精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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カテゴリ:依存症( 10 )

稲村厚著『ギャンブル依存と生きる 家族、支援者と生きづらさを乗り越えるために』

(彩流社、A5判191ページ、2016年10月刊行)

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 ギャンブルがやめられず多額の借金を重ねる…本人も家族も安定した生活を取り戻すためにはどうすればいいのか。
 債務整理さえできればいいのか。施設に通えばいいのか。治療が必要なのか。
 本人の生きづらさと向き合い、柔軟に粘り強く支える支援とは。
 依存の当事者と家族を支える、経験豊かな司法書士が共に考えます。

目次
 第Ⅰ部…Q&Aで考える
 第Ⅱ部…家族と支援者はどう支えるか
 ケーススタディ
  一律的な支援方法から個別支援へ
 司法書士事務所開設から、ワンデーポートとの出会い、そしてワンデーポートの変化に学ぶ
 ともに成長する支援
 生きにくい現代社会を自分らしく生き抜くために

稲村厚:1959年生まれ。司法書士。日本で初めての、ギャンブルに問題がある人の支援施設・NPO法人ワンデーポートの設立からかかわり、現在、理事長。NPO法人リカバリーサポートネットワーク理事。NPO法人消費者機構日本監事。精神保健福祉センター等において家族教室講師、個別相談を担当。
 日本大学法学部卒業。南山大学人間文化研究科教育ファシリテーション専攻修了。1997年全国青年司法書士協議会会長。日本司法書士会連合会理事、神奈川県司法書士会専務理事を歴任。
主著:『ギャンブル依存との向き合い方』(明石書店、共著)ほか。

☆今国会で、カジノを中心とした統合型リゾート施設整備推進法案、いわゆるカジノ法案が審議されています。その審議の中で、しばしば話題に上る「ギャンブル依存(症)」とは何か? 本書はオススメです。(ハートネット事務局・黒田)
by open-to-love | 2016-12-09 20:27 | 依存症 | Trackback | Comments(0)
ギャンブリング問題を考えるセミナー(2016年11月5日)

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日時:2016年11月5日(土)午後1時30分〜4時30分
場所:盛岡市プラザおでって 3階大会議室
問い合わせ:NPO法人いわて生活者サポートセンター
電話019-604-8610
by open-to-love | 2016-10-17 20:55 | 依存症 | Trackback | Comments(0)
樋口進著『ネット依存症』
(PHP新書、204ページ、2013年11月16日)

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 1990年代半ばから「インターネット依存症」という言葉が聞かれるようになった。ただその頃は、まだほんの一部の特殊な人たちのことで、自分には関係ないと考える人が多かった。ところが、いまではもっと身近なものになっている。最初は誰でも「自分は単に人より少しネットにつながっている時間が長いだけ」と思うにすぎず危機感は持たない。それがやがて、生活に支障を来たすことがあるという。本書では、ネット依存に苦しむ患者さんやその家族のことについて、専門外来をもつ久里浜医療センター院長がわかりやすく解説。最新情報や家族に伝えたいことをまとめた。

樋口進:独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター院長。昭和54年東北大学医学部卒。米国立保健研究所留学、国立久里浜病院臨床研究部長、同病院副院長などを経て現在に至る。WHO研究・研修協力センター長、WHO専門家諮問委員、厚生労働省厚生科学審議委員、同省依存検討会座長、国際アルコール医学生物学会次期理事長、日本アルコール関連問題学会理事長、国際嗜癖医学会理事・2014年大会長、アジア・太平洋アルコール・嗜癖学会理事・事務局長等を務める。アルコール教育によく使われるエタノールパッチテストの考案者でもある。

目次
序章 ネット依存治療専門外来
第1章 「ネット依存」とは何か
第2章 「ネット依存」による心と身体への悪影響
第3章 「ネット依存」は治療できるのか
第4章 家族・身近な人はいかに対処すべきか
あとがきに代えて―スマホが手放せないあなたも危ない
by open-to-love | 2015-11-08 19:08 | 依存症 | Trackback | Comments(0)
〖人間塾〗4月講座「依存症の闇~とらわれる病~」

[日時] 平成26年4月19日(土)13:30~15:30
[会場]アピオあおもり Tel 017-732-1010

講師 青森県立つくしが丘病院 院長・精神科医 堀内 雅之 氏 

堀内 雅之 氏[ほりうち・まさゆき]1983年3月弘前大学医学部医学科卒業後同学部神経精神医学教室入局。弘前愛成会病院、西北中央病院を経て1988年むつ総合病院副部長、1989年浪岡町立病院医長、1991年西北中央病院医長、1993年むつ総合病院精神神経科部長、1997年むつ総合病院精神科部長、2000年青森県立つくしが丘病院副院長、2002年から院長。

 アルコール依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症など、「依存症」は病です。これらの依存症は、ひとりの人生を破滅に追い込み、最悪、自殺の末路をたどってしまうこともある恐怖の病です。例えば、アルコール依存にまつわる自殺は、年間7000人に達します。 
 依存症の患者数は、アルコール依存は約230万人、ギャンブル依存が560万人、インターネット依存が270万人、そのほか、睡眠薬や安定剤依存、ニコチン(タバコ)依存、ゲーム依存、覚せい剤依存、買い物依存、セックス依存などをすべてをあわせると2000万人近い数になるといわれています。
 依存症になる人は「意志の弱いダメな人間だ」と日本の多くの人が誤解していますが、依存症は意志の問題ではなく、意志が壊される進行性の心の病であり、糖尿病と同じように適切な治療と予防が不可欠なのです。
 豊富な臨床経験を通して依存症とは何かを、治療方法も含め判り易く解説します。

