精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


by open-to-love
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

カテゴリ:増野肇( 15 )

まっしー教授のサイコドラマ

サイコドラマとは:
 即興劇の形式を用いたグループワークで、ウォーミングアップと呼ばれるグループ作りから始まり、主役の選択、ドラマの形式へと進められます。ドラマという時間的にも空間的にも広がりのある自由な世界の中で、様々な状況を創造し、体験することで新しい自分の役割の存在に気づき、新しい行動や生き方を開発することができます。
 サイコドラマの第一人者である増野教授が来盛します。ぜひご参加ください。

『サイコドラマで新しい自分を発見しよう!』

日時:5月23日(日) 10:30~16:00 
会場:中央公民館 1階会議室(盛岡市愛宕町14-1TEL:019-654-5366)
定員: 20名 先着順 (受付開始は4月1日より)
参加費:5,000円 (お弁当・お茶・お菓子付)

講師:
増野肇:サイコドラマ・ディレクター
1933年東京生まれ
精神科医・ルーテル学院大学教授
著書に「森田式カウンセリングの実際」
「サイコドラマの進め方」「心理劇とその世界」他多数

申込み:事前にソアンに電話の後、参加費をお振り込み下さい。
振込みを確認した時点で申し込み完了となります。
※振込み用紙が当日の入場券となります。
振込先:岩手銀行 菜園支店(普)2004078 ソアン 佐藤充子(サトウミツコ)

問合せ:ソアン 佐藤充子 TEL:019-622-7689 http://www9.plala.or.jp/soin/ 

講演の案内『心と身体をつなぐメンタルヘルス』 ~ 心と身体のつなぎ方 ~

日時:5月24日(月)13:20~15:30
会場:盛岡医療福祉専門学校 MCL2階 (盛岡市大沢川原3-5-20)
講師:精神科医 増野肇  講演後、増野真理子(楽健法セラピスト)による楽健法体験
参加費:1,000円
問合せ:ソアン 佐藤充子  019ー622―7689
by open-to-love | 2010-03-21 18:39 | 増野肇 | Trackback(1) | Comments(0)
サイコドラマワークショップ「生きるチカラ第2弾 まっしー教授のこれがサイコドラマだ」を振り返って

 盛岡ハートネット主催で6月に行われた、精神科医の伯父増野肇のサイコドラマが、とても好評でしたので、今回はソアン主催(私のサロン)・ハートネットさん共催で10月5日、盛岡市総合プール研修室で行われました。

21名の参加者の中には、仙台や秋田の方もおられ、ほとんどが初体験なので、最初は何が始まるのかと、皆さん緊張の面持ち・・

伯父の「サイコドラマとは」と言う話から始まりました。
「人は人生の中でそれぞれの役割・・教師は教師らしく、母親は母親らしく、医者は医者らしくと役割を果たしているうちにそれが、自分の全てと思ってしまいます。サイコドラマはドラマと言う安全な場所で自分にはこんな素敵な面があったのだと、発見していくものです」

そして、自己紹介のあと音楽療法士の智田先生の音楽も加わりウオーミングアップ、イントロクイズや思い出の曲を話すうちカチカチだった皆さんの表情が次第に和らいでいきました。

コスモス作業所さんのお弁当を頂くころには、もうすっかり懐かしい友と話しているほどに打ち解けていました。

いよいよ午後はサイコドラマの始まりです。
そして、最初のの暗い緊張した表情が一瞬で輝いたりと、人は自分の気持ちを話し認めてもらうとこんなにも変化するのだと、思わされました。

参加者の方の感想をご紹介いたします。

Aさん:「自分でも不思議ですが、緊張していたとき○○さんと目が合って笑いかけてくれたり、お昼の時一人でいる自分に○○さんが話かけてくれたりと、自分を見てくれている人がいる、そういう方が周りにいることが、本当に本当に嬉しくて、いつもは悲しくて泣いていたのですが、久しぶりにうれし泣きしそうです」

Bさん:「本を読むと太陽が微笑みかけている・・なんて書いているけど信じられなかった、でも今はそれも有るんだなって信じられる」

Cさん:「皆さんの話を聞いているうちに自分と置き換えて考えていました。とても客観的に自分を見ていていました。こんなことは、今までに有りませんでした。」

会場が一体となり、皆さん一様に自分は一人ぼっちでは無いと感じ、心が軽くなったと笑顔で帰られたのが主催者として何よりの喜びでした。
そして、伯父が「自分は学会でとても疲れていたのだけれど、皆さんから元気をもらえた。だからサイコドラマは素敵なんだよね」という言葉が印象的でした。

※というわけで、ハートネット例会に引き続き、5日に開かれたサイコドラマのワークショップについて、主催されたソアンの佐藤充子さんから報告をよせていただきました。増野先生、また盛岡に来てくださいね!(黒田)
by open-to-love | 2009-10-09 11:06 | 増野肇 | Trackback | Comments(0)
生きるチカラ 第2弾 まっしー教授のこれがサイコドラマだ!!

a0103650_1240113.jpg


ご案内:6月に行なわれた盛岡ハートネット主催「生きるチカラ」が大好評につき、この度、サイコドラマのワークショップを開催することになりました。今回は、音楽療法士・智田先生をお迎えし、増野教授と共にさらに素敵なワークショップになることと思います。
心を開放し、本当の自分探しをしたい方、ご参加お待ちしております。

日時:10月5日(月) 10:30~16:00 (12:30~13:30 昼食)
会場:盛岡市立総合プール 1階研修室(本宮字松100-3 TEL:019-634-0540)
定員:20名 先着順 (受付開始は9月7日より)
参加費:3,000円 (お弁当付)

講師:増野肇:サイコドラマ・ディレクター
1933年東京生まれ
精神科医・日本ルーテル学院大学教授
著書に「森田式カウンセリングの実際」
「サイコドラマの進め方」他多数

智田邦徳:音楽療法士(日本音楽療法学会東北支部長
1967年秋田県生まれ。現晴和病院音楽療法士、岩手大学非常勤講師

申込み:事前にソアンに電話の後、参加費をお振り込み、または直接お持ちください。
振込みを確認した時点で申し込み完了となります。※振込みの用紙が当日の入場券となります。
振込先:岩手銀行 菜園支店 普 2004078 ソアン 佐藤充子

問い合せ ソアン 佐藤充子 TEL:019-622-7689 http://www9.plala.or.jp/soin/ 
主催:癒し空間ソアン : 盛岡ハートネット(共催)http://opentolove.exblog.jp/

次回ワークショップのお知らせ
増野親娘で行なう「スキンシップによる交流」の楽健法のみ盛岡で開催いたします。
日時:10月7日(水)13:00~15:30 会場:中央公民館 参加費:3,000円
講師;増野真理子(楽健法セラピスト)
by open-to-love | 2009-09-05 12:43 | 増野肇 | Trackback | Comments(0)
増野真理子さんの「楽健法ワークショップ」

スキンシップによる交流
病気の理解と楽健法でコミュニケーションを高める

講師:増野真理子
ホームページ、ブログ
http://www.h−pia.gr.jp/guide/mashino_mariko_3.html

7/8 水曜日 13時から15:30 中央公民館

7/9 木曜日 10:00から12:30 一ノ倉邸

参加費 1日4000円 2日7000円

持ち物 バスタオル、フェイスタオル、枕にするミニクッション

個別にも受けられます。
詳しいことはソアン
019−622−7689まで
by open-to-love | 2009-07-03 20:12 | 増野肇 | Trackback | Comments(0)
谷中輝雄編、吉村和哉、増野肇、近藤喬一、岡上和雄著『これからの精神保健・精神医療』
(『これからの精神医療』改題、れもんブックスⅣ、やどかり出版、昭和61年初版、平成3年改訂)

