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自殺予防の十箇条

自殺予防の十箇条
  どのような人に自殺の危険が迫るのか

 自殺が起きる背景には、うつ病、統合失調症、アルコール依存症、薬物乱用、パーソナリティ障害などの心の病が隠れていることが圧倒的に多いのです。ところが、生前に精神科に受診していた人はごくわずかというのが現状です。
 うつ病を例に取ると、今では副作用の比較的少ない安全な抗うつ薬も開発されていますし、性格上の問題に働きかけていく各種の心理療法も編み出されています。怖いのは、心の病にかかったことではなく、それに気づかずに放置しておくことなのです。最悪の場合には自殺さえ生じてしまいます。そこで、働き盛りの人々の自殺に密接に関連する、うつ病やアルコール依存症に焦点を当てて、どのような人に自殺の危険が迫る可能性が高いのか考えていきましょう。

Ⅰ.自殺予防の十箇条

 働き盛りの自殺を予防するためには、悩みを抱えた人が必死になって発している救いを求める叫びを的確にとらえて、早い段階で治療に結びつけなければなりません。とくに注意すべき点を次の十箇条(いわゆる危険因子)にまとめてみました。

1)「うつ病の症状に気をつけよう」

 気分が沈む、涙もろくなる、自分を責める、仕事の能率が落ちる、仕事が手につかない、大事なことを先延ばしにする、決断が下せない、これまで関心があったことにも興味が沸かない、不眠が続くといった典型的なうつ病の症状に注意しなければなりません。

2)「原因不明の身体の不調が長引く」

 うつ病というと感情や思考の面に現れる症状ばかりに関心が向きがちです。しかし、同時に、身体の症状もしばしば現れてきます。たとえば、不眠、食欲不振、体重減少、疲労感、頭重感、めまい、動悸、便秘、下痢、間接痛、性欲低下、呼吸困難など、さまざまな症状が現れます。ところが、一般の人は、これがうつ病の症状であるとはなかなかすぐには気づきません。その結果、精神科以外の科に受診することになります。中高年では実際に重症の身体疾患が隠されていることもあるので、ぜひ検査を受けてください。ただし、検査を繰り返しても、明らかな異常が見当たらないのに、それでも身体の不調が続く場合は、うつ病の可能性を考えて、精神科に受診してください。

3)「酒量が増す」

 とくに中高年の人で、これまではちきあい程度であったのに、徐々に酒量が増していく場合は、背後にうつ病が潜んでいる可能性があります。飲酒をすると、一時的に気分が晴れることを経験しているために、抑うつ的になった人が、ついつい酒に手を伸ばすことがあります。飲酒によって不眠が改善すると信じている人もいます。しかし、アルコールは長期的にはうつ病の症状をかえって悪化させてしまいます。また、酩酊状態で自己の行動をコントロールする力を失い、自殺行動に及ぶ人も多いのです。なお、単に飲酒量が増えたというだけではなく、酒がないと生活できなくなったり、身体的な問題が出てきたり、対人関係に問題をきたしたりして、アルコール依存症の診断を下される状態になると、問題はさらに深刻になります。

4)「安全や健康が保てない」

 自殺は突然、何の前触れもなく起きるのではなく、自殺に先立って、安全や健康が保てなくなるといった形の行動の変化がしばしば出てきます。たとえば、糖尿病でそれまではきちんと管理できていた人が、食事療法も、薬物療法も、運動療法も突然やめてしまったりすることがあります。インスリンを多量に注射することさえあります。まじめな会社員が、借金をするようになったり、何の連絡もなく失踪してしまったり、性的な逸脱行為を認めたり、いつもは温和な人が酒の上で大喧嘩をしたり、全財産を賭けるような株式投資に打って出るといった行動の変化を、自殺の前に認めることもめずらしくありません。

5)「仕事の負担が急に増える、大きな失敗をする、職を失う」

 年間総労働時間が3000時間(月間250時間)を超えると、過労死や過労自殺の率が3〜5倍も高まるという調査さえあります。企業の安全配慮義務は裁判でも指摘されています。従業員が心身の疲弊をきたさないような労働条件を備えるとともに、不幸にして発病した場合には早期に適切な処置をとることを企業は求められています。また、マスメディアなどでもよく報道されていますが、仕事一筋でこれまでの人生を送ってきた人が、仕事上の大きな失敗をしたり、職を失うといった場面に遭遇して、自己の存在価値を失い、急激に自殺の危険が高まることがあります。

6)「職場や家庭でサポートが得られない」

 自殺は孤立の病であると指摘した精神科医もいるほどです。未婚の人、離婚した人、配偶者と死別した人は、結婚していて家庭を持っている人に比べて、自殺率は3倍以上も高くなります。職場でも家庭でも居場所がなく、問題を抱えているのに、サポートを得られない状況でしばしば自殺は生じます。

7)「本人にとって価値あるものを失う」

 それぞれの人にとって特別な価値があるのを失うことの意味について十分に考えてみなければなりません。家族の死や仕事上のスキャンダルに巻き込まれるといったことが、自己の全存在の否定につながり、生きる価値さえ見失いかねません。ただし、これはすべての人にとって同じような打撃になるのではなく、その人その人にとっての意味をよく考える必要があります。