受講料:一般2,000円、学生500円(学生証の呈示必要)
あおもり県民カレッジの単位認定講座です!
――――お申し込み・お問い合わせ――――
〖人間塾〗NPO法人レジオン・ラポール
〒030-0944 青森市筒井八ツ橋1225-4
Tel017-728-2068
Fax017-728-2085
E-mail:region@pure.ocn.ne.jp
http://ningenjyuku.blogspot.com
by open-to-love | 2014-04-02 16:11 | 依存症 | Trackback | Comments(0)
薬物依存症者の家族教室(岩手県精神保健福祉センター)
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 岩手県精神保健福祉センターでは、薬物依存の問題を抱える方のご家族を対象に、下記の日程で家族教室を開催いたします。
 正しい知識を学び、普段の生活の中で困っていることを話し合い、家族の健康を回復する良い機会ですので、どうぞご参加ください。
 全4回の教室です。
 毎回ワークブックを使っての学習会(60分)とご家族同士の話し合い (60分)を行います。
 学習会の内容は次のとおりです。

日時:毎月第4木曜日 午前10時00分~午前12時00分
場所:岩手県福祉総合相談センター3階研修室 (盛岡市本町通 3-19-1)
対象:薬物依存者をもつご家族

プログラム
第1回「薬物依存症とは」=2013年11月28日(木)
第2回「上手なコミュニケーションで本人を治療につなげる」=2013年12月26日(木)
第3回「長期的な回復を支え、再発・再使用に備える」=2014年1月23日(木)
第4回「家族のセルフケア」=2014年2月27日(木)

※原則全日程(4回)参加して頂きたいですが、一部の参加も可能です。
その他:参加は無料です

◎わからないこと、聞いてみたいこと等ございましたら、お気軽にお問い合わせください。お待ちしております。
◎参加を希望される方は、事前に参加申込み(予約)をお願いします。締切;11/21(木)

薬物依存症関連相談窓口のご案内
 岩手県精神保健福祉センターでは、薬物依存の問題を抱える方やそのご家族の方の相談に応じています。お気軽にご利用ください。

家族教室、相談窓口の連絡先は
岩手県精神保健福祉センター
 電話番号 019-629-9617
 〒020-0015 盛岡市本町通3丁目 19-1岩手県福祉総合相談センター内

※2回目(12月26日)からの参加もOKだそうですよ。(黒田)
by open-to-love | 2013-11-27 19:09 | 依存症 | Trackback | Comments(0)
対応困難ケースに出会う保健師のためのメンタルヘルスの知識と技術…3

■依存症(アディクション)■

姫井昭男(大阪医科大神経精神医学教室、大阪精神医学研究所新阿武山クリニック)

□はじめに

 「依存症」というとまず思い浮かぶのはアルコール依存症です。アルコール依存症は、その昔「慢性アルコール中毒」、俗に「アル中」と呼ばれていました。しかしながら中毒の医学的・科学的概念が解明されると、慢性中毒はアルコール依存症の病態を正確に表していないことがわかってきました。このことと精神科疾患に共通する呼称の差別的なニュアンスもあって、アルコール依存症と呼称が変更されたのです。
 この「依存症」ですが、WHOの国際疾病分類ICDの「精神および行動の障害」の項では、「ある物質の使用や行為が、その反復により生理的、行動的、認知的現象において、それまでの経験で得たどんな大きな価値より勝るようになることを『依存が形成』されたといい、明白に有害な結果が生じているにもかかわらず、物質の使用や行為を続け、さらに状況を悪化させ、身体的、社会的に破壊をきたす状態を『依存が確立』した状態」と定義しています。この定義を簡潔にすれば、「依存症とは、行動の適正なコントロールができなくなる病気」ということです。臨床現場で遭遇するさまざまな依存症は、すべてこのコントロール障害という概念でとらえることができます。
 職場で問題としてよく相談を受ける依存症には、アルコール依存症とギャンブル依存症があります。現在の推計ではこれらはともに日本に200万人以上いるとされていますが、前者は疾病として認められているものの、後者はまだ国が疾病として認めておらず専門の治療施設として掲げている医療機関はわずかです。ともに疾病原理からすると「病気の根っ子」は同じですから、今回は、この2つの依存症をアディクションという大きな概念でとらえて解説します。

□依存症の正体はコントロール障害

 先の項でも示したように、「依存症とは、行動の適正なコントロールができなくなる病気」です。ではコントロールできないというのは、どのような状況を指すのでしょうか?
 精神科医がただの大酒飲みとアルコール依存症を線引きする基準は、飲酒による問題、つまり「害」が出ているかどうかによります。身体面でいえば、飲酒が原因で内蔵に障害が認められれば、厳密にいうと依存症ということになります。保健師のみなさんが絶えず目にする検診結果の一割以上に、明かにアルコール性と思われる臓器障害が認められるのではないでしょうか。科学的な見地でみればこれらの人はすでに依存症ということになります。
 しかしながら実際の臨床では、これに加えて飲酒が原因の問題行動により、当事者の家族や職場が対応に困る状態、自身にとっても社会的な問題が出現したときに、はじめて病気として診断されます。
 また、賭け事好きとギャンブル依存症の線引きは、借金をしているか否かとギャンブルにより社会生活に問題が生じているか否かで決まります。ここでいう借金とは、借入先や金額には関係ありません。つまりたった1円であってもギャンブルをするためにお金を借りることをいいます。自分の財布のコントロールを失ったということです。

□依存症は「否認の病」

 依存症者が自らを依存症であると認めることはほとんどありません。周りがみている姿と本人が思い描いている自己像とがかけ離れているのです。「否認」は、この病気の特徴であり、裏返せば「否認」が存在すること自体がこの病気であることを証明しているのです。
 ではなぜ「否認」に至るのでしょうか? それは病気に対する偏見や、明らかな発症時期が自覚できないままに徐々に慢性的に進行していくことが理由です。そして、すべての依存症に共通のことですが、依存症者はコントロール不能となっているにもかかわらず、「いまはコントロールしてないだけ」「コントロールしようと思えばできる」と考えているのです。
 また、病気だと認めたとしても「自分の問題はこれだけである」と行為だけに問題があるかのように振る舞い、飲酒やギャンブルが止まっていても思考は「やっているとき」と変化なく、社会性を取り戻せない依存症者がいます。飲酒はしないアルコール依存症者を「ドライドリンカー(飲んでいないアルコール依存症者)」と呼んでいます。このように「依存症」は認めても、疾病の根本を理解しようとしない受け入れようとしない「第二の否認」を呈することもあります。

□依存症は遺伝?

