精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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カテゴリ:障害福祉と女性問題( 17 )

障害女性たちがジュネーブに飛んだ 草の根の声よ、国連に響け!

女性差別撤廃委員会日本政府審査傍聴&ロビーイング活動報告会in盛岡(2016年7月16日、アイーナ)

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by open-to-love | 2016-06-17 23:10 | 障害福祉と女性問題 | Trackback | Comments(0)
もりおか女性センターフェスティバル2015

日時:2015年10月2、3日
場所:盛岡市・プラザおでって

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by open-to-love | 2015-09-25 07:41 | 障害福祉と女性問題 | Trackback | Comments(0)
男性のメンタルヘルスアップ講座

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第1回:9月10日19:00〜20:30
第2回:9月17日19:00〜20:30

会場:もりおか女性センター別館
講師:佐々木昇さん(盛岡市立病院主任作業療法士)
対象:テーマに関心のある男性
定員:15人
参加費:無料
by open-to-love | 2014-08-31 22:09 | 障害福祉と女性問題 | Trackback | Comments(0)

21世紀職業財団

「財団法人21世紀職業財団」のご案内
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電話:019ー653ー8681

(盛岡ハートネット第12回例会配布資料)
by open-to-love | 2009-12-11 18:18 | 障害福祉と女性問題 | Trackback | Comments(0)
コンボ「こころの元気+」17号(2008年7月)
 特集「体を動かして元気になる」

質問コーナー おこまりですか?では他の人に聞いてみましょう!Vol.17

Q.うつ病の主婦です。育児のコツを教えてください。

 私は32歳の主婦です。4歳の娘は幼稚園に通っています。私の実家はすぐ近くにありましたが、1年前に母親が亡くなり、父も数年前に他界しています。
 母親が亡くなったショックとか、育児のたいへんさなどが重なって、精神的に疲労してしまいました。子供を育てる自信もなくなり、極端なときには、自殺を考えたりもしました。
 最近ではイライラしたり、無気力になったりして、夜もあまり眠れません。身体も思うように動きません。いろいろな病院をまわって、結局精神科クリニックでうつ病だと診断されました。夫は忙しいサラリーマンで、帰宅はいつも夜9時過ぎです。休みの日は疲れているようで、育児を分担することができません。
 幼稚園のママ友たちとは、あたりさわりのない表面的な会話しかできず、悩みを相談したりすることもできません。困っているのは、育児のためのエネルギーがないことです。娘が幼稚園にもっていくものの準備とか、給食がないからお弁当を毎日つくるとか、お洗濯をするとか、とにかく、やりきることは不可能な状態です。
 ちょっとあずける人も近くにいませんし、うつ病をかかえながらの育児は、まるで地獄のようです。
 うつ病をかかえながらの育児のコツについて、どんなことでもよいので、ヒントがほしいのです。

A.サポート機関を利用されたら(岐阜県、女性)

 私は、転勤族の52歳の主婦で2人の子どもがいます。今春次女が地元に就職してくれて、うつ病を長年患っていたのですが、子育ては終了しました。
 発病は埼玉にいたときで34歳、長女小学校2年生、次女は3歳でした。夫も私も長野県出身で、親は元気でしたが仕事があり、子どものことを見てもらうことはできません。夫も仕事からの帰宅は午前様で、朝「いってらっしゃい、また明日ね」と会話をしていました。
 幸いに私は、東京で長女を産んだときから区の育児サークルに入っていて、信頼できる保健婦さんと、何でも話せる友だちがいました。私が精神科にかかってうつ病とわかったときも、隠さず友だちに相談し、援助を求めました。
 うつ病になると、相談の方のように育児、家事はとてもつらいものです。3歳の子どもは未だ幼稚園にもいっていませんでした。すると育児仲間が、
 「しずなちゃん、おいで。お母さん疲れてるから休ませてね。お弁当つくったからみんなで公園に行こう」
 と誘ってくれました。
 みんな交代で、夕飯をつくって持ってきてくれました。保健婦さんも心配して、様子を診てくれました。最近では、育児サポート機関があると聞きます。一人で抱え込まないで、相談やサポートしてもらえる公的機関を利用されたらどうでしょうか。

A.子育ては持久戦(岡山県、女性)

 私の友だちで、ご主人を亡くされ、一人息子を女手一つで育てている人がいます。助けてくれる人もなく、必死で働いて生活しているようです。私たちも、時間があれば遊びに行って一緒に食事したり、子どもと遊んであげたりしてお互い支えあっています。子育ては、母親一人よりたくさんの人のなかで育てる方が子どもの発達にもよいと思うので、積極的に他人に子どもを任せて、お母さんもリフレッシュしたほうがいいと思います。
 子育ては持久戦です。長く続けられる育児をしたほうがいいと思います。
 今まで障害児の幼稚園、小学校の障害児学級の先生などをしましたが、他人の支援を受けて母親もラクになり、子どもも大きく成長する姿を見てきました。抱え込まないのが打開策ではないかと思います。

A.親はうつでも子は育つ(滋賀県、「うつまま日記」著者)

 うつ病、パニック発作、不安神経症と、今も悩んでいます。一人息子が2歳半のとき、36歳で寝込んでしまいました。
 主人はうつには否定的でした。お互いの両親も県外でした。
 「寝てても、母さん」を目標に、入院せずに毎日何とかなっています。
 まず、
 「公的サービスを思い切り利用してみましょう!」
 と、私は声を大にして言いたいです。
 ①まずは、相談者をつくりましょう。とりあえず、近くの保健所に電話して、保健婦さんと相談しながら育児をしていきましょう。
 ②市のファミリーサポートセンター、シルバー人材センターなどお得な有償ボランティアさんに来ていただいたり、散歩に出かけてもらったりしましょう。送迎もしてくれます。
 ③市の子ども家庭相談課とかに電話して、病親育児のアドバイスをもらいましょう。
 ④横になってもできる遊びをしましょう。しりとり、あやとり、折り紙がおすすめです。
 ⑤家事は、ひたすらなまけましょう。子どもも家事に参加させ、手伝わせましょう。しっかりした子になります。
 ⑥育児、その他のしつけは、保育園や学校に任せましょう。今日び、ひとりでは育児はできないことは、みんなが承知しています。
 ⑦疲れているご主人には申し訳ないのですが、休日に散歩や公園など近所へ散歩してもらうことだけお願いしましょう。これだとご主人の負担も少なくなるはずです。
 ⑧通っている医者だけえでなく、そこの看護師さんに相談するのもいいでしょう。働くママには「仕事」、うつママには「病気」という理由で、いろいろ育児を工夫されている場合が多いです。
 私は最近「午後から母さん」。息子も小学校6年生で反抗期なので、もっぱら電話相談が多いです。

A.エネルギーをためる(東京都、女性)

 がんばりましたね。私もうつ病です。でも子どもはおりません。
 ですから、あなたのつらさ、苦しさは私にはわからないのかもしれません。でも、どうか自分を責めないでください。
 うつ病は、エネルギーが極端に少なくなるほどに生きた方がかかる病です。まじめに必死になればなるほど、つらくて苦しい病です。
 生きること。まずはそのために何ができるのか、考えてみませんか? 今、あなたは孤独に病と向き合っています。でも、支えになってくれる人が必要です。
 ご主人様はあなたのご病気について、ご存知なのでしょうか? 実際のところ、体験してみないと、このつらさはわからないでしょう。
 しかし、客観的に今のご自分の状態を、ご主人にお話しになってはいかがでしょうか。
 まずは知ってもらう。そこから何かが開けるかもしれません。お忙しいご主人にも、何かできることがあるかもしれません。それはご主人の理解がないとむずかしいです。もしかしたら、いろいろ頼みやすくなるのかもしれません。
 そして、あなたのエネルギーをためるために何ができるでしょう。優先順位は何でしょうか?
 エネルギーをためるには、多くの時間が必要です。並みの体力でも、幼稚園生のお子様パワーをもてあましていますよ。まず、休むこと。横になること。休むことはさぼりではありません。
 家事は省けるところは省きましょう。掃除洗濯は毎日することないですよ。たまってきたら、ご主人がなさるかもしれませんね。食事もできるだけ手抜き。どこまでも気軽にできる範囲でやりましょう。
 あなたが生きること。それが家族にとって一番大切です。お子様も大きくなっていくでしょう。時が味方になるときもありますよ。

A.休養が第一(石川県、女性)