8)「重症の身体の病気にかかる」

 2)で取り上げたのは、うつ病に伴う身体症状ですが、働き盛りの人の場合、重症の身体疾患にかかることがそれまでの人生の意味を大きく変化させることにつながり、自殺の危険を高める結果になる場合もしばしばあります。

9)「自殺を口にする」

 これまでに挙げてきたような項目を数多く満たす人が「自殺」をほのめかしたり、実際にはっきりと口にした場合は、自殺の危険が非常に高くなっています。「死ぬ、死ぬ」と言う人は本当は死なないと広く信じられていますが、これは大きな誤解です。自殺した人の大多数は、最期の行動を起こす前に自殺の意図を誰かに打ち明けています。これを的確にとらえられるかどうかが自殺予防の重要な第一歩になります。また、誰でもよいから「自殺したい」と打ち明けたのではなく、これまでの関係から、「この人ならば、絶望的な気持ちを受け止めてくれるはずだ」という思いから、死にたいという気持ちを話してきたのです。打ち明けられた人はまず徹底的に聞き役に回って下さい。話をそらしたり、批判したり、安易な激励をするのは禁物です。

10)「自殺未遂におよぶ」

 さらに、自殺未遂にまで及んだ場合は、緊急の危険が目前にまで迫っています。その時は幸い救命されたとしても、再び同じような行動に出て、実際に自殺によって命を失う危険がきわめて高いのです。この段階にまで至ったら、ただちに専門家による治療が必要です。首をくくる、電車に飛び込むといったきわめて危険な行為は誰もが真剣に受け止めます。しかし、手首を浅く切る、薬を数錠余分に飲むといった、それ自体では死に至らない自傷行為でも、長期的には既遂自殺につながる危険が高いことを忘れてはなりません。

Ⅱ.自殺の直前のサイン

 さて、自殺の直前にはどのような行動の変化が現れるのでしょうか。結論を先に述べると、これまでに説明してきた危険因子を数多く満たしていて、潜在的に自殺の危険が高いと考えられる人に、何らかの行動の変化が現れたならば、すべてが直前のサインと考えるべきなのです。
 自殺に至るまでには長い道程があり、この準備状態が重要です。直前のサインは自殺につながる直接の契機とも言い換えられます。準備状態が長年にわたって固定していき、自殺の引き金になる直接の契機はむしろ周囲から見ると些細なものに思える出来事である場合のほうが圧倒的に多いのです。
 このような点をまず指摘したうえで、自殺の直前のサインを取り上げてみましょう。いくつかは十箇条の項目と重なりあっています。

●感情が不安定になる。突然、涙ぐんだり、落ち着かなくなり、不機嫌で、怒りやイライラを爆発させる。

●深刻な絶望感、孤独感、自責感、無価値感に襲われる。

●これまでの抑うつ的な態度とはうって変わって、不自然なほど明るく振る舞う。

●性格が急に変わったように見える。

●周囲から差し伸べられた救いの手を拒絶するような態度に出る。

●投げやりな態度が目立つ。

●身なりに構わなくなる。

●これまでに関心のあったことに対して興味を失う。

●仕事の業績が急に落ちる。職場を休みがちになる。

●注意が集中できなくなる。

●交際が減り、引きこもりがちになる。

●激しい口論や喧嘩をする。

●過度に危険な行為に及ぶ。(例:重大な事故につながるような行動を繰り返す)

●極端に食欲がなくなり、体重が減少する。

●不眠がちになる。

●さまざまな身体的な不調を訴える。

●突然の家出、放浪、失踪を認める。

●周囲からのサポートを失う。強い絆のあった人から見捨てられる。近親者や知人の死亡を経験する。

●アルコールや薬物を乱用する。

●大切にしているものを整理したり、誰かにあげてしまう。

●死にとらわれる。

●自殺をほのめかす。(例:「知っている人がいない所に行きたい」「夜眠ったら、もう二度と目が覚めなければいい」などと言う。長いこと会っていなかった知人に会いに行く)

●自殺についてはっきりと話す。

●遺書を用意する。

●自殺の計画を立てる。

●自殺する予定の場所を下見に行く。

●自傷行為に及ぶ。

 このようなサインのひとつひとつを取り上げると、人生のある時期には誰にでも起こり得ると思われるかもしれません。また、このうちいくつ以上を認めればただちに自殺が起きると予測できるというわけでもありません。総合的に判断するのが重要であり、前述した十箇条の項目のうち数多くを認める、潜在的に危険の高まる可能性のある人に、以上のようなサインをいくつかでも認めたら、自殺が実行に移される危険は高いと判断すべきです。救いを求める叫びとして真剣にとらえて、専門家による治療を受けるようにしてください。
 今では効果的な薬や心理療法が各種開発されています。怖いのは、心の病にかかったことではなく、それと気づかずに放置し、適切な治療も受けないことなのです。

(高橋祥友著 新訂増補『自殺の危険 臨床的評価と危機介入』金剛出版、2006年)
by open-to-love | 2008-07-15 23:16 | 自殺未遂/自殺 | Trackback | Comments(0)