 アルコール依存症者やギャンブル依存症者の家族内に、複数の依存症者が認められるケースは少なくありません。また、臨床症例の蓄積からも遺伝負因である可能性が高いといわれています。しかしながら生物学的手法を用いた研究が世界中で勧められていますが、原因となる遺伝子の特定は未だにできていません。このことから直接依存症を発症させる遺伝子があるのではなく、さまざまな脆弱性の遺伝素因がある可能性が高いと考えられています。
 臨床家からみれば、その遺伝素因はストレスに対しての脆弱性と関連のある遺伝子であることが予想されます。これに加えて、アルコールやギャンブルなどの依存症の対象となる要因がもつ性質と、それを継続させたり、維持させたりするような環境が相互に絡み合った結果発症すると考えられます。(表1)

表1 依存症の危険因子

host     脆弱要因
agent     対象要因
environment 環境要因

□どのように関わるべきか―当事者との関わり

 依存症者に対して病気の「知識」と「害」を伝える

 筆者の知る限りでは、先進国のなかで健康についての学習(とくにアルコール問題)を初等教育のなかに取り入れていないのは日本だけです。医学的には、アルコールは脳に作用する麻薬や覚醒剤などのドラッグと同じ部類の化学物質であり、合法ドラッグであると説明する書物もあるぐらいですが、日本には「酒の宴での縁」や「酒の席は無礼講」という特有の文化背景があるためか、アルコールに寛大で、成人すれば何の疑問もなく受け入れます。また、ギャンブルについても、ストレス解消のためなどという大義を立てて、健全で楽しい娯楽であるかのようにみせるCMなども目立つほどで、これもまた一般に寛大に受け入れられています。
 このようにアルコールもギャンブルも日常で、その良い面の話ばかりが強調され、悪い面つまり「害」についてはあまり聞きません。これは依存症者にとって非常に好都合ですが、周りの人間にとっては非常に厄介な問題です。さらに依存症という病気が、自分は大丈夫、病気であるはずはないというのが特徴である「否認」の病気であることから考えても、このような背景が原因ですべての病的な行動は正当化されてしまいがちです。ですから、病気についての正しい「知識」と「害」について認識させることが介入の第一歩になります。
 ただ、この「害」を説明することは非常に難しいのです。たとえば、「適正」とはどういうものかを対比させて説明しようとすると、うまくいかなくなることが多いのです。書物に書かれたものを用いて適正範囲はどの程度かを説明しようとすると、依存症者は「それは教科書だから」といって聞いても理解しようとはしません。そもそもアルコールもギャンブルも「適正」というものは個人差が大きく規定できないという意見もあります。
 また、例をあげて説明する際に必ず失敗するパターンは、周囲の人たちとの行動様式や考え方が違うことをわかってもらうつもりで、「周りにあなたのような人はいないでしょ」という問いかけをする例です。依存症患者の「飲み友達」や「ギャンブル友達」は同様に依存症者であることが多いため、「知り合いにはもっとひどい人がいる」などという答えが返ってきて次に話が続けられなくなるからです。
 ですから実際に直近に生じた具体的な問題やトラブルを話題にします。このため、介入するタイミングが必要となるのです。(言い換えれば、時と場合によっては介入しようとしても目立った問題がなければまったく何もできないこともありえます)。具体的な問題が今後必ず、本人の状況が生物学的生命や社会的生命の危機の状態に発展することを伝えます。そして、依存症は進行性の病気で、いますぐ治療を始めなければ必ず悲惨な結末が訪れることと、また断つことで事態は必ずいまより良くなり、悪くなることは絶対にないことを強調します。
 先の悪い例よりは話に耳を傾けるものの、それまでにどれだけの時間をかけて話しても、依存症者は決ってこう聞きます。「ではどのぐらいの期間止めたらいいのですか?」と。念押しに「この病気は、回復はあっても完治はない。だから生涯にわたってやめ続けるのだ」ということを付け加えます。

□関係者との関わり

 共依存者にならない・させない

 依存症者が発生すると家族、とくに配偶者、また職場の関係者など関わる人すべて(ときには保健師も)が、この病気に巻き込まれることがあります。巻き込まれると対応に苦慮するだけでなく、結果的に病気の進行の手助けをしてしまう(enabling)というまったく逆の行為に及んでしまう場合もあります(表2)。このような悪い巻き込まれ方を共依存といいます。
 では実際に「病気の進行を手助けする」とはどういうことなのでしょうか? 依存症は、いきなり発症するのではなく、その行為を始めてから依存症になるまでには一定の期間を要します。つまり依存形成の前にも必ず何らか(社会的、身体的、精神的など)の問題がアルコールやギャンブルによって起こっていたはずなのです。どんな人間でも何か痛い目(不利益)に遭えば、次には警戒したり、二度と近づかなかったりするものですが、依存が形成されたということは、それが「痛い目」と感じることにならなかった、つまり誰かが痛みを緩和するような助けをしたということです。段階的に状況が悪化していくのに、それをその都度一所懸命に支える共依存者がいて、病気を進行させたということです。
 「ただの関係者」が「共依存者」へと変化するにはプロセスがあります。人間は同じ負荷をかけ続けられたとき耐えられなくなるか、それに対して耐性ができるかのどちらかです。共依存は後者にあたり、援助することに懸命になるばかりに、本質を忘れて、改善や回復の手助けをするよりも、いかに現状を維持するかということに心血を注いでしまいます。そして次第に置かれている状況や自分の援助方法が異常であることに気づかなくなり、ついには何が正しいことなのか、何が正常(健康)であるかがわからなくなる状況が生まれるのです。共依存者によっては、依存症者と関わるなかで、「何とかしよう」とする行為自体が知らぬ間に生き甲斐となってしまったり、その立場でのアイデンティティーを確立したりすることもあるのです。

