精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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カテゴリ:メディア文化論( 9 )

精神障害、メディア、文化システムをめぐる一考察…⑨

9.脱施設化とメディア多様化の時代…共生の文化システムに向けて

 ここで、第4章の問いに立ち返りましょう。なぜ、精神障害者が本当は危険ではないにもかかわらず、危険とされるのか? 歴史を眺めれば、答えは自ずと導き出されます。すなわち、精神障害者が隔離されるべき対象とされたからです。危険だから隔離されたのではなく、隔離されたから危険なのです。
 古代~中世の「文化システム」は、「家族が看護する条件付きで精神障害者に寛容な社会」でしたが、明治期の近代国家成立過程における軍国主義、排外主義の勃興に伴って、「家族看護」が強化され、精神障害者と家族はセットで社会から切り離されました。
 50年代以降、隔離先が座敷牢から精神病院に移行。さらに80年代以降は精神病院から地域への動きが少しずつ生まれています。新規抗精神病薬の開発、リハビリテーションの推進、小規模作業所設置運動、通院医療費公費負担制度の導入、社会的入院者の退院促進の取り組みなどにより、病院から地域へ、入院から通院へ、という動きが進んでいます。
 にもかかわらず、なお、精神障害者も家族も社会の外部に排除する「文化システム」は継承されているのではないでしょうか? というのは、滝沢の指摘の通り、脱施設化が進む今なお、家族に「保護者責任(制度)」というかたちで重い責任が課せられているからです。保護者制度とは、精神障害者に家族が適切な医療を受けさせる義務があることなどを定めたものです。さらに、先に紹介したネット論議における「精神障害者の事件を防ぐためには家族と医師のケアという名の監視の下に置くべきでしょう」という発言からは、家族が今なお、社会の側から、古代以来の看護=監護の役割を求められていることもうかがえます。
 「精神障害者は危険」という強固な偏見は、こうした「排除の文化システム」の所産です。では、それをいかに「共生の文化システム」へと変容させていくか?
 その役目を担っているであろうメディアの現状について考えてみましょう。まずは、メディアでありがちな精神障害者の表象について、2例を挙げます。

兄、刺され重体 殺人未遂容疑で弟逮捕

 ○○署は○日、同居する兄を包丁で刺したとして、殺人未遂の疑いで○○市内の無職男(29)を逮捕した。調べでは、男は○月○日午後○時○分ごろ、自宅の居間で同居する兄(35)の腹部を包丁で刺した疑い。兄は○○市の○○病院に運ばれ、意識不明の重体。同居する母親から110番通報があり、同署員が駆け付け逮捕した。男は犯行後、意味不明な言動を繰り返しており、同署は慎重に調べている。

障害者に善意の益金 ロータリークラブ贈呈

 ○○ロータリークラブ(○○○○会長)は○日、障害者福祉施設○○園(○○○○園長)に、チャリティーバザーの益金10万円を贈った。同園で開かれた贈呈式で、○○会長は「精神障害者の福祉向上のために活用してほしい」とあいさつ。利用者を代表して黒田大介さん(38)は「みなさんの善意の心がありがたい。大切に使わせていただきます」と感謝した。

こんな感じで、精神障害者がメディアに登場するのは、事件か善意であることが多いです。ちなみに、事件記事は匿名で、善意の記事は実名であることが多いです。ここではとりあえず私の名前を入れてみました。
 事件記事に表象される精神障害者像、その影響については、附属池田小事件におけるメディアの課題として記した通りです。
 善意の系譜はどこまで溯るか? 近代以降で探ると、先に紹介した呉秀三が1902年に創設した、日本初のボランティア組織「精神病者慈善救治会」の発想に行き着きます。
 機関誌『心疾者の救護』に、呉の執筆と思われるアピール文が掲載されています。

 世にも憐れなる精神病者の貧困なるものを普ねく救はんとの大慈大悲心を以て基本領とするものにして、貴き御人々の賛助し給う方も少なからず、世人の善男善女諸氏、此病人を憐れとし、吾人の心を諒とせられ、相誘ひて本会の拳を助くるが為に集い来られよ。

 同会には、時の総理大臣大隈重信がなみなみならぬ好意を寄せ、早稲田の大隈邸の庭園で盛大な園遊会が開かれるなどしてカンパが集められ、収益は「憐れむべき精神病者」の入院費補助などに使われたそうです。同会について、秋元は「わが国の精神衛生運動がアメリカのビーアズのような精神障害者自身の要請からではなく、『貴き御人々』『世上の善男善女』の『哀れな精神病者』の『慈善救治』としてはじまったことは、まだ『社会』の観念が未成熟であった明治文化の精神障害者の認識に象徴される時代的背景から理解しなければならないと思います」と指摘しています。
 そして、残念ながらメディアの現状は、総じて、100年前の呉の時代に始まった隔離収容主義から、曲がりなりにも脱施設化の流れにある精神保健医療福祉の歴史と軌を一にすることなく、いまだ哀れな精神障害者に対する慈善の域を出ていないように思われます。
 善意に満ちた記事にはもちろん、上記のような事件記事にも、ITメディアにおける「精神障害者は危険だから隔離すべきだ」といった、表だった偏見はありません。ただ、それ以上に問題なのは、精神障害者そのものの不在ではないでしょうか。メディアの表象からは、私たちと同じように生き、もとい、私たちよりはるかにいろんな困難な体験をしながらも同じように生きている、そんな、人としての精神障害者のイメージが、なかなか結び得ないのです。その意味では、ITメディアにおける露骨な排除の論理は、既存のメディアにおける精神障害者そのものの不在に対する反作用と言えなくもないでしょう。
 事件か善意かという乖離をつなぐために、どうあればいいか? まさに、アメリカにおけるビーアズが自ら語り始めた如く、まずは当事者の語りに耳を澄ますことだと思います。そして、メディアは、その思いが尊重される形で、伝えることだと思います。その一つの試みとして、僭越ながら、私が以前書いた記事を紹介します=資料③参照。
 さて、今や、メディアの多様化、IT革命の時代。くしくも精神保健福祉の流れが脱施設化、当事者が地域に生きる時代へとシフトしている中で、当事者が語り始める際、ITメディアは既存のメディアより身近で有力なツールであることでしょう。「教えて goo」で「私も精神科に通院し…」と書き込みした方のように。「地域で生きる」といっても、まだまだ「精神障害者は危険」といった偏見が根強い以上、匿名で、安全に、自らの思いを直接的に表現できるITメディアは非常に便利です。
 でも、ITメディアにおける匿名性は諸刃の刃です。3章で指摘したように、発言の責任の不在、対話の不在といった課題も同時に抱えているからです。さらに、ITメディアの世界は、剥き出しの偏見、悪意に満ちています。ですから、新聞はじめ既存のメディアが、こうしたITメディアの諸課題に対し、事実に根差した発言(報道)をする、発言(報道)内容に責任を負う、自分の意見を一方的に言うのではなく他者の意見も受け止め、より良い問題解決の方途を探っていく、といった「対話の枠組み」を保持している限り、その存在意義は十分にあることでしょう。
 ただ、私は、新聞だけをどうこうしても仕方ないとも思っています。そもそも、最近ようやく格差社会という言葉が市民権を得ましたが、日本は実はもともと格差社会で、精神障害者とその家族は底辺側に押しやられていました。所得水準が低く、新聞を購読すること自体がままならない当事者や家族が多いですしね。目指すべきは、そもそも私たち一人ひとりが、自らの内に、こうした「対話の枠組み」を持つことにほかなりません。自らの日常性に問題意識を還元し、身近な直接的な人間関係においても、対話を志向すること。ですから私は、メディアの一員ではありますが、市民活動として、ここ盛岡で、当事者・家族・関係者・一般市民のネットワーク「盛岡ハートネット」という集まりもやっています。というのは、私は、実践の伴わない論評には、さほどの価値を置いてませんから。
IT革命と言われる昨今、既存のメディアの危機が叫ばれています。ですが、革命的に広がるネットにおける言論状況が、いつまで経っても対話からほど遠いモノローグの集積でしかないのであれば、危機なのは、この社会そのものです。
 この社会そのものの、もう一つの危機。日本では、年間自殺者が10年連続で3万人を超えています。その多くがうつ病などの精神疾患に罹患していたと考えられます。精神障害者も300万人を超えました。統合失調症はどんな時代でも地域でも80~100人に1人という割合で現れる不思議な病気ですから、患者数は昔も今も大差ないのですが、心因性のうつ病は時代状況を反映し、年々増えています。雇用の流動化や成果主義などによるストレス社会の影響とみられます。今後も増えるでしょう。精神障害が否応なしに身近な問題になりつつあります。
 そんな現代にあって、依然として「排除の文化システム」を、いかに、「共生の文化システム」に変容させていくか? 当事者、家族、関係者、一般市民が、それぞれの立場で、立場を超えて、対話を積み重ねていくほかありません。まさに、ネット論議にあった「たくさんの方々の意見を募って最善の策を考える」以上の妙案はありません。どんなに時間がかかろうとも。
 本論について、総じて悲観的と受け止められるかもしれません。ただ、私には、モデルがあります。昨年、優れた当事者活動団体に贈られるリリー賞を岩手県で初めて受賞した、一関市の「心の病と共に生きる仲間達連合会キララ」です。キララは演劇で心の病への理解を広げる活動をはじめ、定例会をベースに、精神疾患に関する講座、自殺予防アンケート調査など多面的に活動しています。参加メンバーは二つの意味で当事者です。一つには、精神保健医療福祉のカテゴリーにおける当事者。もう一つは、自ら考え、発言し、社会にかかわるという意味での当事者。そして、演劇の舞台発表のみならず、生成過程においても、対話の志向。私は、キララに、「共生の文化システム」への変革は、決して不可能ではないことを実感します。

