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大阪池田小事件による報道被害に関する調査

大阪池田小事件による報道被害に関する調査(全家連企画部・報道被害調査担当)

 池田小事件直後から全家連にはマスコミ報道による地域社会への影響を危惧する声や深刻な不安の声が数多く寄せられた。報道による被害の実態を明かにするため、医師・患者・家族への調査を行った。

はじめに
 2001(平成13)年に大阪教育大付属池田小で起こった児童殺傷事件は、想像を絶するほど悲惨なものでした。その悲惨さゆえ、事件は新聞、テレビ、週刊誌などで大きく取り上げられ、ことさら容疑者の精神科への入・退院歴や診断名についての情報が飛び交いました。このような状況のなか、事件直後から全家連の相談室には、精神障害者本人や家族などから「自分も精神科にかかっているというだけで容疑者と同じようにみられてしまうのではないか」「周囲の人に危険な目で見られている気がして外出したくない」「精神障害者社会復帰施設建設反対運動が起こってしまった」といった相談が数多く寄せられました。そのような事態を重く受け止めた全家連では、この事件の報道を精神障害者本人やその家族、あるいは精神科医がどのように感じているのか、そしてまたこのような報道によってどのくらいの人が精神的・身体的苦痛を被ったのかということについて、調査を行いました。

調査方法
 調査は、事件から1カ月が経過した7月中旬に行われました。院内に家族会のある精神病院・診療所(全国に計284病院)のうち、趣旨に賛同して調査に協力していただいた122病院に対して、郵送で実施しました。
 まず、各病院で外来の患者さんを最も多く診察している常勤の医師を3人(計366人)選び、調査担当医になっていただきました。そして、病院ごとに調査日を設定し、その日に外来受診した精神分裂病などの患者さんのうち受診時間の早い順に10人(計1220人)を選んでいただきました。
 調査は、各病院3人の医師がそれぞれの担当患者さんについて回答する医師調査と、対象患者さん本人が自記式で回答する家族調査によって実施されました。本人調査と家族調査の調査票は、受診者が患者さんであれば患者さんを通して家族に渡してもらい、受診者が家族であれば家族を通して患者さんに渡してもらいました。
 回収率は医師調査62・6%(229票)、本人家族調査41・5%(506票)でした。この本人・家族調査の506票のなかには、本人票・家族票のいずれかのみが回収されたものも含まれていますが、手続きに誤りがあった7病院から本人票と家族票がペアで回収されなかったため、正確には回収率はこれより若干下がると考えられます。なお、本人調査・家族調査の回答数はそれぞれ436人・388人でした。

調査結果
 対象者(本人・家族)の属性は図1に示した通りです。

図1−1 対象者の属性(本人調査)
男性 267人(61・2%)
女性 165人(37・8%)
その他・無回答 4人(0・9%)

30歳未満 69人(15・8%)
30歳以上45歳未満 193人(44・3%)
45歳以上60歳未満 132人(30・3%)
60歳以上 36人(8・3%)
その他・無回答 6人(1・4%)  合計436人

図1−2 対象者の属性(家族調査)
女性 222人(57・2%)
男性 145人(37・4%)
その他・無回答 21人(5・4%)

60歳未満 140人(36・1%)
60歳以上70歳未満 121人(31・2%)
70歳以上80歳未満 91人(23・5%)
80歳以上 14人(3・6%)

精神的・身体的症状
 本人調査と家族調査の結果から、事件後、報道の影響と思われる何らかの精神的・身体的症状が見られた人は本人38・0%(165人)、家族39・4%(154人)でした。具体的な症状を図2・図3に示しています。
 また、今回の事件報道を見聞きしたことによって、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と類似の症状が見出された人が、本人で15・7%、家族で12・0%いたということが明かになっています(ただし、事件報道を見聞きしたという出来事がPTSDの診断基準の定義を満たしているわけではないので、単純に、PTSDになった人がいた、という結論にはなりませんので注意が必要です)。具体的には、本人・家族とともに、「事件報道については考えないようにしている」「事件報道のことは、もう忘れてしまうようにしている」「事件報道については話さないようにしている」といった事件との接触の忌避行動や、「報道された事件のことを思い出すと、そのときの気持ちがぶり返してくる」「事件報道について、感情が強くこみあげてくることがある」といった強い感情の高まりなどを主な症状として挙げた人が多くいました。

