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第6章「精神保健活動の実際」2…危機にある人をどのように援助するか

増野肇著、一番ヶ瀬康子監修『精神保健とは何か』
(介護福祉ハンドブックシリーズ、一橋出版、1997年)

第6章 精神保健活動の実際

2 危機にある人をどのように援助するか

(1)不安を取り去ること

 危機にある人の心理は、トンネル現象といって、ちょうどトンネルの中にいるように、周囲が見えなくなり、トンネルの出口には過敏に反応する状態にあります。したがって。もっとも大切なのはトンネルから抜け出せるようにすることです。つまり、不安を取り去ることです。精神分裂病の人の気持ちに対して深い理解を持つ中井久夫先生は、ストレスに弱い精神分裂病に対しては、治療者は「安心を贈り続ける」べきだと述べています。一般の危機にある人に対しても、まず必要なことは、この「安心を贈る」ことではないでしょうか。そして、そのためには、その人と同じ世界に立ち、その人を人間として受け入れ、傾聴することにあると思います。非指示的カウンセリングのロジャースは、治療者の絶対的な受容によって安心できた時に、クライエントは自分の力で問題を解決できると述べていますが、それが、安心を贈ることに通じるものだと思います。最初に必要なことは、忠告をしたり、指示をすることでなく、苦しんでいる人をそのまま認め、受け止めることです。話をする人ならその話を誠意をもって聞き、心の煙突掃除を助けます。心の中を安心して表現できることがカタルシス(浄化作用)をもたらし、気分を安定させます。話ができなければ、一緒にいるだけでもよいのです。看護婦シュビングが、布団の中に閉じこもり、自閉的状態を続けている分裂病患者の枕元に毎日30分座り続けて、ついに口を利くようになったという有名な話があります。再発をすると、眠れなくなり、一晩中家具を移動させるという行動を示す分裂病の人が、奥さんがタンス運びを手伝ったところ、一晩で落ち着いたという実話もあります。どうすれば不安を取り去り、安心を贈れるか、工夫をしてみるとよいでしょう。
 特に、キーパーソンとしての立場にいる人は、危機にある人のトンネルの出口に見えるわけですから、ほんの少しの注意が大きな効果を上げるし、逆に悪化させることにもなるのですから重大です。家族もまた重要なキーパーソンですから、家族に対する教育、家族自身の不安を取り去ることも、同じように重要と言えるでしょう。精神分裂病の家族に対する心理教育プログラムの必要性も、ここから生まれたものです。

(2)問題を整理し、明確にする聞き方

 十分に話を聞いたら、そして、少し落ち着きが見えてきたら、少しずつ整理をする聞き方に切り替えます。その人の話していることの少し周りのこと、あまり明確でないところに対して、控えめに質問を加えます。確認のための繰り返し、「それは、こういうことですか?」とか、「よく分からないのだけれど、もう少し具体的に話していただけますか?」などといった問いかけです。うまく答えられない時には、「それは、辛いのですか、それとも腹が立つのですか?」といった二者択一的な聞き方もよいでしょう。
 話をする時に主観的な話し方をする人と、客観的にしか話せない人とがいます。前者は感情優位の人で、怒りや憎しみ、悲しさなどは強く訴えますが、客観的な事実を伝えることが苦手な人です。「うちの嫁はひどい嫁で、親を親とも思わない最低の嫁だ」などと感情を込めて言いますが、具体的にどのようなことを怒っているのかが分かりません。「いくら頼んでもなかなか聞いてくれない」というのが、本当に毎日のことである人もいれば、1週間に1度のことであったりすることもあります。具体的な事実を明確にしていかないと相談にものれません。
 逆に、事実だけを並べるだけで、自分の気持ちを表現することが苦手な人がいます。「昨日はこんなことがあった。今朝はこんなことがあった」などと次々と文句を言いますが、そのことに対して本人がどのような気持ちなのかがはっきりしないのです。失感情症という、感情を表現できない人も増えてきています。この時には、「そのような時にどんな気持ちなのですか?」「悲しいのですか? 腹が立つのですか?」と聞いてみるとよいでしょう。このようにして、その人が気付いていないところに焦点を絞るような聞き方をすれば、気持ちの整理に役立つでしょう。
 相手の話がよく分かりすぎるのも危険です。その場合には自分のテーマと重なっていることがあります。自分に、母親との問題があると、相手の問題も、母親の問題だと考えがちです。患者さんの話を聞いて、すぐに理解できると感じた場合には、自分の問題をそこに見ていないかどうか疑ってみる必要があります。人の問題は、そう簡単には分からないものだと覚悟して、詳しく聞いていくことが必要です。とにかく、時間をかけて、相手の話を十分に聞いたうえで、自分の意見を述べる必要があります。