付記1:本論では時間の関係上触れませんでしたが、マスコミに対し、かつてミニコミ文化というのがありました。その実名原則、直接性、対話といった特質、歴史的意義は、IT時代の現代あらためて再評価されるべきであり、本論も本来は「マスコミ/ミニコミ/ITメディア」というトリロジーで語られるべきものです。そこいらへんについては、今年2月、岩手大人文社会科学部学術講演会「一条ふみと岩手 記録活動と〝底辺女性〟への視点」で述べました。興味ある方は講演録を差し上げますので、ご連絡ください。

付記2:近年のメディアの傾向として、事件記事、善意の記事のみならず、精神障害者らのボーダレス・アートが紙面を飾るケースが増えてきています。これは、善意の記事の延長か、そこからの脱却か。あるいは、先に紹介した『智恵子抄』に於ける美のイメージとのかかわりという観点からすると、ボーダレスアートの美は社会との隔絶において見出されるのか否か。あるいは、当事者の表現行為は、社会との隔絶の時代を超えて、再び社会との接点を見出すことにより、新たな「文化システム」の生成を促す可能性を秘めているか否か?

付記3:『智恵子抄』との関連で、野田秀樹の戯曲「売り言葉」(『二十一世紀最初の戯曲集』2003年、新潮社、所収)は、非常に刺激的な作品です。『智恵子抄』の中でも最も有名な詩「レモン哀歌」に対して、「本当に、私はこんなにも、綺麗に死ぬことが出来るのかしら」と智恵子。徹底的に智恵子の語りで埋め尽くされたこの作品のグロテスクなまでの美は、狂気=自由=美の具現として、光太郎に徹底的に「語られる対象」に貶められた智恵子の異議申し立て、とも言えましょう。「文化システム」の変容は、ここにおいても、当事者の語りから始まると言えるのかもしれません。
(2010年12月4日再編)

黒田大介
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by open-to-love | 2010-12-07 22:37 | メディア文化論 | Trackback | Comments(0)
精神障害、メディア、文化システムをめぐる一考察…⑧

8.『智恵子抄』…美と狂気と自由としての排除

 精神病者監護法制定(1900年)から精神衛生法制定(50年)までの半世紀は、ほぼ、高村光太郎『智恵子抄』に収録された詩が編まれた期間とほぼ重なります。本書は、『隅田川』同様、精神障害者への温かなまなざしの一例として語られることがままありますが、「文化システム」の表象として読み解くと、果たしてどうなるか? 『隅田川』における狂気の属性としての美は、『智恵子抄』ではどのように立ち現れるのか?
 ちなみに、智恵子は1914年に光太郎と結婚、31年に統合失調症を発症し、32年に自殺未遂、38年に肺結核のため52歳で死去しました。詩集は初版が41年刊行で、11年~41年の30年間に書かれた詩や散文が収録されましたが、以後もさまざまな出版社から同名の詩集が刊行。私の持っている新潮文庫版(56年)には、52年までの詩が収録されています。そこから年代順に3編を紹介し、明治期以降の精神障害者をめぐる「文化システム」を別な角度から探ってみます。

「あなたはだんだんきれいになる」 1927(昭和2)年1月

 をんなが附属品をだんだん棄てると
 どうしてこんなにきれいになるのか。
 年で洗はれたあなたのからだは
 無辺際を飛ぶ天の金属。
 見えも外聞もてんで歯のたたない
 中身ばかりの清冽な生きものが
 生きて動いてさつさつと意慾する。
 をんながをんなを取りもどすのは
 かうした世紀の修業によるのか。
 あなたが黙つて立ってゐると
 まことに神の造りしものだ。
 時時内心おどろくほど
 あなたはだんだんきれいになる。

「風にのる智恵子」 1935(昭和10)年4月

 狂つた智恵子は口をきかない
 ただ尾長や千鳥と相図する
 …
 もう人間であることをやめた智恵子に
 恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場
 智恵子飛ぶ