図2 事件報道による影響(本人調査)
症状が不安定になった=9・2%
眠れなくなるなど生活リズムが乱れた=7・3%
今までやっていたことをする気になれなくなった=13・5%
病気や障害について深く考え悩んだ=25・9%
他人の目が気になり外出が嫌になった=11・2%
近所の人と人間関係がうまくいかなくなった=4・1%
家族や親戚と人間関係がうまくいかなくなった=4・6%
友人・知人と人間関係がうまくいかなくなった=4・6%

図3 事件報道による影響(家族調査)
眠れなくなるなど生活リズムが乱れた=8・5%
今までやっていたことをする気になれなくなった=7・2%
本人の病気や障害について深く考え悩んだ=30・4%
仕事や家事などを休みがちになった=3・1%
近所の人と人間関係がうまくいかなくなった=3・4%
家族や親戚と人間関係がうまくいかなくなった=3・4%
友人・知人と人間関係がうまくいかなくなった=2・6%

(注)図2は上5つが「精神的・身体的症状」、下3つが「人間関係の悪化」を、図3は上4つが「精神的・身体的症状」、下3つが「人間関係の悪化」を示しています。

人間関係の変化
 本人調査、家族調査などから、事件後、近所の人や家族・親戚・知人などとの人間関係が悪化したと答えたのは本人11・0%(48人)、家族7・5%でした。人間関係悪化の相手としては、本人では「家族や親戚」(4・6%)、「近所の人」(3・4%)、「友人・知人」(3・1%)の順でした。

院内で見られた事件報道による患者への影響
 医師調査の結果から、事件後、事件や事件報道の影響を受けて症状や人間関係が悪化したり深く悩んだりした患者さんがいたと答えた医師が1人以上いた病院は92病院中83病院(90・2%)でした。
 具体的には、「自分の病気や障害について深く考え悩むことがあった患者さんがいた」(73・9%)、「他人の目が気になったりして外出が嫌になった患者さんがいた」(63・0%)、「再発というほどではないが症状が不安定になった患者さんがいた」(57・6%)、「眠れなくなったりするなど生活のリズムが乱れた患者さんがいた」(50・0%)などが多く見られましたが、深刻なケースとして、「自殺した患者さんがいた」(1・1%、2人)、「入院・再入院した患者さんがいた」(16・3%、24人)「再発した患者さんがいた」(13・0%、21人)なども見られました。なお、ここで深刻なケースに記された人数は、調査対象である229人の医師が受け持つ患者さんの総数(約17765人)中の人数を意味しています。

図4 院内で見られた事件報道による患者への影響(医師報告)
入院・再入院した=16・3%
再発した=13・0%
再発というほどではないが症状が不安定になった=57・6%
自殺した=1・1%
眠れなくなったりするなど生活リズムが乱れた=50・0%
自分の病気について深く考え悩むことが増えた=73・9%
他人の目が気になって外出が嫌になった=63・0%
近所の人との人間関係がうまくいかなくなった=26・1%
家族や親戚との人間関係がうまくいかなくなった=31・5%

表1.患者への特に深刻な影響(医師報告)
症状       人数  病院数    %
自殺した      2    1  1・1
入院・再入院した 24   15 16・3
再発した     21   12 13・0
(注)人数は、医師回答のあった92病院の各1〜3名の医師計229人の医師が受け持つ患者の総数(17765人)中の人数。病院数と%は図3の再掲

偏見の強まり
 本人調査、家族調査、医師調査から、今回の事件報道により、「精神障害者や精神科通院者に対する偏見が強くなった」・「どちらかといえば強くなった」と答えたのは、本人57・1%(248人)、家族53・7%(210人)、医師72・1%(165人)でした。

まとめ
 精神科に通院している患者さんやその家族のなかには、今回の報道の影響を受けて精神的・身体的変化や人間関係の悪化を報告した人が数多くいました。また、診療中に事件報道の影響と思われる何らかの訴えをしてきた患者さんがいると答えた病院は9割を超えていました。なかには事件報道の影響を受けて自殺や再入院、再発するといった深刻なケースも見られました。さらに、患者さん・家族・医師ともに半数以上の人が、今回の事件報道で精神障害に対する偏見が強まったと感じています。これらのことから、今回の事件報道が精神障害者や精神科通院患者に少なからず悪影響を及ぼしていることが明らかになりました。このような事実を受け、今後の事件報道のあり方を再検討する必要性があるといえるでしょう。
(季刊『Review』2002 No.38 特集「池田小学校事件」)
by open-to-love | 2007-09-17 00:00 | 池田小学校事件 | Trackback | Comments(0)