精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


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カテゴリ:第8回例会:キララin盛岡( 12 )

盛岡ハートネット第8回例会「キラりん一座in盛岡」アンケート
(2009年1月31日午後1時~4時、プラザおでって)

参加者     100人
アンケート回答者 28人

年齢
20代 4人
30代 7人
40代 3人
50代 6人
60代 6人
70代 1人

性別
男  8人
女 20人

職業
無職   9人
主婦   2人
家事手伝い1人
自家   1人
精神障害 1人 
臨時事務 1人
ホームヘルパー 1人 
施設職員 2人
看護師  1人 
会社員  2人 
ワーク小田工房で働いてます1人

お住まい
盛岡市16人
紫波町 2人
北上市 1人 
釜石市 3人 
滝沢村 1人
盛岡市以外1人 

当事者 5人 
風の会 1人
当事者だが当事者会には入っていない 4人
ハートネットの会に入ってるのかな 1人

家族 8人
つくし会2人、みんなネットの会1人、家族だが家族会には入っていない4人、助支安の会1人、たんぽぽの会1人
関係機関 4人
 盛岡保健所ボランティア(ちょぼらの会)1人、つくし共同作業所1人、NPO法人みんなネットの会1人

市民 3人

質問1:キラりん一座演劇「心 天気になあれ! Part2」はいかがでしたか?
□私も当事者ですが外でこの病気のことをきくより身になりそしてわらいもあり、楽しかった。自分もみなさんのようにがんばって前向きに生きていくおと思います。今日はどうもありがとうございました。キラりんがんばれ♡
□とてもよかった。
□皆さんのパワーを感じ、感動しました。ますますみんなでがんばって下さい。
□出演者それぞれが個性的で楽しかった。皆さん、魅力的!脚本もすばらしい!
□とても感動いたしました!!又又、何回も観ていきたいです。私もやりたいなと日々思っていますが、盛岡にはなくて残念です。
□私も統合失調症という病気だけど新しい仕事がつけるかあせりができたのかな?元気がでてきました。
□よかった。
□当事者さんの気持ち、家族の気持ち、そうなんだよなーってうなずけたしとってもわかりやすかったです。舞台に立つ回数が増えることで病状もupしていけるのでしょうね。
□素直な表現心を打つすばらしい公演でした。本当に希望のもてるとてもよい劇でした。ありがとうございます。
□ユーモアを交えつつ、色々なことを考えさせられて良かったです。「自立=働く」という考え方が一般的だけど、私自身、障害のため働けないので、自信を失ったり焦ります。でも、劇にもあったように、例え働けなくても、もっと自信をもって生きていくべきなのでは…?!と思いました。
□感心しました。シナリオが良くできていた事にも、出演者が頑張っていたことにも、大きな緊張と不安をどうやって出来たのか…感動しました。
□とてもわかりやすかったです。それぞれの持ち味を生かしているのがよかった。生き生きしている姿、人間として魅力的でした。
□演劇をやれるなんて、スバラシかったです。
□感動しました。
□わたしは緊張すると、ふるえてしまう人なので、皆さんすごい!!と思いました。私には絶対ムリ…板に立つなんで出来ないなあと思いました。
□皆さんいきいきしていてすてきでした。
□思っているだけではだめで、表現することがすばらしいし、意味があると感じた。
□当事者の声が伝わってとても勉強になりました。
□希望が少し見えました(良かった)
□すごく生き生きして良かった。
□大変良かった。
□よかった。
□ホールの空間が苦手なため、体調をくずしてしまいました。でも、ところどころですが、雰囲気を楽しむことができました。ホール内で見れなかったので、その分、チラシ(メッセージ等)をしっかり読みました。自分も、キラキラ輝きたい…!!しげき沢山もらいましたよ。皆様おつかれ様でした。ありがとうございました。
□演劇の後の当事者メッセージと両方聞いて、演劇できるようになるまでの道のりを感じ、ここまで来れたことに、それぞれの方の生きたい、地域の中で生きたいという思いを感じました。
□初めて拝見させていただきました。演じている皆さんから、とても強い想いを感じました。お母さんの先入観だけで「ただ集まっているだけたと意味がない」みたいなことを言っていたけれど、お母さんも参加してみて、皆の話しをきいたりして、考えがかわり、それは、演劇を見た私も同じでした。ただ話しを聞いただけだとなんとなくで、自分の想像でしか考えられませんでした。今回、拝見し、どんな活動をしているのか、どんな意味があるのかなどが分かり、非常に良かったです。
□残念ながら 前作の「PART1」は 拝見できなかったので今回の「PART2」を見ても続きであれば解らないかな・・・と思っていたのですが 十分今回の作品で 解りました。メンバーさんの ひとりひとりが 舞台の上で 生き生きと『自分』を ありのままに 演じる。(すみません ところどころのみの鑑賞となりましたので 簡単な 感想になってしまいますが)家族としての時間の過程が 丁寧に描かれていて 素晴らしいと思いました。
□「演劇のメッセージ性」を上手くいかし、しかも短い時間でここまで仕上げる(盛岡上演のため)彼等のエネルギー に感激です。ちなみに私は花巻とで2回目です。
□病気の回復には治療・症状緩和・睡眠・栄養・休養・お薬などは基本的に大切だと思いますが、もう一つの回復の意味を考えました。それは、病気があっても(特に、長い目の)前向きに生きていける〝回復〟の考え方です。そういうことを考える機会はあり、そういう人々にもよく出会います。なぜ人は前向きになれるのでしょうか?そして、人生観が変わったり、価値観の変化は何処からおきてくるのでしょうか? 私が思うには前述の基本的なものに加え、人と人とが交わり、出会いの中で培われて育まれて獲得していく〝力〟かな〜と思います。その交わりを〝自助グループ〟というのかもしれません。また〝切磋琢磨する集まり〟かもしれません。人と交わることで、人は成長を重ねることができる、劇を観ながら感じ、劇を演じるメンバーも達成感を通じ一歩力をつけたのではないかと思っています。アルコール・薬物中毒の自助グループで「よく笑うほど、回復が高い…」とか、苦しいことも本当だが…にも関わらず自分を笑えるということは、とても、物凄いことだと感じました。専門用語では〝自己洞察〟により自己変革…というのかもしれないけれど、自助グループでは自然な形でその力が働いているように思う。この考え方は、病気の有無、障害の有無に関わらず、すべての人々に意味あるものだと思います。キララの皆さん、お互いに成長し合いましょう。

質問2:当事者&支援者メッセージはいかがでしたか?
□大東町の北川さんですか、私も話し出来る相談できる方がほしいです。盛岡では今の自分にはハートネットが良いと思います。
□よくわかった。
□当事者の方のメッセージで、キララのすばらしさがよくわかりました。勇気をもってメッセージをとどけていただきありがとうございます。
□文章力がスゴイ!発病から今までがよくわかり、回復ぶりに心より拍手です。本当に良かった。
□少し聞けて話せて良かったです。
□病気をかかえても頑張っているんだと思います。自分の出来るはんいで夢に向かって頑張って下さい。
□たいへんよかった。
□何年もいろんな苦労をのりこえて、皆さんの前でお話できるまでに回復されている姿。うちの子もそうなれたらと願います。
□自分の存在をしっかり見つめ、希望に向かって生きようとしている感銘深い発信でした。北川さんはじめ周りの見守りの大事さもあらためて感じました。
□当事者本人の口から話を生で聞くのは初めてでした。よかったです。
□たくさんの苦しい時間を過ごしてきて、今日発表出来る様になったことをうれしく思います。きかせていただいた当事者、家族の中で今日来て本当に良かったと思っている人がたくさんいると思います。
□ご自身から出るものは…胸にひびきます。人との出会い(つながり)によって人は変われるんだなあと思った。
□自分の事を発表出来る、すごいです。いい援助者がいるかいないかが、問題でもあります。(良く話しをきいてくれる人)
□良かった。
□私事ですが昨日健常者と食事をしました。一流企業に勤めるその人は実は商品のセールスで年金目当てで私を誘ったのでした…。今は不況。健常者も生き残りをかけて必死です…。今日、ハートネットに来て私と同じ弱者をみてホッとしました…。
□当事者の方の気持ちを聞けるのはいい体験だと思いました。
□感動しました。障害者でもできる、障害者だからできる、自分も役にたちたいというフレーズが特に。
□経験話がやくにたった。
□当事者の人々の苦しみが良くわかりました。
□よかった。
□菊地さん、三浦さんの熱いメッセージは当事者にしか話せない言葉で語られて、具体的にどこがどう障害なのか、どう生きにくいのか、思いが伝わってきました。自分もそういう時あるよなとか、自分が他者と接する時に人を責めるような言動があったのでは、とか、いろいろ自分に置きかえて聞きました。菊地さん三浦さん、北川さんの信頼の深さを感じました。当事者、支援者という立場を越えての信頼が。
□過去から今に至るまでの話しを聞いて、凄く内容が濃いと感じました。そして、これから頑張ろう、皆で頑張って行こうというのが、伝わってきました。それと同時に自分も、もっともっと頑張りたい頑張ろう!!と思わされました。とても良い関係性なんだろうなというのが覗えました。あと、北川さんにもとても興味が湧きました。かっこいぃなぁと思いました。(本当に!!)私は、まだまだ経験不足で、無知だけど、北川さんの様になりたいです。熱いものを感じました。
□自分の言葉で 自分を語る。実はとても難しいことだと思います。誰もが一人では何も出来ませんし 動けません。私は 支援者は文字通り「支援する人 応援する人」でいいと いつも思っています。当事者が「いつも主役」なのです。3人の お話を伺い いつもまさにそういう関係なのだなあと思い 惜しみない 拍手を送りました。
□皆さんの確かさのあるご活動に感銘を受けましたが、とりわけしっかりとした目標を掲げリードされる北川さんの真摯さに打たれました。
□一人、一人が主役であり脇役であり、スタッフです。 安心を紡いでいける心の輪が仲間から地域にと、さらに 大きくなる。 私達もそんな一人として人と「繋がり」、「連携」して♡と♡を結んでいけたらと思います。
□相談相手、相談窓口に固有名詞が出てくるというのは、〝顔の見える関係〟=〝信頼感〟→本当に、本人を支える力になるのではないかと思います。北川さん、とても、素晴らしいです。援助者…固有名詞で相談(共依存ではなく)される状況は相手が何かを切望しているからだと思う。大勢の顔が見えない、誰に相談すべきかわからないとき、人は不安になると思います。そういう状況には本当によく出会ってしまいます。