「報告(智恵子に)」 1947(昭和22)年6月

 日本はすつかり変りました。
 あなたの身ぶるひする程いやがつてゐた
 あの傍若無人のがさつな階級が
 とにかく存在しないことになりました。
 すつかり変つたといつても、
 それは他力による変革で
 (日本の再教育と人はいひます。)
 内からの爆発であなたのやうに、
 あんないきいきした新しい世界を
 命にかけてしんから望んだ
 さういふ自力で得たのでないことが
 あなたの前では恥しい。
 あなたこそまことの自由を求めました。
 求められない鉄の囲(かこひ)の中にゐて、
 あなたがあんなに求めたものは、
 結局あなたを此世の意識の外に逐ひ、
 あなたの頭をこはしました。
 あなたの苦しみを今こそ思ふ。
 日本の形は変りましたが、
 あの苦しみを持たないわれわれの変革を
 あなたに報告するのはつらいことです。

 「あなたはだんだんきれいになる」は発病前で、「風にのる智恵子」「報告(智恵子に)」は発病後ですが、それぞれの詩の間には根本的な断絶が認められません。いずれも人間のnature(本性・自然)の讃歌です。さらに「報告(智恵子に)」は一歩踏み込み、人間の本性=自由=狂気が高らかに謳われ、現代日本社会に対置されています。
 『隅田川』と『智恵子抄』を比較すると、『隅田川』は狂気=美であり、狂気は家族愛の延長として社会に包摂されるものでした。『智恵子抄』も狂気=美ですが、とりわけ「報告(智恵子に)」において、それはあらゆる社会規範からの自由であり、それは現代日本社会に対置されるべきもので、包摂されるものではなく、そこから自由であることが美とされています。ここに、明治期以降に再編された「文化システム」が表象されています。すなわち、精神障害者の日本社会の外部への放擲・隔離と、『智恵子抄』における自由・社会との接点の不在としての狂気とは、同じ文化システムの表裏のあらわれなのです。精神障害者が私宅監置あるいは精神病院に収容されたことと、智恵子が飛ぶという美しいイメージは、いずれも、そこが社会の外部であったという点において、根っこは同じなのです。
 秋元の解説によると、20世紀前半は、どこの国でも精神障害者の多くが別世界に隔離収容されるという人権無視の時代。日本と世界の分かれ道は1960年代にはじまり、日本が精神障害者の人権無視の道をその後も続けたのに対し、欧米諸国ではアメリカの消費者運動、重度障害者の自立生活運動(Independent Living)、ケン・キージー『郭公の巣』(62年)などの精神病院告発に触発され、脱施設化が世界的に広がっています。一方、日本が隔離収容政策から脱施設化へシフトしたのは、1984年の宇都宮病院事件(入院患者リンチ死亡事件)などが次々に明るみに出たことで世界的な非難を浴びたという〝外圧〟が契機でした。
(⑨に続く)
by open-to-love | 2010-12-07 22:36 | メディア文化論 | Trackback | Comments(0)
精神障害、メディア、文化システムをめぐる一考察…⑦

7.精神病者監護法…家族看護の強化としての排除

 明治以前(古代~中世)の「文化システム」は、明治期以降、変容したのか、継承されたのか。
 1900(明治33)年、精神病者監護法制定。私宅監置(座敷牢)が合法化されました。きっかけは、1884年の相馬事件でした。旧相馬藩主が精神病にかかり、座敷牢に入れられたことに対し、旧藩主の忠臣が、旧家老と精神科医が結託し相馬家を乗っ取ろうとした陰謀だと主張して訴えた騒動でした。この事件を通じ、座敷牢が野放し状態にあることが問題になり、これを取り締まるため制定されたのが同法です。法成立の背景から、どこまで溯るかは分かりませんが、少なくとも明治以前、精神障害者が座敷牢に入れられていたことは明らかです。
 さて、同法の第1条は、監置義務者の規定で、精神病者はすべて監置(監禁)を必要とするものとし、国家が家族に精神病者の監禁を義務付けました。警察は、家族が精神病者を厳重に監視して、逃げ出さないようにしているかどうかを確認するのが勤めでした。
 ちなみに西欧の場合は、17世紀に入って、中世の封建社会から近代の初期資本主義社会に移行しはじめたころから精神障害者の収容施設が作られはじめました。産業革命の下で都市化が進み、精神障害者は秩序を乱す危険な反社会的な存在とみられるようになったため、多くの都市でこれら「危険分子」を隔離する収容施設が作られました。これらの施設は治療よりも社会からの隔離が目的で、人里離れた辺鄙な場所に作られ、周囲は高い頑丈な塀で囲まれ、精神障害者は鉄柵の付いた檻に入れられ、暴れたり逃走したりするのを防ぐため足枷や手枷をはめられ、鉄鎖で繋がれていました。多くの収容施設は監獄を兼ねていました。
 その鉄鎖から精神障害者を解放したのが、フィリップ・ピネルです。彼はフランス革命さなかの1793年、精神障害者の人権を尊重し人間らしく扱うことが治療の根本であるという信念から、パリのビゼートルとサルペトリエールの監獄兼狂人収容所で、縛り付けていた鉄鎖から精神障害者を解放しました。そのピネルの信念は弟子エスキロルの人道療法、イギリスのヨーク・リトリートの創立などに受け継がれていきますが、多くの癲狂院では相変わらず非人道的な処遇が続けられていました。(『精神病者監護法制定100周年記念インタビュー』)
 そんなヨーロッパに倣った…ただし、ピネルには倣わなかったようですが…日本は、近代国家を目指す過程で、あからさまに精神障害者の排除に向かいました。ただ、それがヨーロッパのように施設に隔離するのではなく、家族に監護を義務付けた点が、いかにも日本的。すなわち、この法は、過去との断絶ではなく、むしろ継承であり、明治以前の実態に法的根拠を与えるものでした。座敷牢の歴史がどこまで溯るのかは不明ですが、発想としては、古代の律令以来の家族看護の延長であり、かつ、その極端な強化といえます。
 そんな時代の趨勢に対し「我が国何十万人の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸の外に、この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」という名文句で異を唱えたのが東京帝国大精神病学教室主任・東京府立巣鴨病院院長の呉秀三(1865~1932年)でした。呉は1918(大正7)年、『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』を発表。私宅監置がいかに酷いものかを糾弾し、医療の必要性を訴えました=資料②参照。
 同書では、1府14県、364カ所の監置室の実情を調査した結果を紹介。監置室を「佳良なるもの」「普通なるもの」(家屋の中に作られた檻。いわゆる座敷牢)、「不良なるもの」「甚だ不良なるもの」(農家の土間の一部、敷地隅の掘っ立て小屋)に分類し、その「見るに堪えざる程悲惨なる光景」を告発しました。

 被監置者の運命は実に憐れむべく、又悲しむべきものなり。彼一度監置せらるるや、陰鬱・狭隘なる一室に跼蹐(きょくせき)して、医薬の給せられるるなく、看護の到れるなく、…病者は遂に終世幽閉の身となりて、再び天日を仰ぐに由なきは無期徒刑囚にも似て却って遙かに之に劣るものと云ふべし。囚人にありては尚ほ病者よりは多少広闊(こうかつ)なる自由の天地あり、狭しと雖も猶ほ清潔なる監房あり、…精神病者の私宅に監置せらるるものに至りては、実に囚人以下の冷遇を受くるものと謂うべし。