表2 家族や支援者の問題―支え行動(enabling)
●尻拭い…根本問題の先送り
●監視・監督・管理…衝動の助長
●依存症者に必要とされることに対する存在価値の確立…共依存

★すべての支え行動は依存症を悪化させる

 このように周りの人たちが病気の進行に加担することもあるので、巻き込まれないようにすることを関わる人すべてに説明します。依存症者本人が否認を繰り返し、治療を拒否するときでも、周りが病気の進行に手を貸すことを止めることで進行を止めることにつながるのです。

□依存症の治療

 専門医療機関につなげる

 アルコール依存症はアルコール性臓器障害が併発することがあるため、薬物療法を中心とした内科的処置を行うことがあります。依存症自体は精神科、とくに依存症専門医療機関で治療します。ただ、依存症というコントロール障害につける薬は未だにありませんし、一般に考える薬物療法などの治療内容とは違います。どのようなことをするかといえば、回復のための社会的な環境調整を医学的見地からアドバイスすることや、回復に至るにはどうするのが最良の方法かをガイドすることです。一般の医療機関側から提供する医療行為とは違い、医療機関以外の利用できるすべての社会資源を有機的につなげることが専門医療機関の役割と考えます。

 自助グループのすすめ

 前項に示した社会資源のなかには自助グループがあります。自助グループをご存知でしょうか? 現在では世界中に依存症に限らず、ありとあらゆる疾病の自助グループが存在します。日本でもよく耳にするさまざまな病気の患者会や家族会も良く似た成り立ちです。そこでは、peer counseling(peerは対等・平等、仲間同士という意味)という心理療法の働きで、依存症に治療効果を与えています。人間が心理的に苦境に立たされたり、悩みに遭遇したり、孤独感や疎外感をもっている状態では、同じ境遇の人たちとのさまざまな情報交換や共感すること、みなで回復していこうとする強い意志が回復を支える力になります。言語で意思疎通をはかる高等動物である人間に特有な回復方法であると考えます。
 依存症は否認の病気と前述しましたが、依存症者も大抵は自分の行動の異常さに悩んでいます。一人で悩んで根本解決を得られないまま、その異常な行動に翻弄され、ついには孤独にならざるを得ない状態に陥っていくということを考えれば、同じ状況の人と接することで、疎外感、孤独感、劣等感が改善され、行動が修正されていくというのは道理でしょう。依存症専門医療機関の多くは、このような理由から自助グループ参加を治療のプログラムとして薦めるのです。

□回復過程での依存症者への働きかけ(表3)

表3:回復過程で依存症者に意識させること
●人にほめられるためにやめているのではないことをいつも忘れない(自分のためにやっている)
●その日1日の自分を振り返る
●やめ続けている自分を自分でほめる
●必ず回復できると信じて諦めない
●時間を有効に使う習慣をつける

 依存症者は、回復初期は一時的に非常に活気に満ちています。周りもみな、その回復を喜び頑張りを賞賛するため、さらに頑張ろうとします。ところがしばらくして次のステップにさしかかると、周りの健常人からすれば病気が良くなって健康になるのは当然であるため、この回復の姿に初めほど関心を示さなくなります。実際のところ病気は自分のために治すのであって周りから褒められるためにやっていることではないのですが、「回復のビギナー」にとって、この状態は特有の虚無感や孤独感を生じさせます。さらに不安と焦りが出現し、これらを理由に再発する依存症者が非常に多いのです。
 依存症が回復していく途中には登竜門のようなこういう時期があるので、あらかじめ気を付けるようにと伝えることで失敗を未然に防ぐアプローチができます。また、不安や焦燥が強く、さらに不眠などが続くときには、一時的に薬物療法による治療を受けるのも上手なやり方であることを伝えると良いでしょう。
 その後の過程で、長期に「ただ止まっている」だけで「やめている」に至らない人も少なくありません。依存症者の多くはもともと「下手な生き方」をしているため、やめている間もその生き方がまた生きるつらさを生み、それをストレスだといって再発に至る理由にする人が多いと感じます。そういう依存症者に接するときには、「思考パターンを変えよう」「やめることが目的ではなく、やめることは人生を幸せにするための手段である」と事あるごとに言い続けていくことは最大のサポートです。

□回復過程での援助者への働きかけ(表4)

表4:回復過程で支援者に意識させること
●見守りと放任の違いを理解する
●どんな状況でも対応を一貫する
●支援者自身が自分の幸せを考えて行動する
●必ず回復できると信じて諦めない
●何事にも相談できる仲間をもつ

 依存症者が依存症であるという病気を克服し、何とかして現状をうまく乗り切ることを考えているような状態では、はっきりいって治療になりません。一方、援助者はenablingしていたことを理解してくれさえすれば、病気の進行に手を貸していた状態から回復します。
 治療初期には援助者は自らが救われた気持ちから必死に病気を理解しようとし、たくさんの知識を詰め込もうとします。このため、わかっていてもついついやってしまうことや、間違って理解していることがあります。何があっても手助けをしないということは見守りにつながるのですが、「見守り」と「放任」を誤解してしまう人がいるのです。いつも「見守り」の姿勢を忘れないようにとアドバイスします。
 また、援助者は一人で悩みを抱え込むより、「人の力を借りる」ことでより良い解決ができることを理解しますが、今度は何でも人頼みになって自分で考えて動くことをしなくなる人が出て来ます。これらはともに長期間依存症者に接しているうちに、自然な、適正な人との距離の取り方を忘れてしまったことで起こったと考えられます。このように人との精神的な距離が適正に取れなくなっていることは至極当然ですから、どこがどのように問題なのかということを優しく説明してあげてください。
 依存症の回復には時間がかかります。一生かけて病気と闘うといっても過言ではありません。多くの依存症回復者は自助グループに参加し続けていくことで、健康状態を維持します。自助グループに参加しないと絶対に回復しないのかという質問をよく耳にしますが、依存症からの回復の近道は自助グループに参加することなのです。自分のことは自分で決めるというのもわかりますが、依存症者は「幸せに生きる」というゴールに向かって遠回りをする人たちなのですから、病院や自助グループという近道を利用するのが賢い選択であることを優しく語りかけてあげてください。