 私は、うつ病を発症して半年以上になります。2人の子どもがおり、仕事も持っていて、実家は県外で頼れる状態ではありません。主人は土日祝日、年末年始関係のない仕事で、帰宅は22〜23時が通常です。
 本当にひどいときは、ベッドに張り付けられたような状態で、21時を過ぎても夕飯が作れないことがたびたびありました。学校行事の係も半強制的なので、とてもつらかったです。
 とりあえず休職しましたが、やはり育児は困難でした。
 そこで、一日のうちで調子のよいときに、まとめて料理の下ごしらえなど家事をやるようにしていました。もちろん手抜きも覚えました。
 ありがたいことに主人が病気に対して理解を示してくれ、朝、保育園に送ってくれたり、買い物を手伝ってくれたりします。家族の協力なしでは克服できないと思います。ぜひご主人にも、理解を求めてはいかがでしょうか。
 また、幼稚園によっては遅くまで預かってくれるところもあるようですし、それが無理なら思い切って保育園の一時保育を利用し、お母さんが長く休める日を設けてはどうでしょうか? 休養第一です。
by open-to-love | 2008-07-18 19:34 | 障害福祉と女性問題 | Trackback | Comments(0)
 ※きょう6月15日、DPI日本会議in盛岡に参加してきました。盛岡ハートネットに参加されたことがある方も多数出席いただき、感謝です。
 なお、私は、午後の分科会の特別企画「女性障害者」の記録係のボランティアさんとして出席。意見交換会で、そんなに発言が出なかったらオレも何かしゃべろうかな、と思って準備はしておきましたが、参加されたみなさんが活発に発言され、中身の濃い、充実のひととき。私の出る幕はありませんでした。
 で、参考まで、下記が準備していたレジュメです。


障害問題と女性問題について-精神障害者家族として思うこと

(2008年6月15日 DPI日本会議in盛岡 特別企画「DPI女性障害者ネットワークによる映画上映会&意見交換会」参考資料)

盛岡ハートネット(盛岡精神障害者家族会連合会)事務局 黒田大介

 障害者の自己決定権の最大の阻害要因は「家族」です。その「家族」とは、往々にして「母親=女性」です。なぜか?日本には根強い性別役割分担、障害に対する偏見がある。周囲の偏見は当事者と母親の孤立を生み、夫の無関心あるいは暴力、離婚、母子家庭の生活苦といった社会、心理的要因が拍車を掛け、その結果母親は頑張りすぎて、ともすれば当事者を抱え込み、当事者の自己決定権の阻害につながる。だが、そうなってしまう根本原因は「男と金」、つまり、根強い性別役割分担意識とそれに基づいた、無償の家族介護を前提とした制度設計・労働報酬にあると考えます。なお、精神の場合は家族介護・抱え込みが、意識レベルのみならず、法的に「保護者制度」として定められています。
 「男と金」が変わらないと、女性と障害者の、あるいは当事者と家族の社会・心理的抑圧、生活苦、離婚率の高さといった現状は変わらないし、DVで女性精神障害者は増える一方。この現状を打破するため、私としては、障害者であることの困難、女性であることの困難に向き合い社会へ積極的に発言する「女性障害者」の活動に期待してます。

【根強い性別役割分担】
○「女性は産む機械」と位置付けられてきた近代日本国家において、非効率的な存在=産めぬ性、産ませぬ性として位置付けられ続けてきた女性障害者→①
○障害者の介護負担が母親に集中→②
○女性の無償労働(アンペイドワーク)の延長に位置付けられた福祉労働は、働きに見合わぬ低賃金→③
○障害者、生活保護受給者、母子家庭への「自立支援」の名の下に、国は社会保障切り捨てを始めている。それにより、障害者が公的なサービスを受給することはますます困難になり、家族介護への依存は強まる→④

【障害者家族をめぐる問題】
○障害者世帯の生活苦→⑤
○障害者世帯の夫の妻に対するDVは多い→⑥
○障害者世帯の離婚率、母子世帯率は高い→⑦
○周囲の障害に対する無理解に起因する孤立→⑧
○「母原病」という偏見→⑨
○上記の裏返しとしての、母親の頑張りすぎと、抱え込み→⑩


【精神障害者をめぐる問題】
○離婚率が高い→⑪
○自殺率が高い→⑫
○婚姻率が低い→⑬
○中絶率が高い→⑭
○子どもを産める夫婦はごく限られている(今なお生きる優生思想)→⑮

【精神障害者家族をめぐる問題】
○精神障害者世帯の生活苦→⑤
○精神障害者世帯の夫の妻に対するDVは多い→⑥
○精神障害者世帯の離婚率、母子世帯率の高さ→⑦
○精神障害者家族会のみが組織化され、進まぬ当事者会支援→⑯
○精神衛生法-精神保健福祉法における保護者制度→⑰

【DV】
○障害者世帯の夫の妻に対するDVは多い→⑱
○DVで精神障害者になる女性は多い→⑱
○DVの背景には、女性の経済的自立の困難がある→⑱

 上記の大半は、私の実感に基づくものです。2006年春、私の妻が統合失調症を発症して以来、精神障害者家族会の活動に参加するなどして、多くの精神障害者やその家族と知り合い、見聞きした実感です。でも、実感を裏付ける統計は少ないです。よって、上記を一個人の実感に過ぎないと切り捨てられても仕方ないのですが、私が思うには、男女共同参画施策は内閣府、障害者施策は厚労省が担っているという縦割り行政が、女性問題と障害問題を横断的にとらえることを阻害しているだけではないか。もし双方が連携してきちんと調査すれば、もしや私の実感より酷い実態が明らかになるのではないかと思っています。なお、統計や論考が示せるものについては、下記の通りです。

【根強い性別役割分担】
①DPI女性障害者ネットワークの取り組みのほか、優生思想を問うネットワーク編『知っていますか?出生前診断一問一答』(解放出版社、2003年)など参照
②「主たる介護者は母親」は96.8%(「障害(児)者・家族の暮らしと介護者の健康調査」1995年9月~12月調査)、94.4%(「重度知的障害(児)者の家庭での介護支援についての実態調査」2001年6月~9月)
参照:障害者生活支援システム研究会編『ノーマライゼーションと日本の「脱施設」』(2003年、かもがわ出版)
③「ホームヘルパーの平均年収は約260万円と、全労働者平均約450万円より格段に低く、介護職の離職率も全労働者平均に比べ高い」(05年、厚労省統計)
④各種新聞報道参照

【障害者家族をめぐる問題】
⑤「生活保護受給世帯は月平均7848世帯、うち障害者世帯13.2%、母子世帯5.6%」(06年度、岩手県)。なお、子に障害がある母子世帯の受給割合は統計がない。
⑥実感です
⑦実感です
⑧実感です
⑨滝沢武久『精神障害者の事件と犯罪』(中央法規、2003年)など参照
⑩前掲『ノーマライゼーションと日本の「脱施設」』参照

【精神障害者をめぐる問題】
⑪実感です
⑫日本は年間3万人以上が自殺しています。自殺防止に向けた厚労省調査などで「自殺者・自殺企図者の大半が精神疾患に罹患している」とされています。
⑬日本の婚姻率(15歳以上)は男性61.8%、女性58.2%(2001年、国勢調査)。精神障害者の婚姻率は、通院34.6%、入院14.6%、社会復帰施設入所3.6%(2003年、厚労省精神障害者社会復帰サービスニーズ調査)。そのほか、川崎市の社会復帰ニーズ調査(1997年)では26.3%、精神保健福祉ニーズ調査(2003年)では18.7%。全家連が作業所通所者を対象にした地域生活本人調査(1998年)によると、7.4%(月刊『ぜんかれん』2004年8月号「情報テーマパーク」)。
⑭実感です
⑮実感です

【精神障害者家族をめぐる問題】
⑯実感です
⑰精神衛生法、精神保健福祉法における保護者制度=保護者が精神障害者の自傷他害を監督する義務、適切な医療を受けさせる義務、医師への協力義務、医師の指示に従う義務(精神衛生法22条)1970年ごろ、通り魔殺人の犯人の父親に対し、患者の監督不十分により、被害者の妻に890万円支払え、という西日本のある地裁で判決(野田正彰『犯罪と精神医療 クライシス・コールに応えたか』岩波現代文庫、2002年)

