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日本の精神医療の問題点(蟻塚亮二『統合失調症とのつきあい方』)

蟻塚亮二著『統合失調症とのつきあい方—闘わないことのすすめ』
(大月書店、2007年)

6章 日本の社会と障害

●日本の精神医療の問題点―国会での発言

 あるとき国会に参考人として呼ばれた。国会なんてどこをどう行けばいいのか分からないので、友人に聞いた。「ああ、コッカイね、カスピ海のとなりだよ」。
 指定された委員会室には空席が目立ち、場の空気は無気力に支配され、よどんでいた。私は医療観察保護法案に反対の立場からの意見を求められていた。この法案によると、精神障害を抱える人で重大な犯罪を犯した者は特殊な施設に収容され、かつ医師が「再犯のおそれあり」と判断すると退院できない。「精神障害をもつ人の人権は憲法の規定を無視してでも制限してよい」という法理論的にも問題をはらむ法律だ。
 私の属する日本精神障害者リハビリテーション学会でもさまざまな論議が進行していたが、その当時私は過労性うつ病の状態で、学会での論議には参加しなかった。ほとんど病気で、詳しい条文を分析する余裕はなく、私は日本の精神医療システムの現状と不備を取り上げて政府の愚策を批判した。
 以下は、2003年5月20日の参議院法務委員会議事録から抜粋した私の発言部分である。日本の精神医療の不備な現状がわかっていただけると思う。不穏当な口調を改め、一部を削除し、その場で言い漏らしたことを追加した。

