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風化させるな宇都宮病院事件

風化させるな宇都宮病院事件
(宇都宮地方裁判所 1986(昭和61)年3月20日 判決)

 宇都宮病院事件が発生し20年が経過し、同事件を知らない看護者が多くなっていることに筆者は一抹の危惧を抱くものである。なぜなら、それは看護職員が起こした大変残酷な事件であり、国の内外から日本の精神科医療に対する批判が集中し、その結果として当時の精神衛生法が患者の人権尊重を基本にした精神保健法へと改正(1987年)されるに至った、忘れてはならない事件だからである。
 1984年、栃木県宇都宮市の報徳会宇都宮病院で発覚した事件はあまりにも大きく、法に触れた問題だけでも、①看護職員による入院患者リンチ殺人事件、②無資格者による検査・診療、③極端な医師・看護不足、④患者の使役、⑤通信・面会の自由を剥奪、⑥不必要な強制入院、⑦不正経理(患者から預かっていた現金をどんぶり勘定で処理し、現金は3300万円も不足していた。また、生活保護患者の看護料を不正請求し、1億円を騙し取っていた有印私文書偽造、同公使、詐欺)、⑧知事の認可を受けないで施設を病棟として使用、⑨脳の違法摘出(死体解剖保存法違反)、⑩人件費の水増しなどで2億円の所得隠し、などがあった。栃木県警は347人を取り調べ、石川院長をはじめ9人が逮捕され、送検された被疑者は延べ111人、17の罪名で立件された。(1)
 ここでは、この事件の中でも特に「入院患者リンチ殺人事件」について改めて検討することで、人権侵害事件の再発防止になることを願うものである。

1)事件の概要
 裁判記録(2)にできるだけ忠実に、暴行の状況を詳細に再現する。
 被告人A(看護助手として1981年1月から勤務)は、1983年4月24日午後4時過ぎごろ、入院患者K(当時32歳。統合失調症で1969年12月から措置入院)が食事に少し手をつけただけでほとんど食べないのを見かけ、「食べなきゃだめだ」と注意しながらKの頭を左手拳で2〜3回殴打したところ、Kが「食いたかねえんだ」と答え、Aの「捨てるんじゃない」という言葉を無視して残飯入れに捨ててしまったことに腹を立て、Kの頬を右手拳で2〜3回殴打しようとしたところ、Kはさらに殴打されるのを避けようとして、Aの、数日前に怪我をして包帯をしていた右手首を掴んだため、Aはその右手首に痛みを感じ、また、多数の他の患者が見ている前でKに抵抗されたため、看護人としての面子をつぶされたと感じ、その制裁としてKに暴行を加えようと決意し、Kの腰のあたりを2回、力をいれて回し蹴りし、さらにKの手をつかんで隣接する小ホールに連行し、「何で手を離さなかったんだ、怪我をしているんだぞ」と怒鳴ったが、Kが「食いたかねえんだ」と見当違いの返事をしたためますます興奮し、思い切り回し蹴りした。
 この様子を看護人室で見ていたB(看護助手として1983年2月から勤務)、C(躁病で1981年3月から入院していたが、事件当時は、院長に命じられて看護助手の手伝いをしていた)、D(1983年1月から看護助手として勤務)も小ホールに駆けつけ、何が原因か具体的にはわからなかったが、KがAの指示に従わなかったため制裁として暴行を受けているものと考え、自らも看護人ないし看護人手伝いとしてAに加勢してKに制裁として暴行を加えようと決意し、まずDが、Kに対し、「何をしたんだ」と問いただしたのに、KがDの顔を見返しただけで何も答えなかったので、その態度を反抗的と感じて殴りかかった。その間にAは、リネン室から金属製のパイプを持ち出し、Kが「助けてくれ」と哀願するにもかかわらず、これでかわるがわる殴りつけた。Kが大ホールに逃げるのをAはさらに追いかけまわして小ホールに連れ戻したが、その際にAは椅子につまづいて転んだため、多数の患者の見ている前で恥をかかされ、このままでは示しがつかないなどと考えてますます激昂し、Kを徹底的に痛めつけてやろうと考えるようになっていった。Kが「痛え。やめてくれよ。助けてくれよ」などと泣き叫ぶのをかまわず、Kの肩の上に乗って肩車をするように命じたが、弱っていて立ち上がることができなかったため、床の上に四つん這いにさせ、背中の上にサンダル履きのまま飛び乗って3、4回踏みつけた。B、C(80キロの体重)もこれに続いて同様に踏みつけた。Kは重さに耐えられず床の上にうつ伏せにつぶれてしまったため、Cは弾みで背中の上で正座する形になり、Kは背中に打撃を受けた。さらに、A、Bはうつ伏せになったKに尻の方から乗って腰、背中と踏み歩き、ついにKはうめき声も上げなくなって、その場にぐったりと倒れていた。しばらくして自力で立ち上がり、小ホール内にあるベッドに腰をおろしたが、Cは後ろから蹴りつけて突き落とし、横向きに倒れたKに飛び降り、暴行を加えた。
 Kは暴行を受けた後しばらくは床に倒れ込んだまま立ち上がることもできずにいた後、ようやく立ち上がって自力でどうにか自室に戻り、上半身を投げ出すようにベッドにうつ伏せに倒れ込み、同室の患者たちに仰向けに寝かされたが、腰や脇腹あたりを抑えて苦しそうに顔を歪めながら、「ウー、ウー」とか「痛え、痛え」とうめき声を上げ、水を要求したので患者の1人が飲ませてやったのにほとんど飲む力もなく、やがて口から血混じりのよだれをたらしたり、血混じりの便をした。同室の患者たちはKの背中をぬれたタオルで冷やしたりしたが、次第に動かなくなり、脈をとっても触れず身体も冷たくなった。午後8時ごろ看護人を呼びに行き、Aらが駆けつけて人工呼吸や吐物の吸引などをしたが、蘇生しなかった。
 以上の暴行により、Kの背部及び腰部等に多数の打撲挫傷、筋肉挫滅等の障害を負わせ、よって、同人をして、同日午後8時ごろまでの間に、同病院内において、上記障害にもとづく外傷性ショックにより死亡するに至らしめた。
 判決は、傷害致死、暴行行為等処罰に関する法律違反でAが懲役4年、Bが懲役3年、Cが懲役3年、Dが懲役1年6月であった。(B、C、Dは執行猶予。Cは犯行当時躁病のため心神耗弱の状態にあったとした)。

