精神障害がある当事者、家族、関係者、市民のネットワークを目指して


by open-to-love
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

社会的「ひきこもり」の現状と必要な援助サービス

社会的「ひきこもり」の現状と必要な援助サービス〜川崎市精神障害者社会復帰ニード調査による分析(大島巌 東京/全家連保健福祉研究所 東京大学精神保健学分野)

はじめに
 ここでは「ひきこもり」を、日々の生活のなかで特定の社会的役割を持たない人たちとする。このような人たち(以下「ひきこもり群」)の現状と福祉ニーズは従来あまり注目されてこず、その全体状況はほとんど明かにされていない。本稿では、川崎市で行われた精神分裂病者を対象とした全市的調査(川崎市社会復帰ニード調査)から、「ひきこもり」の人たちの特徴を明らかにするとともに、障害者本人および病院スタッフ(主に主治医)の回答から必要な援助施策について示唆を得ることにする。
 なお本稿で用いた調査は、川崎市内の全精神科医療施設に通院し、かつ市内に住所を有する精神分裂病者(国際疾病分類9版)の3分の1無作為標本(685人)を対象に、1993(平成5)年7月から8月にかけて実施された。対象者本人が回答する本人調査と病院の担当者が回答する従事者調査がいずれも自記式で行われ、559人(81・6%)から回答を得ている。調査の詳細は別文献1)、2)をご参照願いたい(筆者は調査実行委員会事務局の一員として調査実施を担当した)。

「ひきこもり」の割合
 特定の社会的役割(「正規の社員・従業員」や「家事・家業を手伝う」「デイケアに通う」「憩いの場、患者同士の集まりに通う」など)を持たない人たちを「ひきこもり群」としたが、調査では17・7%が「ひきこもり」となった。
 他地区の同様の調査では、概ね10%〜20%が「ひきこもり」である。

※各地の調査における「ひきこもり」の割合(「ひきこもり率」)※
全家連家族調査(1991)対象者・対象数:家族会員がケアする在宅患者(n=4180)「ひきこもり」の割合:24・4%
北九州市調査(1993)通院分裂病(n=1224)24・4%
石川県調査(1995)通院分裂病(n=458)9・0%
福島県調査(1996)通院分裂病(n=1891)16・2%
埼玉中央保健所調査(1996)通院分裂病(n=302)15・2%
本調査(1993)通院分裂病(n=559)17・7%

「ひきこもり」群の特徴
 表2には、「ひきこもり」の割合(「ひきこもり」率)を、基礎属性や病歴別に示した。まず性別では男性の「ひきこもり」割合が高い。これは、女性に家事役割従事者が多く「ひきこもり」群が相対的に少ないことを反映している。また年齢別には、30歳代と60歳代に「ひきこもり」率が高い。家族同居の有無では、単身居住者群(単身群)の「ひきこもり」率が24・2%と高い。なお、家族同居群と単身群では病歴等で異なった特徴があり、表2はこの2群を分けて示した。
 「延べ入院回数」を見ると、全体としては「6回以上」の「ひきこもり」率が23・1%と高く、入院回数の多いものに「ひきこもり」群が多いことがわかる。一方、単身群に限ってみると、これまでに入院歴のない「入院なし」の53・3%が「ひきこもり」群であった。また、病状の安定性を表す指標として「最近5年間延べ入院期間」を見ると、全体として5年間に1年以上の入院期間がある病状不安定な人たちに「ひきこもり」率が高いことがわかる。しかし、これも単身群に限ってみると、5年間に「入院なし」という病状の安定した群にも「ひきこもり」率が高い。

「ひきこもり」群の生活状況
 表3には、「ひきこもり」群の生活状況を日中の活動状況が異なる他群と比較して示した。「住居の形態」では、「木造アパート」が4割近くある。これは「ひきこもり」群に多く含まれる単身者の傾向を反映している。また、主な生活費援助方法については、「家族の援助」と「生活保護」が多い。それぞれ、家族同居者と単身居住者の傾向を反映した結果である。
 一方、「本人の力になってくれる人の数」については、「ひきこもり」群が1・5領域と少ない。これに対して、社会参加能力では「ひきこもり」群に近接すると思われるデイケア・作業所群は2・8領域と「ひきこもり」群の2倍近い。身体合併症については、「ひきこもり」群の40・4%が合併症を持っていた。また「通院に対する態度」を見ると、「自分から進んで通院」は69・7%で他の役割状況にある人たちと比べて際立って少ない。これは、「ひきこもり」群の家族同居者が60・7%と低いことを反映しており、同じ「ひきこもり」群でも単身者は自ら通院するものが93・8%あった。

