精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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カテゴリ:増野肇『精神保健とは何か』( 28 )

増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第7章 わが国の精神保健に関するシステム

6 精神保健に関する研究・啓発

 最後に、精神保健を研究し、啓発にあたっている機関を紹介します。
 公的には、精神保健福祉センターが国立精神保健研究所と協力して、各県での啓発事業を行っています。
 民間レベルでは、呉秀三が組織した精神病者慈善救治会から発展した日本精神衛生会があり、雑誌などを発行しています。いずれにせよ、ほかの医学に比較すると予算の面でもそれを支えていく人材の面でも弱体であり、大きな変革が求められています。
 専門家の集団としては、精神神経学会、社会精神医学会、精神衛生学会、芸術療法学会、集団精神療法学会、日本心理劇学会など、さまざまな学会が研究活動を行っており、専門家の養成にあたっています。しかし、経済的にも時間的にもゆとりがないというのが実情のようです。とはいっても、社会の側からの精神保健に関する関心は高まっており、かつ、いろいろな問題を通して必要なものとなってきています。消費者である市民の側から積極的な要望を突きつけることで、現在の精神保健の現状を変えていく努力が必要だと思います。
 精神保健の問題は、最初に述べたように、精神病の予防だけでなく、一人ひとりの市民の生き方、福祉にも連なる問題ですから、すべての人が、あらゆる分野で、実践していけるようにすることが必要なのではないでしょうか。

【参考文献】
・厚生省保健医療局精神衛生課『わが国の精神保健福祉』(各年刊)
・増野肇『森田式カウンセリングの実際』白楊社、1988年
・増野肇『不思議の国のアリサ』白楊社、1996年
 ほかに、全家連(全国精神障害者家族会連合会)の資料がある

※本書は1999年刊行。その後、障害者自立支援法施行、全家連破産・解散、地域精神保健福祉機構(コンボ)と全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)への分化など、情勢の変化はさまざまありますが、基本的な骨子はなお通じます。良書を、次代に(黒田)
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増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第7章 わが国の精神保健に関するシステム

5 専門家以外のサポートシステム

 ボランティアによるものとしては、精神保健ボランティアと「いのちの電話」による電話相談があります。危機の時には、とりあえず、「いのちの電話」に相談することで危機を乗り越えることが期待されます。現在、ほとんどの県で「いのちの電話」が活動しており、地域の精神障害者からの電話も多くなってきていますが、本来の目的である自殺予防にも大きな働きを示しています。
 現在の保健および医療は、自分の問題は自分が責任を持って治していくという方向に向かっています。精神保健においても同じです。同じ課題を持った人たちのグループであるセルフヘルプグループは、そこで仲間を見いだし、支持やアドバイスを受けられること、医療などに関する適切な情報が得られること、医療の消費者として、医療サイドに要求を出していけることなどの利点があります。もちろん、自分たちの行動決定や態度変容にも役立ちます。てんかんの人たちの「波の会」、精神障害者のソーシャルクラブ、森田療法を実践していく「生活の発見会」、アルコール依存の「断酒会」、およびAA(アルコール依存の匿名者の会)、過食拒食者のNABA、薬物依存者のDARC、嗜癖(アディクション)を考える会AKKなどが、それぞれの地域で活躍しています。
 当事者以上に苦しいのが家族でもあります。知的障害者の「日本精神薄弱者育成会」(「手をつなぐ親の会」)、精神障害者の「全国精神障害者家族会連合会」、自閉症者の「日本自閉症協会」(「自閉症者親の会」)、「ダウン症親の会」、そして「痴呆性老人家族会」などがそれぞれ活動をしていますが、これらの組織に入れば、セルフヘルプグループと同じく、支持と情報を得ることができ、家族としての役割を実践しやすくなるでしょう。
by open-to-love | 2011-02-11 23:22 | 増野肇『精神保健とは何か』 | Trackback(1) | Comments(0)
増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第7章 わが国の精神保健に関するシステム