2)争点と裁判所の判断
(1)暴行と死亡との因果関係
 被告人A、Cの弁護士は、「本件暴行当時のKの健康状態はクロールプロマジン(CP)等の向精神薬の長期に亘る大量投与により、肝障害、血圧下降、皮膚炎等の全身にわたる広範囲な副作用によって侵されていて、これらの副作用を抑えるためにカルニゲンのような血圧上昇剤を投与しなければ正常な心肺機能を維持できない状態にあり、現に薬疹が治癒しておらず、食欲も減退するなど体調に異常をきたしていた」とし、暴行の内容も必ず死に至るような程度のものではないので、「Kの死因は右被告人らの暴行による外傷性ショック死ではなく、それ以外のCP等の向精神薬の副作用による突然死、てんかん発作、抗てんかん剤の副作用等の可能性を払拭できない」と主張した。
 これに対して裁判所は、①Kの受傷前の身体的健康状態に急死するような問題はなかったこと、②Kの死亡は向精神薬の非投与前に発来したこと、③頻回かつ強力な暴力を連続的に受けたこと、④受傷後、暫時経過後にショック状態に陥り、3時間半ないし4時間で死亡したこと⑤鈍的外力の作用痕跡が明確に存在していたことから、Kの死亡と本件暴力との因果関係は認めざるを得ないと判断し、死因は①外傷性ショック、②後腹膜下出血、③脾臓ないし肝臓ないし腎臓破裂にもとづく出血死、④腸間膜動脈破損にもとづく出血死、⑤外傷に起因する吐物吸引による窒息死、の5つの可能性があるとした。
(2)量刑の理由と病院の状況
 精神科病院内で、本来患者を保護すべき立場にある看護人(助手)が無抵抗な患者に対し暴行を加え死亡させるに至ったことは、極めて重大な犯罪である。しかし裁判所は、その背景にある宇都宮病院の経営の実態、看護・治療体制の問題も考慮すべきとして、以下の点を指摘した。
 ①院長の経営姿勢は、980人の患者を収容し、徹底的に人員の削減を図り、常勤医の数を極端に少なく抑え、無資格の看護人を積極的に雇い入れ、安い給与で有資格者同様の職務に従事させるというものだった。
 ②院長は、回診の際、患者を蔑視するような言動が多く、病院批判をした患者は、長期間保護室に入れたりしていた。
 ③患者に対しては、作業療法の名目で配膳の仕事から看護人の手伝い、各種検査まで行わせていた。
 ④入院患者の中には、薬物中毒等の治療・看護のむずかしい患者が多数存在したにもかかわらず、医師、看護人がはなはだしく不足していたので、看護人らの間には、患者に対し威圧的に押さえ、暴力もやむなしとの風潮が生まれ、院長もこれを黙認していた。
 ⑤看護人が患者に対して暴行を加えることが相当頻繁に行われ、患者らは看護人を恐れていた。
 ⑥看護人らは、病棟内の秩序を維持するために患者に対し威圧的な態度で押さえつける以外になかった。
 ⑦同病院は、まったく経験のない無資格の看護人を積極的に雇い入れ、何らの適切な教育、訓練を施さないまま勤務させ、先輩から「患者になめられるな。言うことを聞かない患者は殴ってもよい」と教えられ、暴力的な体質を当然とし、批判すると解雇されるという状況であった。
 ⑧しかし、あまりにも残虐かつ執拗な暴力を長時間にわたって続けたのは、私的制裁の色合いが濃厚である。