【DV】
⑱女性の10.6人が配偶者から身体的暴行、心理的攻撃、性的強要のいずれかを受けたことが「何度もあった」、「1、2度あった」を含めると約3人に1人が被害を体験(05年、内閣府調査)。また「DV被害は身体的、精神的、性的暴力が複合的に生じ、長期にわたる。高頻度でPTSDやうつ病がみられる」(2002年、厚生労働科学研究)、「暴力を受けた女性の自殺念慮・企図率は、暴力を受けていない女性と比べ格段に高い」(00年~01年、WHO「DVと女性の健康国際調査」)。配偶者から暴力を受けた女性が相手と別れなかった理由で「経済的不安」が最多の27.7%(05年、内閣府調査)
by open-to-love | 2008-06-15 20:29 | 障害福祉と女性問題 | Trackback | Comments(0)
林千代編著『女性福祉とは何か』
(ミネルヴァ書房、2004年)

第9章 社会福祉を支える女性(堀千鶴子)

□ホームヘルパーの実態

 次に、介護職の状況についてみてみたい。既述したように、現在、社会福祉施設において介護業務に従事しているのは、圧倒的に女性である。1999年に日本労働研究機構によって実施された「ホームヘルパー就業意識調査」(以下、「意識調査」と略)においても、分析対象となったホームヘルパーのうち、女性の割合は96.7%であり、ホームヘルプサービスの担い手のほとんどが女性であった。こうした結果から、施設・在宅を問わず、介護業務に従事しているのは女性であることが理解できる。そこで、女性介護職の労働実態の一端を、特に女性割合が高いホームヘルパーの就業状況から浮き彫りにしたい。なお、資料として上述の「意識調査」を使用した。
 ホームヘルプサービスにおける女性労働者の置かれた状況として、第一に非正規労働の割合が高いことが挙げられる。「意識調査」では、雇用形態を以下のように3つに分類している。
 ①「正規職員:市や団体等の職員として本採用されている者」
 ②「常勤ヘルパー:正規職員以外で、1日6時間以上かつ週5日以上働いている者」
 ③「パートヘルパー:正規職員、常勤ヘルパー以外」
 「正規職員」以外は、時間数の違いはあるものの、どちらも非正規職員である。「意識調査」におけるホームへルパーの雇用形態で最も多数を占めているのは、「パートヘルパー」(47.7%)であり、「常勤ヘルパー」(26.3%)、「正規職員」(21.5%)と続いている。約7割が非正規労働者として雇用されているのである。前述の施設労働者と同様、ホームヘルパーにおいても非正規労働者が多い。すなわち、女性労働者の非正規化が進行しているといえよう。
 しかし、雇用形態に関する希望をみると、現在「常勤ヘルパー」である者のうち、約7割が「正規職員」を希望している。正規職員を希望しているにもかかわらず、非正規として働かざるを得ないのである。また、非正規職員であるとはいえ、長時間労働に従事している。例えば、「常勤ヘルパー」は、1日6時間以上かつ週5日以上働いている者であるが、雇用時間が「8時間」「8時間を超える」者は、併せて4割を超えており、長時間労働者が多い。身分的に不安定なまま、長時間労働をこなしている実態が浮かび上がる。
 第二に、正規職員と常勤職員の賃金格差が挙げられる。表9−3で、雇用形態別月収をみてみたい。「正規職員」では、「15万円以上20万円未満」が約4割と最も多く、次いで「20万円以上25万円未満」が2割強であった。「常勤ヘルパー」では、「15万円以上20万円未満」が約6割、「10万円以上15万円未満」が約2割と続いている。「パートヘルパー」では、「2万円以上5万円未満」「5万円以上8万円未満」が、約3割ずつであり、「正規職員」「常勤ヘルパー」と比較すると、非常に低収入である。しかし、それ以上にここで注目すべきは、「正規職員」と「常勤ヘルパー」との格差である。表9−4から、週5日勤務で、1日の労働時間が8時間であるケースを比較してみると、「正規職員」では、「15万円以上20万円未満」「20万円以上25万円未満」の順であるが、「常勤ヘルパー」では、「15万円以上20万円未満」「10万円以上15万円未満」と続く。労働時間は同様でも、雇用形態によって収入に大きな差が生じている。
 第三に、男女間に期待される業務内容の相違がある。男性ヘルパーは、まだまだ少数であるが、その存在意義が注目されはじめている。しかし、男性ヘルパー参入を促す論調には、男性は「仕事に対するプロ意識が高い」、「肉体的にとてもハードな仕事なので、男性スタッフの力は欠かせない」、「企画力がある」「知的労働に対する能力が高い」「福祉業界のIT化を進めることに貢献できる」、等がみられる。換言すれば、男性ヘルパーは、プロ意識が高く、肉体労働に適しており、企画やコンピューター操作といった知的労働が得意であるとみなされている。こうした見方は、介護分野における「男性役割」と「女性役割」の二分化であろう。あらたな職務分離の再生産がなされている。
 さらに、男性ヘルパーの参入は、賃金上昇といっt問題提起の契機となっている。男性も女性も、労働に適した賃金が支払わなければならず、男性だけが「食べていけるだけの金額になること」を求めているのではない。それにもかかわらず、男性の参入=賃金上昇が必要とされる。そのことは、男性が家計中心、女性は補助的労働といった構図の強固さを窺わせる。

第4節 女性社会福祉労働者の連帯

 これまでみてきたように、女性社会福祉労働者は、多様な差別状況に直面させられている。そうした中で、社会福祉実践を行っていくためには、女性社会福祉労働者の連帯は欠かせない。こうした連帯を可能にする社会福祉運動には、①社会福祉労働(組合)運動、②全国障害者問題研究会や全国公的扶助研究会等の研究団体を中心とした社会福祉研究運動、③全国保育団体連絡会や共同作業所全国連絡会(管理人注:現「きょうされん」)、全国婦人保護施設連絡協議会等の課題・分野別に組織された運動等がある。女性福祉を実践する現場労働者たちは、女性の置かれた状況に自覚的にならざるを得ない。そのため、女性福祉研究運動に該当するものに「婦人母子問題研究会」があった。この会は、「婦人保護事業って一体何だろう」という疑問を動機として、女性ケースワーカーたちによって自主研究会を進めるために発足された。また、③課題・分野別に組織された運動団体の一つに、「女性福祉ネット」がある。「女性福祉ネット」は、社会福祉施設労働者、研究者、学生等多様なメンバーによって構成され、女性福祉の確立をめざしたネットワークであり、「女性福祉の現場をエンパワーメント」することを目的として1996年に設立された。この会では、女性福祉に関する研究のみならず、例えば社会福祉事業法改正にあたって婦人保護事業を社会福祉事業として明確に位置づけるような請願活動を行っている。つまり、「福祉問題解決・緩和のための具体的な政策提言・改革案・意見」の提示であり、また、現場からの情報発信をめざしている。こうした運動は、女性社会福祉労働者にとって、社会における女性の位置づけを相対化させ、実践としての女性福祉理念の具現化に寄与しているといえよう。

第5節 ジェンダー・バイアスの解消に向けて

 以上、社会福祉領域における女性労働者の置かれた状況を確認してきた。社会福祉施設において女性労働者は、量的には圧倒的に多数を占めるが、介護・保育・調理等、直接的に生活のケアを担う職種は女性、管理や指導といった職種は男性という職域分離が行われていた。社会的公正に敏感であるはずの社会福祉施設においても男女の賃金格差が大きく存在している。そして、女性の非常勤率の高さや就業継続を困難とする労働環境の未整備といった問題がある。また、ホームヘルプサービスにおいては、非正規労働率の高さ、正規労働者と非正規労働者の賃金格差が顕著にみられた。さらに男性ヘルパー参入によって介護における「男性役割」「女性役割」の再生産という新たな問題が生じている。このような多層にわたって女性が直面する状況は、性別役割分担がシステムとして構築されると共に、施設長等の経営者及び労働者自身に性別役割分担観が依然として内面化されていることに起因していよう。これらの状況は、「労働(雇用)の女性化」の特徴であり、社会福祉領域に留まらない女性労働全般にとっての問題である。特に社会福祉においては、女性を家族の含み資産とし、「ケア役割」に留めるような政策推進によって、さらに固定化されてきた。
 長らく社会福祉労働は、奉仕や献身としてとらえられてきた。その矛盾は、第1部第1章において林が言及しているように、岩崎盈子によって昭和初期にすでに看破されている。そして、現在では、社会福祉士、介護福祉士といった国家資格導入や社会福祉労働研究、ソーシャルワーク研究の蓄積によって、社会福祉労働の専門性が認知されている。それにもかかわらず、女性社会福祉労働者を取り巻くジェンダー・バイアスは、等閑視されがちである。専門的労働として、利用者のかかえる生活問題解決への援助を行うためには、女性労働者自身の人権が保障される労働環境・条件がなければならない。そのためには、社会福祉現場において育児休業規定等の徹底による女性の就労継続を容易にすることや、社会福祉運動の展開による職場改革から社会変革への問題提起が必要である。その方向性は、社会福祉領域にとどまらない社会全般における性別役割分担(観)の解体であろう。それこそが、女性社会福祉労働者を巡るセクシズムの解消であり、社会福祉領域における利用者・労働者両者に対するジェンダー・バイアスの解消に繋がるといえよう。