危機理論にもとづく精神衛生活動…増野肇㊦

4.危機介入のキーパーソン

(1)家族によるサポート

 自分で健康管理ができない人に対する危機介入では、キーパーソンの一番中心である家族がどうサポートするかということが重要である。そこで、家族会は単なる自分たちの愚痴を言い合う会ではなく、より積極的な支えの技術を開発して研修していく場になっていかなければならない。栃木県には、そういう意味で家族のグループがたくさんある。精神保健センターに集う人たちは確かに病院と違ってその歴史が若く、ボーダーライン的な人や東京へ行って挫折して帰ってきて、家の中に閉じこもっているような人の家族が多い。特にそのような家族とのかかわりは大事である。登校拒否や、自閉的な人たちの家族学級を続けているが、その中で危機における不安にどう対処するかという基本的なことを学習している。例えば、いろいろな問題行動、分裂病者の精神症状も病気の症状として見ないで、危機の時の助けのサインだと受け取る。そうすると、その危機は何だろうか。危機にはどのような助けが必要なのかという問題が出てくる。そういうことがわかってくると、家族は病気の症状が出てきたから病院だ、という考え方から、今何か苦しんでいるのだからそばにいてあげよう、という考え方に変わっていく。ここに至るまでには、家族も様々な過程を経なければならないが、これからは、ロールプレイやサイコドラマのような体験学習的なものを取り入れていかなくてはいけないであろう。
 「親業訓練」においてはロールプレイなどいろいろと取り入れている。家族学級でもサイコドラマをやっているので、「親業訓練」などのやり方を真似て、そういうものを通して家族がどう振る舞えるかを考えていくようにしたい。家族はどうしても子どもに侵入しがちなので、どう受け入れて子どもの話を聴くか、というあたりを徹底的に訓練しようという試みを行っている。

(2)安心を贈る

 もう一つ、病気への不安が強く、何かあるとまた悪くなったと考えてしまう。中井は安心を贈り続けることが必要だと言っている。安心を贈れないで、不安を送ってしまうから患者が悪くなるのである。安心を贈るにはどうしたらいいかというのが今の家族教室の中心のテーマになっている。
 全家連の「暁の扉に向って」の中の九州の奥さんの体験談は私を開眼させた。その奥さんは結婚して、新婚旅行でご主人が悪くなってしまった。ご主人はそれから何回も再発した。満州で何かの体験があったらしく、悪くなると眠れなくなって大騒ぎをする。そうすると病院に電話して入院させるということを繰り返していた。その人は悪くなると、家具を移動させるのが症状として出てくる。ある時、ご主人が家具を動かした時に奥さんは『とにかく夫は動かしたいんだから手伝おう』と考えて、手伝ってみた。一緒に箪笥を動かしたりするとその不安がおさまって、3、4日やっているうちに、『こんな馬鹿なことよそうよ、疲れるだけだから』ということでおさまったというのである。
 支え手側はこのような話を家族の人たちに伝えていくことが大事なことである。つまり、問題行動を症状としてみないことである。最初のころ、患者は、自分が悪くなりかかっていることがわかっているのである。そこで不安をおさえようと奥さんをみると奥さんが不安な顔をしてみている。奥さんから不安を送られていることになるから、ますます本人の不安は増大して、どんどん病気の世界に入っていったということがいえる。ところが、今回は奥さんがにこにこ笑って手伝ってくれた。それが安心を贈ったということになるのであろう。そこで、本人はそれを通して、不安がだんだん鎮まってきて、より健康な見方ができるようになったのである。このような支えは、家族でもできることだし、家族でやってもらわなくてはならないことである。
 このような話を聞くと、中にはすぐ真似する家族が出てきて、ある母親は患者がご飯をお椀があるのに自分の手にのせて食べている。ある母親はそれをやめさせるのに、自分も一緒に手にのせて食べたらしい。その患者は、「こんなことやめようよ」と言ってやめたという後日談もある。今流行の生活技能訓練は技術的になっているが、あまり技術的になってしまうのでなく、患者と同じ世界に入って、一緒のものを体験することによって、通じあえるものでないだろうか。

(3)生活を共にした人の理解

 私はかつて、モレノのサイコドラマ・セミナーに参加して、感銘を受けたことがある。モレノは患者のそばで、背中に手をあてている。そこで私も真似したら、患者の気持ちが非常によくわかった。患者がしゃがめば、こちらも一緒にしゃがむわけである。そうすると気持ちが通じてくるのである。患者の不安を理解するには眺めていてはだめである。前出の例で奥さんが一緒に箪笥を運んだ時に、夫にはその気持ちが通じてきたのである。今までの精神療法は患者と医者、カウンセラー、というような関係の中での理解であった。しかし、患者は身近な生活を共にした人の理解によって、不安が和らぐ感じをもつのであるから、家族でできることは家族でやっていくべきである。しかし、協力的な家族は、えてしてマイナスの効果を与えていることが多い。心配するあまりどんどん患者を悪くしてしまっていることが少なくない。家族会を見ていると、そこの技術が不十分である。語られる体験談を専門家が整理して、なぜよかったのかその意味を伝えていく努力が大切である。
 松田クリニックの松田先生が「川の字療法」ということを言われていたが、患者が回復していく過程で、患者を真中にして父親と母親で川の字に寝ると、効果があるという。これは育て直しの一種である。患者は非常によい子で、親に対して遠慮してきたために、親との充分な関係をもたずに育ってきた。充分な関係を与えられない親が多かった。そこをお互いにやり直すことによって、親も成長するし、患者も成長するというのである。

(4)精神衛生コンパニオンを

 これまで述べてきたことは、親だけでなく他のキーパーソン、ボランティアにも言えることである。ソーシャルワーカーや看護婦は、1人で50人ぐらいの患者を抱えているので、とても十分なフォローはできない。そこで1人が1人で関われる里親やキーパーソンの登場が待たれる。ことに親がいない人や親が理解のない人に対しては、そういう人が必要なのである。アリエッティは、「精神分裂病入門」の中で精神衛生コンパニオンを提唱しているが、これは日本にはないのでぜひ作りたいものである。ボランティアが一緒になって世界を広げていけるようなことが、これからの精神保健には必要なのである。
 栃木県でも、精神衛生コンパニオンを養成したが、失敗した経験をもっている。その後自閉症関係者のコンパニオンを作ったが、これは鹿児島県ですでに成功しているものである。大学の学生に呼び掛けて、親を助けて、一緒にキャンプに行き、そこに入りこんでいくような、「自閉症児と手をつなぐ会」ができた。幸い栃木県にも共同作業所ができたので、精神衛生コンパニオンがこういった共同作業所にも入り込んで一緒に活動できるような将来へ繋がりがもてるようなものを考えている。宇都宮大学の学生で、将来特殊教育をやろうというような人たちが、将来と結びつけた中でボランティアになる場合が多い。そういう意味では東京都江東区で活動している「友の家」も上智大心理学科の人たちが入りこんでやっているが、そんなことが一つのボランティアのきっかけと思っている。そういう人たちを通してだんだん世界を広げていくことができたらいいと思っている。そこでも、支えていくための技術として、精神療法の基本のようなものが必要だろうと思う。

5.精神衛生は楽しく

(1)ふれあいの場をつくる

 「いのちの電話」の利用者には精神障害者が多いという。病院へ行ったが、話を十分聞いてくれなかったとか、医者やケースワーカーに言われたことが納得できないということでかけてくるようで、精神障害者の大事な支えになっているようである。
 栃木県の精神衛生関連団体の連絡協議会は、いのちの電話、「栃木県ソーシャルクラブ連合会」の人たち、断酒会などが一緒になって作ったものである。みんなで共同作業をやる時は「いのちの電話」の主婦の人たちや精神障害者が一緒に話しながらやっている。このようにして、お互いが知り合うことが一番大切であり、偏見をなくす場になるのである。そういう意味で一緒にふれあいの場を作っていく必要がある。「やどかりの里」では、すでに近所の主婦が入りこんで活動して久しい。そういうことが、より広い分野でやれるかどうかということが、これからの地域の大事な問題であろう。そのためには、ふれあいをさらに深めるような合宿や相互研修の機会を多くしていく必要があろう。
 これらの組織化は専門家の仕事である。分裂病者は組織化が下手で、しかも活動の歴史性が薄い。決まったことを続けてやっていくことが苦手の人たちが多く、自分から求めて関係を作るということができないので、そういう場を保証していくことが必要である。
 現実の体験を集めて、それをどう技術化し、どう伝えていくかが大きな課題であるが、それには研修の方法をもっと検討する必要がある。民間の企業団体では、交流分析の方法を盛大に取り入れているが、ロールプレイや交流分析などの体験学習を我々の学習の中にもっと取り入れるべきであろう。分裂病の人が変わるには言葉のレベルではなく、体験的なものが必要なのである。