質問3:おしゃべり交流会はいかがでしたか?
□キララがかがやいていたし自分も元気もらった。ありがとう。みんなキラキラかがやこうぜ。チビ太団のリーダーより?
□用事があり欠席です。
□すごい劇だ、もったいない、もっと他のところでもやっては。この劇は役者でない役者劇(なれなくてよい)ですばらしかった。音楽にも拡めていけたらいいね…などの声も。
□時間が短くて残念でしたが、自分より高齢の家族の皆さんが遠方からこられて話される…心を打たれました。
□何か、ゆっくり話し出来なかった。(不燃)
□とても短かったし、多人数なのでよく分かりませんでした。できれば司会者みたいな人があらかじめ1グループに1人いれば良いと思います。
□もう少し時間が欲しかった。もっといろいろ聞きたい事があったので。
□当事者や家族は、まだまだ語りたいことがある。語りたりないんだと感じました。
□みじかい時間でしたがとてもいいキララのメンバーと交流できたこと。
□時間が足りないと思いました。
□よかった。
□初対面の人とうまく話せるか不安がありましたが、少ない時間の中でそれぞれが思いを話せて良かったです。司会の方が、時間のやりくりも考えつつ、いっぱい手のあがったおしゃべり交流会に切りかえた決断も、良かったです。自分が主催の立場だったら、大事にしたいことより時間の都合を考えてそのまま「北川さんいっぱい話して」とすませてしまったかもと思います。
□緊張しましたが、あまりに時間がみじかくて緊張しているひまがありませんでした。初めての体験で、学生に戻ったかんじで、密かに楽しかったです。ほんと皆さんしっかりした考えを持っていて、感心させられ、「生きてるって素晴らしいな~」とつくづく思いました。皆さんの意見や考えを聞けたのも良かったですし、自分自身、意見を考えまとめる機会があまりないので、良い機会でした。
□ごめんなさい 交流会最初から 後半のほぼ最後辺りまで 参加できませんでした。ですが 出先から戻ったときに 参加された方の お1人から(グループ代表の方です)「キラりんさんの 演劇をこのままここで終わらせてしまうのが もったいない」と 声を上げてらっしゃったのが 印象に残りました。と 参加できずに なんですが おしゃべり時間が限定されているので やはり まとめ役の方が グループに1人いることが望ましいかなと思います。
□悪天候のため(キララでは朝6時半に出発したメンバーもいらしたとか)帰りに高速が不通の可能性があるかと、予定の時間を繰り上げてしまいましたが、短い時間にもかかわらず話題としてのキラリン一座と、普段ピアカウンセリングとして場慣れをしているメンバーさんのおかげで中身の濃いグループワークになったのではと感じています。
□少人数だと感想やそれぞれの考えを引き出しやすく大変好ましい。単純なことですが、時計回りに自己紹介兼ねながら意見を出し合い、場の意見がなかなか出ないときは、また時計回りに何でも話してもらうようになりました。グループはなにかしら完全とか、よいものを望まなくとも何かが生み出されるという力が存在し、働くものだといつも感じます。ハッとしたこと、心持ちが動かされたこととして「いつもだとただ聞くだけに終ったかもしれない、しかし、劇を通してみると、気持ちの中に落ちてくるというか、伝わってくる、とてもよくわかる」という声がありました。この言葉は、とても大切なことを物語っていると思います。これは、劇の内容の完成度よりは、劇を通して演じる姿から、より大切なことが伝えられるという証拠(メッセージという)であると確信しました。演劇の上手下手はさておき、このようなかたちによって人々に伝えていく有効性を感じました。自助グループは音楽グループはよくあります。でも、キララの皆さんが取り組んでいる〝演劇〟は、もっともメッセージ性が大きいと感じました。

質問4:今後、キラりん一座にどんなテーマの演劇をやってほしいですか?
□私は自分1人で音楽らしき物(ドラム)やってるので音楽をテーマにしたキラりん一座の4~5人で紙で出来た楽器でパフォーマンスするような物のウラの方でみんなで音楽に合わせてゲキをやったら良いと思います。
□当事者会の中でのその時々の問題、会の成長ぶりなどをまた見せて頂けたら…と思います。
□リストラされて元気がないので復帰出来る事の劇。
□なんでもいい。
□発病から回復までの過程とか…。
□こんなに素晴らしい公演はこのままではもったいないです。県公会堂とか東京の劇場でも公演できればいいですね。応援してます。
□健常者と障がい者がいっしょに働くようす(そこで生まれるとまどいや、心の交流など)を劇に☆
□「心、パート3」で市民(障がい者のいない人達)へ、もっとアピール出来るもの、知ってもらえるもの。
□差別、ドクターや支援者にバカにされた事があります。健常者に相手にされないなどなど…etc。リアルな演劇がみたいです。
□テーマではないけど、できれば、今度釜石市でやってほしいと思います。
□障害の認知がまだまだ不足だと思うので、当事者の立場から、ひとりでも多くの方に障害をわかってもらえるようなわかりやすい演劇をやって欲しいです。期待しております。
□当事者にとって、ヘルパー又は、支援者、健常者から、どう接せれば良いのか嫌なのか、一見親切そうで、実は困ってます・・・みたいな本音などが、興味あります。
□施設や作業所の中でのメンバーさん同士の関わりあいかた 職員との関わりあいかた それを取り巻く地域との関わりあいかた 障がいに対して 無理解ゆえの差別・偏見の中で それが 少しづつ 受容されていき みんなが 変わってゆくという《つながり》をテーマに。
□それは彼等が決めることです。が、盛岡デビューの次は東北デビューをいかがかしら?
□人間は出会いや、様々な出来事により人生に変化がおこってくるものだと思います。事実、私も20年前がそうでした。あの不思議な出会いがなければ活動に関わることはなかった。キラりんの皆様一人一人においても、意味ある出会い、生き方の変化があったのではないかと思います。いろんなことがあっても、私の生き方み〜つけた!「キラりんとのであい、今の私…なんちゃら、かんちゃら」なんていうのもいいなぁ〜。一座のみなさん、ちょっぴり期待しております。私も、子育て真っ最中に北上市民劇場鑑賞〜鑑賞で満足できず親子で続けた時期があります。

質問5:今後、ハートネットがどんなことをやったらいいなあと思いますか?
□盛岡市内又は県内でキラりん一座のような見て楽しめる物をやってほしい、又当事者の交流会など、場所は私の自宅でも出来ますよ。オープンハウスひらいてます。バスも通ってます。25人くらい入りますよ。
□当事者さんのネットワーク作りをお願いします。ボランティアとしてお手伝いしたいと思います。
□いろんな場所で劇やってもらいたい。
□交流会。
□ハートネットは立派に活動され敬意を表します。県全体にさらにPRすること、知ってもらうことを願います。
□一般の興味ある人達にもっと障がい者のこと(つらさ、悩み苦しみ)を知ってもらうとりくみをたくさんしてくれると、病気のことを堂々とカミングアウトできる人が増えると思います。
□盛岡にも当事者会があったらという声が多く出ました。みんなで希望を勝手に話し合うということだけでも良いからやってみては?
□家族が元気になれる。知的、身体障がい者の人達への、国、県、市の自治体援助と同じように(やってると思いますが)精神の方々への援助も得られるように、活動を。
□何でも。
□お茶会、のんびり。短いスピーチ。
□らくに集まれれば。
□型にはまらないレアな企画、今求められていることを企画し、いろいろな方法で取り組んでいるので参加してとても有意義です。今後ともアンテナ張って旬な企画をお願いします。
□私個人の考えですが、講演を聞いたり、演劇を観たりした後に、ハートネットの事をもっと知りたいので、食事をしたり、レクレーションなどをしても面白いなぁと思いました。
□ハートネットも 今回が8回目になり 少しづつでは ありますが 皆さんに浸透してきているかなと思います。 が 情報はあっても 未だ足を運べず 躊躇されている当事者さんや ご家族がいらっしゃるのではないでしょうか。そんな 方々がどうにか 気持ちをハートネットへと 向けていけるような 何か企画があればと思います。
レアな企画も 大切だとは思うのですが まずは その前の段階の方に向けてを考えていくのも大切かなと思います。さて 具体的には・・・と なかなかパッとは出てこないのですが・・・。すみません・・・。ただ「おしゃべり交流会」は 回を重ねてきていることで ずいぶん たくさんの方が発言され活発な意見交換をされてきている様子に 着実にハートネットが「場所」として意義のあることとして 確立されてきていることが 嬉しく思いました。 いつでも《真っ直ぐ目線のハートネット》で いていただけたらなと願います。
□将来はグループワークでエンパワーメント出来るようなことなどはいかがでしょうか?