4 精神保健にかかわる人材

 精神科医とは、精神医学を専攻する医師であり、その中で特別な講習を受けることによって精神科指定医になることができます。指定医は精神衛生法で定められたもので、措置入院の必要性の判断をゆだねられます。医療の専門家が、即、精神保健の専門家とは言えませんが、精神障害やそのほかの病気の診断治療にかかわることになります。
 病院、診療所などで医師と協力して治療を助けるスタッフに看護婦、ソーシャルワーカー、心理士、作業療法士などがいます。ソーシャルワーカーは、患者の側に立って、人的資源や社会的資源を整理して、医療だけでなく、経済的な面も含めて適切な治療を受けられるように協力するのですが、精神科を特に専門とする人を精神科ソーシャルワーカー(PSW)と言い、1998年に、精神保健福祉士としてその資格が認定されました。病院以外にも、保健所など多くの施設で必要な人材です。
 心理士、あるいは特定名資格としての臨床心理士は、カウンセリング、グループワーク、心理テストなどにより協力する人材です。作業療法士は、その名前のとおり、作業療法を実施している病院などで働く専門家です。そのほかに、高齢者の介護を行う介護福祉士、歩行訓練などの身体的な訓練をする理学療法士もいます。
 地域の中では、保健所や市町村役場の保健婦が、訪問指導などを通して地域で生活をしている精神障害者を助けています。同時に、精神保健に関する衛生教育や共同作業所、家族会、ソーシャルクラブなどの運営にもかかわり、保健所のソーシャルワーカーとともに、日常の地域生活の援助者となっています。
 そのほかの人たちとしては、共同作業所やグループワークなどのスタッフがいます。これらの人たちは、ソーシャルワーカーから家族会の人たちまで、いろいろな立場から関与していますが、最近、大きな力を期待されているものに精神保健ボランティアがあり、精神保健福祉センターや社会福祉協議会などによって養成されたボランティアが、作業所や家族会、ソーシャルクラブなどで活動をしています。これらの人たちは、偏見の多い社会に対して啓発的な役割を担うものとして、大きな期待をかけられています。
 電話相談という形のボランティアとしては、「いのちの電話」相談員がいます。数年の訓練を受けたボランティアは子育ての終わった年代の主婦が多く、匿名の電話相談の形で心の危機に対処しています。
 このような地域の人材を、一人のケースのためにどのように連携させ活用させていくか検討していくのがケースマネジメントであり、その調整をしていくのが精神保健福祉士ということになるでしょう。
by open-to-love | 2011-02-11 23:21 | 増野肇『精神保健とは何か』 | Trackback(1) | Comments(0)
増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第7章 わが国の精神保健に関するシステム

3 精神保健関連施設

 医療に関する施設としては、地域においては、治療の主体が入院から外来に重点が置かれるようになり、それとともに精神科診療所が増加してきています。精神病院もデイケアなどのリハビリテーションを重視するようになり、開放化も進んできています。単科の精神病院に対して、総合病院の中の精神科も重要な役割を持っていて、合併症や思春期などの患者に対応しています。
 相談所としては、精神保健福祉センターのほかに、保健所、市町村の保健センター、児童相談所、教育相談所、婦人相談所、その他民間の相談所などが活動しています。これらの相談所が、病気以外の幅広い精神の不健康に対応しています。
 職業に関するところでは、障害者職業センターが、ハローワークの障害者係と協力しながら、精神障害者の就職援助をしています。訓練のための「ワークトレイニング社」、そして職業開発援助事業では職場に付き添って援助するジョブコーチの制度もできました。一方、地域のなかでは、就業の難しい人たちには、共同作業所が保健所単位の地域に憩いと仕事の場を提供しています。授産所、保護工場などの実際の職場に近づけた職業訓練の場も用意されていますが、まだまだ少ないのが現状です。
 最後に住居の問題があります。家族を失い、支えてくれる場を持てなくなった人のための住居として援護寮、福祉ホームがありますが、より小さい規模のグループホームが地域に多くなってきています。
 そのほか、一般的な精神保健に役立つものとしては、森田療法を実践している「生活の発見会」や、内観の施設などがあります。
by open-to-love | 2011-02-11 23:19 | 増野肇『精神保健とは何か』 | Trackback | Comments(0)
増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第7章 わが国の精神保健に関するシステム

2 精神保健行政

 障害者基本法の成立によって、精神障害者がようやくほかの身体障害者や知的障害者と同様に、障害者として認められることになりました。そこで、厚生省も長年続けていた機構を大きく変え、すべての障害者の問題をひとつの障害福祉部という部にまとめ、そこの精神保健福祉課が担当することになりました。地域レベルでは、精神保健福祉センターの指導の下に、各保健所が障害者の問題にかかわってきていましたが、今後は市町村が大きく責任を持つことになります。
 厚生省としても、障害者プラン7カ年計画を立て、具体的な数値を挙げて取り組もうとしています。1989年に策定された「高齢者福祉促進10カ年戦略(ゴールドプラン)」にならったものと言えましょう。高齢者に対するゴールドプランも、1994年には全面的に見直しをし、新たに、痴呆性老人に対する対策も盛り込まれています。
by open-to-love | 2011-02-11 23:18 | 増野肇『精神保健とは何か』 | Trackback | Comments(0)
増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第7章 わが国の精神保健に関するシステム

ポイント

◆わが国の精神保健は「障害者基本法」と「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」によって定められています。
◆精神保健行政は、厚生省の機構改変に伴い保健医療局・精神保健課から障害福祉部・精神保健福祉課へとその管轄が変わり、「障害者プラン7か年計画」が立てられました。地域では、各保健所から市町村へと移行しています。
◆精神保健関連の施設には、医療施設、精神保健福祉センター、相談所、住居となる施設があります。また、ボランティアによるサポートシステムや、同じ課題を持った人たちの集まりであるセルフヘルプグループもあります。
◆精神保健に関する研究・啓発グループには、日本精神衛生会、精神神経学会、精神衛生学会などがあります。