 時あたかも、日本が帝国主義の道を走り始めた時代。秋元は「呉の『この国に生まれたるの不幸』とは、精神病者を犠牲にして、軍備拡張に狂奔するこの国を告発する憤りのほとばしりでありました」と指摘しています。軍国主義に伴う排外主義の勃興は、外部(アジア)に対してのみならず、内部(精神障害者)に対しても、排除の方向に作用したと考えられます。
 呉の努力のかいあって、1919年、精神病院法が制定され、精神病院の設置が法で義務付けられました。ところが、立法の主旨がまるで異なる精神病者監護法は廃止されず、1950(昭和25)年の精神衛生法制定まで、私宅監置が廃止されることはありませんでした。
 明治以前と明治以後の変化は、一見、激変、断絶であるかのように見えます。そうでしょうか?きっかけは相馬事件であり、そこには西欧の精神医療・精神障害者処遇施策などの導入、近代化、資本主義化、都市化といった西欧と同様の背景もあったことでしょう。ただ、私は、明治以前/以後が断絶しているとは考えない。「文化システム」は継承され、強化されるというかたちで再編成されたのです。すなわち、律令以来の家族看護の伝統があったからこそ、明治に精神病者監護法が成立し得たし、精神病院法成立後も存続し得たのだと思います。
 ともかくも、呉の願いは精神病者に適切な医療を受けさせることでしたが、私宅監置廃止で遅ればせながらその願いが達成されたかといえば、必ずしもそうではない。私宅監置から精神病院へと、閉じ込めておく先が変わっただけでした。
(⑧に続く)
by open-to-love | 2010-12-07 22:35 | メディア文化論 | Trackback | Comments(0)
精神障害、メディア、文化システムをめぐる一考察…⑥

6.能『隅田川』…狂女に寛容たり得る条件

 次いで、中世。当時のヨーロッパでは魔女狩りが行われていたことが知られています。魔女狩りとは『大辞泉』によると「13世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパの国家とキリスト教会によって行われた異端迫害。魔女として告発された者を宗教裁判にかけ、多くを火刑とした。カトリック・プロテスタントを問わず17世紀が頂点」。そして、魔女=精神障害者が大量殺戮されました。
 では、日本の中世はどうだったか? 考察するのは、室町時代に能を大成した世阿弥(1363~1443?年)の長男、観世元雅(1400?~1432年)の作とされる能『隅田川』です。舞台は武蔵国の隅田川。以下、あらすじ。

 渡し守の元に狂女が現れる。渡し守が狂女に、舟に乗りたければ面白く狂って見せろ、と言うと、狂女は『伊勢物語』九段の「都鳥(みやこどり)」の古歌を引き、自分と在原業平(ありわらのなりひら)とを巧みに引き比べて、わが子を失った事を嘆く。渡し守は「かかる優しき狂女こそ候はね、急いで乗られ候へ」と親身になって舟に乗せる。
 対岸の柳の根元で人が集まっているが何だと狂女が問うと、渡し守はあれは大念仏であると説明し、哀れな子供の話を聞かせる。京都から人買いにさらわれてきた子供がおり、病気になってこの地に捨てられ死んだ。死の間際に名前を聞いたら、「京都は北白河の吉田某の一人息子である。父母と歩いていたら、父が先に行ってしまい、母親一人になったところを攫われた。自分はもう駄目だから、京都の人も歩くだろうこの道の脇に塚を作って埋めて欲しい。そこに柳を植えてくれ」という。里人は余りにも哀れな物語に、塚を作り、柳を植え、一年目の今日、一周忌の念仏を唱えることにした。
 それこそわが子の塚と狂女は気付く。渡し守は狂女を塚に案内し弔わせる。狂女はこの土を掘ってもわが子を見せてくれと嘆く。念仏が始まり、狂女の鉦の音と地謡の南無阿弥陀仏が寂しく響く。そこに聞こえたのは愛児が「南無阿弥陀仏」を唱える声。尚も念仏を唱えると、狂女には愛児の姿が一瞬幻に見えたが、それは塚に茂る草に過ぎなかった…。

 日本古典文学全集『謡曲集 一』(1973年、小学館)などによると、『隅田川』のような子を捜し求めて狂乱する母を描く能は「狂女物」といわれます。「狂い」は非日常、非条理の世界ですが、こと恋愛や慕情の立場に立てばそれだけ純粋で、真実な世界。その探求として、このジャンルは成立し、一般的には、最後は愛する者との再会の場面、ハッピーエンドで終わる。能の「狂い」は恋愛や慕情の高じた状態であり、思いを遂げると「狂い」は覚めます。
 ところが、この作品では、悲劇的な結末に終わり、女は真の狂乱状態に陥る。そこに美を見いだしたという点で、この作品は画期的と評されています。「純粋な愛、真実の愛の貫徹」=「真の狂乱状態」=「美」の合一した悲劇として、本作は日本の芸能の新たな地平を切り開きました。
 また、この作品には、狂女に対する渡し守ら周囲の人々の温かな関わりが見てとれます。中世のヨーロッパで狂気=異端=魔女とされ、殺戮が正当化されたのとは、ずいぶん異なる関わり。ここから、日本は当時、狂気に対し寛容な社会であった、という評価もあります。
 ただ、私としては、どのような条件で、日本は狂気に対し寛容な社会であり得たのか、ということを考えたい。本作において、狂気は無条件に許容されているわけでも、美とされているわけでもない。当初、狂女に対し「面白く狂ってみせろ」とからかっていた渡し守は、狂女が『伊勢物語』を引き合いに、わが子を思うがゆえに狂ったことを訴えると、「なんて優しい狂女なのだろう」と、渡し船に乗ることを許した。すなわち、ここにおいて精神障害者が社会に包摂される条件とは、それが子を思う母の心情の延長にある場合において、です。
 当時のヨーロッパにおける「文化システム」とは、神-悪魔、正常-異常という二元論的思考から演繹されます。だから、狂気=精神障害者=異常な存在は、魔女狩りの対象となり、殺戮が正当化された。狂気は公然と排除された。
 一方、日本では、狂気は子を思う母の心情の延長として理解された。すなわち、日本の「文化システム」は、狂気が剥き出しに社会と対置されるのではなく、母=親=家族としての務めの中(精神障害者は家族が看護する)に、あるいは家族愛の延長(子を思うあまり狂気に陥る)にある限りにおいて、寛容たり得る社会であった、ということです。その意味では、『養老律令』と『隅田川』は、「家族(母性)規定」とでも呼ぶべき特徴を備えた、一連の「文化システム」の系譜にあります。
 『隅田川』は、家族を介して狂気を社会に包摂するという、ヨーロッパとは異なる極めて日本的な「文化システム」の端的な表象とも言えるのではないでしょうか。