※なぜ「女性社会福祉労働者を取り巻くジェンダー・バイアスは、等閑視されがちである」のか? 一点、指摘させていただけば、それは、「男女共同参画」と「福祉」がリンクしてないことも一因なんじゃないでしょうか。で、両者がリンクすればいいなーとは思いますが、リンクしないからこその「男女共同参画」でもあるところに、問題の根深さがあるのではないでしょうか(黒)
by open-to-love | 2008-05-14 11:57 | 障害福祉と女性問題 | Trackback | Comments(0)
林千代編著『女性福祉とは何か』
(ミネルヴァ書房、2004年)

第9章 社会福祉を支える女性(堀千鶴子)

 社会福祉の歴史を辿ると、社会福祉実践を担ってきた女性の姿を多数見ることができる。また、歴史に名を残さなくとも数多くの女性たちが社会福祉を支えてきた。そうした女性たちは、自らの情熱を傾けて社会福祉実践に携わってきた。しかし、そのような状況は、社会福祉職=女性職と位置づけられ、社会福祉職は女性に適した仕事であるという職域分離に荷担させられてきたのではないだろうか。
 性別役割分担(観)が徹底した社会においては、他者への「ケア役割」は女性の特性とされ、強制される。それは「愛情」という名の「強制的な無償労働」であり、女性たちには、自ら進んでその役割を果たさなければないという観念が刷り込まれる。こうした観念の下では、女性は「主婦」として家庭におけるケア役割を担うことが求められる。また、時に擬似家庭であるとされる社会福祉施設において「寮母」「保母」としてケア役割を担うことも、女性に適した仕事とみなされ、推奨されてきたのである。その結果、数量的にも人びとの意識的にも、社会福祉労働はジェンダー化された労働として存在してきた。
 社会福祉労働者は、利用者の人権を保障することが責務である。そして、女性であるがゆえに生活困難を生じている利用者に対して、女性福祉の理念を社会福祉実践という形で具現化するのも、社会福祉労働者の務めである。しかし、社会福祉労働者が、その役割を果たすためには、労働者自身の人権が保障される労働環境・条件の整備は不可欠である。女性社会福祉労働者が、ジェンダー・バイアスにさらされている中では女性福祉の実践は、画餅に過ぎない。つまり、女性福祉を具現化していく前提として社会福祉の分野が、ジェンダー・イクオリティであることは重要である。そこで、本章では、まず日本における女性労働の特色を概観した後、社会福祉分野における女性労働者における女性労働者を取り巻く多用なセクシズムの一端を浮き彫りにしたい。そのことから、女性社会福祉労働者のおかれた状況について考察したい。

第1節 日本における「労働力(雇用)の女性化」

 日本における女性労働の特色として着目すべき点の一つは、女性労働者(雇用者)の増加である。2002年の女性就業者数は2594万人、そのうち女性雇用者数は2161万人であり、男性を含めた雇用者総数に占める女性の割合は40.5%であった。募集から定年までの女性雇用に関して、男性と均等な機会や待遇を定めた「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(以下、雇均法と略)が成立した1985年の雇用者総数に占める女性比率は35.9%であり、法施行後17年で4.6%増加している。このような女性労働者(雇用者)の増加は、「労働力(雇用)の女性化」と定義される。ただし、日本における「労働力(雇用)の女性化」には、以下のような特徴がある。
①女性の年齢層別労働力率は、M字型である。
②女性パートタイム労働に独特な性格が与えられている。
③男女の賃金格差が大きい。
まず、これらの状況を理解しておきたい。

①M字型就労
 年齢階級別に当該年齢人口に占める女性雇用者の割合を表したものが、図9―1である。20〜24歳層及び25〜29歳層と、45〜49歳層が高く、30〜34歳層が低下しており、M字型の曲線を示している。この曲線は出産や育児等による雇用中断、再就職といった女性のライフスタイルを示唆している。これは、女性のライフサイクルにおいて、望むと望まざるとにかかわらず性別役割分担が組み込まれている証左であろう。現在においても、女性が育児の主担当であるといった性別役割分担が、人びとの意識においても、システムとしても、存在しているのである。
 なお、M字型の右肩の大部分は、パート・アルバイトで構成されている。そのことは、再就職の困難さを示しているといえよう。

②女性のパートタイム労働の性格
 女性は、パート・アルバイト等の短時間雇用の割合が非常に高い。2002年の統計によると、就業時間が週35時間未満の短時間雇用者総数(非農林業)の女性割合は、69.0%であり、女性の短時間雇用者率は極めて高い割合を示している。「雇均法」施行の1985年時、女性短時間雇用者率は70.7%であり、2002年と比較してもさほど大きく変化していない。つまり、「雇均法」施行以後においても短時間雇用者の圧倒的多数を女性が占めている。
 このような短時間雇用とは、非常勤雇用や臨時雇用といった正規雇用以外の、いわば不安定な雇用形態である。すなわち、パートタイマーは、不安定な身分の臨時雇用として位置づけられ、拡大しているのである。
 一方で、パートタイマーは、短時間雇用者としてだけではなく、フルタイム労働者として機能させられている。例えば、2002年における女性常用労働者一人平均月間総実労働時間は、135.0時間(出勤日19.2日)であった。パートタイマーといえども長時間労働を課せられていることが明らかである。
 それにもかかわらず、女性パートタイム労働者と女性一般労働者との賃金格差は、非常に大きい。一般労働者の所定内給与額を時給換算したものを100.0%とした場合、女性パートタイム労働者は64.9%を受け取っているにすぎない。
 このように、日本の女性パートタイム労働者は、長時間労働であるにもかかわらず、低賃金で、身分的にも不安定な状態に置かれているという独特な「性格」をもっている。換言すると、パートタイム労働者は、「企業を支える補助労働者」と、M字型就労形態に表れるような「家族機能を維持する家内労働者」の2つの機能を担わされているのである。

③賃金格差
 男女間の賃金格差は、依然として生じている。女性一般労働の賃金は、男性を100.0%とした場合、66.5%である。賃金格差に影響を及ぼす要因には、企業規模、職階、勤続年数、また「家族賃金」観念に基づく賃金体系、等の複数の要因がある。
 確かに、女性の平均勤続年数は、男性と比較すると短期である。2002年の女性労働者の平均勤続年数(パートタイム労働者を除く)は8.8年であり、男性の13.5年と比べて、短期である。また、勤続年数階級別に女性労働者をみると、勤続年数が5〜9年の者が、22.7%と最も多い。一方で、1〜2年の者の割合も18.6%と高く、両極化の傾向をみることができる。先述したM字型によって示されているように、女性の就業継続の困難さが推測できる。このような要因の下、著しい男女間の賃金格差が存在している。
 以上、「労働力(雇用)の女性化」をめぐる女性労働者の状況をみてきた。女性労働者(雇用者)は増加しているが、その置かれた地位はまだまだ厳しい。それでは、社会福祉分野における女性労働者の状況はどのようなものなのであろうか。