1 精神保健を支える法律

 わが国で最初に精神障害者に関する法律ができたのは1900年の精神病者監護法です。これは、精神障害のために松沢病院に入院したはずの元相馬藩主が、実際は病気ではないのに、お家乗っ取りのために入院させられたと家臣が訴えたところから始まった相馬事件(1886〜1894年)が、世界的に有名になったことがきっかけで生まれたものです。この法律では、精神障害者の責任を持つ監護義務者を定め、私宅監置または入院させる時には警察署を通して地方長官に願い出るという内容のもので、自宅の部屋に閉じ込める私宅監置を公的に認めることにもなってしまいました。
 1917年の実態調査では、精神障害者数6万5000人に対して、病床数はわずかに5000であり、残りの6万人が私宅監置などの状態にあることが分かり、1919年に精神病院法が生まれます。しかし、予算の不足のため公的精神病院の数は増えず、現在の私立病院中心の体制が出来上がったのです。
 わが国に本格的な精神衛生法ができたのは、第2次世界大戦後の1950年です。この法律により、精神鑑定を行える資格を認定する鑑定医制度が出来上がり、精神病院の設置運営に対する国庫補助により、3万床の精神病院が3倍に増加します。戦後、抗精神病薬の開発などにより、精神科治療が進歩したことで、入院から地域への対応が求められてきた時、駐日アメリカ大使ライシャワー氏が精神障害者に刺されるという事件が起こり、精神障害者の地域での管理が問題となります。このような背景の中で、1965年に精神衛生法が改正され、必要に応じて強制的に入院させる措置入院の強化と、一方で、精神衛生センターと保健所による地域精神衛生体制が確立します。
 保健所における精神障害者社会復帰相談事業、職親(リハビリテーションに協力する事業所)による、「通院患者リハビリテーション事業」などにより、リハビリテーションが少しずつ改善されてきた時、強制入院患者を数多く詰め込んだ宇都宮病院において看護者による入院患者のリンチ殺人事件が起こり、世界的に問題となります。その背景には、措置入院、同意入院という名の強制入院制度があることが問題とされ、新たに、患者自身の同意による任意入院制度を中心に置くこと、鑑定医に代わり、資格を厳しくした精神保健指定医制度を置くことを定め、そして入り口だけで出口がないと言われていた法律の中に、授産所、生活訓練施設などの社会復帰施設の設置を盛り込んだ精神保健法が1984年に施行されます。この法律は5年後の見直しが決められており、そのなかで、グループホームの認定、欠格事項の緩和などが行われました。
 今後も5年ごとに見直しをしていくことになっています。
 1993年に、精神障害者を明確に障害者の中に位置づけた障害者基本法が成立すると、長い間求められていた精神障害者の福祉の面が一気に前進し、1995年には、「精神保健法」が「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」に名称変更となります。障害者手帳が導入され、厚生省の体制も変わるなど、大きな変化を見せつつあるのが現在の状況と言えます。これからは、保健所以上に市町村の役割が重要になり、保健所法の改正とともに、地域精神保健体制は大きく変化を見せるところにきています。
by open-to-love | 2011-02-11 23:16 | 増野肇『精神保健とは何か』 | Trackback | Comments(0)
増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第6章 精神保健活動の実際

2 危機にある人をどのように援助するか

「生きがい療法と笑い」

 ガンの人たちに生きがいを持たせることで免疫力を高め、予後をよくしていく試みをしているのが、倉敷にいる伊丹仁朗医師の「生きがい療法」です。森田療法をヒントにして、ガンであるという不安をそのままにして目的にそった活動をしていくことを勧め、ガンの人たちのモンブラン登山などを試みています。その伊丹先生が、免疫力の低下したガンの患者さんと免疫力が強すぎる膠原病の患者さんを吉本興業のお笑い番組を見に連れていきました。帰って免疫細胞を計測してみると、免疫細胞の少ない人は増加し、多すぎる人は低下してちょうどよい範囲になったという報告をしています。まさに、ことわざどおりに「笑う門には福」が来て病気がよくなることが分かったのです。笑いの多い生活を心掛けることも大切なことだと言えるでしょう。

「安心を贈る」

 ストレスに対する耐性が弱い分裂病の人に接するには、安心を贈り続けることが大切であると言ったのは中井久夫先生です。この言葉を知った時に、たまたま、家族会の雑誌『ぜんかれん』(全国精神障害者家族会連合会発行)にある女性の手記を見つけました。その方は、新婚旅行の途中でご主人が発病され、いろいろ苦労をすることになります。実家からは別れて帰ってこいとも言われますが、なんとか支えていこうと努力されるのです。分裂病は再発が多い病気ですが、この方のご主人も再発を繰り返します。悪くなると、眠れなくなり、厳しい目つきになり、夜中じゅうタンスをはじめとする家具の移動をはじめるというのです。そのような状態になると、奥さんは精神病院に電話をかけて、入院をさせていました。病院から迎えが来て、「入院はいやだ」と泣き叫ぶご主人を連れていくのを何回か繰り返すのですが、この奥さんは、ある時に思い直します。また、眠れなくなり、タンスを移動させようとしているご主人を見た時、精神病院に電話するのをやめ、「とにかく、この人はタンスを動かしたいのだから、手伝おう」と考えを切り替えたのです。そして、夜中じゅう、一緒にタンスや家具を動かすのを手伝いました。そうしたら、明け方近くになってご主人が「こんな馬鹿なことはよそう」と自分から言い出して症状も治まり、入院をしないで済んだというのです。それ以来、悪くなればタンス運びを手伝うことで、再発を防げるようになったという手記でした。これこそ、安心を贈れたよい例だと、私は感激し、早速、精神衛生センターでの家族会で紹介をしました。一人のお母さんが、その話を聞いて感激し、まねをしてみると言うのです。その方の息子さんは被害妄想があって、悪くなると家のまわりに穴を掘るのだそうです。お母さんは、早速一緒に穴堀を手伝いました。そうしたら、明け方近くになって、息子さんが言ったそうです。「お母さん、我が家でお母さんが倒れたらおしまいだから、よそうよ」。そして、症状も治まったのです。
 いずれの場合にも、不安を乗り越えようとしている時に、トンネルの出口にいる大事な人が、一緒に協力することで「安心を贈る」ことができたので、危機のトンネルから抜け出ることができたのだと思います。
 スイスの看護婦シェビングが、何日も布団の中に潜り込んで人とのかかわりを拒否していた分裂病の患者さんの枕元に、毎日30分座り続けていたところ、ある日、何カ月も口をきかなかったその患者さんは布団をあげてシェビングを見つめ、その翌日に次のように言いました。「あなたは私のお姉さんかしら? いつも、ここにきてくださるのだから」
 このような例は「安心を贈る」ことがいかに大きな力を持っているかを教えてくれます。そして、それは、登校拒否であれ、高齢者の妄想であれ、急性の危機にある人すべてに当てはまることだと思います。