(2)行政を変えていく努力を

 このところ、精神保健に関するいろいろなシステムができてきている。厚生省の通院患者リハビリテーションであるとか、また、精神保健法の改正で共同作業所も地域差はあるが、かなりの勢いでできてきている。栃木県でもソーシャルワーカーの訪問制度や通院リハビリ制度などできてきているが、マンネリ化させずに活性化させ続けるのが専門家の責任であろう。通院リハビリシステムにしても、現状では欠点だらけである。行政がやればいろいろな問題が続出するのが通例である。問題がおきないようにするのは、行政ではなく、システムや施設活動の中に入っている専門家の責任である。専門家がもっと制度を生かして、問題を提起していかなければならない。私が行政の中で働いた経験からいっても、行政はそれほど管理的なものではなく、回りから動けばどんどん変わるところがあるのである。
 精神保健はショービジネスである。ショービジネスは楽しくなければいけない。私は、精神保健は本当は楽しいものだと思っている。辛いことしんどいことなのだと思ったら、誰もついてこないであろう。私は患者と一緒にいて楽しい。だから私がしている楽しい体験をどうしても皆にもしてもらいたいのである。

(3)分裂病の人たちから生き方を学ぶ

 現代の日本は技術化が進み、金銭中心になってきている。このことを精神衛生的に考えてみよう。例えば、登校拒否の人は本当は母親に構ってもらいたいのである。ところが親はそれを金を与えることですませてしまう。家庭内暴力をふるう人の要求がカセットからステレオになり、オートバイになって自家用車になっていく。しかも全然満足しない。つまり、金銭で得られる満足は、常に欲求不満を生むということである。現代の日本の社会は、金銭に頼り過ぎていて、金銭で自分のメンタルヘルスを得ようとしているから、共稼ぎまでしてお金を稼ごうとする。そして金銭を稼いでよい家にすもうとする。しかし、そういう欲求はどこまでいっても際限がないから、いつも欲求不満でイライラして精神衛生を悪くしている。
 ところが、人間関係の子育てでは、人間を育てながら一緒に自分も育てていくのである。これは金銭では得られない。働いて自分の楽しみをもちながら、自分も一緒に育ちながら、グループの中での楽しみを体験していくという生き方が、本当の楽しい生き方ではないであろうか。
 そういう生き方を、我々が教わるのは分裂病の人たちからなのである。私は分裂病の人たちがこの世の中にいる限り、ギクシャクした管理社会にならないですむのではないかと思っている。人間にはこんな優しいところがあるのだ、分裂病の人たちはそういうことを我々に教えてくれているのだ、ということをむしろ積極的にPRしていくべきであろう。
 現在では、分裂病の人たち同士の結婚もそう珍しくはなくなってきている。分裂病の人が男と女として、どうやって一緒に生きていくのか。これは未来の話だと思うが、我々がこれから子育てを終ってどんどん高齢化して、年をとって老夫婦ですごさなければならない。それをどうすごすのかということに繋がる。これは何も分裂病の人たちの問題ではなく、どうしたら男と女が協力しあってやってゆけるのかという基本的な命題であろう。そして、多分、分裂病の人たちの結婚を通して人間がどうやって生きていくかを、一緒に考えていけるのではなかろうか。結婚すれば当然子どもをもつことになる。これも大きな問題である。そこでも子育ての基本的なものが求められるであろう。子育ての中で何ができるかを考える原点であろう。
by open-to-love | 2009-06-24 19:41 | 増野肇 | Trackback | Comments(0)
谷中輝雄編、吉村和哉、増野肇、近藤喬一、岡上和雄著『これからの精神保健・精神医療』
(『これからの精神医療』改題、れもんブックスⅣ、やどかり出版、昭和61年初版、平成3年改訂)

危機理論にもとづく精神衛生活動…増野肇㊤

1.これからの精神医療

(1)これからの社会はどう変わるか

 現在の社会現象として、核家族化や高齢化社会が進んできているが、特に自然科学の発達により技術的な面が非常に強調され、人間的な面が置き去りにされてきているということがいえる。アメリカでは、集団精神療法がかなり重視され、体験学習も盛んに行われている。日本においても思春期を中心とした子育ての問題がいろいろ脚光をあびている。特に核家族化で子どもが少なくなると、子育てのチャンスが少なくなる。これは子どもを育てることが貴重になると同時に、子育ての機会が少なくなるから、簡単に切り捨ててしまうという面がでてくるかもしれない。精神障害者を家族にもつことは、子育てをもう一度体験する恵まれたチャンスという見方もできる。これは、本来は苦痛の体験ではあるが、それだけとは必ずしもいえない。子育てとは、子どもの成長と同時に親も成長することである。障害児とかかわることによって、自分も成長するチャンスをもてると考えることもできるのではないか。
 また、高齢化社会では子どもが少なくて、子育ての期間が短く、その後、夫婦がどう生きるか、平均寿命が延び、年をとってから我々がどう生きるかといった、子どもを除いた男と女の行き方が問題となる。今日離婚が増加し、子育てが終わった時に、女性が男性を見捨てて出て行くのがふえてきているようだが、その時に、男に一体何ができるのか、あるいは女はどうかという問題がおきてくる。これから、分裂病の人々が結婚し子どもを産むかどうかという時ハイリスクチャイルドの問題と同時に分裂病者の人々が、どうやって男と女として生きていくかという問題がおきてくるだろう。それは分裂病の人々の問題を考えることで、我々の時代の先取りができるのかもしれない。つまり、夫婦のあり方とか、男と女の行き方の問題がそこで提示される可能性が強いのである。

(2)健康の自己管理とサポートシステム

 医学は進歩したものの医療の高額化は果てしなく、その結果予防という精神衛生も含めた問題が大きな社会問題となってくる。ひとりひとりが病気を自分で防ぎ、自分で癒しそれができないものを従来の医療にかけるという考え方が出てっくる。そうして、防げる病気、防げない病気をはっきりさせ、防げない病気に対しては手厚い看護を提供し、防げるものに対しては徹底的に予防し、自分で健康管理していくのを援助していく方向が打ち出されるであろう。そしてそこにも精神衛生の問題が大きく関与するのである。
 その一つのあらわれとして、健康のための雑誌が売れていたり、IBDと呼ばれる民間グループ等の自己開発講座が盛んになってきていることが挙げられる。それは人間というものに興味をもって自分を変えていこうという関心のあらわれであろう。それは非常に贅沢な関心ともいえる。人々が今までのお金を中心とした関心から少しずつ向きを変えてきているからであろう。そういう中で、分裂病の人たちの健康の自己管理とその予防も考えていかなくてはならない。
 以前、あるシンポジウムで、分裂病の治療における母親的態度の必要性を述べたシュビングの話が出たことがある。分裂病も彼女ぐらい手厚く1対1で対応すれば治るのではないかという意見が出た。その時に、小比木先生が「そういうシュビングをたくさん作るのが我々の仕事だ」と言われた。しかし、精神科の専門家には限りがあるわけで、患者と比べてはどうしても限度がある。その場合のシュビングは精神科の専門家だけではなく、ボランティアから家族を含めたサポートが必要となりその人たちが、どう健康管理に関係していくかということが重要になってくるのである。