第2節 社会福祉分野における女性をめぐる政策動向

 まず社会福祉政策が女性(労働者)をどのように位置づけようとしてきたのか、確認しておきたい。
 社会福祉政策において、政府は、常に社会福祉の担い手として家族や地域といった私的扶養を強調してきた。例えば、1979年の「新経済社会7カ年計画」では、「欧米社会にキャッチアップしたわが国経済社会の今後の方向としては、先進国に範を求め続けるのではなく(中略)個人の自助努力と家庭や近隣・地域社会等の連帯を基礎としつつ、効率のよい政府が適正な公的福祉を重点的に保障する(中略)わが国独自の道を選択創出する、いわば日本型ともいうべき新しい福祉社会の実現を目指す」ことを提案した。このような「日本型福祉社会」論は、欧米社会とは異なる日本独自の福祉社会として、自助努力及び家族や地域の役割を強調していた。
 現実的には、私的扶養に依存した「日本型福祉社会」の実現は困難であり、その補正として「高齢者保健福祉推進10カ年戦略(ゴールドプラン)」が推進された。「ゴールドプラン」では、ホームヘルパー、ショートステイ等の在宅福祉サービスや社会福祉施設の充実を図り、家族がこれらの社会的支援を利用し、在宅介護の担い手となることを期待した。このように政府によって期待される家族の介護力とは、女性を中心としたものに他ならない。
 この当時、政府は専業主婦優遇策を政策化していた。例えば、1985年には、雇用者の妻は、国民年金任意加入が廃止され、強制適用の対象として年金の受給者となった(第3号被保険者制度)。すなわち、雇用者の妻は被扶養配偶者として、保険料の支払が免除され、年金を受給できるようになった。自営業主の妻や母子世帯の母等は保険料を負担していることを鑑みると、専業主婦優遇策といわざるを得ない。こうした政策は、女性を専業主婦に位置づけ、育児や介護といった私的扶養を担わせ、男性には基幹労働者として企業中心社会を担わせるものである。その一方で、政府は労働力確保のために、女性の新しい働き方としてパートタイム雇用を勧奨していった。つまり、家計補助として労働に従事し、必要な時には家事、育児、介護等に専念するという「新・性別役割分担に基づく近代家族」を推進した。端的にいえば、政府が提唱する私的扶養とは、性別役割分担に則ったものであり、「女性役割」をさらに固定化するものであった。
 そして政府は、私的領域における「ケア」だけでなく、公的領域における社会福祉労働力としても、女性を戦力化しようとした。例えば、『厚生白書』は、たびたび女性の活用について取り上げている。1987年版の『厚生白書』では、「社会保障マンパワーの量的確保」策の一つとして、「社会サービス供給の担い手として家庭婦人層の活用」を図っていくことを記している。ここから、「社会サービス」は専門的サービスではなく、家事労働の延長とみなされていることが窺える。さらに、1991年版『厚生白書』の中では、ホームヘルパーの確保策として「主婦、中高年齢等の就業を促進し、パートヘルパーとして積極的に活用していく」ことを挙げている。これは、女性や中高年をパートヘルパーという位置づけで活用しようとするものである。また、社会福祉施設職員については、社会福祉士、介護福祉士等の資格保持者によって「施設長や生活指導員、主任寮母等として運営の中心を担い、施設業務の専門性を高めていくこと」を期待している。他方で、「社会福祉施設等で介護業務の経験をもつ専業主婦」等に、フレックスタイム制、パートタイム制等「柔軟で働きやすい勤務態勢を確立する」ことを掲げている。すなわち、有資格者には専門職として中心的な役割を求めるが、人材確保のために専業主婦をパートタイム等の雇用形態=非正規雇用として利用しようとしている。そして、後者に関しては、社会福祉施設等で介護業務の経験者とはしながらも、資格等の専門性についての記述はみられない。専門性よりも人材確保を優先していることは明白である。
 以上みてきたような政府の方針には、社会福祉サービスを家事労働の延長としてとらえる視点と、女性に「主婦」役割を押し付け、パートタイマーとして代替可能な安価な労働力として利用しようとする、2つの側面をみることができる。このような背景の下、後述するが、実際に社会福祉の現場で女性は、まさに安価な労働力として使い捨てられている。

第3節 女性社会福祉労働者の置かれた状況

□女性社会福祉施設労働者の状況

 社会福祉労働者には、社会福祉施設職員、児童相談所等の社会福祉行政機関職員、社会福祉協議会職員、各種の相談員、訪問介護員等が存在している。ここでは、全体の約8割を占めている社会福祉施設における女性労働者の状況について確認したい。
 社会福祉労働者に関する研究は多々あるが、女性に焦点をあてた研究は、決して多いとはいえない。女性社会福祉労働者の多さにもかかわらず、こうした研究が少ないことは、社会福祉労働研究におけるジェンダー視点の欠落を示唆するものである。
 また、社会福祉労働者に関する全国調査も行われていない。現在、刊行されている調査・報告書には、都道府県単位や社会福祉士会、研究者等によって実施された限定的な調査、及び厚生労働省編の『社会福祉施設等調査報告』がある。後者は社会福祉施設、職員の量的統計である。既存の調査・報告書からは、福祉労働者の全国的な就業実態や意識を窺い知ることは困難である。社会福祉労働者研究を進めるためには、今後、全国的な調査の実施が必要である。
 なお、本章では、『社会福祉施設で働く人の実態と意識』(東京都福祉局総務部調査課編、1993年)、『民間社会福祉施設で働く人々の労働条件の実態と意識』(東京都立川労政事務所編、1996年)、『社会福祉施設の人材確保に関する全国調査報告書』(全国社会福祉協議会中央福祉人材センター編、2003年)等の資料を使用している。
 社会福祉施設における女性労働者の状況を見ると、第一に量的なジェンダー・アンバランスという特色が挙げられる。2002年10月1日現在の社会福祉施設労働者総数75万8685名のうち女性労働者は、59万65名(77.8%)であり、社会福祉労働者において女性は非常に高い割合を占めている。現在でも、社会福祉労働者は女性によって担われているのである。このような状況を杉本は、「女性化する福祉社会」と称している。
 第二に、性別による職域分離を挙げることができる。表9−1にあるように直接処遇職の中で、特に女性割合が高いのは、保育士、及び介護職員であり、いずれも80%を超えている。特に保育士は、約99%が女性である。こうした職種は、「保母」・「寮母」と呼称されてきた。「母」という名称から示されるように、女性役割とみなされ、女性が働くことを想定した職種であったといえよう。さらに児童生活支援員も71.9%と高い割合である。児童生活支援員とは、児童自立支援施設において児童の生活支援を行う者を指している。つまり、他施設における保育士と同等の職務である。また、間接処遇職である栄養士(96.63%)、調理員(94.50%)は、大部分が女性で占められている。換言すれば、保育や介護、調理等、生活のケアを担う職種は、圧倒的に女性比率が高い。
 一方、女性比率の低い職種は、社会福祉施設長(37.6%)、指導員(50.0%)の順である。指導員の中では、女性の職業・作業指導員は約4割、生活指導員は約5割であり、女性割合はさほど高くない。ただし、母子生活支援施設に配置される母子指導員はほとんどが女性である。母子指導員には、保育士の資格が必要であり、女性職員の割合が高いのはそのためであろう。また、間接処遇職である事務職員の女性割合は、約半数である。このように施設長職や指導員職、事務職は、男性比率の割合が高くなっている。
 端的にいうと、社会福祉施設では、総体的には女性労働者の占める割合が非常に高いが、そこには職種による差が歴然と存在している。介護・育児、調理といった家事労働を想起させる職種については女性、管理や指導は男性、といった職域分離が存在しているのである。
 第三に、男女の賃金格差を挙げることができる。上述したように、労働市場においては男女の賃金格差は明確に表れている。社会福祉の分野においても、こうした傾向は顕著である。例えば、『社会福祉施設で働く人の実態と意識』調査をみると、指導系職種・介護系職種のいずれにおいても、ほとんどの年代で女性より男性の賃金が上回っている(図9−2、9−3)。同年代で職種に相違がないにもかかわらず、賃金格差が生じるのは、職階、経験年数の相違、常勤・非常勤の相違、家族手当の有無等に起因している。そこには女性の昇進の難しさや、常勤として就労し続けることの困難さが推測できる。昇進の難しさについては、例えば、施設長による女子職員のメリットとして、「男子に比べ昇進・昇格を考えずにすむ」(6.1%)、といった回答が上がっていたことからも推察できる。女性は、男性と比べると昇進・昇格の対象となり難いことを示唆していよう。
 第四に、上述の賃金格差の一因ともなっている。女性の非常勤率の高さが挙げられる。『社会福祉施設の人材確保に関する全国調査報告書』からは、非常勤では、常勤以上に女性の割合が高く、いずれの施設種別においても女性非常勤職員の割合が、男性を圧倒的に上回っていることが理解できる(表9−2)。非常勤雇用の割合が高いのは、女性労働者全体の特色であった。さらに、既述したように社会福祉政策もこれを後押ししていた。こうした状況が、結果として男女の賃金格差を生じさせる要因の一つともなっている。
 第五に、女性の就業継続を困難にする、労働環境の未整備といった状況が挙げられる。一例を挙げると、社会福祉士といった有資格者であり、社会福祉士会という職能団体に登録しているにもかかわらず、職業に従事していない女性は男性より多い。専門職としての資格を有していても、女性の職業継続が困難であることが推察できる。このような状況が生じるのは、①育児介護休業制度の不徹底といった側面と、②女性に対する待遇や見方の問題といった側面がある。前者についていえば、社会福祉施設において、「『妊娠してハイ、サヨナラは困るよ』と結婚退職を暗示され」、結局「寮母が退職を余儀なくされた」といった例もある。施設において労働環境が整備されず、妊娠・出産、時には結婚時に退職を迫られるような、女性が使い捨てられている状況が、根強く残っているのである。それでは、女性の就労継続が可能となる要因には、どのようなものがあるのだろうか。現代日本では、前述したM字型就労形態に現れているように、まだまだ育児や家事を女性役割とする性別役割分担観が強固である。そうした中で女性が働き続けるためには、育児休業制度の徹底、容易な休暇の取得等、労働環境の整備は欠かせない。実際に、社会福祉施設で指導系職種に従事している女性たちは、仕事を続けるための条件として、次のようなことを挙げている。多数を占めているのは、「健康」(43・3%)や「良好の人間関係」(36.7%)、「仕事に見合った給料」(22.1%)であり、これらについては男性も同様に高い。他方で、男性と比べて女性に高いのは、「休暇が取りやすい」(20.8%)、「育児への援助」(10.2%)、「家族の理解」(6.6%)等であり、これらは女性が仕事を継続するために切実な要望であり、重要な要因であろう。しかし現状では、女性の就労継続にとって重要な要因である社会福祉施設における育児休業制度は、まだまだ不徹底な状態にある。指導系職種・介護系職種、いずれの職場でも、全体の半数以上の施設は、育児休業に関する就業規定がない。社会福祉分野に限らず、女性労働者にとって育児休業は、就業を継続する上で重要である。それにもかかわらず、不徹底な施設が多いことは、女性労働者にとって就業の継続を困難にし、人間らしく働く権利を侵害するものといえよう。
 一方で、②女性社会福祉労働者に対する待遇や見方の問題がある。そのことを示す例として、社会福祉施設での男女平等な待遇を要望する声がある。『社会福祉施設で働く人の実態と意識』調査では、「待遇改善に関する施設運営に関する要望」として、「男女平等に扱ってもらいたい」という意見が見られた。つまり、差別に敏感であるべき社会福祉分野においてさえ、女性に対する差別的状況が厳然と存在しているのである。
 こうした差別の根本には、女性を「女性役割」に閉じ込めるような見方があるのではないだろうか。『女子専門職の就労形態とその実態』調査では、女子職員に対する施設長からみたメリットとして、第一は「女子に向く仕事」(83.0%)であるが、「求職者が多く採用が容易」(34.0%)、「男子に比べ昇進・昇格を考えずにすむ」(6.1%)、「勤続年数が短く、経費がかからない」(4.1%)といった施設経営上のメリットも挙げられている。他者をケアする仕事として女性に適職であるというのは、専門職というより「女性役割」に則った仕事という見方であろう。そこからは、先述したような「昇進・昇格を考えずにすむ」=男性と同様な待遇が不要であるとの認識が生じているのではないだろうか。