(3)事実を伝えるー情報の伝達、コンフロンテーション

 十分に話を聞いて問題が明らかになれば、あとは本人が解決の方法を見つけていけるように手助けをします。事実を明らかにし、必要な情報を提供します。自分の意見は参考として述べるのはよいのですが、決定は本人に任せるべきです。一緒に考え、一緒に歩むのは大切ですが、手を出しすぎると依存的になり、自分自身の解決する力を奪うことにもなりかねません。どこまで手を出して、どこから手を放すかは難しいところですが、試行錯誤の中で取り組むことが大切です。その鍵は、本人をよく見ていくことにあり、自分の気持ちや不安に引きずられないようにしないといけません。それを防ぐためにも、専門家のコンサルテーションを受けるか、相談相手を持つことが大切になります。
 危機は成長のチャンスであると言いました。いつまでも待っているのではなく、受け入れるだけでなく、課題に取り組んでいくことも必要です。行動療法でも、段階的に取り組むプログラムを作成するのですが、そのようにして本人が次の課題に取り組めるように設定していく場合も、どの問題に取り組むかは本人が決めることです。援助者は決める時の相談相手になればよいのです。森田療法でいうところの恐怖突入が必要な時もあるし、本人の力を信用して、離れて見ていることが必要な場合もあるのです。

(4)精神保健サポートシステムを利用する

 自分一人でできることには限度があります。むしろ、しかるべきシステムに委ねた方がよい場合もあるでしょう。その意味からも、コンサルテーションが必要になります。相談の機関としては、各県にある精神保健福祉センターを利用するとよいでしょう。精神科医、ソーシャルワーカー、臨床心理士、保健婦などの専門家が揃っています。そのほか、精神科の診療所や心理相談所が増えてきていますが、そこは営業しているところですから、ある程度の経費がかかるでしょう。また、あとで述べるセルフヘルプグループを紹介するのもよいでしょう。そのためには、ある程度それらのグループを知っていなければなりません。詳細については各地域の精神保健福祉センターに相談したらよいと思います。
 そのほかには、ボランティアによる電話相談である「いのちの電話」を利用することも役立ちます。自分が忙しくてすぐに対応できない場合には、とりあえず「いのちの電話」相談にまかせて、時間に余裕ができるまで待ってもらいます。そのほかにも援助システムはいろいろあります。

(5)援助するうえでの注意

 よく、早期発見・早期治療と言われます。一般に早く見つけたら、早く手当をすることが必要なのは言うまでもありません。しかし、社会にある精神障害に対する偏見を考えると、早期治療を試みたことが誤解を生み、問題をこじらせ、望ましくない方向へと発展することがよくあります。専門家のコンサルテーションを受けながら、ゆっくりと方針を立てることが必要です。精神病だから精神科医にすぐ見せるという発想ではなく、とりあえずの不安を支えながら、紹介するチャンスをゆっくりと見つけることが必要です。コンサルテーションを受けていれば、その時期も専門家から指示があるでしょう。
 危機は、援助している人をも巻き込む危険があります。溺れている人を助けるつもりで、一緒に溺れてしまうことがあるのです。専門家がいなくても、だれか自分の相談相手を持てれば、巻き込まれずに客観的に見ていくことができるでしょう。それによって、自分自身のゆとりを持つことが必要です。ゆとりがないと、間違った判断や方針に傾きやすくなってしまいます。忙しい時には無理をして対応せず、前述したように、「いのちの電話」を利用し、ゆっくりと時間を設定するなどすればよいのでしょう。いずれにせよ、一人で抱え込むことはしないようにすることです。

【参考文献】
・池見酉次郎監訳、スティーブン・ロック著『内なる治癒力』創元社、1990年
・伊丹仁朗『生きがい療法』産能大学出版部、1996年
・小川信夫男訳、シュヴィング著『精神病者への道』みすず書房、1966年
・増野肇『心理劇とその世界』金剛出版、1977年
・増野肇『サイコドラマの進め方』金剛出版、1990年
・増野肇『森田式カウンセリングの実際』白楊社、1988年
・増野肇『不思議の国のアリサ』白楊社、1996年
・長谷川洋三『森田式精神健康法』三笠書房、1976年
・高良武久『生きる知恵』白楊社、1972年
・村瀬孝雄『内観法入門』誠信書房、1993年
・柳田鶴声『愛の心理療法内観』いなほ書房、1989年
・村瀬孝雄監訳、コーネル著『フォーカシング入門マニュアル』金剛出版、1996年
・国谷誠朗『孤独よさようなら』集英社、1978年
・霜山徳爾訳、フランクル著『夜と霧』みすず書房、1961年
・近藤千恵訳、トマス・ゴードン著『親業』サイマル出版、1977年
by open-to-love | 2011-02-03 20:22 | 増野肇『精神保健とは何か』 | Trackback | Comments(0)