2.危機理論をもとに

(1)危機のサポート

 人間にはクライシスつまり危機と呼ばれる時があって、危機をうまくのりきった時には、その人は自我が強化されより健康になるが、のりきるのに失敗すると精神病への感受性がより強い状態になるということを想定したのが危機理論である。危機は、人生においては連続しており、それをのり越えられずに結果として分裂病や他の不健康の世界に入っていく場合と、自我を強化し成長していく場合とに分かれるのである。
 危機の時の心は揺れ動き、周囲から非常に影響を受けやすくなっている。その時に働きかければほんのわずかの力で左右できるので、そのようにして成長を助けて、支えて成長させるというのが精神衛生の考え方になると言える。何でもない時に、いろいろと動かそうとしても人間は変わらないけれども、危機の時には少数戦力で効果をあげることができるのである。
 病気は危機の一種である。病気を含めて、すべて人生は危機の連続であり、人々は危機を通して、成長したり、逆に不健康になったりする。そして病気を含めて、危機という広い概念で考える時、その支え手としては、従来のように医者中心での考え方では十分な対応ができないことが多くなる。従来から、現実に地域の中でも、何かあるとすぐ医者の判断や意見に従うという傾向が続いている。医療法では、医療は医者がやることで、治療契約の中では医者の指示に従わざるを得ないことになっている。しかし、何もかもすべて医者の指示を受けなければならないことになると保健婦を含めすべての支え手は危機の時に動けなくなってしまうという、それこそ危機的状況がおこってしまう。
 ところが、危機は人々の生活の中で日常的におきることであり、これを支えるか否かの判断は何も医者に頼る必要はないのである。危機へのサポートという考え方を取り入れた時に、精神衛生は医者中心の医療という狭い枠から離れて、危機を支えるという考え方になり、ソーシャルワーカーや保健婦でも一般の母親や家族でも誰にでもできることになる。これからはそういう視点でこの予防の考え方を取り入れていく必要があろう。もちろん、危機の中のごく一部の本当に病的な危機においては医者が必要であるが、実際はもっと幅広い、種々な危機があるわけで、それを通して予防や社会復帰過程の中で、人々が自我を強化していく必要がある。分裂病の人がより強い生き方をするためにどういう危機を設定していくかということは、共同作業所の活動や、就職の問題の場合においてもいえるであろう。結局は、医療の大衆化をめざすことになり、誰にでもできるのが危機のサポートであるということである。

(2)皆が参加する精神衛生

 危機にある時には視野が狭くなり、トンネルの中にいるような状態になる。そしてトンネルの出口にいるその人にとってもっとも重要な人物に影響され易くなる。その最も重要な人物は母親であるかもしれないし、あるいはソーシャルワーカーや保健婦、学校の先生かもしれない。そういういろいろな地域のキーパーソンを、全部精神衛生の中に巻き込むことによって、本来の精神衛生領域の少ないスタッフをさらに広げていくことができるであろう。しかも、この危機の支えは精神療法の基本的な知識があればできることである。危機介入ということが、これから問題になってくるが、それはそんなに難しいところまで、すなわち医者がやるところまで手を出す必要はない。例えば、その危機介入の最もモデル的なのは「いのちの電話」である。「いのちの電話」で一般の主婦がいくら研修を受けたからといって、そう簡単に専門的なことができるわけではない。そこでできるのは、ゆっくり話を聞いて相手を理解するということに徹して、傾聴するということであろう。そして、精神療法の基本は受け入れること、受入れられることによって自己表現でき、自分の中で何が辛いのかが言語化されることによって、そういうものから抜け出してゆくこと。あるいは、自分の中にあったいろんなコンプレックスを表現できるようになることである。これを安全にやっていくことである。このような考え方を基礎に置いて、危機理論、つまり危機のときは日常の中に種々あり、それは成長のチャンスでもあり、一方でより不健康になるかもしれない、その別れ道である。その時には周囲の人の影響を受け易く、影響を与える人物というのは、その身近にいるキーパーソンで、キーパーソンがちょっとした考え方をわかっていれば、各人は幾つかの危機をのり越えて、自分自身を強化していく方向に変えられるのではないか。そういうことによって、医者中心の医療からもう少し幅広く、皆が参加する精神衛生という世界を開いていかなければならない。

3.健康の自己管理

(1)セルフ・ヘルプ・グループ

 次に、自分で自分の健康管理がどれだけできるかということも重要である。危機をのり越える時は、非常に莫大な不安を持っていて、対人関係も苦手な人がいる。そういう時それをのり越えるのに2つの方法がある。1つは、自分自身でのり越えられるようになっていくことであり、もう1つは周囲からサポートしていくグループを作っていくことである。今まで活動しているセルフ・ヘルプ・グループの中でもうまくいっているのは「生活の発見会」(森田療法を自分たちで学習してノイローゼをのり越えようとしている人たちのグループ)と「断酒会」「A・A」である。これらのグループの特徴は、その人たちがエネルギーをもっていることである。神経質の人たちは本来「生の欲望」が強いから悩むので、悩むために何とか治そうとして、逆にそれに巻き込まれてノイローゼになっていることが多い。そこでそのエネルギーを正しい方向に向けていければ彼らは自分たちで治っていく力を本来もっているのである。
 アルコール中毒の人も、エネルギーを断酒の方向に向けることで、非常に良い作用を及ぼし、断酒会を通して、新しい自分の拠り所となる生き方を身につけることができるという簡単な誰にでもできる理論がある。森田療法自体は専門家による治療法で複雑なところもあるが、森田先生の考えている理論はわかり易い。「生活の発見会」の学習会のように、自分たちで本を読んで、どうしたらよいかというようなことを勉強しながらやっていけるのである。断酒会はもっと簡単で、酒をやめればいいのである。非常に単純な考え方だが、誰にでもできる考え方があり、そこに仲間がいるのである。「発見会」でも、「断酒会」でも仲間の中でグループの体験談を通して、自分がそこをどうのり越えたかという体験の交流が、重点をなしている。これは自分がよくなったという体験が、説得力をもっているのである。あまり酒を飲んだことのない医者や年中飲んでいるような医者が言っても、断酒にあまり効果がない。実際に心中一歩手前までいった人が、今、ここに、飲まないでいるという現実をみる時、百聞は一見にしかずで説得力もあるし、効果をあげるのである。森田療法でもそうである。不安神経症で一歩も家を出られなかった人が、今ここに来て会合に出て、どうやってそこを抜け出したかという、How To的なものを話す。それは、本で読んだり、医者が言うのとは違った説得力をもつのである。

(2)分裂病者のグループ

 さて、前述のようなグループが分裂病の人に、通用するのかどうか。なにしろ、彼らは強い不安をもち、対人関係が苦手な人たちである。ノイローゼの人は対人関係が苦手でも治ろうとする努力があるから、辛いのを我慢して会合に出る。分裂病の人は、そこのエネルギーがないし、不安の量も圧倒的に多い。したがって、そのような特性をもつ分裂病に通用する集まりを作っていかなければならない。森田療法の考え方の中でも例えば、不安に対する時に完全に不安をなくそうとするのではなく、あるがままにやる、物事本位に生きていくという生き方は不安の強い分裂病の人でも通用する面がある。しかし、不安な状況に思い切ってとびこむ恐怖突入などは、森田療法だからできるのであって、分裂病の人にはとてもできない。そこで、恐怖のレベルをずっとさげていき、段階的にやらなければいけないのである。しかし、分裂病の人にとっては、そこに集まれば、そこで憩えるという場所を作ることの方が大切である。つまり、不安が和らぐ場所をつくることが必要なのである。
 中井は、分裂病の行動型は野兎型で、自分の安心できる場所を地域の中に少しずつ広げ、ここが安心できるとそこから次の所に広げていくと書いておられる。分裂病者のセルフ・ヘルプ・グループの大きな意味は地域の中に自分の拠り所となる安心できる場所を作っていくことにあるのである。