 むろん、『養老律令』と『隅田川』だけを論じて、点と点を結んで線とするのが説得力を欠くことは百も承知、一面的な理解の域を出ません。もっとさまざまな事例を検討する必要があります。中世の魔女狩りについても、秋元波留夫は『精神病者監護法制定100周年記念インタビュー 精神障害者の未来を拓くために』(2000年、共同作業所全国連絡会)の中で「中世社会では、魔女裁判による犠牲(精神障害者の多くが宗教裁判で魔女とされ、火あぶりの刑に処せられた)はありましたが、田園的生活の中で受け入れられていました」と指摘しており、中世の様相はヨーロッパ、日本ともに、さらに時代と地域を細かく見てみる必要があります。
 その上で、あえて明治以前の歴史について言及したのは、それなりの理由があります。『日本精神病治療史』の問題意識とも関連しますが、日本の精神障害者の歴史は明治から語られることが多く、明治以前の日本の精神障害=狂気をめぐる歴史が顧みられることは少ない。せいぜい京都の岩倉大雲寺、フランスのピネルなど、点と点をつないであたかも線であるかのような体裁を整えて済ませている。やはり、明治以前の日本がどうだったのか、きちんとおさえる努力が必要でしょう。
 また、『隅田川』を引き合いにして「かつて日本は狂気に対し寛容な社会だったから、自殺者が3万人を超える現代、再び寛容な心を取り戻して自殺者を減らそう」という理解もあるようですが、私はそのような理解は恣意的との印象を禁じ得ません。なぜなら、そこには、「精神病者の看護に家族が当たることは明治維新まで広く行われていた」ことも、さらには狂気に対してなぜ日本は不寛容な社会になったのか? という問いも捨象されているからです。『養老律令』と『隅田川』の2つの文献に当たっただけでも、「かつての寛容な心を取り戻そう」というメッセージは、いささか根拠が希薄と思われます。「寛容な心」とは、そもそも家族看護という条件付きだったのです。
 「ヨーロッパの魔女狩り、ずっと下って第二次大戦中のナチス・ドイツのように精神障害者を大量に殺戮したという記録が日本にはない」から、日本が狂気に対し寛容な社会だったと結論付けるのもまた、早急ではないでしょうか。確かに、ナチスはホロコーストと呼ばれる大虐殺を600万人以上といわれるユダヤ人を対象に行ったほか、20万人以上の主にドイツ人の障害者、特に精神障害者を殺害しました。ただし、日本でも戦時中、精神病院では精神障害者が大量に餓死したと秋元は証言しています。ナチスのように意図的に虐殺しないまでも、結果的には多くの精神障害者の命が奪われました。
 さらに、日本では1940年に国民優生法が制定。「精神病」や「病的性格」といった「悪質な遺伝性疾患の素質を持つ者」に対して不妊手術を促す一方で、「健全な素質を持つ者」に対しては不妊手術や妊娠中絶を厳しく制限しました(ただし、帝国議会で反対意見が相次ぎ、強制断種の条項…精神病院長など第三者の申請による本人の同意を必要としない不妊手術…は残されたものの当面実施されず、優生学的理由による中絶条項も削除されました)。そして、48年の優生保護法には強制断種規定(第4条)が盛り込まれ、公式統計では96年までに14566件、精神病等を理由に代理同意と審査に基づく不妊手術を定めた第12条と合わせると、本人の同意を必要としない不妊手術の総数は16475件に上りました(優生思想を問うネットワーク編『知っていますか? 出生前診断一問一答』2002年、解放出版社、など)。
 こうした、精神障害者をめぐるさまざまな記録、その表象(例えば、国民優生法議会提出時の36年のある新聞の見出しは「悪血の泉を断つて 護る民族の花園 雑草は刈取るのみ」と謳っています)を調べ、日本の歴史的経緯を探り、その上でそれぞれの時代の「文化システム」の系譜を辿り、その上でヨーロッパなど他地域と比較検討する必要性があろうかと思います。
(⑦に続く)
by open-to-love | 2010-12-07 22:34 | メディア文化論 | Trackback | Comments(0)
精神障害、メディア、文化システムをめぐる一考察…⑤

5.古代律令の家族看護…文化システムの淵源

 八木剛平・田辺英著『日本精神病治療史』(2002年、金原出版)は、従来さほど顧みられることのなかった明治以前の日本の精神医療の歴史に光を当てた労作です。序文を引用します。

 日本の精神医療は、明治維新の文明開化、ドイツ医学の輸入から始まるとするのが通例である。江戸時代より前の医学は、…独創的なものは何もないと教えられてきた。本当にそうであろうか。
 古代の律令制度の下で、癲狂(てんきょう)は一定の法的保護の下に置かれていた。
 17世紀から江戸期の精神医学は現在からみても高い水準に達していた。…同じ頃行われていたヨーロッパの魔女狩り、ずっと下って第二次大戦中のナチス・ドイツのように精神障害者を大量に殺戮したという記録が日本にはない。これは、おそらく精神病に対する社会の態度が西欧の文化の持つ態度と異なることを示す。ごく大ざっぱにいえば、ヨーロッパの精神病院は監獄から出発し、日本の病院は寺院から出発した。この事実は、精神病者に対する社会の態度が我が国でより緩和であったことの証拠として考えたい。

 序文に即して言えば、私の問題意識は、かつて精神障害者に対する態度が「緩和」であったのならば、なぜ現代は、附属池田小事件が象徴するように「緩和」でないのか? それが歴史とは断絶した現代的課題なのか、一連の系譜のもとにあるのかを考えてみたいということでもあります。
 同書によると、精神障害についての日本最古の文献史料は、現存する最古の律令『養老律令』(718年)。そこでは身分や身体の障害を軽い順から残疾(ざんしつ)、廃疾(はいしつ)、篤疾(とくしつ)の3段階に分け、それぞれの状態に応じて税の負担軽減や減刑措置が定められていました。この中の最重症である「篤疾」に「癲狂(てんきょう)」という病気が記載されています。

戸令 七 …悪疾、癲狂、二つの支廃れたらむ、両つの目盲たらむ、此の如き類は皆篤疾と為よ

 癲狂の概念については、律令の注釈である『令義解(りょうのぎげ)』(833年)にあります。

癲は発するとき、地に仆れ、涎沫を吐き、覚ゆる所なきなり。狂はあるいは妄りに触れ走らんと欲し、あるいは自らを高賢とし、聖神と称うものなり。

 「自らを高賢とし、聖神と称う」とは、まさに統合失調症妄想型の症状ですね。1200年前にこうした現代精神医学に通じる記述があること自体、すごいと思います。
 さて、癲狂の法的規定としては、税金の負担軽減、免責。死罪にあたる罪を犯しても拘禁されないという、現代の社会福祉思想にも刑法にも通じる規定です。つまり、当時は、「自らを高賢とし、聖神と称う」ような人の存在そのものを排除するのではなく、一定の配慮が必要な対象としてとらえていたということです。