※以下「下」に続く。
by open-to-love | 2008-05-07 22:39 | 障害福祉と女性問題 | Trackback | Comments(0)
4 精神障害者と家族

 精神障害をもつ人と家族とのかかわりは、これまでにさまざまな角度から取り上げられてきました(最も代表的なものに、岡上和雄・大島巌・荒井元博編『日本の精神障害者―その生活と家族―』ミネルヴァ書房、1988年がある)。家族の高齢化や扶養のきょうだいへの世代交替にともなう課題は、重要な社会的課題として取り組まなければなりません。このブックレットでも、次の章で家族に伝統的に課せられてきた、いわゆる「家族責任」のもつ問題について指摘しています。
 本章では、家族が精神障害をもった時の支援について、一つの家族の事例を紹介し、精神保健福祉のなかで家族支援がどのような課題をもっているのかについて考えます。

(1)ある家族の15年
 家族の誰かが精神障害をもったとき、はかり知れない動揺をもちます。長池洋子さん(29歳・仮名)は、高校入学と同時に不登校となり、18歳の頃に妄想や幻覚が明らかとなり、その2年後から精神科治療が始まりました。長池さんの家族は、当事者の洋子さんと、会社員の夫(57歳)、公務員の母(54歳)、それに弟(27歳)の4人です。

1)初期の動揺と困惑
 洋子さんが、不登校となった当初、両親はさまざまな相談機関で指導を受けました。いくつかの相談機関で指導が異なることがありましたが、両親は自分たちが最も納得のできる相談者を選び、個別相談を継続して受けてきました。「不登校だった人となら会う」と洋子さんが言い出したのは17歳の頃でした。その頃は、まだ自宅以外に外出できなかったのですが、6カ月ほど経過した頃、ピア訪問を行っていた大学生と夜にドライブに出る洋子さんをみることができました。
 しかし、それから6カ月ほど経過した後、外出中に洋子さんが「私のことを誰かが笑っている」と訴え始めたのです。両親の前でも「誰かが自分の悪口を言っている」と、盛んに訴えるようになりました。両親が相談者にそのことを話したところ、できるかぎり早く精神科医か心療内科を受診するように勧められました。
 洋子さんに変化が生じはじめてから、お母さんは食欲が減退し、睡眠も十分にとることができない日が続きました。お母さんの仕事は生活保護ワーカーでした。仕事で接する統合失調症の方と同じ訴えを自分の娘がするということのショックによる食欲減退でした。父親も注意が散漫になってしまったのか、交通事故を起こしてしまいました。
 両親が洋子さんに受診を勧めても、自分は病気ではないと言い張り受診を承諾しません。以前から頼りにしていた相談者はカウンセリングルームに所属しており、自宅に出向いて洋子さんに受診をすすめてほしいという願いは聞き入れられず、訪問を断られました。困り果てた母親が、以前から一緒に仕事をしてきた保健所ワーカーに相談したところ、「自分たちが無理に訪問すると後の支援が困難になる。両親で説得し、診療所か病院に連れて行くように」とアドバイスされました。
 仕事柄、さまざまな事態に冷静に取り組む事が出来る筈のお母さんでしたが、受診の必要性と受診の意思を示さない娘との間に挟まれて困惑する日々が続き、自分が抑うつ的となり精神科クリニックを受診することになりました。当初は娘のことを聞いても「大変ですね」と言っていた母親の主治医が往診を承諾したのは、妄想や幻聴が出てから2年が経過した頃でした。そして、その精神科医師の再三にわたる訪問を受けた後に、洋子さんが入院した先の精神科病院の医師から「どうしてもう少し早く連れて来なかったのか」と叱責され、治療には全面的に協力するように言い渡されました。両親は、洋子さんを入院させた帰宅途中で、なんとも言えない虚しさを体験したようです。