(3)再発の不安におびえて

 今までのグループに欠けていたのは、この不安にどう対処するかという方法がないことである。How to とまでいかないまでもそのような考え方が理論化されていく必要があると思う。精神療法的に言えば、分裂病の人が不安を感じた時に、どれだけ自分の気持ちを表現できるかが重要である。中井は『分裂病の人はよくなってゆく途中で、身体的なものへの気づきが非常に強まる時がある。そういう時が、一つのきっかけになる』という。そうした自我感覚を敏感にしていくための訓練、あるいは、グループの話し合いのなかでそのようなテーマを取り上げていくことが必要である。例えば、作業ができなくなったのは、自分が再発したからであるが、再発の理由もわからないことが多い。そういう場合、眠れなくなっていたなどの、自分の身体の状態にもう少し気づくことが必要であろう。それは、強い不安が背景にあるのかもしれない。䑓は、複雑な理論で、やはり病識がないと言っている。しかし、私は精神療法的な考え方からいうと、不安が強すぎてそれが抑圧されていると考えている。岡上も分裂病の人と付き合っていると、再発の不安に怯えていることがわかると言っている。私も病識がないのではなく、むしろあり過ぎて、再発への不安が処理できないほど強く、かえって、薬を飲まないことや、病院に行かないことによって病気から遠ざかるといった考え方に支配されているところがあるのではないかと考えている。

(4)病気の自己管理を

 ある時、よくなっていた人が突然病院に訪ねて来る。「どうした」と聞くと、「ちょうど近くまで来たので」と言われる。私は「お、よく来たな、元気にやってるね」と帰してしまう。ところが、2、3日後にすっかり悪くなって入院して来るという体験が何回かある。数日前に助けを求めて来たのだが、その助けが言えない。助けを求めていることが、意識化されていなかった。そこをもう少し言語化できるようにするとよい。彼にとっては病院は安心のできる場だと思ってせっかく来たのに、不幸なことに医者が気づかずにそのまま追い返してしまった。そこで発病してしまった。
 薬に対する自己管理の問題について、最近は薬について教えているという医師も多くなっている。
 再発の原因を考えると、薬をやめたことによるものが多い。薬を飲むことが不安で、自分の病気を否定するために薬をやめて悪くなったと考えられる。また、そろそろやめた方がいいのではないかという時に、突然やめてしまったりして、発病するということもある。そこで、この薬の作用と薬をやめた時の自分の身体の変化について自分で気づきながらやめられるようになっていくことが必要である。つまり薬に対する自己管理ができるようにしていく必要がある。それは、「やどかりの里」などの報告に十分みられる。ソーシャルクラブの中でも、薬を飲まなかった人が周囲の仲間の話の中で薬を飲むようになったり、いろいろな不安を表現できるようになっていく。したがって憩いの場をたくさん作っていくということが健康の自己管理のための最低条件であると考える。
 ところで、やどかり出版発行の「やむこころからの提言」の中にも種々細かく見ていくと、いろいろな事実が出ている。中井が「精神科医療の覚書」の中で書いているように、江戸時代の農民が経験を集めた「農書」のように、いろいろな体験を集めて、整理して伝えていくことが必要である。

(5)グループ作りのHOW TOを

 今後の課題としてサポートグループを作っていくうえで、どうしたらそういうグループが成長するかを考えていかなくてはならない。その一つとして、一つ一つの閉鎖的なグループが、もう少し交流していかなければならないと考えている。栃木県では各保健所にいろいろなグループができていて、保健所や病院のグループが集まってトスカ(栃木県精神障害者ソーシャルクラブ連合会)という連合会を作って、交流の場をもっている。また、やどかりの里で全国の精神障害者の集まりである全国交流集会を行ってきたが、それは非常に貴重な場である。トスカでは1989年に第2回の全国精神障害者社会復帰活動連絡協議会の栃木大会を開催したが、この大会を通してメンバーは大きな力をつけ成長したのである。
 さらに、グループの組織化のHOW TOが必要である。「生活の発見会」の構造をみていると、3人、4人の世話人が集まるとそこで一つのグループができ、支部となっていく。その3人、4人の人たちが、本部の合宿に参加し、基本的な学習をする。それで、その人たちが中心となり、栃木県にも作っていこうというような形で始めていく。しかも、教えていくにはレジメがあって、どういうものを最初に教えるか、人が集ったらどう会を開いたらいいかなど、細かく示している。もちろん、これは神経質という非常に特別な性格の人たちだからできるのかもしれない。断酒会も5人組だとか、ある何人かが加わると株分けという形で新しいグループを作っていく。分裂病の人たちのソーシャルクラブを作るのに基本的に必要なものは何かについては、まだ体験的な段階で終っており。今後さらに整理されていく必要があるようである。
(㊦に続く)
by open-to-love | 2009-06-22 23:22 | 増野肇 | Trackback(2) | Comments(0)
増野肇著『森田療法と心の自然治癒力—森田式カウンセリングの新展開』
(白揚社、2001年)

はじめにー森田療法の広がり

 2000年という年になると、ミレニアムという言葉があちこちで用いられた。そして、その年が終わろうとするとき、次の年を前にして20世紀を振り返り、21世紀を展望しようとする企画や論述が多く見られるようになった。
 そのような時に、私は日本女子大学の定年を迎えることになった。まだ、他の大学ですべき仕事も残ってはいるので、たんなる通過点にすぎないと考えても良いが、人生の舞台が終わりに近づいていることは事実である。それが世紀を超えるということと重なるとなると、なんらかの感慨をもたらすことにもなる。
 小学校、高校、大学をともに過ごした親友の何人かが、世紀末に相次いで亡くなっていった。私の少し前の世代の人たちのなかには、戦争で友人たちを亡くし、自分は生き残ったという意味を深く考え、戦後の混乱のなかでの生きる指針の一つとしていった人が多い。その際、自分が亡くなった人たちのメッセージを伝える使命をもたされたと考えることになる。同じように、高齢化社会を迎えた現在、自分が生き残る側になった意味を考えるとしたら、それは定年という仕事から離れるときが相応しいのかもしれない。しかも、それが世紀を超えるというイベントと重なったとしたら、その意味は重要な気もする。そこで、世紀を超えられなかった人たちのことを思いながら、この過ぎ去った世紀を振り返るのも意義があるように思える。定年にはつきものの恒例の最終講義もそのために役立つことだろう。
 そこで最終講義という用意された舞台を前にして、20世紀を生きた自分を振り返り、歩いてきた道の意味を考えるとともに、これから迎える21世紀を展望してみようと考えた。このようなときに役立つ方法の一つが〈内観〉である。栃木県の喜連川にある〈瞑想の森〉での10年間の内観体験が思い出される。しかし、そのときに導いていただいた柳田鶴声先生は、2000年の3月に亡くなられた。その内観を勧められた村瀬孝先生も少し前に亡くなられた。
 そこで、内観に匹敵する技法として私が考案したサイコドラマの一技法であるマンダラのサイコドラマを自分に当てはめて考えて見ることにした。この方法は、胎蔵マンダラにおける、大日如来を取り巻く8人の仏や如来が並ぶ中台八葉院をヒントにして、主役を取り巻く7人の補助自我を設置し、それらと役割交換をして自分へのメッセージを考えるという技法である。それらの自分を支える7人の仏の言葉を聞いて、最後の8番目の未来の椅子を21世紀にセットしたとき、自分が何をすべきかが見えてくるだろうというのである。多くの人のマンダラのドラマを創造してきたが、自分のために試みるのも一興である。
 右前方に置かれた最初の家族の椅子には誰が座るだろうか。妻が思い浮かんだが、彼女にはダブルとして私の隣に座らせて、この世界につきあってもらうことにする。そうなると、開業医であって、長男である私を医学の道に引き込んだ亡き父ということになる。父親は無類の酒好きで、肝臓がんで亡くなることによって、私にアルコールとガンへの警告をするとともに、早く亡くなることで私が開業医を継ぐことを免除し、今の精神科医の道を開いてくれたことになる。人間味のある子煩悩の父親は、実現できなかった世界平和という誇大的な夢を持ち続けていて。それを私に伝えていたのだった。
 左側の友人の椅子には、父親的な厳しく辛辣な批評を忘れない朝日新聞で「天声人語」を書いてくれた白井くんと、母親のような思いやりで頼りない私をいつも支えてくれた南小倉病院長の矢内くんが、笑いながら「悪い奴が長生きするんだよな」と話し合っている。この2人を結びつけるものは、学生時代に熱中した慈恵ミュージカルであり、私のシナリオに、白井作曲、矢内演出のトリオを組んで学生時代毎年上演したものである。
 次の左前方の椅子には人生を導いた師が座ることになる。ここにも2組の師が登場する。片方は大げさに手を広げているサイコドラマのモレノで、その前にはにこにこ笑っているザーカ・モレノがいる。片方には、肘をついてこれもにこにこ笑っている森田正馬(まさたけ)を背に、こちらはやや皮肉な笑いを浮かべてこちらを見ているのが慈恵医大で指導を受けた高良武久教授である。サイコドラマと森田療法という2つの精神療法を私の指針として与えてくれた人たちである。モレノは「夢を実現するのがサイコドラマだ」と叫び、森田は「不安があっても良い、あるがままに物事本位に歩んでいきなさい」と教えてくれている。