キーワード:「カロリー依存症!?」

 耐糖能異常や空腹時高血糖群を指摘されて保健指導を受けても、危機感をもたないまま結局糖尿病に移行する方がいます。さらに治療を受けても改善せず、最終的にはインシュリン注射を必要とするようになり、それでも摂生せずインシュリン単位が増えていくというケースは少なくありません。このように摂取カロリーが守れない状態は一種のコントロール障害であり、いうなれば「カロリー依存症」といえるでしょう。

キーワード:自助グループ●自助グループは「同類の人間」「なかま」の集まりですから、細かいことを説明しなくても、ある種の相互理解ができる場所だと考えます。ですから、ずっと持ち続けていた孤独感や劣等感も仲間と接触し、交流することで自然に消えていきます。またそれまで病気を否認していた人も、いままでに感じていた不幸は「病気による不健康」のせいだったと悟って病識さえ出てくるのです。援助者や医者にいわれてもまったく受け入れなかったことも、同じ病気で悩んでいる人がこんなにいることがわかっただけですんなり受け入れることさえあります。
 自助グループは自分を見つめ直すために体験を掘り起こし、回復のためにありのままの自分をさらけ出し、正直になり、自分の本当の姿を受けれさせる役割を持ちます。病気を治したいと思うようになれる場所なのです。
 また依存症は障害にわたる病気ですから、自助グループは参加することで病気であることを忘れさせないという役割ももちます。日本の自助グループには、アルコール依存症の自助グループとして断酒会とAA(Alcoholic Anonymous)、ギャンブル依存症に対してGA(Gamblers Anonymous)があります。

プロフィール:ひめいあきお 大阪神経医学研究所新阿武山クリニック所長。大阪医科大学附属病院非常勤医師。
 現代の日本人は何かしらの依存症といっても過言ではないでしょう。今回解説したアルコール依存症、ギャンブル依存症はじめ、薬物、買い物、恋愛、インターネット、携帯(メール)etc。今後も増えていく依存症への対応が困難になっていくことは必至です。

(『保健師ジャーナル』Vol.64 No.8 2008)
by open-to-love | 2008-12-03 23:01 | 依存症 | Trackback | Comments(0)
ギャンブル依存症セミナー もうすぐ開催

盛岡市消費生活センターが後援し,NPO法人ワンデーポート(横浜市)が主催する標記セミナーが開催されます。

ギャンブル依存は多重債務問題を誘発するほか,家族をも巻き込んだ生活破壊をもたらします。

その背景には複雑化する社会,家族のありよう,ギャンブルに対する社会の姿勢などがあり,個人的問題を越えて社会問題となっています。

このセミナーでは,ギャンブル依存者の体験報告を踏まえ,人はなぜギャンブル依存に陥るのか,その社会的背景は何か,その時家族や行政はどのような手が打てるのかについて,市民の皆様とともに考えます。

*このセミナーに参加するには,事前申し込みと参加料が必要になります。詳しくはチラシをご参照ください。


NPO法人ワンデーポートについてはこちらをご参照ください。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~onedayport/

※セミナーのチラシは、ブログに収録済みです。(黒)
by open-to-love | 2008-11-10 09:25 | 依存症 | Trackback | Comments(0)
ワンデーポート家族セミナー
「ギャンブルで借金、離職、失踪…、そのとき家族はどうする」

近年「ギャンブル依存症」とい言葉が知られてきており、「病気である」ことや「GAに行くこと」が有効であることも周知されています。しかし、実際に回復に導くためには、もう一歩進んだ支援体制が必要だと考えています。ワンデーポートでは、これまで300人近くの利用者を受け入れ、アメリカ視察なども定期的におこない、より効果的なプログラムの開発に努めています。
2002年~2004年頃に全国でフォーラムを開催しましたが、当時と比較するとワンデーポートのプログラムは発展し、「ギャンブル依存」という問題への見方も大きく変わりました。
そこで、2008年度は改めて全国各地でセミナーを開き、ワンデーポートで行われている最新のプログラムを紹介し、ギャンブルに耽溺する人をサポートするための知識や考え方をお伝えいたします。
ギャンブルの問題でお悩みのご家族、関係者の皆様のご参加を心よりお待ちいたします。


日時  平成20年11月16日(日) PM1時30分~4時30分
会場  プラザおでって   盛岡市中ノ橋通一丁目1-10
講師  高澤和彦(浦和まはろ相談室)  稲村厚(司法書士)  ほか

対象  ご家族、医療福祉関係者、消費生活相談員、関心のある一般の方
 (ギャンブルの問題を持つ本人参加できません)

内容  講演と体験談

参加費 2千円(当日会場でお支払いください)

参加申込み 045-303-2621(ワンデーポート) 先着50名

主催  NPO法人ワンデーポート
後援  盛岡市消費生活センター
                     
 NPO法人ワンデーポート 
横浜市瀬谷区相沢4-10-1クボタハイツ101
電話045-303-2621
Fax045-303-2629

※で、下記が、ハートネット第6回例会でおなじみの吉田直美さんの参加呼び掛け文章です。

 いつもお世話になっております。
 盛岡市消費生活センターの吉田直美です。

 さて,標記セミナーが,当市消費生活センターの後援のもと別添のとおり開催されます。
 ご存知のとおり,ギャンブル依存と借金問題は密接に関係していますが,借金の問題は解決できても,依存症とはその後も一生付き合い続けなければならず,その支援体制の充実が求められています。
 当市におきましては,「債務整理を通じた生活再建支援を行う」とのポリシーの下,借金整理後の生活再建支援のため,種々の事業展開をしておりますが,依存症問題については困難を感じているところです。

 このセミナーでは,まずはギャンブル依存症の実像について体験者発表を通じて理解し,社会や家族がどのような支援ができるのかについて理解を深めます。
ギャンブル問題を持つ本人以外,どなたでも参加できますのでご案内いたします。(ただし,参加料が2000円かかります。)

