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カテゴリ:ときどき海沿い便り( 25 )

「ときどき海沿い便り」その25…「変わらぬ、ふるさと」

 大槌のまちなかを運転中、道路沿いに供えられた新しい花が目に付き、震災の月命日だと思い出しました。
 そしてこの日11月11日は「鮭の日」です。つくりの「圭」の字が漢数字の十一を重ねた様になっているからとか。
 岩手県の魚は南部サケですが、鮭は大槌町の魚に制定されている魚でもあります。

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 卒業アルバムの表紙に「鮭の子ら」と印字されていたり、校歌に「帰る源水の鮭の子の…」と歌詞があったりと、特に中学校生活の記憶には「鮭の子」というフレーズがリンクします。
 現在解体中の被災した大槌中学校の校舎をちょっと眺めに行きたくなりました。
 校庭の周りにあった大きなポプラの木は、50年以上前に、私の父達が卒業記念に植えた物だと以前聞いていましたが、震災で無くなってしまいました。

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 校舎のほとりには、湧水も豊富な源水川があり、ボランティアをはじめとした皆さんのご尽力で、またきれいな水が流れています。
 この日、川辺に寄って眺めたところ沢山の鮭が帰って来ていました。
 町は変わり果てた姿のままだけど鮭は帰ってくるんだと思うと、多分変わらない物があるんだとも思え、少しホッとしました。
 今は町を離れている人が帰って来た時に、見える形が変わっていても、せめて見えない大事な物が変わらずに残るふるさとで迎えてあげられたらと思います。
(2013年11月13日)
by open-to-love | 2013-11-14 22:29 | ときどき海沿い便り | Trackback | Comments(0)
「ときどき海沿い便り」その24…「あまちゃん効果」
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 昨年引き出しにしまい込んだ、ちょっと懐かしいテキストを引っ張り出して、せっせとミサンガを作っています。
 9月で放送が終わったドラマ「あまちゃん」ですが、番組内で主人公のアキちゃんが震災後の海で見つけた漁の網を使って、海女の皆で新たに作り始めたミサンガ。
 モデルになっていたのが震災後大船渡市三陸町越喜来の女性達が作り始めた「浜のミサンガ 環」と言われています。
 私は大槌町のチーム(吉里吉里チーム)で、2011年の夏~昨年の3月頃まで参加していましたが、その後昨年の11月まででチーム内産ミサンガ1万個達成のお知らせもありました。

 ドラマ内で出て来た時は、共に作っていた友人達と「あのミサンガって、元がきっと環だよね~♪」と話題になり盛り上がっていました。

 現在では各地のチームそれぞれが、新しい仕事や事業を少しずつ始めていますが、今回、番組放送の影響でまたまた注文が多数寄せられた様で、以前携わっていたメンバーに声が掛かったのでした。
 久しぶりの麻紐と漁網とプロジェクトマーク入りの木のビーズ。押さえのテープと吸盤と、ハサミや定規や仕上げ用のライター等々。
 道具とテキストを広げて、少しずつの緊張とワクワクと、懐かしい感覚と少し思い出す悲しい記憶。
 編み進めると共に、ちょっとずつ手が慣れて来ました。納期までに引き受けた本数分が間に合うか最初心配でしたが、なんとかなりそうです。

 復興応援に感謝しつつ、ご本人使用かプレゼント用か~…等々とご注文頂いた方に想いを馳せつつ、丈夫で長持ちする様に、且つ規格に外れない様に(汗)せっせと製作中です。
(2013年10月22日)
by open-to-love | 2013-10-22 21:17 | ときどき海沿い便り | Trackback | Comments(0)
「ときどき海沿い便り」その23…「追悼野焼き」