 4番目の右手の椅子には人間以外の大事なものが置かれているのだが、森田先生に倣って青年時代に書き続けていた日記帳はすでに私にとってどうでも良いものになっている。そうなると劇団四季のジロドウの芝居とその舞台であろう。最初にジロドウに出会った第一生命ホール、子どもたちを連れていった日生劇場、そして新装なった現在の秋の劇場であろうか。田中明夫さんの「オンディーヌ」の侍従長が、「ドラマには腐った肉の匂いなどはない」とドラマの意味を説いている。それにロイド・ウエッバーのミュージカルを付け加えるならば、年老いたグリザベラが「いつかは誰もが年をとるのだ。定年とはその事実を受け容れることだ」と歌っている。
 斜め後ろの2つの椅子は、内面的な支えを示す椅子になっている。左後方の生きがいを示す椅子には、サイコドラマのグループで、主役のドラマの世界を描くために熱中している自分がいて、「サイコドラマによりグループはすばらしくなる。私はそれを皆に教えていかねばならぬ」と言っている。右後方のリラックスしている椅子には、日常のリズムを崩さずに目の前のものに手を出していく森田療法の〈日々是好日〉の世界にいる自分がいる。女子大のある西生田の自然がそれを助けてくれている。
 いよいよ最後の真後ろの席であるが、ここには過去のシーンから重要な場面を選ぶことになる。これがちょっと迷うが、慈恵ミュージカルの舞台で観客を笑わせている自分と、初声荘病院で鉄格子のない精神病院での治療共同体の実践に熱中し、新しい精神医療の始まりを宣言するのだと意気込んでいる若い自分が見える。もう少し目を凝らして見ると、迷子になった私を母が一生懸命探している。やがて、衆人の注目のなかで聞こえてくる音楽に合わせて一人で踊っている小さな私を見つけてほっとするとともに、なんというおかしな子どもだと後々の語りぐさにするのである。このようにしてみると、サイコドラマのスポットライトのんあかで主役を演じようとしている自分と、発展向上しようとする〈生の欲望〉に従って、この世に立ち向かおうとしている自分とがあることに気づく。
 このようにして、真正面の未来の椅子に座って自分のマンダラを眺めてみると、今これから書くべき主題は、サイコドラマか森田療法か精神分裂病の人たちということになる。分裂病理解のための「みんな一緒に生きている」の再版をちょうど20世紀の最後に書き終えたばかりで、残るのは森田療法かサイコドラマのどちらかということになった。
 ザーカ・モレノは80歳を超えてなお、元気にサイコドラマを指導している。2001年秋の芸術療法学会のゲストとして招聘する企画をたてたが、骨折をされたために実現できなくなった。経過は悪くないということなので、今回は実現しないとしても、近いうちに再会して、モレノとの思い出を十分に聞いておきたいと思っている。サイコドラマについてのまとめは、それからでも悪くないだろう。
 そうなると、1997年に亡くなられた高良武久教授のことが思い出される。先生は96歳まで診療に従事されていたが、最後の1年はご病気で、慈恵医大東京病院で亡くなられた。病気の姿を人には見せたくないからと見舞は断られていたが、介護の森口婦長さんを気遣って見舞ったときに、たまたま病状が急変されたのに主治医が見つからず、お孫さんに頼まれて、私が病床に付添うことになった。すぐに看護婦がきて適切な処置をとったが、それまでの短い間、脈をとり、背中をさすりながら励ますという役を勤めたことも一つの思い出となった。
 また、森田療法の拠点として長い間その役割を果たしてきた高良興生院が閉鎖された跡地を、外口玉子氏を理事長とする〈かがやき会〉に寄贈され、そこに精神病患者の授産施設〈街〉ベーカリー〈スワン〉が完成した。その洒落た建物の2階の一角に高良武久先生を記念して資料室を作ることになり、そのデザインを高良興生院に住み込んで森田療法の研修を続けてきた丸山晋先生らと担当することになった。その〈街〉が完成して活動を始めたのが、2000年の4月なのである。
 このような理由から、森田療法を主役として捉え、私がこれまでに出会ってきたいろいろな精神療法の観点から森田療法をとらえ直してみようと考えた。それによって、未来の21世紀に向けての森田療法の展望ができたら高良先生へのお礼にもなるのではないかと考えている。
 10年間、日本女子大学の社会福祉学科で教鞭をとってきたが、精神保健や精神医学の講座のなかで森田療法を必ず紹介してきた。そこで感じたことは、森田療法が多くの学生に新鮮な驚きと刺激を与えることであった。それは、森田療法のなかにある〈治そうとするから治らない〉という発想の転換にあり、同時に日常の生活のなかですぐに活かせる実用的でわかりやすい内容によるものであった。
 森田療法学会が組織されて18年になるのに、精神保健や福祉に関わる人でも、依然として森田療法を知らない人が多いという事実、しかし、それが学生にとっては、授業で教わるだけでも役立っていることが私にとっての驚きであった。本書が、森田療法の理解に少しでも役立つことができ、これからの広がりと発展のなんらかのヒントになることができれば幸せである。