 私、疑問に思うんですけど、今の精神保健福祉法が実態としては入院手続法でしかない。そもそも、その前身である精神衛生法という法律がありましたが、その中身は入院の手続きでしかなかった。どこに衛生があるんだ? ということです。その骨格を今の精神保健福祉法がずっと引きずっていて、相変わらず入院手続法でしかない。私は精神衛生法が改められて、精神保健法ができるときに非常に期待したんですよ。というのは、精神保健法に衣替えするからには、たとえば欧米のキャッチメントエリア方式、人口30万をキャッチメントエリアというふうに決めて、その中で救急からリハビリまでをシステムとして整備するというような政策的なものが入るのだろうと思っていたら、ぜんぜん入らなかった。たかだか3種類の社会復帰施設が規定されただけで、がっかりしました。
 そういう点で言うと、この法案に、今、国際的な潮流になっている精神科地域ケア、これが触れられてもいないし、まったく担保されていない。そういうことが非常に問題です。だとすると、今回の法律を作ったとしても対象となる患者は地域に帰って手厚くケアされるということがないわけだから、今回の法律もまた入院手続法になっちゃうんだろう。結局、この法律の対象になる方は長期入院を繰り返す、悪循環を繰り返すことになると思います。
 それから、これは日本の政府がおかしてきた非常に犯罪的な問題だと思いますが、日本の精神科ベッドは人口1億2千万に対して33万あるわけです。英国は人口5500万に対して精神科のベッドは2万5千程度しかない。日本の人口は英国の人口の倍ですから、もしも日本に英国並みの地域ケア・システムがあれば、日本で必要なベッドは5万か6万もあればいいわけですね。
ということは、33引く5は28だから、27〜28万の人たちが理由もなく精神病院に抑留されているわけですよ。本来、心の病気も体の病気も同じ病気であるはずなのに、精神の病気にかかった人は社会から切り離されて精神病院に長期抑留される。こんなことがあっていいのですか? 憲法違反です。この責任は政府が取らなきゃいけない。ハンセン病の場合と同じです。
 何でそうなったかというとわが国の精神病床の9割が民間精神病院によって運営されていますが、これは政府が責任を放棄してきたことにほかならない。世界中の国の中で精神医療を民間に丸投げした国というのは、日本しかないんです。英国で鉄道や水道を民営化したあのサッチャーですらも、精神と高齢者にかかわる医療は民営化しちゃいかんと絶対手をつけなかった。しかるに精神医療を民間に丸投げして堂々と続けてきたのが日本の歴史的な誤りだ。そのことがわが国の精神科の長期入院を生み出した。
 民間病院というのは、私も民間病院に勤めていますが、患者さんを一生懸命退院させようとすると、ベッドががら空きになりますね。がら空きになった分、収入は減るんですよ。そうすると人件費を出せない、だから安易に長期入院が増える、そういう仕組みになっています。だから精神医療は民間でやっちゃいかんのです。
 つまり、消防とか警察を民間にやらせたらどうなりますか? 消防が人件費をまなかうために自分が火をつけて走り回ればもうかる、それでやっと人件費を出せる、それと同じですよ。そんなばかなことを日本の政府はずっとやっってきたわけだ。そういう、精神科医療の民間依存体質を変えなきゃいけない。
 かりに民間に丸投げするにしても政府のやり方はあんまりだ。精神科病院の医療収入は他の一般病院の収入の半分ですよ。これでは、十分な医師・看護師その他をそろえて、いい医療をやれないのではないですか。逆に言うと、日本政府は、精神科の患者と精神科の病院とを、ともに「安かろう悪かろう」の状況に押し込めて、患者を治らない様に、長期に入院するように、退院しないように、病院はかろうじてつぶれないようにと、意図的にやってきたのではないか。こんなやり方はあまりにもひどい、世界中の物笑いです。
 1968年にWHOから派遣されたD・H・クラーク博士が、日本の精神医療の改善勧告を日本政府に提出しています。クラーク博士は日本の民間精神病院はよくなっていると、肯定的に評価していた。その上で、民間病院が精神医療の多くを担うにしても、診療報酬を上げること、特に外来診療の診療報酬を保証せよと勧告したのです。しかし、厚生省は露骨にこの勧告を声明まで出して無視したわけですね。自分からWHOに精神医療の改善勧告をだしてくれと依頼しておきながら、出された勧告を否定するという、なんとも失礼なことを厚生省はやったのです。これが問題です。だから丸投げされた民間中心の精神医療も、劣悪で安上がりのものになっている。
 厚生省による「病院への患者閉じ込め」政策にも関連して、地域で精神障害を抱えて生活している人たちに対する福祉的なサービスですが、これがまったく進歩していない。全国でいわゆる社会復帰施設のある市町村というのは1割しかないわけですね。そのような地域にどうやって「触法」といわれる人たちを帰していけるのか? 絶対に無理ですね。
 ということは、今の精神保健福祉法というのは、例えてみると穴のあいたバケツですね。穴のあいたバケツから水が漏れるものだから、仕方なくてまたちょっと小さめの穴のあいたバケツで補おうというのが今回の法律だと思うんですよ。何やっておるのかと思いますね。
 高木先生も言われましたが、地域のサービスを充実させれば、初犯は減ります。(中略)再犯は高木先生が言われたように、一般よりも低いわけですから、何らこの法律は必要ないと思います。
 結局、そうなってくると、この法律のめざすところというのは、相も変わらず安上がりの収容を続けることだろうかというふうに勘ぐりたくなりますね。
 それから今度の法案では、坂口大臣が言うには、1つの県に1つか2つの特殊な施設を作るということなんですけれど、問題が多々あります。1つは、手厚い医療をやるんだというが、医師が足りない。日本の精神科医というのは全医師数の中の4%でしかない。精神病床が33万、つまり全病床の25%くらいのベッドを4%の精神科医がカバーしている、これがそもそも無理なんです。
 何でそうなるのかというと、医学教育の中で精神医学に割ける時間数というのは4%ぐらいしかないんですね。医師の国家試験の中でも、産科、婦人科、小児科、内科、外科、公衆衛生は基幹科目とされていますが、そこに精神医学は入っていないんです。だから、精神科医になろうという人が少ない。そこは文部行政から直さないといけない。そしてなんとかして、精神科医の数を10%から12%くらいまでに増やしてほしいと思っています。
(中略)
 帰るべき家を持たない、仕事もないという状態で、精神病院に長期に入院しておられる方がたくさんいます。彼らは、もし治れば、病院を出て行かなきゃいけないし、看護してもらえない、ご飯も食べれない。そうすると、より精神病らしく振る舞うことを含めて「患者の役割」に安住する人が増えます。患者らしく振る舞い続けることが許される世界に安住していると、引き換えに、人間としての責任や義務、尊厳を失うことになります。
(中略)
 そもそも医療の世界においては、医師には治療をする義務があり、患者には治療を受ける権利と回復するために努力する義務があります。ところが、精神病らしく振る舞うことが許される世界では、上からの管理という締め付けが強くなり、患者さん自身の権利とか義務などという、医療の基本的な枠組みが見失われがちになります。精神病院は、そういう人間としての尊厳の基本に関わるものを、患者だということで剥奪しがちです。これが問題だというふうに思っています。同じようなことが、今回の法律の対象とされる人においても起こるのではないか。つまり犯罪を犯した患者さんにおいても、正当な治療を受ける権利と、回復するために努力する義務があるわけですが、それらがあいまいにされる危険をはらんでいる。
(中略)
 以上のように、別に保安病院とか新しい施設を作らなくてもいい。作ることの弊害のほうが大きいわけであって、むしろ地域を中心とした医療に、日本の精神科医療を再編成し直すことのほうが大事だ、そのことによってしか今回の問題は解決しないだろうと思っています。
 それから最後に、配布しました資料の「精神障害をもつ犯罪者のリハビリテーション」という英国の文献、これは私たちが訳した本の一部ですが、その188ページの8行目のところを見て欲しいんですが、「ある場合には20人以上の担当ワーカーが彼女のケアに動員されることも珍しくなかった」とあります。
 1人の、いわゆる犯罪を犯した患者さんのために、英国では必死になって地域で頑張ってケアしているわけです。そのときに、1日に20人以上も一生懸命走り回ってケアしたということですよ。
 そのようなことが果して日本でできるのか。できないですね。日本では、普段でも到底そんな地域ケアのシステムがないんだから、まして、法務省の一般犯罪者の厚生を目的にする保護観察所が今でさえ手一杯なのに、そこがこの法律の拠点になるなんていうことではまず絶対無理だと思います。以上、まだ言いたいことはいっぱいありますが、時間なので終ります。ありがとうございました。

 精神医療に関する限り、こんな国は人類の歴史上でかつてなかった。医療や福祉に割くお金を削り、経済競争力の向上と拝金主義だけを信じる日本はこれでよいのか?

※明快、かつ、シャープ。なるほどです(黒)
Commented by 蟻塚亮二 at 2011-05-15 18:31 x
私の書いた「統合失調症とのつきあい方」を引用していただいて有難うございます。震災大変ですね。弘前に50年ほどいました。時々のぞかせてください。
by open-to-love | 2008-10-18 20:01 | 心神喪失者等医療観察法 | Trackback | Comments(1)