戸令 五 不課。皇親。…廃疾、篤疾

 一方、「篤疾」については、看護の義務もありました。私思うに、ここが最大のポイントです。

戸令 十一 凡そ年八十及び篤疾には侍一人給え。…皆まず子孫を尽せ。若し子孫無くば、近親を取ること聴せ

 「侍(じ)」とは看護人のこと。まず篤疾者の子孫がなり、もしいなければ近親の者をあてることとされています。本書では「精神病者の看護に家族が当たることは明治維新まで広く行われていたが、律令の条文にその淵源をみることもできるだろう」と指摘しています。
 律令は、中央集権的な古代国家の形成にあたって、中国から輸入された法律です。だから、ここに記されたことが、どこまで当時の日本の実情に即した「原-日本」的なものだったか、あるいは実態とかけ離れた中国的なものだったか、また、律令に記されたことが実際どのように運用されていたかも定かではありません。そもそも、例えばここ岩手の地は、『養老律令』成立時、まだ日本ではありません。さらに、法的な処遇は分かっても「このような人たちがどのように生活し、どのように治療されたかは全く分かっていない」わけですが、少なくとも、律令からは、精神障害者をめぐる日本最古の「文化システム」が垣間見えます。すなわち、家族が看護するという条件の下で精神障害者は一定の法的保護下に置かれていた。家族看護というワンクッションがあればこそ、狂気は社会に包摂されていたということです。
(⑥に続く)
by open-to-love | 2010-12-07 22:33 | メディア文化論 | Trackback | Comments(0)
精神障害、メディア、文化システムをめぐる一考察…④

4.そもそも精神障害者は危険か?

 そもそも、ネット論議の前提となっている「精神障害者は危険」というのは、事実なのでしょうか? 『精神障害者の事件と犯罪』から引用します。

 いったいどのくらいの精神障害者が犯罪を起こしているのか、法務省の『犯罪白書』でみてみよう。精神障害者の犯罪発生率と、国民全体のそれと比較してみると、精神障害者(0・09%)は、国民全体(0・25%)の3分の1程度にとどまっている。

 法務省による調査データによると、1999年の1年間に、精神障害者が全国で起こした殺人事件により亡くなった方は101名だった。その内訳を見ると、75%を「家族」が占める。知人などが13%、池田小事件のような全くの「他人」は12%である。「精神障害者は理由なく殺人などの重大犯罪を起こす率が高いから危険」という「通俗説」からはみえてこない実情がここにある。…私は「扶養義務」と「保護者責任」が関係していると思う。余りにも「家庭」内に縛りつけておく各種の法律が問題なのだ。

 精神障害者が危険だという通説は誤りで、実際はそうではないのに、通説は根強い。それはなぜか? さらに、精神障害者危険説に対し、新たな論点として提起された「家庭内に縛りつけておく各種法律が問題」とはどのように関連するのか? 2つの問いを同一の位相で結ぶ「文化システム」とは何か? たかだか100年のメディアに先立つ、表象の歴史を探ってみましょう。
(⑤に続く)
by open-to-love | 2010-12-07 22:32 | メディア文化論 | Trackback | Comments(0)
精神障害、メディア、文化システムをめぐる一考察…②

2.附属池田小事件とメディア

 附属池田小事件とは、2001年6月8日、大阪教育大附属池田小学校に男が包丁を持って乱入し、児童8人を殺害、15人に重軽傷を負わせた事件です。男は当初、精神障害を装っていましたが、後に偽病(?)と判明。大阪地裁の死刑判決が確定してから1年後の2004年9月、刑が執行されました。この事件を契機に、触法精神障害者に対する処遇のあり方が議論され、心神喪失者等医療観察法が制定されました。佐藤秀峰のマンガ『ブラックジャックによろしく 精神科編』(2004~06年、「モーニング」連載)は、この事件をモチーフにしています=資料①参照。

 附属池田小事件におけるマスコミ報道の課題について、滝沢武久『精神障害者の事件と犯罪』(中央法規、2003年)が厳しく指摘しています。

 池田小児童殺傷事件は、『精神障害者の犯罪』論議にかかわる、すべての『要素』、すなわち我が国の精神医療・福祉・司法・警察そして報道のあり方に関するさまざまな矛盾、問題点をも、白日の下にさらした。またも短絡的なマスコミ報道は、結果的には『精神障害者は危険な存在だ』という人々の認識を、増幅させる役割を果たしたといえよう。
 事件は、テレビを中心とするメディアで連日、大々的に報道された。いたいけな子どもたちが、突然教室に乱入した男(数回の精神病院への入院歴があった)の手によって、8人も刺し殺され、15人も傷つけられるという事件の報道は、当初「これ以上〝危険〟な精神障害者を放置しておくべきではない」という論調に塗り固められた。しかし、時がたち、被告の供述は「精神症状」を装って刑を免れるための「ウソ」であった可能性が強まったことで、マスコミの報道内容も徐々に変化していった。…この被告に対する起訴前の精神鑑定では「完全な刑事責任能力」が認められ、本人も初公判で起訴事実を全面的に認めている。
 マスコミはしばしば報道を急ぐがゆえに、一部分の事実を誇張拡大し垂れ流す。これを実証する方法はなく、誰にもとめられずに、許されてきたのである。不確かな情報をもとにした報道の洪水により、犯罪などと全く無関係に暮らす、どちらかといえば病気なるがゆえに内向的な精神障害者の多くがさらに悩まされ、看過できない誤解や偏見の醸成という報道被害を受けてしまった。第一報で市民の多くが「刷り込まれた」印象を拭い去るのは、絶望的に困難だ。マスコミ報道の第一印象は世論形成に強く影響する。

 もう一つ、全国精神障害者家族会連合会(全家連、解散)による報道被害に関する調査。全国の医師・患者・家族を対象とした調査報告から、医師229人(受け持ち患者総数17765人)が回答した「院内で見られた事件報道による患者への影響」です。この調査の一部は、『ブラックジャックによろしく』にも掲載されています。

「入院・再入院した」16・3%=24人
「症状が再発した」13%=21人
「症状が不安定になった」57・6%
「自殺した」1・1%=2人
「眠れなくなったりするなど生活リズムが乱れた」50%
「自分の病気について深く考え悩むことが増えた」73・9%
「外出が嫌になった」63%
「近所の人との人間関係がうまくいかなくなった」26・1%
「家族や親戚との人間関係がうまくいかなくなった」31・5%
(季刊「地域精神保健福祉情報 Review 特集:池田小事件」2002年1月)

 ちなみに、滝沢武久さんも、全家連スタッフも、私の知人です。
 8人の命を奪ったのは、精神障害を装った1人の男でした。では、精神障害者2人を自殺に追い込んだのは誰か? 8人の死はもちろん、2人の死も、忘れてはならない。
 その上で、さらに考えてみたいのは、メディア報道の根本にあるものです。
考えてみて下さい。男は精神障害を装って犯行に及んだ。事件を受け触法精神障害者に対する処遇のあり方が議論され、実は非常に問題の多い保安処分、心神喪失者等医療観察法が制定された。男は精神障害ではなかった。でも、法は制定された。なぜか? 「報道の洪水」の影響はもちろんですが、メディアが「洪水」のごとくに強化する「精神障害者は危険」という偏見は、何を以て生まれたのか? …ここに、「文化システム」を考察する理由があります。私は、メディアの一員としての責任を回避するつもりは毛頭ありません。そうではなく、その根っこを突き止めないと真の解決策には結び付かないと考えます。
(③に続く)
by open-to-love | 2010-12-07 22:30 | メディア文化論 | Trackback | Comments(0)
精神障害、メディア、文化システムをめぐる一考察…③