本書の概要

 本書の構成は次のようになっている。最初の章では森田療法についての簡単な紹介をする。私と森田療法との出会い、森田療法についての説明、森田正馬の略歴、そして現代という状況の中で森田療法がどのような課題に直面しているかについて述べるという順になっている。この組み合わせは、その後の章でも繰り返されることになるだろう。
 第2章では森田療法とカウンセリングの中心的存在であるロジャーズとの関連について述べる。指示的な森田療法と非指示的なロジャーズとの違いということになるが、人間は受容されたときに、本来、自分で問題を解決できるというロジャーズの人間への信頼と、森田正馬が神経質者に見た〈生の欲望〉という向上発展への欲望との間には、非常に近いものがあるのではないかという論になっている。どちらも自然治癒力を考えていたのではないか。その点から、八木剛平氏の近著『ネオヒポクラティズム』との関係も考慮したい。また、精神療法の基本は、クライエントの受容にあるというロジャーズの考え方は、森田療法においても大事であり、そこから〈森田式カウンセリング〉という言葉が生まれたのである。
 第3章では、精神分裂病と森田療法との関係を考察する。私の精神分裂病との出会いから、その治療に積極的に取り組んでいった時代について、またその後の脳の科学にともなう分裂病のメカニズムの解明、ストレス脆弱説がもたらす影響、当事者が積極的に取り組めるようになったこと、ストレスコーピングの一つとしての森田療法の役割などが語られる。森田療法は神経症の治療であり、精神分裂病には適応できないという常識が訂正される時期にきているのである。
 次の第4章、第5章、第6章では、治療共同体、サイコドラマ、セルフヘルプグループといった集団精神療法と森田療法との関係が述べられることになる。
 第4章で取り上げる治療共同体の理念は、あるグループの中のコミュニケーションを多くし、豊かにすることが、治療的な雰囲気を作るということであるが、森田療法は作業や行動に重点を置き、不問療法といわれるように、質問は控えなければならない。しかし、森田療法の入院療法は、まさに入院生活そのっものが治療的な役割をもっている点で治療共同体なのである。コミュニケーションという面における相違点に加えて、ドラマ性と日常性という面での両者の対立があるようにも思える。
 そこで、次の第5章では、サイコドラマにおけるドラマ性と森田療法との関連が取り上げられることになる。森田とモレノという、それぞれの創始者には、意外と共通点が見られる。精神分析に対する態度、自己のエピソードについての積極的な開示などである。そして、サイコドラマと森田療法は、ともに行動を重視する体験を通しての治療だといえる。ただ、片方があくまでも日常のなかの体験であるのに対して、片方はドラマ的な体験、サープラスリアリティ(余剰現実)のなかでの体験が重要視される。
 サイコドラマの中心となる古典的サイコドラマにおいては、問題の解決が目標となる。それに対して、森田療法においては問題はそのままにして、目的本位であり、生の欲望に基づいたその人が本来目的とするものが働きかけの対象になるのであり、症状は取り扱わない。私が行っているオムニバス・サイコドラマやマンダラ・サイコドラマは、症状には触れずにその人のプラスの面を強調し、結果として症状を乗り越えるという役割をもっており、〈森田式サイコドラマ〉であるといえるのではないだろうか。そのような東洋的ともいえるサイコドラマの技法やそれがめざすものを紹介し、その意義を考察する。
 第6章では、グループに関するテーマの最後として、セルフヘルプグループとの関連を取り上げる。セルフヘルプグループ活動の先輩として〈断酒会〉と並んで〈生活の発見会〉があるのだが、そこで用いられている方法論は、精神病のセルフヘルプグループにも通じるものがある。医療の技術が進歩し、倫理の問題が不可欠になると、これからの医療は、セルフヘルプグループからのフィードバックを受け容れないと成り立たなくなるだろう。そのような意味で、セルフヘルプグループのもつ今後の医療における意義と、〈生活の発見会〉の実際活動が与える影響を考察する。
 第7章からは、栃木県精神衛生センターでの体験となる。しかし、危機理論との最初の出会いは、初声荘病院時代に新福教授の指導で行われたカプランの『予防精神医学』の翻訳と三浦半島での危機理論に基づく実験的な実践から始まっている。それを大きく発展させることができたのが、栃木県精神衛生センターにおける県レベルでの精神衛生活動であった。精神医療から精神衛生へと活動領域を広げたときに、多くのキーパーソンの教育に関わることになり、この理論が必要でかつ役立つようになってもきた。とくに、コンサルテーションの考え方に基づくシステムは非常に有用であり、家族教室や多くのセルフヘルプグループの組織化にも役立った。
 また、そのようなときに役立ったもう一つの理論が第8章のエリクソンの発達課題の理論であった。森田療法との関連では、絶対臥褥に見られる直面化には危機理論が通用する側面があり、発達課題においては、森田神経質の人たちがどの段階までの発達課題を達成しているかについて考察してみた。
 栃木県では、内観道場〈瞑想の森〉との出会いもあった。そこで、東洋的な治療法として森田療法とよく比較される内観療法と吉本伊信について第9章で取り上げることにした。内観と森田療法についてはすでに多くの場で語られているが、それを整理してみた。〈生活の発見〉と〈内観〉では目の付けどころが反対のように思えるが、症状以外のものに目を向けるという点では共通していると考えられる。
 第10章と第11章では、日本女子大に移ってからのテーマとなった。その一つは自然治癒力であり、八木剛平氏が唱える〈ネオヒポクラティズム〉の観点から森田療法をとらえようとした。現在、医療全体に革命が起きつつある。それは、専門家が治療をするという発想から、本人がもっている自然治癒力を援助するという、ヒポクラテス以来の原点への回帰である。ヒポクラテスが、ただ自然に見守っていたのに対して、ネオヒポクラティズムでは、そのメカニズムを明かにして、とくに新しい神経免疫学を背景に、人間の自然治癒力が有効に働くための状況作りに目を向けている。そのなかには、伊丹仁朗が森田療法をヒントに展開していった〈生きがい療法〉もある。これらの流れをとらえながら、そのなかで森田療法のもつ意義を考えていきたい。
 第11章は、ソーシャルワーカーの役割を考えてみた。女子大でソーシャルワーカー教育に関わってきたことと、そのなかで森田療法のもつ役割は、最初に述べた本書執筆の原点でもあった。同時に、現在の医療の変革と展開にソーシャルワーカーの果してきた役割と今後の医療における重要性にも触れることにした。
 最後の章は、歴史のなかで森田療法の位置を考えてみることにした。病気の原因を分析して、その除去を図るという医学の一つのいき方の代表として、精神分析を考えた。それは自然科学の発展を生み出すことになるのだが、一歩間違えれば「魔女狩り」にも発展する危険性をはらんでいる。権力と結びつきやすく、産業革命から資本主義、そして世界大戦へと結びついてゆく危険性を内部に含んでいる。これは男性的な中央集権的な文化であるともいえる。
 それに対して、森田療法、ロジャーズや治療共同体の考え方は、人間を全体としてとらえ、それがもっている本来の力に任せようとする動きである。奇跡に治療を任せるゲールの患者たちにも、ヨーク救護所を切り開いたチュークの思想にも、ハイヤーパワーに救済を委ねるセルフヘルプグループの考え方にも通じるものがあり、それが魔女狩りで迫害された女性文化なのではないだろうか。
 このようなことを考えながら、これからの21世紀を考えて見ようとしたのである。ここに登場する精神医療の人たちの出現と自分のこれまでの履歴とを重ねあわせ、世界史のなかで、どのようなことが生じているのかを眺めてみる。そして、現在の日本で生じている危機的な状態に、森田療法の果す役割を位置づけたいと考えたのである。十分な時間がなかったが、このテーマは、これからも持ち続けていきたいと考えている。
by open-to-love | 2009-06-07 20:08 | 増野肇 | Trackback | Comments(0)
谷中輝雄編、吉村和哉、増野肇、近藤喬一、岡上和雄著『これからの精神保健・精神医療』
(『これからの精神医療』改題、れもんブックスⅣ、やどかり出版、昭和61年初版、平成3年改訂)

目次
分裂病の臨床精神医学の展望…吉村和哉

危機理論にもとづく精神衛生活動…増野肇
1.これからの精神衛生活動
2.危機理論をもとに
3.健康の自己管理
4.危機介入のキーパーソン
5.精神衛生は楽しく

治療理論の統合化と構造化…近藤喬一

対談 変わる精神医療…岡上和雄、谷中輝雄

これからの精神保健…谷中輝雄
by open-to-love | 2009-05-25 19:43 | 増野肇 | Trackback | Comments(0)
 6月9日、盛岡ハートネット第10回例会「増野先生の講演&ワークショップ 生きていくチカラ」の講師を引き受けてくださいました増野肇先生が、ちょうどコンボ「こころの元気+」通巻27号(2009年5月号)

ワールドリンク26…ロシア

モスクワでのソシオドラマ「森田療法」を上演

増野肇(ルーテル学院大学)

■それはアムステルダムで始まった

 1989年の夏、オランダのアムステルダムで国際集団精神療法学会が開かれました。
 サイコドラマの創始者であり、国際集団精神療法学会の初代会長でもあったモレノの生誕100周年の記念大会でした。
 学会の懇親会が、アムステルダム市長の招待で、ダヴィンチなどの名画が並ぶ美術館の中で開かれたのが、なんともいえないぜいたくでした。
 私はその学会で、ソシオドラマで日本の高齢者がどのような待遇を受けているかを発表して、北欧の福祉国家と比較をしてみたのですが、同時に、「モレノと森田」というテーマでの発表もしました。
 サイコドラマの創始者モレノと森田療法の創始者森田正馬とは、精神分析のフロイトに対して批判的で、過去の出来事よりも現在を重視するところなど共通点があるという発表でした。
 ところが、この発表に目を留めて、モスクワから私に手紙をよこした女性がいました。モスクワのカレッジで臨床心理を教えているナタリア・セミノヴァさんでした。森田療法に関心があるので勉学したいということでした。ロシアでは森田療法はまったく知られていませんでしたから、ロシアの人に知ってもらうのにはとてもよいチャンスだと考えました。

