to-love | 2007-09-18 23:43 | 池田小学校事件 | Trackback | Comments(0)
大阪池田小事件による報道被害に関する調査(全家連企画部・報道被害調査担当)

 池田小事件直後から全家連にはマスコミ報道による地域社会への影響を危惧する声や深刻な不安の声が数多く寄せられた。報道による被害の実態を明かにするため、医師・患者・家族への調査を行った。

はじめに
 2001(平成13)年に大阪教育大付属池田小で起こった児童殺傷事件は、想像を絶するほど悲惨なものでした。その悲惨さゆえ、事件は新聞、テレビ、週刊誌などで大きく取り上げられ、ことさら容疑者の精神科への入・退院歴や診断名についての情報が飛び交いました。このような状況のなか、事件直後から全家連の相談室には、精神障害者本人や家族などから「自分も精神科にかかっているというだけで容疑者と同じようにみられてしまうのではないか」「周囲の人に危険な目で見られている気がして外出したくない」「精神障害者社会復帰施設建設反対運動が起こってしまった」といった相談が数多く寄せられました。そのような事態を重く受け止めた全家連では、この事件の報道を精神障害者本人やその家族、あるいは精神科医がどのように感じているのか、そしてまたこのような報道によってどのくらいの人が精神的・身体的苦痛を被ったのかということについて、調査を行いました。

調査方法
 調査は、事件から1カ月が経過した7月中旬に行われました。院内に家族会のある精神病院・診療所(全国に計284病院)のうち、趣旨に賛同して調査に協力していただいた122病院に対して、郵送で実施しました。
 まず、各病院で外来の患者さんを最も多く診察している常勤の医師を3人(計366人)選び、調査担当医になっていただきました。そして、病院ごとに調査日を設定し、その日に外来受診した精神分裂病などの患者さんのうち受診時間の早い順に10人(計1220人)を選んでいただきました。
 調査は、各病院3人の医師がそれぞれの担当患者さんについて回答する医師調査と、対象患者さん本人が自記式で回答する家族調査によって実施されました。本人調査と家族調査の調査票は、受診者が患者さんであれば患者さんを通して家族に渡してもらい、受診者が家族であれば家族を通して患者さんに渡してもらいました。
 回収率は医師調査62・6%(229票)、本人家族調査41・5%(506票)でした。この本人・家族調査の506票のなかには、本人票・家族票のいずれかのみが回収されたものも含まれていますが、手続きに誤りがあった7病院から本人票と家族票がペアで回収されなかったため、正確には回収率はこれより若干下がると考えられます。なお、本人調査・家族調査の回答数はそれぞれ436人・388人でした。

調査結果
 対象者(本人・家族)の属性は図1に示した通りです。

図1−1 対象者の属性(本人調査)
男性 267人(61・2%)
女性 165人(37・8%)
その他・無回答 4人(0・9%)

30歳未満 69人(15・8%)
30歳以上45歳未満 193人(44・3%)
45歳以上60歳未満 132人(30・3%)
60歳以上 36人(8・3%)
その他・無回答 6人(1・4%)  合計436人

図1−2 対象者の属性(家族調査)
女性 222人(57・2%)
男性 145人(37・4%)
その他・無回答 21人(5・4%)

60歳未満 140人(36・1%)
60歳以上70歳未満 121人(31・2%)
70歳以上80歳未満 91人(23・5%)
80歳以上 14人(3・6%)

精神的・身体的症状
 本人調査と家族調査の結果から、事件後、報道の影響と思われる何らかの精神的・身体的症状が見られた人は本人38・0%(165人)、家族39・4%(154人)でした。具体的な症状を図2・図3に示しています。
 また、今回の事件報道を見聞きしたことによって、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と類似の症状が見出された人が、本人で15・7%、家族で12・0%いたということが明かになっています(ただし、事件報道を見聞きしたという出来事がPTSDの診断基準の定義を満たしているわけではないので、単純に、PTSDになった人がいた、という結論にはなりませんので注意が必要です)。具体的には、本人・家族とともに、「事件報道については考えないようにしている」「事件報道のことは、もう忘れてしまうようにしている」「事件報道については話さないようにしている」といった事件との接触の忌避行動や、「報道された事件のことを思い出すと、そのときの気持ちがぶり返してくる」「事件報道について、感情が強くこみあげてくることがある」といった強い感情の高まりなどを主な症状として挙げた人が多くいました。

図2 事件報道による影響(本人調査)
症状が不安定になった=9・2%
眠れなくなるなど生活リズムが乱れた=7・3%
今までやっていたことをする気になれなくなった=13・5%
病気や障害について深く考え悩んだ=25・9%
他人の目が気になり外出が嫌になった=11・2%
近所の人と人間関係がうまくいかなくなった=4・1%
家族や親戚と人間関係がうまくいかなくなった=4・6%
友人・知人と人間関係がうまくいかなくなった=4・6%