その他
□いつも〒送っていただいて、ありがとうございます。黒田さんの手書きのあて名にも、感動しています。これからもよろしくお願いします。
□ありがとうございました。

※あ、オレ、字が汚いのに、感動していただくとは恐縮です…。閉会後、あまり時間がなかったにもかかわらず、びっしり書き込まれたアンケートがいっぱい。ありがとうございました。まだまだ受け付けておりますので、メールでも構いませんので、感想お寄せ下さいね。(黒田)
by open-to-love | 2009-02-06 21:39 | 第8回例会:キララin盛岡 | Trackback | Comments(0)
2009年1月31日 盛岡ハートネット第8回例会「キラりん一座in盛岡」〜当事者メッセージ

「回復への扉を開いて!そして地域への夢をもって!」 

キララ 菊地

 私は人前で自分の体験を発表するのは初めてで、滑舌がはっきりしないところがありますがよろしくお願いします。
 私の年齢は36歳です。病名は統合失調症で3級です。
 高校を卒業後、10年間、東京の印刷会社に勤めましたが、人づきあいが下手なのと、祖母の初盆でのストレスがきっかけで発病しました。
 祖母の初盆の時、私は受付係をやり、叔父が夜の12時頃まで酒を飲むのを2~3日付き合っていて疲れていたところでした。実家で私を含まない家族が、みんなそれぞれ仲が悪くなっているのではないかと感じはじめました。この時から病気が始まったのだと思います。初盆が済んで2~3日して、ちょうど母の誕生日だったので、まだ東京へ行っていないメンバーで母の誕生会をやりました。その時、父と兄のしぐさが私を責めていると感じ始めました。とても神経が高ぶり、その夜は全く眠れませんでした。ずーっと何故、自分責められるのかを考え、初盆で受付係をやった時、何か不手際があったのではないかと思い、夜中に父を起こして聞いてみました。でも私の不安は解消されませんでした。
 そして眠れないまま朝を迎えました。その日は横浜のアパートに帰ることにしていました。一度みんなと起きましたが、疲れていたので横になりました。
 目をつむると不思議なことに動く幾何学模様が見えました。統合失調症ではそういうことがあるのだと後で知りましたが、その模様は怖くもあり、美しくもありました。「モノトーンの万華鏡」というのが近い表現かもしれません。
 私の様子が変だと思ったのだと思いますが、一緒にいる、酒を飲んでいた叔父とは別の叔父に「もう一晩泊っていったらどうだ」と言われました。でも、その日の朝は、なんとなく父と兄以外にも自分を責める人が増えてきたと感じていたので、すぐアパートに帰って休んだ方が疲れがとれると思ったので横浜に帰ることにしました。
 新幹線の中でも前の日は寝ていないからと思い、目をつむったのですが神経が興奮した感じで全く眠れませんでした。
 アパートの近くの駅に着き、弁当を買うためにコンビニに入りました。どの弁当にするか迷いましたが、たしか和風ハンバーグのようなものだったと思います。パッケージの外にセロハンテープでとめてあるタレを見て、「これは電子レンジに入れる前に取った方がいいものだな」と考えていたら、レジに持っていく前に売り場のところでそのタレを外してしましました。
 自分がおかしくなったのでは、と思いました。ノイローゼになったかな、と思いました。店員にさっきの行動が見られなかったかを気にしつつ会計を済ませました。
 アパートに着くと私の部屋のドアの前に、葬式などで配られる塩の袋が破けた状態で落ちていました。隣が大家さんの玄関だったので、大家さんの知り合いで亡くなった人がいるのかな、ゴミをその辺に捨てるような人じゃないのに何か変だなと思いました。
 部屋に入り、ゆっくり弁当を食べ、さっきの破けた塩の袋のことを考えていました。
 そしたら、ベランダ側の陰から中年女性の声で、「出ていけ!出ていけ!」と聞こえてきました。私は最初、どこかよその家で口喧嘩をしているのかな、と思いました。でも、しばらくして今度は玄関の外から、また、「出ていけ!出ていけ!」と聞こえました。それが私に対して言っているのだな、と思いました。
 後になってから考えれば幻聴ですが、初盆での不手際を責められていると思った私は、すぐ家に電話して、「これから再び田舎へ帰るから話し合いをさせてください!」と言って、アパートを出ました。
 しかし、一関まで帰れる新幹線がありませんでした。なんとかその日のうちに実家へ行こうと思い、いろいろな電車に乗りました。ですが、うまくいかないので結局、上野に戻りました。
 すっかり焦って、どうしていいのか分からなくなり、上野のあたりを一晩寝ずに歩いてうろうろしました。周りの人に助けを求めると、会う人会う人「警察に行け」と言うので、交番に行きました。そして警察に保護されました。
 その後、父と兄が二人で東京に来て、私を実家へ連れて行ってくれました。南光病院へ行くと3ヶ月間は会社を休むように言われました。病名は最初「神経衰弱様状態」と言われました。入院はしませんでした。
 3か月すると神経の高ぶりも少しおさまりました。そして近くの病院へ通いながら、また会社へ通勤し、また一人暮らしを始めました。
 しかし、仕事は前の倍くらい時間がかかり、印刷会社の組版という仕事をしていましたが、少しいつもと違うパターンの仕事がくると、頭がついていかず、やり遂げるのにとても苦労しました。
 ちょうど、組版のシステムが変わる時期だったので、新しいパソコンソフトを覚えなくてならなくなりました。上司が一緒に病院まで行ってくれ、とにかくゆっくり覚えていこうと言ってくれました。が、自分は実は統合失調症という病気で、仕事は速くできなくても仕方がないのだと知らない私は、「覚えているはずの仕事も満足にできないのに、新しい仕事を覚えるなんて、とてもできない。かと言って会社に自分ができる仕事は他になさそうだ」と思って、勝手に焦るようになりました。今になって考えれば仕事をする時は、自分がどういう病気かが少しは知っておかないとダメなのかなと思います。
 そして結局、新しいパソコンソフトに触れる前に半年で再び実家に戻ってきました。
 実家に帰ってきてからは、葉たばこ農業の手伝いをしましたが、夕方になると調子を崩し、周りに責められていると思うことが多くなりました。
 出かけるのは、ほとんど2週間に1回、父と病院へ行く時だけでした。車がないと、どこにも行けないということもありましたが、一人で出かけることはなく、また「一人で出かけるのは怖い」と思っていました。
 しばらくは会社に行っていませんでしたが、まだ社員でした。でも十数年勤めた会社を辞めることになり、障害年金の申請をする時,初めて自分の病名が統合失調症であることを知りました。
 その後、身内にいろいろあり、調子に波がありました。調子を崩して、「責められている」と感じている時、どうしようもない気分になり、一日に何度も大声で「あ゛-っ!」と叫んでしまう時期もありました。家族以外の人がいるところで叫んでしますことはありませんでしたが、もし、街に出かけている時、叫んでしまったらどうしようと思っていました。
 叫んでしまうのが収まったあたりの2006年8月に大東町の防災無線で精神保健シンポジウムというのがあると放送されました。近くに住む姉が「車に乗せてってあげるから見に行ったら?」と言うので見に行きました。そこで当事者による寸劇を初めて観ました。私と同じ精神病の人がステージで堂々と立っているのを見て「凄いな」と思いました。姉の時間の都合でその日は寸劇が終わってしばらくしてからシンポジウム終了前に帰ってしまいましたが、当事者の書いた「心の病と共に生きる!」という小冊子を買って帰りました。ページは少ないのですが、当事者の書いた文章は、内容が濃く、同じ病名の人にとって参考になるものでした。今の私にとっても当事者の声はとても貴重で、もっと当事者の声を集めた冊子にふれられる機会が増えればいいのになと思っています。
 シンポジウムを見に行ってしばらくしてから、姉に「シンポジウムのパンフレットに“どうぞキララに参加してください”とあるから言ってみたら?」と言われました。
 私はまだ、一人で外に出るのが少し怖かったのでしばらく考えましたが、親と相談し、思い切って、今は廃止された一関保健所大東支所に電話しました。そこで初めて北川さんと話しました。
 北川さんは、私のキララの活動についての疑問に一つ一つていねいに答え、「よく勇気を出して電話してくれたね。」とねぎらってくれました。
 そして、次の定例会から参加することにしました。最初はかなり緊張しました。でも、みんな元気にしゃべっているのを見て、「いつか自分もこうなれるのかな。」と少し希望がもてました。
 キララに参加し始めたあたりが病院の薬が変わり始めた時期でもあったので、その影響もあったとは思いますが、徐々に病気が良くなっていくのを感じました。調子を崩して、責められていると感じることも少なくなりました。
 特に、北川さんに2年前に「免許を持っているんだから車の運転してみたら?」と言われ、運転の練習を始めてから急に良くなってきた気がします。それまで免許は持っていても、自分で車の運転をすることは、とても無理と感じていました。
 でも、もしかしたらという気持ちが湧いてきたので、まず両親に相談し、その次に病院の先生に許可をもらいました。
 病院の先生は、一度隣に運転できる人を乗せ、運転を見てもらい、信号無視など危険な運転をする心配がなければすぐにでも良いという感じでしたが、両親には、まず、家の近くの車通りのないところで練習するように言われました。ほぼ毎日、5分か10分ずつ、手伝いの合間に練習しました。免許を取った後、ちょっと乗っただけで、全くのペーパードライバーだった上に運動神経がかなり鈍っていました。まず、20メートルくらいのところを前身とバックを繰り返しましたが何度もエンストしました。
 次に、車のほとんど通らないところを一速のみで走りました。ウィンカーは家の序の口に入る時もつけるようにしました。他の車が通るかもしれない隣の家まで行けるようになるのに半年かかりました。片道一車線の国道に出る時はかなり怖かったです。みんな70kmくらいで走るところを40km出すのがやっとでした。エンストしても事故にならないように左折のみで帰って来られるように工夫しました。
 そのうち、エンストする不安もとれてきて、信号のないところですが、右折できるようになりました。今ではようやく信号のある交差点を直進してトンネルを抜け、待避所を直進してトンネルを抜け、待避所を使ってUターンして帰って来られるようになりました。
 まだ、自分の運転では何の用も足せませんが、いつかは20km離れた病院まで運転できるようになりたいです。
 私は一人で出かけるのが怖かったのですが、キララに参加するようになって少しずつ一人で街に出かけられるようになりました。水沢まで映画を観にいきました。昨年12月には一人で茨城の友達のところへ遊びに行きました。
 他にも前からやっていた趣味の写真の他に音楽や将棋、パソコンや農作業についてなどいろんなことに興味が湧くようになりました。
 キララでは地元のホールのロビーに健常者と共に自分の描いた絵を展示している人がいますし、地域の寄合に参加しているという話を聞いたりします。私も昨年から地域の運動会や文化祭などを見に行ったりできるようになりました。いつかは、もっと地域の中に入っていければなあと思います。
 キララは私を少しずつ前向きにしてくれました。自分たちの力で足りないところは北川さんや地域活動支援センター一関が支えてくれています。
 私にとってキララは自分の生活をどうしていったらいいのかを考えるところです。大げさにいえば自分の人生を探すところです。そんなキララにこれからも参加していきたいと思っています。
 ご静聴どうもありがとうございました。
by open-to-love | 2009-02-02 23:19 | 第8回例会:キララin盛岡 | Trackback | Comments(0)
2009年1月31日 盛岡ハートネット第8回例会「キラりん一座in盛岡」〜当事者メッセージ