■授業中にフランス人からの電話に驚いた

 ちょうど森田療法が世界的に関心をもたれるようになり、国際森田療法学会という組織が誕生し、浜松でその第1回の大会が開催されるところでしたそこで、この大会に参加されることを勧めたところ、「ぜひ参加したい」という返事をもらいました。
 ところが、その後、待てど暮らせど彼女からの連絡がきません。ペレストロイカが始まったばかりのソヴィエト連邦時代だったので、国外に出るのはむずかしいのだろうとあきらめていました。
 当時、宇都宮大学で教鞭をとっていた私の授業中に、一人の見知らぬフランス人から電話がかかってきました。日本で商売をしているフランス人だが、成田空港で一人のロシア人の女性を保護している。彼女はドクター・マシノの電話番号しか知らないというので電話をしたという内容でした。
 早速、私の家内が飛んでいってカルチャーショック状態のセミノヴァさんを宇都宮へ案内し、浜松の学会にも参加することができたのでした。ぎりぎりまで許可が出ないために、私たちに連絡ができなかったという事情だったのです。
 このときの私の家内の対応にたいへん感謝した彼女は、二人でロシアに来てほしいと招待してくれました。しかし、激動のロシアは、いつも何かしらの事件が起きますし、また、私の家内がガンを患って療養生活が続いていたこともあって、その約束を実現できないままに10年がたちました。

■セミノヴァさんが森田療法の大会で引き受けたこと

 セミノヴァさんは、その後も熱心に国際森田療法学会に参加を続け、ロシアでの森田療法の第一人者になりました。それが認められて、一昨年のカナダのバンクーバーで開催された国際森田療法学会では、6年後の次々回の大会長を引き受けることになりました。
 モスクワで初めての森田療法学会が開かれるのです。私もできるだけの協力をしようと考えました。バンクーバーでは、シナリオ・ソシオドラマの形式で森田先生の一生をドラマにして上演したのです。それは、森田療法がどのようにして森田先生によって創り出されたのかを、外国の人でもわかるようにドラマとして上演することが目的でした。
 私の下でサイコドラマを学んでいる人たちや、ルーテル学院大学の学生たちを集めてドラマの練習をしました。英語による解説と、晩年の森田先生の役を私が受け持ちました。そして、ドラマの最後は、天国から森田療法学会が国際的になったのを祝福するという筋書きでした。
 忙しい人たちが集まって練習するのですから、時間があまりありません。3回しか練習をしないで、後は本番ということでカナダに向かいました。前の日は、いまだに台詞が覚えられない人も多くパニック寸前でしたが、それこそ、「不安のままにあるがままにやればよい」という森田先生の教えに従って、何とか上演することができたのでした。

■モスクワ行きの計画を立てる

 さて、今回のモスクワ行きに踏みきるまでには時間がかかりました。ロシアという国に対する漠然とした不安が皆さんにはありました。何かが生じたら拘束されて帰れなくなるのではないかと心配する人もありました。カナダに比べて、旅費が倍ぐらいかかることも問題でした。
 主役の森田先生の役を演じ続けてきたのは、ルーテル学院大学での私のゼミで、最初に卒論を書いた大川ふみさんですが、彼女は学生時代から世界を放浪していって、カナダ行きも、韓国経由の格安航空券を利用しての参加でした。
 ところが、ロシアでは、すべてを一括して管理していくスタイルでないとむずかしく、英語がほとんど通用しないという理由から、団体旅行で行くしかないと、ロシア旅行の専門業者からもアドバイスされました。
 そんなわけで、学生はとても参加できず、広くロシア旅行をしたい人にも呼びかけてメンバーを集めました。クッキングハウスの松浦さんも協力して一緒に行くことになりました。
 森田先生が、学生時代の自分の神経衰弱克服体験が森田療法の創造につながったというエピソードや、「出家とその弟子」を書いた作家の倉田百三が雑念のために小説が書けなくなり、森田療法によってよくなったいきさつ、森田先生のすすめに従って日舞に熱中することで重症の手洗い強迫(手を洗い続けてやめられない症状)を改善した女性の事例、そして私自身が「森田式カウンセリングの実際」に載せた日記指導で改善した対人恐怖の女性の事例を並べて、森田療法の真髄は、不安を取り去ろうとはせずに、そのままにして、目の前にある必要なことに取り組んでいくことで、それが神経症を克服するのだというドラマ形式にしました。
 忙しい人が多くて、今回も三回ぐらいしか練習の時間がありません。そのなかで、少しはロシア語も入れようと、NHKのロシア語講座から言葉を取り出して台詞に入れたり、伊豆で人参ジュース断食を指導されている石原結実先生のエレーナ婦人がロシアの方なのでロシアへ里帰りを兼ねて、当日の舞台で解説をお願いすることができて、何とか、モスクワ上演へと持っていくことができたのでした。

■会場はかの有名なマールイ劇場のすぐそばだった

 モスクワといえば、演劇愛好者にはすぐに浮んでくる名前がスタニスラフスキーですが、私たちのドラマは、彼が活躍していたマールイ劇場の近くの文化センターでやることになりました。
 本場のボルシチを食べた後、劇場のまわりを散歩しました。ソシオドラマの上演では、森田先生を演じた大川さんの演技が大好評でした。
 日本のアニメが流行っているらしく、アニメの音楽を作曲している私のおいの名前を知っている女子学生がいたのには驚きました。 ドラマの中で、不安のままに行動していくうちに神経症がよくなり、文章を書けるようになったり、試験にパスしたりするシーンでは、ロシア語で、「チュード、チュード(不思議だ)」とやると拍手喝采でした。
 森田療法だけでなく日本の大学の事情などについてもいろいろと質問がありました。
 上演後、まだ明るい赤の広場を散歩しましたが、そこには、なんと、労働服のレーニンと軍服姿のスターリンがいるではありませんか。しかも、2組もいるのです。俳優が演じるそっくりさんたちで、謝礼を払えば写真を一緒に撮らせてくれるということで撮った写真を紹介します。
 500円払ってスターリンと握手をした私は、恐怖のスターリン時代が、もうすっかり過去になっていたのを実感したのでした。
 クレムリンの衛兵たちの交代風景を見たり、恋人たちが抱き合う公園でビールを飲んだり、美術館のように華麗な地下鉄の駅を体験してみたり、新しいロシアの一部を体験したのもよい思い出でした。
 翌日、サンクト・ペテルブルグを訪ねて、エカテリーナ宮殿やエルミタージュ美術館、そして、ドストエフスキーやチャイコフスキーのお墓を訪ねたのも、7度という真冬並みの寒さとともに忘れえぬ思い出となりました。
by open-to-love | 2009-05-17 21:17 | 増野肇 | Trackback | Comments(0)
増野肇著『不思議の国のアリサ—マッシー教授の精神保健講義』
(白揚社、1996年)

 女子学生アリサが新宿で迷いこんだ不思議の国。そこで出会ういろいろな事柄が、心の危機への対処法を教えてくれる。「不思議の国のアリス」を原型に、精神保健が楽しく学べる一冊。

目次
1 危機のトンネルのなかで
2 涙の湖のなかで
3 飲むのも食べるのも一騒動
4 芋虫から人生を教わる
5 森田館での体験
6 三月兎と帽子屋のパーティーで
7 にせ海亀の悲しみ
8 海老のダンス
9 箱庭で女王とデート・ボール
10 ハートの女王との対決
エピローグ 現実に戻る
by open-to-love | 2009-05-16 23:04 | 増野肇 | Trackback | Comments(0)