図3 事件報道による影響(家族調査)
眠れなくなるなど生活リズムが乱れた=8・5%
今までやっていたことをする気になれなくなった=7・2%
本人の病気や障害について深く考え悩んだ=30・4%
仕事や家事などを休みがちになった=3・1%
近所の人と人間関係がうまくいかなくなった=3・4%
家族や親戚と人間関係がうまくいかなくなった=3・4%
友人・知人と人間関係がうまくいかなくなった=2・6%

(注)図2は上5つが「精神的・身体的症状」、下3つが「人間関係の悪化」を、図3は上4つが「精神的・身体的症状」、下3つが「人間関係の悪化」を示しています。

人間関係の変化
 本人調査、家族調査などから、事件後、近所の人や家族・親戚・知人などとの人間関係が悪化したと答えたのは本人11・0%(48人)、家族7・5%でした。人間関係悪化の相手としては、本人では「家族や親戚」(4・6%)、「近所の人」(3・4%)、「友人・知人」(3・1%)の順でした。

院内で見られた事件報道による患者への影響
 医師調査の結果から、事件後、事件や事件報道の影響を受けて症状や人間関係が悪化したり深く悩んだりした患者さんがいたと答えた医師が1人以上いた病院は92病院中83病院(90・2%)でした。
 具体的には、「自分の病気や障害について深く考え悩むことがあった患者さんがいた」(73・9%)、「他人の目が気になったりして外出が嫌になった患者さんがいた」(63・0%)、「再発というほどではないが症状が不安定になった患者さんがいた」(57・6%)、「眠れなくなったりするなど生活のリズムが乱れた患者さんがいた」(50・0%)などが多く見られましたが、深刻なケースとして、「自殺した患者さんがいた」(1・1%、2人)、「入院・再入院した患者さんがいた」(16・3%、24人)「再発した患者さんがいた」(13・0%、21人)なども見られました。なお、ここで深刻なケースに記された人数は、調査対象である229人の医師が受け持つ患者さんの総数(約17765人)中の人数を意味しています。

図4 院内で見られた事件報道による患者への影響(医師報告)
入院・再入院した=16・3%
再発した=13・0%
再発というほどではないが症状が不安定になった=57・6%
自殺した=1・1%
眠れなくなったりするなど生活リズムが乱れた=50・0%
自分の病気について深く考え悩むことが増えた=73・9%
他人の目が気になって外出が嫌になった=63・0%
近所の人との人間関係がうまくいかなくなった=26・1%
家族や親戚との人間関係がうまくいかなくなった=31・5%

表1.患者への特に深刻な影響(医師報告)
症状       人数  病院数    %
自殺した      2    1  1・1
入院・再入院した 24   15 16・3
再発した     21   12 13・0
(注)人数は、医師回答のあった92病院の各1〜3名の医師計229人の医師が受け持つ患者の総数(17765人)中の人数。病院数と%は図3の再掲

偏見の強まり
 本人調査、家族調査、医師調査から、今回の事件報道により、「精神障害者や精神科通院者に対する偏見が強くなった」・「どちらかといえば強くなった」と答えたのは、本人57・1%(248人)、家族53・7%(210人)、医師72・1%(165人)でした。

まとめ
 精神科に通院している患者さんやその家族のなかには、今回の報道の影響を受けて精神的・身体的変化や人間関係の悪化を報告した人が数多くいました。また、診療中に事件報道の影響と思われる何らかの訴えをしてきた患者さんがいると答えた病院は9割を超えていました。なかには事件報道の影響を受けて自殺や再入院、再発するといった深刻なケースも見られました。さらに、患者さん・家族・医師ともに半数以上の人が、今回の事件報道で精神障害に対する偏見が強まったと感じています。これらのことから、今回の事件報道が精神障害者や精神科通院患者に少なからず悪影響を及ぼしていることが明らかになりました。このような事実を受け、今後の事件報道のあり方を再検討する必要性があるといえるでしょう。
(季刊『Review』2002 No.38 特集「池田小学校事件」)
by open-to-love | 2007-09-17 00:01 | 池田小学校事件 | Trackback | Comments(0)
大阪池田小事件による報道被害に関する調査(全家連企画部・報道被害調査担当)

 池田小事件直後から全家連にはマスコミ報道による地域社会への影響を危惧する声や深刻な不安の声が数多く寄せられた。報道による被害の実態を明かにするため、医師・患者・家族への調査を行った。