※というわけで、みなさん、どしどし参加しましょう。(黒)
by open-to-love | 2008-10-15 21:48 | 依存症 | Trackback | Comments(0)
ASK・リーフレット・シリーズ③アルコール依存症…家族への14のアドバイス
(泉州病院院長 森岡洋)

はじめに
 アルコール依存症は、長い間大量のアルコールを飲んでいる人に発病し、治療しなければゆっくりと悪化していき、最後には生命を落とすことになる恐ろしい病気である。その間に健康を失い、家庭を失い、仕事を失い、自分の持っていたものは、ほぼすべてなくしてしまうことが多い。
 アルコール依存症に巻き込まれた家族の苦悩も大きい。この病気についての正しい知識がない場合は、病気を悪化させるような対応をとってしまうことが多く、なにをやってもうまくいかず、ほとんどの家庭はノイローゼ気味になってしまう。
 このパンフレットは、家族が陥りやすい「アルコール依存症についての誤解やその誤解に基づくまちがった対応」のいくつかをあげ、解説をくわえたものである。
 アルコール依存症という極めてしつこいけれども、回復可能な病気と戦うための武器として活用していただきたい。

まちがい★その1
■飲み過ぎないように、2、3合にとどめてもらいたいと思う
 アルコール依存症のもっとも基本的な症状を、コントロール障害という。これは少量でもアルコールを口にすると、ほどよいところで切り上げることができないで、必ず飲み過ぎてしまうことを指している。現在のところ、このコントロール障害を治すことはできず、いったん飲酒に対するブレーキが壊れてしまうと一生そのままである。そういうわけでアルコール依存症になってしまうと、もはや上手にお酒を楽しむというようなことは、絶対にできないのである。できることは、まったく飲まないでいるか、飲み過ぎて問題を起こすかのどちらかである。
 「四合目を飲み始めると途端に目付きがかわって暴れ始める。だから、三合以上は絶対に飲まないでもらいたい」こんな希望を持っている家族は多いと思うが、アルコール依存症になってしまうと、最初の一杯を飲んでしまえばとことんまで行くしかないのである。
 このことをきちんと抑えておかないと、できないことを目指していつも失敗に終わり、貴重な何年かを空費することになる。

まちがい★その2
■アルコール依存症者は意志が弱い
 酒をやめる約束を何度も破る、しばらく飲まないで頑張っているようにみえても、すぐに飲み始めて元の木阿弥になる。このようなことが重なると、「この人は意志が弱いのではないか」と考えるのが当然であるが、実は意志薄弱のアルコール依存症者はほとんどいない。それではどうしてあのような問題飲酒を繰り返すのであろうか。それは飲みたいという欲求が病的に強まって、普通の意志の力では抑えることができないほどになるからである。アルコール依存症の場合飲酒は「病的飲酒欲求」とか「渇望」とか呼ばれ、普通のお酒飲みのそれとは区別されている。「意志が弱い」と考えると、性格の問題ということになってしまうが、飲酒欲求が病的になっているのであれば、病気の問題であり、どうやって治すかを考えなければならない。専門的な治療を受け、AAや断酒会に参加することによって、絶対にやめられないと思い込んでいたアルコールを断って、元気に暮らしている人は星の数ほどいる。

まちがい★その3
■家族や仕事のことを考え、もっと真剣にやれば酒はやめられるはずだと考える
 アルコール依存症者ほど、真剣に自分の酒の問題をなんとかしようと思っている人はいない。それでも病気のために、飲酒欲求にどうしても勝つことができないで苦しんでいる。だからこの病気になった人は、みんな辛そうな顔をして飲んでいる。「酒さえなかったら、オレの一生はもっとよいものになったにちがいない…」「酒のない国があればいきたい」「酔って気分のいいままで死ねたら、どんなにありがたいことだろう」こんなことを考え、自己嫌悪に陥りながら、本当は飲みたくない酒を、病気のからだが欲するままに飲まされてしまっているのである。
 家族としては、「不まじめだ!」と決めつける前に、病人の苦しみを内側から理解するように努めるべきである。

まちがい★その4
■アルコール依存症者は酒が好きで飲んでいるのであり、やめる気はないと考える
 「好きな酒を飲んでどこが悪い」「飲み続けて死んだら本望だ」などという言葉を聞くと、家族はそれが本心だと思ってしまう。けれどもこれは本心ではない。本当に好きで飲んでいる間は、アルコール依存症になっていないと考えてよいだろう。この病気になると、心も身体もアルコールを要求するようになる。いつでも飲めるアルコールがないと安心しておれない。アルコールが切れてくると、手が震えてきたり、汗がでたり、イライラしてくるが一杯の酒でそれらがきれいに治まってしまう。しかし、その酒がきれてくるとまた具合が悪くなる。そのために飲酒への罪悪感をもちながらも、次の一杯に手が出てしまう。アルコール依存症になると、このような病的な飲み方になっているのである。
 「酒をやめよう」「控えよう」という努力はいろいろな形であらわれている。一升瓶に線を引いて、一日に飲む量を決めようとしたり、これでやめっようと思いながらワンカップを一本ずつ買いに行き、結局は大量飲んでしまうというようなことである。
 家族としてはやめようとしてもがいている本人の苦しみを認めることが大切である。

まちがい★その5
■完全に病気が治るまで、何年でもよいから入院させてもらいたいと思う
 アルコール依存症になると、上手なお酒飲みに戻ることはあり得ないのだから、完全に治るということもないわけである。この病気の治療の目的は、いつでもお酒の飲める社会の中で、飲まないで生活するだけの力をつけることである。入院中にやることは、飲んでいたお酒をきること、アルコール関連の身体の病気を治すこと、アルコール依存症の正体や治し方についての教育をうけること、歪んだ人間関係を修復するための糸口をみつけること、AAや断酒会に参加することなどである。入院して、どうすればこの病気を克服することができるかを学んだ後は、実社会の中でそれを実行していくしかない。アルコール専門病院の入院期間は、3カ月以内がほとんどであるのはこのためである。病気さえ治れば立派に働ける能力のある人を、長期に病院に閉じ込めておくことはよくないことである。
 「長いことアルコールを断っていれば、酒のことは忘れてしまって飲まなくなるのではないか」と考える人も多い。しかしこれもまったくあり得ないことである。