「障がいの苦しさから歩き出せた自分!」

キララ 三浦

 こんにちは。私は、キララの三浦と申します。まず、はじめに、私の病名は「うつ病」と「境界線知能」といいます。知的障がい者の方と普通の人との境の知能指数と言われました。そのためか、会社で働いていたころは、仕事を覚えるのが遅かったり、仕事の能率が悪かったりしていました。そのころから、「自分はどこか普通ではないのかな」と、毎日、葛藤していました。今思えば、仕事を覚えるまで、くわしく聞けばよかったのだと思いますが、当時は、出来ない人と見られるのがいやだっだのと、やっぱり、恥ずかしい思いが交錯していました。
 発病した時はさだかではないのですが、そういうことがかさなって、だんだんストレスがたまってきたと思います。それでも最初の頃は月に1日か二日くらい会社を休めば、なんとかのこりは会社に行って働くことができました。でも、ストレス解消のために、悪い遊びに走ってしまいました。そうなるとと依然、会社の給料だけでは足りなくなり、利息の高いところから生活費の穴埋めをして生活していました。当然、そういう生活をしていたら今まで以上にストレスがたまってしまいました。そうかといって、家の人にこのことは言えないから、自分の心の中でだんだん不安ばかりが強くなっていきました。
 そんな中、平成十八年の十二月の終わりごろから、朝、起きれなくなり、会社に行けなくなってしまいました。ついには、会社に休みの電話をするのもおっくうになってしまいました。三ヶ月くらい休んでしまって、会社からは「やめてください」みたいなことを言われ、会社を依願退職しました。
 そういう時、親身になって相談にのってもらったのが、当時の一関保健所大東支所に勤めていた主任保健師の北川さんでした。北川さんは相談に乗ってもらっただけでなく、自分の今後の生活方法や家の人に自分の状態を話してもらえて、現在の自分の生活を第一に考えてもらって、それで、今の自分があると思います。自分は、今、感謝してもしきれない思いでいっぱいです。
 少し生活が安定して、今、行っている福祉作業所に通うようになりました。その中で、ある人から北川さんという人の名前がたびたび出てくるので、「自分の知っている北川さんですか?」と聞いてみたら、「そうです。」という答えが返ってきて、その人との話からキララという集まりを知りました。そこに参加してみて、みんな生き生き活動して、明るくて、びっくりしました。自分もみんなみたいに、障がいをもっていても前向きに生きられたらいいなと思いました。自分にとってキララの集まりに出ることが元気のバロメーターになっていると思います。キララでは、自分でできることがあれば、いろんなことに挑戦できたらいいなと思います。
 キララに参加する前の自分は、どうして自分は心の病気になってしまったか、いつもなげいてばかりいました。今は、障がいを持っているからだめだとか、障がい者だから幸せになれないという考えがキララに参加してかわってきました。障がい者だからこそできることはなにかを今は考えています。キララに参加してからは少しづつでも目標をもって挑戦できたらいいと思うようになってきました。まだまだ人間として出来てないですが、みんなに一つづつ教えてもらいながら、キララの力になれたらいいと思います。自分にとってキララとは最高の社会勉強の場だと思います。
家族からは、キララに参加してから生活がきちんとしてきたといわれます。前の生活があまりにだらしなかったこともありますが。
家の人はキララの活動を積極的に応援してくれています。キララの活動を通じてひとつでも人間t系に成長できればいいと思います。
 最後に、自分もまだ落ち込むことがありますが、キララのメンバーの激励を受けながら、自分の気持ちとして、一生をかけて感謝します。病気になって、人の痛みをいくらかでもわかるようになりました。だから私もみんなを幸せにできるように頑張ります。周りの人を大切にし、だれかの役に立っていきたいと思います。
 以上、つたない話でしたが、メッセージを終わりにします。どうもありがとうございました。
by open-to-love | 2009-02-01 23:06 | 第8回例会:キララin盛岡 | Trackback | Comments(0)
2009年1月31日 盛岡ハートネット第8回例会「キラりん一座in盛岡」配布資料

心の病と共に生きる仲間達連合会キララについて

こんな軌跡があって、こんな仲間で活動しています!

(2009.1.31資料,作成:キララ 北川)

キララの「これまで」を紹介

当事者会を作ろう!
 ~設立のきっかけ!2003年、私たちは動き出した~
☆障がいなど同じ困難や体験を抱える当事者による活動(セルフヘルプ活動)は、自分自身に安定や意欲、充実感などを与えることから、他県や外国ではすでにさかんに行われていました。
☆東磐井地区(平成17年9月に藤沢町を除き、一関市と合併)では、平成15年12月12日、一関保健所大東支所主催により当地域を会場にしたはじめての精神保健シンポジウムが開催されました。その運営に保健所の声かけがあり、当事者が中心的に携わりました。資料づくり、受付、司会、講師接待、会場係などを初めて経験、役に立ったという充実感や達成感・・・・。それが原動力となり、作業所仲間とかデイケア仲間とかの枠を越え、仲間との交流の機会を増やし、自分達にとって「楽しい」「役立つ」「自信がつく」「ほっとできる」ような活動や場所作りをみんなで計画、実施する『当事者の会』を作ろうということになりました。

「作ってもらう」じゃない「みんなで作る」!
 ~設立の準備交流会!2004年、私たちは学びだした~

☆第1回 2004年1月28日(水) 10:00~12:00 (会場:作業所)
 内容:当事者の集りの必要性について討議 参加者15名
 作業所仲間とかデイケア仲間とかの枠を越え、仲間との交流の機会を増やし、自分達のための活動や場所作りをみんなで計画、実施する会(当事者主導の会)の必要性を確認。
☆第2回 2004年2月19日(木) 10:00~13:30 (会場:保健所大東支所)
 内容:ピアカウンセリングの体験  参加者15名
 当事者活動としてピアサポートの必要性を確認。
☆第3回 2004年3月11日(木) 当事者活動視察交流 参加者23名
 視察先:盛岡市本宮 グループホームひまわり荘(県内初、精神障害者当事者によるNPO法人グラシアス運営のグループホーム)
 内容:当事者が当事者の話を聞く、相談にのることの良さを体験。
☆第4回 2004年4月26日(月) 10:00~12:00 会場:保健所大東支所
内容:設立に向け、作りたい会のイメージを共有 参加者26名
「当事者が主体になることの良さ」「当事者同士が相談しあうこと(ピアカウンセリング)の意義」について、お互いの体験や考えを交換。デイケアや作業所にないもの、指示を受けずに、共に考え、行動できる場、批判されない場、休むことが許される場、そういう雰囲気やルールをもつ活動場所が希望であることを確認。
☆第5回 2004年5月14日(金)10:00~13:30 会場:保健所大東支所 参加者17名
 当事者会の愛称について検討。ピアカウンセリングをピアミーティングという名称で実施 
☆第6回 2004年6月11日(金)10:00~13:30 会場:保健所大東支所
 運営体制の検討:代表(1名)、副代表(2名)⇒「会長」でなく、みんなの気持ちの「代表」
 キララの詩作成(後に作曲されCDとなる)
☆キララ役員会の開催 2004年6月24日(木)10:00~12:00 会場:千厩町保健センター参加者9名
 内容:活動体制の検討、会の正式名称(自分達のことをなんと表現するか、精神障害者でよいかどうか)や会の活動の柱を検討。企画し、実践するまでの過程を大事にした活動にしたいこと確認!
☆第7回 2004年7月9日(金)10:00~13:30 会場:保健所大東支所
 内容:会の名称の検討、ピアミーティングの実施 参加者20名
 心の病と共に生きる仲間達連合会キララ(通称キララ)の名称に決定!!
☆第8回 2004年8月6日(金)10:00~13:30 会場:保健所大東支所
 内容:レクレーション(ソフトバレーボール実施)、会則と活動内容の検討  参加者11名
 心のバリアフリー活動(心の病気についての偏見を変える)も行うこと決定!
 会則における会の目的に「幸せへの意欲向上を図る」という一文をいれる!

心の病と共に生きる仲間達連合会キララ誕生!
 ~作り上げた喜びでいっぱい!家族も行政も!~
☆設立総会・お祝い会の開催 2004年9月10日(金) 大東町コミュニティセンター研修室
 家族の有志がお赤飯を炊いてくれた!総会の司会はもちろん当事者でやった!
保健所はドキドキしながら見守った(涙)!
☆キララの目的(会則第1条)
「この会は、東磐井地区(2006年3月両磐地区と改正)に在住する心に病を持っている方々が、仲間づくりを行い、支え合うための交流や親睦をとおし、心の不安や悩みをやわらげ、幸福への意欲向上を図ることを目的とします。」
☆設立記念精神保健シンポジウム 2004年9月29日(木) 大東町コミュニティーセンター「室蓬ホール」
 明るく生きる2004精神保健シンポジウム
  ~生きることを支える活動の輪を広げていこうよ!~ 毎年のシンポジウムのスローガン
 主催者としてキララ代表者が初挨拶(スーツ姿の代表が落ち着いて堂々と挨拶)
 保健所はサポートできる喜びでいっぱい(行政の主催者あいさつはなし)
 大成功に終わり、打ち上げ温泉バスツアー(八幡平)へ(10月)

キララとしての活動
 ~話し合いを大事に、悩み、そして楽しむ!新しいことにも挑戦!~
 月1回の定例会(設立当初は平日だったが、土曜日に変更)
 活動の企画実施や活動上の問題に関する話し合い(月1回じゃ足りない!でも、月2回じゃ大変!)
 ピアミーティング(近況報告や相談したいことの話し合い) 
 心のバリアフリーをすすめる活動(保健所と協働して取り組む地域精神保健福祉活動の実践)
 精神保健シンポジウム開催(生きることを支える活動の輪を地域に広げていく取り組み。年1回)
 キラりん一座による演劇活動(障がい者の本音や回復の過程を劇で伝える。2007年~)
 地域活動への参加(「大原水かけ祭り(2006年~)」「川崎Eボート大会(2008年)」など)
 行政主催の講演会などにおける体験発表(2004年~)
 体験冊子の作成と販売(2006年~)
 研修や交流活動(知識や情報を得るために2007年から実施)
 お仕事探し座談会(2007.2月) 保健所と共に主催
 当事者会交流会(2008.3月)
 会員ミニ研修:障害者自立支援事業について(2008.5月) まちづくりについて(2008.8月)     
 レクレーション(身体障害の仲間と共に楽しめるものをする)
ボウリングやニュースポーツ、焼き肉、山菜とり、忘年会など。場所予約や準備も自分たちで行う。
 支援機関の保健所はキララからの案内をもらって参加!
 キララ役員会(随時開催し、会員に活動を提案したり、会員が活動しやすいようさまざまな調整を行う)
 三役会(代表1、副代表2、書記2)役員会(上記に加えて、会計や総務担当)
 支援者は要請を受けて参加、または検討して欲しいことを役員に提案し、会を開いてもらう
    