はじめに
 2001(平成13)年に大阪教育大付属池田小で起こった児童殺傷事件は、想像を絶するほど悲惨なものでした。その悲惨さゆえ、事件は新聞、テレビ、週刊誌などで大きく取り上げられ、ことさら容疑者の精神科への入・退院歴や診断名についての情報が飛び交いました。このような状況のなか、事件直後から全家連の相談室には、精神障害者本人や家族などから「自分も精神科にかかっているというだけで容疑者と同じようにみられてしまうのではないか」「周囲の人に危険な目で見られている気がして外出したくない」「精神障害者社会復帰施設建設反対運動が起こってしまった」といった相談が数多く寄せられました。そのような事態を重く受け止めた全家連では、この事件の報道を精神障害者本人やその家族、あるいは精神科医がどのように感じているのか、そしてまたこのような報道によってどのくらいの人が精神的・身体的苦痛を被ったのかということについて、調査を行いました。

調査方法
 調査は、事件から1カ月が経過した7月中旬に行われました。院内に家族会のある精神病院・診療所(全国に計284病院)のうち、趣旨に賛同して調査に協力していただいた122病院に対して、郵送で実施しました。
 まず、各病院で外来の患者さんを最も多く診察している常勤の医師を3人(計366人)選び、調査担当医になっていただきました。そして、病院ごとに調査日を設定し、その日に外来受診した精神分裂病などの患者さんのうち受診時間の早い順に10人(計1220人)を選んでいただきました。
 調査は、各病院3人の医師がそれぞれの担当患者さんについて回答する医師調査と、対象患者さん本人が自記式で回答する家族調査によって実施されました。本人調査と家族調査の調査票は、受診者が患者さんであれば患者さんを通して家族に渡してもらい、受診者が家族であれば家族を通して患者さんに渡してもらいました。
 回収率は医師調査62・6%(229票)、本人家族調査41・5%(506票)でした。この本人・家族調査の506票のなかには、本人票・家族票のいずれかのみが回収されたものも含まれていますが、手続きに誤りがあった7病院から本人票と家族票がペアで回収されなかったため、正確には回収率はこれより若干下がると考えられます。なお、本人調査・家族調査の回答数はそれぞれ436人・388人でした。

調査結果
 対象者(本人・家族)の属性は図1に示した通りです。

図1−1 対象者の属性(本人調査)
男性 267人(61・2%)
女性 165人(37・8%)
その他・無回答 4人(0・9%)

30歳未満 69人(15・8%)
30歳以上45歳未満 193人(44・3%)
45歳以上60歳未満 132人(30・3%)
60歳以上 36人(8・3%)
その他・無回答 6人(1・4%)  合計436人

図1−2 対象者の属性(家族調査)
女性 222人(57・2%)
男性 145人(37・4%)
その他・無回答 21人(5・4%)

60歳未満 140人(36・1%)
60歳以上70歳未満 121人(31・2%)
70歳以上80歳未満 91人(23・5%)
80歳以上 14人(3・6%)

精神的・身体的症状
 本人調査と家族調査の結果から、事件後、報道の影響と思われる何らかの精神的・身体的症状が見られた人は本人38・0%(165人)、家族39・4%(154人)でした。具体的な症状を図2・図3に示しています。
 また、今回の事件報道を見聞きしたことによって、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と類似の症状が見出された人が、本人で15・7%、家族で12・0%いたということが明かになっています(ただし、事件報道を見聞きしたという出来事がPTSDの診断基準の定義を満たしているわけではないので、単純に、PTSDになった人がいた、という結論にはなりませんので注意が必要です)。具体的には、本人・家族とともに、「事件報道については考えないようにしている」「事件報道のことは、もう忘れてしまうようにしている」「事件報道については話さないようにしている」といった事件との接触の忌避行動や、「報道された事件のことを思い出すと、そのときの気持ちがぶり返してくる」「事件報道について、感情が強くこみあげてくることがある」といった強い感情の高まりなどを主な症状として挙げた人が多くいました。

図2 事件報道による影響(本人調査)
症状が不安定になった=9・2%
眠れなくなるなど生活リズムが乱れた=7・3%
今までやっていたことをする気になれなくなった=13・5%
病気や障害について深く考え悩んだ=25・9%
他人の目が気になり外出が嫌になった=11・2%
近所の人と人間関係がうまくいかなくなった=4・1%
家族や親戚と人間関係がうまくいかなくなった=4・6%
友人・知人と人間関係がうまくいかなくなった=4・6%

図3 事件報道による影響(家族調査)
眠れなくなるなど生活リズムが乱れた=8・5%
今までやっていたことをする気になれなくなった=7・2%
本人の病気や障害について深く考え悩んだ=30・4%
仕事や家事などを休みがちになった=3・1%
近所の人と人間関係がうまくいかなくなった=3・4%
家族や親戚と人間関係がうまくいかなくなった=3・4%
友人・知人と人間関係がうまくいかなくなった=2・6%