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 震災から2年半。9月7日夜、大槌の町で、土器を焼く野焼きの炎が3年ぶりに燃えました。
 元々は縄文土器が赤浜小学校の敷地内で見つかった事を受け、昔々の方法で土器を作り校庭で焼き上げたのが、大槌で野焼きをする始まりだったと聞いた覚えがあります。
 その後、町主催の行事「おおつち炎の祭典野焼きまつり」として行われ、2010年には第16回だったので、何事も無ければ今年は19回目を迎えていたのでしょう。
 私の仲間たちは、作品作りの指導や実行委員などで行事を支えていましたが、震災後、野焼きは途絶えていました。
 そして今年、実行委員をやっていた数名から、震災で亡くなった仲間達が力を尽くして来た事だったからこそ、「慰霊の野焼き」をしようと声があがったのでした。
 粘土や燃やす材料や使う品々を調達し、それぞれが作った土器を持ち寄り、手作りの窯に並べました。
 亡くなった仲間の写真を窯に向けて置き花を飾り、点火前には揃って黙祷。
 皆で7時間位掛けて火を燃やし、大事に大事に焼き上げました。
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 土器は窯の温度が上がらないと黒ずんでしまいますが、冷めるのを朝まで待って取り出して見ると、どれも良い色に焼きあがっていました。
 長年野焼きに携わり、特に今回先頭に立って尽力したメンバーも「今までで一番の仕上がりだ」と、とても嬉しそう。
 火を入れている間や土器の搬出の時など、要所要所には心配していた雨もおさまり、其処にいた誰もが、今は亡き仲間達が見守ってくれたと感じていました。

 粘土を捏ねて焼きものを作り、火を燃やしている間は慎重に木をくべながらも、焼きあがりは神のみぞ知る-
 最後は人では及ばない処の力にお任せするのだといつか話していたのは、今回空から見守ってくれた仲間の一人だったでしょうか―。
(2013年9月15日)
by open-to-love | 2013-09-16 00:07 | ときどき海沿い便り | Trackback | Comments(0)
「ときどき海沿い便り」その22…「赤浜の今、これから」

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 先日友人3人でランチへ出掛けました。
 BARLIT(バールリート)という名前の、今年の2月14日にオープンしたイタリアンのお店です。
 店名が「浜の食堂」という意味のこちらは大槌町の赤浜地区にあり、外を眺めれば「ひょうたん島」こと蓬莱島が浮かんでいます。
 海のすぐ傍のため、周りのほとんどは津波で流され、元あった建物の基礎だけが残る場所でもあります。
 浸水区域ですから数年後には土地の整備で移転をされる事にはなると思いますが、オープン以来沢山のお客様を迎えられているようです。
 スパゲティも美味しいですが、焼きたてのピザも絶妙で、お喋りが弾んでうっかり時間が経っても生地が美味しいのがまた嬉しかったり。
 お店のコーヒーは、「海沿い便り」で何度かご紹介した事がある吉里吉里のApeさんの焙煎コーヒー豆を使っています。どちらのお店で飲んでも美味しいですが、味わいがまた違う感じです。
 料理の腕を奮っているのもスタッフもみんな若い方々です。
 私は今回3度目の利用でした。時々食事に行って応援したいと思っています。
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 お店傍の車を止めた空き地は、赤浜小学校の校舎があった場所で、校門と校歌が刻まれた石碑が置かれています。
 残された体育館の壁に表示された矢印は、これから盛り土をされる高さの目印。
 この先どんな風景に変わって行くのか、少し沖からひょうたん島が見守っています。
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(2013年8月31日)
by open-to-love | 2013-08-31 18:46 | ときどき海沿い便り | Trackback | Comments(0)
「ときどき海沿い便り」その21…「切れたミサンガ」

 先日、足首に結んでいたミサンガが切れました。
 ちょうど同じ頃、ドラマ「あまちゃん」の中でアキちゃんが腕にしていたミサンガの1本が切れた頃と重なり、まさしく「じぇじぇじぇ!」なタイミングでした。
 ちなみに私の住んでるあたりでは、びっくりとか思い掛けない時に「じぇ!」とは言わず、「ばっ!」とか「ざっ!」とか「だだ!」とかの方が多いです(笑)。
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 今回切れたミサンガは、2年前に大船渡市三陸町の「三陸とれたて市場」さんから買った、「浜のミサンガ環」の1本です。
 当時、私も大槌のチームで環作りをしていましたが、まだ県内の販売場所が限られていた為に町内では買えず、早く欲しくて三陸町まで出掛けたのでした。
 しかし、店の住所から携帯の地図を頼りに辿り着いた場所にはお店は無く瓦礫が残っていて、諦めて帰宅。その後、お店が被災した為に別の場所で営業していると分かり、郵送で送って頂いたのでした。