2)度重なる危機のなかで
 洋子さんの初回の入院には8カ月が必要でした。退院後、自宅での生活が始まりました。1カ月ほどは自分で薬を服用していましたが、1カ月が経過する頃から、自分がこうなってしまったのは親のせいだと強くあたるようになりました。ある夜、洋子さんが服薬していないことを確信した母親が服薬を勧めたところ、激しい暴力が生じてしまいました。
 かかりつけの病院に急いで電話しましたが、夜9時であったため、翌日外来を受診するようにと言われました。しかし、自分の部屋に閉じこもり、部屋のなかで家具を投げている洋子さんをこのままにしておくことはできないと思った両親は、外出していた弟を呼び戻しました。父親と弟が部屋に入り、洋子さんを説得することにしたのです。
 両親は、消防署に相談の電話をしました。しかし、次のような返答に大きなショックを受けました。精神科の救急病院は輪番制であり、今晩の当番病院は洋子さんの家から車で1時間かかる場所だと言うのです。さらに、あまりにも激しい興奮状態がある場合は、救急車での搬送は困難であり、警察に保護を依頼してほしいというものでした。家の近くに内科や外科の救急告示をした病院がたくさんあり、車で20分以内のところに、かかりつけの病院を含めて精神科病院が2カ所あるにもかかわらず、家から1時間もかかる場所に、しかも警察に保護依頼しなければ娘を受診させることができない事実。両親は、この現実に接して激しい怒りがわいてきたと言います。
 しかし、このまま放置することはできないと、警察に相談の電話をしました。警察の対応もまた、両親に強い困惑と混乱を与えました。それは、家の中で、しかも家族間で起こっていることだから、警察は積極的に介入できないというものだったのです。父親と弟は、柔道着の帯で彼女を拘束し、1時間の道のりを懸命に涙をこらえながら搬送さざるをえませんでした。
 医療保護入院となった洋子さんは、1年3カ月の入院を必要としました。その後は、管轄保健所の相談員と地域生活支援センターの支えを受けながら地域生活が始まりました。相談員の定期的な訪問と地域活動支援センターが運営する居場所への参加により、その後何回か起こった危機も早期に発見され、専門的な支えによって深刻な事態に至らずに克服されてきました。一緒になって悩み考える支援者が登場したことで、洋子さんの両親は安心して生活できる日々を得たのです。

3)作業所づくりのなかで
 洋子さんの両親が、地域に作業所を作る運動に参加しはじめたのは、彼女が2回目の入院をした後でした。彼女が入院した公立精神科病院で行われていた家族教室に参加したところ、地域での共同作業所づくりをすすめている地域家族会の役員から、家族会への参加を勧められたのです。
 動揺や混乱があったものの、懸命に娘の障害を受容してきた両親は、同じ統合失調症の子どもをもつ親たちの集いに参加し、徐々に孤独感や自責感を弱めてきました。2人の子どもを育てるなかで共同保育所の運動にも参加した経験のある両親は、家族会ですすめていた共同作業所づくりでもリーダーとなっていきました。
 長池さんは、今でも洋子さんの症状が動揺すると困惑することがあります。しかし、地域家族会のなかで役割を持ち、他の家族とともに社会的支援の充実を求めて取り組み、悩んでいるのは1人ではないという思いが強くなってきました。また、地域の多くの支援者と精神保健福祉の充実を考え行動し、洋子さんが発病したことや障害をもったことを客観的にとらえられるようになってきたようです。

(2)家族を支援の対象として
 精神障害をもつ人の家族は、濃厚な社会福祉要求をもっており、多くの支援を求めています。
 現行の精神保健福祉は、家族に大きく4つの義務を課しています。それは、①治療を受けさせる義務、②精神障害者の財産上の利益を保護する義務、③医師に対する協力及び医療を受けさせる際に医師の指示に従う義務、④退院する措置入院患者または仮退院者を引き取る義務です。
 長池さんがそうであったように、家族の誰かが精神疾患をもつことは大きな衝撃であり、日常生活が麻痺するような感覚に襲われることさえあります。たとえ家族のなかに精神科疾患にいくらかの理解をもつ人がいたとしても、発病を当初から冷静に受けとめられるものではありません。専門的な支援を受けるなかで、家族が総体として当事者の疾病や障害を正しく認知できるようになるのです。家族内で生じた精神疾患や精神障害という深刻な問題を受容するための専門的な支援に先んじて、家族に治療を受けさせる義務を強いたり、医師への協力や医師の指示に従うことを強いるのは、精神障害をもつ人の福祉の最終的な責任を家族に負わせている現れであり、本末転倒な発想であると言えるでしょう。

1)家族責任論から見えるもの
 長い間にわたり、当事者が地域で安心して生活できる支援システムや資源整備の極端な遅れを補うため、家族に責任を転嫁する動きがありました。精神科病院への長期にわたる隔離(社会的入院を含む)は退院後の家族の受け入れが悪いから生じているといった指摘がそれです。
 精神疾患の発症要因のひとつとして家族要因を指摘する考えは、まったく否定できるものではありません。しかし、当事者がもつ障害の困難さやスティグマを怖れ、退院を拒否する家族を病理的であると結論づけるのは誤っています。それは、家族が抱える貧困をはじめとする生活上の困難を無視した短絡的な考えです。家族が当事者の地域生活を心待ちにしながらも、不安に押しつぶされそうになるのは、かつての当事者との生活であまりにも深刻な状況を体験し、困惑したときに地域の支援があまりにも少なく、路頭に迷った事実があるからです。
 社会的支援をすすめる時に重視しなければならないのは、そこにある事実です。家族の間に強いストレスが存在し、それが当事者の病状を左右する要因となっている時には、家族が当事者との間に生じたストレスフルな状況に対して社会のどのような支援を得ながらどのように取り組んだのかといった事実が大切です。少なくとも、当事者との生活を抜きに家族の人格的な特徴やコミュニケーションの巧拙について語るのは、家族責任論のひとつの現れであり、当事者と家族に心理的負担を課すばかりで、肯定的な課題解決にはなりません。

2)矛盾しない当事者要求と家族要求
 わが国で当事者が精神科病院への入院を自主的に決定できる任意入院制度が創設されたのは、1987年の精神保健法制定時です。それまでは、非自発入院のみでした。非自発入院(今日の医療保護入院や措置入院など)は、保護者と精神保健指定医の同意で入院が決定したり、2名の精神保健指定医の措置入院が必要との判断で決定したりします。そこには、当事者の意思は一切存在しないのです。
 こうした非自発入院が主であったわが国の歴史のなかで、あたかも家族が当事者の自由を奪い取ったかのような思いが蓄積されてきました。当事者の自身の病気から楽になりたいとの思いと、家族がもつ当事者の苦痛を取り除きたいとの願いは、決して矛盾するものではありません。ただ、わが国の法制度は、まるで家族が当事者の敵であるかのような思いを強めてしまう仕組みだったのです。
 ところで、2003年3月に日本精神科病院協会が実施した「精神障害者社会復帰サービスニーズ等調査」では、統合失調症をもつ患者338名のうち21・4%(610名)の人が家族との関係に不安を抱いています。しかし、同じ対象者に住居を変えたいかという質問を行ったところ、変えたいと希望したのは16・7%(531名)でした。当事者の地域で生活したいという要求は、必ずしも家族から自立して生活したいという要求ではないようです。これは、現在の社会的支援が、当事者が家族から自立して社会で生きていく安心を与えるものとなっていない事実の現れです。
 家族から自立した生活を送りたいと願う当事者の思いと、親亡き後のことを心配し、できるかぎり早く自立してほしいと思う親の思いを実現するために、なによりも必要なのは社会的支援の充実です。

シリーズ◆障害者の自立と地域生活支援6 障害者生活支援システム研究会編「精神障害をもつ人が地域でくらしていくために 介護保険統合論と、求められる社会的支援」執筆・山本耕平(かもがわ出版、2004年)
by open-to-love | 2008-03-29 23:28 | 障害福祉と女性問題 | Trackback | Comments(0)
◆障害をもつ女性のセクシュアリティ

癒しのセクシー・トリップ(安積遊歩)