キララの活動拠点の変遷
 ~集まりやすく、荷物が収納でき、使いやすい!人と触れ合えるところ~
  2004年設立~2006年3月:一関保健所大東支所 
  2006年4月~2008年3月:大東町コミュニティーセンター&一関保健所大東支所
  2008年4月~現在:一関市千厩酒のくら交流施設内 千厩まちづくり株式会社事務所2階

これからのキララ
 ~求めるのは支援でなく連携! 障がい者として自信をもって活動を続ける!~
 キララ誕生からの伴走者であり活動場所を提供していた一関保健所大東支所が廃止されることに伴い、「精神障がい者の社会参加活動への支援に関する要望書」をキララ役員と有志で検討し、2008年2月7日に一関保健所長に提出しましたが、その体験は「支援」を求めるよりも「理解と連携」を意識すること(行政機関との関係の整理)の重要性に気づかせてくれました。
 一関保健所大東支所廃止後の活動拠点を提供してくれたのは、一関市千厩町の商工会さん、まちづくり株式会社さんでした。「保健福祉関係」とのつながり以上に「地域」とのつながりを大事にした活動(地域の人と共生できる活動の拠点づくり)を心がけていきたいと思い、20年度の活動をしています。
 障害者・当事者主導の活動に対する自分たちの意識を改革しながら、自信をもって、生き生きと活動しつづけたい!それが、自分や家族、同じ悩みを抱える人たちの力になることを信じています!

 20年度活動目標・方針「キララのよさを広げ、地域に溶け込み、自分たちを高めていける活動をしよう」
 ☆今までの活動の良さを活かしながらも工夫した活動の展開を!⇒活動のリフォーム
 ☆活動の拠点が千厩町「酒のくら交流施設」に移転し、心機一転でよい活動を!⇒活動のリフレッシュ
 ☆新しい活動拠点を生かした新しい活動を!⇒活動のリニューアル  

キララのメンバーから「自己紹介&メッセージ」

□私はキララに今年から入りました。キララに行くようになって、友達が増えて、マイお日が楽しくなりました。私の病名は、統合失調症、感情障害です。キララのおかげで病気も落ち着いています。(F.M.)
□今日は劇には出演しないけど、音響担当としてがんばります。(H.S.)
□友人の紹介でキララに入りました。3年目になります。月1回の定例会楽しみです。回を重ねるたびにいろんな人に会えてうれしいです。僕の家は一関市千厩町奥玉です。酪農をしています。毎日夕方だけ手伝っています。平成13年に念願だった運転免許取得しました。平日は作業所(千厩ワークプラザ)に通っています。(K.K.)
□平成20年7月にキララに参加させてもらいました。9月のシンポジウムでは、担当の受付の役目がうまく果たせるか不安でしたが、キララのメンバー及び地域活動支援センター職員の協力のおかげで何とかやれました。入ってみて、メンバーのパワーに驚かされました。一関の旧西磐井地方ではこうはいってません。私が代表をつとめる、当事者会“ぼたんの会”も存続するのがやっとです。何とかキララからパワーをもらって、西磐井でも当事者活動を盛り上げたいです。(S.R.)
□私は、59歳で、統合失調症にかかっています。以前は、自分の体験を誰かに話したいという気持ちがたくさんあったんですが、この頃はなくなりました。キララの活動を通じて、いろんな人に出会えたし、寸劇もできるようになりました。指導してくださる方の共助をありがたく思い、人間には様々な人がいるんだと思いますし、自分のすきなようにばかりにはいかず、むしろ自分の思いとは反対の場合の方が多くて、自分を変えてコントロールしないといけないことが多いです。それでも、心の自由が大きくなりました。いろんな人と話し合って生きていこうと思います。(S.E.)
□みなさん、こんにちは。私は一関市大東町に住んでいます。H16.9月に誕生したキララの第一期生です。キララは心の病を抱える人で組織した当事者会です。活動内容は毎月1回開催する定例会が主体ですが、私たちは心の病とストレス等と闘いながら生活しています。今後ともキララをよろしくお願いします。(O.T.)
□“おらが自慢の花火”で有名な川崎に住んでます。大輪でなくとも輝ける花火(夢)を持ち続けたいと心がけています。キララの仲間に出会い、共に悩み、信じあうことにより、信頼する大切さを感じ、自分を信じることができるようになりました。これからも仲間と共に支え合い、活動したいと思っています。(K.S.)
□私は統合失調症になって30年になります。その間、仕事を辞め、離婚もして、再婚し、20年になります。入退院を繰り返していましたが、キララに参加するようになってから、ほとんど入院をしていません。昨年、自分の娘が登校拒否になり、リストカットをしたりして、心配させる側から心配する側に変わり、心がおおらかになりました。キララのシンポジウムで総合司会を3年していますが、自分自身に自信がつき、娘へアドバイスもできるようになりました。盛岡公演が成功することを願っています。(K.K.)
□私は、36歳の時にうつ病を発症しました。それから1年後に、躁状態になり、2年続けて入院しました。躁うつ病です。“そう”になりそうな時はわかるので、すぐ病院に行きます。“うつ”は、ある日、突然にやって来るのです。毎年、うつ病に悩まされていました。それが、去年からテンションは下がっても“うつ”にならなくなったのです。それは、ある人からの1本の電話、「だいじょうぶ!無理しなくてもいいんだよ」「調子が良くなったらまた来てね!」その一言一言に勇気づけられ、励まされ、“一人じゃないんだ、みんなの顔が見たい”と思うようになりました。今ではみんなの顔をみなければいられないような大事な場所になっています。ありがとう!キララ!(I.K.)
□キララのみんな、好きです。北川さん、大好き。人気抜群、とても頼もしいと思っています。自分と向き合って活動しながら、私自身を好きになっています。(Y.N.)
□こんにちは。趣味はスポーツ観戦と読書です。特に野球にはこだわりが強いです。月に1回のキララの会で、みんなに元気をもらっています。自分もみんあと力を合わせて、寸劇を成功させたいです。(M.J.)
□20年4月、就職しました。仕事を頑張っています。(C.D.)
□何より事業所の仕事がいそがしいです。でも、就職のために一生懸命頑張っています。(S.M.)
□私の家は他の家が見えないところにポツンと建っていて、家の農作業を手伝っているので、病院へ行く以外はあまり出かけることがありませんでした。だから社会との接点は本当に少なかったです。今では地域の運動会や文化祭を一人で見に行ったりできるようになりました。これもキララに参加することで、一人で家の外に出てみることに慣れてきたのが、良かったのだと思います。今後の目標は、私は人付き合いや喋るのが苦手なので、そのあたりを少しづつでも克服できたらなあと思います。(K.H.)
□自分はキララで、副代表をやっています。キララでは若い方だと思います。でも1月31日で29歳になります。まだまだ自分は、年の割には子供のようなところがあるので、キララを通じて、少しでも大人の人間になれるように、無理をしない程度に頑張りたいと思います。20年9月27日に一関市千厩町の酒のくらでの「こころのシンポジウム」で体験発表をしましたが、本当によかったと思いました。自分の体験談を発表して、同じように悩んでいる人が少しでも何かを感じてもらえたらと思いました。自分は元気になるまで時間がかかりましたけど、病気とうまく付き合って、必ず良くなると思うので、焦らず、一歩づつ進んでいきましょう。今度、盛岡に劇をしに行くので、頑張って役を演じて、皆さんに感動してもらえたらと思っています。(M.R.)
□盛岡の皆さん、キララを呼んでくださってありがとうございます。私は仕事をするようになって、あまりキララに参加できません。でもキララのことは忘れていません、自分の仲間がいるから! 参加できる時は行きたいと思っています。(Y.K.)
□キララに参加して、随分と変わったなあと思うようになった。苦手だったことや、がむしゃらに考えていたこと、うまくいかないと思っていたことなど、今は、素直に物事をとらえられるようになったと思う。たまに、障害に甘えているのかも・・・と思うこともあり、努力をせずに人に頼るのではなく、できることをやって、支えあえるようになりたいと思う。心の病気のほかに、なおりにくい体の病気も抱えてしまったが、困難を抱えることではじめてわかること、受け入れることができることもあるとわかった。キララの活動で、仲間と共に精神的に自分を高め、障害を乗り越えて、一人の人間として生きていきたいと思う。(S.M.)      
(ここにメッセージ参加できなかったメンバーも数名います。でも、ちゃんとつながっています!)