 毎日そのままお風呂にも入るし、1年位で切れると思って結びました。そして、切れる頃には町の復興もそれなりに進む事を願っていました。
 その後、特別に力が掛かる訳でもない足首のミサンガは、当初のブルー系のグラデーションが真っ白になりながらも切れる事無く、町の様子もあまり変わらず月日は流れました。
 そして、2年が経った先日、ちょうど親戚の家で町のかさ上げの盛り土なんかの話題になり「まだまだだなぁ」なんて話しながらふと足に手をやった時にパラッと切れたミサンガ。
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 予想していた「それなり」にはなっていない町の様子に、次の2年間に期待を込めて、またミサンガを結びました。
 今度は友人に買って貰った大槌で作られた環です。ブルーとピンクの2色使いがはっきりと分かる新しい環。
 色が褪せて切れる頃には、町はどう変わっているのか、大事な物は変わらず残っているのか…期待と不安が入り交じります。
(2013年7月26日)
by open-to-love | 2013-07-26 23:24 | ときどき海沿い便り | Trackback | Comments(0)
「ときどき海沿い便り」その20…「新しい標識」
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 昨年の秋頃から今年の春あたりでしょうか、沿岸を走る国道45号の標識に変化がありました。
 東日本大震災での津波浸水区間は、車で走行中も分かるようになっています。
 以前は「ここから津波浸水想定区間」となっていた標識は「ここから過去の津波浸水区間」と変わっています。
 想定外と言われたあの津波でしたが、以前から「想定区間」とされていた標識が、そのまま「浸水区間」で立っているポイントもずいぶんある事に驚きます。
 あの頃(震災前)は、こんなとこまで波が来る訳ないのに…変なの、と思いながら通っていました。

 道路沿いの白いポール(視線誘導標とかデリニエータとかいう名前だそうですが)、こちらには浸水区間のシールが貼られています。
 新しく立てられた標識には「前方○m後方○m」と、浸水区間を抜けるまでの距離が表示されています。
 前方も後方も浸水区間がかなり長いポイントもありますし、一つの浸水区間を抜けても、次の浸水区間がすぐ始まる場所もあるので恐いなぁと思います。

 実際2年以上も経って、運転しながら見渡しても被害がどこまでだったか判りにくくなっています。
 非常時には土地勘の無い人でも、前に進むか来た道を戻るかを判断する目安になります。
 普段から走っていてもいざとなるときっと慌ててしまうので、冷静な判断をする材料になってほしいと思います。

 あんな津波は二度と起こって欲しくは無いのですが…、海沿いに居る限り残念ながら避けられない自然現象なのでしょう。
 大切な命だけは皆が守れるように備えて行かなければと思います。新たな悲しみを増やさない為にも―。(2013年6月16日)
by open-to-love | 2013-06-16 20:37 | ときどき海沿い便り | Trackback | Comments(0)
「海沿い便り」その19…「クジラとの再会」

◇そらさんの「ときどき海沿い便り」

その19「クジラとの再会」

 大槌町の北隣にある山田町に「鯨と海の科学館」があります。
 2年前の津波で被災したこちらの施設は、来年度の再開を目指して来月から大掛かりな復旧工事が行われる予定。
 工事が始まる前に、津波流失を免れたマッコウクジラやミンククジラの骨格標本等を無料公開していると聞き、さっそく行って来ました。
 施設の周りには町内から集まった瓦礫が、まだ沢山積み上げられていますし、付近の復旧工事の為に施設正面から入る事は出来ず、今は列車が走っていない船越駅前から細い道を抜けて裏の出入口から館内へ。
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 ずいぶん前に一度見学した事があったのですが、こんなに凄かったかなぁと思う程に、展示されていた骨格標本は迫力がありました。
 見せて頂いた展示室には高さ5メートルの位置に津波浸水ラインが付いていました。(施設には最高8メートルの浸水があった様です)。
 案内をして下さった係の方に、震災後のお手入れの様子などをお聞きしました。各標本や展示品についた泥や砂の他、その後付いてしまったカビの除去などに大変なご苦労があった様です。
 震災後お手伝いに駆け付けてくれた大勢のボランティアの方々にとても感謝されていました。

 流失してしまった展示品や資料も多く、残ってはいるものの海水に浸かってしまった展示品なので、お手入れ作業がまだまだ必要の様です。
 でも案内して下さった係りの方から、この場所への強い思いが感じられ、きっと震災前に負けない
位の素晴らしい場所として再オープンを迎えられそうな気がします。
 またあのクジラの標本と係の方にお会い出来るのが今から楽しみです。
by open-to-love | 2013-05-20 21:12 | ときどき海沿い便り | Trackback | Comments(0)
◇そらさんの「ときどき海沿い便り」