まちがい★その6
■自分は被害者であり、あらためるべきところは何もないと思っている
 「この人のせいで、私の人生はめちゃくちゃにされた。青春の十年を返してもらいたい」「この人さえ酒をやめてくれたら、家庭にも幸せが戻ってくるのに」と家族は考えているが、実はそうではない。家族自身にも改めなければならないところがたくさんある。アルコール依存症についての正しい知識を身につけること、相手を病人としてみることによって自分の胸にある怒りや恨みを和らげること、健康な日常生活を取り戻すことなど、家族としてしなければならないことは多いのである。
 「いままでは夫の気持ちもわからないで、がみがみ言ってばかりでした。家族として、してはならないことばかりやっていましたから、夫もさぞ辛かったことだろうと思います」…回復した家族は、まず変わらなければならないのは自分自身であることをよく知っているのである。
 家族がちっとも変わらない場合は、たとえお酒はやまっても、飲んでいた時と同じような冷たい家族関係が続くことが多いのである。

まちがい★その7
■アルコール依存症者に対して、責めたり非難したり、説教したり泣いて訴えたりする
 このような対応は病気として見ることができないで、性格の問題としてとらえるところから生じる、アルコール依存症も、肺炎や骨折等と同じように、病気を治すという考え方で対処しないとうまくいかないのである。肺炎で熱を出して仕事に行かないで寝ている人に対して、「怠け者」だと非難する人はいないだろう。ところがアルコール依存症の場合には、こう非難されてしまう。
 飲んでいる方も自分の酒を自分でどうすることもできないで苦しんでいるのであるから、まわりからいろいろ言われてもどうすることもできない。それどころか自分の悩みをわかろうともしてくれない家族に対して、逆に恨みや怒りが沸いてくるのである。これが酔った時の暴力として現れることが多い。

まちがい★その8
■アルコール依存症者が飲んでいるかどうかだけが気になる
 「飲めば問題が大きいが、飲まないときは比較的落ち着いている。だから飲みさえしなければいいのか」と家族が考えるのもよくわかる。しかし、お酒をやめさそうとするだけでは、この病気はちっともよくならない。飲んでいる人に対して、まず、しなければならないことは、「あなたはアルコール依存症という病気にかかっていて、飲酒に対するブレーキが効かなくなっているので、一滴のアルコールも口にしてはいけない」と伝えることである。この話を聞いても多くの人は、「そんなことはない、自分は上手に飲めるはずだ」と主張するものである。そんなときには、実際に飲酒することによってアルコールに対してブレーキが効かなくなっていることを体験してもらうことが、一番いい方法である。
 また飲酒しつづけるためには、AAや断酒会に出席することが大切であるが、この必要性を認めない人も多いものである。この場合も飲酒してうまくいかなくなることによって、やはり一人だけでやめつづけるのはむずかしいなということがはじめてわかってくるのである。
 このように、アルコール依存症の治療には飲むことを利用しなければならない場合も多い。飲んでいるかどうかに神経を集中するあまり、もっと大切なこと、すなわち「病気を治すために何をしなけっればならないか」を忘れないようにすべきである。

まちがい★その9
■飲まない約束をとりつえけようと一生懸命になったり、アルコール依存症者の提案する約束を受け入れたりする
 病気を治さない限り、アルコール依存症者にはお酒を止め続ける能力はない。このことはしっかり頭に入れておかないと、約束を守る力のない人と大真面目に取り決めをすることになってしまう。
 家族は一時の安心を得たいために、もう飲まないという一言を言わせようと必死になることがある。親戚が集まって「今後一滴のお酒も口にしません」というような証文をとることもある。二十数枚の証文を書いて十数回の入退院を繰り返している患者さんもいる。また、「もう飲まない、約束するから借金を払っておいてくれ」とか「飲まないから退院させてもらいたい」とかいうように、飲まないことを条件にして何かを要求してくる場合も多い。
 このような約束はいっさいやってはならないというのが原則である。それよりも、あなたはアルコール症という病気にかかっているので、お酒をやめつづけることはできないし、病気を治さない限り、約束を守る能力もないのだということを、よく説明することが大切である。

まちがい★その10
■離婚するとか家出するとか言って、アルコール依存症者を脅かすが、その通りに実行しない
 アルコール依存症は言葉の信頼性をなくしていく病気である。家族は飲んでいる人の言うことをまったく信用しないで、「嘘つきだ」というレッテルを貼る。それでは家族の言うことは信用されているか、というと実はそうではない。何故かというと、家族もまた自分の言うことをあまり実行しないからである。「今度こんなことがあったら離婚する」などと何度も脅かしていると、「どうせ言うだけで実行しないのだから」とたかをくくられるようになる。このようなことではアルコール依存症に対して、家族として建設的なアプローチをすることはできない。
 まず、家族の方から、自分の言葉の信頼性を取り戻さなければならない。そのためには、
●実行する気もないようなことは絶対に言わないようにすること。
●自分の本心のみを言うこと。
●言ったことは必ず実行すること。
 などが大切である。そうすればアルコール依存症者は、家族に一目置くようになるのである。

まちがい★その11
■専門知識のない人に相談をもちかける
 「どこに行けばこの病気が治せるか」ということがはじめからわかっていれば、素人に相談して右往左往することもないであろう。現在の日本では、アルコール依存症についてあまりにも知られていないために、長いまわり道をすることが多いのである。
 アルコール依存症は、「常識的な判断」がほとんど通用しない病気である。素人に相談をしてなにかアドバイスを受けたとしても、そのすべては病気を治すためにはなんの役も立たないか、あるいは有害なものばかり、と言っても過言ではないであろう。また、人によって言うことがちがうので、結局はなにを信じてよいのかわからなくなってしまう。専門的な知識に基づいたアプローチをしないかぎり、この病気は決して治らない。どこに専門家がいるのかわからない時には、近くの保健所に相談に行くとよいと思う。