 キララという会の名前には、「一人一人が“キラキラと輝いて”自分の人生を歩いていけるように!」という願いをこめています。小さくても大きくても自分らしい輝きをはなってほしい!自信をもって!みなさんも!               
by open-to-love | 2009-02-01 22:54 | 第8回例会:キララin盛岡 | Trackback | Comments(0)
盛岡ハートネット第8回例会「キラりん一座in盛岡」収支報告

2009年1月31日(土)午後1時~午後4時、プラザおでって

【参加者数】100人(うち、キララご一行29人)

【内容】キラりん一座演劇上演「心 天気になあれ! Part2」
    当事者&支援者メッセージ
    おしゃべり交流会

【ひとこと】大雪の中、多くの方にご参加いただき、どうもありがとうございました。外はすんごい吹雪でしたが、ホールの中は、いい天気でした。

♡収支報告♡
【収入】44000円
内訳 参加費500円×参加人数

【ハートネットの支出】30494円
 内訳 郵便代:9090円(ニュース郵送代。ちなみに、ニュース配付先は200人・団体ですが、郵送は113通、残りはメール。郵便はほとんどが80円ですが、一緒にハートネットニュースやリーフレットなど一式も合わせて送った人の郵便物は、ちょっと重くなって90円になりました)
    封筒代:379円(479円でしたが、100円サービス券持ってました)
    弁当代:17500円(キララ&スタッフ用35個、1個500円)
    お菓子代2525円
    スタッフ駐車場代 1000円(わずかではありますが…)

【差し引き】13506円

【第7回交流会からの持ち越し】16610円

【さらに合計すると…ハートネットのトータルの収支】30116円

【よって、キララへの謝金】30116円

【でもって、ハートネットのトータルの収支】0円

 【事務局より】ある女性から、参加費のほかに「志」として3000円いただきました。ありがとうございました。そのお志を差し引いて41000円を500円で割ると、88人となります。むろんキララメンバーからは参加費をとってない上、参加者全員から無理矢理お金を取ってないので、参加者は100人ちょっと、というところでしょうか。また当日は、また別の女性から、お菓子の差し入れもありました。終了後、みんなで分けて食べました。ありがとうございました。
 さて、そのお志を含め、目標の謝金3万円をなんとかクリアすることができました。といっても、わずかではありますが…実費&打ち上げ代の足し? キララのみなさんには、遠からず、500円玉と100円玉と参加されたみなさん一人一人の気持ちでずっしり重い謝金をお渡しします。
 ハートネットのお金は差し引き0円となり、江戸っ子の気分といいますか、日本晴れといいますか、めでたしめでたしとなりました。
 アンケート回答は、しばしお待ちを。
by open-to-love | 2009-01-31 21:25 | 第8回例会:キララin盛岡 | Trackback | Comments(0)
当事者&支援者メッセージ
~障がいを抱える当事者主導のグループ活動!当事者会!~
  『自信や希望を育てる障害者・当事者会活動について』

(盛岡ハートネット第8回例会 2009.1.31(土)

北川明子(岩手県精神保健福祉センター主任保健師)
 
1 はじめに

 障がいを抱える当事者主導の活動、当事者会づくりを支援することはその地域に住む障がい者の思いを聞き、希望につなぐ支援のはじまりだと思います!障がいを抱える当事者が集まったから「はい!当事者会できました!当事者主導です!」ではありません。当事者主導の活動になっていくには、ここからが本当のスタート。当事者のやる気というエッセンス、支援者のピリッとしたスパイス、時には強火で時には弱火で、じっくりと、ゆっくりと、コトコト煮込んで、味見をしながら、してもらいながら、悩みながらみんなで作っていくものだなあ~と実感しています(当事者活動にかかわって6年目にしての感想)。

2 心の病と共に生きる仲間達連合会キララ立ち上げの頃の話

 平成15年12月12日に旧東磐井地区ではじめて開催された精神保健シンポジウムの運営にたずさわり、自分たちでやることの心地よさを感じ、“自分たちによる”“自分たちのための”
“自分たちの活動”を行う当事者主導の会をつくる夢に向かってスタート・・・。

 平成16年1月から9月まで毎月1回、当事者会設立準備交流会と称して仲間で集まり、どんな会にしたいか、どういうことをしたいか、名称の表現方法、愛称など検討したりしながら、体験や思いを分かち合いつづけ、平成16年9月10日“心の病と共に生きる仲間達連合キララ”誕生!

キララ誕生までのプロセス⇒当事者主導の基盤作り

☆どういう集まり(会)にしたいかを当事者が決定していくプロセスがあった!

 一関保健所大東支所としてではなく、当時の千厩地方振興局保健福祉環境部大東支所としての取り組み方針に「当事者活動の拠点づくり」をかかげ、職員の理解を得ながらのスタート・・・。「キララ」のほか、保健所デイケアを参加者の希望によりスポーツを楽しむ「やまびこ会という当事者会にも発展させました。当事者を対象にした講座(SSTや就労支援)を実施するなど当事者の力や思いを引き出すための情報をふんだんに集中して提供しました。同時に家族教室を開催し、家族の力の向上や家族グループづくりも実施。
(本当は各保健センタ―単位に当事者会を作りたかった・・・。けど、それは実現できず・・・・)
 当事者は、いきいきとして保健所に集まり、ある人は熟睡して参加、ある人は保健師が作る昼食の豚汁やシチューを目的に参加、でも、だれも責めず、会をつくる目標をもって集まることが本当に楽しかったようです。

3 当事者主導のグループ(当事者会)ってなあに?!どんなもの?!という話

 セルフヘルプグループ:病気や障害などの生活上の問題を持っているメンバー同士がお互いの体験や経験を語ったりしながらセルフヘルプ(自立、自助)を生み出し進んでいくグループ(組織的なことが多い)。自助グループともいう。

 ピアグループ:仲間同士が集まり、楽しみを見つけたり相談をしたりしながらお互いを支えあうような活動をしていくグループ。ピアサポートグループともいう。

・Self-heip(セルフヘルプ) ⇒ 自立、自助 (自分自身を助けるということですが、仲間と共に自分たちで自分たちの問題を定義し、それに対処して生きていくこと。)

・Peer (ピア)⇒ 仲間 同等の人 同僚 (上下関係がない)  

当事者主導が成立する条件:
 主体性の尊重
 対等性の維持
 体験談の交換
 安全性の確保
 体験的な知識の形成
 体験的な知識に基づく生き方

 当事者主導グループでは、上下関係が生じる関係者や指導者(スタッフ)は参加することもあったり、参加しないこともある。スタッフは、メンバーの中で話題が回るようにする、メンバーを信じる、メンバーが考える時間を大切にする、のんびり参加する、操作しないが情報提供は行なう、メンバーが発言したことをほめる、メンバーの決定を侵害しない。また、スタッフ自身ができない自分をさらけ出すことも必要。

 当事者が集まっているから当事者主導ではありません。係わるスタッフ(家族もボランティアも)が当事者主導についてよく理解する必要があります。でないと、自分の価値観を知らず知らずのうちに押し付けてしまい、結果的に当事者がよい形で苦労するチャンスをつぶしてしまったり、楽しめない状況や自立できない状況を生み出してしまうと思います。

 当事者主導のグループ運営の工夫:ゆるやかな組織構造による運営の共有
たとえば、方法1:役割の交代制、方法2:メンバー全員が役割をもつ、方法3:運営を担う委員会形成、方法4:短期間交代の世話役、方法5:上下関係のゆるやかな係、など

 当事者主導グループでは、メンバー同士がお互いの主体性や対等性を尊重すること、グル
ープとしてのまとまりを大事すること、人間としての存在を認められる場にしあうこと、主体性が生まれて人格が高められる場にしあうこと等を意識して運営や活動に当たることが必要。
柔軟な考え方、やり方が本当に必要です!それぞれがもっている能力、好きなこと、得意なこと、興味をもっていることにスタッフがちゃんと気づいて、肯定的に評価すること、つまりほめる!それによりメンバーもお互いを肯定的に認めることができていくようです。誰か一人が優位に立つとか、上から目線になるとグループは成り立たなくなります。傷つく集まりには出たくないですから・・・。自分が認められていることがいかに実感できるか!それが大事ではないでしょうか。たぶん、スタッフも・・・。
 当事者主導のグループの活動内容:例会(体験談の交換を含む)、相談(ピアカウンセリング)、レクレーション、季節の行事、研修、思想普及など

 自分たちが今よりもよりよく生きるために何が必要か、何をやりたいか、当事者の視点で考えて決めることが重要。スタッフの必要性で決めるのではない。支援関係者が活動内容に関する情報提供をおこなう場合は具体的に行うが、あくまで提案!

 大きな行事に取り組む時は強力な協力が必要!それは当たり前!当事者会だから当事者でやれというのは変。障がいがない人たちだって誰かに手伝ってもらっているはずです。

4 自分たちにとって本当に役立つ障害者・当事者会活動にするための話

  一人の○○できたらいいな~を大事にする

 障がい者だから大変さが伴わない無難な活動にする?でも、それよりも一人のニーズ「○○ができたらいいな。○○したいな。」がその人にとって意味あるものだと思ったら、メンバーみんなでそれを実現する。そうすると、その人の本当の笑顔や喜びが他のメンバーの「やってよかった!」という満足感につながるようです。「誰かのために何かをする」ということは役に立つ自分を感じられる!それは大きな意義があると思います。

  一人一人の力や良さを見つけて活かす

 でも、みんなが自分のできること、やりたいことをうまく伝えることができるわけではありません。できない人もいます。しかし、雑談していると得意なことや、これはすごく頑張っているからみんなに知らせたいなどと思うことにたくさん気づかされます。それを良い形で発表する場や機会をつくることは、とても良い活動につながります。
 たとえば、絵を描いているメンバーがいたら、催し物で絵を飾る、詩を書く人がいれば詩を紹介する、写真が得意ならカメラ係を頼んだり、写真展をやる、パソコン得意なら資料つくってもらう、話し方がよければ劇のナレーターに、司会者に、礼儀正しいから受付係に・・・とかです。
そうすることで、“認められて”“認める”ことができていくように思います。そして自分を好きになっていき、活動がさらに楽しくなる。そういう経験を、活動している人みんなができるようにしたいものです。

 大きな催し物はいろんな人や資源とつながるきっかけになる

 大きな催し物(シンポジウムや交流会、研修会)をするのは結構大変です。でも、大きいからこそいろんな人の力を借りることになり、「理解」、「協力」、「つながり」が生まれてきます。自分たちが何を、どうやりたいか、それがはっきりしていると、周りを巻き込みやすいし、結果や成果が得られると思います。準備や取り組み期間が充実していると、「やった~!!」という達成感や、「すごい!よくやったね!」という周りからの肯定的評価(いっぱい褒められること)を感じ、とても自信がつくようです。そして、次はこんなことやりたい!という目標が生まれます。

 良いところをちゃんと伝えあう(できるだけ否定的にとらえない)

 お互いにできないところを指摘するよりも、よいところをいっぱい見つけて伝える。肯定的にとらえることで、お互いが楽になります。

例会にきて寝ている人⇒熟睡できてる、よかったね!
何度も確認する人⇒わからないままにしておかないからいいね!
自主的に動かないけど毎回来ている人⇒何かいいことあるからだね!来るだけでOK!