「情報の伝え方」

 インフォームド・コンセントということが大切だと言われています。治療や病気に関する情報をきちんと伝えておくことです。しかし、まだ準備ができていないときに、危機のトンネルの中にいる時に伝えても、誤って受け取られるか、危機をさらに強くさせてしまうことが多いのです。ですから、「早期発見ゆっくり治療」が大切にもなります。
 私が以前勤めていた精神病院の忙しい外来で診療をしていた時には、かなり強引に入院を勧め投薬をしましたが、その時には薬がなかなか効果を与えず、副作用が強く出るぐらいになってようやく落ち着かせるというよりは、薬で押さえつけるようなことをしていました。ところが、精神保健センターでは入院させる場所もありません。ただ、時間的にはゆとりがあるので、保健婦さんが1時間ぐらいかけてじっくりお話を聞きます。落ち着いたところで、私が登場して、「眠れないなら薬の助けを借りたらどうだろう」と提案して薬を投与します。そうすると、本人も納得して薬を飲むからでしょうか、精神病院時代の10分の1ぐらいの量で効果が出て、しかも入院もしないで済むのです。
 老人病院で、毎日高血圧の点滴と、糖尿病のインシュリン注射を続けて、1年近く入院していた方がおりました。本人の希望で、娘さんの家に引き取られ、近くの開業医に通院をはじめたところ、外来の薬だけで、血圧も下がり、糖尿もよくなったのです。薬というものが、安心できる状況の中で納得して飲むことが必要だと分かります。お酒にしても、楽しく飲めばストレスを軽くするのに有効ですが、一人で不満や愚痴を言いながら飲んでいれば、一升飲んでも酔わないばかりか、肝臓障害だけを強めてしまう結果になるでしょう。

「安心できる草むらを作る」

 不安の強い分裂病の人のリハビリテーションを考える時には、同じように、弱い動物である野うさぎの世界の広げ方をまねすればよいというのが中井久夫先生の話にあります。野うさぎが遠くの人参畑にいくのには、途中に安心できる草むらがあればよいのです。自分の穴と草むらの間を往復していくうちに草むらが自分の巣と同じように安心できる場となります。そうすれば、そこを根拠地にして人参畑にも出向いていけるのです。精神分裂病の人たちには、そのような安心できる草むらとしての共同作業所やソーシャルクラブがあればよいのです。
 精神障害者の全国大会が札幌で開催された時です。一人暮らしの人たちの集まりに出席しました。そこで、一人の女性の発言が印象に残っています。彼女は、退院して2年目になり、もう大丈夫だと言っていました。しかし、1年目の去年は、とても辛かったというのです。仕事から一人で寒いアパートに戻り食事の支度などをしているととても寂しくて、このような生活をするよりは病気になって、入院生活をしたほうがどれだけよかったかとも考えたそうです。その時に保健婦さんが訪問してきて、保健所のソーシャルクラブを紹介してくれました。それからは毎日が楽しくなり、もう入院したいとは思わなくなったというのです。彼女は安心できる草むらを見つけることができたのです。
 登校拒否の子どもたちのためのフリースクールなども同じような意味があるでしょう。セルフヘルプグループの意味もそこにあると言えるでしょう。
by open-to-love | 2011-02-03 20:25 | 増野肇『精神保健とは何か』 | Trackback(1) | Comments(0)
増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第6章 精神保健活動の実際