(注)図2は上5つが「精神的・身体的症状」、下3つが「人間関係の悪化」を、図3は上4つが「精神的・身体的症状」、下3つが「人間関係の悪化」を示しています。

人間関係の変化
 本人調査、家族調査などから、事件後、近所の人や家族・親戚・知人などとの人間関係が悪化したと答えたのは本人11・0%(48人)、家族7・5%でした。人間関係悪化の相手としては、本人では「家族や親戚」(4・6%)、「近所の人」(3・4%)、「友人・知人」(3・1%)の順でした。

院内で見られた事件報道による患者への影響
 医師調査の結果から、事件後、事件や事件報道の影響を受けて症状や人間関係が悪化したり深く悩んだりした患者さんがいたと答えた医師が1人以上いた病院は92病院中83病院(90・2%)でした。
 具体的には、「自分の病気や障害について深く考え悩むことがあった患者さんがいた」(73・9%)、「他人の目が気になったりして外出が嫌になった患者さんがいた」(63・0%)、「再発というほどではないが症状が不安定になった患者さんがいた」(57・6%)、「眠れなくなったりするなど生活のリズムが乱れた患者さんがいた」(50・0%)などが多く見られましたが、深刻なケースとして、「自殺した患者さんがいた」(1・1%、2人)、「入院・再入院した患者さんがいた」(16・3%、24人)「再発した患者さんがいた」(13・0%、21人)なども見られました。なお、ここで深刻なケースに記された人数は、調査対象である229人の医師が受け持つ患者さんの総数(約17765人)中の人数を意味しています。

図4 院内で見られた事件報道による患者への影響(医師報告)
入院・再入院した=16・3%
再発した=13・0%
再発というほどではないが症状が不安定になった=57・6%
自殺した=1・1%
眠れなくなったりするなど生活リズムが乱れた=50・0%
自分の病気について深く考え悩むことが増えた=73・9%
他人の目が気になって外出が嫌になった=63・0%
近所の人との人間関係がうまくいかなくなった=26・1%
家族や親戚との人間関係がうまくいかなくなった=31・5%

表1.患者への特に深刻な影響(医師報告)
症状       人数  病院数    %
自殺した      2    1  1・1
入院・再入院した 24   15 16・3
再発した     21   12 13・0
(注)人数は、医師回答のあった92病院の各1〜3名の医師計229人の医師が受け持つ患者の総数(17765人)中の人数。病院数と%は図3の再掲

偏見の強まり
 本人調査、家族調査、医師調査から、今回の事件報道により、「精神障害者や精神科通院者に対する偏見が強くなった」・「どちらかといえば強くなった」と答えたのは、本人57・1%(248人)、家族53・7%(210人)、医師72・1%(165人)でした。

まとめ
 精神科に通院している患者さんやその家族のなかには、今回の報道の影響を受けて精神的・身体的変化や人間関係の悪化を報告した人が数多くいました。また、診療中に事件報道の影響と思われる何らかの訴えをしてきた患者さんがいると答えた病院は9割を超えていました。なかには事件報道の影響を受けて自殺や再入院、再発するといった深刻なケースも見られました。さらに、患者さん・家族・医師ともに半数以上の人が、今回の事件報道で精神障害に対する偏見が強まったと感じています。これらのことから、今回の事件報道が精神障害者や精神科通院患者に少なからず悪影響を及ぼしていることが明らかになりました。このような事実を受け、今後の事件報道のあり方を再検討する必要性があるといえるでしょう。
(季刊『Review』2002 No.38 特集「池田小学校事件」)
by open-to-love | 2007-09-17 00:00 | 池田小学校事件 | Trackback | Comments(0)

池田小事件と自殺

 平成13年6月に大阪教育大学附属池田小学校で起きた児童殺傷事件は死者8名、負傷者15名を出す悲惨なものであった。この事件では、容疑者の精神科への入・通院歴や診断名がマスコミに大きく取り上げられ、精神医療の現場では、患者への影響を危惧する声が数多く聞かれた。以下のデータは、事件報道が精神科に通院する精神障害者やその家族にどのような影響を及ぼしたのかを明かにするため、全国精神障害者家族会連合会が行った調査結果の一部を抜粋したものである。
(回答・92病院、精神科医229人)

事件後、受け持ち患者の様子に変化はみられましたか?
「症状が不安定になった」57・6%
「症状が再発した」13%
「入院・再入院した」16・3%
「自殺した」1・1%

佐藤秀峰「ブラックジャックによろしく」精神科編④
(2005年、講談社モーニングKC)
by open-to-love | 2007-07-09 16:55 | 池田小学校事件 | Trackback | Comments(0)