 なんでもうまくはとらえられないことはありますが、意識してよい方に考えると関係がうまく行くようです。否定的に見てばかりいると、良い点がみえなくて付き合うのが嫌になってしまいますから、人付き合いのコツでもあります。

 誰でも状況により、いつも同じじゃないことを許す(変化はくるのです)

 就職したり、好きな人ができたり、家族が病気になったり、仕事がうまくいかなかったり、身体の病気になったり・・・・。いろんなことが起きます。そうすると活動を同じようにできなくなります。それは許し合うことが必要です。許されると気持ちが楽になり、また頑張ろうって思えるから・・。それが支え合いにもつながります。

 支援者は“支援”から“協力”の視点をもつ

 当事者会活動が育ってくると、“支援”の形って変化するはず。でも、いつものやり方を変えるのは結構大変。共に活動を作っていく姿勢と協調性が大事であるように思います。また、点と点をつないでいくことこそが重要な役割になります。
    
5 私が感じていること

 障害者・当事者会活動は、自信や希望を育てます!それは、当事者自身の自信や希望だけでなく、家族の自信や希望にもつながり、関わる人たちにも生きる力につながるものをもたらしてくれるように思います。いうまでもなく当事者が主役でこそ、それが得られる。でも主役は一人では主役になれません。脇役やいろんなスタッフがいてこそ主役になれる。主役、脇役、スタッフが同じ目標を持つことが当事者会活動を成功させ、周囲も巻き込む形で自信や希望を育てることができるのだと思います。
 当事者が主役であるということ、それは当事者会活動だけでなく、相談支援や福祉サービス提供においても言われていることですが、当事者を主役にということをどれだけやれているのかという迷いや申し訳なさを感じることがあります。当事者会、または一人の当事者への支援や協力を考えるとき、「専門家主導の接し方や方向性の示し方になってしまうこと」や、「無理じゃないか、できないのではないかと抑えてしまいたくなること」なども少なくありません。でも、当事者の「こういうふうになりたい!」(「ニーズ」と言います)を中心に据えて一緒に検討し、取組むのであれば、当事者主導、当事者が主役ということなのではないか!当事者のみなさんとの今日までのプロセスから、そのように感じています。私たちは脇役。いい脇役になるために努力し続けたい!
 当事者が力を発揮しだすと体験発表の場が増えてきますが、当事者が自分の体験をもとに精神疾患や精神障がいを語ることは、どんな専門家の話よりもわかりやすくて理解しやすいです。障がい者に対する偏見を変えていくには彼らの力がどうしても必要ですから、行政は彼らと連携することにより、自分たちでは伝えられないものを伝えてもらえるというメリットを得られると思います。
 誰かとつながることは大きな安心や力になるはずです。誰でもそれを得るためにつながりを求めます。当事者会活動はそういうつながりの中でどんどん育ち、次につながるための自信と希望でいっぱいになる!
 最後に、会やグループの成長は個人の成長があってこそ!ということも当事者会活動から学びました。一人一人の成長を助けられるような相談支援、協力を行っていきたい!そう思います。

※北川さん、本当にありがとうございました。
では、みなさん、あす午後1時、プラザおでってでお会いしましょう。
なんか、大雪みたいです。足元気をつけて!(黒田)
by open-to-love | 2009-01-30 20:58 | 第8回例会:キララin盛岡 | Trackback | Comments(0)
「キラりん一座in盛岡」ボランティア募集中!

 盛岡ハートネット第8回例会(2009年1月31日、13:00~16:00、おでってホール)のタイムテーブルは、下記の通りです。当日、いろいろお手伝いしていただける方、よかったら早めにきてくださいね。


9:40~10:00 キラりん一座、おでって入り(みずほ銀側にバス)、物品搬入

9:30 黒田、おでって事務所経由、おでってホールへ。物品搬入手伝い

9:40 スタッフ、おでってホールへ。物品搬入手伝い

10:00~準備開始
ハートネット=幟4本、受付設営、写真展示などなど
 キララ=舞台、照明、音響セッティング、リハーサル開始

10:15分 黒田、送迎へ出発

12:00 弁当搬入、会議室へ
      キララ、昼食&休憩(スタッフは随時)
      黒田、おでって到着

12:30 開場(受付は黒田&だれか1人)

13:00 例会スタート。黒田が手短に挨拶、キララ司会にバトンタッチ

13:00~13:40(40分)
 キララ司会あいさつに続き、演劇「心 天気になあれ! Part2」上演

→終演後、ステージ中央の机に2人が登壇。司会、黒田へバトンタッチ

13:50~14:20 当事者&支援者メッセージ(2人で計30分)
 ①菊地博嗣さん「回復への扉を開いて! そして地域への夢をもって!」
 ②三浦治一さん「障がいの苦しさから歩き出せた自分!」

14:20~14:30 休憩(菊地さんの写真パネル紹介)

14:30~14:50(20分)
 ③北川明子さん「自信や希望を持てる障がい者・当事者活動について」

14:50~15:10?(20分) 3人への質疑応答

→司会、黒田から阿部にバトンタッチ

15:10~15:50 おしゃべり交流会

→適当に小グループに分散して座り、フリートーク。黒田、送迎へ出発

15:50 小グループごとに例会の感想発表

16:15 閉会(アンケート記入呼び掛け)、後片づけ

→16:30ごろ 黒田、おでってに到着、後片づけ手伝い

17:00 完全撤収

17:00 キララ一行、帰途へ

不明な点あれば、黒田(090・2883・9043)へ。

※と、例会当日の「ボランティア」を呼び掛けてから数日後…ふと気づいたんですが、そもそも盛岡ハートネット事務局も、ボランティアなのでした。ですから、要するに、当日来る方で、早く来れる人は早く来てね、ということです。よろしくお願いします。(黒)
by open-to-love | 2009-01-17 12:16 | 第8回例会:キララin盛岡 | Trackback | Comments(0)
盛岡ハートネット第8回例会「キラりん一座in盛岡」のご案内

 今、こころの病が、大きな関心を集めています。ここ10年、日本では年間に3万人も自殺しているのですが、その多くがうつ病など精神疾患だったそうです。また、これまで病院や施設に隔離されていた精神障害者が普通に地域で暮らせる社会にしようという取り組みも、ちょっとずつ進んできました。
 でも、こころの病って具体的にどんな病気なのかご存知ですか? 精神障害がある人って、精神障害じゃない人とどう違うんでしょうか? 学校じゃ教えてくれないし、本を読んでもいまいちピンとこない(第一、この類の本は高いし難しい!)。専門家の講演を聞きに行ったら「誰しもこころの病になる可能性があります。みんなが関心を持ちましょう。支え合いましょう」と一所懸命に話していた。なるほど、これは大変な問題だ、何とかしなくちゃ! でも、何をどうすればいいんだろう? 自分はなにができるんだろう?
 そりゃそうです。こころの病を知る一番の近道は、こころの病の人(当事者)に会って、その人ならではの話を聞くことだからです。でも、そんな機会、なかなかないんですよね。当事者は、実は、街にいっぱいいるんですけどね…。

 そこで、精神障害がある当事者・家族・関係者・一般市民のネットワーク「盛岡ハートネット」は、来る2009年1月31日(土)午後1時~4時、盛岡市のプラザおでってで第8回例会「キラりん一座in盛岡」を開きます。こころの病について、当事者が自ら演劇で楽しく分かりやすく理解を呼び掛けるという、盛岡では極めてレアな試みです。
 演劇をしていただくのは、東磐井の当事者会「心の病と共に生きる仲間達連合会キララ」メンバーによる「キラりん一座」のみなさん。障害者って「自分じゃ何もできず、いつも誰かに助けてもらってる人」ってイメージが根強いですが、キララは全然そんなことありません。自分達でシンポジウムを企画して開催しているほか、「キラりん一座」としてこれまで演劇2作を上演し好評を博している、とっても輝いているみなさんなのです。そんなキララを、ぜひ多くの人に知ってほしい。こころの病について、その苦しみについて、そして、苦しくとも明日へ向かって一歩を踏み出すために何が必要なのかについて、家族や地域の人とのかかわりはどうあれば望ましいのかについて、当事者の率直な声を、願いを知ってほしい…というわけで、はるばる盛岡にお越しいただくこととなりました。

 演目は「心 天気になあれ! Part2」。この日のため、なんと第3作目となる新作を用意してくれました。引き続き「当事者&支援者メッセージ」として、キララメンバーのお2人に、当事者会活動の素晴らしさなどについて話していただきます。さらに、キララ設立当初、一関保健所大東支所保健師として支援してきた北川明子さん(現・県精神保健福祉センター主任保健師)にも「自信や希望を育てる障がい者・当事者会活動について」というテーマでスピーチしていただきます。その後は「おしゃべり交流会」をします。小グループに分かれて座って、いろいろ語り合いましょう。
 ちなみに、盛岡ハートネットは、誰が来てもOK。当事者でも家族でも行政の方でも、ものすごくこころの病に関心ある人でも、ちょっとだけ関心ある人でも、買い物途中の通りすがりの人でも、偉い人も偉くない人も等しく歓迎します。詳しくは同封のチラシをご覧ください。みなさま、ぜひご参加を!
(盛岡ハートネット事務局 黒田大介)

※こないだ、同じく「キラりん一座in盛岡のご案内」というタイトルの文章をブログに入れました。タイトルは同じでも、文章の中身は違います。前のは、ハートネットのことをご存知の方向け、精神疾患とか家族会とかをご存知の方向けの文章です。で、今回の文章は、そういうのを全く知らないけど、「こころの病」について関心をお持ちの方向けに書いてみました。
 私たちは、ついつい「統合失調症」とか「岩家連」とか「アカシジア」とかいった専門用語を普通に使ってしまいますが、考えてみりゃ、一般の人にはちんぷんかんぷんなんですよね。そして、今回の例会は、とりわけそんな一般の人に多く来てほしい集まりですので。
 でも、早く、参加呼び掛け文章が1種類でいい世の中になればいいですね。(黒)
by open-to-love | 2009-01-13 11:17 | 第8回例会:キララin盛岡 | Trackback | Comments(0)