2 危機にある人をどのように援助するか

(1)不安を取り去ること

 危機にある人の心理は、トンネル現象といって、ちょうどトンネルの中にいるように、周囲が見えなくなり、トンネルの出口には過敏に反応する状態にあります。したがって。もっとも大切なのはトンネルから抜け出せるようにすることです。つまり、不安を取り去ることです。精神分裂病の人の気持ちに対して深い理解を持つ中井久夫先生は、ストレスに弱い精神分裂病に対しては、治療者は「安心を贈り続ける」べきだと述べています。一般の危機にある人に対しても、まず必要なことは、この「安心を贈る」ことではないでしょうか。そして、そのためには、その人と同じ世界に立ち、その人を人間として受け入れ、傾聴することにあると思います。非指示的カウンセリングのロジャースは、治療者の絶対的な受容によって安心できた時に、クライエントは自分の力で問題を解決できると述べていますが、それが、安心を贈ることに通じるものだと思います。最初に必要なことは、忠告をしたり、指示をすることでなく、苦しんでいる人をそのまま認め、受け止めることです。話をする人ならその話を誠意をもって聞き、心の煙突掃除を助けます。心の中を安心して表現できることがカタルシス(浄化作用)をもたらし、気分を安定させます。話ができなければ、一緒にいるだけでもよいのです。看護婦シュビングが、布団の中に閉じこもり、自閉的状態を続けている分裂病患者の枕元に毎日30分座り続けて、ついに口を利くようになったという有名な話があります。再発をすると、眠れなくなり、一晩中家具を移動させるという行動を示す分裂病の人が、奥さんがタンス運びを手伝ったところ、一晩で落ち着いたという実話もあります。どうすれば不安を取り去り、安心を贈れるか、工夫をしてみるとよいでしょう。
 特に、キーパーソンとしての立場にいる人は、危機にある人のトンネルの出口に見えるわけですから、ほんの少しの注意が大きな効果を上げるし、逆に悪化させることにもなるのですから重大です。家族もまた重要なキーパーソンですから、家族に対する教育、家族自身の不安を取り去ることも、同じように重要と言えるでしょう。精神分裂病の家族に対する心理教育プログラムの必要性も、ここから生まれたものです。

(2)問題を整理し、明確にする聞き方

 十分に話を聞いたら、そして、少し落ち着きが見えてきたら、少しずつ整理をする聞き方に切り替えます。その人の話していることの少し周りのこと、あまり明確でないところに対して、控えめに質問を加えます。確認のための繰り返し、「それは、こういうことですか?」とか、「よく分からないのだけれど、もう少し具体的に話していただけますか?」などといった問いかけです。うまく答えられない時には、「それは、辛いのですか、それとも腹が立つのですか?」といった二者択一的な聞き方もよいでしょう。
 話をする時に主観的な話し方をする人と、客観的にしか話せない人とがいます。前者は感情優位の人で、怒りや憎しみ、悲しさなどは強く訴えますが、客観的な事実を伝えることが苦手な人です。「うちの嫁はひどい嫁で、親を親とも思わない最低の嫁だ」などと感情を込めて言いますが、具体的にどのようなことを怒っているのかが分かりません。「いくら頼んでもなかなか聞いてくれない」というのが、本当に毎日のことである人もいれば、1週間に1度のことであったりすることもあります。具体的な事実を明確にしていかないと相談にものれません。
 逆に、事実だけを並べるだけで、自分の気持ちを表現することが苦手な人がいます。「昨日はこんなことがあった。今朝はこんなことがあった」などと次々と文句を言いますが、そのことに対して本人がどのような気持ちなのかがはっきりしないのです。失感情症という、感情を表現できない人も増えてきています。この時には、「そのような時にどんな気持ちなのですか?」「悲しいのですか? 腹が立つのですか?」と聞いてみるとよいでしょう。このようにして、その人が気付いていないところに焦点を絞るような聞き方をすれば、気持ちの整理に役立つでしょう。
 相手の話がよく分かりすぎるのも危険です。その場合には自分のテーマと重なっていることがあります。自分に、母親との問題があると、相手の問題も、母親の問題だと考えがちです。患者さんの話を聞いて、すぐに理解できると感じた場合には、自分の問題をそこに見ていないかどうか疑ってみる必要があります。人の問題は、そう簡単には分からないものだと覚悟して、詳しく聞いていくことが必要です。とにかく、時間をかけて、相手の話を十分に聞いたうえで、自分の意見を述べる必要があります。

(3)事実を伝えるー情報の伝達、コンフロンテーション

 十分に話を聞いて問題が明らかになれば、あとは本人が解決の方法を見つけていけるように手助けをします。事実を明らかにし、必要な情報を提供します。自分の意見は参考として述べるのはよいのですが、決定は本人に任せるべきです。一緒に考え、一緒に歩むのは大切ですが、手を出しすぎると依存的になり、自分自身の解決する力を奪うことにもなりかねません。どこまで手を出して、どこから手を放すかは難しいところですが、試行錯誤の中で取り組むことが大切です。その鍵は、本人をよく見ていくことにあり、自分の気持ちや不安に引きずられないようにしないといけません。それを防ぐためにも、専門家のコンサルテーションを受けるか、相談相手を持つことが大切になります。
 危機は成長のチャンスであると言いました。いつまでも待っているのではなく、受け入れるだけでなく、課題に取り組んでいくことも必要です。行動療法でも、段階的に取り組むプログラムを作成するのですが、そのようにして本人が次の課題に取り組めるように設定していく場合も、どの問題に取り組むかは本人が決めることです。援助者は決める時の相談相手になればよいのです。森田療法でいうところの恐怖突入が必要な時もあるし、本人の力を信用して、離れて見ていることが必要な場合もあるのです。