その18「世界の椿館・碁石への旅」

 大船渡市末崎町にある「世界の椿館・碁石」へ久しぶりに行きました。
 施設内には13ヶ国約600種の椿が植栽展示されています。
 少し前まで開催されていた「つばきまつり」が終わり施設内は所々お手入れの最中で、一番の見頃は過ぎていましたがまだキレイな花を見る事が出来ました。
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 こちらは海のすぐ側ながら高い場所に在るため震災当時津波被害はありませんでしたが、ガラスが割れたり電気や水道が止まるなどの被害がありました。
 水道がいつ復旧するか分からない中、椿を生かしておく為に花を全部落とし枝も短く切って対処されたようです。
 その後、ご縁があった愛知県の造園屋さんから送られた180本の椿と、施設の方々の頑張りもあってまた少しずつ花をつけ始めた木で、館内はまた沢山の花を観られるようになっていました。
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 これからも碁石海岸を訪れた時に、キレイな椿と海で迎えて貰える場所であって欲しいと思います。
(2013年4月5日)
by open-to-love | 2013-04-06 10:11 | ときどき海沿い便り | Trackback | Comments(0)
◇そらさんの「ときどき海沿い便り」

その17「海、空、心」

 あの震災から2年。
 先日、釜石の職場に問い合わせ電話がありました。
 店の場所や営業時間の他に、「ちょっと伺いますが…」と切り出された質問と私の回答のいくつか。

 「お店って津波は大丈夫だったんですか」
 「はい、こちらは浸水区域ではなかったので」
 「え、それじゃあ釜石は被害は大した事なかったんですか? マチとか全部壊れちゃったとかいうんじゃなくて、被害は港の方だけですか?」

 「釜石って復興してるんですか?」
 「…復興とはどういった感じにでしょうか…」
 「車とかバンバン走ってるんですか?」

 …。

 こちらにすればハテナ? が頭を飛び交う質問で、国道沿いの店が浸水を免れていれば被害は少なくて、車がバンバン走っていれば復興していると思うのか?

 その時感じた違和感。店が忙しかった事もあり、丁寧な説明まではせずに終わらせた電話。

 あらためて「復興してますか」と聞かれた時に色々な思いが錯綜する。

 復興に向けて日々頑張ってくれている人の事を思うと「復興してません」とは言いたくないし、あの日から比べれば増えた明かりの数は雲泥の差。かといって壁が落ちたままの家や壊れた堤防がそのままの状態で仮設住宅で住む人がまだまだいっぱいで、不便や先の不安を感じながら暮らすたくさんの人の事を考えると「復興してます」とは言いかね…

 たくさんの大切な人と物が失われたあの日から、もう2年が経ち、まだ2年しか経たない私達の住む海沿いは、相変わらず哀しい位に空と海がキレイです。
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(2013年3月11日)
by open-to-love | 2013-03-12 01:36 | ときどき海沿い便り | Trackback | Comments(0)
◇そらさんの「ときどき海沿い便り」

その16「つながりの春」
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 2月になって、海藻食べたいなぁと思っていたら心の声が届いたらしく、同僚の女の子から早採りワカメを頂きました。
 ワカメはそのままだと茶色いのにお湯に通すとパ~ッと綺麗な緑色。旬の物ならではの美味しさです。
 先の震災では養殖設備もかなりの被害があったはずです。育てた方々のご苦労に感謝しながら美味しく頂きました。
 同僚は、三陸海岸地域全体で採れるワカメの他にアワビが有名な、釜石のお隣大船渡市三陸町の吉浜地区から通っています。
 翌日、お礼を伝えながら「吉浜はさ~、昔 親戚が吉浜荘って身障者の施設に2人入ってたから年に何回か行ってたんだ。職員の人とか凄く感じ良くて子供心に良いところだって感じたの。運動会とかもみんな楽しそうだったし。」と話したところ、
「吉浜荘の運動会は、小中学校の時に毎年全校で行ってたよ。もしかして会ってたかも?」と教えてくれました。
 あの頃私達は直接は会っていなかったと思いますが、入所してた叔父や叔母は彼女に運動会で楽しませて貰っていたかもしれません。
 あの運動会の和やかな雰囲気は、職員の皆さんの他に地域の皆さんのお陰だったんだなぁと今更ながらに感謝したり、色んなところで繋がってるなぁと、あらためて感じるのでした。
(2013年2月28日)
by open-to-love | 2013-02-28 15:41 | ときどき海沿い便り | Trackback | Comments(0)