「ひきこもり」群が必要とする援助サービス
 「ひきこもり」群は日中の活動状況によって分類したものだが、まず、この群の「活動の場」をどのように変更したらよいのかを検討した。
 図1は、従事者判断で適切な「活動の場」を選んだ結果である。「ひきこもり」群は「現状のままでよい」が約3割であり、残りの7割は「活動の場」の変更が必要と判断されていた。これは、デイケア・作業所群も同様だった。「ひきこもり」群にどのような「活動の場」が必要かについては、選択肢の各項目がほぼ均等に選ばれている。そのなかで、他群に比べて多いのは「週1〜2日のデイケア」「憩いの場等」だった。
 図2は、本人が希望する日中の「活動の場」である。従事者判断の場合と同様に、「現状のままでよい」が他群に比べて少ない。本人としても、現状を何とか改善したいと考えていることがわかる。本人が望む「活動の場」は、「正社員で勤める職場」や「パート等で勤める職場」などの「勤め」が多いが、他群に比べて「週1〜2回のデイケア」「憩いの場等」が相対的に多いことは従事者判断と同じである。
 図3には、従事者判断による必要な生活支援サービスを示した。全般的にデイケア・作業所群の回答が多いが、無役割群についても「生活支援の訪問援助」の67・7%を筆頭に、「憩いの場等の提供」「生活支援の24時間相談」が多くなっている。

「ひきこもり」群の精神障害者はどのような人たちか
 「ひきこもり」群がどのような人たちであるかについて考察すると、地域の精神科入院率や社会資源状況に応じて大きく異なってくることが予測される。精神科入院率が高ければ、社会参加の力が乏しい精神障害者は長期入院を続け、地域で生活する「ひきこもり」群の人たちが少なくなるだろう。また、地域の社会資源が少なかったり、都市部等で農業などの自営業が少なく家業の手伝いができない地域では、社会的役割が持てずに「ひきこもり」群が多くなると考えられる。川崎市は、精神科入院率が全国平均より著しく低く、また地域の社会資源が比較的充実している地域である。その川崎市の「ひきこもり」率は、表1の通り他地域の調査とほぼ同じかやや高い。これは、川崎市が地域の社会資源が比較的整備されているものの、社会参加の力が乏しい障害者に援助サービスを行き渡らせ、「ひきこもり」率を低く抑えることあできるほどにはサービスが充実していないためと考えられる。
 さて川崎市の調査から「ひきこもり」群の特徴は次のようにまとめられよう。すなわち、①経過が短く病状の不安定な層と高齢で経過が長く比較的安定している層の2群に分かれること、②単身者と家族同居者がほぼ同数あり病歴や生活状況が異なること、③病歴が短く症状不安定なグループは家族同居者群にほぼ相当し、病歴が長く安定した群は単身者群に相当すること、④2群とも全体として、生活保護受給率が高く、社会的援助資源が少なく、身体合併症が多いなどきびしい状況にあること、である。
 ここで、家族同居の「ひきこもり」群の問題点を整理すると、日常生活の多くを家族に頼り社会関係の広がりに乏しいこと、病状が不安定で通院・服薬が適切に行われていないことがある。他方、単身者の「ひきこもり」群は、まず生活保護を受けアパート暮らしをするなど基本的な生活状況が特に困難であるとともに、社会関係の幅が乏しく身体合併症をかかえることが多い点がある。これら2つのグループとも、社会参加能力の点では「ひきこもり」群に近接するデイケア・作業所群に比較して著しくきびしい生活状況にあり、社会的援助から取り残されていることが示唆された。

考慮すべき援助サービス
 まず精神障害者本人が、現状の社会的「ひきこもり」の状態を改善したいと考えている点に注目する必要がある。彼ら自身が必要と考える援助サービスは、一方で「正社員で勤める職場」などが多いものの、他方では「週1〜2日のデイケア」「憩いの場等」など活動性が高くなく、当面のところ社会的役割を持つための「次のステップ」と考えられるサービスが、専門職の判断と同様に相対的に多く選ばれており、現実的な問題解決がめざされつつあることが示唆される。
 このような「次のステップ」につなげるために注目されるのが、図3に示される生活支援サービスであろう。特に、「ひきこもり」群に最も必要と判断された「生活支援の訪問援助」は、「憩いの場等の提供」を含むデイサービスに付随するアウトリーチケア(訪問ケア等)として行われれば、「次のステップ」を現実化していく方策として有力であろう。
 「ひきこもり」群は、社会参加能力で近接するデイケア・作業所群とは必要と考えられる援助サービスが共通する。しかし、実際はサービスの享受がされておらず、その生活状況はたいへんきびしい。社会的援助に欠ける部分を家族が多く担い、家族の負担は過重になっている。社会的に「ひきこもり」状態にある人たちに対して、本格的な援助方策を真剣に考慮すべき時期にさしかかっているといえよう。

 追記:本稿は川崎市委託研究報告書の一部を再整理したものである。またこの調査研究は、財団法人神奈川県社会復帰援護会が川崎市より調査研究委託を受け、調査企画委員会(栗田正文委員長)および調査実行委員会(徳永純三郎委員長、内藤清事務局長)によって行われた。
(ぜんかれん増刊「REVIEW」1998 No.22)
by open-to-love | 2007-08-03 21:40 | ひきこもり | Trackback | Comments(0)