(4)精神保健サポートシステムを利用する

 自分一人でできることには限度があります。むしろ、しかるべきシステムに委ねた方がよい場合もあるでしょう。その意味からも、コンサルテーションが必要になります。相談の機関としては、各県にある精神保健福祉センターを利用するとよいでしょう。精神科医、ソーシャルワーカー、臨床心理士、保健婦などの専門家が揃っています。そのほか、精神科の診療所や心理相談所が増えてきていますが、そこは営業しているところですから、ある程度の経費がかかるでしょう。また、あとで述べるセルフヘルプグループを紹介するのもよいでしょう。そのためには、ある程度それらのグループを知っていなければなりません。詳細については各地域の精神保健福祉センターに相談したらよいと思います。
 そのほかには、ボランティアによる電話相談である「いのちの電話」を利用することも役立ちます。自分が忙しくてすぐに対応できない場合には、とりあえず「いのちの電話」相談にまかせて、時間に余裕ができるまで待ってもらいます。そのほかにも援助システムはいろいろあります。

(5)援助するうえでの注意

 よく、早期発見・早期治療と言われます。一般に早く見つけたら、早く手当をすることが必要なのは言うまでもありません。しかし、社会にある精神障害に対する偏見を考えると、早期治療を試みたことが誤解を生み、問題をこじらせ、望ましくない方向へと発展することがよくあります。専門家のコンサルテーションを受けながら、ゆっくりと方針を立てることが必要です。精神病だから精神科医にすぐ見せるという発想ではなく、とりあえずの不安を支えながら、紹介するチャンスをゆっくりと見つけることが必要です。コンサルテーションを受けていれば、その時期も専門家から指示があるでしょう。
 危機は、援助している人をも巻き込む危険があります。溺れている人を助けるつもりで、一緒に溺れてしまうことがあるのです。専門家がいなくても、だれか自分の相談相手を持てれば、巻き込まれずに客観的に見ていくことができるでしょう。それによって、自分自身のゆとりを持つことが必要です。ゆとりがないと、間違った判断や方針に傾きやすくなってしまいます。忙しい時には無理をして対応せず、前述したように、「いのちの電話」を利用し、ゆっくりと時間を設定するなどすればよいのでしょう。いずれにせよ、一人で抱え込むことはしないようにすることです。

【参考文献】
・池見酉次郎監訳、スティーブン・ロック著『内なる治癒力』創元社、1990年
・伊丹仁朗『生きがい療法』産能大学出版部、1996年
・小川信夫男訳、シュヴィング著『精神病者への道』みすず書房、1966年
・増野肇『心理劇とその世界』金剛出版、1977年
・増野肇『サイコドラマの進め方』金剛出版、1990年
・増野肇『森田式カウンセリングの実際』白楊社、1988年
・増野肇『不思議の国のアリサ』白楊社、1996年
・長谷川洋三『森田式精神健康法』三笠書房、1976年
・高良武久『生きる知恵』白楊社、1972年
・村瀬孝雄『内観法入門』誠信書房、1993年
・柳田鶴声『愛の心理療法内観』いなほ書房、1989年
・村瀬孝雄監訳、コーネル著『フォーカシング入門マニュアル』金剛出版、1996年
・国谷誠朗『孤独よさようなら』集英社、1978年
・霜山徳爾訳、フランクル著『夜と霧』みすず書房、1961年
・近藤千恵訳、トマス・ゴードン著『親業』サイマル出版、1977年
by open-to-love | 2011-02-03 20:22 | 増野肇『精神保健とは何か』 | Trackback | Comments(0)
増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第6章 精神保健活動の実際

1 心の健康を保つために

表 自己啓発の方法

◆サイコドラマ(心理劇)

即興劇の形式を用い、必要な舞台を作り、そこでのさまざまな役割を通して新しい自分に気付く。(日本心理劇学会)

◆交流分析

エゴグラムで自分を分析したり、人とのやりとりのパターン、自分特有の生き方のシナリオ等を通して自分を知る。(日本交流分析学会)

◆エンカウンターグループ

グループで合宿形式の数日を共に過ごしながら、本音を出し合い相互の理解を作り出す。

◆自己主張訓練(アサーション・トレーニング)

自分も相手も大切にする自己主張の方法をロールプレイングで学習する。

◆フォーカシング

自分の内面に焦点をあて、内面の流れ(フェルトセンス)をとらえていくことで自分を知る。

◆自律訓練法

自律神経をコントロールすることでストレスを緩和させる方法。自分で系統的に訓練をしていく。(日本心身医学会)

◆バイオフィードバック

自分の脳波を見ながら、リラックスした状態を自分で作り出せるように訓練する。

◆内観

1週間、朝から晩まで屏風で囲まれた中に座り、親と自分との関係を掘り起こし、調べ続けることで、自分の在り方を知る。

◆芸術療法(箱庭、絵画、詩歌、音楽、陶芸、ダンス)

芸術表現を通して自分を知り自分を表現していく。(芸術療法学会)
by open-to-love | 2011-02-03 20:19 | 増野肇『精神保健とは何か』 | Trackback | Comments(0)
増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第6章 精神保健活動の実際