人を愛する気持ちにタブーなんてない

 22歳で親の家を出たときのことを思い出す。直接のきっかけは、まえにも話したように、年下の恋人といっしょにいられる時間と空間がほしくなったことにあるが、それ以前からずっと、親や周囲が私を性的な存在とは見ていないのを感じていた。兄や妹が年ごろになると、周囲は当然のように結婚の話をする。妹にはお見合いの話もチラホラまいこんでくる。ところが、妹と2つちがいの私には、だれもそんな話をもちだそうともしないのだ。
 あのころはまだ、自分でもからだへの否定感をいっぱい抱えこんでいたから、怖くて口には出せなかったが、「なんで、私を無視するの。私にはお見合いの話をしないの」と、いつも思っていた。そして、「恋愛や結婚の相手は自分で見つけなきゃだめだ。待ってたって、親や親戚が私にお見合い写真をもってくるなんてことはぜったいにない」とも感じていた。
 だから、家を出ることになって、止めようとする母に言った。「私は家を出て自分で結婚相手を見つけなきゃいけないんだから。お見合い写真の100枚でももってきてくれるんだったら、考えなおして家にいてもいいけどね」。母は泣いた。残酷なものいいをしたものだ。でも、あまりに「障害をもつ女(男)=無性」として扱われることが我慢ならず、恐怖でもあったのだ。
 それにしても、障害をもつ人の性は、なんと強固にタブー視されていることか。まるでこの世の中には女性、男性、そして「無性」がいるかのように、障害をもつ人には性なんかないとみなされてきた。運動などをとおして障害をもつ人自身が声をあげはじめてから、徐々に状況は変わってきているとはいえ、こうした見方はまだまだ根強く社会をおおっている。
 「無性」と位置付けられた障害をもつ人は、日本では、性とは無縁に生きることが望まれてきた。性への関心や欲望を超え、尼僧のように清く正しく生きるのが、いい生き方なのだと。このまなざしは、障害がある人にかぎらず、高齢者にも向けられてきたが。だから、障害をもつ人が恋愛や結婚を考えたり、性に関心をもったりすると、世間は「人さまの世話になりながら」「まったくいやらしい」とまゆをひそめる。
 この強い否定的なまなざしのなかで、障害をもつ人はみずからの性について考えることを拒まれ、口に出すことさえ怖くてできなくさせられている。私も、アメリカに行って「自分の自由に生きていいんだ」と実感するまでは、「障害をもっていても、結婚したい」とは、堂々と公言できなかった。一見なんでもオープンに話しているように見えて、こころは屈折した羞恥心にゆれていたのだ。でも、障害をもっていようが、もっていまいが、おなじ人間。人を好きになる気持ちにハンディキャップはないし、自分のからだに関心をもったり、性的なここちよさを求めたりするのはあたりまえのことだ。
 知的障害をもつ子どもにかかわる人たちのなかには、「どこでもマスターベーションをしたがって困る」などと、性の指導で悩んでいる人が多い。だけど、困るといって、何に困るのだろう。観ているほうがマスターベーションを「恥ずかしいこと」「してはいけないこと」とネガティブにとらえているから、それを目のまえで見せられるのが恥ずかしくて、その羞恥心から困惑するのだろう。
 たしかに「どこででも」するのはちょっと困る。でも、それは、「どこででもおしっこをされたら困る」というのとおなじ意味での「困る」にすぎない。一方、「マスターベーションをしたがる」のはちっとも困ることじゃない。人間だったら、ごくしぜんな欲求だ。だったら、自分の部屋でするように頼んだり、射精まで集中してできるようにトレーニングしたりと、解決の道はいくらでもあると思う。
 とくに医療関係者や養護学校の教師、施設の職員は、障害をもった人たちの性の問題で悩むのだったら、そのまえに、自分自身の性意識、つまり自分のからだを愛しているか、セックス=性交と思っていやしないか、マスターベーションを肯定できるかなどを問いなおし、また、自分とパートナーとの関係が真に対等なものかどうかを見なおしてほしいと思う。

セクシュアリティーにロール・モデルはない

 障害をもつ人のセクシャリティーを考えるとき、そこになにか特別のものがあるとすれば、それは、自分が性的な存在ではないと思いこまされ、みずからの性を語るのが恐怖だということだけだろう。それ以外は、障害のない人たちの社会の女と男の関係をきちんと踏襲しているだけだ。
 障害のない人たちだけで成り立っているようなこの社会、もっと正確に言えば、障害のない男中心の社会のなかで、障害のない女性たちも、百色も千色も、人数ぶんのしあわせがあるはずなのに、一色のしあわせに彩らされている。彼女たちがもっともっと多様な生き方をしてくれないことには、障害をもった女性たちはほんとうに困るのよね。自分たちもその色に染まらなきゃいけないように思わされちゃうから。
 日本の結婚制度が女性に期待している役割が担えないから結婚できない、自分が女性であると認められない-障害をもつ女性で、そう思いつめている人はいまも多い。彼のために料理ができない、洗濯ができない、身のまわりの世話をやけない…だから、女性として失格だと。
 性の場でも、女性から求めてはいけないという社会通念があるうえに、「セックス=性交」一辺倒で、多様な性のあり方を受け入れる土壌がない。だから、足が変形していて十分に開かなかったり、むりな姿勢をとると骨折しかねなかったりするから、ほんとうは性交をしたくなくっても、そんなことは言っちゃいけないと我慢しつづけることになる。
 結婚のあとには、さらに出産という大難関が控えている。「女は結婚して一人前、子どもを産んで一人前」の大スローガンが深く静かに鳴りひびきつづける。そんなことを聞かされつづけていたら、子どもを産むと自分のからだが危うくなるような障害をもっている女性だって、自分のいのちと引き換えにしても、子どもを産んでみたい、と思うようになる。
 もちろん、ほんとうに子どもがほしい人は産めばいい。でも、自分のからだをボロボロにし、いのちを賭けてまで子どもがほしいというのは、「女のしあわせは、子どもを産むこと」という社会の常識に追いつめられてのことじゃないだろうか。
 私自身、結婚というかたちへの囚われから解放されたのちも、新しい恋人との関係のなかで、「1回くらいは妊娠してみてもいいかな」と思うことがあった。その気持ちは、いま、正直にふり返って考えると、自分の子どもがほしかったからではなく、妊娠することで、「私は女なんだ」と確認したい、というところからきていたと思う、私の場合は。「女として見られたい、結婚してみたい」の連鎖がいかにおかしいかは身にしみてわかり、もうその呪縛から自分を解き放つことができたつもりだったのに。
 ところで、最近は日本でも、学校教育のなかで性教育が行われるようになって、性をとりまく状況はすこしずつ変わってきているが、それでもいぜんとして、公の場で性が語られることは少ないようだ。望まない妊娠をした場合、肉体的にも精神的にも大きな負担を引き受け、キズを引きずるのは女性のほうなのに、「女の自分が言うのは恥ずかしい」なんて言って、避妊について彼と話せない女性も多い。パートナーと性のことを話し合うのは、恋愛関係にとって基本的なことなのに、それができていないカップルの話を聞くと、胸がいたくなる。
 障害をもつほとんどの男性の性意識も、やはり男社会で生きる障害のない男性のそれをしっかり踏襲している。運動のなかでも、「相手がいなけりゃ、ソープ・ランドに行けばいい」「ストリップを見にいかなきゃ損だ」なんて、男たちは平気で言っていた。男同士が集まると、その自慢話や卑猥な話になるし、「障害があってもソープ・ランドに行ってきた!」と成果のように話す人もいたりする。それを聞いても、あのころの私は「かわいそうに、可能性がないんだから、しようがないか」と、あまり気にもとめずにいた。「どっかおかしい。ちがうんじゃない?」とも感じていたのだが、彼らにきちんと反対できるほどじゃなかった。
 結局、問題は障害のある・なしじゃない。障害のない人たちの女と男のありようが、あまりにきちんと障害をもつ人たちのなかに反映されてしまっているということなのだ。私たちの問題というのは、障害のない人たちの社会の問題の裏返しとしてある。障害をもつ女性にとって、足が十分に開かないことが結婚できない理由、男の人を愛せない理由になっているというのは、裏返せば、障害のない女性は、足が十分に開くことが最大のセールス・ポイントだということだ。障害のない女と男が精神的に対等な関係をつくることができていれば、こんなことにはならないはずだ。
 養護学校では、「障害のない人に一歩でも近づけ」としつこく言われつづけたけど、そのモデルたる人たちの世界自体がゆがんでいるのだから、それを見習っている、障害をもつ人の世界がゆがんでしまうのもあたりまえの話。障害のある人の世界だけを正そうとしても、この社会にはロール・モデルがない。
 そのことにはっきり気がついたのは、結婚というものをくぐりぬけてからだった。就学差別を超え、なんとか障害者差別も超え、「さあ、これで自由な世界だ」と、実質的には結婚と変わらぬものをしてみたら、そこで見えたのは、社会全体をおおう女性差別の厚い壁だった。どこまでつづくぬかるみぞ。残念ながら、この社会にはいいロール・モデルはない。性別役割がつくるこの女性差別を打ち破って、女と男が対等で平等な関係をつくる道は、自分でさがすしかない、そう思い当たった。

あさか・ゆうほ 1956年生まれ。ヒューマン・ケア協会ピア・カウンセラー、コウ・カウンセリング日本リージナル・リファレンス・パーソン
初出:『癒しのセクシー・トリップ』(第6章「性差別の厚い壁」より抄録)、太郎次郎社、1993年

(日本のフェミニズム6「セクシュアリティ」解説・上野千鶴子 岩波書店、1995年)
by open-to-love | 2008-02-26 15:18 | 障害福祉と女性問題 | Trackback | Comments(0)