3)判例からの学び
 宇都宮病院事件は、精神障害者の人権が無惨に踏みにじられた許されざる事件であった。本件では、K氏のみでなくもう1人の死亡患者O氏に対する暴力も問われたが、O氏の死因と暴力行為との因果関係が認められなかったので、ここでは触れなかった。しかし、暴力行為が行われたことは事実である。裁判の記録には、目を覆いたくなる事実が描写されている。平素おとなしい人であったというAをこのような変貌させたのは何だったのだろうか。
(1)宇都宮病院事件以降もつづく入院患者への暴力事件
 残念なことは、宇都宮病院事件後もなお、精神科病院の不祥事が毎年のように発生していることで、新聞紙上に掲載されたものだけでも多数にのぼる。宇都宮病院事件のような暴行死事件も、1997年に山本病院事件と大和川病院事件があり、入院患者の人権はいまも守られていない状況にあるといっても過言ではない。
 精神科病院での入院患者に対する人権侵害、特に暴力行為はなぜ発生するのだろうか。理由として、①看護者の中で患者の人権尊重の意識が低下している、②精神科病院内が密室で、そこで発生したことがなかなか第三者の目に触れない、③家族も病院にお任せで、患者の人権侵害に関心が及ばない、④患者から訴えられない、⑤精神科病院では、職員の人数が一般病院に比べ少ない(精神科特例)、などが考えられる。このような状況が今後も継続するであろうことを懸念するのは、筆者だけではあるまい。
(2)精神科病院の人権侵害をなくすために
 いま、精神科看護に携わっている人々の力で精神科病院での人権侵害をストップさせなければならない。そのためには、何をなすべきか。1999年の精神保健福祉法の改正では、精神保健指定医の役割を強化した。しかし、それで十分とはいえない。なぜなら、その後も不法拘束などが継続しているからだ。
 精神科病院に勤務する看護者は、自分が人権侵害行為を行っていないかを常に点検する必要がある。暴力行為だけが人権侵害ではない。不当な隔離・拘束はないか、任意入院の患者は本人が望めば退院できるような状況であろうか、望むときは外出することができているだろうか、などを点検することが必要であろう。
 点検事項を整理してみると、以下のようになる。
 ①入院患者の意思は尊重されているだろうか。
 ②入院患者の行動の制限は、治療上必要最小限だろうか。
 ③いま実施している行為は患者の人権を侵害する行為ではないか。
 ④いま行っている行為は社会規範に合っているだろうか。
 ⑤患者の日常生活の自由はどこまで保障されているか、されていないことは何か、それはどうしてか。
 宇都宮病院事件では、院長の精神医療に対する姿勢に問題があったことは明確である。しかし、このリンチ殺人事件では院長の刑事責任は問われていない。それは実行者ではないからである。院長の姿勢に暴力を容認するムードがあったにせよ、看護行為の判断は各人がしなければならないし、その行為の責任は行為者がとらなければならない。したがって、いま行っていることは患者の人権侵害になっていないか、看護者自身が点検する必要がある。
 私たちの手は「患者の人権侵害」という色に染まっていないか、いま、改めて確認しよう。
〈引用・参考文献〉
(1)橋本聡:宇都宮病院その後、法学セミナー増刊 総合特集シリーズ37 これからの精神医療,p.33,1987年
(2)刑事裁判月報18(3),197,1987年
(「裁判事例に学ぶ精神科看護の倫理と責任」精神看護出版)
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by open-to-love | 2008-01-07 21:55 | 事件 | Trackback | Comments(0)