まちがい★その12
■飲む理由をなくそうとする
 アルコール依存症者は、病気にかかっているから飲むのである。だから断酒するためには、病気の治療をすればよい。このことがよくわかっていないと、アルコール依存症者のいう「飲む理由」を信じてしまい、それをなくせば酒もやまるのではないかと考えがちである。アルコール依存症者の理由は、飲んでしまったあとで、自分の飲酒を正当化するためのものである。だから、大変な努力をしてひとつの理由をなくしたとしても、簡単につぎの理由をつくりだしてしまう。
 「町にいて周囲がうるさいし、どこにでも酒があるから飲むのだ」という人が田舎に引っ越ししたところ、「友人がいなくなって退屈だ、酒だけがわが友だ」といって、二十分歩いて酒を買ってきては飲み続けた。アルコール依存症になった人が飲む理由は、自分の身体の中にあるのであって、決して外にあるのではない。
 家族はこの理由に振り回されて、無駄な労力を費やすべきではない。

まちがい★その13
■アルコール依存症者が酔っ払ってやった不始末のしりぬぐいをする
 アルコール依存症者は自分の飲酒には問題がないと思いがちである。また、酔っ払っているときの行動はまったく覚えていないことが多い。この二つのことのために、自分の飲酒問題を正しく認識できずに、軽く考えてしまっている。
 「酒をやめなければならない」という気になるためには、酒による問題を自ら体験することが一番である。酔っ払ってところかまわず寝ていたり、警察に保護されたり、借金をこしらえたり、飲んで困った事態になることは実に多いが、家族としてはできるだけ手を出さないで、本人自身にその苦悩を味わってもらうようにする。そうすることによって「自分は飲むとこんな状態になるのか!」ということが身にしみてわかり、「これはなんとかしなければいけないな」と思うようになるのである。
 ところが、しりぬぐいばかりしていると、いつまでも自分の問題に気がつかないばかりか、どんなに困った状態になっても、「だれかがなんとかしてくれるだろう」という安易な考えで、いつまでも飲み続けるのである。

まちがい★その14
■飲酒をコントロールしようとする
 「自分が頑張れば、アルコール依存症者の飲酒量を減らしたり、飲酒をやめさせたりすることができる」と家族は考えるが。これは大きな間違いである。そのことは、「いままで、ちっともうまくいかなかった」という事実そのものが証明している。酒を隠したり、こぼしたり、近所の酒屋に「売ってくれるな」と頼んだり、優しくしたり、がみがみ言ってみたり、ともかく家族が酒を止めさせようとしてすることは、どんなことでもまったく効果がないのである。
 それは何故かというと、アルコール依存症者自身にも、自分のお酒をコントロールする力がないからである。本人に能力のないものを家族がいくらやらせようとしても、できるはずはない。「自分たちにはアルコール依存症者のお酒をコントロールする力はまったくない」ことを認めること、これは家族としてのイロハである。
 さて、アルコール依存症者にも家族にも飲酒をコントロールすることができないとすれば、この病気は治らないのだろうか。決してそうではない。たとえば骨折は本人も家族も治すことはできないが、自分たちの無力を認め、医療の力を借りることによって、容易に治すことができるのである。アルコール依存症もこれと同じである。

 アルコール依存症は回復可能な病気である。
(ASK アルコール問題全国市民協会出版部)
by open-to-love | 2007-10-21 18:53 | 依存症 | Trackback | Comments(0)
飲酒運転厳罰化後も…アルコール依存症の半数やめず

 運転免許を持っているアルコール依存症患者の約半数が、飲酒運転の罰則が強化された二〇〇二年の改正道交法施行後も、飲酒運転を続けていたことが六日、関西アルコール関連問題学会の調査で分かった。比較調査した、依存症ではない一般の人の約八割が、法改正後に飲酒運転をやめたのと対照的。同学会などは「厳罰化だけでは飲酒運転は防げない。交通違反者は依存症かどうかを判定し、治療や予防教育など別の対策を取ることが必要」としている。
 調査は〇四年九―十一月、三重、滋賀、奈良、大阪などのアルコール依存症患者二百四十六人を対象に実施。一般の人の傾向を探るため医療機関に勤める職員三百八十五人にも同じ調査を行い比較、分析した。
 依存症患者の運転免許所有者のうち道交法改正前に飲酒運転の経験があったのは75%。五人に一人はほぼ毎日飲酒運転をしていた。経験者のうち改正後、飲酒運転を「やめた」と答えたのは44%で、「大幅に減らした」(13%)、「少し減らした」(16%)、「変化なく続けた」(22%)、「逆に増えた」(1%)を合わせると52%が飲酒運転を続けていた。
 一方、一般の人では改正前の飲酒運転経験者(48%)のうちの82%が改正後「やめた」と回答。「大幅に減らした」なども含めて改正後も続けていたのは14%だった。
 やめたり、減らしたりした理由は、依存症患者も一般も「罰金が高いから」や「免許の取り消しが怖いから」と答えた人が多く、厳罰化に一定の効果がうかがえた。一方で、厳罰化の影響を理由に挙げなかった人は、一般は18%だったが、依存症患者は39%に上った。
 調査をした天理よろづ相談所病院(奈良)の長徹二医師は「依存症の人は、自分が依存症と自覚していないケースがあり、飲酒運転をやめられない人が多い。依存症の治療や予防教育をする仕組みが必要だ」と指摘している。

 飲酒運転の厳罰化とは 悪質なドライバーに対する刑が軽すぎるとする交通事故被害者の遺族らの声を受け、罰則を強化した改正道交法が2002年6月、施行された。酒酔い運転については、以前の「2年以下の懲役または10万円以下の罰金」から「3年以下の懲役または50万円以下の罰金」に強化。酒気帯び運転の対象となる呼気1リットル中のアルコール濃度を「0・25ミリグラム以上」から「0・15ミリグラム以上」に下げ、範囲を大幅に広げた。
(2006年11月6日付夕刊)
by open-to-love | 2007-07-23 16:58 | 依存症 | Trackback | Comments(0)