3.附属池田小事件とITメディア

 まず、そうした偏見がどんなものか。それが、いわゆるメディア(新聞、テレビ)より明瞭に見てとれるのが、「革命」的に広がるITメディアです。
 下記のやりとりは、ネットで見つけた「教えて!goo」という質問コーナー(サイト)で、誰かが「質問」すると、それにいろんな方が「回答」を寄せる、ネット座談会みたいなものです。「質問」に対し、9人の方が「回答」していました。ここには、精神障害者に対する一般的認識、「精神障害者は危険か」をめぐる典型的な認識がまとまって載っています。

 「教えて!goo」精神障害者について-その他(社会問題)

質問者:先日、大阪池田小で非常にショッキングな事件が起こってしまいました。報道によれば、実は精神障害者ではないという考えが強いとのことです。この場合では、事件は精神障害者によって起こされたものではありませんでしたが、このような事件が二度と起こらないとは決して言いきれません。精神障害者による事件を防ぐためにはどうしたらいいと思いますか?(精神障害者による犯罪率は一般の犯罪に比べて非常に低いものです。しかし、たまたま、ごく一部の精神障害者によって起こされた事件だけが多くとりあげられてしまいがちで、これではメディアは読者や、視聴者に対して精神障害者は非常に恐ろしい存在であるという、誤った考えを与えてしまうのではないでしょうか)(質問投稿日時:2001年6月15日)

回答者①=確かに、精神障害者の犯罪発生率そのものは低いかも知れません。しかし、逆にどんなひどい犯罪を起こしても責任能力がないなどとして罪に問われないのは、誰でも釈然としないと思います。今回の事件も、そこらを悪用しようとした節もあるようです。…人権、人権と言っている人だって、自分の子供が今回のような事件で犠牲になったら、同じように精神障害者を擁護する発言ができますか。それらしい人がいるような公園で自分の子供を遊ばせられますか。(回答日時:6月15日)

回答者②=私もあの事件には心を痛めています。小泉首相の発言によって、何らかの対策が講じられると思いますが、私は非常に危惧しております。と言うのは、精神病患者を隔離する方向に向かうのではないか、と言う不安です。…どんなキャラクターの子供も彼のキャラクターに合わせて健やかに育てる、そんな教育体制が、家庭と学校と社会にあれば良いのですが。…そんな社会を人類はまだ知りません。本当にどうしたら良いんでしょうね。(6月15日)

回答者③=この質問は、「精神障害者は非常に恐ろしい存在であるという、誤った考えを与えてしまうのではないでしょうか」と言いつつすでにそう言う意識を持っていることの現れではないでしょうか。…わざわざ精神障害のある人を取り上げなくても、精神的健常者の犯罪者の方がずっと残酷な犯罪を犯しています。エイズの薬事審議会の審議員なんか、悪いと判っていて薬メーカーのためにああいう結果を出したのでしょう。そして皆で口を拭って逃げています。本当に恐ろしい人は誰でしょうね。経済事犯にしてもそうでしょう。自殺者が出ると判っていて、法の抜け道を探しながら、金儲けに走っている人も居ます。(6月16日)

回答者④=精神障害者による事件を防ぐには、然るべき施設に十把一からげに閉じ込めてしまうのが確実でしょう。もっともこの国ではそんな乱暴なことは許されないことになっていますので、家族と医師の緊密な連携のもとでケアという名の監視のもとにおくことになりましょう。しかし、本人はいたって正常であると思っておるのであるし、医師だって一挙一動足にまで付き合いきれんというのが本音でしょうから、結局家族が頭を抱えることになります。そうやって本人も周りも人生メチャクチャになってしまうくらいなら、遺伝子技術などであらかじめ危険の芽を摘み取ってしまっても、なお正義にかなうし、法的にも問題ないと思います。(6月16日)

回答者⑤=精神障害はあたりまえの事だと認識することです。私も貴方も、誰でも精神障害者予備軍なのです。精神障害者というと(表現の為あえて書きます)「気が触れた」「気違い」という認識が未だ根強いと思います。実際、精神的な障害で事故、事件を起こす人は極々普通の人がほとんどです。…ストレスや心身の障害は「病気」であると判断して治療に取り組むべきです。メンタルなクリニックはごく当たり前の事と思い早期に治療を行えるような状態にする事です。四肢が不自由な方には手を差し伸べます。目の見えない方にも手を差し伸べます。耳の聞こえない方にも手を差し伸べます。どうして精神を病んだ人にだけ手を差し伸べないのでしょうか。(6月16日)

回答者⑥=精神疾患の方は、思考単純な方が多く適正な治療を受けていれば、まず犯罪には関係しません。と言うのは、適正な治療を受けていれば、医師の管理下にあり医師の適正な心理療法技術があれば、医師のおもうがままの行動を取るように条件付けが可能だからです。…大阪の例を見ていますと、…下手な医者、専門的技術をほとんど持たない関係施設の利用が原因だと思います。(6月16日)

回答者⑦=今回の池田小の事件の容疑者は今になって「安定剤は飲んでいない。精神障害を装った」と証言しているそうですね。これを「精神障害者」と呼ぶのでしょうか? ○ステーションでは「触法精神障害者」という言葉を使っています。「触法精神障害者」と「一般精神障害者」とを区別しています。…私も精神科に通院し投薬を受けています。私も立派な(?)「精神障害者」なのでしょうか?…池田小の事件後、福岡で「知的障害者」が小3の女の子に暴行を加え重傷を負わせたという事件がありました。池田小の事件に隠れたのか、「知的障害者」への人権問題なのかほとんど報道されず、名前も公表されませんでした。…最近の報道はあまりにも矛盾が多く、本当に「こころの病気」でやんでいる人へのフォローがなおざりになっていると思い発言させていただきました。といって今回の容疑者は罪に問うべきだと思います。「精神障害者」を装い計算した上での犯行。許されることではないと思います。(6月16日)

回答者⑧=殺人や暴力などは一般的に『正常』な精神状態で行えないと私は思います。正常な状態であれば『自制』できるはずですし、そうした行為を起こすとどのような結果がもたらされるか判断できるのではないでしょうか。…人は誰でも『精神障害予備軍』であるというご意見に賛同いたします。精神障害者が起こす犯罪ということではなく、犯罪は何らかの原因で一時的にでも精神障害に陥った人間が起こす『とても不幸な出来事』なのではないでしょうか。不幸にも精神に障害をもたれてしまった人に対し、犯罪を起こさないよう考えるのではなく、全ての人々が犯罪を起こさない様々な環境を作り上げることを考えるのが重要ではないかと思います。「いま起こりつつあるかも知れない悲惨な事件の防止策はどうするんだ。悠長な絵空事を言ってる場合じゃない」といわれる人もいるかもしれません。そうなんです。そこがこうした問題の非常に困難なところです。たくさんの方々の意見を伺って最善の策を考えなければいけないと思います。ただ、『精神障害者』と一般に診断されてしまっている人たちを、ただ闇雲に『危険視』するのはいかがなものかとおもうんですよね。(6月16日)

