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境界性人格障害

境界性人格障害(さまざまなケースでの対応法と医療サービス)

 19歳の女性。大学受験に失敗し予備校に通っていたが、両親の離婚やそれに伴う経済的問題から進学をあきらめようかと悩み、また抑うつ気分が出現し、予備校を休むようになる。自立をすすめるわりにはしつけに関してはほとんど何もいわない母親と暮らしているが、家ではほとんど自室にこもり、インターネットに夢中になり昼夜逆転した生活が2カ月続いた。
 母親によると、乳幼児期から「癇(かん)が強かった」という。中学生のころ、理屈っぽく、いじめを受けていたこともあるが、このころから、特定の友人に対する執着心が強すぎて、相手から敬遠されやすかったという。最近近くの心療内科クリニックに不定期に数回通ったが、薬をもらうだけで診察はほとんど受けていない。
 その後軽作業のアルバイトにいくようになったが、その職場でも他者との距離がうまくとれない。社内の人たちを巻き込んで、相手の失敗を許せず、安定した人間関係が保てず、さらにその原因を他人に押しつけて攻撃するといったことが多々みられた。結局アルバイトを3週間ほどでやめたが、やめる際には「死んで、おまえたち社員の記憶に残ってやりたい」と脅したという。
 今週になって抑うつ気分、不安、不眠、食欲低下が顕著となり、さらにはリストカットのような自傷行為が出現した。母親に対しても一晩中文句をいい続け、最近まで「お母さんは明るいし、いい人だからお母さんのようになりたい」といっていたのが、今回は急に「私を見捨てようとして、冷たい人だ」といって泣き叫んだり、暴れたり殴るなどの行為がみられた。

●このケースで考えられる病気など
躁うつや神経症圏の患者さんの抗不安薬依存との鑑別が重要
 人格障害(パーソナリティーの障害)と診断された人のなかには、気分が変わりやすい、無気力など、神経症や躁うつ病(双極性感情障害)圏内と共通する症状が多くみられます。
 また、一方ではアダルトADHDを疑って受診した人のなかにパーソナリティーの障害をもつ人もいるといわれています。つまりパーソナリティーの障害があるといわれる人は、その基盤に「人格面での発達障害」があると考えられるということです。
 ただし、これは精神科の名医である神田橋先生のご指摘ですが、躁うつの患者さんが「わがままで自分勝手」にみられて「人格障害」と誤って診断されてしまっていることがあるそうです。さらに、安易な抗不安薬の多用も、そういった誤診の原因になっているとも指摘されています。
 これはつまり、双極性感情障害の突発的に起こる不安症状に対して、主治医が善意で抗不安薬を出す、これは本来は期限限定かあるいは不安が強いときだけに飲む頓服薬として使用される薬です。しかし、患者さんが飲み方を間違ったり、大量服薬やリストカットなどの自傷行為を繰り返すようになる症例が出てくるというのです。
 このような方がすべて人格障害と診断されるとなると、これは誤診といわざるを得ないでしょう。事実そのような症例で、別の医師によって気分安定薬の単剤治療に切り替わることで症状が改善され、人格障害ではなかったことがわかったというケースがあるようです。

●境界性人格障害の特徴は「相手に対する極端な、急変する評価」
 境界性人格障害を精神分析的観点からみた場合、境界性人格障害の患者さん特有の防衛機制(外部の脅威や不安などから自我を守ろうとする自我の無意識的なはたらき)がいくつかあげられます。なかでも、次に述べるスプリッティングという原始的防衛機制は、分裂(スプリッティング)を基盤とし、分裂をより強めて維持するためのいくつかの防衛機制の総称で、境界性人格障害によくみられるものです。

スプリッティング
 相手に対する許容範囲が狭く自我が脆弱なため、相手を100%認めるか反対に1%も認めずに否定するか、自分勝手で極端な割り切り方で手軽に相手を分別していきます。つまり、自我が弱いので、状況のあいまいさや複雑さに耐えられないのです。そこで、「極端な善人」か「極悪人」か、どちらかの極に片寄せて、相手や状況を割り切ることで楽に解決する、あるいはあまり悩まないように疑問や迷いを排除するために表象(イメージ)を分割しておくのが、境界性人格障害の「防衛」の基本的手段であるといわれています。
 この境界性人格障害の防衛については、ある意味では「敵か味方かをはっきりさせないと気がすまず、自分を見捨てる人かどうかを、自傷行為で試している」というのに近いかもしれません。