ポイント

◆心の健康を保つためには次のような心がけが大切です。また、これらは身体の病気の予防、改善につながります。
・過労を避け、規則正しい生活をする。→緊張とリラクセーションのバランスを保つ。
・適度な運動やコミュニケーションを図る。→心と身体の自己表現を豊かにする。
・自発性を高め、自己表現を図る。→自己主張ができる新しい自分の創造。
・精神保健の援助システムを理解しておく。
◆危機にある人に接する第一のキーワードは「安心を贈る」ことです。そのためには、①傾聴、②同じ世界に立つ、ということが必要です。
◆次のような活動を通して心の健康を援助し、障害者もそうでない人も皆共存できる世界をつくることが大切です。
・少しずつ本人の世界を広げ、新しい発見を促す。
・事実を明らかにし、必要な情報を提供する。
・早期発見、ゆっくり治療。巻き込まれないための相談相手を持つ。→援助者自身の相談相手を持つ。
・自分たちで助け合えるセルフヘルプグループを育てる。安心できるくさむらとなる場所を持つ。

1 心の健康を保つために

(1)なぜ必要か

 この章では、心の病気を予防し、健康を維持し、増進させていくためにどうしたらよいのかを考えてみましょう。しかし、その前に、どうしてそれが必要なのかをもう一度押さえておく必要があります。それは、第1章で述べたように、病気の予防にあります。心の病気を予防するだけでなく、身体の病気を予防し改善するためにも重要だということです。つまり、自律神経系、内分泌系、免疫系を通して、心の状態が身体の状態を左右するからです。現在、医療の進歩により生命予後は長くなりました。しかし、高度医療がもたらす国家および家庭経済におよぼす影響はますます大きくなってきています。したがって、個人にとっても社会にとってもまず病気を予防するということが大きな課題になります。
 さらに、病気以外の問題、私たちの日常生活の内容や福祉の改善などにとっても精神保健は重要です。幼児虐待をはじめ、いじめ、校内暴力、過食などの半健康の問題の増加があります。それに、急激な超高齢化社会を迎え、誰でもが遭遇する人生の最後の段階の生活の質(QOL)を維持し、いかに生きるかというテーマと取り組むには、心の健康を考えていくことが避けられない問題となってきます。

(2)休息とリラクセーション

 現代社会が急激な変化の中にあり、ストレスの多い社会であることを考えると、休息の時間、リラクセーションの時間を確保することがまず必要だと言えるでしょう。気付かないうちに、社会の動き、忙しさに流されて、ストレスによる緊張を解消させる間もなく毎日を送らされているように思います。したがって意識的に休息の時間、リラクセーションの時間を確保しておく必要があります。ヨーガや気功、瞑想などがブームになっているのも、多くの人がその必要を感じているからでしょう。ヨーガ、気功、瞑想などは意識的にリラクセーションを行う技法です。できれば、1日に10分でも30分でも心をからにできる時間を持てるとよいでしょう。内観療法の指導者柳田鶴声は、電車の中でもできる日常内観で十分だと言っています。その程度の工夫で瞑想を生活のなかで実践できればよいことです。
 ヨーガ、太極拳、気功などは、いろいろなところで教室が開かれています。自律神経を自分でコントロールする自律神経訓練法のテープなども販売されています。さまざまな瞑想を助ける機械、映像などでイメージを利用したもの、また、バイオフィードバックと呼ばれる行動療法の理論に基づく方法で、リラクセーションを示す脳波のα波を出せるように自分で訓練する機械なども、健康センターなどに用意されています。
 職場での過労死などが問題となっています。休息を取れない状況が続くと、さまざまな身体の病気をもたらすだけでなく、死に至ることもあるということです。過労死の背景には、そのような状況を要求する企業や社会の問題もありますが、過労状態を意識できない身体感覚の障害、あるいは、進んで過労状態に追い込む仕事依存の状態、過労と知りながら断れない自己主張ができないという問題がからんでいることもあります。自分自身を知ること、自分を変えるために、フォーカシングや自己主張訓練などを行うと役立つでしょう。