回答者⑨=防ぐ方法は、ないと思います。それは、健常者犯罪と同様に。ただし、精神障害者として、治療され、保護されているわけではないでしょうから、そういう人に関してはどうなのでしょうか?わかりません。…精神障害者すべてを隔離してしまえばいいなんて乱暴な意見は実現不能ですし、建設的でないし、治療にもならないし、解決方法とは言い難い。(6月24日)

 ここには、精神障害者に対する本音、危険な精神障害者をどうすべきかの処法箋が示されています。質問が、犯人は精神障害者でなかったにもかかわらず、精神障害者による事件を防ぐためにどうすればいいのかを問うていること自体、「精神障害者は危険」という大方の本音を代弁しているのでしょうが…。まずは処法箋。

①然るべき施設に十把一絡げに閉じ込める
②家族と医師が監視する、医師の管理下に置く
③遺伝子技術で危険の芽を摘み取る

 対して、建設的な意見もあります。

①早期の治療が行えるようにする
②全ての人々が犯罪を起こさない環境を作る
③たくさんの方々の意見を伺って最善の策を考える

 さらにここには、ITメディアならではの特徴も指摘できます。

①匿名性=全員が実名ではなく、ハンドルネーム
②責任の不在=実名を明かしていませんから、まあ、何を書こうが責任の所在は不明です。
③基本的な事実関係の誤り=例えば「適正な治療と適正な心理療法技術があれば医師のおもうがままの行動を取るように条件付けが可能」なわけがありません。「遺伝子技術などであらかじめ危険の芽を摘み取ってしまっても、なお正義にかなうし、法的にも問題ない」も然り。「家族が頭を抱えて人生メチャクチャ」だそうですが、わが家はそんなことないですけどね。
④基本的な事実関係の誤りのチェック機構の不在=上記のような根拠のないことがそのまま載っています。
⑤論証のプロセスの不在=上記に関連しますが、ここでは発言の根拠も出典も示されない。逆に言えば、ITメディアとは、根拠を示さなくても発言できるメディアということです。
⑥対話の不在(モノローグ)=1人の質問に対し9人が回答した。では、9人の回答を踏まえ質問者はどう思ったのか、反論に対する再反論、といった対話、フィードバックがない。

 例えば、新聞の「読者投稿コーナー」に、「精神障害者は然るべき施設に十把一絡げに閉じ込めろ」などという乱暴な意見はまず掲載されません。よしんばその種の意見を持っている方であっても、それなりの理論武装をして、説得力がある論理として提示しないと話になりません。ネットの場合、そうした理論武装がなくても、簡単に載ってしまう。逆に言えば、ある意味、ネットは既存のメディアよりはるかに、大方の本音が読み取れるメディアとも言えましょう。
 例えば、精神障害者は危険と思っている方が、自分の友人がうつ病になって精神科クリニックを受診したら、その友人に面と向かって「お前は危険だから施設に入って二度と社会に出てくるな」と言えるでしょうか? あるいは、精神障害者の犯罪をテーマに、新聞で、ネットと同じメンバーで、匿名座談会をしたとします。その際、みなさんここまで言いたい放題でしょうか? そうはならないと思います。対面関係で言いたいことを言うのは、それなりの勇気がいります。
 ですから、ITメディアにおけるコミュニケーションは、対面コミュニケーションよりも、さらに新聞などの既存のメディアのコミュニケーションよりも、人と人との距離は遠いです。新聞などのメディアのコミュニケーションは、それが無記名であっても、直接コミュニケーションを前提として成立しますから。一方、ITメディアの場合は、質問する、回答するといっても、おそらくは、全員が自宅なりのパソコンに独りで向かっているのですから、そこには対話はおろか、人間的な関係すら希薄ではないでしょうか?
 なお、そんな中でも、「たくさんの方々の意見を募って最善の策を考える」といった建設的な意見も載っていることは救いです。また、注目すべき点として、当事者が発言している(「私も精神科に通院し…」)ことが挙げられます。これについては、後述します。
(④に続く)
by open-to-love | 2010-12-07 22:30 | メディア文化論 | Trackback | Comments(0)
精神障害、メディア、文化システムをめぐる一考察…①

 本論は2010年11月24日、岩手大人文社会科学部文化システムコース「メディア文化論」での講義に加筆訂正し、ブログ向けに再編したものです。昨年、盛岡大「ジャーナリズム論」講義でも同じテーマで話をさせていただきましたが、今回は歴史性…ひとことで言えば律令からキララまで…に重点を置いて話させていただきました。
 
目次
1.はじめに…問題設定
2.附属池田小事件とメディア
3.附属池田小事件とITメディア
4.そもそも精神障害者は危険か?
5.古代律令の家族看護…文化システムの淵源
6.能『隅田川』…狂女に寛容たり得る条件
7.精神病者監護法…家族看護の強化としての排除
8.『智恵子抄』…美と狂気と自由としての排除
9.脱施設化とメディア多様化…共生の文化システムに向けて

1.はじめに…問題設定

 私は1998年に岩手日報社に入社し、報道部、整理部などを経て現在は学芸部記者として音楽や考古関係の記事を書いていますが、95年4月から98年3月まで3年間、岩手大大学院人文社会科学部の大学院で欧米文学理論を学びました。
 講義の趣旨は「IT革命の時代と言われる今日、重要性が日増しに高まっている≪メディア≫について、様々な視点から≪メディア≫への理解を深める」です。講師は「メディア各社の第一線で活躍されている方々」とのことですが、私が活躍しているかどうかはともかく、岩手大で文学理論を学んだ私としては、メディア(新聞)の現場でどんな仕事をしているのかの紹介…そうした話ではアプリオリに「メディアはメッセージを伝達するツール」というニュートラルな認識が内包されているわけですが…のみならず、「メディアは文化システムを表象し、規定し、規定されるテクストの一つである」という文学理論的観点も交え、お話したいと思います。
 テーマは、私にとって永遠のテーマである精神障害。なぜなら、私は記者であるとともに、精神障害者家族ですから。で、具体的には、附属池田小事件を切り口に、メディアを内側と外側から見てみます。まずは、新聞、テレビといった既存のメディアやITメディアにおける精神障害者報道の課題について紹介します。それから、メディアのみならず、文学作品などいくつかのテクストを手掛かりに、精神障害者がいかに表象されてきたか、その表象から浮かび上がる「文化システム」とはどんなものかについて、古代から現代まで考察します。
 「文化システム」とは、学部のコース名から借用させていただいたわけですが、その意味するところは、精神障害者に対する社会の態度や考えを根本的に規定している枠組み、です。本論では、こうした精神障害者をめぐる「文化システム」を考察した上で、ならば、私たちはこれからどうあればいいのかについて、みなさんと共に考えたいと思います。
(②に続く)
by open-to-love | 2010-12-07 22:29 | メディア文化論 | Trackback | Comments(0)