●治療方法
アメリカにおける境界性人格障害の治療の現状
 アメリカでは境界性人格障害が精神科外来患者の20%にものぼるといわれています。その治療の最前線を担うアメリカの精神科医療について説明します。
 アメリカにおける境界性人格障害の治療は1990年代の医療改革により、入院治療から外来通院治療に移行してきています。さらにこの外来での治療も精神分析を中心とした個人精神療法の形式から、精神科医(場合によっては複数)がケースマネジャーとなり、その指導のもとで多種多様な治療法が平行して行われているとのことです。
 今日では、患者さんの強い「不安」の表れでもある自己破壊的行動化(リストカットや拒食など)、治療の中断、社会的共同生活への適応障害をどのように管理していくかに力点を置いているのが現状です。具体的には、一度に多くのスタッフが関わるチーム医療が基本で、一部薬物療法も加えながら、精神科医、心理士やソーシャルワーカーが交互にカウンセリングしたり、集団精神療法、家族面接、デイケア(レクリエーション療法や作業療法も含む)などのさまざまなプログラムを治療として提供するといった形です。このようにして、徐々に人格の未熟さを本人に自覚させ、歪みを何とか矯正していったり、人格構造の変化を促す方向で援助していきます。
 ただし、最先端のこういった取り組みが行われているアメリカでも、確実な治療成績については評価が確定していません。つまり、これといって完成された特効性のある治療法は確立しておらず、治療(矯正)には時間がかかり、なかなか難しいというのが現状です。
 ちなみにフランスでは「境界性人格障害」という概念はあまり受け入れられていないそうです。(春日武彦著『援助者必携はじめての精神科』医学書院2004年)。フランス人はこうした人たちを異端の者としてみるような国民性ではなく、協調性がなくても何とか社会で通用して生きていればそれでいい、ということらしいのです。
 境界性人格障害は精神障害ではありません。これは何を意味するかというと、この診断名だけでは治療を目的とした入院を法的に強制することはできないし、もし仮にこういった人が犯罪を犯したとしても、「心神喪失状態」や「心身耗弱(こうじゃく)状態」には該当せず、刑罰の対象になる(罪を問われる)ということです。これが統合失調症などの精神障害者とは明確に異なるところです。
 なお、数年前の国内の症例報告で、「動物介在療法(AAT)が著効を示した難治性境界性人格障害」という興味深い論文があります(精神医学45;659−661、2003)。これによると、薬物療法、行動療法、認知療法、集団療法などのさまざまな治療にもかかわらず改善せず、入退院を繰り返した境界性人格障害の患者さんが、ひとり暮らしを始めたのをきっかけに猫を飼いました。すると、キャットフードをふやかして毎食与えるうちに患者さん自身の生活が規則正しくなっていき、感情も猫とすごしているうちに安定して、服薬なしで行動化(リストカットや攻撃)も沈静化していったのです。その後、自分の意思で動物看護師の専門学校に進学していった、というような内容でした。
 これは将来的にはAATの導入が、工夫次第では日本独特の精神療法になる可能性も示唆していると思われます。

●相談機関など
 境界性人格障害の治療は、結局のところ、患者さんの不安定性を受け入れ、治療者との関係のねじれが生じつつもそれを修正しながら、毅然としかも温かく支持的に援助し、本人の人格の未熟さを矯正しながら成長させていく以外にありません。
 これは、治療者側の病院やクリニックにとって大変な労力を必要としますし、現実問題として患者さん一人にそれだけの労力は払えないというところがほとんどだと思われます。ご家族はもちろんのこと、治療者も含めて周囲のものを巻き込んでいきますから、たとえ入院しても、院内での行動化(暴力や自傷行為)はなかなかおさまらないことも多く、自ら退院したり、治療契約が結べないという理由で強制的に退院させられるケースもあり、治療が中断してしまうケースがとても多いのが現状です。
 現在、アメリカの先端治療に基づいた境界性人格障害の治療を行っている精神科病院、クリニックはそうたくさんあるわけではありません。まずは、保健所や精神保健センターに電話で問い合わせるか、あるいはインターネットで、「人格障害の治療」をキーワードにして診療を行っている医療施設を探り当てて相談するのがよいでしょう。
(本項の執筆にあたっては、福岡市川谷病院・川谷大治先生の論文「境界性人格障害の現在」(臨床精神医学33;405−412、2004)を参考引用しました。)
(麻布大学健康管理センター長 環境保健学部教授、精神科医 岩橋和彦編著『精神科医療サービスを上手に受ける方法 心の問題で困ったときに』法研、2006年)
by open-to-love | 2007-07-25 00:00 | パーソナリティ障害 | Trackback | Comments(0)