(3)自己表現をすること

 休息が必要だと言いましたが、休息だけというのも問題です。ストレスのある状況、つまり危機は、成長のチャンスでもあるからです。人間にとって適当なストレスが緊張を作り、新しいものを生み出す力ともなるのです。運動、スポーツ、芸術活動など、さまざまな形で自分のやりたいことをやること、それによって自分自身を外の世界に向けて表現することが、逆にストレスを解消することにもなるのです。仕事もそれが楽しみであり、自分のやりたいことであればストレスにはならず、自己表現の手段となることでしょう。身体を動かすスポーツや運動を生活の中に取り入れること、自分が関心のある趣味などの楽しみを持つこと、仕事の中に自分なりの面白さを見いだすことができるとよいでしょう。
 対象喪失のところで述べたように、人間は何かに依存して生きていく動物です。そして、それは生きがい、仕事、趣味といった事物と、キーパーソンなどの人間関係とからなると述べました。人間関係を改善するためには、自分のことを話し、人の話を聞くこと、つまりコミュニケーションの改善が必要です。心にあることをだれかに話すこと、聞いてもらうこと、一人ではないという感じ、だれかに理解されているという思いが不安を解消し、自分が本来持っている力を発揮できるようにします。したがって、相談できる家族、親友、先輩などの存在が重要になるでしょう。そのような人がいない時、いても話しにくい問題を抱えている時には、精神保健の専門家や相談員、「いのちの電話」を利用するとよいでしょう。
 このように心の中に抑えられていたことを表現することをカタルシスといいますが、心の煙突掃除だと思えば良いでしょう。
 コミュニケーションのよい状態は、集団の持つストレスを和らげ、安心できる雰囲気を作ります。自分の所属している集団の中でのコミュニケーションをよくしていくことが、その集団での過ごしやすさを作ることになります。集団のコミュニケーションとは、人の話をよく聞くことと、自分の気持ちを表現できることと言えます。集団の中でも、自分の必要なことを言えるようにするためには、サイコドラマや自己主張訓練などの集団精神療法が役立つでしょう。

(4)自分について知ること

 自分自身の精神保健の状態が、どのようになっているかをつかんでおくことも大切です。それによって、自分のどこを改善し、どの方向へ向かえばよいかを知ることができます。カウンセリングや集団精神療法もそのための方法です。交流分析で自分のエゴグラムを作成し、自分の行動パターンを知り、人との交流の仕方を変えることもできます。内観では、1週間、自分と母や父との関係の身調べをして、いかに自分の現在があるかを確かめます。エンカウンターグループやサイコドラマも、自分を知ることを目的とした集団精神療法です。座禅や瞑想などを通して、自分一人でもできないわけではありませんが、一人よがりになる危険もあり、専門家の指導のもとに行うべきでしょう。
 それほど問題の大きくない場合にも、カウンセリングなどで自分の過去を調べ、これまでのストレス状況にどのように対処してきたかを整理しておくとよいでしょう。第3章に述べた自我の発達の段階に照らして、自分にはどの段階が不十分であったのか、やり直しが必要なのかを考えておくことも役立つでしょう。

(5)精神保健の援助システムを知ること

 そのほか、当然のことながら、精神保健のさまざまなシステムについて知っておくことが重要です。これらのシステムに関する知識を持ち、現在の自分にとってどのようなシステムが役に立つかを自分で決断していくことが大切です。相談機関としては、精神保健福祉センターがもっとも利用しやすいと思いますが、電話相談の「いのちの電話」、断酒会、AA、NABA、DARCなどのセルフヘルプグループの存在も知っておくとよいでしょう。森田療法を自分たちで勉強して、神経症を乗り越えている「生活の発見会」というグループもあります。対人恐怖のように、完全欲が強くて心配事にとらわれやすい人は、この会に参加するとか、森田療法の本を読んでみることなどを勧めます。
 森田療法は、日本の精神医学の父といわれた呉秀三博士のもとで精神医学を学んだ、森田正馬博士が考案した神経症の治療です。対人恐怖や不安神経症のように完全欲が強く、几帳面な性格の人が、人前で緊張するとか、心臓の鼓動が気になるなどといったことを気にし、完全に取り去ろうとして、逆にそこから抜けられなくなった状態を対象としています。病気を治そうと努力することが症状を固定化し、強化していることに気づかせ、不安はそのままにして治そうとするのを止め、その代わりに、今必要なことにとりかかり、実行していくように生活指導を行う方法です。不安をあるがままに受け入れ、恐怖突入し、目的本位に今やるべきことに取り組めば、不安はいつのまにか軽くなってくるのです。このような森田理論を知っておくと、いろいろな危機にぶつかった時に役立つことでしょう。森田療法に関する一般向けの本はたくさん出ています。

(6)自己実現と新しい自分の創造

 これまでに述べてきた知識や感情を元に、新たに自分の生き方を求めて行動していかなければなりません。「生きがい」という言葉があります。自分が何のために生まれ、今どんな役割を持っているのかという問いかけがあります。「自己実現」という言葉は、本来の自分のやるべきことに気づき、それを創造していく過程であると言えます。そのような生き方を見いだす過程、努力、実現への道のり、それが精神保健の最終的な目的とも一致するのではないでしょうか。
 もっとも、自己実現をしているのかどうかを、どのようにして判定するのかは難しい問題です。どうすれば自己実現ができるのかも、同じように難しい課題です。年代によっても変わってくるでしょうし、置かれている立場によっても変わるでしょう。どれがよいのかを評価することが難しいのもそのためです。むしろ、満足しているかどうか、自分がよいと認めているかどうかが重要でしょう。満足している状態とは、かなり主観的なものとなります。しかし、それが心の健康を支えていくものだと思います。
 このような試みを助けるのが、カウンセリングや精神療法と言えますが、たたみ半畳ほどの狭い屏風で囲まれた中に座って1週間、朝の6時から夜の9時まで自分と親の関係を調べる内観や、即興劇の形式を用いた集団精神療法であるサイコドラマは、その中でも試みてみる価値のあるもののひとつと言えるでしょう。
by open-to-love | 2011-02-03 20:17 | 増野肇『精神保健とは何か』 | Trackback | Comments(0)