キラりん一座作品紹介

キラりん一座作品紹介

★第1作『心、天気になあれ!Part1』★

 「声が聞こえる」「みんなに見られている」、いつのまにか、周囲がこわくなり、ひきこもりの状態になってしまったリュウタ。精神科への入院。退院しても思うようにしゃべれず、動けない、つらい毎日。やっと仕事を見つけて働き始めたが、仕事の覚えが悪く能率が悪いと言われ、一週間でやめさせられてしまった。家には心配するあまり干渉しがちな母。時折、出現する幻聴、頭痛、不眠。皆に勧められてもデイケアや作業所などなかなか利用する気にはなれなれない・・・。
 薬だけでは治らない心の病と共に生きるということの現実、自立や回復には、福祉サービスの利用だけでなく安心できる人間関係が必要であることなど、心の病と共に生きる障害者の本音を劇と替え歌で伝える。
 歌は「浪花節だよ人生は」の替え歌『♪薬づけでも人生は!』
                              
★第2作『トンネル抜けたら!』★

 うつ病になった春樹と、なかなか退院にならず、精神科医療機関に長期入院中のヤスさん。
 春樹は病気になった自分を責め、退院に対する不安と強い焦りを感じている。また、ヤスさんは、単身で自宅への退院を希望しているが、生活経験の乏しさと身内が近くにいないことから退院の話が進まない。なかなか先のみえないトンネルの中にいることを実感している2人・・・。トンネルの先に光を見つけることはできるか・・・・。
 突然に訪れる心の不調や心の病。本人自身や社会の偏見が、受診や社会復帰を遅らせることは少なくない。現在、もっとも注目されるうつ病と社会的入院に焦点をあて、精神科や精神障がいについての偏見、当事者の思いをトンネルにたとえ、病気と自分との折り合いをどうやってつけ、進む道を見つけていったらよいのか、薬だけでは治らない心の病と共に生きるということの現実を劇と替え歌で伝える。
 歌は「明日があるさ」の替え歌『明日があるさ♪キララ編』

★第3作『心 天気になあれ!Part2』★
(2009年1月31日、盛岡ハートネット第8回例会で上演) 

 キラりん一座作品第3作目。第1作『心 天気になあれPart1』、第2作『トンネル抜けたら!』の続編でもある。
 高校生の時、学校に行けなくなり、卒業後、統合失調症で入院したリュウタは、何回か仕事に就くが長続きせず、とうとう調子を崩してしまった。一生このままなのでは・・・という不安がつきまとう中、通いだした当事者会でやっと自信と希望を取り戻し始めた。しかし、リュウタの母親は、当事者会に行き出してから調子がいいはずなのに以前のように仕事探しを焦らなくなったリュウタを見て、将来への不安を強める。主治医に相談しても「焦らないように」と言われるが、どうしたらいいのか先が見えない・・・。
 精神疾患の発病により生じる戸惑い、回復を強く願う気持ちや焦りを抱えながら生活している本人や家族が希望を見出し、また歩きだすために必要なことは何か・・・。
 心の不調があっても大丈夫! 自分なりの生き方、希望を見つけてやっていけるよ! というメッセージを障がい者の視点から劇や歌をとおして伝える。

※ちなみに、「心の病と共に生きる仲間達連合会キララ」と「いわてキララ・アートコレクション」は、「キララ」つながりではありますが、別組織。でも、せっかくですからどちらの会場にも足を運ぶこと、おすすめです。(黒)
by open-to-love | 2009-01-11 20:36 | 第8回例会:キララin盛岡 | Trackback | Comments(0)
キラりん一座演劇「心 天気になあれ! Part2」用語解説
(2009年1月31日、プラザおでって 盛岡ハートネット第8回例会)

※キラりん一座に盛岡で演劇を上演していただくにあたり、一般の人にはちょっと解りづらい専門用語について、解説します(例会チラシ下段にも載ってます)。解らなくても十分演劇を楽しめますが、解っているとなお楽しめますよ。
ちなみに、チラシに載せるにあたり、行数を揃えた方が見栄えがいいという関係上、ちょっと短い解説文については、黒田がちょっとだけ付け足しました。悪しからず。

■ケアマネジメント■
 生活の困難さを持っている人々を対象とした支援の手法です。支援を受けた人が力を取り戻すこと、社会に新しい支援のネットワークを形成することを目的とし、地域で提供できるさまざまなサービスや制度を計画的に適切に組み合わせた支援を提供するものです。本人や周囲の人々が希望を持って元気になるような具体的で実行可能なプランが求められますが、それが最大の課題です。障害者自立支援法では,市町村や相談支援事業所で障がい者へのケアマネジメントを実施することになっています。(用語解説・北川明子)

■当事者会■
共通する病気や障がいなどによって、生活上の課題がある者同士(当事者)が集まり、共に生き方を模索する仲間との語り合いや自分たちの置かれた状況を変えようとする活動を通して、自己肯定し、生きる自信や生きる力を獲得していく活動をするグループです。自助グループやセルフヘルプグループともいわれます。ピア・サポート(対等な仲間同士による支えあい)が共感性を高める重要な要素となりますが、レクレーション中心のグループ、当事者自身による当事者のための調査研究をするグループなど、活動は多様です。(北川)
※たぶんキララは、県内で一番頑張っている、そして社会へ開かれた当事者会ではないでしょうか。(黒田)

■SST■
 社会生活技能訓練(ソーシャル・スキルズ・トレーニング=Social Skills Training)。精神障害を持つ人たちが社会の中で受けるストレスに対応していく力をつけ、地域生活を維持していくために用いられる、心理社会的なリハビリテーションの一つです。精神障害者だけでなく、知的障害者や家族を対象としたSSTも行われており、岩手県では平成2年頃から導入され始めました(が、行っているところは??)。困難に感じていること、もっとうまくできるようになりたいこと(課題)を具体的にあげ、グループ(あるいは1対1でも可)で話し合い(問題解決)や、実際の場面を作り演じるなどの練習(ロールプレイ)を行い、肯定的な評価をしながら本人の力量をアップしていくものです。(北川)
※SSTのロールプレイを、「実際の場面を作り演じる」のみならず、演劇として社会に精神障害への理解を訴える取り組みへと発展させたのが、まさにキラりん一座です。(黒田)

■リハビリテーション■
 可能な限り普通の社会的枠組みの中で、残された機能を最大限に発揮して、生活の質を高めることを支援する過程をいいます。デイケアや作業療法、レクレーション療法、集団精神療法、SST、家族教育プログラムなどがあげられ、これまでは、就労復帰、運動機能回復、退院後の在宅生活がそれぞれ注目されてきましたが、近年ではQOL(生活の質・人生の質)の向上、障害を受け入れ、主体的な人生の喜びと能力の回復をめざすことが目標とされるようになりました。当事者によるセルフヘルプ活動も、広い意味ではリハビリテーションに含まれます。(北川)

■統合失調症■
 脳神経系のトラブル(ドーパミン系のニューロンの過活動)で脳が異常に興奮した状態となるため、幻覚や妄想などが出現すると考えられている病気です。おおよそ100人に1人、思春期から30歳代ごろまでに多く発症します。幻視や幻聴などの「幻覚」、「妄想」、「焦燥感」、「精神運動興奮」(激しい興奮)、「奇異な行動」、「支離滅裂な思考や返答」などのほかに、「自閉」、「意欲の低下」、「情動の平板化」、「感情鈍麻」、「思考の貧困」、「緘黙」(話をしなくなること)、「意欲と発動性の欠如」、「注意力障害」(集中力低下)などの症状があります。抗精神病薬により症状が安定しますが、脳の不調で人とのかかわりや会話、柔軟な対応が苦手になるなど生活上の障害、社会の偏見から閉じこもってしまうなどの障害が生じることが少なくありません。(北川)

■うつ病■
日常的なストレスからくる悲しみや、不安・ゆううつな気分などのこころの状態がいつまでも回復せず、日常生活に支障をきたしてしまう病気です。「憂うつで、喜びも悲しみも感じられない」「 意欲がわかず悪いことばかり考える」「ぐるぐる思考に陥り、発想の転換ができない」などの症状があります。一生のうちに約12~15人に1人がうつ病になるとされるくらい誰にでも起こる可能性のある病気です。休養(何もしないこと)、薬物療法(抗うつ薬・抗不安薬・睡眠薬など)が治療の基本。一進一退を繰り返しながら快方に向かうため、自己判断で治療をやめないことが大切です。(北川)
※日本ではうつ病患者が急増中。治療はもとよりストレス社会をなんとかしましょう。(黒田)

■抗精神病薬■
抗精神病薬とは、「精神病に効く薬」という意味で、統合失調症、そう病、中毒性精神病などの精神病状態の治療に用いられ、幻覚妄想を抑えたり、精神興奮を抑えたりするのが目的です。その他、抗不安薬や睡眠薬などの薬もあり、症状に応じて併用されます。当然、副作用もありますし、病気を治すというよりも症状のコントロールが目的となります。(北)
※日本の精神医療の課題に、先進国でダントツの「抗精神病薬の多剤大量処方」があります。それを変えていくために、まずは当事者や家族が薬のことを学びましょう。(黒田)

■社会的入院■
病状が安定して入院の必要性が低いのに、家族の事情や地域の福祉体制の不備で療養先がないといった理由で入院を続けている状態。高齢者や精神疾患の患者に多いとされ、全国で10万人程度いるとの推計もありますが、2003年に厚生労働省では、精神障害者の入院から地域生活への政策転換を打ち出し、社会的入院の7万2000人について10年以内の解消を掲げました。最近の調査では、精神科病院の入院5年以上の患者が43%、20年以上の患者も15%を占めるという結果もあります。(北川)
※家族や社会の無理解で傷付き、短期の入院を繰り返すケースも、広い意味では社会的入院だと思われます。(黒田)

■障害者自立支援法■
「障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができる」ようにすることを目的とする法律です。障害者に費用の原則1割負担を求め、障害者の福祉サービスを一元化し、保護から自立に向けた支援をねらいとしています。 障害者がもっと働ける社会にすること、公平なサービス利用のための手続きや基準の透明化・明確化 、支援の増大する福祉サービス等の費用を皆で負担し支え合う仕組みの強化 などがあげられています。(北川)
by open-to-love | 2009-01-09 12:53 | 第8回例会:キララin盛岡 | Trackback | Comments(0)